説明

生物材料用ガラス化液、ガラス化キット、及びその利用

【課題】新規な生物材料用ガラス化液を提供する。
【解決手段】生物材料用ガラス化液は、耐凍剤を含み、かつ浸透圧(単位:mol/kg water)が28.0を越え40.3未満の範囲内であることを特徴とする。耐凍剤として、エチレングリコール、グリセロール、及びジメチルスルホキシドからなる群より選択される少なくとも一種の化合物を含み、更に糖類として、シュークロース、トレハロース、ラフィノース、ラクトース、フルクトース、ガラクトース、デキストラン、及びグルコースからなる群より選択される物質を含むことを特徴とする生物材料用ガラス化液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物材料用のガラス化液、ガラス化キット、及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、哺乳類の胚および卵子の凍結保存は、ガラス化法と呼ばれる方法が主流となってきている。ガラス化法とは、所定の耐凍剤を含むガラス化液中で、胚等を、超急速に冷却すると、水分が結晶化することなくガラス状の固体となる現象を利用したものである(非特許文献1から3)。ガラス化法を用いれば、氷晶により胚等が損傷することが防止される。ガラス化法では、液体窒素を用いて超急速冷却、及び保存が行なわれる。
【0003】
哺乳類の胚等の凍結保存法としては、他にも、例えば、プログラムフリーザーを用いた緩慢法(非特許文献4)が知られている。この緩慢法とは、例えば、胚等を、−30℃前後まで−0.3℃/分程度の極めて緩慢な速度で冷却し、その後に液体窒素に投入して保存するものである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Rall, WF., Fahy, GM.: Ice-free cryopreservation of mouse embryos at -196 degrees C by vitrification. Nature 313:573-555, 1985.
【非特許文献2】Nakao, K., Nakagata, N., Katsuki, M.:Simple and efficient vitrification procedure for cryopreservation of mouse embryos. Exp. Anim. 46(3):231-234,1997.
【非特許文献3】Kasai, M., Komi, JH., Takakamo, A., Tsudera, H., Sakurai, T., Machida, T.: A simple method for mouse embryo cryopreservation in a low toxicity vitrification solution, without appreciable loss of viability. J. Reprod. Fert.89:91-97, 1990
【非特許文献4】Whittingham, DG., Leibo, SP., Mazur, P.: Survival of mouse embryos frozen to -196℃ and -269℃. Science 178:411-414, 1972.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記非特許文献1から3に記載のガラス化法は、非特許文献4に記載の緩慢法と比較して、1)大掛かりな機械(プログラムフリーザー等)を必要とせず、2)迅速に行なうことができ、更に、3)凍結融解後の胚等の傷害も相対的に少ない、という優れた点がある。
【0006】
しかし、液体窒素中(約−196℃)でないと凍結胚等の品質が安定しない。すなわち、液体窒素温度よりも高い温度(例えば−100℃以上)となると特に細胞質内の水分に由来する氷晶が形成され、細胞の損傷及び破壊を招来する。そのため、凍結保存中はもとより輸送に際しても、液体窒素を格納する高価なドライシッパーが必要という大きな課題がある。また、ドライシッパーは輸送費用も非常に高くつく。
【0007】
本願発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、液体窒素温度より高い温度下でも凍結胚等を安定に保存可能な生物材料用ガラス化液、ガラス化キット、及びその利用を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本願発明者らは鋭意検討を行なった。その結果、ガラス化液の浸透圧を調整することにより、液体窒素温度より高い温度下でも凍結胚等を安定に保存可能となることを明らかにして、本願発明を想到するに至った。
【0009】
すなわち、本発明にかかる生物材料用ガラス化液は、耐凍剤を含み、かつ浸透圧(単位:mol/kg water)が28.0を越え40.3未満の範囲内であることを特徴としている。
【0010】
本発明にかかる生物材料用ガラス化液は、上記の構成において、上記浸透圧が32.1以上で38.4以下の範囲内であることがより好ましい。
【0011】
本発明にかかる生物材料用ガラス化液は、上記の構成において、上記耐凍剤として、エチレングリコール、グリセロール、及びジメチルスルホキシドからなる群より選択される少なくとも一種の化合物を含むものであってもよい。
【0012】
本発明にかかる生物材料用ガラス化液は、上記の構成において、糖類を含むことで、浸透圧が上記の範囲内に調整されているものであってもよい。ここで、上記糖類としては、シュークロース、トレハロース、ラフィノース、ラクトース、フルクトース、ガラクトース、デキストラン、及びグルコースからなる群より選択される少なくとも一種が挙げられる。
【0013】
本発明にかかる生物材料用ガラス化液は、上記の構成において、上記耐凍剤による生物材料のガラス化を促進させる作用を持つ助剤を含むことがより好ましい。
【0014】
本発明にかかる生物材料用ガラス化液は、上記耐凍剤の濃度が、30体積%以上で50体積%以下の範囲内であることがより好ましい。
【0015】
本発明にかかる生物材料用ガラス化液としては、上記耐凍剤としてのエチレングリコールを30体積%以上で50体積%以下の範囲内で含み、上記糖類としてのシュークロースを0.75M以上で1.2M(モル濃度)以下の範囲内で含み、上記助剤としてのフィコールPM70(登録商標)を15%以上で20%以下(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100%)の範囲内で含む、ものが挙げられる。
【0016】
本発明にかかる生物材料用ガラス化液の具体的な組成の一例は、エチレングリコールを42体積%以上で46体積%以下の範囲内で含み、シュークロースを0.8M以上で1.1M(モル濃度)以下の範囲内で含み、フィコールPM70(登録商標)を16%以上で18%以下(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100%)の範囲内で含むものである。
【0017】
本発明にかかる生物材料用ガラス化液は、特に、動物由来の材料用のガラス化液として好ましいものである。
【0018】
本発明にかかる生物材料用ガラス化キットは、上記何れかの生物材料用ガラス化液を備えることを特徴としている。また、本発明にかかる生物材料用ガラス化キットは生物材料用ガラス化液より低濃度にて耐凍剤を含む前処理液をさらに備えることがより好ましい。
【0019】
本発明にかかる生物材料の保存方法は、上記何れかの生物材料用ガラス化液と、生物材料とを、保存用チューブ内に格納して冷却をし、当該生物材料をガラス化するガラス化工程と、ガラス化された上記生物材料を格納した上記保存用チューブを、ドライアイスにより所定の期間冷却保存する保存工程と、を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、液体窒素温度より高い温度下(例えば、ドライアイス温度下)でも凍結胚等を安定に保存可能な生物材料用ガラス化液、ガラス化キット、及びその利用を提供することが出来るという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0022】
(生物材料用ガラス化液)
本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」とは、「耐凍剤」を含み、かつ浸透圧(単位:mol/kg water)が28.0を越え40.3未満の範囲内であるガラス化液であって、特に「生物材料」をガラス化するために用いるものを指す。また、「浸透圧(単位:mol/kg water)」のより好ましい範囲は、32.1以上で38.4以下の範囲内であり、さらに好ましくは33.6以上で38.4以下の範囲内であり、特に好ましくは約33.6である。とりわけ、浸透圧の範囲が上記33.6以上で38.4以下の範囲内にあれば、例えばドライアイス温度下でのガラス化保存後に正常胚が得られる確率(後述の実施例で示す正常%に相当)が95%以上と著しく高まる。
【0023】
なお、本明細書で示す「浸透圧」とは、全て、対象となる溶液(すなわち、生物材料用ガラス化液、前処理液、又は融解液など)中の含有水分量と、当該溶液中に含まれる各試薬の量(モル数)とから、各試薬の重量モル濃度(mol/kg water)を算出し、これら重量モル濃度の総和をもとめて「浸透圧」としている。ここで、各試薬とは、対象となる溶液に含まれる水以外の全成分を指す。本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」は非常に高粘稠性を示し、凝固点降下法等により実測される浸透圧(単位:Osmol/kg)での評価よりも、上記定義した「浸透圧」での評価がより適当と考えられるためである。なお、ここで用いた浸透圧の単位から明らかなように、本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」には、構成成分として水が含まれる。
【0024】
「生物材料用ガラス化液」の浸透圧が上記の範囲内にあれば、生物材料をガラス化保存する工程、及びその後に融解する工程に際して、生物材料に加わる損傷等が大幅に低減される。その理由は必ずしも定かではないが、一つには、上記の浸透圧の範囲内では、生物材料内(細胞内)の水分を除去して充分量の耐凍剤を細胞内に浸透させることと、細胞への毒性を実質的に与えずにガラス化を起こさせうる耐凍剤量とが両立することにある、と推定される。
【0025】
生物材料のガラス化法の技術分野において、従来は、ガラス化液の浸透圧は、一般的に、10.0から18.0(単位:mol/kg water)前後のものが特に好ましいとされていた。このような浸透圧を持つものとして、典型的には、ガラス化液EFS40a(エチレングリコール、フィコール(登録商標)、及びシュークロースを所定の割合で含む液:比較例参照)等が例示される。ガラス化液の作用の一つは高浸透圧により生物材料を脱水し、代わりに生物材料内に耐凍剤を浸透させることである。
【0026】
通常、生物材料を、著しい高浸透圧下、又は著しい低浸透圧下におくことは、当該生物材料に損傷を与えると理解されている。しかし、本願発明では、特に好ましいとされていたガラス化溶液(高浸透圧液)と比較して、より一層高浸透圧を有するガラス化液を用いることで、意外にも、例えばドライアイス温度下でのガラス化保存に極めて良好な結果が得られることを見出した。
【0027】
本発明において「耐凍剤」とは、生物材料用のガラス化液に使用される公知の剤を用いることができる。「耐凍剤」は何れも生物材料内(細胞内)に浸透し、当該生物材料内で水分と置換されることによって氷晶の発生を抑制又は防止する低分子物質である。「耐凍剤」として、具体的には例えば、エチレングリコール、グリセロール、ジメチルスルホキシド、プロピレングリコール、アセトアミド、が挙げられる。これら例示の中では、エチレングリコール、グリセロール、又はジメチルスルホキシドが好ましく、エチレングリコールが特に好ましい。エチレングリコールが特に好ましい理由の一つとして、生物毒性が比較的低く、かつ中でも比較的低分子量で生物材料に対する浸透性に優れる点が挙げられる。
【0028】
上記「耐凍剤」は一種類のみを用いてもよく、二種類以上を混合して用いてもよい。二種類以上を混合して用いる場合は、上記の理由から少なくとも一種類がエチレングリコールであることが好ましく、例えば、エチレングリコールとジメチルスルホキシドとの混合物が例示される。エチレングリコールとジメチルスルホキシドとの混合物を用いる場合、両者の混合割合は特に限定されないが、混合物中におけるエチレングリコールの濃度が30体積%以上であることが好ましい。
【0029】
本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」中の「耐凍剤」の濃度は、生物材料のガラス化が可能な限り特に限定されないが、生物材料用ガラス化液全量に対して30体積%以上で50体積%以下の範囲内であることが好ましく、40体積%以上で50体積%以下の範囲内であることがより好ましく、42体積%以上で46体積%以下の範囲内であることがさらに好ましく、42.5体積%以上で45体積%以下の範囲内であることが特に好ましい。「耐凍剤」の濃度が30体積%以上であれば、上記の浸透圧下で、実用上充分な量の「耐凍剤」をより速やかに生物材料内に浸透させることができる。また、「耐凍剤」の濃度が50体積%以下であれば、「耐凍剤」が有する生物毒性の影響をより確実に低減することが可能となる。
【0030】
本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」の浸透圧を上記の範囲内に調整し、かつ生物材料からの脱水を促進するために、当該ガラス化液は浸透圧を調整する剤(「浸透圧調整剤」と称する)を一種又は複数種含みうる。
【0031】
浸透圧調整剤は、上記の範囲内に浸透圧を調整可能で、かつ細胞膜を難透過性なものを必要量用いればよいが、好ましくは糖類であり、より好ましくは、単糖類、二糖類、三糖類等の、比較的分子量の小さな水溶性の糖類から選択される。これらの糖類は分子量が比較的小さなため浸透圧調整への寄与が大きく、かつ細胞膜を難透過性なため細胞を脱水する効果に優れる。
【0032】
また、上記の糖類の中でも、生物材料に対して実質的に作用性がなく、かつ代謝がなされないものがより好ましく、例えば、シュークロース、トレハロース、ガラクトース、ラフィノース、ラクトース、フルクトース、デキストラン、及びグルコースからなる群より選択される少なくとも一種が例示される。これらの中でも、浸透圧の調整能及び細胞膜難透過性のバランスに優れるという観点では、シュークロースが特に好ましい。なお、生物材料が代謝可能な糖類の種類は生物種毎に異なりうるので、対象となる生物材料毎に、適宜、最適なものを選択すればよい。ただし、生物材料が一旦ガラス化されると、当該生物材料では代謝が実質的に停止する。従って、生物材料をガラス化液中に投入する工程からガラス化する工程までの時間を短時間とすれば、生物代謝を受ける浸透圧調整剤を用いた場合でも当該代謝の影響を実質的になくすことができる。
【0033】
「浸透圧調整剤」の使用量は、「生物材料用ガラス化液」中に含まれる他の成分との関係で決定される。すなわち、当該他の成分のみではガラス化液の浸透圧(単位:mol/kg water)が28.0を越えない場合、その不足分を補うように決定することができる。浸透圧調整剤としてシュークロースを用いた場合を例示すると、その使用量は、通常、「生物材料用ガラス化液」中でのモル濃度(M)で0.75M以上で1.2M以下の範囲内である。
【0034】
本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」は、上記「耐凍剤」による細胞のガラス化を促進させる作用を持つ「助剤」をさらに含んでもよい。当該助剤を用いれば、必要とされる上記「耐凍剤」の濃度を低減させることができるので、より一層細胞毒性が低減されたガラス化液の組成を実現可能とする。「助剤」は、生物材料内(細胞内)に取り込まれず、かつ浸透圧に実質的な影響を与えない(少なくとも浸透圧への寄与が上記「浸透圧調節剤」と比較して極めて小さい)高分子物質が好適に用いられる。
【0035】
「助剤」として、より具体的には、例えば、重量平均分子量が1万程度以上の水溶性の高分子物質である、架橋型シュークロース高分子物質、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、又はパーコール(コロイド状シリカをポリビニルピロリドン皮膜で被覆した高分子物質)等が挙げられる。生物毒性の低さ等の観点では、これら例示の中では架橋型シュークロース高分子物質が好ましく、より具体的には例えば、フィコール(Ficoll)PM70(GEヘルスケア バイオサイエンス株式会社の商品名)のような、シュークロースをエピクロルヒドリンで架橋(共重合)した重量平均分子量約7万の高分子物質等が挙げられる。
【0036】
「助剤」の使用量は、「生物材料用ガラス化液」中に含まれる「耐凍剤」の量に応じて適宜決定すればよい。例えば、「生物材料用ガラス化液」中の「耐凍剤」の濃度が30体積%以上で50体積%以下の範囲内である場合には、15%(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100=W/V%)以上でかつ20%以下の範囲内とすることができる。
【0037】
本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」は、上記「耐凍剤」、並びに、必要に応じて用いる上記「浸透圧調整剤」及び上記「助剤」等が、液体中に溶解、又は混合されてなる。当該液体の種類は特に限定されないが、ガラス化の対象となる生物材料に好適なpHの維持が可能な緩衝液であることが好ましい。また、緩衝液は、対象となる生物材料の培養が可能なように栄養素等が添加された液体培地であってもよい。これら、緩衝液、又は液体培地は、対象となる生物材料用に用いられているものを適宜採用できる。具体的には、生物材料が哺乳動物の胚の場合には、例えばPB1培地が好ましく採用される。
【0038】
(対象となる生物材料)
本発明の「生物材料用ガラス化液」を用いたガラス化の対象となる生物材料の種類は特に限定されないが、動物由来の材料が好ましく、哺乳動物由来の材料がより好ましい。また、哺乳動物の種類は特に限定されないが、マウス、ラット、ウサギ、ハムスター、スナネズミ、マストミス、ハタネズミ、モルモット、ヒトを除く霊長類等の実験動物;イヌ、ネコ等の愛玩動物(ペット);ウシ、ウマ、ブタ等の家畜;ヒト;が挙げられる。動物由来の材料として、具体的には例えば、動物の胚(例えば1細胞期(人工授精したものも含む受精卵)、2細胞期、4細胞期、8細胞期、桑実期)、動物の卵巣組織、動物の未受精卵子、又は動物の細胞等が挙げられ、これらは所定の遺伝子操作を受けていてもよい。動物の細胞は体細胞でも生殖細胞でもよく、具体的には例えば、iPS細胞(Induced Pluripotent Stem Cell)、ES細胞(Embryonic Stem Cell)、等が挙げられる。
【0039】
(生物材料用ガラス化液の特に好適な組成の一例)
本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」の特に好適な組成の例示は以下の通りである。これらのガラス化液は、特に、マウス等の哺乳動物の胚をガラス化保存する目的で、極めて好適である。なお、後述する実施例で用いた生物材料用ガラス化液も、以下のガラス化液(1)〜(5)の何れかの条件を満たすものである。
・生物材料用ガラス化液(1):
エチレングリコール(耐凍剤)を30体積%以上で50体積%以下の範囲内、
シュークロース(浸透圧調整剤/糖類)を0.75M以上で1.2M以下の範囲内、
フィコールPM70(登録商標:助剤)を15%以上で20%以下(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100=W/V%)の範囲内で含む、浸透圧(単位:mol/kg water)が28.0を越え40.3未満の範囲内のリン酸緩衝溶液。
・生物材料用ガラス化液(2):
エチレングリコール(耐凍剤)を40体積%以上で50体積%以下の範囲内、
シュークロース(浸透圧調整剤/糖類)を0.75M以上で1.1M以下の範囲内、
フィコールPM70(登録商標:助剤)を15%以上で18%以下(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100=W/V%)の範囲内で含む、浸透圧(単位:mol/kg water)が28.0を越え40.3未満の範囲内のリン酸緩衝溶液。
・生物材料用ガラス化液(3):
エチレングリコール(耐凍剤)を40体積%以上で46体積%以下の範囲内、
シュークロース(浸透圧調整剤/糖類)を1M以上で1.2M以下の範囲内、
フィコールPM70(登録商標:助剤)を15%以上で18%以下(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100=W/V%)の範囲内で含む、浸透圧(単位:mol/kg water)が28.0を越え40.3未満の範囲内のリン酸緩衝溶液。
・生物材料用ガラス化液(4):
エチレングリコール(耐凍剤)を42体積%以上で46体積%以下の範囲内、
シュークロース(浸透圧調整剤/糖類)を0.8M以上で1.1M以下の範囲内、
フィコールPM70(登録商標:助剤)を16%以上で18%以下(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100=W/V%)の範囲内で含む、リン酸緩衝溶液。
・生物材料用ガラス化液(5):
エチレングリコール(耐凍剤)を42体積%以上で45体積%以下の範囲内、
シュークロース(浸透圧調整剤/糖類)を0.8M以上で1.1M以下の範囲内、
フィコールPM70(登録商標:助剤)を16%以上で18%以下(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100=W/V%)の範囲内で含む、リン酸緩衝溶液。
なお、上記例示の生物材料用ガラス化液(4)及び(5)の浸透圧(単位:mol/kg water)はいずれも、好ましくは30.7以上で38.4以下の範囲内であり、より好ましくは33.6以上で38.4以下の範囲内である。
【0040】
上記例示の生物材料用ガラス化液(1)〜(5)においては何れも、フィコールPM70の含有量が16.5%以上で17.5%以下(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100=W/V%)の範囲内であることがより好ましい。また、生物材料用ガラス化液(1)〜(5)においては何れも、上記リン酸緩衝液がPB1培地であることが好ましい。
【0041】
(生物材料用ガラス化液の調製)
本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」の調製方法は、「耐凍剤」、並びに、必要に応じて用いる上記「浸透圧調整剤」及び上記「助剤」等を、液体(例えば、水、又はリン酸緩衝液(例えば、リン酸緩衝水溶液)等)中に溶解、又は混合することで調製される。液体中に溶解、又は混合する手順は特に限定されないが、例えば、「浸透圧調整剤」及び「助剤」などを液体中に溶解した溶液を調製し、次いで当該溶液を用いて「耐凍剤」を所望する倍率に希釈すればよい。「生物材料用ガラス化液」の浸透圧は、「耐凍剤」の希釈倍率、及び「浸透圧調整剤」の濃度の少なくとも一方を制御することにより所望の通り調整できる。
【0042】
(生物材料用ガラス化液を用いたガラス化保存法の一例)
本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」は、特にドライアイスを用いた冷却下(約−80℃下)で生物材料を所定の期間保存することに適する。以下、ドライアイスを用いた保存についてより具体的に説明を行うが、本発明の生物材料用ガラス化液の用途は、ドライアイスを用いた保存のみに限定されるものではない。
【0043】
すなわち、本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」を用いた生物材料の保存方法の好適例は、「生物材料用ガラス化液」と「生物材料」とを、保存用チューブ内に格納して冷却をし当該生物材料をガラス化するガラス化工程と、ガラス化された上記生物材料を格納した上記保存用チューブを、ドライアイスにより所定の期間冷却保存する保存工程と、を含む保存方法である。
【0044】
上記のガラス化工程において、保存用チューブ内に「生物材料用ガラス化液」と「生物材料」とを格納する順序は特に限定されないが、まず「生物材料用ガラス化液」を格納し、次いで「生物材料」を格納する(すなわち、生物材料用ガラス化液に生物材料を投入する)ことが好ましい。
【0045】
上記のガラス化工程は、生物材料のガラス化が可能な程度の急速冷凍条件下で行なわれる。急速冷凍を行なうために、例えば、液体窒素を用いた冷却が好ましく採用される。なお、耐凍剤を生物材料内に充分量浸透させるため、急速冷凍前に、生物材料用ガラス化液と生物材料とを、例えば室温下で、所定の時間、保存用チューブ内で接触させればよい。両者を接触させる所定の時間は、生物材料の種類等に応じて適宜設定されるが、例えば、30秒以上で5分以下の範囲内であり、好ましくは30秒以上で90秒以下の範囲内である。
【0046】
ガラス化工程で用いられる保存用チューブの種類は特に限定されないが、その内容積が1ml以上で2ml以下の範囲内のものが好適に採用され、当該内容積が約1ml(1ml以上で1.2ml以下の範囲内)のものが特に好適に採用される。市販の商品を用いる場合は、例えば、エッペンドルフ(登録商標)チューブ、クライオチューブ、又は市販のドライシッパー用のバイアル等が好適なものとして例示される。
【0047】
ガラス化工程で準備された、ガラス化された生物材料を格納した保存用チューブは、保存工程に供されるまで液体窒素下(例えば、ドライシッパー内であってもよい)で凍結保存される。
【0048】
上記の保存工程は、ガラス化された生物材料を格納した保存用チューブを、直接的又は間接的にドライアイスを用いて所定の期間冷却保存する工程である。一般的には、保存用チューブの周囲をドライアイスで充填して、断熱容器(発泡スチロールボックス等)内で保存すればよい。当該保存工程は、特に、ドライアイスを用いた冷却下で生物材料を10日以下の期間、より好ましくは7日以下の期間、さらに好ましくは48時間(2日)以下の期間、ガラス化保存することに適する。これにより、非常に簡素な方法及び構成にて、氷晶の発生に起因する損傷を実質的に与えることなく生物材料を保存し、かつ輸送等することが可能となる。
【0049】
ドライアイスを用いた保存工程を経た生物材料は、直ちに融解を行ってもよいが、保存用チューブごと液体窒素中に浸漬することで更に長期保存が可能となるのに加えて、融解による生存成績も安定する。融解の方法は一般的なガラス化保存サンプルに適用される方法に準じて行えばよい。保存用チューブごと液体窒素中に浸漬した場合、当該生物材料を格納した保存用チューブを液体窒素から取り出して、室温にて短時間(例えば30秒間程度)静置した後、温めておいた融解液(例えば約37℃)を保存用チューブ内に加えて、ピペッティング操作によって速やかに生物材料を加温して回収するようにすることで生物材料の生存性は更に安定する。
【0050】
ただし、本発明にかかるガラス化液は、非常に高浸透圧なため、融解液として、ガラス化液と培養液との間の浸透圧を有し、かつその浸透圧が段階的に異なる(通常は2段階)複数の融解液の組み合わせを用いることが好ましい。この場合、より高浸透圧の融解液からより低浸透圧の融解液へと順次、生物材料を移しながら融解を行えばよい。後述する(生物材料用ガラス化キット)の項、及び実施例の項の記載も参酌される。
【0051】
また、必要に応じて、上記のガラス化工程に先立ち、以下に述べる前処理工程を行うことが好ましい。前処理工程とは、ガラス化工程で用いる生物材料用ガラス化液より低濃度の耐凍剤を含む「前処理液」を用いて生物材料を処理する(すなわち平衡化する)工程である。ここで、前処理液は、耐凍剤の濃度が異なる点以外は、上記生物材料用ガラス化液と同一の組成からなる液であることが好ましい。ただし、前処理液と生物材料用ガラス化液との浸透圧は必ずしも同一である必要はなく、一般的には、前処理液の浸透圧がより低い。
【0052】
前処理液に含まれる耐凍剤の濃度は、15体積%以上で30体積%以下の範囲内であることが好ましく、17体積%以上で23体積%以下の範囲内であることがより好ましく、約20体積%であることがさらに好ましい。
【0053】
上記の前処理工程は、例えば室温下(20℃以上で25℃以下が望ましい)で、所定の時間、生物材料と前処理液とを接触させればよい。両者を接触させる所定の時間は、生物材料の種類等に応じて適宜設定されるが、例えば、60秒以上で5分以下の範囲内であり、好ましくは90秒以上で180秒(3分)以下の範囲内である。
【0054】
なお、前処理工程を行う場合は、当該前処理工程後、直ちに、上記のガラス化工程を行なうことが好ましい。
【0055】
(生物材料用ガラス化キット)
本発明にかかる「生物材料用ガラス化キット」は、上記の「生物材料用ガラス化液」を備える。また、該ガラス化液より低濃度の耐凍剤を含む上記の「前処理液」を、さらに備えることがより好ましい。「生物材料用ガラス化キット」は、「前処理液」を含む場合、「生物材料用ガラス化液」と互いに混合しない形態である必要があり、例えば、「生物材料用ガラス化液」と「前処理液」とが、別々の容器に格納された上で組み合わされた構成である。
【0056】
上記の「生物材料用ガラス化キット」は、さらに、上記のガラス化工程で用いる「保存用チューブ」、ピペット、及びキットの取扱説明書から選択される少なくとも一つを備えていてもよい。「生物材料用ガラス化キット」は、さらに、ガラス化保存後の生物材料を融解するための融解液、及び当該生物材料用の培養液、の少なくとも一方、好ましくは両方を備えていてもよい。なお、当該融解液は、具体的には例えば、ガラス化液と培養液との間の浸透圧を有するものであり、より好ましくはさらにその浸透圧が段階的に異なる(通常は2段階)複数の融解液の組み合わせである。当該融解液は、例えば、約1M(モル濃度)のシュークロースを含む緩衝液と、約0.25M(モル濃度)のシュークロースを含む緩衝液との組み合わせである。
【実施例】
【0057】
本発明について、以下の実施例、及び比較例等に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0058】
〔実験手法〕
実施例、参考例、及び比較例に共通な実験手法を以下に示す。
1)ガラス化保存液、及び前処理液の調製:
1.5M(モル濃度)のシュークロース(浸透圧調整剤/糖類)と30%(W/V%)のフィコールPM70(助剤)とをPB1培地(Whittingham, DG. : Survival of mouse embryos after freezing and thawing. Nature 233:125-126, 1971.)に溶解させて調製したFS−PB1培地(1)で、エチレングリコール(純度99.5+%。和光純薬工業株式会社より購入(耐凍剤))を所望の倍率にて希釈することにより、ガラス化保存液35c・40c・45c・50cを調製した。
【0059】
【表1】

【0060】
・ガラス化保存液35c(EFS35c) エチレングリコール:FS−PB1培地(1)=35:65(体積比)
・ガラス化保存液40c(EFS40c) エチレングリコール:FS−PB1培地(1)=40:60(体積比)
・ガラス化保存液45c(EFS45c) エチレングリコール:FS−PB1培地(1)=45:55(体積比)
・ガラス化保存液50c(EFS50c) エチレングリコール:FS−PB1培地(1)=50:50(体積比)
1M(モル濃度)のシュークロースと30%(W/V%)のフィコールPM70とを含むFS−PB1培地(2)を調製し、当該FS−PB1培地(2)でエチレングリコールを所望の倍率にて希釈することにより、ガラス化保存液40bを調製した。
・ガラス化保存液40b(EFS40b) エチレングリコール:FS−PB1培地(2)=40:60(体積比)
0.5M(モル濃度)のシュークロースと30%(W/V%)のフィコールPM70とを含むFS−PB1培地(3)を調製し、当該FS−PB1培地(3)でエチレングリコールを所望の倍率にて希釈することにより、ガラス化保存液40a及び前処理液(平衡液)20aを調製した。
・ガラス化保存液40a(EFS40a) エチレングリコール:FS−PB1培地(3)=40:60(体積比)
・前処理液20a(EFS20a) エチレングリコール:FS−PB1培地(3)=20:80(体積比)
ここで調製された各液の浸透圧は、後述の表2に示す。上記の中では、ガラス化保存液45cのみが浸透圧(単位:mol/kg water)が28.0を越え40.3未満の範囲内にある、本発明にかかる「生物材料用ガラス化液」である。なお、ガラス化保存液45cにおけるシュークロースの最終濃度は0.825M、フィコールPM70の最終濃度は16.5%(W/V%)である。
【0061】
2)生物材料用ガラス化液、及び前処理液の浸透圧算出:
ガラス化保存液、及び前処理液の浸透圧は、全て、対象となる溶液(すなわち、生物材料用ガラス化液、又は前処理液)中の含有水分量と、当該溶液中に含まれる各試薬の量(モル数)とから、各試薬の重量モル濃度(mol/kg water)を算出し、これら重量モル濃度の総和をもとめて浸透圧としている。
【0062】
3)生物材料の調製:
C57BL/6JJcl系統の、12週齢以上のオスマウス(日本クレア株式会社より入手)の精巣上体尾部より精子を採取し、定法に従い前培養した。また、同系統の8〜12週齢のメスマウス(日本クレア株式会社より入手)の卵管より未受精卵子を採取した。次いで、採取した卵子と精子とを用いて体外授精を行い、受精した胚はそのまま培養用ディッシュ内で2細胞期胚まで培養して生物材料とした。
【0063】
4)ガラス化工程、及び保存工程:
マウスの2細胞期胚(生物材料)を、前処理液に、室温下で3分間浸漬した。次いで、2細胞期胚を、直ちに、50μlのガラス化液を格納したクライオチューブ(以下「チューブ」と称する)(内容積1ml)に移してフタを閉め、室温下で1分間浸漬した。その後、チューブごと液体窒素下で急冷して2細胞期胚のガラス化を行なった(ガラス化工程)。次いで、ドライアイスペレットが充填された発泡スチロール箱中に当該チューブを完全に埋め込んで、フタをビニールテープにて密閉した(保存工程)。さらに、後述する実施例2の一部実験では当該発泡スチロール箱をトラックに積載して輸送した。輸送は、理化学研究所筑波研究所(日本国茨城県つくば市)から放射線医学総合研究所(日本国千葉県千葉市)間で行った。
【0064】
5)胚の回収、及び正常胚数の確認:
ドライアイス温度下での保存を開始してから48時間後に、液体窒素入りの保管用タンクにチューブを移して保管した。そして、翌日以降に、チューブを室温に30秒間静置した後、チューブの中へ37℃に温めておいた融解液Aを加えて融解を行い、ピペッティング操作によって速やかに胚(生物材料)を加温して回収した。次いで、融解液Bへ胚を移しさらに3分後に当該胚を培養液に移した。なお、ここで使用した融解液Aは、シュークロースを1M(モル濃度)で含むPB1培地であり、融解液Bは、シュークロースを0.25M(モル濃度)で含むより低浸透圧のPB1培地である。
また、回収した2細胞期胚に形態的な異常が認められるか否かを光学顕微鏡にて観察し、形態的な異常が認められない胚を正常胚とした。
【0065】
6)正常胚の培養:
後述する実施例1、比較例1、及び参考例1では、回収した正常胚を培養液中で培養して4細胞期以降へ分割するか否かを確認した。後述する実施例3及び実施例4ではさらに桑実期及び胚盤胞期以降ヘ発育するか否かを確認した。ここで、培養液としては、CZB培地に、5.6mM濃度のグルコースを添加したものを用いた。
【0066】
7)正常胚の移植:
一方、後述する実施例2では、回収した正常胚をCZB培地に移した後、この胚を、精管結紮した雄との交配を膣栓の存在によって確認した排卵1日目の仮親(Jcl:ICR系統の9〜12週齢のメスマウス)の卵管内に移植した。その後19日目の分娩日当日に、帝王切開を行い、移植胚に由来する着床痕数、及び胎仔の蘇生の可否、雌雄、更に体重を計測すると共に形態的な異常の有無の確認を行なった。
【0067】
〔実施例1〕
本実施例ではガラス化保存液45cと、前処理液20aとを用いて、ガラス化工程を行なった。また、用いたチューブ数は6本であり、各チューブにはマウスの2細胞期胚を10個ずつ(すなわち合計で60個)格納した。ドライアイス温度下での保存後に回収した胚数(回収胚数)、正常胚数、培養胚数、及び4細胞期以降への分割を確認した胚数(分割数)を表2に示す。
【0068】
〔比較例1〕
本比較例では表2に示すガラス化保存液と、前処理液液20aとを用いて、ガラス化工程を行なった。また、用いたチューブ数は6本であり、各チューブにはマウスの2細胞期胚を10個ずつ(すなわち合計で60個)格納した。ドライアイス温度下での保存後に回収した胚数(回収胚数)、正常胚数、培養胚数、及び4細胞期以降への分割を確認した胚数(分割数)を表2に示す。
【0069】
【表2】

【0070】
表2において回収%とは凍結胚のうち回収出来た胚の割合を指す。正常%とは凍結胚のうち正常胚の割合を指す。分割%とは正常胚のうち4細胞期以降への分割を確認した胚(分割胚)の割合を指す。表2に示す通り、ガラス化液の浸透圧が23.3(mol/kg water)以下の場合、ドライアイス温度下での保存後に正常と認められる胚が全く見出せなかった。特に液体窒素温度下での保存に汎用されるガラス化液EFS40aでさえ正常と認められる胚が全く見出せなかった。このことから、ドライアイス温度下での保存と、液体窒素温度下での保存とでは、好適なガラス化液が全く異なることが示唆される。
【0071】
また、ガラス化液の浸透圧が約28.0(mol/kg water)以上となると、ドライアイス温度下での保存後に正常と認められる胚が多数認められるようになった。回収される正常胚数及び正常%(正常割合)は、ガラス化液の浸透圧が約33.6(mol/kg water)のときにほぼ100%(極大)となり、当該浸透圧がそれ以下(約28.0(mol/kg water))でも以上(約40.3(mol/kg water))でも急激に低下した。特に、ガラス化液の浸透圧が約40.3(mol/kg water)に達すると、分割可能な正常胚の割合が大きく低下(約73%)することが明らかとなった。
【0072】
以上のことから、ドライアイス温度下でのガラス化保存に適するガラス化液は、その浸透圧が約28.0(mol/kg water)を越え、約40.3(mol/kg water)未満の範囲内にあるものが好適であると判明した。
【0073】
〔参考例1〕
本参考例では、実施例1及び比較例1にて用いたガラス化保存液EFS35c、EFS40c、EFS45c、及びEFS50cを、液体窒素下でのガラス化保存に適用した。具体的には、実施例に記載の方法に従いガラス化工程を行い、そのまま液体窒素下で、48時間のガラス化保存を行った。しかる後に、実施例1及び比較例1の方法に従い、生物材料の融解、回収、及び分割可能な正常胚の観測を行った。なお、表3中の各用語の定義は、表2中の同一用語の定義と同じである。
【0074】
【表3】

【0075】
表3に示すように、液体窒素下でのガラス化保存では、何れのガラス化保存液EFS35c、EFS40c、EFS45c、及びEFS50cも相応の保存効果を示した。
【0076】
〔実施例2〕
本実施例では、ドライアイス温度下での保存工程において、トラックによる輸送を行った場合の影響を評価した。
【0077】
一方の実験では、上記実施例1と同一の条件で胚のガラス化保存を行った。しかる後に、ガラス化保存後の2細胞期胚を、上記したように仮親の卵管内に移植した。この実験の結果は、表4中で、輸送の有無「無」の場合の結果として示している。
【0078】
他方の実験では、マウスの2細胞期胚を25個ずつ格納したクライオチューブを5本用意した点(すなわち合計で125個)、及びドライアイス温度下での保存工程においてトラックによる輸送を行なった点、を除いては、上記実施例1と同一の条件で胚のガラス化保存を行った。しかる後に、ガラス化保存後の2細胞期胚を、上記したように仮親の卵管内に移植した。この実験の結果は、表4中で、輸送の有無「有」の場合の結果として示している。
【0079】
ドライアイス温度下での保存後に回収した胚数(回収胚数)、正常胚数、移植胚数、その着床数、及び産子数を表4に示す。
【0080】
【表4】

【0081】
表4において、移植胚数とは妊娠した雌へ移植した胚の総数を示し、着床%とは妊娠した雌へ移植した胚のうち着床したものの割合を示す。また、産子%とは妊娠した雌へ移植した胚のうち仔として産まれたものの割合を示す。表4に示す通り、実施例1に記載のガラス化液を用いれば、ドライアイス温度下でトラックによる輸送を行った後でも、良好な正常%、着床%及び産子%が維持された。なお、輸送の有無「無」の場合に得られた46匹の仔のうち、死産の1匹を除く45匹が正常個体であった。また、輸送の有無「有」の場合に得られた74匹の仔のうち、目の異常を有する1匹を除く73匹が正常個体であった。
【0082】
〔実施例3〕
本実施例では、エチレングリコール(耐凍剤)を40体積%で含み、シュークロース(糖類)を1.05M(モル濃度)で含み、かつフィコールPM70(助剤)を18%(W/V%)で含むPB1培地であるガラス化保存液40c-d(EFS40c-d)を調製した。EFS40c-dの浸透圧は32.1(mol/kg water)であり、本発明のガラス化液の条件を満たしていた。
【0083】
次いで、EFS40c-dと、前処理液20a(実施例1参照)とを用いて、ガラス化工程を行なった。用いたクライオチューブ数は6本であり、各チューブにはマウスの2細胞期胚を10個ずつ(すなわち合計で60個)格納した。ドライアイス温度下での保存後に回収した胚数(回収胚数)、正常胚数、培養胚数、並びに、桑実期及び胚盤胞期以降ヘ発育した胚数(発生数)を表5に示す。
【0084】
一方、実施例3に対する比較例として、上記EFS40c、及びEFS40b(比較例1参照)を用いて比較例1と同様の方法に従いガラス化工程を行った後に、上記回収胚数、正常胚数、培養胚数、並びに、桑実期及び胚盤胞期以降ヘ発育した胚数(発生数)をもとめて、結果を表5に示した。
【0085】
【表5】

【0086】
表5において回収%とは凍結胚のうち回収出来た胚の割合を指す。正常%とは凍結胚のうち正常胚の割合を指す。発生%とは正常胚のうち桑実期及び胚盤胞期以降ヘの発育を確認した胚(発生胚)の割合を指す。表5に示す通り、耐凍剤(エチレングリコール)濃度を固定した場合でも、本発明にかかる浸透圧を示すガラス化液は、ドライアイス温度下でのガラス化保存に適することが判明した。
【0087】
〔実施例4〕
本実施例では、エチレングリコール(耐凍剤)を42.5体積%で含み、シュークロース(糖類)を1.01M(モル濃度)で含み、かつフィコールPM70(助剤)を17.3%(W/V%)で含むPB1培地であるガラス化保存液42.5c-d(EFS42.5c-d)を調製した。EFS42.5c-dの浸透圧は35.1(mol/kg water)であり、本発明のガラス化液の条件を満たしていた。
【0088】
次いで、EFS42.5c-dと、前処理液20a(実施例1参照)とを用いて、ガラス化工程を行なった。用いたクライオチューブ数は6本であり、各チューブにはマウスの2細胞期胚を10個ずつ(すなわち合計で60個)格納した。
【0089】
また、ドライアイス温度下での保存期間の影響を調べるため、上記EFS42.5c-dと、前処理液20a(実施例1参照)とを用いて、ガラス化工程を行い、その後にドライアイス温度下での保存期間を7日間としたクライオチューブを3本用意した。各チューブにはマウスの2細胞期胚を10個ずつ(すなわち合計で30個)格納した。
【0090】
さらに、実施例1のガラス化保存液EFS45c(実施例)、及び、比較例1のガラス化保存液EFS50c(比較例)に関しても、ドライアイス温度下でのガラス化保存期間を2日(48時間)、又は7日として、同様に実験を行った。
【0091】
ドライアイス温度下での保存後に回収した胚数(回収胚数)、正常胚数、培養胚数、4細胞期以降への分割を確認した胚数(分割数)、並びに、桑実期及び胚盤胞期以降ヘ発育した胚数(発生数)を表6に示す。なお、表6中の用語の定義は、表5及び表2中の同一用語の定義と同じである。
【0092】
【表6】

【0093】
表6に示すように、ガラス化保存の期間に関わらず、実施例のガラス化保存液EFS42.5c-d及びEFS45cは、ガラス化保存液EFS50cと比較して、顕著に高い正常%、分割%、及び発生%を示した。また、ガラス化保存の期間が7日という長期に及んだ場合でも、本発明のガラス化保存液は、充分な効果を示すことが明らかとなった。
【0094】
〔実施例5〕
本実施例では、エチレングリコール(耐凍剤)を45体積%で含み、シュークロース(糖類)を0.963M(モル濃度)で含み、かつフィコールPM70(助剤)を16.5%(W/V%)で含むPB1培地であるガラス化保存液45c-d(EFS45c-d)を調製した。EFS45c-dの浸透圧は38.4(mol/kg water)であり、本発明のガラス化液の条件を満たしていた。
【0095】
EFS45c-dの組成及び浸透圧は、EFS45cの組成及び浸透圧と非常に類似しているため(実施例1参照)、同様に、ドライアイス温度下での生物材料のガラス化保存に顕著な効果を奏すると考えられる。
【0096】
以下、参考データとして、上記実施例及び比較例で用いたガラス化保存液、及び前処理液の浸透圧を、凝固点降下法に従い実測した結果を示す。浸透圧の実測は、測定対象となるガラス化保存液、及び前処理液を蒸留水で10倍希釈した溶液を調製した後、凝固点降下法により浸透圧測定をする浸透圧計(オズモメーター OM−802型;独国フォーゲル社製)を用いて各溶液の浸透圧を計測した。その後、実測値を10倍して、ガラス化保存液、及び前処理液の浸透圧を算出した。
EFS20a: 4.7 Osmol/kg
EFS35c: 8.5 Osmol/kg
EFS40a: 8.7 Osmol/kg
EFS40b: 9.1 Osmol/kg
EFS40c: 9.5 Osmol/kg
EFS40c−d: 9.7 Osmol/kg
EFS42.5c−d: 10.2 Osmol/kg
EFS45c: 10.5 Osmol/kg
EFS45c−d: 10.7 Osmol/kg
EFS50c: 11.5 Osmol/kg
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明は、例えば、液体窒素温度より高い温度下でも凍結胚等を安定に保存可能な生物材料用ガラス化液として利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐凍剤を含み、かつ浸透圧(単位:mol/kg water)が28.0を越え40.3未満の範囲内であることを特徴とする生物材料用ガラス化液。
【請求項2】
上記浸透圧が32.1以上で38.4以下の範囲内であることを特徴とする、請求項1に記載の生物材料用ガラス化液。
【請求項3】
上記耐凍剤として、エチレングリコール、グリセロール、及びジメチルスルホキシドからなる群より選択される少なくとも一種の化合物を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の生物材料用ガラス化液。
【請求項4】
糖類を含むことで、浸透圧が上記の範囲内に調整されていることを特徴とする請求項1から3の何れか一項に記載の生物材料用ガラス化液。
【請求項5】
上記糖類として、シュークロース、トレハロース、ラフィノース、ラクトース、フルクトース、ガラクトース、デキストラン、及びグルコースからなる群より選択される少なくとも一種を含むことを特徴とする請求項4に記載の生物材料用ガラス化液。
【請求項6】
上記耐凍剤による生物材料のガラス化を促進させる作用を持つ助剤を含むことを特徴とする請求項1から5の何れか一項に記載の生物材料用ガラス化液。
【請求項7】
上記耐凍剤の濃度が、30体積%以上で50体積%以下の範囲内であることを特徴とする請求項1から6の何れか一項に記載の生物材料用ガラス化液。
【請求項8】
上記耐凍剤としてのエチレングリコールを30体積%以上で50体積%以下の範囲内で含み、
上記糖類としてのシュークロースを0.75M以上で1.2M(モル濃度)以下の範囲内で含み、
上記助剤としてのフィコールPM70(登録商標)を15%以上で20%以下(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100%)の範囲内で含む、ことを特徴とする請求項6に記載の生物材料用ガラス化液。
【請求項9】
エチレングリコールを42体積%以上で46体積%以下の範囲内で含み、
シュークロースを0.8M以上で1.1M(モル濃度)以下の範囲内で含み、
フィコールPM70(登録商標)を16%以上で18%以下(単位:助剤の質量(グラム)/生物材料用ガラス化液の体積(ミリリットル)×100%)の範囲内で含む、ことを特徴とする生物材料用ガラス化液。
【請求項10】
上記生物材料が、動物由来の材料であることを特徴とする請求項1から9の何れか一項に記載の生物材料用ガラス化液。
【請求項11】
請求項1から10の何れか一項に記載の生物材料用ガラス化液を備えることを特徴とする、生物材料用ガラス化キット。
【請求項12】
上記生物材料用ガラス化液より低濃度にて耐凍剤を含む前処理液を、さらに備える請求項11に記載の生物材料用ガラス化キット。
【請求項13】
請求項1から10の何れか一項に記載の生物材料用ガラス化液と、生物材料とを、保存用チューブ内に格納して冷却をし、当該生物材料をガラス化するガラス化工程と、
ガラス化された上記生物材料を格納した上記保存用チューブを、ドライアイスにより所定の期間冷却保存する保存工程と、を含むことを特徴とする、生物材料の保存方法。

【公開番号】特開2011−36196(P2011−36196A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−187493(P2009−187493)
【出願日】平成21年8月12日(2009.8.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「ドライシッパーを用いないマウス胚の冷蔵およびドライアイス温度下での輸送の検討」のポスター(社団法人日本実験動物学会による証明書付)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【Fターム(参考)】