説明

発光性遷移金属錯体およびその製造方法

【課題】発光性を有する三次元遷移金属錯体の利用性をより高める技術を提供する。
【解決手段】発光性遷移金属錯体は、電子供与性官能基を有する複数の配位結合形成基、および少なくとも2つの配位結合形成基の間に配置された、発光性基を含む骨格構造を有する少なくとも1つの有機配位子と、配位結合形成基と配位結合可能な少なくとも1つの亜鉛イオンと、を備える。この発光性遷移金属錯体は、有機配位子で囲まれた内部空間を有し、有機配位子は、少なくとも1つの配位結合形成基が亜鉛イオンと配位結合を形成している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光性遷移金属錯体およびその製造方法に関し、特に中空構造を有する発光性遷移金属錯体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、複数の有機配位子と複数の遷移金属イオンとが配位結合を形成してなる、中空構造を有する遷移金属錯体(以下、適宜、このような遷移金属錯体を「三次元遷移金属錯体」という)が知られている。例えば、非特許文献1には、複数の遷移金属イオンと複数の有機配位子とが配位結合を形成してなる一般的な三次元遷移金属錯体が開示されている。また、非特許文献2には、複数の水銀イオンと複数の有機配位子とが配位結合を形成してなる三次元遷移金属錯体が開示されている。また、非特許文献3には、複数の亜鉛イオンと複数の有機配位子とが配位結合を形成してなる三次元遷移金属錯体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Fujita et al., Modern Supramolecular Chemistry:Strategies for Macrocycle Synthesis, Wiley-VCH, 277-313 (2008)
【非特許文献2】Hiraoka et al., J. Am. Chem. Soc. 129, 5301 (2007)
【非特許文献3】Ward et al., Dalton Trans., 4769 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この三次元遷移金属錯体は、複数の有機配位子で囲まれた内部空間に、内部空間の大きさや形状に応じて種々の物質を内包することができる。そのため、三次元遷移金属錯体は、有機分子や生体分子等の選択的な認識・包接、不安定な化学種の長寿命化、新規な化学反応の進行、特異的な分子間相互作用の誘起などに寄与し得るものとして注目されている(例えば、非特許文献1を参照)。また、上述の非特許文献2および3に開示された三次元遷移金属錯体は、発光性を有する(以下、適宜、このような三次元遷移金属錯体を、「発光性を有する三次元遷移金属錯体」あるいは「三次元構造を有する発光性遷移金属錯体」という)。そのため、これらの三次元遷移金属錯体は、各種分析におけるマーカーとして利用できる等の可能性を有する。
【0005】
しかしながら、上述の非特許文献2に開示された三次元遷移金属錯体は、毒性の高い水銀イオンを含んでいるため、その製造や取り扱いに注意を要し、その危険性から利用が制限されてしまうという課題があった。また、上述の非特許文献3に開示された三次元遷移金属錯体は、2ヶ所で1つの遷移金属イオンに配位結合する特殊な配位結合形成部位を有する有機配位子を用いていた。そのため、三次元遷移金属錯体の構造が限定されてしまい、有機配位子で囲まれた内部空間の大きさを自由に調整することができなかった。したがって、三次元遷移金属錯体の利用が制限されてしまうという課題があった。
【0006】
本発明はこうした課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、発光性を有する三次元遷移金属錯体の利用性をより高める技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様は、発光性遷移金属錯体である。当該発光性遷移金属錯体は、電子供与性官能基を有する複数の配位結合形成基、および少なくとも2つの配位結合形成基の間に配置された、発光性基を含む骨格構造を有する少なくとも1つの有機配位子と、配位結合形成基と配位結合可能な少なくとも1つの亜鉛イオンと、を備え、有機配位子で囲まれた内部空間を有し、有機配位子は、少なくとも1つの配位結合形成基が亜鉛イオンと配位結合を形成していることを特徴とする。
【0008】
本発明の他の態様は、発光性遷移金属錯体の製造方法である。当該発光性遷移金属錯体の製造方法は、有機配位子で囲まれた内部空間を有する発光性遷移金属錯体の製造方法であって、電子供与性官能基を有する複数の配位結合形成基、および少なくとも2つの配位結合形成基の間に配置された、発光性基を含む骨格構造を有する有機配位子と、亜鉛イオン源と、を混合することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、発光性を有する三次元遷移金属錯体の利用性をより高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施形態に係る発光性遷移金属錯体の構造例と、当該構造例における内部空間の大きさを説明するための図である。
【図2】実施形態に係る発光性遷移金属錯体の構造例と、当該構造例における内部空間の大きさを説明するための図である。
【図3】図3(A)は有機配位子1についてのH−NMRのスペクトルであり、図3(B)は三次元遷移金属錯体2についてのH−NMRのスペクトルである。
【図4】図4(A)は三次元遷移金属錯体2についての質量分析のスペクトルであり、図4(B)は三次元遷移金属錯体2の計算により予測される質量分析のスペクトルである。
【図5】図5(A)はUV−visスペクトル測定のチャートであり、図5(B)は蛍光スペクトル測定のチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を好適な実施形態をもとに説明する。実施形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0012】
本実施形態に係る発光性遷移金属錯体は、複数の有機配位子と、複数の亜鉛イオンとを備え、複数の有機配位子で囲まれた内部空間を有する三次元遷移金属錯体である。以下、各構成要素について詳細に説明する。
【0013】
<有機配位子>
有機配位子は、電子供与性官能基を有する複数の配位結合形成基、および少なくとも2つの配位結合形成基の間に配置された、発光性基を含む骨格構造を有する。有機配位子は、配位結合形成基として例えばピリジル基を含み、下記式(1)で表される構造を有する。
【0014】
【化1】

[式(1)中、Rは骨格構造を表し、Rは、電子供与性官能基を表す。]
【0015】
具体的には、有機配位子は、発光性基としての2つのアントラセン環の間に発光性基としての1つのベンゼン環が配置された骨格構造を備え、下記式(2)で表される。
【0016】
【化2】

[式(2)中、複数のRは同一でも異なってもよく、それぞれ下記式(3)〜(7)に示す構造のいずれかを有し、複数のRは同一でも異なってもよく、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、または下記式(3)〜(9)に示す構造のいずれかを有する。]
−OC2n+1 (3)
−O(CO)Me (4)
−C2n+1 (5)
−SC2n+1 (6)
−N(C2n+1 (7)
−OPh (8)
−OCHPh (9)
[式(4)中、Meはメチル基を表し、式(8)および(9)中、Phはフェニル基を表し、式(3)〜(7)中、nは1〜10の整数を表す。]
【0017】
上記式(2)において、有機配位子は、2つのアントラセン環の間に1つのベンゼン環が配置された骨格構造を有する。当該骨格構造は、内部空間を形作る部分である。骨格構造の両側の端部には、配位結合形成基としてのピリジル基が結合している。ここで、配位結合形成基は、有機配位子全体で見た場合に有機配位子の末端領域、例えば、発光性基の存在部位の外側に存在していることが好ましい。これによれば、配位結合形成基に含まれる配位原子と遷移金属イオンが配位結合する際に、有機配位子の一部が障害となることを回避することができ、配位原子と遷移金属イオンとをより確実に配位結合させることができる。そのため、三次元構造を有する発光性遷移金属錯体を容易に製造することができ、また、構造的に安定な発光性遷移金属錯体を形成することができる。
【0018】
配位結合形成基は、ピリジル基に限らず、従来公知の配位結合形成基を採用することができる。ここで、配位結合形成基がピリジル基のように環構造を有する場合には、環構造において、配位原子が有機配位子の骨格構造に対してメタ位あるいはパラ位の関係にあることが好ましい。本実施形態では、ピリジル基の配位原子である窒素原子が、骨格構造に対してメタ位の関係となっている。このように、配位原子を骨格構造に対してメタ位あるいはパラ位とすることで、配位原子と遷移金属イオンが配位結合する際に骨格構造が障害となることを回避することができる。そのため、配位原子と遷移金属イオンとをより確実に配位結合させることができる。そして、その結果、三次元構造を有する発光性遷移金属錯体を容易に製造することができ、また、構造的に安定な発光性遷移金属錯体を形成することができる。
【0019】
上記式(1)および(2)中のRは、本実施形態に係る発光性遷移金属錯体における電子供与性官能基に相当する。すなわち、配位結合形成基は、電子供与性官能基を有する。本実施形態では、ピリジル基の環構造を形成する炭素原子に結合する水素原子の1つが電子供与性官能基Rで置換されている。このように、配位結合形成基に電子供与性官能基を付与することで、配位結合形成基の結合力を高めて、配位原子と遷移金属イオンのより強い配位結合を形成することができる。そのため、三次元遷移金属錯体を形成するための遷移金属イオンとして比較的弱い配位結合をする亜鉛イオンを採用することができる。そして、遷移金属錯体を形成するための遷移金属イオンとして亜鉛イオンを採用することで、亜鉛イオンは有機配位子の発光性を保つことができるため、三次元遷移金属錯体に発光性を持たせることができる。電子供与性官能基Rとしては、従来公知の官能基を採用することができ、例えば、上記式(3)〜(7)で表される構造を有するものが挙げられる。
【0020】
ここで、配位結合形成基が環構造を有する場合には、環構造において電子供与性官能基は、配位結合形成基の配位原子に対してメタ位あるいはパラ位の関係にあることが好ましい。上記式(1)および(2)では、電子供与性官能基Rがピリジル基の窒素原子に対してメタ位あるいはパラ位にある状態を示している。このように、電子供与性官能基を配位原子に対してメタ位あるいはパラ位とすることで、配位原子と遷移金属イオンが配位結合する際に電子供与性官能基Rが障害となることを回避することができる。そのため、配位原子と遷移金属イオンとをより確実に配位結合させることができる。そして、これにより、三次元構造を有する発光性遷移金属錯体を容易に製造することができ、また、構造的に安定な発光性遷移金属錯体を形成することができる。なお、電子供与性官能基は、1つの配位結合形成基に複数設けられてもよい。また、電子供与性官能基は、発光性遷移金属錯体の溶媒に対する溶解性(親水性、疎水性)を調節するための種々の官能基を有していてもよい。
【0021】
本実施形態に係る発光性遷移金属錯体は、骨格構造に、発光性基として芳香族炭化水素基、具体的にはベンゼン環およびアントラセン環を有する。この芳香族炭化水素基が、三次元遷移金属錯体の発光に寄与する。また、骨格構造に芳香族炭化水素基を含ませることで、三次元遷移金属錯体における有機配位子の立体構造の変化を制限することができるため、有機配位子で囲まれた内部空間を確保することができる。また、芳香族炭化水素基は、配位結合形成基と直接結合していることが好ましい。この場合には、三次元遷移金属錯体における有機配位子の立体構造の変化をより制限することができる。なお、本実施形態の遷移金属錯体が内部空間を確保することができる範囲内で、比較的構造変化を起こしやすいアルキル基等が骨格構造に含まれていてもよい。また、本実施形態の有機配位子は、2つのアントラセン環の間に1つのベンゼン環が配置された骨格構造を有するが、骨格構造は特にこれに限定されず、形成する内部空間の大きさ等に応じて、芳香族炭化水素基の数を調整するなどして骨格構造の長さ、大きさを適宜調整することができる。
【0022】
ここで、芳香族炭化水素基は、多環構造を有することが好ましい。芳香族炭化水素基がナフタレン環やアントラセン環等の多環構造を有することで、三次元遷移金属錯体の発光効率をより高めることができる。また、芳香族炭化水素基が多環構造を有することで、三次元遷移金属錯体の発光波長を単環構造の場合よりも長波長とすることができる。これにより、三次元遷移金属錯体の照射光(励起光)をより低エネルギーな光とすることができるため、三次元遷移金属錯体を生体内に入れた場合であっても、細胞等に損傷を与える可能性を低減することができる。芳香族炭化水素基は、発光性遷移金属錯体の発光波長の極大値が350nm以上となる構造を有することが好ましい。
【0023】
また、骨格構造を構成する芳香族炭化水素基は、官能基を有することが好ましい。すなわち、芳香族炭化水素基は、上記式(2)におけるRが上記式(3)〜(9)に示す構造のいずれかを有することが好ましい。これにより、本実施形態に係る発光性遷移金属錯体の発光性の向上を図り得る。また、発光性遷移金属錯体の溶媒に対する溶解性を調節することができる。なお、官能基は、1つの芳香族炭化水素基に複数設けられてもよい。上記式(2)では、Rが芳香族炭化水素基の任意の位置に1つ以上結合した状態を示している。
【0024】
本実施形態に係る発光性遷移金属錯体としては、上記式(2)で表される構造を有するものに加えて、例えば、下記式(10a)〜(10k)で表される構造を有するものを挙げることができる。
【0025】
【化3】

【0026】
【化4】

[式(10a)〜(10k)中、RおよびRは上記式(2)のRおよびRと同一の構造を表す。]
【0027】
<亜鉛イオン>
亜鉛イオンは、有機配位子の配位結合形成基と配位結合する遷移金属イオンである。配位される遷移金属イオンが他の金属イオンの場合、有機配位子を光励起した際に励起状態にある有機配位子から遷移金属イオンへのエネルギー移動が起こる。そのため、他の金属イオンでは、有機配位子から発光が起こらない。一方、配位される遷移金属イオンが亜鉛イオンの場合には、励起状態にある有機配位子から亜鉛イオンへのエネルギー移動が起こらない。そのため、亜鉛イオンでは、有機配位子からの発光が起こる。すなわち、亜鉛イオンは、有機配位子の持つ発光性を阻害しない。したがって、三次元遷移金属錯体の形成に亜鉛イオンを用いることで、三次元遷移金属錯体の状態においても有機配位子の発光性を保つことができるため、三次元遷移金属錯体に発光性を持たせることができる。
【0028】
<三次元構造を有する発光性遷移金属錯体の製造方法>
本実施形態に係る発光性遷移金属錯体は、例えば、以下のようにして製造することができる。すなわち、(a)電子供与性官能基を有する複数の配位結合形成基、および少なくとも2つの配位結合形成基の間に配置された、芳香族炭化水素基を含む骨格構造を有する有機配位子と、(b)亜鉛イオンを含む金属塩(亜鉛イオン源)と、をジメチルスルホキシド(DMSO)などの公知の溶媒中に投与して混合する。このとき、4当量の有機配位子と2当量の亜鉛イオンとが混合される。また、亜鉛イオンのカウンターイオンとして、フッ化物イオン(F)、塩化物イオン(Cl)、臭化物イオン(Br)、ヨウ化物イオン(I)、酢酸イオン(CHCO)、硝酸イオン(NO)、過塩素酸イオン(ClO)、硫酸イオン(SO2−)、テトラフルオロホウ酸イオン(BF)、ヘキサフルオロリン酸イオン(PF)、トルエンスルホン酸イオン(CHSO)、トリフルオロ酢酸イオン(CFCO)、トリフルオロメタンスルホン酸イオン(CFSO)等のイオンを適宜選択して用いる。必要に応じて混合液を加熱して、有機配位子および亜鉛イオンを溶媒中に溶解させる。
【0029】
これにより、下記式(11)で表す反応が進行し、複数の有機配位子で囲まれた内部空間(式10において破線円で示す領域)が形成されるように、各亜鉛イオンが複数の有機配位子の少なくとも一部と配位結合を形成して、三次元構造を有する発光性遷移金属錯体が形成される。
【0030】
【化5】

[式(11)中、RおよびRは上記式(2)のRおよびRと同一の構造を表す。]
【0031】
具体的には、4つの有機配位子のそれぞれにおける一方の配位結合形成基が、1つの亜鉛イオンと配位結合を形成する。また、4つの有機配位子のそれぞれにおける他方の配位結合形成基が、他の1つの亜鉛イオンと配位結合を形成する。これにより、2つの亜鉛イオンを頂点とし、複数の有機配位子のそれぞれが各頂点に結合した三次元構造が形成される。この三次元構造は、4つの有機配位子によって囲まれた内部空間を有し、したがって、カプセル形状、あるいはカゴ形状となっている。形成された発光性遷移金属錯体は、溶媒中に溶けた状態で存在する。反応終了後、乾燥させて溶媒を除去することで、発光性遷移金属錯体を単離することができる。
【0032】
<発光性遷移金属錯体の立体構造>
上述したように、本実施形態に係る発光性遷移金属錯体は、複数の有機配位子で囲まれた内部空間が形成されるように、各亜鉛イオンが複数の有機配位子と配位結合を形成した構造を有する。下記式(12)で表される構造は、本実施形態に係る発光性遷移金属錯体の一例である。なお、下記式(12)で表される発光性遷移金属錯体では、電子供与性官能基Rおよび上記式(2)のRに相当する部分はメトキシ基(−OMe)である。また、下記式(12)において、グレーで示す有機配位子は黒色で示す有機配位子よりも奥側に位置している。また、破線円は内部空間を表している。
【0033】
【化6】

【0034】
複数の有機配位子で囲まれた内部空間の直径は、内部空間に捕捉される物質の大きさに応じて適宜設定することが可能であるが、約3Å以上であることが好ましく、また約5Å以上であることがより好ましく、また約10Å以上であることがさらに好ましい。上記式(12)で表される、2つのアントラセン環の間に1つのベンゼン環が結合した骨格構造を有する有機配位子で構成された発光性遷移金属錯体では、内部空間の直径は10Åである。上記式(12)で表される発光性遷移金属錯体の内部空間の直径は、例えば、1つの有機配位子における骨格構造中のベンゼン環の内部空間側を向く水素原子と、この有機配位子と対向する有機配位子における骨格構造中のベンゼン環の内部空間側を向く水素原子との間の距離(以下、適宜、距離Aという)とすることができる。あるいは、内部空間の直径は、対向する頂点に位置する2つの亜鉛イオン同士の距離(以下、適宜、距離Bという)としてもよい。あるいは、内部空間の直径は、距離Aと距離Bとの平均値であってもよい。距離Aおよび距離Bは、実際に形成された発光性遷移金属錯体のNMR分析等の結果を基にして、分子力場計算により求めた分子模型等の結果から計測することができる。
【0035】
また、図1(A)〜図2(B)に、実施形態に係る発光性遷移金属錯体の他の例と、当該他の例における距離Aおよび/または距離Bとを示す。なお、図1(A)〜図2(B)では、電子供与性官能基Rおよび上記式(2)のRに相当する部分の図示を省略している。
【0036】
図1(A)に示す発光性遷移金属錯体は、ベンゼン環1つのみからなる骨格構造を有する有機配位子と亜鉛イオンとが図示されたように配位結合を形成した遷移金属錯体である。このような発光性遷移金属錯体では、距離Aは0.65nm(6.5Å)であり、距離Bは0.75nm(7.5Å)である。また、図1(B)に示す発光性遷移金属錯体は、ベンゼン環が5つ結合した骨格構造を有する有機配位子(上記式(10e)に相当)と亜鉛イオンとが図1(A)に示す遷移金属錯体と同様に配位結合を形成した遷移金属錯体である。このような発光性遷移金属錯体では、距離Bは2.2nm(22Å)である。
【0037】
また、図2(A)に示す発光性遷移金属錯体は、アントラセン環1つのみからなる骨格構造を有する有機配位子(上記式(10g)に相当)と亜鉛イオンとが図示されたように配位結合を形成した遷移金属錯体である。このような発光性遷移金属錯体では、距離Bは1.9nm(19Å)である。また、図2(B)に示す発光性遷移金属錯体は、ベンゼン環が2つ結合した骨格構造を有する有機配位子と亜鉛イオンとが図示されたように配位結合を形成した遷移金属錯体である。このような発光性遷移金属錯体では、距離Bは2.4nm(24Å)である。
【0038】
以上説明したように、本実施形態に係る発光性遷移金属錯体は、電子供与性官能基を有する複数の配位結合形成基、および少なくとも2つの配位結合形成基の間に配置された、発光性基を含む骨格構造を有する複数の有機配位子と、配位結合形成基と配位結合する複数の亜鉛イオンと、を備える。そして、複数の有機配位子で囲まれた内部空間が形成されるように、各亜鉛イオンが複数の有機配位子の少なくとも一部と配位結合を形成した構造を有する。このように、本実施形態に係る発光性遷移金属錯体では、配位結合形成基が電子供与性官能基を有する。これにより、配位結合形成基は、強い配位結合を形成することができる。そのため、比較的弱い配位結合を形成する亜鉛イオンを用いて三次元遷移金属錯体を形成することができる。そして、亜鉛イオンは、有機配位子と配位結合を形成した状態で有機配位子の持つ発光性を保つことができるため、亜鉛イオンと有機配位子とを用いて形成した三次元遷移金属錯体に発光性を付与することができる。
【0039】
本実施形態に係る発光性遷移金属錯体では、一般的に生体内に含まれる、安全性の高い亜鉛イオンを用いている。そのため、水銀イオンを有する従来の遷移金属錯体と比べて、発光性遷移金属錯体の製造や取り扱いが容易であり、利用範囲も広い。したがって、本実施形態に係る発光性を有する三次元遷移金属錯体は、従来よりも高い利用性を有する。また、亜鉛イオンは、遷移金属錯体の形成において従来一般に用いられていたパラジウムや、ルテニウム、白金等の遷移金属イオンと比べて安価であるため、三次元構造を有する発光性遷移金属錯体を安価・大量に合成することができる。
【0040】
また、本実施形態に係る発光性遷移金属錯体では、電子供与性官能基を付与することで配位結合形成基の配位結合力を向上させている。そのため、従来一般に用いられている配位結合形成基を用いて三次元構造を有する発光性遷移金属錯体を形成することができる。本実施形態では、構造が単純なPy型のピリジル基を配位結合形成基として用いている。そのため、2ヶ所で1つの遷移金属イオンに配位結合する特殊な配位結合形成部位を有する有機配位子と亜鉛イオンとを配位結合させていた従来の三次元遷移金属錯体と比べて、有機配位子の構造の制限がなく、したがって、内部空間の大きさを自由に設定することができる。よって、本実施形態に係る発光性を有する三次元遷移金属錯体は、従来よりも高い利用性を有する。
【0041】
また、本実施形態に係る発光性遷移金属錯体は、有機配位子と、亜鉛イオン源とを混合するだけで合成することができる。そのため、三次元構造を有する発光性遷移金属錯体を非常に簡単に製造することができる。
【0042】
以上説明したような特徴を有する本実施形態に係る発光性遷移金属錯体は、有機分子や生体分子等の選択的な認識・包接、不安定な化学種の長寿命化、新規な化学反応の進行、特異的な分子間相互作用の誘起といった用途に用いることができるだけでなく、例えば、電子材料を指向した発光性素子の開発、細胞診断や治療を指向した発光性センサーや薬物輸送システムの構築、発光を利用する印刷や染色材料への適用等の新たな利用法を実現することができる。
【実施例】
【0043】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0044】
実施例に係る発光性遷移金属錯体を下記に示す方法に従って合成した。
【0045】
10mLのねじ口試験管に、下記式(13)に示す有機配位子1を12.0mg(17.0μmol)投入した。また、亜鉛イオンとしてZn(CFSOを3.8mg(10.2μmol)投入した。さらに、溶媒として重水素化アセトニトリル(CDCN)を約0.5ml投入した。次いで、これらの混合物を約80℃で約12h撹拌することで、下記式(13)に示す三次元遷移金属錯体2を合成した。
【0046】
【化7】

[式(13)中、符号a〜jは、以下に説明するH−NMRの測定結果(図3(A))における符号a〜jに対応する。]
【0047】
上記方法で合成された三次元遷移金属錯体2について、H−NMR(400MHz, CDCN,r.t.)、およびESI−TOF−MS分析により構造を同定した。H−NMRの結果を図3(A)および図3(B)に、ESI−TOF−MS分析の結果を図4(A)および図4(B)にそれぞれ示す。図3(A)は有機配位子1についてのH−NMRのスペクトルであり、図3(B)は三次元遷移金属錯体2についてのH−NMRのスペクトルである。図3(A)において、符号a〜jで示すピークは、式(13)中で符号a〜jで示す水素原子に対応している。また、図4(A)は三次元遷移金属錯体2についての質量分析、すなわち実測値のスペクトルであり、図4(B)は三次元遷移金属錯体2の計算により予測される質量分析のスペクトル、すなわち計算値のスペクトルである。
【0048】
また、上記方法で合成された三次元遷移金属錯体2について、紫外・可視分光法によるUV−visスペクトル測定、および蛍光スペクトル測定(360nmの波長で励起)により分光学的性質を特定した。UV−visスペクトル測定、および蛍光スペクトル測定の結果をそれぞれ図5(A)および図5(B)に示す。図5(A)はUV−visスペクトル測定のチャートであり、図5(B)は蛍光スペクトル測定のチャートである。図5(A)および図5(B)において、符号「1」は有機配位子1のみ(比較例1)の測定結果を示し、符号「2(Pd)」はパラジウムイオンを用いた三次元遷移金属錯体(比較例2)の測定結果を示し、符号「2(Zn)」は本実施例の三次元遷移金属錯体2の測定結果を示す。また、図5(A)および図5(B)の横軸は波長(nm)であり、縦軸は任意単位である。
【0049】
(測定結果)
図3(A)と図3(B)を比較すると、有機配位子1の測定結果に比べて三次元遷移金属錯体2の測定結果はピーク数が減少した。また、b位置にある水素原子に対応するピークがシフトしていた。また、−OCHに対応するピークの一部がシフトしていた。また、図4(A)と図4(B)とを比較すると、実測スペクトルと計算スペクトルとで同等の結果が得られた。これらから、4つの有機配位子と2つの亜鉛イオンとが配位結合を形成してなる三次元遷移金属錯体2が合成されたことが示された。
【0050】
また、図5(A)に示すように、有機配位子のみ、パラジウムイオンを用いた三次元遷移金属錯体、および本実施例の三次元遷移金属錯体のそれぞれの吸光度に大きな変化は見られなかった。一方、図5(B)に示すように、パラジウムイオンを用いた三次元遷移金属錯体では蛍光が観察されなかったのに対し、本実施形態の三次元遷移金属錯体では蛍光が観察された。これらから、本実施形態の三次元遷移金属錯体が発光性を有することが確認された。
【0051】
本発明は、上述の実施形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施形態も本発明の範囲に含まれうるものである。
【0052】
上述の実施形態に係る発光性遷移金属錯体では、各有機配位子の一方の配位結合形成基が1つの亜鉛イオンと配位結合を形成し、他方の配位結合形成基が他の亜鉛イオンと配位結合を形成している。そして、これにより複数の有機配位子が互いに連結されて、これらの複数の有機配位子によって内部空間が形成されている。しかしながら、発光性遷移金属錯体の構造はこれに限定されない。すなわち、発光性遷移金属錯体は、少なくとも1つの有機配位子と、少なくとも1つの亜鉛イオンと、を備え、有機配位子で囲まれた内部空間を有し、有機配位子の少なくとも1つの配位結合形成基が亜鉛イオンと配位結合を形成している構造であればよい。
【0053】
例えば、発光性遷移金属錯体は、複数の有機配位子を備え、各有機配位子の一方の配位結合形成基が亜鉛イオンと配位結合を形成し、他方の配位結合形成基が他の遷移金属イオンと配位結合を形成した構造を有していてもよい。
【0054】
あるいは、三次元遷移金属錯体は、有機配位子および亜鉛イオンをそれぞれ1つ備え、内部空間が形成されるように、有機配位子の複数の配位結合形成基が亜鉛イオンと配位結合を形成した構造を有していてもよい。この場合、有機配位子は、ホウ素、窒素、リン等のヘテロ原子、ベンゼン環等の炭素環、トリアジン環等の複素環などからなる群から選択される1つを中心として、これと複数の骨格構造のそれぞれの一端が共有結合を形成し、各骨格構造の他端と配位結合形成基が共有結合を形成した構造を有する。そして、各配位結合形成基が同一の亜鉛イオンと配位結合を形成する。したがって、この発光性遷移金属錯体は、放射状に延びる複数の腕(骨格構造)の先端が亜鉛イオンを介して連結され、複数の腕によって内部空間が形作られたような構造を有する。言い換えれば、この発光性遷移金属錯体は、両端の配位結合形成基と亜鉛イオンが配位結合を形成した上述の発光性遷移金属錯体において、各有機配位子の一方の配位結合形成基と、この配位結合形成基と配位結合を形成している亜鉛イオンとを、前記ヘテロ原子等に置き換えたような構造を有する。
【0055】
具体的には、例えば発光性遷移金属錯体は、下記式(14)で表される有機配位子1つと、亜鉛イオン1つとを備える。
【0056】
【化8】

【0057】
上記式(14)で表される有機配位子は、ベンゼン環の1、3、5位の炭素と各骨格構造の一端が共有結合を形成し、各骨格構造の他端とピリジル基が共有結合を形成した構造を有する。そして、発光性遷移金属錯体は、亜鉛イオンと有機配位子の3つのピリジル基が配位結合を形成し、また1つのカウンターイオンまたは溶媒が結合した構造を有する。発光性遷移金属錯体がこのような構成を備えた場合には、発光性遷移金属錯体中の金属イオンの数を減らすことができ、発光性遷移金属錯体の構造安定性の向上を図り得る。このような構成を備えた発光性遷移金属錯体は、同当量の亜鉛イオン源と上記式(14)で表される有機配位子とを溶媒中で混合することで合成することができる。
【0058】
また、上述の実施形態では、電子供与性官能基が全ての配位結合形成基に結合しているが、一方の配位結合形成基のみに電子供与性官能基が結合していてもよい。この場合、任意の有機配位子の電子供与性官能基が結合した配位結合形成基と一方の亜鉛イオンが配位結合を形成し、当該有機配位子の電子供与性官能基が結合していない配位結合形成基と他方の亜鉛イオンが配位結合を形成するとともに、他の任意の有機配位子の電子供与性官能基が結合していない配位結合形成基と一方の亜鉛イオンが配位結合を形成し、当該有機配位子の電子供与性官能基が結合した配位結合形成基と他方の亜鉛イオンが配位結合を形成する。
【0059】
また、上述の実施形態では、有機配位子は2つの配位結合形成基を有し、2つの亜鉛イオンと配位結合を形成しているが、有機配位子が3つ以上の配位結合形成基を有し、3つ以上の亜鉛イオンと配位結合を形成する構造であってもよい。この場合、各亜鉛イオンは、複数の有機配位子の一部と配位結合を形成し、各有機配位子同士が亜鉛イオンによって連結されて、有機配位子全体で中空構造を形成する。また、上述の実施形態では、配位結合形成基はピリジル基であるが、配位結合形成基は窒素含有五員環であるピロリル基であってもよい。また、上述の実施形態では、発光性基は芳香族炭化水素基であるが、発光性基は複素環基などの発光性を有する他の有機基であってもよい。発光性基が複素環基である場合、芳香族炭化水素基の場合と同様に複素環基は多環構造を有することが好ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子供与性官能基を有する複数の配位結合形成基、および少なくとも2つの前記配位結合形成基の間に配置された、発光性基を含む骨格構造を有する少なくとも1つの有機配位子と、
前記配位結合形成基と配位結合可能な少なくとも1つの亜鉛イオンと、を備え、
前記有機配位子で囲まれた内部空間を有し、
前記有機配位子は、少なくとも1つの配位結合形成基が前記亜鉛イオンと配位結合を形成していることを特徴とする発光性遷移金属錯体。
【請求項2】
前記有機配位子を複数備え、
複数の有機配位子によって前記内部空間が形成され、
複数の有機配位子が前記亜鉛イオンとの配位結合によって互いに連結されている請求項1に記載の発光性遷移金属錯体。
【請求項3】
前記有機配位子および前記亜鉛イオンをそれぞれ1つ備え、
前記内部空間が形成されるように、前記有機配位子の前記複数の配位結合形成基が前記亜鉛イオンと配位結合を形成した構造を有することを特徴とする請求項1に記載の発光性遷移金属錯体。
【請求項4】
前記配位結合形成基は、環構造を有し、
前記環構造において、配位原子が前記骨格構造に対してメタ位あるいはパラ位の関係にある請求項1乃至3のいずれか1項に記載の発光性遷移金属錯体。
【請求項5】
前記配位結合形成基は、環構造を有し、
前記環構造において、前記電子供与性官能基が配位原子に対してメタ位あるいはパラ位の関係にある請求項1乃至4のいずれか1項に記載の発光性遷移金属錯体。
【請求項6】
前記発光性基は、多環構造を有する請求項1乃至5のいずれか1項に記載の発光性遷移金属錯体。
【請求項7】
前記内部空間の直径は、3Å以上である請求項1乃至6のいずれか1項に記載の発光性遷移金属錯体。
【請求項8】
前記配位結合形成基は、ピリジル基である請求項1乃至7のいずれか1項に記載の発光性遷移金属錯体。
【請求項9】
前記有機配位子は、下記式(2)で表される構造を有する請求項1乃至8のいずれか1項に記載の発光性遷移金属錯体。
【化1】

[式(2)中、複数のRは同一でも異なってもよく、それぞれ下記式(3)〜(7)に示す構造のいずれかを有し、複数のRは同一でも異なってもよく、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、または下記式(3)〜(9)に示す構造のいずれかを有する。]
−OC2n+1 (3)
−O(CO)Me (4)
−C2n+1 (5)
−SC2n+1 (6)
−N(C2n+1 (7)
−OPh (8)
−OCHPh (9)
[式(4)中、Meはメチル基を表し、式(8)および(9)中、Phはフェニル基を表し、式(3)〜(7)中、nは1〜10の整数を表す。]
【請求項10】
有機配位子で囲まれた内部空間を有する発光性遷移金属錯体の製造方法であって、
電子供与性官能基を有する複数の配位結合形成基、および少なくとも2つの前記配位結合形成基の間に配置された、発光性基を含む骨格構造を有する有機配位子と、
亜鉛イオン源と、
を混合することを特徴とする発光性遷移金属錯体の製造方法。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−184404(P2011−184404A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−53609(P2010−53609)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】