説明

生理活性物質の固定化方法

【課題】 蛋白質など生理活性物質の非特異吸着性が低い基体表面に対し、官能基を導入することなく、生理活性物質を固定化する方法を提供すること。
【解決手段】生理活性物質を高濃度リン酸塩緩衝液に溶解した溶液を、基体表面上に接触させることにより、前記生理活性物質を前記基体表面に固定化することを特徴とする生理活性物質の固定化方法であって、好ましくは、基体表面に、アルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)、及び架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)を共重合して得られる高分子化合物を有している生理活性物質の固定化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生理活性物質の固定化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子活性の評価や疾患プロセス、薬物効果の生物学的プロセスを含む生物学的プロセスを解読するための試みは、伝統的に、ゲノミクスに焦点が当てられてきたが、プロテオミクスは、細胞の生物学的機能についてより詳細な情報を提供する。プロテオミクスは、遺伝子レベルというよりもむしろ、蛋白質レベルでの発現を検出し、定量することによる、遺伝子活性の定性的かつ定量的な測定を含む。また、蛋白質の翻訳後修飾、蛋白質間の相互作用など遺伝子にコードされない事象の研究を含む。
【0003】
膨大なゲノム情報の入手が可能となった今日、プロテオミクス研究はますます迅速高効率(ハイスループット)化が求められている。この目的の分子アレイとしてDNAチップが実用化されてきた。一方、生体機能において最も複雑で多様性の高い蛋白質の検出に関しては、プロテインチップが提唱され、最近研究が進められている。プロテインチップとは、蛋白質、またはそれを捕捉する分子をチップ(微小な基板や粒子)表面に固定化したものを総称する。
【0004】
しかし、現状のプロテインチップは一般にDNAチップの延長線上に位置付けられて開発がなされている為、ガラス基板や粒子において蛋白質、またはそれを捕捉する分子をチップ表面に固定化する検討がなされている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
プロテインチップのシグナル検出において、信号対雑音比を低下させる原因として検出対象物質の基板への非特異的な吸着(たとえば、非特許文献1参照)が挙げられる。
【0006】
固定化する方法としては2通りの方法が実施されている。その一つは蛋白質の物理的吸着による固定化の方法である。この方法では、基材表面が蛋白質を吸着しやすいために、蛋白質を固定化した後に抗原や2次抗体の非特異的吸着を防止するため、吸着防止剤のコーティングが行われているが、これらの非特異的吸着防止能は十分でない。また1次抗体を固定化した後に吸着防止剤をコーティングするため固定化した蛋白質の上にコーティングされてしまい、2次抗体と反応できないという問題があった。このため、1次抗体の固定化後、吸着防止剤をコーティングすることなく、生理活性物質の非特異的吸着量の少ないバイオアッセイ用基材が求められている。
【0007】
もう一つが官能基を用いて蛋白質を表面に結合する方法である。蛋白質が吸着しにくいマトリクス形成成分に蛋白質と反応する官能基を導入し、これを介して蛋白質を固定化するが(たとえば、特許文献2)、蛋白質を固定化する工程と、固定化後に官能基を不活性化する工程とが必要なため、次の工程に入るまでの時間がかかる問題があった。
【0008】
【特許文献1】特開2001−116750号公報
【特許文献2】特表2004−531390号公報
【非特許文献1】「DNAマイクロアレイ実戦マニュアル」、林崎良英、岡崎康司編、羊土社、2000年、p.57
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、蛋白質など生理活性物質の非特異吸着性が低い基体表面に対し、官能基を導入することなく、生理活性物質を固定化する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の通りである。
(1)生理活性物質を高濃度リン酸塩緩衝液に溶解した溶液を、基体表面上に接触させることにより、前記生理活性物質を前記基体表面に固定化することを特徴とする生理活性物質の固定化方法。
(2)前記基体表面に、アルキレングリコール残基を含有する化合物を有している(1)記載の生理活性物質の固定化方法。
(3)前記基体表面に、アルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)、及び架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)を共重合して得られる高分子化合物を有している(2)記載の生理活性物質の固定化方法。
(4)アルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)が下記の一般式[1]で表されるモノマーである(3)記載の生理活性物質の固定化方法。
【化1】

(式中R1は水素原子またはメチル基を示し、R2は水素原子または炭素数1〜20のアルキル基を示す。Xは炭素数1〜10のアルキレングリコール残基を示し、pは1〜100の整数を示す。繰り返されるXは、同一であっても、または異なるアルキレングリコール残基の連鎖であってもよい。)
(5)アルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)がメトキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレートである(4)記載の生理活性物質の固定化方法。
(6)前記メトキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのエチレングリコールの平均連鎖が3〜100である(5)記載の生理活性物質の固定化方法。
(7)架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)の架橋可能な官能基がアルコキシシリル、エポキシ、及び(メタ)アクリルから選ばれる少なくとも一つの官能基である(3)〜(6)いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
(8)架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)が下記の一般式[2]で表されるアルコキシシリルを有するモノマーである(3)〜(6)いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
【化2】

(式中Rは水素原子またはメチル基を示し、Zは炭素数1〜20のアルキル基を示す。A、A、Aの内、少なくとも1個は加水分解可能なアルコキシ基であり、その他はアルキル基を示す。)
(9)前記高濃度リン酸塩緩衝液の濃度が0.1M以上5M以下である(1)〜(8)いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
(10)前記生理活性物質が核酸、タンパク質、抗体、抗原、レクチン、又は糖タンパクである(1)〜(9)いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
(11)前記基体がプラスチックである(1)〜(10)いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
(12)前記プラスチックが飽和環状ポリオレフィン、ポリオレフィン、又はポリスチレンである(11)記載の生理活性物質の固定化方法。
(13)前記基体がガラスである(1)〜(10)いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
(14)前記基体の形状がスライド状、96穴プレート状、384穴プレート状、1536穴プレート状、マイクロ流路、ビーズ、チューブ、又は容器である(1)〜(13)いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、蛋白質など生理活性物質の非特異吸着性が低い基体表面に対し、官能基を導入することなく、生理活性物質を固定化することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、生理活性物質を高濃度リン酸塩緩衝液に溶解した溶液を、基体表面上に接触させることにより、前記生理活性物質を前記基体表面に固定化することを特徴とする生理活性物質の固定化方法である。
基体表面には、アルキレングリコール残基を含有する化合物を有していることが好ましい。アルキレングリコール残基は生理活性物質の非特異的吸着を抑制する性質を持つ。
【0013】
アルキレングリコール残基を含有する化合物としては、各種の化合物が挙げられるが、アルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)、及び架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)を共重合して得られる高分子化合物であることが好ましい。この高分子化合物は、生理活性物質の非特異的吸着を抑制する性質を持つポリマーで、アルキレングリコール残基が生理活性物質の非特異的吸着を抑制する役割を果たす。
【0014】
本発明に使用するアルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)は、特に構造を限定しないが、一般式[1]で表される(メタ)アクリル基と炭素数1〜10のアルキレングリコール残基Xの連鎖からなる化合物であることが好ましい。
【0015】
【化3】

【0016】
式中のアルキレングリコール残基Xの炭素数は1〜10であり、より好ましくは1〜6であり、更に好ましくは2〜4であり、より更に好ましくは2〜3であり、最も好ましくは2である。アルキレングリコール残基Xの繰り返し数pは、1〜100の整数であり、より好ましくは2〜100の整数であり、更に好ましくは2〜95の整数であり、最も好ましくは20〜90の整数である。繰り返し数2以上100以下の場合は、繰り返されるアルキレングリコール残基Xの炭素数は同一であっても、異なっていてもよい。
【0017】
アルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)としては、例えばメトキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート等の水酸基の一置換エステルの(メタ)アクリレート類、グリセロールモノ(メタ)アクリレート、ポリプロピレングリコールを側鎖とする(メタ)アクリレート、2−メトキシエチル(メタ)アクリレート、2−エトキシエチル(メタ)アクリレート、メトキシジエチレングリコール (メタ)アクリレート、エトキシジエチレングリコール (メタ)アクリレート、エトキシポリエチレングリコール (メタ)アクリレート等が挙げられるが、入手性からメトキシポリエチレングリコールメタクリレートが好ましい。
【0018】
本発明に使用する架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)は、架橋可能な官能基の反応が高分子化合物合成中に進行しないものであれば特に制限されるものではない。
【0019】
架橋可能な官能基としては、例えば加水分解によりシラノール基を生成する官能基やエポキシ基、(メタ)アクリル基、グリシジル基などが用いられるが、架橋処理が容易なことから加水分解によりシラノール基を生成する官能基やエポキシ基、グリシジル基が好ましく、より低温で架橋できることから加水分解によりシラノール基を生成する官能基が好ましい。
【0020】
加水分解によりシラノール基を生成する官能基とは、水と接触すると容易に加水分解を受けシラノール基を生成する基であり、例えば、ハロゲン化シリル基、アルコキシシリル基、フェノキシシリル基、アセトキシシリル基等を挙げることができる。ハロゲンを含まないことからアルコキシシリル基、フェノキシシリル基、アセトキシシリル基が好ましく、なかでもシラノール基を生成し易い点からアルコキシシリル基が最も好ましい。
【0021】
加水分解によりシラノール基を生成する官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマーは、(メタ)アクリル基とアルコキシシリル基が炭素数1〜20のアルキル鎖を介して、または直接結合した一般式[2]で表されるエチレン系不飽和重合性モノマーであることが好ましい。
【0022】
【化4】

【0023】
(式中Rは水素原子またはメチル基を示し、Zは炭素数1〜20のアルキル基を示す。A、A、Aの内、少なくとも1個は加水分解可能なアルコキシ基であり、その他はアルキル基を示す。)
【0024】
アルコキシシリル基を含有するエチレン系不飽和重合性モノマーとしては、例えば、3−(メタ)アクリロキシプロペニルトリメトキシシラン、3−(メタ)アクリロキシプロピルビス(トリメチルシロキシ)メチルシラン、3−(メタ)アクリロキシプロピルジメチルメトキシシラン、3−(メタ)アクリロキシプロピルジメチルエトキシシラン、3−(メタ)アクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、3−(メタ)アクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、3−(メタ)アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3−(メタ)アクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3−(メタ)アクリロキシプロピルトリス(メトキシエトキシ)シラン、8−(メタ)アクリロキシオクタニルトリメトキシシラン、11−(メタ)アクリロキシウンデニルトリメトキシシラン等の(メタ)アクリロキシアルキルシラン化合物等を挙げることができる。なかでも3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルジメチルメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルジメチルエトキシシランがアルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマーとの共重合性が優れている点、入手が容易である点等から好ましい。これらのアルコキシシリル基を有するエチレン系不飽和重合性モノマーは、単独または2種以上の組み合わせで用いられる。
【0025】
本発明に使用する架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)の望ましい組成比は1〜20mol%であり、好ましくは2〜15mol%、最も好ましくは2〜10mol%である。
【0026】
本発明に使用する高分子化合物は、アルキレングリコール残基および架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー以外に他の基を有するエチレン系不飽和重合性モノマーを含んでもよい。例えば、アルキル基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(c)を共重合させてもよく、アルキル基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(c)としてはn―ブチルメタクリレートもしくはn−ドデシルメタクリレートもしくはn−オクチルメタクリレートが好ましい。
【0027】
本発明に使用する高分子化合物の合成方法は、特に限定されるものではないが、合成の容易さから、少なくともアルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)および架橋可能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)を含む混合物を、重合開始剤存在下、溶媒中でラジカル重合することが好ましい。
【0028】
溶媒としては、それぞれのエチレン系不飽和重合性モノマーが溶解するものであればよく、例えば、メタノール、エタノール、t−ブチルアルコール、ベンゼン、トルエン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジクロロメタン、クロロホルム等を挙げることができる。これらの溶媒は、単独または2種以上の組み合わせで用いられる。プラスチック基体に該高分子化合物を塗布する場合は、エタノール、メタノールが基体を変性させないため好ましい。
【0029】
重合開始剤としては通常のラジカル開始剤ならいずれでもよく、例えば、2,
2’−アゾビスイソブチルニトリル(以下「AIBN」という)、1,1’−アゾビス(シクロヘキサン−1 −カルボニトリル)等のアゾ化合物、過酸化ベンゾイル、過酸化ラウリル等の有機過酸化物等を挙げることができる。
【0030】
本発明に使用する高分子化合物の化学構造は、少なくともアルキレングリコール残基及び架橋可能な官能基を有する各エチレン系不飽和重合性モノマーが共重合されたものであれば、その結合方式がランダム、ブロック、グラフト等いずれの形態をなしていてもかまわない。
【0031】
本発明に使用する高分子化合物の分子量は、高分子化合物と未反応のエチレン系不飽和重合性モノマーとの分離精製が容易になることから、数平均分子量は5000以上が好ましく、10000以上がより好ましい。
【0032】
本発明に使用する高分子化合物は、基体表面を該高分子化合物で被覆することにより、生理活性物質の非特異的吸着を抑制する性質、特定の生理活性物質を固定化する性質を容易に付与することが可能である。さらに、高分子主鎖同士を架橋させる性質を併せ持つことから、基体表面を被覆した後に、架橋させることが可能である。これにより、基体上の高分子に不溶性を付与することができ、基体洗浄による信号低下を低減することができる。
【0033】
基体表面への高分子化合物の被覆は、例えば有機溶剤に高分子化合物を0.001〜10重量%濃度になるように溶解した高分子溶液を調製し、浸漬、吹きつけ等の公知の方法で基体表面に塗布した後、室温下ないしは加温下にて乾燥させることにより行われる。その後、架橋可能な官能基に応じた任意の方法で高分子の主鎖同士を架橋させる。架橋可能な官能基が加水分解によりシラノール基を生成する官能基の場合の高分子化合物の被覆については、有機溶剤中に水を含有させた混合溶液を用いてもよい。含有される水により加水分解が生じ、該合成高分子中にシラノール基が生成し、さらに加熱することにより主鎖同士が結合され、高分子化合物が不溶になる。
【0034】
含水量が少ないとシラノール基の生成が不十分で、架橋結合が弱くなる。一方、含水量が多くなると高分子化合物が溶媒に不溶となる恐れがある。理論上加水分解によりシラノール基を生成するのに必要な水が含有されていれば十分であるが、溶液の調製の容易さを考えると、含水量が約0.01〜15重量%程度のものが好ましい。
【0035】
有機溶剤としてはエタノール、メタノール、t−ブチルアルコール、ベンゼン、トルエン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジクロロメタン、クロロホルム、アセトン、メチルエチルケトン等の単独溶媒またはこれらの混合溶剤が使用される。中でも、エタノール、メタノールがプラスチック基体を変性させず、乾燥させやすいため好ましい。また、溶液中で高分子化合物を加水分解させる場合にも、水と任意の割合で混ざるので好ましい。
【0036】
本発明の高分子化合物を溶解した溶液を基体表面に塗布した後、乾燥させる工程において、高分子化合物中のシラノール基は、他の高分子化合物中のシラノール基、水酸基、アミノ基等と脱水縮合して架橋を形成する。さらに基体表面に水酸基、カルボニル基、アミノ基などがある場合も同様に脱水縮合し、基体表面と化学的に結合することができる。シラノール基の脱水縮合により形成される共有結合は加水分解されにくい性質があるので、基体表面に被覆された高分子化合物は容易に溶解したり、基体から脱離してしまうことはない。シラノール基の脱水縮合は加熱処理により促進される。高分子化合物が熱により変成されない温度範囲内、例えば、60〜120℃で5分間〜24時間加熱処理するのが好ましい。
【0037】
本発明に使用するバイオアッセイ用基体の素材は、ガラス、プラスチック、金属その他を用いることができるが、表面処理の容易性、量産性の観点から、プラスチックが好ましく、熱可塑性樹脂がより好ましい。
【0038】
熱可塑性樹脂としては、蛍光発生量の少ないものが好ましく、たとえばポリエチレン、ポリプロピレン等の直鎖状ポリオレフィン、環状ポリオレフィン、含フッ素樹脂等を用いることが好ましく、耐熱性、耐薬品性、低蛍光性、成形性に特に優れる飽和環状ポリオレフィンを用いることがより好ましい。ここで飽和環状ポリオレフィンとは、環状オレフィン構造を有する重合体単独または環状オレフィンとα−オレフィンとの共重合体を水素添加した飽和重合体をさす。
【0039】
基体表面と表面に被覆される高分子化合物との密着性を高めるために、基体表面を活性化することが好ましい。活性化する手段としては酸素雰囲気下、アルゴン雰囲気下、窒素雰囲気下、空気雰囲気下などの条件下でプラズマ処理する方法、ArF、KrFなどのエキシマレーザーで処理する方法があるが、酸素雰囲気下でプラズマ処理する方法が好ましい。
【0040】
高分子化合物を基体に塗布することで容易に基体に生理活性物質の非特異的吸着を抑制された生理活性物質固定化基体を作製できる。さらに該高分子化合物を架橋することで、基体上の高分子化合物に不溶性を付与することができる。これらのことより、該高分子化合物を塗布した基体はエライザ用プレート、プロテインチップ用基板に好適に用いることができる。
【0041】
本発明の固定化方法を使用して各種の生理活性物質を固定化することができる。固定化する生理活性物質はタンパク質、抗体、抗原、レクチン、糖タンパクなどがある。
【0042】
本発明に使用するリン酸塩緩衝液は、各種リン酸塩が0.1M以上4.0M以下の高濃度で溶解していることが好ましい。より好ましくは0.6M以上2.4M以下、もっとも好ましくは0.8M以上1.4M以下である。濃度が下限値未満では生理活性物質が十分に固定化できずシグナルが検出されないという問題が発生する恐れがあり、濃度が上限値を超えると生理活性物質が変性を起こし生理活性物質が特異的な反応を起こさず機能しないという問題が発生する恐れがある。
【0043】
本発明に使用するリン酸塩は、特に限定されるものではないが、リン酸アルミニウム、リン酸アンモニウム、リン酸カリウムリン酸ナトリウム、リン酸インジウム、リン酸サマリウム、リン酸水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸水素カルシウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素アンモニウム、リン酸水素バリウム、リン酸二アンモニウム、リン酸二カリウムリン酸二水素2−アミノエチル、リン酸二水素アンモニウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素マンガン、リン酸二水素リチウム、リン酸二バリウム、リン酸ヒドロキシアンモニウム、リン酸尿素、リン酸リチウム、リン酸ジフェニル、リン酸トリエチル、リン酸トリオクチル、リン酸トリフェニル、リン酸トリブチル、リン酸トリメチル、リン酸ホウ素、リン酸マグネシウム、などが挙げられる。特に好ましくはリン酸水素二カリウム、リン酸水素二ナトリウムである。
【0044】
前記高濃度リン酸塩緩衝液に、生理活性物質を溶解した溶液を基体に接触させることにより、容易に生理活性物質を固定化できる。
【0045】
生理活性物質を溶解した溶液を基体表面に接触させる方法は、基体の形状にさまざまであるが、たとえば96穴プレートの場合は溶液をそれぞれのウェルに分注するだけでよい。スライド形状の場合は点着により接触することが好ましい。
【実施例】
【0046】

(高分子化合物の合成例1)
ポリエチレングリコールメチルエーテルメタクリレート(別名メトキシポリエチレングリコールメタクリレート)(PEGMA平均Mn=約1100 Aldrich製)、3−メタクリロキシプロピルジメチルエトキシシラン(MPDES GELEST,INC.製)をそれぞれ順に0.95mol/L、0.05mol/Lになるように脱水エタノールに溶解させ、モノマー混合溶液を作製した。そこにさらに2、2−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN 和光純薬(株)製)を0.002mol/Lになるように添加し、均一になるまで撹拌した。その後、アルゴンガス雰囲気下、60℃で4時間反応させた後、反応溶液をジエチルエーテル中に滴下し、沈殿を収集した。得られた高分子化合物を重クロロホルム溶媒中1H―NMRで測定し、0.13ppm付近に現れるMPDESのSiに結合したメチル基に帰属されるピーク、3.4ppm付近に現れるPEGMAの末端メトキシ基に帰属されるピーク、それぞれの積分値より、この高分子化合物の組成比を算出した。表1に結果を示した。
【0047】
(高分子化合物の合成例2)
ポリエチレングリコールメチルエーテルメタクリレート(別名メトキシポリエチレングリコールメタクリレート)(PEGMA平均Mn=約475 Aldrich製)、3−メタクリロキシプロピルジメチルエトキシシラン(MPDES GELEST,INC.製)をそれぞれ順に0.95mol/L、0.05mol/Lになるように脱水エタノールに溶解させ、モノマー混合溶液を作製した。そこにさらに2、2−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN 和光純薬(株)製)を0.002mol/Lになるように添加し、均一になるまで撹拌した。その後、アルゴンガス雰囲気下、60℃で1.5時間反応させた後、反応溶液をジエチルエーテル中に滴下し、沈殿を収集した。得られた高分子化合物を重エタノール溶媒中1H―NMRで測定し、0.15ppm付近に現れるMPDESのSiに結合したメチル基に帰属されるピーク、3.35ppm付近に現れるPEGMAの末端メトキシ基に帰属されるピーク、それぞれの積分値より、この高分子化合物の組成比を算出した。表1に結果を示した。
【0048】
【表1】

【0049】
(基板の作製)
飽和環状ポリオレフィン樹脂を96穴プレート形状(1ウェルの寸法:底面直径6.4mm×高さ11mm)に加工して固定基板を作成した。酸素雰囲気下のプラズマ処理によって基板表面に酸化処理を施した。この固定基板を高分子化合物の合成例1、2にて得られた高分子化合物の0.3重量%エタノール溶液に浸漬後、65℃で4時間加熱乾燥することにより、基板表面にアルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー及び架橋可能な官能基有するエチレン系不飽和重合性モノマーからなる高分子化合物を含む層を導入した。合成例1の高分子化合物にて作製された基板を基板1、合成例2の高分子化合物にて作製された基板を基板2とする。
【0050】
(実験1):1次抗体の固定化とリン酸塩濃度の関係を調べた。
《実施例1》
(固定化溶液の調整)
1.2Mのリン酸水素二カリウム(和光純薬製:164−04295)水溶液中に一次抗体である抗マウスIgG2aが1.2μg/mlになるように調製された溶液を作製した。
【0051】
(固定化処理)
工程1
作製した固定化溶液を基板1に100ul/ウェルの割合で分注し、室温で4時間静置した。固定化反応後0.05wt%の非イオン性界面活性剤Tween20(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)を添加した1×SSCバッファ(Zymed Laboratories, Inc.製SSC20×Bufferを希釈して使用)で室温にて5分間洗浄した。
【0052】
工程2
その後、吸着防止処理を行わなかった。
【0053】
工程3(抗原抗体反応1)
PBSバッファ(日水製薬製:組織培養用ダルベッコPBS(−)を1リットル中9.6gを溶解したバッファ)で10%に希釈したFBS(子牛血清)溶液を作製した。この溶液中に抗原であるマウス IgG2aを添加し20nmol/リットルとした溶液を作製した。この溶液をPBSバッファ(日水製薬製:組織培養用ダルベッコPBS(−)を1リットル中9.6gを溶解したバッファ)で10%に希釈したFBS(子牛血清)で1倍、2倍、3倍、4倍希釈溶液を作製した。これらの希釈溶液および抗原であるマウス IgG2aを含まない10%FBS溶液を37℃にて2時間、基板と接触させることにより抗原抗体反応を実施した。抗原抗体反応後0.05wt%の非イオン性界面活性剤Tween20(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)を添加した1×SSCバッファ(Zymed Laboratories, Inc.製SSC20×Bufferを希釈して使用)で室温にて5分間洗浄した。
【0054】
工程4(抗原抗体反応2)
洗浄後、二次抗体であるHRP標識抗マウス IgG2aをPBSバッファ(日水製薬製:組織培養用ダルベッコPBS(−)を1リットル中9.6gを溶解したバッファ)に添加することにより20nmol/リットルの溶液を作製した。この溶液と基板とを37℃にて2時間、抗原抗体反応を実施した。抗原抗体反応後0.05wt%の非イオン性界面活性剤Tween20(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)を添加した1×SSCバッファ(Zymed Laboratories, Inc.製SSC20×Bufferを希釈して使用)で室温にて5分間洗浄した。
【0055】
工程5(発色)
最後にHRP発色試薬である、TMBZ発色キット(秋田住友ベーク製)を用いて発色反応を行った。
【0056】
発色反応を行った。基板について450nmの吸光量測定を行った。吸光量の測定には、TECAN社製プレートリーダーを用いた。
シグナル強度の結果を表2示す。
【0057】
《比較例1》
(固定化溶液の調整)
0.05Mのリン酸水素二カリウム(和光純薬製:164−04295)水溶液中に一次抗体である抗マウスIgG2aが1.2μg/mlになるように調製された溶液を作製した。
以下実施例1と同様な工程により評価した。結果を表2に示す。
【0058】
実施例1および比較例1を比較することにより、高濃度リン酸塩緩衝液を使用した実施例1が抗原の量に応じたシグナルが検出できたため1次抗体を固定化できることが確認できた。
【0059】
【表2】

【0060】
(実験2):基板2とノンコート基板との比較を行った。
《実施例2》
基板として基板2を用いた。実験操作は実施例1と同様の操作を行った。結果を表3に示す。
《比較例2》
基板として酸素プラズマ後の基板を高分子化合物を塗布せずに用いた。実験操作は実施例1と同様の操作を行った。結果を表3に示す。
【0061】
実施例2および比較例2を比較することにより、高濃度リン酸塩緩衝液を使用することでアルキレングリコール残基を有さない表面に対しても、1次抗体の固定化は可能であるが、アルキレングリコール残基を有さない基板を用いた比較例2はバックグランドが高く抗原濃度とシグナルの検出範囲が狭いことがわかった。アルキレングリコール残基を有する基板を用いた実施例2ではバックグランドの上昇がなく、広い検出範囲を示すことがわかった。
【0062】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
生理活性物質を高濃度リン酸塩緩衝液に溶解した溶液を、基体表面上に接触させることにより、前記生理活性物質を前記基体表面に固定化することを特徴とする生理活性物質の固定化方法。
【請求項2】
前記基体表面に、アルキレングリコール残基を含有する化合物を有している請求項1記載の生理活性物質の固定化方法。
【請求項3】
前記基体表面に、アルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)、及び架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)を共重合して得られる高分子化合物を有している請求項2記載の生理活性物質の固定化方法。
【請求項4】
アルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)が下記の一般式[1]で表されるモノマーである請求項3記載の生理活性物質の固定化方法。
【化1】

(式中R1は水素原子またはメチル基を示し、R2は水素原子または炭素数1〜20のアルキル基を示す。Xは炭素数1〜10のアルキレングリコール残基を示し、pは1〜100の整数を示す。繰り返されるXは、同一であっても、または異なるアルキレングリコール残基の連鎖であってもよい。)
【請求項5】
アルキレングリコール残基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(a)がメトキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレートである請求項4記載の生理活性物質の固定化方法。
【請求項6】
前記メトキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのエチレングリコールの平均連鎖が3〜100である請求項5記載の生理活性物質の固定化方法。
【請求項7】
架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)の架橋可能な官能基がアルコキシシリル、エポキシ、及び(メタ)アクリルから選ばれる少なくとも一つの官能基である請求項3〜6いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
【請求項8】
架橋可能な官能基を有するエチレン系不飽和重合性モノマー(b)が下記の一般式[2]で表されるアルコキシシリルを有するモノマーである請求項3〜6いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
【化2】

(式中Rは水素原子またはメチル基を示し、Zは炭素数1〜20のアルキル基を示す。A、A、Aの内、少なくとも1個は加水分解可能なアルコキシ基であり、その他はアルキル基を示す。)
【請求項9】
前記高濃度リン酸塩緩衝液の濃度が0.1M以上5M以下である請求項1〜8いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
【請求項10】
前記生理活性物質が核酸、タンパク質、抗体、抗原、レクチン、又は糖タンパクである請求項1〜9いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
【請求項11】
前記基体がプラスチックである請求項1〜10いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
【請求項12】
前記プラスチックが飽和環状ポリオレフィン、ポリオレフィン、又はポリスチレンである請求項11記載の生理活性物質の固定化方法。
【請求項13】
前記基体がガラスである請求項1〜10いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。
【請求項14】
前記基体の形状がスライド状、96穴プレート状、384穴プレート状、1536穴プレート状、マイクロ流路、ビーズ、チューブ、又は容器である請求項1〜13いずれか記載の生理活性物質の固定化方法。

【公開番号】特開2008−82977(P2008−82977A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−265869(P2006−265869)
【出願日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】