説明

生産性に優れた高耐電圧性を有するアルミニウム陽極酸化皮膜の製造方法

【課題】製造工程数を増やすことなく、全処理時間を短縮できて生産性をより向上させることを前提とし、耐電圧性に一層優れた陽極酸化皮膜の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の製造方法は、晶出物サイズ3μm以上の晶出物が表面に露出したアルミニウム合金基材をアルカリ溶液で脱脂した後、デスマット処理することなく脱脂した基材の表面に5000C/dm2以上の積算電気量でカソード電解処理を施し、次いで、少なくともシュウ酸を含む陽極酸化処理液を用いてカソード電解処理を施した基材表面に陽極酸化皮膜を形成する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高耐電圧性を必要とする陽極酸化皮膜部材に適用することができるアルミニウム陽極酸化皮膜の製造方法に関するものである。本発明の製造方法によって得られたアルミニウム陽極酸化皮膜は、例えば、ドライエッチング装置、CVD(Chemical Vapor Deposition)装置、イオン注入装置、スパッタリング装置等のように、半導体や液晶の製造設備等の真空チャンバーや、その真空チャンバーの内部に設けられる部品の素材として有用なアルミニウム合金を基材とした陽極酸化皮膜を有するアルミニウム部材や、パワーデバイスモジュール用絶縁部材用または絶縁部用陽極酸化皮膜を有するアルミニウム部材などに好適に用いられる。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムやアルミニウム合金等を基材とした部材の表面に陽極酸化皮膜を形成して、その基材に耐プラズマ性や耐ガス腐食性を付与した陽極酸化処理は従来から広く行なわれている。
【0003】
例えば、半導体製造設備のプラズマ処理装置に用いられる真空チャンバーや、その真空チャンバーの内部に設けられる各種部品は、アルミニウム合金を用いて構成されることが一般的である。しかしながら、そのアルミニウム合金を何らかの処理をしないまま(無垢のまま)で使用すれば、耐プラズマ性や耐ガス腐食性等を維持することができない。こうしたことから、アルミニウム合金によって構成された部材の表面に、陽極酸化皮膜を形成することによって、耐プラズマ性や耐ガス腐食性等を付与することが行なわれている。
【0004】
一方、近年では配線幅の微細化に起因して、プラズマの高密度化に伴い、プラズマを生成させるために投入する電力が増加しており、従来の陽極酸化皮膜では、高電力投入時に発生する高電圧によって、皮膜が絶縁破壊を引き起こすことがある。こうした絶縁破壊が生じた部分では電気特性が変化するために、エッチング均一性や、成膜均一性が劣化することから、陽極酸化皮膜の高耐電圧性化が望まれている。
【0005】
陽極酸化皮膜を高耐電圧性化するための技術は、これまでにも様々提案されている。例えば、特許文献1では、シュウ酸と蟻酸の混合溶液中で陽極酸化皮膜を形成した後に、ホウ酸アルカリ中で再度陽極酸化処理する方法が提案されている。しかしながら、この方法では、ホウ酸アルカリ中で陽極酸化処理するためには数百V以上の高電圧に対応した高価な整流器が必要となり、設備コストの点で問題がある。
【0006】
また、特許文献2には、陽極酸化皮膜上に、ポリイミド前駆体を用いて形成されたポリイミド皮膜で陽極酸化皮膜を被覆する方法が提案されている。しかしながら、この技術では、ポリイミド前駆体を電着させる等の設備が別途必要となる。
【0007】
また、特許文献3には、アルコール性水酸基を有する溶媒に、無機酸の塩を溶解した電解液を用いて高耐電圧性のバリア型陽極酸化皮膜を形成する方法が提案されている。しかしながら、この技術においても、陽極酸化処理による電解液体中のアルコールの濃度変化の管理が煩雑となるという問題がある。
【0008】
一方、特許文献4には、硫黄(S)を含有する陽極酸化皮膜であって、表面側にS含有量の大きい第1皮膜と、基材側にS含有量の小さな第2皮膜とからなる、S濃度が異なる陽極酸化皮膜を形成する方法が提案されている。上記公報には、耐電圧性を一層高めるため、第1皮膜形成工程前の事前処理として、カソード電解処理を行なう方法も提案されているが、例えば、試験No.3aでは、デスマット処理に加え、カソード電解処理を別途施しているため、生産性が低下するなど改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭60−204897号公報
【特許文献2】特開2004−59997号公報
【特許文献3】特開平11−229157号公報
【特許文献4】特開2011−157624号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来、陽極酸化皮膜を高耐電圧性化した表面処理部材や、そのような表面処理部材を得るための製造方法が種々提案されているが、製造工程の煩雑さ、製造コスト、生産性の低下等の観点から改良の余地があった。
【0011】
本発明は上記のような事情に着目してなされたものであって、本発明の目的は、製造工程数を増やすことなく、且つ、全処理時間を短縮でき、生産性をより向上させることを前提とし、耐電圧性に一層優れた陽極酸化皮膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、陽極酸化皮膜の耐電圧性を支配する主要因の一つが、アルミニウム合金基材表面に存在する晶出物(FeAl3系やCuAl3系などの金属間化合物)であり、上記晶出物のサイズが耐電圧性と密接に相関しており、上記晶出物を効率よく除去できれば耐電圧性が向上することを突き止めた。そして、この晶出物を効率よく除去するための方法について鋭意検討した結果、上記晶出物のサイズが適切に制御された基材に対し、陽極酸化皮膜処理の前処理として一般的に行なわれるデスマット処理(電解電圧を印加することなく硝酸溶液などの酸性溶液への浸漬処理)の替わりに、所定の積算電気量でカソード電解処理を行なえば良く、これにより、カソード電解処理を行なわない場合に比べて陽極酸化皮膜の耐電圧向上率(例えば後記する実施例に示すように、ある基材(晶出物サイズ)での、(カソード電解前処理した陽極酸化皮膜耐電圧−硝酸デスマット前処理した陽極酸化皮膜耐電圧)÷硝酸デスマット前処理した陽極酸化皮膜耐電圧)が約10%以上向上し、所望とする耐電圧性を得るための膜厚を低減できることを見出した。更に、その後の陽極酸化皮膜において、少なくともシュウ酸を含む陽極酸化処理液を用いて陽極酸化皮膜を形成すれば、高耐電圧性を維持しつつ、クラックの少ない陽極酸化皮膜が得られることも見出し、本発明を完成した。また、この皮膜に湿式での耐酸性を向上させるために、この陽極酸化膜に封孔処理を施すことも可能である。
【0013】
すなわち、本発明に係るアルミニウム陽極酸化皮膜の製造方法は、晶出物サイズ(長軸と短軸の平均)が3μm以上の晶出物が表面に露出したアルミニウム合金基材をアルカリ溶液で脱脂した後、デスマット処理することなく前記脱脂した基材の表面に5000C/dm2以上の積算電気量でカソード電解処理を施し、次いで、少なくともシュウ酸を含む陽極酸化処理液を用いて前記カソード電解処理を施した基材表面に陽極酸化皮膜を形成するところに要旨を有するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、陽極酸化皮膜の耐電圧性を支配する主要因の一つである基材表面の晶出物を効率よく除去できるように、ある一定以上のサイズの晶出物が表面に露出した基材に対し、陽極酸化皮膜処理の前に、一般的に行なわれるデスマット処理の替わりに所定の積算電気量でカソード電解処理を行なっているため、製造工程数を増やさなくても、陽極酸化処理時間を短縮化して全処理時間を短縮でき、生産性に優れた、高耐電圧性を有するアルミニウム陽極酸化皮膜を容易に製造することができる。かつ、本発明によれば、上記のカソード電解処理後、少なくともシュウ酸を含む陽極酸化処理液を用いて陽極酸化皮膜を形成しているため、高い耐電圧性を維持しつつ、クラックの少ない皮膜が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の特徴部分は、陽極酸化皮膜処理の前処理として、表面に露出した晶出物のサイズが3μm以上のものを含む基材に対し、デスマット処理の替わりに所定の積算電気量でカソード電解処理を行なう点にある。本発明によれば、従来のデスマット処理を省略しても高耐電圧性のアルミニウム陽極酸化皮膜が容易に得られるため、生産性が一層向上する。また、所定のカソード電解処理を施すことにより、所望とする耐電圧性を得るための陽極酸化皮膜の膜厚を薄くすることができるため、耐電圧性を低下させる因子であるクラックを防止するうえでも有効である。更に、上記カソード電解処理後の陽極酸化皮膜処理において、少なくともシュウ酸を含む陽極酸化処理液を用いて陽極酸化処理を行なうことにより、優れた高耐電圧性を維持しつつ、クラックの一層少ないアルミニウム陽極酸化皮膜を、生産性良く製造することができる。
【0016】
本明細書において「デスマット処理することなく」とは、(ア)アルカリ溶液による脱脂処理の後であって、(イ)カソード電解処理の前に、スマットを除去するために通常行なわれるデスマット処理を行なわないという意味である。なお、上記(ア)と(イ)の間に、通常行なわれる水洗処理を行なっても良いし(後記する実施例を参照)、あるいは、必要に応じて行なわれる軽度の酸洗処理(スマットを除去する程度には至らないが、カソード電解処理の前に行なわれる予備処理など)などの前処理を行なっても良く、このような態様も勿論、本発明の範囲内に包含される。
【0017】
以下、本発明に到達した経緯について説明する。
【0018】
まず本発明者らは、陽極酸化皮膜の耐電圧性を支配する主要因の一つが、アルミニウム合金基材表面に存在する晶出物であり、カソード電解処理した基材に陽極酸化処理を行った陽極酸化皮膜の耐電圧向上率(ある基材(晶出物サイズ)での、(カソード電解前処理した陽極酸化皮膜耐電圧−硝酸デスマット前処理した陽極酸化皮膜耐電圧)÷硝酸デスマット前処理した陽極酸化皮膜耐電圧)は上記晶出物のサイズが大きいほど高くなることを見出した。この晶出物は、アルミニウム合金に含まれる導電性の成分や導電性の不純物(鉄、クロム、銅など)がアルミニウムと結合した、FeAl3系やCuAl3系の金属間化合物などであり、短絡の原因となり、耐電圧性が低下する。上記晶出物を取り除くための手段の一つとして、前述した特許文献4にはカソード電解処理が提案されており、カソード電解処理により晶出物を除去でき、その結果、晶出物による悪影響を受けることなく陽極酸化処理を行なえるため、アルミニウム部材の耐電圧性がより向上すると記載されており、実施例には、陽極酸化処理の前に、脱脂→デスマット処理→カソード電解処理を行なった例が開示されている。
【0019】
しかしながら、本発明者らのその後の検討結果によれば、カソード電解処理はアルミニウム合金基材の表面に露出した晶出物のみを除去することができるため、サイズが小さい晶出物を含む基材では、カソード電解処理による晶出物除去効果が小さいことが判明した。そして、晶出物のサイズと、カソード電解処理後の陽極酸化皮膜の耐電圧性向上作用との関係について詳しく調べた結果、晶出物サイズ(長軸と短軸の平均)が3μm以上の大きな晶出物を含む基材に対し、所定の積算電気量でカソード電解処理を行なうと、カソード電解処理を行なわない場合に比べ、約10%以上耐電圧性を向上でき、所定の耐電圧性を得るための膜厚を低減できることを見出した。しかも、このカソード電解処理は、陽極酸化皮膜処理の前に通常行なわれる前処理の一つであるデスマット処理に代替して行なうことが可能であり、脱脂→デスマット処理の一般的な前処理工程において、デスマット処理の替わりに上記のカソード電解処理を行い、その後に陽極酸化処理を行なえば、所望とする耐電圧性向上作用が得られる。すなわち、本発明の方法は、陽極酸化皮膜処理の前処理として、脱脂→(デスマット処理を省略)→カソード電解処理を行なうものであり、カソード電解処理による製造工程数の増加といった問題もない。このように本発明の方法によれば、デスマット処理を省略できる点で、従来どおりにデスマット処理を必須として採用している前述した特許文献4の上記実施例とは、製造工程が相違している。更に、上記方法によれば、陽極酸化処理時間の短縮が可能なことから、全処理時間を短縮でき、生産性が一層高められる。
【0020】
なお、耐電圧性向上に悪影響を及ぼす上記晶出物を取り除く方法としては、カソード電解処理の他に、例えば晶出物のない基材を作製する方法や、晶出物を極小化させる方法なども考えられるが、これらは現実的な方法でない。すなわち、アルミニウム合金において晶出物は自然の産物であり、アルミニウム合金基材を用いる限り、晶出物の生成は避けられず、前者の方法は実現が困難である。後者の方法として、晶出物を極小にするためには、例えば圧延率を高める必要があるが、その場合、アルミニウム合金基材の板厚が薄くなって、所望とする陽極酸化皮膜を形成させる程度の所定の厚みを確保することができない。また、所定厚みのアルミニウム合金基材を得ようとすると、板厚の大きい板から圧延を行なう必要があり、そのために大掛かりな装置が必要となると共に、製造工程が煩雑となり、製造コストが高くなる。そこで本発明では、アルミニウム合金基材表面から晶出物を効率よく除去する方法として、カソード電解処理に着目したのである。
【0021】
このように陽極酸化皮膜処理の前処理として、晶出物サイズが3μm以上の晶出物を含む晶出物が表面に露出したアルミニウム合金基材に対して、脱脂の後、デスマット処理を行なうことなく所定のカソード電解処理を行うことにより、カソード電解処理による晶出物除去作用が効率よく発揮されるようになる。その結果、アルミニウム合金基材を得る際に圧延率を高める必要もなく、陽極酸化皮膜の耐電圧性が向上し、所望とする耐電圧性を得るための陽極酸化皮膜厚を薄くでき、しかもこのような陽極酸化皮膜を、安価に製造することが可能となる。また、本発明によれば、一般に陽極酸化皮膜作製前に行なわれる、アルカリ溶液を用いた脱脂処理とそれに続くデスマット処理において、デスマット処理の替わりにカソード処理をおこなうことができるため、製造工程数を増やすことなく、且つ、陽極酸化処理時間の短縮が可能なため全処理時間を短縮でき、その結果、生産性を一層向上させることができる。
【0022】
また、所定のカソード電解処理を施すことにより、所望の耐電圧性を得るための陽極酸化皮膜の膜厚を薄くすることができるが、これは、耐電圧性を低下させる因子であるクラックを防止するうえでも有効である。
【0023】
更に本発明では、カソード電解処理後の陽極酸化皮膜処理において、少なくともシュウ酸を含む陽極酸化処理液を用いているため、高い耐電圧性を維持したままで、耐クラック性も一層高められる。
【0024】
以下、本発明の製造方法について、工程順に詳しく説明する。
【0025】
まず、晶出物サイズ(長軸と短軸の平均)が3μm以上の晶出物を含む晶出物が表面に露出したアルミニウム合金基材(以下、アルミニウム合金基材で代表させる場合がある。)を用意する。
【0026】
なお、晶出物サイズが3μm未満のアルミニウム合金基材を用いて同様の処理を行なったとしても、耐電圧性の向上率の点で、それほど顕著な効果が認められなかった(後記する実施例を参照)。晶出物サイズが5μm以上等の大きな晶出物でも顕著な効果が認められる。耐電圧率向上の観点からは、晶出物のサイズは大きい程、優れた効果を発揮するが、大きすぎると耐電圧自体が下がりすぎ、カソード電解前処理をおこなっても、所定の耐電圧を得るための陽極酸化皮膜に時間が掛かり、生産性が低下するため、晶出物のサイズは40μm以下にすることが好ましく、20μm以下であることがより好ましい。
【0027】
本発明では、基材として、アルミニウム合金を用いる。上記アルミニウム合金は、陽極酸化皮膜の形成に通常用いられるものであれば特に限定されず、例えば、JIS H 4000に規定される6061、5052等のアルミニウム合金を用いることができる。上記アルミニウム合金は、市販のアルミニウム合金を用いることもできる。
【0028】
次に、上記のアルミニウム合金基材をアルカリ溶液中に浸漬し、脱脂を主な目的とし、10μm以下のエッチングを行う。脱脂処理は、アルミニウム部材の加工時に付いた加工油等を除去するため、陽極酸化皮膜処理の前に通常用いられる方法であり、本発明では、アルカリ溶液として、例えば水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどを用いることが好ましい。上記アルカリ溶液の濃度は、所望の除去作用が得られるように、アルミニウム部材の表面性状などに基づいて適宜適切に制御すれば良いが、おおむね、1〜30質量%とすることが好ましい。また、アルカリ溶液の浸漬温度(処理温度)は、おおむね、15〜70℃に制御することが好ましく、アルカリ溶液によるエッチングを効率よく進めるためには、おおむね、30〜50℃に制御することがより好ましい。アルカリ溶液による処理時間は、生産性やエッチング量などの観点から適切に制御すれば良いが、おおむね、1〜10分程度が好ましい。
【0029】
上記脱脂処理後のアルミニウム合金は、十分に水洗することが好ましい。なお、アルミニウム合金を水洗する方法としては、シャワー洗浄や、水中での超音波洗浄が好適である。また、必要に応じて、酸洗処理などの予備処理を行なっても良い。
【0030】
次に、脱脂後のアルミニウム合金基材を、デスマット処理することなく、5000C/dm2以上の積算電気量でカソード電解処理を施す。カソード電解処理とは、アルミニウム合金基材を酸に浸漬し、電解電圧を印加してアルミニウム部材が負極となるように電流を流して該部材を処理することを意味する。これに対し、陽極酸化皮膜処理は、電解電圧を印加してアルミニウム部材が陽極となるように電流を流して該部材を酸化処理するものであり、カソード電解処理とは、逆向きの方向となる処理を行なう点で相違する。
【0031】
上記カソード電解処理に用いられる酸としては、例えば、硫酸、硝酸、シュウ酸等の各種酸溶液が挙げられる。これらの酸は単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、硝酸が好適である。上記酸として硝酸水溶液を用いる場合、濃度は1質量%以上(より好ましくは10質量%以上、さらに好ましくは15質量%以上)が好ましく、50質量%以下(より好ましくは40質量%以下、さらに好ましくは30質量%以下)が好ましい。
【0032】
上記カソード電解処理を行う温度(液温)は、5℃以上(より好ましくは15℃以上)が好ましい。処理温度が高いほど、晶出物の除去に要する時間を短縮することができ、より生産性が向上する。液温が高いほど晶出物の除去に要する時間を短縮することができるが、通常、60℃以下(より好ましくは50℃以下)が好ましい。
【0033】
上記カソード電解処理時に流す電流の電流密度は、1A/dm2以上(より好ましくは3A/dm2以上、さらに好ましくは5A/dm2以上)が好ましく、100A/dm2以下(より好ましくは50A/dm2以下、さらに好ましくは20A/dm2以下)が好ましい。上記範囲のなかでも、電流密度が特に50A/dm2以下であれば、高価な設備を用いることなく、晶出物を短時間で取り除くことができる。更に電流密度が5〜20A/dm2であれば、晶出物の除去に要する時間を短縮することができる。
【0034】
本発明では、上記カソード電解処理の処理時間(通電時間)は、積算電気量[電流密度(C/dm2)×時間(秒)]で5000C/dm2以上とすることが重要である。後記する実施例に示すように、カソード電解処理での積算電気量が5000C/dm2未満の場合、晶出物を十分除去することができず、所望とする耐電圧性向上作用が得られなかった。カソード電解処理での好ましい積算電気量は、10000C/dm2以上である。なお、その上限は特に限定されないが、生産性などを考慮すると、おおむね、30000C/dm2以下に制御することが好ましい。
【0035】
上記カソード電解処理時に用いられる電極としては、一般的に例えば、白金、炭素系、チタン等の電極が挙げられるが、高耐電圧性、低コスト、高寿命などの観点から勘案すると、ガラス状炭素のような緻密なアモルファスカーボンの電極を用いることが好ましい。ガラス状炭素には、カーボンファイバーなども含まれる。すなわち、チタン電極では、陽極酸化膜の生成時に電極の抵抗、更には電圧が上昇するなどし、生産管理に適していない。また、白金電極は高価であり、コストの観点から不適当である。また、炭素系電極としては黒鉛系の電極が一般に用いられるが、カソード電解処理時に電極内部に溶液が染み込み、電極内部でガスが発生し、このときの体積膨張による力で電極から黒鉛材料が粉体として剥離するため、体積減少が大きく、寿命が短い。これに対し、ガラス状カーボンの電極を用いれば、上述した問題点をすべて解消することができ、高耐電圧性、且つ高寿命の陽極酸化皮膜を、低いコストで製造することができる。
【0036】
上記カソード電解処理後のアルミニウム合金は、十分に水洗することが好ましい。なお、アルミニウム合金を水洗する方法としては、シャワー洗浄や、水中での超音波洗浄が好適である。
【0037】
以上の前処理(アルカリ溶液による脱脂工程、およびカソード電解処理)により、アルミニウム合金基材表面から、耐電圧性向上に悪影響を及ぼす晶出物が有効に除去される。
【0038】
次いで、カソード電解処理を施した基材を、少なくともシュウ酸を含む陽極酸化処理液に浸漬して陽極とし、電解処理を行なうことにより、基材表面に陽極酸化皮膜を形成する。
【0039】
本発明では、陽極酸化処理液として、少なくともシュウ酸を含む陽極酸化処理液を用いることが重要である。陽極酸化皮膜の耐電圧性を支配する因子は、前述した晶出物に加え、皮膜中のクラックであり、陽極酸化皮膜中のクラックを著しく低減して耐電圧性を一層高めるためには、シュウ酸系の皮膜を施すことが好ましいからである。
【0040】
すなわち、一般的な陽極酸化処理液として、シュウ酸、ギ酸などの有機酸;リン酸、クロム酸、硫酸などの無機酸が挙げられるが、クラックの発生を著しく低減させつつ耐電圧性を向上させるという観点からすれば、少なくともシュウ酸を含む処理液を用いることが必要である。陽極酸化処理液中のシュウ酸濃度は、所望とする作用効果を有効に発揮することができるように適宜適切に制御すれば良いが、おおむね、20g/L〜40g/Lの範囲に制御することが好ましい。
【0041】
本発明では、陽極酸化処理液として、少なくともシュウ酸を含んでいれば良く、所望の作用効果を阻害しない限り、シュウ酸以外の、通常用いられる他の陽極酸化処理液をシュウ酸と混合した混酸とすることもできる。本発明に用いられる、他の陽極酸化処理液としては、例えば蟻酸、リン酸、クロム酸、硫酸などが挙げられ、これらを単独で、または2種以上混合して用いることができる。これらの酸は、おおむね、0g/L〜4g/Lの範囲で用いることが好ましい。
【0042】
陽極酸化処理を行う温度(液温)は、おおむね、10℃〜35℃とすることが好ましい。処理温度が10℃未満であると、電流密度が小さくなって成膜速度が非常に遅くなり生産性が悪くなる恐れがある。一方、処理温度が35℃を超えると、アルミニウム合金基材の形状によっては皮膜の化学的反応により溶解する恐れがある。より好ましい処理温度は15℃以上、25℃以下である。
【0043】
なお、陽極酸化処理を行うときの電解電圧(表面皮膜形成電圧)および処理時間は、所望の陽極処理酸化皮膜が得られるように、適宜適切に調節すればよい。例えば、電解電圧については、電解電圧が低いと電流密度が小さくなり成膜速度が遅くなり、一方、電解電圧が高過ぎると大電流による皮膜の溶解によって陽極酸化皮膜が形成されなくなる傾向がある。電解電圧による影響は、使用する電解処理液の組成や、陽極酸化処理を行う温度などにも関係するため、適宜設定すればよい。
【0044】
以上、本発明に係る陽極酸化皮膜の製造方法について説明した。
【0045】
本発明の製造方法によって得られる陽極酸化皮膜は、耐電圧性に優れると共に、クラックの発生も著しく低減されるため、例えば、半導体や液晶の製造設備等の真空チャンバーや、真空チャンバー内部に設けられるクランパー、シャワーヘッド、サセプターなどに好適に使用することができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限されず、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0047】
実施例1
(アルミニウム合金基材の調製)
本実施例では、アルミニウム合金基材として、JIS H 4000に規定される6061合金の圧延材(母材)を用い、サイズ:25mm×35mm(圧延方向)×1mmtの試験片を切り出し、その表面を面削加工した試料を複数用いた。具体的には、表1に示す4種類の晶出物サイズを有する基材は、圧延率の異なる母材とその母材の表面部分や中心部分から所定の基材を作製し、晶出物サイズを測定することで、4種類の基材を得た。切り出しに当たっては、母材表面からの距離が等しくなるように切り出し、このようにして切り出された試料は、同一基材とした。
【0048】
上記基材表面の晶出物サイズは、以下のようにして測定した。まず、上記基材を樹脂(アクリル樹脂)に埋め込んで表面を研磨した。このときの基材表面の研磨量は極力小さくなるようにした。次いで、SEMで基材表面を観察し、180μm×230μmの視野中に観察される晶出物のうち、大きな晶出物の順に3個選択した。晶出物の大きさは、各晶出物の長軸(晶出物で一番長い箇所)と短軸(当該長軸に対して直角な方向で一番長い箇所)の平均をとり、晶出物の大きさとし、このSEM観察をランダムに3箇所行い、合計9個の晶出物の平均サイズを、この基材での晶出物サイズとした。
【0049】
(脱脂工程)
次に、上記のようにして切り出した試料を、50℃−15wt%NaOH水溶液中に2分間浸漬した後、水洗して表面を清浄化した。
【0050】
(カソード電解処理工程)
次に、陽極にガラス状カーボン電極、カソード電解処理液として硝酸溶液を用い、表1に示す条件でカソード電解処理を行なった後、水洗して表面を清浄化した試料を用意した(脱脂→カソード電解処理)。
【0051】
なお、比較のため、上記カソード電解処理の替わりに、デスマット工程として、40℃−20wt%HNO溶液中に2分間浸漬する処理を行なった後、水洗して表面を清浄化した試料を用意した(脱脂→デスマット処理)。
【0052】
(陽極酸化工程)
次いで、上記の各試料に対し、陽極酸化処理液として、シュウ酸溶液25g/Lと硫酸0.1g/Lとの混酸を用い、液温15℃、80Vの一定電圧で陽極酸化処理を行った後、水洗し、表2に示す膜厚の陽極酸化皮膜を作製した。また、陽極酸化処理中の電流値を、陽極酸化処理時間と共に記録した。
【0053】
(陽極酸化皮膜の膜厚測定)
各試料における陽極酸化皮膜の膜厚は、渦電流式膜厚計を用いて測定した。測定は、同一部位を5回測定し、その平均値を当該部位の膜厚とすると共に、試料全面における膜厚を評価できるように、他の部位についても同様の操作を行ない、合計5箇所の部位における膜厚の平均を、陽極酸化皮膜の膜厚とした(いずれの試料もおおむね、約50μm)。
【0054】
(耐電圧測定)
各試料の耐電圧は、耐電圧試験器(「TOS5051A」、菊水電子工業株式会社製)を用い、+端子を針型のプローブに接続し、陽極酸化皮膜上に接触させ、−端子をアルミニウム合金基材に接続し、電圧を印加し、1mA以上の電流が流れた時点での電圧を耐電圧とした。なお、耐電圧性の評価は最小耐電圧で行った。何故なら、半導体製造装置の場合、基材のなかで耐電圧が最も低いところで絶縁破壊を起こすため、耐電圧が最小値となるところで評価することが好ましいからである。最小低電圧の算出に当たっては、上記のようにして耐電圧性を1個の試料につき10箇所測定し、合計2個の試料(10箇所/試料×2試料=20箇所)について測定し、その平均値および標準偏差を求め、平均値−2×標準偏差を、最小耐電圧と定めた。
【0055】
(耐電圧性および生産性の評価)
耐電圧性の評価は、50μmでの耐電圧向上率が10%以上であるものを合格(○)とし、10%未満のものを不合格(×)とした。
【0056】
また、生産性の評価は、以下のようにして行なった。すなわち、上記のようにして得られた陽極酸化皮膜(膜厚:約50μm)を有する各試料(脱脂→カソード電解処理→陽極酸化皮膜処理、または脱脂→デスマット処理→陽極酸化皮膜処理)に対して、最小耐電圧をそれぞれ求め、最小耐電圧が2000Vに達していない場合は、狙い皮膜厚を80μm[もとの膜厚(約50μm)+30μm]に変更し、再度、同じ条件で陽極酸化皮膜を作製して最小耐電圧を測定した(例えば表2のNo.3)。
【0057】
一方、各試料における陽極酸化皮膜(膜厚:約50μm)の最小耐電圧が2000Vに達している場合は、狙い皮膜厚を20μm[もとの膜厚(約50μm)−30μm]とし、再度、同じ条件で陽極酸化皮膜を作製し、最小耐電圧を測定した(例えば表2のNo.1、2、4、5)。
【0058】
各試料について、上記のようにして求めた2点の最小耐電圧および膜厚から、最小耐電圧が2000Vとなる膜厚を比例計算により算出すると共に、当該膜厚となる陽極酸化処理時間、およびカソード電解処理時間(またはデスマット処理時間)を、予め実験により算出しておいた電流と時間のプロファイルデータから求めた。
【0059】
そして、上記のようにして測定した耐電圧(最小耐電圧)が2000Vとなるのに必要な陽極酸化皮膜の膜厚を作製するのに必要な処理時間の合計(カソード電解工程および陽極酸化処理工程における処理時間の合計、表2中のB)が、カソード電解処理の替わりにデスマット処理を行なったときの処理時間の合計(デスマット工程および陽極酸化処理工程における処理時間の合計、表2中のA)よりも短くなる場合(A>B)を合格(○)とし、同じであるか長くなる場合(A≦B)を不合格(×)とした。
【0060】
表2の最右欄には「判定」の欄を設け、50μmでの耐電圧向上率が10%以上であり、且つ、処理時間の差(表2中、A−B)がプラス(>0)のものを、合格(○)とし、いずれか一方を満足しないものを不合格(×)と判定した。ここで、表2中、Aとは、「脱脂→デスマット処理→陽極酸化処理」(比較例)の合計処理時間であり、Bとは、「脱脂→カソード電解処理→陽極酸化処理」の合計処理時間である。
【0061】
これらの結果を表2に併記する。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
これらの結果から、以下のように考察することができる。
【0065】
まずNo.1〜3は、本発明の製造条件を採用した例であり、晶出物サイズが3μm以上の晶出物を含む晶出物が表面に露出した基材に対し、脱脂後、カソード電解処理での積算電気量が5000C/dm2以上の条件でカソード電解処理を行なった後、陽極酸化処理を行なったため、表2に示すように50μm厚での耐電圧向上率が10%以上を達成できた。また、本発明のように脱脂→カソード電解処理→陽極酸化処理を行なったときの、最小耐電圧が2000Vとなるときの合計処理時間(表2のBを参照)は、カソード電解処理を行なわずにデスマット処理を行なったとき(脱脂→デスマット処理→陽極酸化処理)の合計処理時間(表2のAを参照)に比べて短くなった。これは、本発明の方法により、各工程の処理時間をそれぞれ、短縮できたためであり、本発明によれば、生産性が著しく向上することが確認された。
【0066】
これに対し、No.4は、晶出物のサイズが3μm未満(3μm以上の晶出物を含まない)の基材を用いた例であり、50μmでの耐電圧向上率が10%未満となり、耐電圧性向上の効果が小さかった。また、No.4のように晶出物サイズが小さい基材を用いると、本発明方法による効果(デスマット処理の替わりに、カソード電解処理を採用したことの効果)が有効に発揮されず、デスマット処理を行った場合に比べて処理時間は、殆ど変わらなかった。これは、基材表面の晶出物のサイズが小さ過ぎるため、所定のカソード電解処理を行なったとしても、アルミニウム合金基材の極く表層のみの晶出物を除去したに止まったためである。
【0067】
また、No.5は、カソード電解処理での積算電気量が5000C/dm2未満の比較例であり、50μmでの耐電圧向上率が10%未満となり、所望とする耐電圧性を確保できなかった。これは、カソード電解処理での積算電気量が小さいため、基材表面の晶出物を十分除去できなかったためである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
晶出物サイズ3μm以上の晶出物が表面に露出したアルミニウム合金基材をアルカリ溶液で脱脂した後、デスマット処理することなく、前記脱脂した基材の表面に5000C/dm2以上の積算電気量でカソード電解処理を施し、次いで、少なくともシュウ酸を含む陽極酸化処理液を用いて前記カソード電解処理を施した基材表面に陽極酸化皮膜を形成することを特徴とするアルミニウム陽極酸化皮膜の製造方法。

【公開番号】特開2013−49903(P2013−49903A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−188722(P2011−188722)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)