説明

疾患治療薬

【課題】活性酸素除去能力を備えた鉄またはマンガンポルフィリン錯体を生体内の非正常組織に重点的に送達し、非正常組織内の活性酸素を有効に除去することができ、副作用がなく薬理効果の高い疾患治療薬を提供すること。
【解決手段】ナノサイズ大のナノカプセル内に鉄またはマンガンポルフィリン錯体を収容した鉄またはマンガンポルフィリン錯体ナノカプセルを含有する疾患治療薬であって、前記ナノカプセルをもって活性酸素濃度の高い非正常組織内に送達された鉄またはマンガンポルフィリン錯体により当該非正常組織の疾患を治療し、活性酸素濃度の低い正常組織に影響を与えないで副作用を抑えることができることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内の非正常組織の疾患を治療する疾患治療薬に係り、特に、活性酸素濃度の高い非正常組織の治療に好適な疾患治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、生体内で生成される数々の活性酸素種は炎症疾患、神経疾患、動脈硬化、癌、糖尿病等多くの病態に関与しているといわれているが、通常生体では、これらの活性酸素種に対し、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)、カタラーゼ等のラジカル消去酵素を備えてバランスを保っている。
【0003】
しかしながら、生体内の非正常組織の1例である癌細胞においてはスーパーオキシドアニオンラジカル(O・)が多量に存在していることが知られており、ラジカル消去酵素の酵素活性が低下していることが伺える。
【0004】
一方、炎症疾患、神経疾患、動脈硬化、糖尿病等の疾病でも、その原因は、SOD、カタラーゼ等のラジカル消去酵素のバランスが崩れ、O・などの活性酸素種が増加したことによるものとされている。
【0005】
ところで、金属ポルフィリン錯体は高いSOD活性を示すことが報告されているので、このものを生体内に投与することにより、O・を初めとする活性酸素種を有効に消去させ、活性酸素のもたらす生体内障害から生体を守ることが予想される。
【0006】
しかし、金属ポルフィリン錯体を単独で生体内に投与することは、安全性や効果の点から問題も多く、現在まで医薬として利用するに至っていないのが実情である。
【0007】
そこで、本出願人は、金属ポルフィリン錯体を安全に生体内に投与することができ、しかも金属ポルフィリン錯体の有するSOD活性を発揮させることのできる手段を提案した(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−041869号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記特許文献1においては試験管レベルの実証に基づくものであるが、生体内における実際の薬効を確認していない。
【0010】
本発明はこれらの点に鑑みてなされたものであり、活性酸素除去能力を備えた鉄またはマンガンポルフィリン錯体を生体内の非正常組織に重点的に送達し、非正常組織内の活性酸素を有効に除去することができ、副作用がなく薬理効果の高い疾患治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は鋭意研究して、動物実験により更なる薬効を究明して、ナノサイズ大のナノカプセル内に鉄またはマンガンポルフィリン錯体を収容した鉄またはマンガンポルフィリン錯体ナノカプセルが、ナノカプセルであることが要因となって生体内の正常組織に送達され難く非正常組織に優先的に送達され、非正常組織内の活性酸素を効率よく除去して疾患を治療して正常組織化することができ、更に、正常組織やリンパ管が正常組織より未発達な非正常組織よって鉄またはマンガンポルフィリン錯体が無駄に代謝されることがないことを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明の疾患治療薬の第一態様は、ナノサイズ大のナノカプセル内に鉄またはマンガンポルフィリン錯体を収容した鉄またはマンガンポルフィリン錯体ナノカプセルを含有する疾患治療薬であって、前記ナノカプセルをもって活性酸素濃度の高い非正常組織内に送達された鉄またはマンガンポルフィリン錯体により当該非正常組織の疾患を治療し、活性酸素濃度の低い正常組織に影響を与えないで副作用を抑えることができることを特徴とする。
【0013】
このような構成により、ナノカプセルであることを要因とする薬物を患部のみに選択的に送達する「ドラッグデリバリーシステム(DDS)」が発揮されて、鉄またはマンガンポルフィリン錯体を収容した鉄またはマンガンポルフィリン錯体ナノカプセルが、生体内の正常組織に送達され難く非正常組織に優先的に送達され、非正常組織内の活性酸素を効率よく除去して疾患を治療して正常組織化することができ、しかも副作用を抑えることとなる。
【0014】
また、本発明の疾患治療薬の第二態様は、前記第一態様において、前記鉄ポルフィリン錯体が、中心部位の鉄と前記非正常組織内の活性酸素とを反応させて過酸化水素を生成し、生成された当該過酸化水素と前記鉄とを反応させてヒドロキシラジカルを生成し、当該ヒドロキシラジカルの細胞毒性により非正常細胞を死滅させることを特徴とする。
【0015】
このような構成により、鉄ポルフィリン錯体の中心部位に結合している鉄の作用によって非正常組織内の非正常細胞が確実に死滅され、疾患が治療される。
【0016】
また、本発明の疾患治療薬の第三態様は、前記第一態様または第二態様において、前記ナノカプセルが、リポソームまたは高分子カプセルからなることを特徴とする。
【0017】
このような構成により、鉄またはマンガンポルフィリン錯体のナノカプセル化を容易に行うことができる。
【0018】
また、本発明の疾患治療薬の第四態様は、前記第一態様から第三態様の一態様において、前記ナノカプセルが、10〜200nmの大きさを有することを特徴とする。
【0019】
このような構成により、鉄またはマンガンポルフィリン錯体を収容した鉄またはマンガンポルフィリン錯体ナノカプセルに対するドラッグデリバリーシステム(DDS)が確実に発揮されて、疾患の治療が確執に施されることとなる。
【発明の効果】
【0020】
本発明はこのように構成され作用するものであるので、活性酸素除去能力を備えた鉄またはマンガンポルフィリン錯体を生体内の非正常組織に重点的に送達し、非正常組織内の活性酸素を有効に除去することができ、副作用がなく薬理効果の高い疾患治療薬を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の鉄またはマンガンポリフィリン錯体ナノカプセルのリポソームとしての構成を示す説明図であり、(a)はリン脂質、(b)はpH感受性リポソーム、(c)はDPPC−PEGリポソームをそれぞれ示す。
【図2】本発明の鉄またはマンガンポリフィリン錯体ナノカプセルの高分子カプセルとしての構成を示す説明図であり、(a)は高分子ブロック、(b)はポリ−L−乳酸−プルロニックF88−ポリ−L−乳酸(PLLA−PluronicF88−PLLA)ブロック共重合体の高分子ベシクル、(c)は同高分子ミセルをそれぞれ示す。
【図3】末期癌に関するメラノーマ(皮膚癌)移植マウスの試薬投与日数と癌体積増加率との関係を示す特性折線グラフ
【図4】図3の内容を示す棒グラフ
【図5】末期癌に関するメラノーマ(皮膚癌)移植マウスの試薬投与日数と体重変動との関係を示す特性折線グラフ
【図6】初期癌に関するメラノーマ(皮膚癌)移植マウスの試薬投与日数と癌体積増加率との関係を示す特性折線グラフ
【図7】図6の内容を示す棒グラフ
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0023】
本発明の疾患治療薬は、ナノサイズ大のナノカプセル内に鉄またはマンガンポルフィリン錯体を収容した鉄またはマンガンポルフィリン錯体ナノカプセルを含有している。
この鉄またはマンガンポルフィリン錯体ナノカプセルについて説明する。
ナノカプセルについては、リポソームと高分子カプセルを用いている。
【0024】
1) 初めに、リポソームを説明する。
【0025】
本明細書中において、「鉄またはマンガンポルフィリン錯体包埋リポソーム」とは、鉄またはマンガンポルフィリン錯体が、リポソームを構成する脂質中に組み込まれ、その一部がリポソーム膜外に出ているか、あるいは全くリポソーム膜内に包含されているものを意味する。
【0026】
本発明の鉄またはマンガンポルフィリン錯体包埋リポソームは、鉄またはマンガンポルフィリン錯体とアニオン系界面活性剤(界面活性剤としては他の形態の物も利用できる。後述)により形成するイオンコンプレックスと、リポソーム形成能を有する脂質とを含有するものである。
【0027】
本発明の鉄またはマンガンポルフィリン錯体包埋リポソームの構成成分である鉄またはマンガンポルフィリン錯体とアニオン系界面活性剤により形成するイオンコンプレックス(以下、単に「イオンコンプレックス」という)は、鉄またはマンガンポルフィリン錯体に界面活性剤を反応させることにより調製される。
【0028】
このイオンコンプレックスを形成する成分の一つである鉄またはマンガンポルフィリン錯体は、置換基としてカチオン性窒素原子を有する基を有するものであり、例えば、次の式(I)(II)または(III)で表すものを挙げることができる。
【0029】
【化1】

【0030】
(式中、Mは、鉄またはマンガン、RないしRは、N-低級アルキルピリジル基、N-アルキルアンモニオフェニル基、N-アルキルイミダゾリル基、低級ジアルキルチオフェニル基から選ばれる基を示し、R11ないしR16は、低級アルキル基または低級アルコキシ基を、R17ないしR18は、N-低級アルキルピリジル基、アルキルアンモニオフェニル基、N-アルキルイミダゾリル基を示し、R21ないしR26は、低級アルキル基または低級アルコキシ基を、R27ないしR28は、アルキルアンモニオフェニル基を示す)
【0031】
より具体的には、上記(I)式において、基R-Rがメチルピリジル基である、5,10,15,20-テトラキス(2-メチルピリジル)ポルフィリン(T2MPyP)、5,10,15,20-テトラキス(3-メチルピリジル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(4-メチルピリジル)ポルフィリン(T4MPyP);基R-Rがエチルピリジル基である、5,10,15,20-テトラキス(2-エチルピリジル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(3-エチルピリジル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(4-エチルピリジル)ポルフィリン;基R-Rがプロピルピリジル基である、5,10,15,20-テトラキス(2-プロピルピリジル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(3-プロピルピリジル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(4-プロピルピリジル)ポルフィリン;基R-Rがブチルピリジル基である、5,10,15,20-テトラキス(2-ブチルピリジル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(3-ブチルピリジル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(4-ブチルピリジル)ポルフィリン;基R-Rがメチルアンモニオフェニル基である、5,10,15,20-テトラキス(2-メチルアンモニオフェニル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(3-メチルアンモニオフェニル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(4-メチルアンモニオフェニル)ポルフィリン;基R-Rがメチルイミダゾリル基である、5,10,15,20-テトラキス(2-メチルイミダゾリル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(3-メチルイミダゾリル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(4-メチルイミダゾリル)ポルフィリン、基R-Rがジメチルチオフェニル基である、5,10,15,20-テトラキス(2-ジメチルチオフェニル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(3-ジメチルチオフェニル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(4-ジメチルチオフェニル)ポルフィリン;基R-Rがエチルメチルチオフェニル基である、5,10,15,20-テトラキス(2-エチルメチルチオフェニル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(3-エチルメチルチオフェニル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(4-エチルメチルチオフェニル)ポルフィリン;基R-Rがジエチルチオフェニル基である、5,10,15,20-テトラキス(2-ジエチルチオフェニル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(3-ジエチルチオフェニル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(4-ジエチルチオフェニル)ポルフィリン;基R-Rがジプロピルチオフェニル基である、5,10,15,20-テトラキス(2-ジプロピルチオフェニル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(3-ジプロピルチオフェニル)ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(4-ジプロピルチオフェニル)ポルフィリン等が挙げられる。
【0032】
また、上式(II)式において、基R11、R12、R14、R16がメチル、基R13、R15がビニル、基R17、R18がメチルピリジルである、[1,3,5,8-テトラメチル-2,4-ジビニル-6,7-ジ(メチルピリジルアミドエチル)ポルフィリン](PPIX-DMPyAm);基R11、R12、R14、R16がメチル、基R13、R15がビニル、基R17、R18がアンモニオフェニルである、[1,3,5,8-テトラメチル-2,4-ジビニル-6,7-ジ(アンモニオフェニルアミドエチル)ポルフィリン];基R11、R12、R14、R16がメチル、基R13、R15がビニル、基R17、R18がメチルイミダゾリルである、[1,3,5,8-テトラメチル-2,4-ジビニル-6,7-ジ(メチルイミダゾリルアミドエチル)ポルフィリン];基R11、R12、R14、R16がメチル、基R13、R15がメトキシ、基R17、R18がメチルピリジルである、[1,3,5,8-テトラメチル-2,4-ジメトキシ-6,7-ジ(メチルピリジルアミドエチル)ポルフィリン];基R11-R16がメチル、基R17、R18がメチルピリジルである、[1,2,3,4,5,8-ヘキサメチル-6,7-ジ(メチルピリジルアミドエチル)ポルフィリン];基R11-R16がエチル、基R17、R18がメチルピリジルである、[1,2,3,4,5,8-ヘキサエチル-6,7-ジ(メチルピリジルアミドエチル)ポルフィリン]等が挙げられる。
【0033】
更に、上式(III)式において、基R21、R22、R24、R26がメチル、基R23、R25がビニル、基R27、R28がメチルアンモニオである、[1,3,5,8-テトラメチル-2,4-ジビニル-6,7-ジ(メチルアンモニオカルボニルエチル)ポルフィリン];基R21、R22、R24、R26がメチル、基R23、R25がメトキシ、基R27、R28がメチルアンモニオである、[1,3,5,8-テトラメチル-2,4-ジメトキシ-6,7-ジ(メチルアンモニオカルボニルエチル)ポルフィリン];基R21-R26がメチル、基R27、R28がメチルアンモニオである、[1,2,3,4,5,8-ヘキサメチル-6,7-ジ(メチルアンモニオカルボニルエチル)ポルフィリン];基R21-R26がエチル、基R27、R28がメチルアンモニオである、[1,2,3,4,5,8-ヘキサエチル-6,7-ジ(メチルアンモニオカルボニルエチル)ポルフィリン]等が挙げられる。
【0034】
上記のうち、金属が配位した式(I)で表されるカチオン化カチオン性ポルフィリン錯体の合成は、K. Kalyanasundaram, Inorg. Chem., 23, 2453 (1984)、 A. D. Adler et al., J. Inorg. Nucl. Chem., 32, 2443 (1970)、 T, Yonetani et al., J. Biol. Chem., 245, 2988 (1970)、 P. Hambright et al., Inorg. Chem., 15, 2314 (1976)、M. Antionietti, Langmuir, 16, 3214 (2000)、D. Adler et al., J. Org. Chem., 32, 476 (1967)、D. Adler et al., Inorg. Synth., 16, 213 (1976)、Harriman et al., J. Chem. Soc., Faraday. Trans. II, 1532 (1979) 等に記載の方法に準じて行うことができる。
【0035】
また、金属が配位した式(II)および(III)で表されるカチオン化カチオン性ポルフィリン錯体の合成は、E. Tsuchida, H. Nishide, H. Yokoyama, R. Young, and C. K. Chang, Chem. Lett., 1984, 991等に記載の方法に準じて行うことができる。
【0036】
なお、上記した金属[5,10,15,20-テトラキス(2-メチルピリジル)ポルフィリン](MT2MPyP)および金属[5,10,15,20-テトラキス(4-メチルピリジル)ポルフィリン](MT4MPyP)の化学構造を示せば下の化(2):MT2MPyPの化学構造式および化(3):MT4MPyPの化学構造式のとおりである。
【0037】
【化2】

【0038】
【化3】

【0039】
なお、上記した金属[5,10,15,20-テトラキス(4-ジメチルチオフェニル)ポルフィリン](MT4MeSuP)の化学構造式を示せば下の化(4):MT4MeSuPの化学構造式のとおりである。
【0040】
【化4】

【0041】
一方、イオンコンプレックスを形成する別の成分の一つであるアニオン系界面活性剤としては、脂肪酸のアルカリ金属塩や、アルキル硫酸のアルカリ金属塩が好ましい。アルカリ金属塩の例としては、ラウリン酸(LAS)、ミリスチン酸(MAS)、パルミチン酸(PAS)、ステアリン酸(SAS)、オレイン酸(OAS)等の脂肪酸のアルカリ金属塩や、ドデシル硫酸(SDS)、テトラデシル硫酸(STS)、ヘキサデシル硫酸(SHS)、オクタデシル硫酸(SOS)等のアルキル硫酸のアルカリ金属塩挙げることができる。なお、脂肪酸のアルカリ金属塩や、アルキル硫酸のアルカリ金属塩としては、ナトリウム、カリウム等が好ましい。
【0042】
このイオンコンプレックスを形成するには、適当な溶媒中で鉄またはマンガンポルフィリン錯体とアニオン系界面活性剤を混合すれば良く、鉄またはマンガンポルフィリン錯体とアニオン系界面活性剤との配合比は、それらのモル比で、1:1ないし1:20程度とすれば良い。
【0043】
このようにして形成されたイオンコンプレックスは、リポソーム形成能を有する脂質(以下、「脂質類」という)と混合し、リポソームを形成させるための常法により鉄またはマンガンポルフィリン錯体包埋リポソームとすることができる。
【0044】
脂質類としては、大豆レシチン(SBL)、卵黄レシチン(EYL)、ジラウロイルホスファチジルコリン(DLPC)、ジミリストイルホスファチジルコリン(DMPC)、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)、ジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)、ジオレオイルホスファチジルコリン(DOPC)、モノオレオイル-モノアルキル-ホスファチジルコリン(MOMAPC)等を単独で含むリン脂質あるいはこれを主成分とし他の成分も含む基質(以下、「混合リン脂質」ということがある)。を挙げることができる。
【0045】
混合リン脂質の調製にあたり、リン脂質と混合することのできる成分としては、オレイン酸(OAS)等の脂肪酸、ジメチルジテトラデシルアンモニウムブロミド(DTDAB)、Tween-61(TW61)、Tween-80(TW80)等の界面活性剤等を挙げることができる。
【0046】
特に、DMPC、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)等のリン脂質、DTDAB、ジメチルジヘキサデシルアンモニウムブロミド(DHDAB)等のカチオン性界面活性剤、OAS、SAS等のアニオン性界面活性剤、TW61、TW80等のノニオン性界面活性剤を成分とする混合脂質系より得られるリポソームは、pH感受性リポソームとなる。そして、例えばこのリポソームが癌細胞内に取り込まれると、癌細胞内が低pHであるため、このリポソーム集合体の崩壊が生じ、抗癌剤のより効果的な徐放が促される。このようなpH感受性リポソームにイオンコンプレックスを包埋した系(鉄またはマンガンポルフィリン錯体包埋/pH感受性リポソーム)も合成できる。
【0047】
また、混合リン脂質として、リン脂質に周知のコレステロール(Chol)等を加えたものや、リン脂質にポリエチレングリコール(PEG)またはその誘導体を加えたものを挙げることができる。
【0048】
上記イオンコンプレックスと脂質類から鉄またはマンガンポルフィリン錯体包埋リポソーム形成させるには、まず、これら成分を適当な溶媒中に取り、これを十分混合させることが必要である。
【0049】
リポソーム形成に当たっての、イオンコンプレックスと脂質類の使用量は、イオンコンプレックス1モルに対し、脂質類を10から500モル、特に50から300モルとすることが好ましい。
【0050】
リポソームの形成は、既に公知の方法により行うことができ、例えば、上記両成分を揮発性溶媒中に溶解、混合した後、揮発性溶媒のみを揮散、除去し、次いでこれに適当な水性溶媒、例えば、精製水、生理食塩水等を加え、激しく攪拌したり、超音波処理することにより鉄またはマンガンポルフィリン錯体包埋リポソームとすることができる。
【0051】
なお、必要により、水性溶媒に代えて医薬的に有効な成分を溶解した溶液や、ある種の培地等を使用することができ、これらを内包した鉄またはマンガンポルフィリン錯体包埋リポソームを得ることもできる。
【0052】
かくして得られた鉄またはマンガンポルフィリン錯体包埋リポソームは、その構造解析を蛍光スペクトルや動的光散乱測定等を用いて行って得るとよい(特許文献1参照)。
【0053】
また、リポソームの粒径は10〜50nmであり、体内に取り込まれた際、細胞に到達可能な大きさであることがわかった。
【0054】
2) 次に、高分子カプセルを説明する。
【0055】
この高分子カプセルは生分解性高分子を構成成分としており、生分解性ナノカプセルである。
【0056】
この生分解性ナノカプセルは、生分解性ブロック共重合体から成るナノ粒子構造をしている。この両親媒性ブロック共重合体は、水溶液中で疎水性内核 (コア)と親水性外殻(シェル)を有する自己組織化ナノ粒子を形成することから、ドラッグデリバリーシステムに応用されている。両親媒性ブロック共重合体から成るナノ粒子の構造は、疎水性および親水性ポリマー鎖の組成を変えることによって多様化することができる。例えば、球状、ベシクル状、棒状、チューブ状等があり、これらの構造は薬物を送達する媒体として期待されている。
【0057】
ポリエチレンオキシド−ポリプロピレンオキシド−ポリエチレンオキシド−ブロック共重合体(PEO−PPO−PEO、プルロニック)は優れた生体適合性を有しており、薬物運搬体として幅広く研究された高分子界面活性剤である。しかし、低疎水性のPPOブロックにより、プルロニックの臨界ミセル濃度(CMC)は一般的にかなり高く、生体内に投与する場合、希釈によって不安定になり簡単に崩壊してしまう欠点がある。そこで、プルロニックに対して、ポリカプロラクタム(PCL)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリアクリル酸(PAA)のような疎水性のポリエステルを修飾することによって非常に低いCMCになることがわかっている。ポリ−L−乳酸(PLLA)、PCL、PGAなどのポリエステルは非常に素晴らしい生分解性と生体適合性を持ち、加水分解または酵素分解を解して低分子まで分解される。これは体内に投与された後、蓄積せずに腎排出によって体外に排出することが可能である。したがって、疎水性ポリエステル部分を含む両親媒性ブロック共重合体が注目を集めている。ポリエステルは疎水性が高いため、ゆっくり分解されることがわかっている。しかし柔軟な親水性のPEOに修飾したとき、ポリエステルの分解率が向上したことが報告されている。したがって、ポリエチレンオキシドとポリエステルからなる両親媒性ブロック共重合体は、PEOとポリエステルのブロック組成を変えることによって薬剤などの放出制御運搬体として期待される。
【0058】
本発明においては、このような機能を有する高分子カプセルとして、疎水性のPLLA鎖をプルロニックF88の両末端に修飾する、PLLA−PluronicF88−PLLAブロック共重合体を合成した。
【0059】
プルロニックおよびポリ乳酸を用いた理由は次の通りである。プルロニックは熱応答性の両親媒性高分子であり、アメリカ食品医薬品局に承認された極めて少ない生体適合性の合成重合体材料である。ポリ乳酸は生分解性および生体適合性エステルであり、プルロニックに修飾することによりその疎水性を向上させCMCを低下することできる。また、PLLAブロックにより、薬物放出製剤として期待できる。
【0060】
合成は次のようにして行う。
【0061】
プルロニックF88の両末端に2−エチルヘキサン酸すず(II)を触媒として、L−ラクチドを開環重合し、両親媒性高分子のプルロニックF88/ポリ−L−乳酸ブロック共重合体を合成した。
【0062】
具体的には、予めプルロニックF88を減圧乾燥(30℃、12h)し、L−ラクチドは脱水トルエン/脱水THF=1/1の混合溶液で加熱溶解し再結晶を行った後、減圧乾燥(30℃、12h)した。2−エチルヘキサン酸すず(II)は脱水トルエンを用いて、0.1g/mlに調製した。
【0063】
三方コック付きナスフラスコを乾燥機に入れ湿気を除去した。Arガスを封入し、PEGとL−ラクチドを所定量入れる(表1参照)。凍結融解法(フリーズソーイング法)を5回行い、水分を完全に除去した。Arガスを置換した後、トルエン(L−ラクチド0.5gに対して2ml)とSn(Oct)溶液を所定量滴下した。135℃で3時間重合したあと放冷し、クロロホルム30mlで溶解し、その十倍量のジエチルエーテル300mlで再沈殿し、メンブランフィルター (孔径0.1μm)でろ過する。減圧乾燥後、脱水クロロホルム30mlに溶解し、メタノール/ジエチルエーテル混合溶媒300mlで再沈殿しメンブランフィルター(孔径0.1μm)でろ過した。減圧乾燥(30℃、12h)し、白色のプルロニックF88/ポリ−L−乳酸ブロック共重合体を得た。
【0064】
【表1】

【0065】
このプルロニックF88/ポリ−L−乳酸ブロック共重合体を用いた高分子カプセルの調製法は、溶媒蒸発交換法を用いた。
【0066】
これは、高分子溶液中に貧溶媒を加え、良溶媒を徐々に蒸発させることにより、簡便に貧溶媒中に分散した高分子溶液を得る手法である。作製条件を制御することにより、微粒子の粒径をナノスケールからマイクロスケールまで変えられ、微粒子の形状を球状だけでなく、中空状や半球状に制御することが可能である。両親媒性高分子の場合、非特異的相互作用である疎水性相互作用、特異的相互作用である水素結合、静電相互作用などの因子により自己組織化が起こり、ミセルやベシクルなどを形成する。
【0067】
具体的には、遠沈管に前記ブロック共重合体10mgを加えテトラヒドロフランもしくはアセトンをそれぞれ3mlで溶解し、激しく撹拌しながら貧溶媒としてイオン交換水10mlを1滴ずつ加えた後、ロータリーエバポレーターで溶媒を留去した。テトラヒドロフランおよびアセトンの気泡が見かけ上出なくなっても減圧操作はしばらく続け、良溶媒を完全に除去した。
【0068】
テトラヒドロフランを用いるとベシクル(vesicle)となり、アセトンを用いるとミセル(micell)となった。
【0069】
かくして得られた高分子カプセルは、その構造解析を蛍光スペクトルや動的光散乱測定等を用いて行って得るとよい。
【0070】
この高分子カプセルの粒径は50〜200nmであり、体内に取り込まれた際、細胞に到達可能な大きさであることがわかった。
【実施例】
【0071】
以下に、動物実験により本発明の疾患治療薬の薬理作用、効果を説明する。
【0072】
1) 試薬について
本実施例に用いる鉄またはマンガンポルフィリン錯体ナノカプセルとしては、
1)鉄またはマンガンポルフィリン錯体/pH感受性リポソーム
2)鉄またはマンガンポルフィリン錯体/DPPC−PEGリポソーム
3)鉄またはマンガンポルフィリン錯体/PLLA80Wt%−F88ベシクル
4)鉄またはマンガンポルフィリン錯体/PLLA60Wt%−F88ミセル
を用いた。
【0073】
1)および2)のリポソームは、図1(a)に示すリン脂質によって鉄またはマンガンポルフィリン錯体を包埋したものであり、界面活性剤としてジミリストイルホスファチジルコリン(DMPC)用いると同図(b)に示すpH感受性リポソームとなり、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)用いると同図(c)に示すDPPC−PEGリポソームとなる。
【0074】
3) 鉄またはマンガンポルフィリン錯体/PLLA80Wt%−F88ベシクルおよび4)鉄またはマンガンポルフィリン錯体/PLLA60Wt%−F88ミセルは、図2(a)に示すPLLA−F88ブロック高分子によって鉄またはマンガンポルフィリン錯体を包埋したものであり、同図(b)に示すように、ベシクルでは中空粒子である膜小胞体のPLLA−F88ブロック高分が形成する膜部分に、また、同図(c)に示すように、ミセルでは粒子である小胞体のPLLA−F88ブロック高分子が形成する粒子部分に鉄またはマンガンポルフィリン錯体を収容している(図中の親水性薬物および疎水性薬物の標記は一般的な薬物の収容状況である)。
【0075】
また、比較例として現在臨床に使われているシスプラチン(CDDP)やマイトマイシンC(MMC)を用いた。
【0076】
2) 病理細胞について
抗癌薬理活性評価をするために、B16 melanoma 細胞を癌移植実験の細胞として用いた。
このB16 melanoma細胞の特徴は次の通りである。
・C57BL/6マウス由来のメラノーマ細胞である。
・寿命がなく永久に増え続ける細胞である。
・接着細胞であり、転移能が比較的強い癌である。
・皮膚癌であるためより空気に接触しやすい臓器に定着しやすい。
そのためマウスへ移植する際に尾静脈に投与すると肺に癌が定着することが確認されている。
・メラニンを産生し、黒くなるため見やすく、癌定着を明確に観察することが可能であり、腫瘍モデル細胞として汎用される。
【0077】
このメラノーマ自体は、ヒトで発症する可能性は非常に低い。しかしながら、発症した場合における致死率は非常に高く、あらゆる癌の中でも最も悪性度が高いため、非常に恐れられている。ヒトでは「ホクロの癌」などと呼ばれることもあり、足の裏に発症しやすい。
【0078】
3) 実験動物について
1) 末期癌の対応を検証するためにC57BL/6 Cr Slc雌性マウス6週齢を用いた。このマウスは体毛が黒いが、フットパッド(足の裏)は肌色をしており、癌細胞が黒く、癌の増殖および縮小を目視により正確に観察できる。
2) 早期癌の対応を検証するためにICR雌性マウス6週齢を用いた。このマウスは体毛が白く、フットパッド(足の裏)は肌色をしており、癌細胞が黒く、癌の増殖および縮小を目視により正確に観察でき、更に体毛の抜けを目視により正確に観察できる。
【0079】
実施例1(末期癌)
1) 動物
動物としてC57BL/6 Cr Slc雌性マウス6週齢を、1群につき5匹ずつ当てた。
2) 試薬
本発明の試薬(濃度)として、
鉄ポルフィリン錯体/pH感受性リポソーム(5mM/36mM)と
鉄ポルフィリン錯体/DPPC−PEGリポソーム(5mM/36mM)
を用いた。
比較例の試薬(濃度)として、
マイトマイシンC(MMC)(0.9mM)
を用いた。
3) 癌細胞
B16 melanoma 細胞を用いた。
4) 試験方法
マウス(C57BL/6, ♀, 6 週齢)のフットパット(足の裏)に、PBSに分散させたB16 melanomaを投与し、癌を移植させた。癌細胞投与量は、1×10個/匹/0.05mlとする。投与箇所として、フットパットという限定された範囲で、なおかつ毛細血管など細い血管が多く存在する環境を選んだ。
癌細胞移植後10日目に癌が定着していることを確認し、必要な群数(4群:試薬の3群とコントロール)にマウスを各郡5匹ずつ分けた。同時に各マウスの癌細胞体積をノギスを用いて短径および長径を2日おきに測定し、下式により算出した。
〔癌の体積〕= 1/2×〔長径〕×〔短径〕
更に、癌細胞移植後13日目に試薬の投与 (投与量0.1ml/匹/回)を開始した。薬剤投与は4日おきに計4回尾静脈より行った。更に、マウスの体重を2日おきに測定した。
5) 結果
癌の体積増加率は図3および図4に示す通りとなり、体重の変化は図5に示す通りとなった。
【0080】
上記の結果から、鉄ポルフィリン錯体は、リポソームに包埋することで、副作用を低減し、なおかつ圧倒的な制癌作用を発揮することがわかる。
【0081】
リポソームに包埋される鉄ポルフィリン錯体は、市販の抗癌剤であるMMCに比べ、高い抗腫瘍活性を有している。このときMMCは、わずか0.5mMの薬剤濃度でありながら、20日間の観察において、2匹のマウスが死亡した。また、体重の増減に関しても、MMCでは副作用により激しく体重の変動が起こっているのに対し、本発明の鉄ポルフィリン錯体包埋リポソームは、比較的安定している(図5参照)。従って、鉄ポルフィリン錯体は極めて高い制癌作用を有していながら、その薬剤による副作用は低く、制癌剤として大いに期待できることがいえる。これは、MMCがDNAそのものに作用して、薬効を発揮するのに対し、鉄ポルフィリン錯体が特異な制癌機構を持っていることに起因している。すなわち、癌細胞のみに特異的に異常発生している活性酸素をターゲットとし、活性酸素から過酸化水素、さらにFenton反応を介してヒドロキシラジカルを発生させてネクローシスにより癌を死滅させるため、癌組織にくらべ活性酸素の発生量が少ない正常細胞には、細胞毒性が低い。そのため副作用がMMCに比べ極めて低いことがわかる。更に、ポルフィリン自体は通常の抗癌剤に比べおよそ30倍の癌集積作用を有していると言われている。そのため癌組織に積極的に集積し、単独投与でも有効であったと考えられる。
【0082】
更に、鉄ポルフィリン錯体をpH感受性リポソームに内包させた薬剤を投与したマウスでは、コントロールに比べ、著しい制癌作用を示している。また、1匹のマウスでは、6日後に完全寛快(癌細胞の完全除去)が見られた。
【0083】
また、DPPC−PEGリポソームに内包させた系においても同様に、著しい制癌作用が見られた。
【0084】
一方、コントロール、MMCにおいては、足自体に壊死が起こっており、急速な癌体積の増大が薬剤投与4日目に既に起こっていた。こうなると癌は日に日に急激に成長していき、20日目には足全体に癌が広まっていく傾向が見られた。中には足の付け根の部分にまで癌化が進行しているものもあり、ほぼ足をひきずるようにして歩いているマウスも観察された。従って、少なくともMMCは継続して投与していくか、薬剤濃度を上げなければ、制癌作用は全く望めず、また回復させることはできない。
【0085】
これに対して、鉄ポルフィリン錯体包埋リポソームは強い制癌作用を発揮させ、なおかつ癌を治癒する方向へ進めたため、極めて有効であった。
【0086】
この有効な制癌作用を発揮した理由は次のことが考えられる。
【0087】
a)リポソームの粒子径がおよそ30nmであるため、EPR効果(Enhanced Permeaction Retection Effect)により癌組織に特異的に発生する新生血管を通過することで、正常組織には影響を与えずに、癌組織に選択的に集積した。
b)PEG鎖による水和層を形成しているため、マクロファージからの異物認識や腎糸球体濾過などを免れ、単独投与のものより血中滞留時間を延ばすことが可能であった。それにより、有効薬物血中濃度を長時間に渡って、保つことが可能となり、癌組織への攻撃性が増した。
c)鉄ポルフィリン錯体/pH感受性リポソームでは、細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた後、薬剤を早期に徐放するため、末期の癌に対して極めて有効な制癌作用を示した。
d)リポソーム内部にポルフィリンを導入するのではなく表面に包埋させる形をとったため、鉄ポルフィリン錯体/DPPC−PEGリポソーム においても有効な制癌作用を示した。
【0088】
以上のことから、鉄ポルフィリン錯体包埋リポソームはB16 melanoma に対して副作用を抑えた極めて有効な制癌作用を有していることが明らかとなった。
【0089】
実施例2(初期癌)
1) 動物
動物としてICR雌性マウス6週齢を、1群につき5匹ずつ当てた。
2) 試薬
本発明の試薬(濃度)として、
鉄ポルフィリン錯体/PLLA60Wt%−F88ミセル(5mM/0.7wt%)
を用いた。
比較例の試薬(濃度)として、
シスプラチン(CDDP)(0.9mM)
を用いた。
3) 癌細胞
B16 melanoma 細胞を用いた。
4) 試験方法
マウス(C57BL/6, ♀, 6 週齢)のフットパット(足の裏)に、PBSに分散させたB16 melanomaを投与し、癌を移植させた。癌細胞投与量は、末期癌の場合の1/10の1×10個/匹/0.05mlとする。投与箇所として、フットパットという限定された範囲で、なおかつ毛細血管など細い血管が多く存在する環境を選んだ。
癌細胞移植後10日目に癌が定着していることを確認し、必要な群数(3群:試薬の2群とコントロール)にマウスを各郡5匹ずつ分けた。同時に各マウスの癌細胞体積をノギスを用いて短径および長径を2日おきに測定し、下式により算出した。
〔癌の体積〕= 1/2×〔長径〕×〔短径〕
更に、癌細胞移植後13日目に試薬の投与 (投与量0.2ml/匹/回)を開始した。薬剤投与は4日おきに計4回尾静脈より行った。更に、マウスの体重を2日おきに測定した。
5) 結果
癌の体積増加率は図6および図7に示す通りとなった。
【0090】
鉄ポルフィリン錯体は、リポソームに包埋することで、副作用を低減し、なおかつ圧倒的な制癌作用を発揮することがわかる。
【0091】
上記の結果から、鉄ポルフィリン錯体/PLLA60Wt%−F88ミセルは、圧倒的な制癌作用を有しているだけでなく、2匹/5匹のマウスにおいて、完全寛解が見られたことから、高い抗癌作用を有していることが明らかとなった。
【0092】
通常の制癌剤であるシスプラチンはおよそ10倍に癌体積増加を抑制することは可能だが、治療するには至っていないことから考察すると、本発明による鉄ポルフィリン錯体/PLLA60Wt%−F88ミセルは、非常に標的志向性すなわち、癌組織へのターゲティング効果が大きいことが考えられる。
【0093】
また、薬物投与における副作用の影響を体重増減だけでなく、マウスの毛並み観察により行ったところ、シスプラチンを投与したマウスでは、触れるとすぐに毛が抜けたり、背部に脱毛が見られた。しかしながら、鉄ポルフィリン錯体/PLLA60Wt%−F88ミセルを投与したマウスにおいては、そのような症状が全くみられなかったことから、ポルフィリン薬剤の低毒性および、鉄ポルフィリン錯体/PLLA60Wt%−F88ミセルの癌組織への集積性が明らかとなった。
【0094】
これらの結果から、本発明による鉄ポルフィリン錯体/PLLA60Wt%−F88ミセルは初期の癌に対して極めて有効であることが明らかとなった。
【0095】
したがって、本発明の高分子カプセルは、一般的な薬物であるシスプラチンやMMCに比べ、10倍以上の制癌作用を有していることが明らかとなった。
【0096】
また、前記動物実験の結果より、本発明の鉄ポルフィリン錯体ナノカプセルは、現在臨床的に用いられておりながら、副作用が大きな問題となっているシスプラチン(CDDP)やマイトマイシンC(MMC)等の抗癌剤に代わる、癌細胞にのみ選択的に効果を示す抗癌剤や、活性酸素種が関連するといわれる、炎症疾患、神経疾患、動脈硬化、糖尿病等の癌以外の疾患を治療する抗酸化剤として作用するものであることがわかる。
【0097】
実施例3(腎症)
1) 動物
動物としてHIGA/Nsc Slc雌性マウス6週齢を当てた。コントロールマウスに関しては、HIGAマウスが近交系のためddYマウス由来であるが、日本SLCの実験指示通り、BALB/Cマウスを使用した。
2) 試薬
本発明の試薬(濃度)として、
マンガンポルフィリン錯体/pH感受性リポソーム(5mM/36mM)、
マンガンポルフィリン錯体/DPPC−PEGリポソーム(5mM/36mM)、
マンガンポルフィリン錯体/PLLA80wt%−F88ベシクル
(100μM/0.7wt%)、
を用いた。
3) 試験方法
薬剤0.2mlを1週間おきにマウス(HIGA/Nsc Slc, ♀, 6 週齢)に尾静脈投与し、毎週1度尿検査により、尿中タンパクと潜血を検査し、1ヶ月間経過を観察した。なお、尿検査薬にはプレテスト10II(和光純薬工業)を用いた。
4) 結果
表2に尿中蛋白の試験結果を、 表3に潜血の試験結果を示す。
【0098】
【表2】

【0099】
【表3】

【0100】
IgA腎症は、マウスによって個体差があるため症状の進行状況が異なる。従って表2および表3に示したように、始めの状況 (0 週間) の状態から、どれだけコントロールであるBALBマウスの尿試験結果に近づいていくのかを、判断基準とした。
【0101】
これらのことを考慮すると、薬剤を投与した全ての系において、症状の改善の結果が見られている。特に潜血では投与一週後には症状が完全に治癒している。さらに、マンガンポルフィリン錯体/DPPC−PEGリポソームを投与したマウスでは投与前は特に、重度の潜血が起こっているにもかかわらず翌週には症状が改善されている。
【0102】
また、実験中のマウスの毛並み観察を行ったが、薬剤投与による変化は殆どなく、活動度の低下も見られなかった。従ってポルフィリン、PLLA80wt%−F88ベシクル、リポソームによる副作用の影響は特に起こらないことがいえる。
【0103】
IgA腎症は発症すると改善が殆ど見られない症例とされているが、本実験において、症状の大幅な改善が確認された。従ってマンガンポルフィリン錯体ナノカプセルはIgA腎症において極めて有効な治療薬となりうると共に、活性酸素が大量発生する疾患(例えば糖尿病)において新しい治療薬となることが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノサイズ大のナノカプセル内に鉄またはマンガンポルフィリン錯体を収容した鉄またはマンガンポルフィリン錯体ナノカプセルを含有する疾患治療薬であって、前記ナノカプセルをもって活性酸素濃度の高い非正常組織内に送達された鉄またはマンガンポルフィリン錯体により当該非正常組織の疾患を治療し、活性酸素濃度の低い正常組織に影響を与えないで副作用を抑えることができることを特徴とする疾患治療薬。
【請求項2】
前記鉄ポルフィリン錯体は、中心部位の鉄と前記非正常組織内の活性酸素とを反応させて過酸化水素を生成し、生成された当該過酸化水素と前記鉄とを反応させてヒドロキシラジカルを生成し、当該ヒドロキシラジカルの細胞毒性により非正常細胞を死滅させることを特徴とする請求項1に記載の疾患治療薬。
【請求項3】
前記ナノカプセルは、リポソームまたは高分子カプセルからなることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の疾患治療薬。
【請求項4】
前記ナノカプセルは、10〜200nmの大きさを有することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の疾患治療薬。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−208955(P2010−208955A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−53981(P2009−53981)
【出願日】平成21年3月6日(2009.3.6)
【出願人】(501490818)
【Fターム(参考)】