説明

発泡性アルコール飲料の製造方法

【課題】 主発酵工程への悪影響を回避しつつ、また、遺伝子組み換え技術を用いずに、硫化水素濃度が低く、香味に優れた発泡性アルコール飲料を製造するための方法を提供すること。
【解決手段】 発泡性アルコール飲料を製造する方法であって、発泡性アルコール飲料の原料を酵母に発酵させて得られる、酵母を含む発酵液のpHを調節するpH調節工程と、発酵液を熟成させて熟成液を得る貯酒工程と、を備える方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発泡性アルコール飲料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母を利用して醸造される発泡性アルコール飲料において、香味はその品質を決定する重要な因子である。例えば、ビール、発泡酒、ワイン、清酒、その他の醸造酒においては、需要者の好みに合った香味の飲料を開発することに主眼を置いて様々な研究が進められている。
【0003】
発泡性アルコール飲料の香味に影響を与える因子の中でも、含硫化合物は、酵母を利用して醸造される発泡性アルコール飲料の香味に負の影響を与える因子としてよく知られており、酵母の含硫化合物の生成を抑制できれば、発泡性アルコール飲料の香味を改善でき、品質の向上に役立つと考えられる。
【0004】
特に、低窒素麦汁を発酵させて醸造される発泡酒や、麦芽と大麦の代わりにエンドウ、大豆等を原料に使用して醸造される発泡性アルコール飲料の場合には、硫黄臭の原因となる硫化水素が最終製品中に残存することがあり、アルコール飲料の香味や品質に悪影響を与えることが商品開発上の大きな問題となっている。
【0005】
このため、酵母の含硫化合物の生成を抑制するための方策がいくつか提案されている。そのような方策としては、例えば、酵母がアルコール発酵を活発に行う主発酵工程で、原料液に硫化水素の代謝物を過剰に加えて、硫化水素の生成をフィードバック阻害する方法や、硫化水素産生能の低い醸造用酵母株を選抜し、これを用いて醸造する方法が挙げられる。
【0006】
これに関して、ビールの醸造に使用される下面ビール酵母では、主発酵工程における麦汁中のメチオニン濃度又はアンモニウムイオン濃度を高めることによって、硫化水素の生成がフィードバック阻害されることが報告されている(非特許文献1)。
【0007】
また、ワインの醸造に使用するワイン酵母については、硫化水素産生能が低い酵母株として、含硫アミノ酸アナログ(例えば、エチオニン、セレノメチオニン、S−エチルシステイン)の耐性株が報告されている(特許文献1)。
【0008】
更に、遺伝子組み換え技術を用いて、硫化水素産生能の低い酵母株が多数作製されている(特許文献2〜5)。
【0009】
【特許文献1】特開平8−214869号公報
【特許文献2】特開平5−192155号公報
【特許文献3】特開平5−244955号公報
【特許文献4】特開2005−065572号公報
【特許文献5】特開平7−303475号公報
【非特許文献1】J.ASBC、2004年、62巻、1号、p.35−41
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、酵母がアルコール発酵を活発に行う主発酵工程において、原料液に含硫アミノ酸アナログを添加したり、原料液のメチオニン濃度又はアンモニウムイオン濃度を高めたりすると、例えば、発酵速度の低下や主要な香味成分の減少が引き起こされるという問題があった。
【0011】
また、遺伝子組み換え技術によって作製された酵母株は、例えば、天然の酵母には存在しない異種生物のプロモーター遺伝子や薬剤耐性遺伝子が使用されているため、安全性の観点から、ヒトが飲用する発泡性アルコール飲料等の醸造に使用するのは困難であった。
【0012】
そこで、本発明は、主発酵工程への悪影響を回避しつつ、また、遺伝子組み換え技術を用いずに、硫化水素濃度が低く、香味に優れた発泡性アルコール飲料を製造するための方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、発泡性アルコール飲料に含まれる硫化水素の量が、発酵液を熟成させる貯酒工程における発酵液のpHと負の相関関係を有し、貯酒工程における発酵液のpHを一定の範囲に保つことによって、硫化水素濃度が低く、香味に優れた発泡性アルコール飲料を得ることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0014】
すなわち、本発明は、発泡性アルコール飲料を製造する方法であって、発泡性アルコール飲料の原料を酵母に発酵させて得られる、酵母を含む発酵液のpHを調節するpH調節工程と、この発酵液を熟成させて熟成液を得る貯酒工程と、を備える方法を提供する。
【0015】
通常、酵母を用いた発泡性アルコール飲料の製造工程は、主原料(麦芽、大麦、米、エンドウ、大豆、コーン等)及び水を含む原料混合物を加温する仕込工程と、原料混合物(原料液)中の糖分(エキス分)を酵母でアルコール及び炭酸ガスに分解し、アルコール発酵を行う主発酵工程と、主発酵工程で得られた発酵液中に残存する糖分(エキス分)を低温で再発酵させ、発酵液を熟成させる貯酒工程と、の3工程に分けられるが、従来、主発酵工程及び貯酒工程は一連の工程として行われ、これらの工程の間でpHを調節することは一切行われていなかった。
【0016】
しかしながら、本発明の方法のように、pH調節工程を主発酵工程と貯酒工程との間に設け、主発酵工程後に酵母を含む発酵液のpHを調節すれば、最終製品である発泡性アルコール飲料の硫化水素濃度を低減させ、発泡性アルコール飲料の香味を改善することが可能となる。
【0017】
また、本発明の方法によれば、発酵速度の低下や主要な香味成分の減少を生じることなく、発泡性アルコール飲料を製造することが可能となる。また、遺伝子組み換え技術を用いる必要がないので、人体に安全な発泡性アルコール飲料を製造することが可能となる。また、例えば、含硫アミノ酸アナログの耐性株を用いて酵母育種を行う必要がないので、発泡性アルコール飲料の開発コストを抑制することができる。
【0018】
上述のように、本発明の方法によれば、pH調節工程を行わずに製造された発泡性アルコール飲料と比較して、硫化水素濃度が低減され、香味が改善された発泡性アルコール飲料を製造することが可能となる。すなわち、本発明の方法はまた、香味の改善された発泡性アルコール飲料を製造する方法、及び硫化水素濃度の低減された発泡性アルコール飲料を製造する方法でもある。
【0019】
pH調節工程は、製造される発泡性アルコール飲料のpHが4.0〜5.0になるように、発酵液のpHを調節する工程であることが好ましく、発泡性アルコール飲料のpHは4.09〜4.65であることがより好ましい。
【0020】
発泡性アルコール飲料のpHが4.0〜5.0であれば、飲料の硫化水素濃度及び硫黄臭を顕著に低下させることができ、消費者が硫黄臭をほとんど感じることなく飲料を飲用することが可能となる。また、発泡性アルコール飲料のpHが4.09〜4.65であれば、更にムレ臭等の発生を十分に抑制することができ、飲料の香味及び品質を更に改善することが可能となる。
【0021】
発酵液のpHは、例えば、炭酸カルシウムを発酵液に加えることによって調節されることが好ましい。炭酸カルシウムは、酒税法上、ビール等の発泡性アルコール飲料の製造への使用が認められた除酸剤であり、本発明の方法を実施する際に適宜使用することができる。
【0022】
製造される発泡性アルコール飲料としては、例えば、ビール、発泡酒、又は麦芽及び麦のいずれも原料に使用されていない発泡性アルコール飲料が挙げられる。これらの発泡性アルコール飲料は、酵母を使用して醸造される主要な発泡性アルコール飲料であり、本発明の方法によって製造するのに好適である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、主発酵工程への悪影響を回避しつつ、また、遺伝子組み換え技術を用いずに、硫化水素濃度が低く、香味に優れた発泡性アルコール飲料を製造するための方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0025】
本発明の発泡性アルコール飲料の製造方法は、発泡性アルコール飲料の原料を酵母に発酵させて得られる、酵母を含む発酵液のpHを調節するpH調節工程と、前記発酵液を熟成させて熟成液を得る貯酒工程と、を備えることを特徴とする。
【0026】
本発明において、「発泡性アルコール飲料」とは、原料となる穀類(例えば、麦芽、大麦、米、コーン)、豆類(例えば、エンドウ、大豆)等を酵母にアルコール発酵させて得られる発泡性の飲料のことをいい、例えば、ビール、発泡酒、又は麦芽及び麦のいずれも原料に使用されていない発泡性アルコール飲料が挙げられる。「ビール」とは、麦芽、ホップ及び水を原料として発酵させたもの、又は麦芽、ホップ、水及び麦その他の政令で定める物品(麦、米、とうもろこし、こうりゃん、ばれいしょ、でんぷん、糖類、又は財務省令で定める苦味料若しくは着色料)を原料として発酵させたものであって、麦芽使用比率が2/3以上のものをいう。また、「発泡酒」とは、麦芽又は麦を原料の一部とした、発泡性を有する酒類であって、麦芽使用比率が2/3未満のものをいう。また、「麦芽及び麦のいずれも原料に使用されていない発泡性アルコール飲料」とは、麦芽及び麦の代わりにエンドウ、大豆、コーン等を原料に使用して醸造した、ビール風味の発泡性アルコール飲料のことをいう。
【0027】
通常、酵母を用いた発泡性アルコール飲料の製造方法は、仕込工程、主発酵工程及び貯酒工程の3工程を備える(場合により、貯酒工程で得られた熟成液から酵母及び混濁物質を取り除く濾過工程を更に備える)。本発明の方法は、主発酵工程と貯酒工程との間にpH調節工程という新たな工程を設けて、主発酵工程後に酵母を含む発酵液のpHを調節するものである。本発明の方法を用いる場合、pH調節工程を実施すること以外は、酵母を用いた従来の発泡性アルコール飲料の製造方法と同様にして、発泡性アルコール飲料を製造することができる。
【0028】
発泡性アルコール飲料の製造における「主発酵工程」とは、発泡性アルコール飲料の原料に酵母を加え、酵母の発酵に適した温度に保つことによって、原料中の糖分(エキス分)を酵母に分解させてアルコール発酵させる工程をいう。また、「貯酒工程」とは、主発酵工程で得られた発酵液中に残存する糖分(エキス分)を低温で再発酵させて、発酵液を熟成させるとともに、発酵液中に炭酸ガスを十分に溶解させて飽和させる工程をいう。
【0029】
「発酵液」とは、主発酵工程で得られた、酵母を含む液体であって、貯酒工程で熟成される前の液体のことをいう。「熟成液」とは、貯酒工程で一定期間発酵液を熟成させて得られた液体であって、発酵液中の酵母及び浮遊物が一部沈殿した液体のことをいう。
【0030】
本発明の方法を用いれば、硫化水素濃度が低く、香味に優れた発泡性アルコール飲料を製造することができる。発泡性アルコール飲料の「香味」とは、例えば、芳香性、芳醇性(コク)、酸味、甘味、塩味、苦味、キレ味、口当たり等のことをいう。
【0031】
発泡性アルコール飲料の香味は、製造された発泡性アルコール飲料をパネリストに試飲させ、官能評価試験を実施することによって評価することができる。また、発泡性アルコール飲料の香味は、香味に負の影響を与える因子(例えば、硫化水素又はダイアセチルの濃度)を分析することによって、数値化して評価することもできる。
【0032】
発泡性アルコール飲料の香味に影響を与える発酵条件としては、酵母菌株、培地、培地への通気量、発酵温度、発酵時間等が挙げられるが、本発明の方法では、そのような発酵条件に特に変更を加えることなく、主発酵工程後に酵母を含む発酵液のpHを調節し、この発酵液を貯酒工程で熟成させればよい。
【0033】
pH調節工程は、主発酵工程と貯酒工程との間の、発酵液のpHを人為的に調節する工程である。ここでは、製造される発泡性アルコール飲料のpHが4.0〜5.0になるように、発酵液のpHが調節されることが好ましい。また、発泡性アルコール飲料のpHは、4.09〜4.65であることがより好ましく、4.30〜4.65(特に4.65付近)であることが更に好ましい。
【0034】
pH調節工程では、発酵液のpHをアルカリ性側にシフトできる除酸剤を発酵液に直接添加すればよい。除酸剤としては、例えば、炭酸カルシウム、炭酸カリウム、アンモニア及び水酸化ナトリウムが挙げられるが、酒税法の観点からは炭酸カルシウムが好ましい。
【0035】
本発明の方法は、酵母を使用して製造される発泡性アルコール飲料であれば適用することができる。酵母を使用して製造される発泡性アルコール飲料としては、例えば、ビール、発泡酒、又は麦芽及び麦のいずれも原料に使用されていない発泡性アルコール飲料が好ましく、低窒素麦汁を発酵させて醸造される発泡酒、又は麦芽及び麦のいずれも原料に使用されていない発泡性アルコール飲料がより好ましい。
【実施例】
【0036】
以下、実施例(実験例)に基づいて本発明をより具体的に説明する。但し、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0037】
〔実験例1:発泡性アルコール飲料における、硫化水素濃度とpHとの関係〕
72種の発泡性アルコール飲料を次のように製造し、発泡性アルコール飲料における、硫化水素濃度とpHとの関係を分析した。72種の発泡性アルコール飲料は、原材料のロット及び製造日が異なる以外は同一の条件で製造した。
【0038】
まず、エンドウタンパク、糖類、カラメル色素を80℃の湯に溶かし、そこにホップを加えて煮沸した。冷却後、下面ビール酵母(S.pastorianus)を添加し、5〜7日間、12〜15℃で発酵させた(主発酵工程)。次いで、得られた発酵液を酵母と共に貯酒タンクに移して10℃で1週間静置し、引き続き1℃で2週間静置して熟成させ(貯酒工程)、更に酵母及び浮遊物を濾過して(濾過工程)、発泡性アルコール飲料を得た。なお、主発酵工程の条件は次の通りである。
・エキス濃度:約11%
・原料液の容量:2.5L
・原料液の溶存酸素濃度:約5〜10ppm
・下面ビール酵母投入量:20〜24g湿酵母菌体
【0039】
72種の発泡性アルコール飲料について、飲料のpHを、東亜電波工業株式会社製のpHメーターを用いて室温で測定した。また、飲料の硫化水素濃度を、ガスクロマトグラフ6890N(アジレント社)を用いて室温で測定した。検出器としては、Sievers355(アジレント社)を用いた。
【0040】
図1は、72種の発泡性アルコール飲料のpH及び硫化水素濃度の相関関係について、硫化水素濃度を目的変数とし、pHを説明変数として行った単回帰分析の結果を示すグラフである。
【0041】
図1から明らかなように、発泡性アルコール飲料のpHと発泡性アルコール飲料の硫化水素濃度との間には、統計的に有意な負の相関関係が認められた(r=0.706)。単回帰式は次の通りである。
[発泡性アルコール飲料の硫化水素濃度(ppb)]=−14.556×[発泡性アルコール飲料のpH]+55.583
【0042】
実験例1の結果により、酵母を使用して製造される発泡性アルコール飲料に含まれる硫化水素の量は、当該発泡性アルコール飲料のpHと負の相関関係を有すること、及び、硫化水素濃度の低い発泡性アルコール飲料を製造するためには、製造される発泡性アルコール飲料のpHが高くなるように主発酵工程又は貯酒工程を行う必要があることが示唆された。
【0043】
〔実験例2:主発酵工程前のpH調節〕
8種の発泡性アルコール飲料を次のように製造した。
【0044】
まず、エンドウタンパク、糖類、カラメル色素を80℃の湯に溶かし、そこにホップを加えて煮沸し、その後、室温まで冷却し、8種の発酵前原料液を得た。そのうちの7種の原料液には、それぞれ炭酸カリウム50、100、150、175、200、250及び300ppmを添加した(残りの1種の原料液には炭酸カリウムを添加していない)。
【0045】
次いで、各原料液に下面ビール酵母(S.pastorianus)を添加し、5〜7日間、12〜15℃で発酵させた(主発酵工程)。次いで、得られた発酵液を酵母と共に貯酒タンクに移して10℃で1週間静置し、引き続き1℃で2週間静置して熟成させ(貯酒工程)、更に酵母及び浮遊物を濾過して(濾過工程)、発泡性アルコール飲料を得た。なお、主発酵工程の条件は次の通りである。
・エキス濃度:約11%
・原料液の容量:2.5L
・原料液の溶存酸素濃度:約5〜10ppm
・下面ビール酵母投入量:20〜24g湿酵母菌体
【0046】
(pH及び硫化水素濃度の測定)
8種の発泡性アルコール飲料(コントロール飲料1及び試験飲料1〜7)について、原料液及び飲料のpHを、東亜電波工業株式会社製のpHメーターを用いて室温で測定した。また、飲料の硫化水素濃度を、ガスクロマトグラフ6890N(アジレント社)を用いて室温で測定した。検出器としては、Sievers355(アジレント社)を用いた。
【0047】
表1は、8種の発泡性アルコール飲料について、炭酸カリウムを添加した直後の発酵前原料液のpH、並びに製造された飲料のpH及び硫化水素濃度を示す表である。
【0048】
【表1】

【0049】
表1から明らかなように、原料液に炭酸カリウムを250ppm及び300ppm加えて主発酵工程を行った試験飲料6及び7では、コントロール飲料1に比べて硫化水素濃度が顕著に低かった。
【0050】
(浮遊酵母数及び残存エキス量の測定)
8種の発泡性アルコール飲料について、主発酵工程における原料液中の浮遊酵母数及び残存エキス量の変化をモニターして、発酵の進行に及ぼす原料液のpHの影響を分析した。
【0051】
図2は、8種の発泡性アルコール飲料について、主発酵工程における原料液中の浮遊酵母数の経時的変化を示すグラフである。図3は、8種の発泡性アルコール飲料について、主発酵工程における原料液中の残存エキス量の経時的変化を示すグラフである。
【0052】
図2及び3から明らかなように、試験飲料1〜7はいずれも、浮遊酵母数がコントロール飲料1に比べて低く、エキスの切れ(エキス量の減少速度)についてもコントロール飲料1に比べて悪くなる傾向が認められた。
【0053】
実験例2の結果により、主発酵工程前に原料液のpHを調節して発泡性アルコール飲料を製造する場合は、原料液のpHを8.3以上にすることで発泡性アルコール飲料の硫化水素濃度を低減させることが可能であるが、主発酵工程中の浮遊酵母数及びエキス量の変化に悪影響を及ぼす可能性があることが示された。
【0054】
〔実験例3:主発酵工程後(貯酒工程前)の、炭酸カルシウムによるpH調節〕
7種の発泡性アルコール飲料を次のように製造した。
【0055】
まず、エンドウタンパク、糖類、カラメル色素を80℃の湯に溶かし、そこにホップを加えて煮沸した。冷却後、下面ビール酵母(S.pastorianus)を添加し、5〜7日間、12〜15℃で発酵させて、7種の発酵液を得た(主発酵工程)。そのうちの6種の発酵液には、それぞれ炭酸カルシウム50、100、200、250、300及び500ppmを添加した(残りの1種の発酵液には炭酸カルシウムを添加していない)。
【0056】
その後、各発酵液を酵母と共に貯酒タンクに移して10℃で1週間静置し、引き続き1℃で2週間静置して熟成させ(貯酒工程)、更に酵母及び浮遊物を濾過して(濾過工程)、発泡性アルコール飲料を得た。なお、主発酵工程の条件は次の通りである。
・エキス濃度:約11%
・原料液の容量:2.5L
・原料液の溶存酸素濃度:約5〜10ppm
・下面ビール酵母投入量:20〜24g湿酵母菌体
【0057】
(pH及び硫化水素濃度の測定)
7種の発泡性アルコール飲料(コントロール飲料2及び試験飲料8〜13)について、飲料のpHを、東亜電波工業株式会社製のpHメーターを用いて室温で測定した。また、飲料の硫化水素濃度を、ガスクロマトグラフ6890N(アジレント社)を用いて室温で測定した。検出器としては、Sievers355(アジレント社)を用いた。
【0058】
表2は、7種の発泡性アルコール飲料について、製造された飲料のpH及び硫化水素濃度を示す表である。図4は、7種の発泡性アルコール飲料の硫化水素濃度を示すグラフである。
【0059】
【表2】

【0060】
表2及び図4から明らかなように、主発酵工程後の発酵液に炭酸カルシウムを200ppm以上加えて貯酒工程を行った試験飲料10〜13では、コントロール飲料2に比べて硫化水素濃度が低かった。
【0061】
(官能評価試験)
7種の発泡性アルコール飲料の硫黄臭の強さについて官能評価試験を行った。具体的には、10人の成人パネリストに、盲目的にコントロール飲料2及び試験飲料8〜13を試飲させ、硫黄臭がない場合は0、硫黄臭が弱く感じられる場合は1、硫黄臭が中程度に感じられる場合は2、硫黄臭が強く感じられる場合は3とし、0〜3の4段階で評価させた。評価結果は、飲料ごとに集計し、合計した値を硫黄臭合計ポイントとした。
【0062】
また、10人の成人パネリストに、コントロール飲料2及び試験飲料8〜13をこの順に非盲目的に一口ずつ試飲してもらい、香味が良くなったと感じられた変化点の飲料を投票させ、各飲料の得票数を集計した。
【0063】
図5は、7種の発泡性アルコール飲料の硫黄臭合計ポイントを示すグラフである。図6は、7種の発泡性アルコール飲料について、香味の変化点として得た票数を示すグラフである。
【0064】
図5から明らかなように、主発酵工程後の発酵液に炭酸カルシウムを100ppm以上加えて貯酒工程を行った試験飲料9〜13では、コントロール飲料2に比べて硫黄臭合計ポイントが低く、炭酸カルシウムを250ppm以上加えて貯酒工程を行った試験飲料11〜13の硫黄臭合計ポイントは特に低かった。但し、炭酸カルシウムの添加量が多く、発泡性アルコール飲料のpHが高くなり過ぎると、ムレ臭を生じ得ることが判明した。
【0065】
また、図6から明らかなように、主発酵工程後の発酵液に炭酸カルシウムを200ppm加えて貯酒工程を行った試験飲料10を香味の変化点として投票したパネリストが最も多かった。
【0066】
〔実験例4:主発酵工程後(貯酒工程前)の、炭酸カリウム又はアンモニアによるpH調節〕
5種の発泡性アルコール飲料を次のように製造した。
【0067】
まず、エンドウタンパク、糖類、カラメル色素を80℃の湯に溶かし、そこにホップを加えて煮沸した。冷却後、下面ビール酵母(S.pastorianus)を添加し、5〜7日間、12〜15℃で発酵させて、5種の発酵液を得た(主発酵工程)。そのうちの3種の発酵液には、それぞれ炭酸カリウム200、320及び368ppmを添加し、他の1種の発酵液には、25%アンモニア800μLを添加した(残りの1種の発酵液には炭酸カリウム及びアンモニアのいずれも添加していない)。
【0068】
その後、各発酵液を酵母と共に貯酒タンクに移して10℃で1週間静置し、引き続き1℃で2週間静置して熟成させ(貯酒工程)、酵母及び浮遊物を濾過して(濾過工程)、発泡性アルコール飲料を得た。なお、主発酵工程の条件は次の通りである。
・エキス濃度:約11%
・原料液の容量:2.5L
・原料液の溶存酸素濃度:約5〜10ppm
・下面ビール酵母投入量:20〜24g湿酵母菌体
【0069】
(pH及び硫化水素濃度の測定)
5種の発泡性アルコール飲料(コントロール飲料3及び試験飲料14〜17)について、飲料のpHを、東亜電波工業株式会社製のpHメーターを用いて室温で測定した。また、飲料の硫化水素濃度を、ガスクロマトグラフ6890N(アジレント社)を用いて室温で測定した。検出器としては、Sievers355(アジレント社)を用いた。
【0070】
表3は、5種の発泡性アルコール飲料について、製造された飲料のpH及び硫化水素濃度を示す表である。図7は、5種の発泡性アルコール飲料の硫化水素濃度を示すグラフである。
【0071】
【表3】

【0072】
表3及び図7から明らかなように、主発酵工程後の発酵液に炭酸カリウム又はアンモニアを加えて貯酒工程を行った試験飲料14〜17では、コントロール飲料3に比べて硫化水素濃度が顕著に低かった。
【0073】
〔実験例5:主発酵工程後(貯酒工程前)の、水酸化ナトリウムによるpH調節〕
9種の発泡性アルコール飲料を次のように製造した。
【0074】
まず、エンドウタンパク、糖類、カラメル色素を80℃の湯に溶かし、そこにホップを加えて煮沸した。冷却後、下面ビール酵母(S.pastorianus)を添加し、5〜7日間、12〜15℃で発酵させて、9種の発酵液を得た(主発酵工程)。そのうちの3種の発酵液には1M水酸化ナトリウム3mLを添加し、他の3種の発酵液には1M水酸化ナトリウム14mLを添加した(残りの3種の発酵液には水酸化ナトリウムを添加していない)。
【0075】
その後、各発酵液を酵母と共に貯酒タンクに移して10℃で1週間静置し、引き続き1℃で2週間静置して熟成させ(貯酒工程)、酵母及び浮遊物を濾過して(濾過工程)、発泡性アルコール飲料を得た。なお、主発酵工程の条件は次の通りである。
・エキス濃度:約11%
・原料液の容量:2.5L
・原料液の溶存酸素濃度:約5〜10ppm
・下面ビール酵母投入量:20〜24g湿酵母菌体
【0076】
(pH及び硫化水素濃度の測定)
9種の発泡性アルコール飲料[コントロール群X(コントロール飲料X1〜X3)、試験群A(試験飲料A1〜A3)、試験群B(試験飲料B1〜B3)]について、飲料のpHを、東亜電波工業株式会社製のpHメーターを用いて室温で測定した。また、飲料の硫化水素濃度を、ガスクロマトグラフ6890N(アジレント社)を用いて室温で測定した。検出器としては、Sievers355(アジレント社)を用いた。
【0077】
表4は、9種の発泡性アルコール飲料について、製造された飲料のpH及び硫化水素濃度を示す表である。図8は、3群の発泡性アルコール飲料の硫化水素濃度(平均±標準偏差)を示すグラフである。
【0078】
【表4】

【0079】
表4及び図8から明らかなように、主発酵工程後の発酵液に水酸化ナトリウムを加えて貯酒工程を行った試験飲料A1〜A3及びB1〜B3では、コントロール飲料X1〜X3に比べて硫化水素濃度が顕著に低かった。
【0080】
実験例1〜5の結果により、主発酵工程後に発酵液のpHを調節して貯酒工程を行えば、得られる発泡性アルコールの硫化水素濃度を低減させ、発泡性アルコール飲料の香味を改善させることが可能となることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】72種の発泡性アルコール飲料のpH及び硫化水素濃度の相関関係について、硫化水素濃度を目的変数とし、pHを説明変数として行った単回帰分析の結果を示すグラフである。
【図2】8種の発泡性アルコール飲料について、主発酵工程における原料液中の浮遊酵母数の経時的変化を示すグラフである。
【図3】8種の発泡性アルコール飲料について、主発酵工程における原料液中の残存エキス量の経時的変化を示すグラフである。
【図4】7種の発泡性アルコール飲料の硫化水素濃度を示すグラフである。
【図5】7種の発泡性アルコール飲料の硫黄臭合計ポイントを示すグラフである。
【図6】7種の発泡性アルコール飲料について、香味の変化点として得た票数を示すグラフである。
【図7】5種の発泡性アルコール飲料の硫化水素濃度を示すグラフである。
【図8】3群の発泡性アルコール飲料の硫化水素濃度(平均±標準偏差)を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発泡性アルコール飲料を製造する方法であって、
発泡性アルコール飲料の原料を酵母に発酵させて得られる、前記酵母を含む発酵液のpHを調節するpH調節工程と、
前記発酵液を熟成させて熟成液を得る貯酒工程と、
を備える方法。
【請求項2】
香味の改善された発泡性アルコール飲料を製造する方法であって、
発泡性アルコール飲料の原料を酵母に発酵させて得られる、前記酵母を含む発酵液のpHを調節するpH調節工程と、
前記発酵液を熟成させて熟成液を得る貯酒工程と、
を備える方法。
【請求項3】
硫化水素濃度の低減された発泡性アルコール飲料を製造する方法であって、
発泡性アルコール飲料の原料を酵母に発酵させて得られる、前記酵母を含む発酵液のpHを調節するpH調節工程と、
前記発酵液を熟成させて熟成液を得る貯酒工程と、
を備える方法。
【請求項4】
前記pH調節工程は、製造される発泡性アルコール飲料のpHが4.0〜5.0になるように、前記発酵液のpHを調節する工程である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記発酵液のpHは、炭酸カルシウムを前記発酵液に加えることによって調節される、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
製造される発泡性アルコール飲料は、ビール、発泡酒、又は、麦芽及び麦のいずれも原料に使用されていない発泡性アルコール飲料である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−5689(P2009−5689A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−134666(P2008−134666)
【出願日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【Fターム(参考)】