説明

癒着の予防及び/又は治療のための医薬

【課題】炎症性腸疾患などにおける腸の癒着の予防及び/又は治療のための医薬を提供する。
【解決手段】腸の癒着の予防及び/又は治療のための医薬であって、4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸を有効成分として含む医薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炎症性腸疾患などに伴う腸の癒着の予防及び/又は治療のための医薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
腸疾患は小腸又は大腸の異常を伴う疾患であり、下痢(細菌性又はウイルス性の感染性下痢や炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、薬剤性腸炎などによるものなど)や便秘、あるいは粘血便などの主症状を伴う疾患である。なかでも潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis: UC)とクローン病(Crohn's disease: CD)を含む炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease)は欧米諸国において多く認められる腸の慢性非特異性炎症疾患であり、本邦でも患者数が急増している。炎症性腸疾患の原因は未だ特定されていないが、遺伝学的、免疫学的、及び環境医学的な原因が複雑に関与して発症するものと考えられている。
【0003】
クローン病に対しては異常に活性化した免疫反応を是正するため消化管に負荷を与える食事性抗原の暴露を減少させる栄養療法が一般的であるが、潰瘍性大腸炎に対しては栄養療法単独では効果が期待できないことから、プレドニゾロンなどの副腎皮質ホルモンが投与される。また、薬物治療として、白血球からの炎症起因物質(炎症性サイトカイン、ロイコトリエン、活性酸素など)の産生を抑制することが知られている5−アミノサリチル酸(商品名:ペンタサ)やサラゾスルファピリジン(商品名:サラゾピリン)が一般的に使用されており、中等症以上の患者に対しては、副腎皮質ホルモン(商品名:プレドニン、リンデロンなど)、免疫抑制剤のシクロスポリン(商品名:サンディミュン)やFK506(商品名:プログラフ)が使用されている。しかしながら、炎症性腸疾患に対して著効を示す薬剤、あるいは副作用の軽減された薬剤は開発されていない。
【0004】
一方、レチノイン酸(ビタミンA酸)はビタミンAの活性代謝産物であり、発生途上にある未熟な細胞を特有な機能を有する成熟細胞へと分化させる作用や、細胞の増殖促進作用や生命維持作用などの極めて重要な生理作用を有している。これまでに合成された種々のビタミンA誘導体、例えば、特開昭61-22047号公報や特開昭61-76440号公報記載の安息香酸誘導体、及びジャーナル・オブ・メディシナル・ケミストリー(Journal of Medicinal Chemistry, 1988, Vol. 31, No. 11, p.2182)に記載の化合物なども、同様な生理作用を有することが明らかにされている。レチノイン酸及びレチノイン酸様の生物活性を有する上記化合物は「レチノイド」と総称されている。
【0005】
例えば、オール・トランス(all-trans)・レチノイン酸は、細胞核内に存在する核内レセプター・スーパーファミリー (Evans, R.M., Science, 240, p.889, 1988) に属するレチノイン酸レセプター(RAR)にリガンドとして結合して、動物細胞の増殖・分化あるいは細胞死などを制御することが明らかにされている(Petkovich, M., et al., Nature, 330, pp.444-450, 1987)。また、レチノイン酸の生理活性の発現については、レチノイドX レセプター(RXR, 9-cis-レチノイン酸をリガンドとする)の存在が証明されている。レチノイドX レセプターは、レチノイン酸レセプター(RAR) と二量体を形成し、遺伝子の転写を惹起ないし抑制して、レチノイン酸の生理活性の発現を調節していることが明らかにされた(Mangelsdorf, D.J. et al., Nature, 345, pp.224-229) 。
【0006】
レチノイン酸様の生物活性を有する上記化合物(例えば、4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸: Am80など)も、レチノイン酸と同様にRAR に結合して生理活性を発揮することが示唆されている(Hashimoto, Y., Cell struct. Funct., 16, pp.113-123, 1991; Hashimoto, Y., et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 166, pp.1300-1307, 1990を参照)。これらの化合物は、臨床的には、ビタミンA欠乏症、上皮組織の角化症、リウマチ、遅延型アレルギー、骨疾患、及び白血病やある種の癌の治療や予防に有用であることが見出されている。
【0007】
なお、レチノイドと炎症性腸疾患などの腸疾患との関連については、クローン病患者へのビタミンAの補給が検討されたことがあったが、効果は得られなかったとの報告がある(Gastroenterology, 88, pp.512-514, 1985)。また、乾癬や急性骨髄性白血病(APL)に対してレチノイドを用いた薬物療法が行なわれており、クローン病を併発した患者に対してオール-トランス-レチノイン酸やその類似誘導体が投与された症例が数例報告されているが、クローン病に対するレチノイドの効果は明らかにされていない(The Journal of the American Medical Association (JAMA), 252, pp.2463, 1984; Arch. Dermatol., 124, pp.325-326, 1988; Br. J. Dermatol., 123, pp.653-655, 1990; Cancer Invest., 18, p.98, 2000)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、腸の癒着に対して高い有効性を発揮できる医薬を提供することにある。特に、潰瘍性大腸炎及びクローン病を含む炎症性腸疾患などに伴う腸の癒着に対して優れた予防及び/又は治療効果を達成可能な医薬を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行なった結果、レチノイン酸などのレチノイドが炎症性腸疾患などの腸疾患などにおける腸の癒着に対して極めて優れた予防及び/又は治療効果を有していることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明により 腸疾患の予防及び/又は治療のための医薬であって、レチノイドを有効成分として含む医薬が提供される。
上記発明の好ましい態様によれば、腸疾患が炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、十二指腸潰瘍、急性腸炎、蛋白漏出性腸症、大腸癌、イレウス、虫垂炎、出血性大腸炎、腸結核、腸ベーチェット、又は大腸憩室症である上記の医薬;腸疾患が炎症性腸疾患である上記の医薬;及び腸疾患がクローン病である上記の医薬が提供される。
【0011】
上記の発明の別の好ましい態様によれば、レチノイドが非天然型のレチノイドである上記の医薬;レチノイドが芳香環と芳香族カルボン酸又はトロポロンとが連結基を介して結合した基本骨格を有するレチノイドである上記の医薬が提供される。
【0012】
上記発明のさらに好ましい態様によれば、該レチノイドがレチノイン酸レセプター(RAR)・サブタイプα及びサブタイプβに結合するレチノイドである上記の医薬;該レチノイドがレチノイドXレセプターX(RXR)に結合するレチノイドである上記の医薬;該レチノイドが置換フェニル基と安息香酸又はトロポロンとが連結基を介して結合した基本骨格を有するレチノイドである上記の医薬;該レチノイドが4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸又は4-[(3,5-ビストリメチルシリルフェニル)カルボキサミド]安息香酸である上記の医薬;該レチノイドがジベンゾ[b,f][1,4]チアゼピニル安息香酸を基本骨格とするレチノイドである上記の医薬;該レチノイドが4-[2,3-(2,5-ジメチル-2,5-ヘキサノ)ジベンゾ[b,f][1,4]-チアゼピン-11-イル]安息香酸である上記の医薬;及び、該レチノイドが4-[5-(4,7-ジメチルベンゾフラン-2-イル)ピロール-2-イル]安息香酸である上記の医薬が提供される。
【0013】
別の観点からは、上記の医薬の製造のための上記レチノイドの使用;及び腸疾患の予防及び/又は治療方法であって、上記のレチノイドの有効量をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法が本発明により提供される。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書において、レチノイドとはオール-トランス-レチノイン酸または9-シス-レチノイン酸が生理作用を発現するために必要な受容体に結合してレチノイン酸に類似する作用又はその一部の作用を発揮する化合物のことであり、少なくとも1種以上のレチノイド様作用、例えば、細胞分化作用、細胞増殖促進作用、及び生命維持作用などの1種以上の作用を有している化合物を意味している。レチノイドであるか否かは、H. de The, A. Dejean: 「Retinoids: 10 years on.」, Basel, Karger, 1991, pp.2-9に記載された方法により容易に判定できる。また、レチノイドは一般的にレチノイン酸レセプター(RAR)に結合する性質を有しており、場合によりRARとともにRXRに結合する性質を有しているが、本発明の医薬の有効成分として用いられるレチノイドはRARのサブタイプα(RARα)及びサブタイプβ(RARβ)に結合することが好ましく、RARのサブタイプα(RARα)及びサブタイプβ(RARβ)に結合し、かつサブタイプγ(RARγ)には実質的に結合しないレチノイドがさらに好ましい。また、これらのレチノイドのうちRXRに結合するレチノイドであることも好ましい。レチノイン酸レセプター・サブタイプへの結合についても上記文献記載の方法により容易に確認することができる。
【0015】
本発明の医薬の有効成分としては、天然型レチノイド又は非天然型のレチノイドのいずれを用いてもよいが、好ましくは非天然型のレチノイドを用いることができる。非天然型レチノイドとしては、例えば、芳香環と芳香族カルボン酸又はトロポロンとが連結基を介して結合した基本骨格を有するレチノイドを用いることができる。
より具体的には、非天然型のレチノイドとして、下記の一般式:B−X−A(式中、Bは置換基を有していてもよい芳香族基を示し、Xは連結基を示し、Aは置換基を有していてもよいカルボン酸置換芳香族基又はトロポロニル基を示す)で表されるレチノイドを用いることができる。
【0016】
Bで表される芳香族基としては置換基を有していてもよいフェニル基が好ましい。フェニル基上の置換基の種類、個数、及び置換位置は特に限定されない。フェニル基上の置換基としては、例えば、低級アルキル基を用いることができる(本明細書において低級とは炭素数1ないし6個程度、好ましくは炭素数1ないし4個を意味する)。低級アルキル基としては直鎖又は分枝鎖のアルキル基が好ましく、より具体的には、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、又はtert- ブチル基などを挙げることができる。また、フェニル基上の置換基として、例えば、メトキシ基などの低級アルコキシ基、ハロゲン原子(ハロゲン原子としてはフッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれでもよい)、例えばトリメチルシリル基などの低級アルキル置換シリル基などを挙げることができる。フェニル基としては、例えば、2ないし4個の低級アルキル基で置換されたフェニル基、あるいは1又は2個のトリ低級アルキルシリル基で置換されたフェニル基などが好ましく、2ないし4個のアルキル基で置換されたフェニル基、又は2個のトリメチルシリル基で置換されたフェニル基などがより好ましい。
【0017】
フェニル基上に置換する2個の低級アルキル基が隣接する場合には、それらの2つの低級アルキル基は一緒になってそれらが結合するフェニル基の環構成炭素原子とともに5員環又は6員環を1個又は2個、好ましくは1個形成してもよい。このようにして形成される環は飽和でも不飽和でもよく、環上には1又は2個以上の低級アルキル基、例えばメチル基、エチル基などが置換していてもよい。上記の形成された環上には、好ましくは2〜4個のメチル基、さらに好ましくは4個のメチル基が置換していてもよい。例えば、フェニル環上に置換する2個の隣接する低級アルキル基が一緒になって5,6,7,8-テトラヒドロナフタレン環や5,5,8,8-テトラメチル-5,6,7,8-テトラヒドロナフタレン環などが形成されることが好ましい。Bで表される芳香族基としては、芳香族複素環基を用いてもよい。そのような例として、Bが置換基を有していてもよいベンゾフラニル基、好ましくはベンゾルフラン-2-イル基、特に好ましくはBが4,7-ジメチルベンゾフラン-2-イル基であるレチノイドを例示することができる。
【0018】
Aで表されるカルボン酸置換芳香族基としてはカルボン酸置換フェニル基又はカルボン酸置換複素環基などを用いることができるが、4-カルボキシフェニル基が好ましい。Aが示すカルボン酸置換複素環基を構成する複素環カルボン酸の例として、例えばピリミジン-5-カルボン酸などを挙げることができる。また、Aで表されるトロポロニル基としてはトロポロン-5-イル基が好ましい。これらのカルボン酸置換芳香族基またはトロポロニル基の環上には1以上の他の置換基が存在していてもよい。
【0019】
Xで表される連結基の種類は特に限定されないが、例えば、-NHCO-、-CONH-、-N(RA)-(RAは低級アルキル基、例えばシクロプロピルメチル基などを示す)、又は-C(RB)(RC)-(RB及びRCはそれぞれ独立に水素原子又は低級アルキル基などを示す)などを例示することができる。また、Xが2価の芳香族基であってもよい。例えば、Xがピロールジイル基である場合などを挙げることができる。さらに、Xで表される連結基とBで表される芳香族基とが結合して環構造を形成してもよい。そのような例として、B−X−Aで表されるレチノイドの基本骨格がジベンゾ[b,f][1,4]チアゼピニル安息香酸又はジベンゾ[b,f][1,4]ジアゼピニル安息香酸となる場合を挙げることができる。なお、本明細書において「基本骨格」という用語は1又は2以上の任意の置換基が結合するための主たる化学構造を意味する。
【0020】
好ましいレチノイドとして、例えば、フェニル置換カルバモイル安息香酸又はフェニル置換カルボキサミド安息香酸を基本骨格とするレチノイドを用いることができる。フェニル置換カルバモイル安息香酸又はフェニル置換カルボキサミド安息香酸を基本骨格とするレチノイドは種々知られている。フェニル置換カルバモイル安息香酸を基本骨格とするレチノヂの代表例としてAm80(4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸, Hashimoto, Y., Cell struct. Funct., 16, pp.113-123, 1991; Hashimoto, Y., et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 166, pp.1300-1307, 1990を参照)、フェニル置換カルボキサミド安息香酸を基本骨格とするレチノイドの代表例としてTac101(4-[(3,5-ビストリメチルシリルフェニル)カルボキサミド]安息香酸, J. Med. Chem., 33, pp.1430-1437, 1990)を挙げることができる。
【0021】
好ましいレチノイドとしては、例えば、下記の一般式(I):
【化1】

〔式中、R1、R2、R3、R4、及びR5はそれぞれ独立に水素原子、低級アルキル基、又は低級アルキル置換シリル基を示し、R1、R2、R3、R4、及びR5のうち隣接するいずれか2つの基が低級アルキル基である場合には、それらが一緒になってそれらが結合するベンゼン環上の炭素原子とともに5員環又は6員環を形成してもよく(該環は1又は2以上のアルキル基を有していてもよい)、X1は-CONH-又は-NHCO-を示す〕で表される化合物を挙げることができる。
【0022】
上記一般式(I) において、R1、R2、R3、R4、及びR5が示す低級アルキル基としては、炭素数1ないし6個程度、好ましくは炭素数1ないし4個の直鎖又は分枝鎖のアルキル基を用いることができる。例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、又はtert- ブチル基などを用いることができる。上記の低級アルキル基上には1個又は2個以上の任意の置換基が存在していてもよい。置換基としては、例えば、水酸基、低級アルコキシ基、ハロゲン原子などを例示することができる。R1、R2、R3、R4、及びR5が示す低級アルキル置換シリル基としては、例えば、トリメチルシリル基などを挙げることができる。
【0023】
R1、R2、R3、R4、及びR5からなる群から選ばれる隣接する2つの低級アルキル基が一緒になって、それらが結合するベンゼン環上の炭素原子とともに5員環又は6員環を1個又は2個、好ましくは1個形成してもよい。このようにして形成される環は飽和、部分飽和、又は芳香族のいずれであってもよく、環上には1又は2以上のアルキル基を有していてもよい。環上に置換可能なアルキル基としては、炭素数1ないし6個程度、好ましくは炭素数1ないし4個の直鎖又は分枝鎖のアルキル基を用いることができる。例えば、メチル基、エチル基などを用いることができ、好ましくは2〜4個のメチル基、さらに好ましくは4個のメチル基が置換していてもよい。例えば、R2及びR3が置換するベンゼン環とR2及びR3とにより、5,6,7,8-テトラヒドロナフタレン環や5,5,8,8-テトラメチル-5,6,7,8- テトラヒドロナフタレン環などが形成されることが好ましい。
【0024】
他の好ましいレチノイドとしては、例えば、B−X−Aで表されるレチノイドの基本骨格がジベンゾ[b,f][1,4]チアゼピニル安息香酸又はジベンゾ[b,f][1,4]ジアゼピニル安息香酸であるレチノイドを挙げることができる。このレチノイドの一例は、例えば、特開平10-59951号公報に記載されている。このようなレチノイドの特に好ましい例として、例えば、HX630(4-[2,3-(2,5-ジメチル-2,5-ヘキサノ)ジベンゾ[b,f][1,4]-チアゼピン-11-イル]安息香酸)やLE135(4-(5H-7,8,9,10- テトラヒドロ-5,7,7,10,10- ペンタメチルベンゾ[e] ナフト[2,3-b][1,4]ジアゼピン-13-イル)安息香酸)を挙げることができる。また、Xが-N(RA)-であり、Bが芳香族複素環カルボン酸であるレチノイドとしては、例えば、2-[2-(N-5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル-N-シクロプロピルメチル)アミノ]ピリミジン-5-カルボン酸を挙げることができる。上記のHX630及び2-[2-(N-5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル-N-シクロプロピルメチル)アミノ]ピリミジン-5-カルボン酸はレセプターRXRのリガンドであることが知られているレチノイドである。また、Xが2価の芳香族基であるレチノイドとしては、例えば、4-[5-(4,7-ジメチルベンゾフラン-2-イル)ピロール-2-イル]安息香酸を挙げることができる。Aがトロポロニル基である化合物としては、例えば、5-[[5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル]カルボキサミド]トロポロンなどを挙げることができる。
【0025】
本発明の医薬の有効成分としては、上記のレチノイドの塩を用いてもよい。例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、若しくはカルシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、又はトリエチルアミン塩若しくはエタノールアミン塩などの有機アミン塩などの生理学的に許容される塩を本発明の医薬の有効成分として用いることができる。本発明の医薬の有効成分としては、上記のレチノイドのプロドラッグを用いてもよい。プロドラッグとは、哺乳類動物に経口的又は非経口的に投与した後に生体内、好ましくは血中で加水分解などの変化を受けてレチノイド又はその塩を生成する化合物又はその塩のことである。例えば、カルボキシル基、アミノ基、または水酸基などを有する薬剤をプロドラッグ化する手段は多数知られており、当業者は適宜の手段を選択可能である。レチノイド又はその塩のプロドラッグの種類は特に限定されないが、例えば、レチノイドがカルボキシル基を有する場合には、該カルボキシル基をアルコキシカルボニル基に変換したプロドラッグが例示される。好ましい例としては、メトキシカルボニル基又はエトキシカルボニル基などのエステル化合物が挙げられる。本明細書において用いられる「レチノイド」の用語に上記のプロドラッグが包含されることは言うまでもない。
【0026】
上記のレチノイドは、置換基の種類に応じて1個または2個以上の不斉炭素を有する場合があるが、これらの不斉炭素に基づく任意の光学異性体、光学異性体の任意の混合物、ラセミ体、2個以上の不斉炭素に基づくジアステレオ異性体、ジアステレオ異性体の任意の混合物などは、いずれも本発明の医薬の有効成分として利用可能である。さらに、二重結合のシス又はトランス結合に基づく幾何異性体、及び幾何異性体の任意の混合物や、遊離化合物又は塩の形態の化合物の任意の水和物又は溶媒和物も本発明の医薬の有効成分として用いることができる。
【0027】
本発明の医薬は、腸疾患の予防及び/又は治療のために用いることができる。腸疾患としては、例えば、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎又はクローン病)、過敏性腸症候群、十二指腸潰瘍、急性腸炎、蛋白漏出性腸症、大腸癌、イレウス(腸閉塞)、虫垂炎、出血性大腸炎、腸結核、腸ベーチェット、又は大腸憩室症などを挙げることができる。本発明の医薬の好ましい適用対象として腸に炎症を伴う腸疾患を挙げることができる。炎症を伴う腸疾患のうち、炎症性腸疾患は本発明の医薬の好ましい適用対象であり、クローン病は本発明の医薬の特に好ましい適用対象である。本発明の医薬が炎症性腸疾患などの腸疾患に対して有効性を示すことは本明細書の実施例に具体的に示した方法により当業者が容易に確認できる。
【0028】
本発明の医薬は、上記のレチノイド及びその塩、並びにそれらの水和物及び溶媒和物からなる群から選ばれる物質の1種または2種以上を有効成分として含んでいる。2種以上の異なるレチノイドを組み合わせて投与することにより好ましい有効性が得られることがある。本発明の医薬としては上記の物質それ自体を投与してもよいが、好ましくは、当業者に周知の方法によって製造可能な経口用あるいは非経口用の医薬組成物として投与することができる。経口投与に適する医薬用組成物としては、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、及びシロップ剤等を挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、坐剤、吸入剤、点眼剤、点鼻剤、軟膏剤、クリーム剤、及び貼付剤等を挙げることができる。
【0029】
上記の医薬組成物は、薬理学的、製剤学的に許容しうる添加物を加えて製造することができる。薬理学的、製剤学的に許容しうる添加物の例としては、例えば、賦形剤、崩壊剤ないし崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤ないし溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、及び粘着剤等を挙げることができる。
【0030】
本発明の医薬の投与量は特に限定されず、患者の体重や年齢、疾患の種類や症状、投与経路など通常考慮すべき種々の要因に応じて、適宜増減することができる。一般的には、経口投与の場合には成人一日あたり 0.01〜1,000 mg程度の範囲で用いることができるが、上記の投与量は適宜増減することができる。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1:Am80のラット炎症性腸疾患モデルでの評価
雄性又は雌性Wistarラット(200 g±5 g)を用いて、炎症性腸疾患モデルを作成した。24時間絶食の後、DNBS(2,4-dinitorobenzenesulfonic acid, 30 mg in 0.5 ml ethanol 30%)を肛門から注腸した。本発明の医薬として4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸(Am80、一般名「タミバロテン」)を0.3 mg/kg、比較例(陽性対照薬)として市販の潰瘍性大腸炎治療薬であるサラゾスルファピリジン(SASP)を300 mg/kgとなるように、それぞれDNBS注腸24時間前及び2時間前、並びに注腸24時間後から1日1回、5日間投与した。タミバロテン及びSASPは0.5%カルボキシメチルセルロース(Carboxymethylcellulose)に懸濁して経口投与した。対照群には溶媒をSASPと同様なスケジュールで経口投与した。最後の投与から24時間後に剖検し、腸の炎症の度合いを観察した。タミバロテン投与群、SASP投与群、正常群、及び対照群につき、一群各5匹のラットを用いた。
【0032】
表1に結果を示す。結果は、腸炎スコア(平均)、単位体重(100 g体重)あたりの腸質量(平均±標準誤差)、及び群中の動物において癒着のあった頭数で示した。腸炎スコアは参考文献(Am. J. Physiol., 258: G527-34, 1990)に記載された判定方法に従って目視にて行った。
腸潰瘍と炎症のスコア(巨視的)
スコア 観察所見
0:正常
1: 局部的な充血、潰瘍なし
2: 充血の無い潰瘍形成又は大腸壁肥厚
3: 1箇所の炎症と潰瘍形成
4: 2箇所以上の潰瘍と炎症
5: 主な損傷部位が大腸の長さ方向に1センチメートル以上伸延
6-10: 主な損傷部位が大腸の長さ方向に2センチメートル以上伸延するとき、2センチメートル以上の1センチメートルごとにつきスコアが1ずつ増加
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示した結果から、本発明の医薬(タミバロテン、0.3 mg/kg)を投与した群では、対照群に比べて有意に腸炎スコア及び癒着が抑制されていた。また、単位体重当たりの腸質量についても、タミバロテン0.3 mg/kg投与群では対照群に比べて有意に腸質量の増加を抑制していた。さらに、本発明の医薬は陽性対照薬(SASP)に比べて1/1000の投与量で効果を発現することが分かった。これらの実験結果から、本発明の医薬は炎症性腸疾患の指標である腸重量、及び腸炎スコアを有意に抑制し、従来臨床で利用されているSASPに比べても腸炎スコア及び癒着の抑制において優れており、大幅に少ない投与量でも十分な効果を発揮できると結論された。
【0035】
例2:RAR及びRXRに結合するレチノイドによるラット炎症性腸疾患モデルでの評価
雄性又は雌性Wistarラット(200 g±10 g)を用いて、炎症性腸疾患モデルを作成した。24時間絶食の後、DNBS(2,4-dinitorobenzenesulfonic acid, 30 mg in 0.5 ml ethanol 30%)を肛門から注腸した。本発明の医薬として4-[2,3-(2,5-ジメチル-2,5-ヘキサノ)ジベンゾ[b,f][1,4]チアゼピン-11-イル]安息香酸(HX630)を3 mg/kg、4-(5H-7,8,9,10-テトラヒドロ-5,7,7,10,10-ペンタメチルベンゾ-[e]ナフト[2,3-b][1,4]ジアゼピン-13-イル]安息香酸(LE135)を5 mg/kg、又はAm80 0.1 mg/kg及びHX630 3 mg/kg(併用)を用い、、比較例(陽性対照薬)として市販の潰瘍性大腸炎治療薬であるサラゾスルファピリジン(SASP)を300 mg/kgを用いて、それぞれDNBS注腸24時間前及び2時間前、並びに注腸24時間後から1日1回、5日間投与した。各薬物は0.5%カルボキシメチルセルロース(Carboxymethylcellulose)に懸濁して経口投与した。対照群には溶媒を同様なスケジュールで経口投与した。最後の投与から24時間後に剖検し、腸の炎症の度合いを観察した。各群につき一群各5匹のラットを用いた。
【0036】
表2に結果を示す。結果は、腸炎スコア(平均)、単位体重(100 g体重)あたりの腸質量(平均±標準誤差)、及び群中の動物において癒着のあった頭数で示した。腸炎スコアは参考文献(Am. J. Physiol., 258: G527-34, 1990)に記載された判定方法に従って目視にて行った。
腸潰瘍と炎症のスコア(巨視的)
スコア 観察所見
0:正常
1: 局部的な充血、潰瘍なし
2: 充血の無い潰瘍形成又は大腸壁肥厚
3: 1箇所の炎症と潰瘍形成
4: 2箇所以上の潰瘍と炎症
5: 主な損傷部位が大腸の長さ方向に1センチメートル以上伸延
6-10: 主な損傷部位が大腸の長さ方向に2センチメートル以上伸延するとき、2センチメートル以上の1センチメートルごとにつきスコアが1ずつ増加
【0037】
【表2】

【0038】
表2に示した結果から、RXRに結合するレチノイドであるHX630及びRARαに結合するレチノイドであるLE135を単独または併用して投与した群では、対照群に比べて単位体重当たりの腸質量が抑制されていたことが分かる。この結果より、これらの化合物が腸疾患の予防及び/又は治療のための医薬として有効であると結論された。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の医薬は炎症性腸疾患などの腸疾患に対して優れた予防及び/又は治療効果を発揮できる。特に、従来、有効な薬物療法が提供されていないクローン病などの炎症性腸疾患に対して極めて優れた予防及び/又は治療効果を有するという特徴がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腸の癒着の予防及び/又は治療のための医薬であって、4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸を有効成分として含む医薬。
【請求項2】
腸の癒着が炎症性腸疾患に伴う癒着である請求項1に記載の医薬。

【公開番号】特開2010−265315(P2010−265315A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184584(P2010−184584)
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【分割の表示】特願2007−534461(P2007−534461)の分割
【原出願日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【出願人】(504094279)有限会社ケムフィズ (2)
【Fターム(参考)】