説明

病虫害防除剤用組成物、それを希釈してなる散布剤及びそれらの製造方法

【課題】アザジラクチンを主成分とする、安価で安定性に優れた、病虫害防除剤用組成物及びその製造方法を提供する。
【解決手段】少なくとも、ニームの、種子、仁(核)、及び絞り粕からなる群から選ばれた少なくとも1種の主原料と、麹酵素及び/又は発芽酵素によって穀類を酵素分解させて得られた副原料とを混合し、得られた混合物中の固形物を粉砕及び/又は磨り潰した後攪拌してなることを特徴とする、病虫害防除剤用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱帯・亜熱帯に自生するインド原産の植物であるニーム(通称;NEEM, 学名 Azadirachta Indica A.Juss)を主原料とした天然の病害虫防除剤及びその製造方法に関し、特に、ニームの種子、仁(核)、及び絞り粕から選ばれた少なくとも1種の主原料に含有されているニームの仁を酵素分解してなる、病虫害防除剤用組成物、該組成物を水で希釈してなる散布液及びそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
世界的に環境破壊に対する関心が高まり、化学農薬の弊害が問題視されるに至った近年、自然農薬による代替が望まれている。その代表的な例として、世界各国で注目され、使用が試みられている、ニームに含まれる有効成分アザジラクチン(Azadirachtin)等を主成分とした、ニーム病虫害防除剤(以後、ニーム剤とする)が挙げられる。
【0003】
上記のニーム剤は、ニーム植物を低温で圧縮し、遠心分離によって抽出したオイルを用いたり(特許文献1)、エチルアルコール等を含有する抽出液とニームオイルを攪拌混合し、静置して分離するワックス画分を除去したニームオイル組成物を用いたりするため(特許文献2)、コストが高くならざるを得ないという欠点があった。また、ニームオイルの主成分であるアザジラクチン自体が酸化され易いために、散布液製造時及び保存時の安定性が充分ではないという欠点もあった。
【0004】
更に、アザジラクチンは太陽光によって分解されやすいため、散布後の防除有効期間が短い。そこで、充分な防除効果を得るために頻繁に散布した場合には、割高となるだけでなく作業負担も大きくなるという欠点があった(特許文献1)。したがってその普及は未だ不十分であり、化学農薬の代替となる天然農薬としての評価を受けるには至っていない。
【0005】
即ち、従来のように、ヘキサンなどの有機溶媒やエタノールと水を用いてアザジラクチンを抽出・精製したり、ニームの種子や仁からニームオイルを搾り取ったりする方法では、何れの場合も有効成分の収率が低い。特に前者の場合には、有機溶媒などの抽出液のコスト及びその工程に係る費用も高いので、商業的農業利用に堪えるには至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第5,885,600号明細書
【特許文献2】特開2008-184453号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、ニーム剤を商業的農業利用に耐えられるようにすべく鋭意検討した結果、ニームの種子、仁(核)、及び絞り粕等を主原料とし、該主原料中に含有されるニームの仁を分解することのできる酵素を用いることにより、アザジラクチンを主成分とするニームを効率よく利用することができるだけでなく、得られた組成物の保存安定性が良い上、酸化防止剤や紫外線吸収剤を含有させることによって、病虫害防除薬として散布した後の効果を長く持続させることができることを見出し、本発明に到達した。
【0008】
したがって本発明の第1の目的は、ニーム病虫害防除剤用の、保存安定性に優れた安価な組成物を提供することにある。
本発明の第2の目的は、保存安定性のみならず散布後の薬効持続性にも優れた、安価なニーム病虫害防除剤としての散布液を提供することにある。
更に本発明の第3の目的は、ニームの種子、仁(核)、及び絞り粕等を主原料とする、安価なニーム病虫害防除剤組成物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
即ち本発明は、少なくとも、ニームの、種子、仁(核)、及び絞り粕からなる群から選ばれた少なくとも1種の主原料と、麹酵素及び/又は発芽酵素によって穀類を酵素分解させて得られた副原料とを混合し、得られた混合物中の固形物を粉砕及び/又は磨り潰した後攪拌してなることを特徴とする、病虫害防除剤用組成物、該組成物を水で希釈してなる散布液、並びにこれらの製造方法である。
本発明においては、保存性及び散布後の効果を持続させる観点から、更に、酸化防止剤及び/又は紫外線吸収剤を含有させることが好ましく、特に、副原料を溶解させた酸性の酵母培養液を添加することが好ましい。
また、前記酸性の酵母培養液は、pHが3.0〜4.0の酵母培養液であることが好ましく、特に酵母乳酸菌培養液であることが好ましい。更に、散布液は適宜濾過しておくことが好ましい。
また、本発明の病虫害防除剤用組成物の製造においては、有効成分の劣化を低減させるために、固形物の粉砕及び/又は磨り潰し工程を30℃以下の温度で行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の病虫害防除剤用組成物又は散布液は、ニームの、種子、仁(核)、絞り粕を主原料とし、該主原料に含まれている仁を酵素分解して製造されるので、抽出残渣が減って抽出率が高まる上、その製造方法も単純であって大型の装置等は必ずしも必要でないので、製造コストが下がる分安価となる。また、現場近辺で簡便に製造し、使用することが可能であるので、化学薬品にかわり得る、天然で、安全な病害虫防除剤用組成物として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】左側の図は、ニーム種子粉末20gと、麹酵素によって穀類を酵素分解させて(麹菌を使用する場合には好気性雰囲気下であることが好ましい。)得られた副原料、及び、麹酵素を含有する酸性の酵母培養液の合計30mlを混合し、50℃で48時間酵素分解させたときの外観写真代用図であり、右側の図は、ニーム種子粉末20gを98%エタノール30mlに入れて、50℃で48時間攪拌したときの外観写真代用図である。
【図2】図1左側の図に示した酵素分解後の場合には、ニームの仁が分解され、ニーム成分が溶液中に溶け出し、特に界面活性剤を加えていないにもかかわらず、小さな粒子(10〜30μm)のまま拡散して大きな粒子にはならない様子を示す顕微鏡写真代用図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の病虫害防除剤用組成物は、ニームに含まれているアザジラクチン等の有効成分を、無駄なく利用して製造されるものであり、その形態は、粉状、ペースト状及び液状の何れでも良い。前記したように、ヘキサンなどの有機溶媒やエタノールと水を用いて、ニームオイル又はニームの種子や仁からアザジラクチンを抽出・精製したり、ニームの種子や仁からニームオイルを搾り取ったりする従来方法では、何れの場合も有効成分の収率が低いので、ニーム剤の製造単価が高くなる。特に前者の場合には有機溶媒などの抽出液のコスト及びその工程に係る費用も高い。
【0013】
そこで本発明においては、安価な、ニームの種子、仁(核)、絞り粕等を主原料とし、これらの主原料に含有されるニームを分解する酵素を組み合わせ、ニームの仁を酵素分解させる。これによって病害虫防除剤であるニーム剤の製造単価を大幅に低下させることができる。
【0014】
本発明で使用する主原料としては、収穫した種子又はその種子から採取した仁(核)をそのまま使用しても、これらからニームオイルを搾り取った絞り粕を使用しても良いが、通常は、種子から殻を取り除いた、取扱や保存に便利な仁を使用する。仁を保存する場合には、含有されているアザジラクチン等の有効成分の酸化分解を防止するために、脱酸素剤を同封した、真空パック、或いは炭酸ガスや窒素ガスを充填したパックとして、いずれも0〜5℃で保存することが好ましい。
【0015】
本発明で使用する、ニームの仁を分解させる酵素は、その作用を有する限り特に限定されるものではないが、特に麹菌が生産する麹酵素及び/又は発芽酵素を利用することが好ましい。上記麹菌は、米、糠、穀類ふすま、油脂、糖蜜等を栄養源として培養されるが、特に25℃〜45℃の好気性雰囲気で培養することが好ましい。培養方法としては、蒸し米に麹菌を接種する通常の米麹法の他、培地に糠や穀類ふすまを用いる方法、更には液体培養法が挙げられる。
【0016】
本発明においては、特に、クエン酸生産菌である黒麹(Aspergillus niger)を使用することが、反応系内の雑菌による汚染を防止することができるので好ましい。また、このAspergillus nigerは、穀類(穀類糠)から、後記する抗酸化物質として機能するフェルラ酸を遊離させるフェルラ酸エステラーゼを生産することができるという利点もある。本発明においては、上記Aspergillus nigerに限定されず、これと同等の作用効果を有する麹菌も好ましく使用することができることは当然である。
【0017】
前記の方法によって培養された麹菌に水を加えると、麹酵素が溶液中に溶出する。本発明においては、上記水の代わりに、酵母培養液を使用することが好ましく、該酵母培養液のpHを3〜4とすることが好ましい。またこのpH調整を、乳酸菌を用いて行う事が好ましい。
このような実施態様は、酵母が生産するエタノール及び乳酸菌由来の乳酸又は麹菌由来のクエン酸により、雑菌による汚染が抑制されるので好ましい態様である。
【0018】
本発明においては、穀類を麹酵素及び/又は発芽酵素によって酵素分解してなるペースト状、粉状又は液状の組成物を副原料とする。上記の穀類として好ましいものは、米及び米糠の他、麦や豆、トウモロコシ等が挙げられるが、本発明は、これらの具体例に限定されるものではない。
【0019】
上記ペースト状副原料は、例えば、米糠(穀類糠)に水分を10〜15質量%加え、麹菌を接種した後攪拌通気して発酵させた米糠酵素分解物と、別途用意した、酵母乳酸溶液に米糠を溶解させ、麹菌を死滅させ、自己消化させて得た粗酵素溶液とを混合することによって得ることができる。このペースト状副原料から濾過して得られる濾液は液状副原料である。
【0020】
前記粉状副原料は、例えば、加熱殺菌された米糠(穀類糠)に麹菌を接種し、水分及び養分を適切に加えながら通気して麹菌を培養することによって得ることができる。上記加熱殺菌方法としては、米糠(穀類糠)を炒る方法が、部分的に熱分解された糠組織が麹菌の繁殖に必要な栄養源となるので、好ましい方法である。この場合、死滅する麹菌から供給される酵素によって米糠が分解され、フェルラ酸等の抗酸化物質が遊離される。このようにして得られた粉状副原料を液状化すればペースト状副原料となる。
【0021】
前記液状副原料は、例えば、米糠、糖蜜、油脂等の栄養源、好ましくは、更にリン・カリ等の栄養を含む水溶液中に麹菌を接種した後通気攪拌し、好ましくは無菌エアーを通気させて麹菌を培養しながら、順次死滅する麹菌菌体が自己消化され、溶液中に麹酵素が拡散した溶液(ペースト状でも良い)を調整することによって得ることができる。得られた溶液を濾過して固形分を除去しても良い。
【0022】
本発明の病虫害防除剤用組成物は、少なくとも、上記したニームの、種子、仁(核)、及び絞り粕から選ばれた少なくとも1種の主原料、及び、穀類を、好ましくは好気性雰囲気下で、麹酵素及び/又は発芽酵素によって酵素分解させてなる副原料とを、必要に応じて適切な量の水分と共に混合し、得られた混合物中の固形分を、ミル等を用いて、好ましくは30℃以下で粉砕及び/又は磨り潰し、ペースト状になった反応系を60℃以下、好ましくは10〜30℃で更に酵素分解反応を進行させることによって容易に得ることができる。
30℃を超えると、酵素分解の反応速度を加速することはできるが、有効成分の劣化も進行することとなり、60℃を超えると主な酵素は失活する。尚、この酵素分解反応は嫌気性雰囲気で行わせることが好ましい。
また、使用する水分の量によって、最終組成物を実質的に粉状とすることも、ペースト状、エマルジョン、液状等の何れの形態にすることもできる。ペースト状の組成物を脱水して粉状とすることもできる。
【0023】
副原料の原料として使用される穀類には胚芽が含まれることが好ましい。この場合には、適度な水分を加えることによって、胚芽内で生じるジベレリンを生産起点とする各種酵素(発芽酵素)を生産させ、これを含む副原料を製造することができる。発芽酵素は、ニーム仁を分解するだけではなく、穀類、特にその胚芽に含まれるγ−オリザノールや脂肪酸等、有用な物質を効率よく成分保護液に溶出させることができる。上記γ−オリザノールは抗酸化力を有するフェルラ酸エステル化合物であり、Aspergillus niger等の麹が生産する酵素であるフェルラ酸エステラーゼは、γ−オリザノールからフェルラ酸を遊離させることができる。
しかしながら、胚芽に水分が加えられると前記したようにジベレリンが生産されるため、最終的な散布液にもこのジベレリンが含有されることになる。このジベレリンは、野菜や茶葉などを増産するメリットを有する反面、育苗時等、植物の伸長を抑制したい場合にはデメリットとなる。
【0024】
したがって育苗時等、植物の伸長を抑制したい場合には、副原料の調製時に胚芽を含まない原料、或いは加熱処理して胚芽を不活性化した原料を用いて、麹酵素のみによって原料を酵素分解し、副原料を調製することが好ましい。また、後記する「成分保護溶液」の調製についても同様である。
【0025】
本発明においては、作業性の観点から、適宜水を加えてペーストの硬さを調整することができるが、単なる水の代わりに、麹酵素及び/又は発芽酵素によって酵素分解を受けた穀類を溶解した、酸性の、好ましくはpHが3.0〜4.0の、麹酵素を含有する酵母培養液を、病虫害防除剤成分の酸化を防止する成分保護溶液として添加することが好ましい。上記のpHは、公知の無機酸及び/又は有機酸を用いて適宜調整することができるが、特に有機酸を使用することが好ましく、中でも乳酸を使用することが好ましい。
【0026】
本発明においては、ニーム仁等の主原料と副原料を混合して得た混合物中の固形分を摩砕した結果、二酸化炭素の発生が認められる場合にはエタノールを添加することが好ましい。この場合更に、又はエタノールの代わりに、公知の塩類、酸、高濃度の糖類等を添加して、二酸化炭素の発生原因となっている酵母の活性を抑制することもできる。
【0027】
このように、本発明のペースト状組成物は、水分を吸収して膨潤した前記主原料及び副原料中の固形分を粉砕及び/又は磨り潰せば、あとは酵素反応によって容易に製造することができるので安価である。また、本発明の病虫害防除剤用ペースト状組成物を製造する装置も単純であって安価であるので、これによってもニーム剤の製造単価を下げることができる。
【0028】
上記の粉砕及び/又は磨り潰す手段は、例えば、石臼又はミキサーのような公知の手段の中から適宜選択することができる。ニーム仁等の主原料は予め水分を吸収して軟化しているので、石臼のような簡便な手段でも充分であり、微粒子化するために高度な粉砕装置を特に必要とすることはない。但し、アザジラクチン等の目的成分の酸化を防止するために、粉砕に際しては酸化防止剤を添加しておくことが好ましく、また、材料全てが0℃〜5℃に冷却されるように工程を制御することが好ましい。更に、粉砕装置通過後の反応系の温度が30℃を越えないように制御することが好ましい。
【0029】
上記の酸化防止剤は公知のものの中から適宜選択することができるが、特に米糠由来のフェルラ酸やフィチン酸等の抗酸化能を有する芳香族有機酸を添加することが好ましい。また、これらの酸化防止剤は、粉砕工程における有効成分の酸化防止のみならず、主成分の酵素分解過程における有効成分の酸化防止をも目的として、主成分と副成分の混合当初から添加しておくことが好ましい。このようにすることにより、目的とする物質が最終的に水に拡散した、高粘性の、病虫害防除剤用ペースト状組成物を得ることができる。このペースト状組成物に、ペースト状の副原料を酸性の酵母培養液(好ましくは酵母乳酸菌培養液)に溶解させた溶液(前記成分保護溶液)を加え、必要に応じて更に水で希釈すれば、特に界面活性剤を添加しなくても安定な、10〜30μmのオイル粒子を含有するエマルジョン組成物を得ることができる。
また、例えば、液状副原料を使用したために上記成分保護溶液の使用量が充分となっている場合や、散布液調製時に更に該成分保護溶液を追加する場合には、他の酸化防止剤を更に添加する必要もない。
【0030】
本発明のエマルジョン組成物は、本発明のペースト状組成物が既に前記成分保護剤を含有している場合には、単に水で希釈して、或いは、前記ペースト状組成物製造工程で水を適宜追加して得ることができるが、単なる水で希釈する又は水を追加する代わりに、前記成分保護溶液で希釈して、或いは添加することによって得ることが好ましい。このようにすることにより、ニーム成分の酸化劣化及び太陽光(特に紫外線)による劣化を防止することができるからである。
【0031】
本発明のペースト状組成物又はエマルジョン組成物を保存する場合には、嫌気性の環境下で密封保存する事が好ましい。この場合、嫌気性雰囲気下における酵母による二酸化炭素の発生及び他の雑菌によるガスの発生を抑制するために、一定の濃度となるようにエタノールを含有させることが好ましい。別の方法としては、ペースト状組成物を脱水して実質的に粉状組成物とし、窒素や炭酸ガス雰囲気下で、又は真空パックとして、冷暗所で保存しても良い。
【0032】
本発明におけるニーム仁の酵素分解反応に際しては、反応ペースト(又は溶液、以下単にペーストとする。)中の生物代謝による有効成分の劣化を避けるために、エタノールを該ペースト中に添加すると共に系のpHを3.0〜4.0と低く調節することによって、無生物的な酵素反応を行わせ、これによってニーム仁及び特定物質の分解を行わせることもできる。
【0033】
本発明においては、前記したように麹酵素に由来するフェルラ酸等の抗酸化能を有する芳香族有機酸を加えることにより、酵素分解期間中の酸化による有効成分の劣化を抑制することができる。したがって、酵素分解前に加えられる米糠の酵素分解量が十分でない場合には、上記した芳香族有機酸の含有量が不足するので、このような場合には、散布前に酸化防止剤を散布液に追加することが好ましい。
【0034】
フェルラ酸等の抗酸化能を有する芳香族有機酸は、前記したように、米糠(麦ふすま及びトウモロコシ、大豆etc.)から得ることができる。本発明においては、米糠に水分と温度を加えるので、これによって米糠に含まれる胚芽の酵素生産が始まる。更に麹酵素を作用させることによってフェルラ酸等の抗酸化能を有する芳香族有機酸の濃度を高めることができる。しかしながら、フェルラ酸やフィチン酸等の有機酸を更に効率よく得るために、本発明においては麹酵素と共に当初から発芽酵素を使用することが好ましい。特に、胚芽を含まない米糠を使用する場合には発芽酵素を添加する必要がある。
【0035】
このようにして得られた本発明のペースト組成物又はエマルジョン組成物を希釈すれば散布液となる。本発明においては、散布に際する散布装置の目詰まりを防止するために、ペースト組成物、エマルジョン組成物又は散布液のいずれかの段階で適宜ろ過することが好ましいが、散布装置にろ過装置を付加しても良い。本発明の散布液は、米糠(麦、ふすま、トウモロコシ、及び大豆etc.)から得られるフェルラ酸及び/又はフィチン酸その他の有機酸を含有するので、散布後における酸素や太陽光による病害虫防除有効成分の劣化が抑えられ、年間の散布回数を減らすことができるので、化学薬剤に十分対抗することができる。
【0036】
以下に、実施例に基づいて、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、周知技術を用いた変更発明、その他、本発明との差が当業者の設計事項に該当する発明も、本発明に含まれる。
【0037】
実施例
本実施例においては先ず、麹(米麹、糠麹、ふすま麹)50kgを、糖蜜等の栄養分を含有する酵母乳酸菌水溶液120L(リットル)と混合し、10〜15℃で麹を溶かし、pHを3.0〜4.0に保って雑菌の繁殖を抑えた。このとき、酵母が生産するエタノール及び乳酸菌由来の乳酸又は麹菌由来のクエン酸により、雑菌の繁殖が抑制される。圧搾して、黄色透明な麹酵素液100Lを得た。
【0038】
フェルラ酸及びフィチン酸に代表される芳香族有機酸は、米、麦類、豆類等の穀類に多く含まれる。上記芳香族有機酸を抽出する方法としては、酵素分解や熱分解の他、亜臨界水や超臨界ガスを使用する方法がある。本発明においては、安価な発芽酵素又は麹酵素による分解と、酵母が産出するエタノール及び脂肪酸の働きを利用して、溶液化する方法が好ましい。このようにして得られた溶液が、成分保護溶液として機能する。
【0039】
具体的には、胚芽を含む米糠20kgに、適切な量の水又は酵母液4Lを加えて上記胚芽の活動を促し、酵素を生産させた。上記酵母液は、麹菌又は麹酵素を含有することが好ましい。発熱して自己消化が進んだ米糠を、麹酵素、乳酸菌、及び糖蜜を含む酵母液70Lに溶かし、米糠の酵素分解物を溶出させると共に酵母・乳酸菌の増殖を助け、雑菌の繁殖を抑制した。できあがった諸味状の液体を濾過・圧搾し、得られた液体50Lを成分保護溶液とした。この成分保護溶液に、抗酸化物質や紫外線吸収物質が含まれる。
【0040】
前記麹酵素溶液100Lと成分保護溶液50Lを混ぜ合わせた。この時エタノール濃度が低いために二酸化炭素が発生する場合には、エタノールを適量添加して二酸化炭素の発生を止める。エタノールを添加する代わりに、公知の塩類、酸、高濃度の糖類等を添加しても良い。
【0041】
一方、ニームの種子から殻を取り外して仁(核)を得た。得られた仁150kgを、上記した麹酵素溶液と成分保護剤溶液の混合溶液150Lに6〜24時間浸けた。保存していた仁は半乾燥状態で固くなっているため、吸水軟化させるためである。給水させた後は0℃〜5℃に冷却し、固形分を粉砕及び/又は磨り潰す工程で発生する熱を吸収しても、反応系の温度が30℃以下に抑えられるようにすることが好ましい。
【0042】
固形分を粉砕及び/又は磨り潰してペースト状にする装置は、石臼(又はその原理を利用したセラミック粉砕器)、ミキサー、ローラー等の、公知の装置の中から適宜選択して使用すれば良い。引き水(種子をすり潰す際に水分を補充するための液体)を使用する場合には、前記成分保護溶液を引き水代わりに使用することが好ましい。したがって、成分保護溶液も仁と同様に0〜5℃に冷却することが好ましい。ペーストにするこの工程では、周囲の酸素を巻き込んで酸化され易いので、ペースト状にする装置全体を二酸化炭素又は窒素ガス雰囲気下で稼働させることが好ましい。尚、前記成分保護溶液は還元性であるので、これを引き水として使用することによって酸化が抑制される。
【0043】
次いで、得られたペーストを密閉容器に充填し、10〜30℃の暗室で酵素分解させた。この工程では、セルロースが細胞壁を分解すると共にアミラーゼが澱粉を分解し、油脂をリパーゼが分解する。最終的に、油脂成分が水に拡散するようになるのは、脂肪酸やレシチンの働きが寄与しているとも考えられる。また、酵素液及び成分保護溶液に含まれるエタノールにも有効成分が溶出する。
【0044】
酵素分解によって目的とする有効成分の抽出が十分に行われたと判断された後、必要に応じて、意図せずに混入した、種子の外殻の破片や石などの未分解物及び異物を除去し、冷暗所又は冷蔵庫で保存した。上記の除去を行わない場合には、水で希釈して散布液とした際に、目開き0.5mmほどのフィルターを通せば良い。
【0045】
散布前にペースト及び前記成分保護剤を混ぜ合わせることにより、散布後の成分劣化をより抑えることができる。このようにすることを前提にすれば、ペースト加工前に加える成分保護剤の量を少量に抑えて、調整用として添加するエタノールの量を節約し、作業時間を短縮することもできるなどのメリットを享受することができる。別言すれば、成分保護剤の量が足りない場合には、散布前に添加する必要が生じる。
【0046】
水で希釈して散布液を調整する場合には、先ず適量の成分保護剤に本発明のペースト状組成物を加えてよく撹拌した後、適した希釈倍率で水に拡散させることが好ましい。尚、成分保護液を追加しない場合(散布液B)及び成分保護液を含有しない場合(散布液C)には、下記表1に示したように、成分保護液を追加した場合(散布液A)より効果は劣るが、実用できる範囲である。
【0047】
従来法では、ニームオイル(仁を圧搾して得られる油脂)を乳化して散布することが多いが、本発明で使用する成分保護溶液は強い乳化作用及び乳化安定性を有しているため、ニームオイル及び成分保護溶液を25℃〜35℃に保温した状態でミキサーなどの撹拌器で混ぜ合わせて乳化することが可能である。
【0048】
比較例
10kgのニーム仁を、98%のエタノール10L中で磨り潰した。得られたペースト状組成物を20日間放置した後、界面活性剤としてポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル(APE)の20%溶液を1200ml加え、25℃で攪拌して乳化させた。次いで175倍に希釈し、濾過して散布液Dとした。仁1kg当たりで表す濃度は、350L/kg仁であった。
【0049】
【表1】

【0050】
表中の数値は、某茶園における散布実績である。散布間隔及び散布液量/kg仁(単位散布容積当りに必要な仁の必要量の逆数)は、特にチャノホソガ及びチャハマキという、カンザワハダニやコミカンアブラムシなどに比べて高い濃度のアザジラクチンを散布することが必要な害虫を抑えることができる条件を意味している。ここで抑えることができるというのは、収量に影響を及ぼさない生息密度まで生息数を抑えることができるという意味である。尚、数値が大きいほど、仁当たりの散布量が大きい、即ち広範に散布することができることを実証している。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の方法によれば、ニーム剤の製造工程における有効成分の酸化劣化が抑えられるだけでなく、散布後の酸化劣化及び太陽光(特に紫外線)による劣化も抑えられるため、薬剤単価が低減される上、散布回数が少なくなるので作業負担も緩和される。これによって、従来の化学薬剤に変わり得る商業的実用性のあるニーム病虫害防除剤として、農業利用、住宅地での病害虫防除、学校、街路樹、家庭菜園など、合成化学農薬の散布が望ましくない場所での利用が可能となり、貧困農村での収量安定化及び健康被害の軽減等も期待されるので、本発明は産業上極めて有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、ニームの、種子、仁(核)、及び絞り粕からなる群から選ばれた少なくとも1種の主原料と、麹酵素及び/又は発芽酵素によって穀類を酵素分解させて得られた副原料とを混合し、得られた混合物中の固形物を粉砕及び/又は磨り潰した後攪拌してなることを特徴とする、病虫害防除剤用組成物。
【請求項2】
更に、酸化防止剤及び/又は紫外線吸収剤を含有させてなる、請求項1に記載された病虫害防除剤用組成物。
【請求項3】
前記主原料及び副原料と共に水及び/又は麹酵素を含有する酸性の酵母培養液を混合し、得られた混合物中の固形物を粉砕及び/又は磨り潰してなる、請求項1又は2に記載された病虫害防除剤用組成物。
【請求項4】
前記酸性の酵母培養液が、pHが3.0〜4.0の酵母培養液である、請求項3に記載された病虫害防除剤用組成物。
【請求項5】
更に、前記副原料を溶解させた酸性の酵母培養液を含有させてなる、請求項1〜4の何れかに記載された病虫害防除剤用組成物。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかに記載された病虫害防除剤用組成物を水で希釈してなることを特徴とする病虫害防除剤用散布液。
【請求項7】
水で希釈した後更に濾過してなる、請求項6に記載された病虫害防除剤用散布液。
【請求項8】
ニームの、種子、仁(核)、及び絞り粕から選ばれた少なくとも1種の主原料と、麹菌を用いて穀類を酵素分解させて得られた副原料とを混合し、適宜水及び/又は麹酵素を含有する酸性の酵母培養液を添加し、得られた混合物中の固形物を粉砕及び/又は磨り潰した後、攪拌して前記主原料を酵素分解することを特徴とする、防虫害防除剤用組成物の製造方法。
【請求項9】
前記混合物中の固形物の粉砕及び/又は磨り潰しを30℃以下の温度で行う、請求項8に記載された病虫害防除剤用組成物の製造方法。
【請求項10】
前記混合物中の固形物を粉砕及び/又は磨り潰すに際し、適宜、引き水及び/又は麹酵素を含有する酸性の酵母培養液を添加する、請求項8又は9に記載された病虫害防除剤用組成物の製造方法。
【請求項11】
前記酸性の酵母培養液が、pHが3.0〜4.0の酵母培養液である、請求項8〜10の何れかに記載された病虫害防除剤用組成物の製造方法。
【請求項12】
前記pHが3.0〜4.0の酵母培養液が酵母乳酸菌培養液である、請求項11に記載された病虫害防除剤用組成物の製造方法。
【請求項13】
前記副原料の調製を好気性雰囲気下で行う、請求項8〜12の何れかに記載された病虫害防除剤用組成物の製造方法。
【請求項14】
前記主原料の酵素分解が10〜30℃で行われる、請求項8〜13の何れかに記載された病虫害防除剤用組成物の製造方法。
【請求項15】
前記主原料の酵素分解が嫌気性雰囲気下で行われる、請求項8〜14の何れかに記載された病虫害防除剤用組成物の製造方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−270086(P2010−270086A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−125301(P2009−125301)
【出願日】平成21年5月25日(2009.5.25)
【出願人】(509146056)
【Fターム(参考)】