説明

発酵法による目的物質の製造法

【課題】イソマルトースを原料として、発酵法により微生物を利用して目的物質を製造する方法、及びそれに用いる微生物を提供する。
【解決手段】微生物を培地中に培養し、該培地申に目的物質を生成蓄積させ、該培養物から目的物質を採取する、微生物を利用した目的物質の製造法において、前記微生物として、イソマルターゼ活性が付与されたか、又は、イソマルターゼ活性が増大するように改変された微生物を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を利用した目的物質の製造法に関し、詳しくは、L−アミノ酸、抗生物質、ビタミン、成長因子、生理活性物質などの目的物質を微生物を利用して製造する方法において、最終目的産物である物質の生産性を改善するための手段を開示するものである。
【背景技術】
【0002】
微生物を利用した物質の製造法の代表的なものとして、発酵法によるL−アミノ酸の製造法が知られている。L−アミノ酸は、調味料や、食品として用いられるだけでなく、医療を目的とする様々な栄養混合物のコンポーネントとして利用される。さらに、動物用飼料添加物として、製薬業および化学工業における試薬として、微生物によるL−リジンやL−ホモセリンなどのL−アミノ酸産生のための成長因子として利用される。発酵法によってL−アミノ酸を製造できる微生物としては、コリネ型細菌、エシェリヒア属細菌、バチルス属細菌、セラチア属細菌等が知られている。
【0003】
上記のような発酵法による目的物質の製造においては、原材料として廃糖蜜などの糖を含んだものが大半を占めるといってよい。アミノ酸発酵や核酸発酵においても例にもれず、糖を原料として培養を実施している。サトウキビなどにはデンプンが多く含有されているが、原料としてそのまま使用することは稀であり、ほとんどがそれらに含まれているデンプンを単糖あるいは二単糖程度にまで分解したものが用いられている。分解方法としては、一般的にアミラーゼなどの糖化酵素液を使用するが、それにより、多糖であるデンプンはグルコース、マルトースあるいはマルトトリオースといった比較的、低分子の糖に分解される。
【0004】
デンプン分解物中のマルトースの利用については、グルコースPTSのIIAGlcタンパク質とマルトースの非PTS取り込みに関与するタンパク質MalKとの相互作用が弱化または消失し、かつ、グルコースとマルトースの取り込みが可能な微生物を用いる技術が開示されている(特開2002−330763)。E. coli やサルモネラ・チフィムリウム(Salmonella typhimurium)では一般に、グルコース抑制を受けることが知られている。すなわち、グルコースと他の炭素源、例えば、マルトースなどを資化させる場合、グルコースがはじめに資化され、後に他の炭素源が資化されるが、上記技術によってグルコースとマルトースを同時に資化させることが可能となる。
【0005】
また、α−アミラーゼを菌体表層に発現させ、デンプンをグルコースやα-1,4-グルカンであるマルトースに分解し、これを菌体に取り込ませ、アミノ酸の生産能を上げることが可能である(Tateno, T., et al., Appl. Microbiol. Biotech., 74, 1213-1220 (2007))。
【0006】
一方、イソマルトースについては、哺乳動物では、小腸の粘膜にイソマルトースを分解する酵素の一つであるイソマルターゼが存在することが知られている(Kenneth, A., et al., J. Biol. Chem., 250(15), 5735-5741 (1975))。また、クロカビ(Aspergillus niger)では、1,4-1,6-α-glucosidase(アミログルコシダーゼ)(Pazur, J., et al., J.
Biol. Chem., 235(2), 297-302 (1960))が存在することが知られている。さらに、いくつかのBacillus属細菌にはイソマルターゼが存在することがわかっている。たとえば、B.
subtilisにはマルトース、シュクロースおよびイソマルトースを基質として単糖に分解するα−グルコシダーゼが存在し、それはmalL遺伝子にコードされている(Schonert, S., et al., J. Bacteriol., 180, 2574-2578 (1998))。
【0007】
また、イソマルトトリオースなどのα-1,6-グルカンの取り込みは、Streptococcus属などで調べられている(Tao, L., et al., Infection and Immunity, 61(3), 1121-1125 (1993))。
【0008】
しかしながら、E. coliをはじめとする腸内細菌群には上記のような酵素の存在は知られておらず、そもそもイソマルトースを資化できるか、あるいは菌体の中に取込まれるかも不明である。さらに、イソマルトースを分解する酵素を菌体外に分泌する微生物の存在も知られていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、イソマルトースを原料として、発酵法により微生物を利用して目的物質を製造する方法、及びそれに用いる微生物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、前記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、イソマルターゼ活性が付与されたか、又は、イソマルターゼ活性が増大するように改変された微生物が、イソマルトースを原料として目的物質を生産することができることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明は、以下のとおりである。
(1)微生物を培地中に培養し、該培地中に目的物質を生成蓄積させ、該培養物から目的物質を採取する、微生物を利用した目的物質の製造法において、
前記微生物は、イソマルターゼ活性が付与されたか、又は、イソマルターゼ活性が増大するように改変されたことを特徴とする方法。
(2)前記イソマルターゼ活性は、細胞外の活性であることを特徴とする前記方法。
(3)前記イソマルターゼ活性は、細胞内の活性であることを特徴とする前記方法。
(4)前記微生物は、さらにイソマルトースの細胞内への取込み活性が付与されたか、同活性が増大するように改変されたことを特徴とする、前記方法。
(5)前記微生物は、イソマルターゼ活性を保持しない微生物を、細胞外イソマルターゼを発現するように改変することにより得られたものであることを特徴とする、前記方法。(6)前記微生物は、イソマルターゼ活性及びイソマルトースの細胞内への取込み活性を保持しない微生物を、細胞内イソマルターゼ、及びイソマルトーストランスポーターを発現するように改変することにより得られたものであることを特徴とする、前記方法。
(7)前記微生物が、バチルス属細菌のイソマルターゼ遺伝子で形質転換されたことを特徴とする、前記方法。
(8)前記微生物が、バチルス属細菌のイソマルターゼをコードするDNAと分泌シグナル配列をコードするDNAとの融合遺伝子で形質転換されたことを特徴とする前記方法。(9)前記イソマルターゼが、下記(A)又は(B)に示すタンパク質である、前記方法:
(A)配列番号14に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、
(B)配列番号14において1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、イソマルターゼ活性を有するタンパク質。
(10)前記イソマルターゼが、下記(a)又は(b)のDNAでコードされる、前記方法:
(a)配列番号13に示す塩基配列を有するDNA、
(b)配列番号13に示す塩基配列に相補的な配列、又は同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、イソマルターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
(11)前記微生物が腸内細菌である前記方法。
(12)前記微生物がエシェリヒア属細菌である前記方法。
(13)前記エシェリヒア属細菌がエシェリヒア・コリである前記方法。
(14)前記目的物質がL−アミノ酸である前記方法。
(15)前記目的物質がL−リジン、L−スレオニン、及びL−フェニルアラニンから選ばれる前記方法。
(16)細胞外イソマルターゼをコードする遺伝子で形質転換されたエシェリヒア属細菌。
(17)前記遺伝子が、バチルス属細菌のイソマルターゼ遺伝子と、分泌シグナル配列をコードするDNAとの融合遺伝子である、前記エシェリヒア属細菌。
(18)エシェリヒア・コリである前記エシェリヒア属細菌。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、イソマルトースを原料として、発酵法により微生物を利用して物質を製造することができる。好ましい形態においては、元来イソマルトースを資化することができない微生物であっても、本発明により、イソマルトース資化能を付与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本願発明において微生物によって生産される目的物質は、例えばL−スレオニン、L−リジン、L−グルタミン酸、L−ロイシン、L−イソロイシン、L−バリン、L−フェニルアラニン等の種々のL−アミノ酸である。L−アミノ酸として特に好ましいものは、L−リジン、L−スレオニン及びL−フェニルアラニンである。その他にも、グアニル酸、イノシン酸等の核酸類、ビタミン類、抗生物質、成長因子、生理活性物質など、従来より微生物により生産されてきたものであって、本発明の微生物を用いて、炭素源としてイソマルトース、又はグルコース及びイソマルトースを含む培地を用いて生産されるものであれば、特に制限されない。また、現在微生物を利用して生産されていない物質であっても、その生合成において炭素源が必要とされるものであれば、本願発明が利用できることはいうまでもない。
【0014】
本願発明において利用される微生物は、イソマルターゼ活性が付与されたか、又は、イソマルターゼ活性が増大するように改変された微生物である。
【0015】
本発明においては、イソマルターゼ活性とは、イソマルトースを2分子のグルコースに分解するか、又は、イソマルトースが細胞内に取込まれる際に生じるリン酸化されたイソマルトースをグルコース及びグルコースリン酸に分解する活性を意味する。また、特記しない限り、「イソマルターゼ」とは、イソマルターゼ活性を有する酵素を意味する。例えば、マルトースを分解する活性を有する一般的にはマルターゼと呼ばれる酵素であっても、イソマルトースを分解する活性を有していれば、本発明におけるイソマルターゼに該当する。
【0016】
本発明に用いることができる微生物として具体的には、エシェリヒア属、エンテロバクター属、クレブシェラ属、パントエア属、セラチア属、エルビニア属、サルモネラ属、モルガネラ属に属する腸内細菌、コリネホルム細菌、バチルス属細菌、ストレプトコッカス属細菌、サッカロミセス属酵母等が挙げられる。好ましくは、遺伝子置換が可能な微生物である。
【0017】
エシェリヒア属細菌としては、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)等が挙げられる。エシェリヒア・コリを遺伝子工学的手法を用いて育種する場合には、エシェリヒア・
コリK-12株及びその誘導体であるエシェリヒア・コリ MG1655株(ATCC 47076)、及びW3110株(ATCC 27325)を用いることができる。エシェリヒア・コリK-12株や、誘導株を入手するには、例えばアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)より分譲を受けることができる(住所ATCC, Address: P.O. Box 1549, Manassas, VA 20108, United States of America)。
【0018】
本発明に用いることができる微生物は、元来イソマルトース資化性を有していない微生物であってもよく、イソマルトース資化能を有する微生物であってもよい。「イソマルトース資化性」とは、微生物をイソマルトースを含む培地で培養したときに、イソマルトースを炭素源として代謝する能力をいう。
【0019】
元来イソマルトース資化性を有していない微生物としては、腸内細菌、コリネホルム細菌等が挙げられる。また、イソマルトース資化能を有する微生物としては、イソマルトースの細胞内への取込み活性、及び細胞内のイソマルトース活性を有する微生物が挙げられる。このような微生物としては、バチルス属細菌、ストレプトコッカス属細菌、サッカロミセス属酵母等が挙げられる。
【0020】
本発明の微生物は、目的物質生産能を有する微生物を親株とし、この親株にイソマルターゼ活性を付与するか、又は、親株のイソマルターゼ活性が増大するように改変することによって得ることができる。また、本発明の微生物は、イソマルターゼ活性を付与されたか、又は、イソマルターゼ活性が増大するように改変された微生物を親株とし、この親株に目的物質生産能を付与するか、親株の目的物質生産能を増強することによっても得ることができる。
【0021】
本発明に用いることができる微生物としてより具体的には、例えば目的物質がL−リジンの場合はエシェリヒア・コリAJ11442 (NRRL B-12185, FERM BP-1543) (米国特許第4,346,170号参照)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ3990(ATCC31269)(米国特許第4,066,501号参照)等であり、L−スレオニンの場合はエシェリヒア・コリVKPM B-3996(RIA 1867、VKPM B-3996)(米国特許第5,175,107号参照)、コリネバクテリウム・アセトアシドフイラムAJ12318(FERM BP-1172)(米国特許第5,188,949号参照)等であり、L−フェニルアラニンの場合は、エシェリヒア・コリAJ12604(FERM BP-3579)(欧州特許出願公開第488,424号参照)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ12637(FERM BP-4160)(フランス特許出願公開第2,686,898号参照)等であり、L−グルタミン酸の場合はエシェリヒア・コリAJ12624(FERM BP-3853)(フランス特許出願公開第2,680,178号参照)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ12475(FERM BP-2922)(米国特許第5,272,067号参照)等であり、L−ロイシンの場合はエシェリヒア・コリAJ11478(FERM P-5274)(特公昭62-34397号参照)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ3718(FERM P-2516)(米国特許第3,970,519号参照)等であり、L−イソロイシンの場合はエシェリヒア・コリKX141(VKPM B-4781)(欧州特許出願公開第519,l13号参照)、ブレビバクテリウム・フラバムAJ12149(FERM BP-759)(米国特許第4,656,135号参照)等であり、L−バリンの場合はエシェリヒア・コリVL1970(VKPM B-4411))(欧州特許出願公開第519,l13号参照)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ12341(FERM BP-1763)(米国特許第5,188,948号参照)等である。
【0022】
また、目的物質がL−フェニルアラニンの場合は、後述する実施例に記載のE. coli W3110(tyrA)にL−フェニルアラニンの生産に関与する遺伝子を組み込んだプラスミドpMGAL1を導入した株も、好適に使用することができる。
【0023】
また、L−アミノ酸生産菌又はその育種に用いられる微生物、及びL−アミノ酸生産能の付与及び増強の方法については、WO2007/125954等に詳述されており、本発明にも適用することができる。
また、本発明は、上記のようなL−アミノ酸に限られず、微生物を用いた発酵法により製造可能な物質であれば、適用することができる。
【0024】
さらに、本発明に用いる微生物は、目的物質に応じて、当該目的物質の産生に関与するタンパク質の活性が高められていてもよく、当該目的物質の分解等に関与するタンパク質の活性が低下させられていてもよい。
【0025】
次に、微生物にイソマルターゼ活性を付与するか、又は微生物のイソマルターゼ活性を増大させる方法を説明する。
【0026】
微生物が、元来イソマルターゼ活性を有していない場合は、イソマルターゼ遺伝子を同微生物に導入することによってイソマルターゼ活性を付与することができる。また、微生物がイソマルターゼ活性を有している場合は、外来イソマルターゼ遺伝子を導入するか、内因性のイソマルターゼ遺伝子のコピー数を増大させるか、又はイソマルターゼ遺伝子のプロモーター等の発現制御配列を改変するなどして、同遺伝子の発現量を増大させることによって、イソマルターゼ活性を増大させることができる。
【0027】
イソマルターゼ遺伝子を導入するには、例えば、イソマルターゼ遺伝子を適当なベクター上にクローニングし、得られたベクターを用いて宿主微生物を形質転換する。
形質転換に用いるベクターとしては、使用する微生物で自律複製可能なプラスミドが挙げられる。例えば、腸内細菌群に属する微生物の中で自律複製可能なプラスミドとして、pUC19、pUC18、pBR322、RSF1010、pHSG299、pHSG298、pHSG399、pHSG398、pSTV28、pSTV29(pHSG、pSTVはタカラバイオ社より入手可能)、pMW119、pMW118、pMW219、pMW218(pMWはニッポンジーン社より入手可能)等が挙げられる。また、コリネ型細菌用のプラスミドとしては、pAM330(特開昭58-67699号公報)、pHM1519(特開昭58-77895号公報)、pSFK6 (特開2000-262288号公報参照)、pVK7(米国特許出願公開明細書2003-0175912)、pAJ655、pAJ611、pAJ1844(特開昭58-192900号公報)、pCG1(特開昭57-134500号公報)、pCG2(特開昭58-35197号公報)、pCG4、pCG11(特開昭57-183799号公報)、pHK4(特開平5-7491号公報)などが挙げられる。
【0028】
形質転換法としては、例えば、エシェリヒア・コリ K-12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel, M. and Higa, A.,J. Mol. Biol. 1970, 53, 159-162)、バチルス・ズブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法(Duncan, C. H., Wilson, G. A. and Young, F. E.., 1997. Gene 1: 153-167)などが挙げられる。あるいは、バチルス・ズブチリス、放線菌類及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラストまたはスフェロプラストの状態にして組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang, S.and Choen, S.N., 1979. Mol. Gen. Genet. 168: 111-115; Bibb, M. J., Ward, J. M. and Hopwood, O. A. 1978.
Nature 274: 398-400; Hinnen, A., Hicks, J. B. and Fink, G. R. 1978. Proc. Natl.
Acad. Sci. USA 75: 1929-1933)も応用できる。また、電気パルス法(特開平2-207791号公報)によっても、微生物の形質転換を行うこともできる。
【0029】
イソマルターゼ遺伝子のコピー数を高めることは、イソマルターゼ遺伝子を微生物の染色体DNA上に多コピー導入することによって達成できる。微生物の染色体DNA上に遺伝子を多コピーで導入するには、染色体DNA上に多コピー存在する配列を標的に利用して、相同組換え法(MillerI, J. H. Experiments in Molecular Genetics, 1972, Cold Spring Harbor Laboratory)により行うことができる。染色体DNA上に多コピー存在する配列としては、レペティティブDNA、転移因子の端部に存在するインバーテッド・リピートが利用で
きる。あるいは、特開平2-109985号公報に開示されているように、目的遺伝子をトランスポゾンに搭載してこれを転移させて染色体DNA上に多コピー導入することも可能である。さらに、Muファージを用いる方法(特開平2-109985号)で宿主染色体に目的遺伝子を組み込むこともできる。染色体上に目的遺伝子が転移したことの確認は、その遺伝子の一部をプローブとして、サザンハイブリダイゼーションを行うことによって確認出来る。
【0030】
コピー数は、目的遺伝子の産物の活性を増強できればいずれでもよいが、2コピー以上であることが望ましい。
【0031】
イソマルターゼ遺伝子の発現量を増大させる方法としては、染色体DNA上またはプラスミド上において、イソマルターゼ遺伝子のプロモーター等の発現調節配列を適切な強さのものに置換することによって同遺伝子の発現を増強させる方法が挙げられる。例えば、thrプロモーター、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、pLプロモーター、tacプロモーター等がよく用いられるプロモーターとして知られている。プロモーターの強度の評価法および強力なプロモーターの例は、GoldsteinとDoiの論文(Goldstein, M. A. and Doi R. H.1995. Prokaryotic promoters in biotechnology. Biotechnol. Annu. Rev., 1, 105-128)等に記載されている。
【0032】
また、国際公開WO00/18935に開示されているように、遺伝子のプロモーター領域に数塩基の塩基置換を導入し、適切な強度のものに改変することも可能である。発現調節配列の置換は、例えば、温度感受性プラスミドを用いた遺伝子置換と同様にして行うことができる。エシェリヒア・コリや、パントエア・アナナティスに用いることが出来る、温度感受性複製起点を有するベクターとしては、例えばWO 99/03988号国際公開パンフレットに記載の温度感受性プラスミドpMAN997やその誘導体等が挙げられる。また、λファージのレッド・リコンビナーゼ(Red recombinase)を利用した「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A. and Wanner, B. L., 2000. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 97: 6640-6645)や、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F.
J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組合わせた方法(WO2005/010175号参照)等の直鎖状DNAを用いる方法によっても、発現調節配列の置換を行うことができる。なお、発現調節配列の改変は、上述したような遺伝子のコピー数を高める方法と組み合わせてもよい。
【0033】
さらに、リボソーム結合部位(RBS)と開始コドンとの間のスペーサ、特に開始コドンのすぐ上流の配列における数個のヌクレオチドの置換がmRNAの翻訳効率に非常に影響を及ぼすことが知られており、これらを改変することによって、翻訳量を向上させることが可能である。
【0034】
上記増幅プラスミドまたは染色体上に目的遺伝子を導入する場合、これらの遺伝子を発現させるためのプロモーターは使用する微生物において機能するものであればいかなるプロモーターであっても良く、用いる遺伝子自身のプロモーターであってもよいし、改変したものでもよい。使用する微生物で強力に機能するプロモーターを適宜選択することや、プロモーターの−35、−10領域をコンセンサス配列に近づけることによっても遺伝子の発現量の調節が可能である。
【0035】
イソマルターゼとしては、細胞内、すなわち細胞質中に存在するイソマルターゼと、細胞壁又はペリプラズムなどの細胞表層や細胞外に存在するイソマルターゼがある。本発明においては、この細胞内に存在するイソマルターゼを「細胞内イソマルターゼ」といい、細胞内マルターゼの活性を「細胞内の活性」という。また、細胞壁又はペリプラズムなどの細胞表層や細胞外に存在するイソマルターゼを総称的に「細胞外イソマルターゼ」とい
い、細胞外マルターゼの活性を「細胞外の活性」という。細胞外イソマルターゼは、典型的には細胞表層に存在する。さらに、「細胞外イソマルターゼを発現する」とは、細胞外イソマルターゼ遺伝子の情報に基づいて生成した細胞外イソマルターゼを、細胞表層又は細胞外に存在させることを意味する。
【0036】
細胞外イソマルターゼ活性を付与又は増強することにより、微生物にイソマルトース資化能を付与するか、又はイソマルトース資化能を上昇させることができる。また、微生物がイソマルトースの細胞内への取込み活性を保持している場合は、活性を付与又は増強するのは細胞内イソマルターゼであっても、又は細胞外イソマルトースであってもよい。さらに、微生物がイソマルトースの細胞内への取込み活性及び細胞内イソマルトース活性をを保持している場合は、イソマルトースの細胞内への取込み活性を増強することによっても、イソマルトースの資化能を上昇させることができる。一方、活性を付与するのが細胞内イソマルターゼであって、微生物がイソマルトースの細胞内への取込み活性を保持していない場合は、細胞内イソマルターゼとイソマルトースの細胞内への取込み活性の両方を付与する。
【0037】
イソマルターゼ遺伝子としては、バチルス属細菌のイソマルターゼ遺伝子が挙げられ、より具体的には、例えばバチルス・サチリスのmalL遺伝子が挙げられる。malL遺伝子の塩基配列を配列番号13に、同遺伝子がコードするイソマルターゼのアミノ酸配列を配列番号14に示す。この遺伝子を微生物で発現させれば、細胞内イソマルターゼが産生する。
【0038】
他の微生物に由来するイソマルターゼ遺伝子、例えばmalL遺伝子ホモログも、上記の配列情報、又は、その微生物において公知の遺伝子又はタンパク質の配列情報に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとするPCR法、又は、前記配列情報に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプローブとするハイブリダイゼーション法によって、微生物の染色体DNA又は染色体DNAライブラリーから、取得することができる。なお、染色体DNAは、DNA供与体である微生物から、例えば、斎藤、三浦の方法(Saito, H. and Miura, K.
I. 1963. Biochem. Biophys. Acta, 72, 619-629; 生物工学実験書、日本生物工学会編、97〜98頁、培風館、1992年参照)等により調製することができる。
【0039】
malL遺伝子ホモログとは、他の微生物由来または天然もしくは人工の変異型遺伝子で、上記のmalL遺伝子と構造が高い類似性を示し、イソマルターゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を意味する。malL遺伝子のホモログは、配列番号14のアミノ酸配列全体に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の相同性を有し、かつ、イソマルターゼ活性を有するタンパク質をコードするものを意味する。なお、イソマルターゼ活性を有することは、これらの遺伝子を宿主細胞で発現させ、イソマルターゼ活性を調べることによって確認することができる。
【0040】
また、本発明に用いるmalL遺伝子は、野生型遺伝子には限られず、コードされるタンパク質のイソマルターゼ活性が損なわれない限り、配列番号14のアミノ酸配列において、1若しくは複数の位置での1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加等を含む配列を有するタンパク質をコードする、変異体又は人為的な改変体であってもよい。
【0041】
ここで、「数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、具体的には2〜20個、好ましくは2〜10個、より好ましくは2〜5個を意味する。上記置換は保存的置換が好ましく、保存的変異とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。
保存的置換としては、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、または逆位等には、イソマルターゼ遺伝子を保持する微生物の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。
【0042】
またmalL遺伝子は、配列番号13の塩基配列の相補配列又は該配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、イソマルターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。ここで、「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、具体的には、通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC,0.1%SDS、好ましくは、60℃、0.1×SSC、0.1%SDSさらに好ましくは、68℃、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度、温度で、1回より好ましくは2〜3回洗浄する条件が挙げられる。
【0043】
また、細胞外イソマルターゼ遺伝子は、上記のようなイソマルターゼ遺伝子のコード領域に、タンパク質を細胞表層又は細胞外に分泌させるシグナルペプチドをコードする配列を連結して、イソマルターゼとシグルナルペプチドとの融合タンパク質を発現させるように改変することによって、取得することができる。例えば、プロモーター配列及びシグナルペプチドをコードする配列を有し、その下流に挿入したDNA配列がコードするタンパク質を分泌可能な形態で発現する、いわゆる分泌ベクターを用いることによって、細胞外イソマルターゼ遺伝子を構築することができる。このような分泌ベクターとしては、実施例に記載したpEZZ18等が挙げられる。また、本発明に使用できるシグナルペプチドとしては、実施例に記載したスタフィロコッカス・アウレウス由来のプロテインA等が挙げられる。
【0044】
微生物にイソマルトースの細胞内への取込み活性を付与するか、又はイソマルトースの細胞内への取込み活性を増大させるには、例えば、イソマルトーストランスポーターをコードする遺伝子を微生物に導入すればよい。また、微生物が元来イソマルトーストランスポーター遺伝子を保持している場合は、内因性のイソマルターゼ遺伝子のコピー数を増大させるか、又はイソマルトーストランスポーター遺伝子のプロモーター等の発現制御配列を改変するなどして、同遺伝子の発現量を増大させることによって、イソマルトースの細胞内への取込み活性を増大させることができる。イソマルトーストランスポーター遺伝子の取得、同遺伝子の微生物への導入、及びイソマルトーストランスポーター遺伝子の発現増強は、前記のイソマルターゼ遺伝子と同様にして行うことができる。
【0045】
イソマルトーストランスポーター遺伝子としては、ストレプトコッカス・ミュータンスのマルチプルシュガーメタボリズムシステムに属するシュガートランスポーターMsmE、MsmF、MsmGをコードする各遺伝子、及び、サッカロマイセス・セレビシエのAGT1遺伝子が挙げられる。これらの遺伝子については、実施例に詳述する。
【0046】
前記MsmE、MsmF、MsmGのアミノ酸配列をそれぞれ配列番号16、18、20に、これらをコードする遺伝子の塩基配列をそれぞれ配列番号15、17、19に示す。AGT1遺伝子
の塩基配列及びそれによってコードされるアミノ酸配列を、それぞれ配列番号21及び22に示す。
【0047】
他の微生物に由来するイソマルトーストランスポーター遺伝子、例えば前記MsmE、MsmF、MsmGをコードする各遺伝子、及びAGT1遺伝子のホモログも、上記の配列情報、又は、その微生物において公知の遺伝子又はタンパク質の配列情報に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとするPCR法、又は、前記配列情報に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプローブとするハイブリダイゼーション法によって、微生物の染色体DNA又は染色体DNAライブラリーから、取得することができる。上記遺伝子ホモログについては、前記malL遺伝子ホモログに関する記載が適用される。
【0048】
尚、イソマルトースの細胞内への取込み活性を付与又は増強しても、微生物のグルコースの取り込みは実質的に影響されないと考えられる。
【0049】
本発明の微生物を培地中に培養することによって、微生物の目的物質生産能に対応した目的物質が培養物、すなわち微生物細胞内又は培地中に生成する。この目的物質を細胞又は培地から採取することによって、目的物質を製造することができる。
【0050】
使用する培地は、微生物を用いた目的物質の発酵生産において従来より用いられてきた培地を用いることができる。すなわち、炭素源、窒素源、無機イオン及び必要に応じその他の有機成分を含有する通常の培地を用いることができる。炭素源は、少なくともイソマルトースを含み、好ましくはイソマルトースとグルコースを含む。本発明の微生物は、好ましい形態においては、グルコースとイソマルトースを炭素源として含む培地において、2段階増殖いわゆるジオキシーは示さない。イソマルトース及びグルコースを含む炭素源としては、例えば、でんぷんの加水分解物又は酵素分解物が挙げられる。
【0051】
グルコース及びイソマルトース以外の炭素源としては、ラクトース、ガラクトースなどの糖類、グリセロールやソルビトールなどのアルコール類、フマール酸、クエン酸、コハク酸等の有機酸類等を用いることができる。
【0052】
イソマルトースは、炭素源全量に対して1〜50重量%、好ましくは1〜20重量%、より好ましくは1〜10重量%含まれることが好ましい。また、グルコースは炭素源全量に対して50〜99重量%、好ましくは80〜99重量%、より好ましくは90〜99重量%含まれることが好ましい。また、イソマルトースのグルコースに対する重量比は、1:1〜1:100、好ましくは1:5〜1:100、より好ましくは1:10〜1:100であることが好ましい。
【0053】
窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、アンモニア水等を用いることができる。
【0054】
有機微量栄養源としては、ビタミンB1、L−ホモセリン、L−チロシンなどの要求物質または酵母エキス等を適量含有させることが望ましい。これらの他に、必要に応じて、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、鉄イオン、マンガンイオン等が少量添加される。
【0055】
培養は、利用される微生物に応じて従来より用いられてきた周知の条件で行ってかまわない。例えば、好気的条件下で16〜120時間培養を実施するのがよく、培養温度は25℃〜45℃に、培養中pHは5〜8に制御する。尚、pH調整には無機あるいは有機の酸性あるいはアルカリ性物質、更にアンモニアガス等を使用することができる。
【0056】
目的物質がL−リジン等の塩基性アミノ酸の場合は、培養中のpHが6.5〜9.0、培養終了時の培地のpHが7.2〜9.0となるように制御し、発酵中の発酵槽内圧力が正となるように制御する、あるいは又は、炭酸ガスもしくは炭酸ガスを含む混合ガスを培地に供給して、培地中の重炭酸イオン及び/または炭酸イオンが少なくとも2g/L以上存在する培養期があるようにし、前期重炭酸イオン及び/または炭酸イオンを塩基性アミノ酸を主とするカチオンのカウンタイオンとする方法で発酵し、目的の塩基性アミノ酸を回収する方法で製造を行ってもよい(特開2002-065287号参照、米国特許出願公開第2002025564号)。
【0057】
培養終了後の培地液からの代謝産物の採取は、本願発明において特別な方法が必要とされることはない。すなわち、本発明は従来より周知となっているイオン交換樹脂法、沈澱法その他の方法を組み合わせることにより実施できる。
【0058】
また、目的物質がL−フェニルアラニンの場合、本発明の方法により製造されたL−フェニルアラニンは、例えば、α−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンの低級アルキルエステル(「アスパルテーム」とも呼ばれる)の製造に使用することができる。上記の本発明の方法によって分離されたL−フェニルアラニン結晶を溶解し、得られたL−フェニルアラニンと、アスパラギン酸又はその誘導体とからα−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンの低級アルキルエステルを製造することができる。低級アルキルエステルとしては、メチルエステル、エチルエステル及びプロピルエステル等が挙げられる。
【0059】
L−フェニルアラニン、及びアスパラギン酸又はその誘導体からα−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンの低級アルキルエステルを合成する方法は、α−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンの低級アルキルエステルの合成にL−フェニルアラニン又はその誘導体が用いられる限り特に制限されない。具体的には、例えば、α−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンの低級アルキルエステルは、以下の方法により製造することができる(米国特許第3,786,039号)。L−フェニルアラニンをL−フェニルアラニンの低級アルキルエステルにエステル化する。このL−フェニルアラニンアルキルエステルを、β−カルボキシル基が保護され、α−カルボキシル基がエステル化されて活性化されたL−アスパラギン酸の誘導体と反応させる。前記誘導体としては、N−ホルミル−、N−カルボベンゾキシ−、又はN−p−メトキシカルボベンゾキシ−L−アスパラギン酸無水物のようなN−アシル−L−アスパラギン酸無水物が挙げられる。この縮合反応により、N−アシル−α−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンと、N−アシル−β−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンの混合物が得られる。この縮合反応を、37℃における酸解離定数が10−4以下の有機酸の存在下で行うと、β−体に対するα−体の割合が上昇する(特開昭51-113841)。続いて、N−アシル−α−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンを混合物から分離し、水素化してα−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンを得る。
【0060】
また、L−フェニルアラニンとL−アスパラギン酸−α,β−ジエステルから、L−フェニルアラニンが、L−アスパラギン酸−α,β−ジエステルのβ−エステル部位には求核攻撃せず、α−エステル部位を求核攻撃する反応を触媒する能力を有する酵素または酵素含有物を用いてα−L−アスパルチル−L−フェニルアラニン−β−エステルを生成させ、得られたα−L−アスパルチル−L−フェニルアラニン−β−エステルからα−L−アスパルチル−L−フェニルアラニン−α−エステルを生成させることにより、簡便かつ高収率でα−L−アスパルチル−L−フェニルアラニン−α−エステルを製造することができる(WO2004/065610)。
【0061】
さらに、スフィンゴバクテリアム由来のペプチド合成酵素の変異体を用いて、ジペプチ
ドを合成する技術が開示されており、この技術を利用してα−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンを製造することができる(WO2006/075486)。
【実施例】
【0062】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。以下の実施例において、試薬は特に指定しない限り和光純薬、またはナカライデスク社製のものを用いた。各実施例で用いる培地の組成は以下に示すとおりである。
【0063】
〔L培地〕
バクトトリフトン(ディフコ社製)10g/L、酵母エキス(ディフコ社製)5g/L、NaCl 5g/L。120℃、20分間の蒸気滅菌を行った。
【0064】
〔L寒天培地〕
L培地、バクトアガー(ディフコ社製)15g/L。120℃、20分間の蒸気滅菌を行った。
【0065】
〔アミノ酸生産培地〕
(NH4)2SO4 20g/L、KH2PO4 1g/L、MgSO4・7H2O 1g/L、FeSO4・7H2O 10mg/L、MnSO4・5H2O 10mg/L、酵母エキス(ベクトン・ディッキンソン社製)2g/L、糖(グルコース、イソマルトースまたはそれらを適当な割合で混ぜた混合物)40g/L、L−チロシン100mg/L、CaCO3(日本薬局方)30g/L、ストレプトマイシン50mg/L、またはアンピシリン50mg/L。糖、MgSO4・7H2O、CaCO3、構成物質は別殺菌。それ以外のものを混合し、KOHにてpHを7.0に調整。115℃、10分間オートクレーフ゛。CaCO3は180℃、2日間乾熱滅菌。ストレプトマイシンは濾過滅菌。アンピシリンは70%エタノールに溶解。
【0066】
〔PCR反応〕
使用した酵素は宝酒造(株)製のPyrobest DNA polymeraseで、PCR反応は同酵素に添付のプロトコールに従い、反応終了後残存プライマーを除去する目的でゲル濾過を行った。用いたカラムはAmersham Pharmacia Biotech 社製のMicrospinTM S-400HR Columnsであり、方法はカラムに添付のプロトコールに従った。
【0067】
〔ライゲーション反応〕
宝酒造(株)のLigation kit ver.2を用い、方法は同キットに添付のプロトコールに従った。
【0068】
〔E.coliの形質転換〕
ライゲーション反応液あるいはプラスミドDNA用いてHanahanらの方法(Hanahan, D. 1983. Studies on transformation of Escherichia coli with plasmids. J. Mol. Biol., 166, 557-580)にてE. coliを形質転換した。
【0069】
〔実施例1〕イソマルトース菌体外発現株によるアミノ酸の生産
<1>malL遺伝子のクローニング
Bacillus subtilis Marburg 168株(BGSC1A1株、Bacillus Genetic Stock Centerより入手)のコロニーをL培地5mlに植菌し、一夜振盪培養した培養液よりPromega社のWizard Genomic DNA Purification kit を使用して染色体DNAを調製した。この染色体DNAを鋳型としてPCR反応を実施した。以下に使用した2つのプライマーの配列を示す。
【0070】
〔Primer-1〕
5’-GAGAATTCAATGAGTGAATGGTGGAAAGAAGCTGTCG-3’(配列番号1)
〔Primer-2〕
5’-CGAGAAAATGATATTCTGCAGTATCTGTTATCACTCCGTC-3’(配列番号2)
配列番号1の塩基番号3〜8はEcoRI部位、配列番号2の塩基番号16〜21はPstI部位である。
【0071】
得られたPCR産物を制限酵素EcoRI とPstIで処理し、同様に制限酵素処理した分泌ベクターpEZZ18(Amersham Pharmacia Biotech)と連結(ライゲーション)した。前記pEZZ18は、pBR322とf1ファージの複製開始起点を有し、lacZαの上流にマルチクローニングサイト、さらにその上流に、分泌に必要なスタフィロコッカス・アウレウス(Staphylococcus
aureus)由来のプロテインA(Protein A)のシグナル配列と2箇所のIgG結合領域(ZZ領域)が存在する。ZZ領域下流に挿入された遺伝子は、シグナル配列、ZZ領域との融合タンパク質とを発現し、該融合タンパク質はE. coli菌体外に分泌された後、ZZ領域を利用したアフィニティクロマトグラフィーで容易に精製できる。前記PCR産物は、malL遺伝子がコードするイソマルトース分解酵素が、Protein Aのシグナル配列とその下流にあるIgG結合領域(Z領域)と融合タンパク質を形成するように、pEZZ18に連結した。
【0072】
ライゲーション反応液を用いてE. coli JM109を形質転換した。50μg/mlのアンピシリンと0.2mMのIPTG(Isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside)と40μg/mlのX-gal(5-Bromo-4-chloro-3-indolyl-β-D-galactoside)を含むL寒天培地上で形質転換体を選択した。形質転換体よりプラスミドを抽出し、目的の断片が挿入されていることを確認した。このプラスミドをpEZZmalLと命名した。
【0073】
<2>ベクタープラスミドpRSの構築
プラスミドpVIC40(WO90/04636)を鋳型DNAとして、以下に示す2つのオリゴヌクレオチドをプライマーとして、PCR反応を実施した。
【0074】
pVIC40は、ストレプトマイシン耐性遺伝子を有するRSF1010由来ベクターに、変異thrA遺伝子を含むthrA*BCオペロンを挿入したプラスミドであり、同プラスミドを保持するエシェリヒア・コリVKPM B-3996株から調製することができる。B-3996株は、1987年4月7日、ルシアン・ナショナル・コレクション・オブ・インダストリアル・マイクロオルガニズムズ(VKPM) (1 Dorozhny proezd., 1 Moscow 117545, Russia) に、受託番号B-3996で寄託されている。
【0075】
〔Primer-3〕
5’-GCGCGAATTCCAACGGGCAATATGTCTCTG-3’(配列番号3)
〔Primer-4〕
5’-GCGCCAATTGGATGTACCGCCGAACTTCAA-3’(配列番号4)
【0076】
得られたPCR産物を制限酵素EcoRIとMunIで処理した。一方、pVIC40を制限酵素EcoRIにて消化し、消化DNA断片から最長のものを選択し、上記のPCR断片と連結した。ライゲーション反応液を用いてE. coli JM109を形質転換した。50μg/mlのストレプトマイシンを含むL寒天培地上で形質転換体を取得した。形質転換株から調製したプラスミドを鋳型として、上記Primer-3、下記Primer-5でPCR反応を行い、約270bpのバンドが検出されたものを選択し、このプラスミドをpRSと命名した。pRSは、pVIC40からthrABCオペロンが除去された構造を有している。
【0077】
〔Primer-5〕
5’-CAGTTTTCTGATGAAGCGCG-3’(配列番号5)
【0078】
<3>lacZα遺伝子を含むプラスミドpRSLの構築
pSTV29(宝酒造(株))を鋳型として、以下に示す2つのオリゴヌクレオチドをプライマーとして、PCR反応を実施した。pSTV29は、lacZ遺伝子を含む低コピー数のプラスミドで
ある。
【0079】
〔Primer-6〕
5’-CCAATACGCAAACCGCCTCTCC-3’(配列番号6)
〔Primer-7〕
5’-CAAATGTAGCACCTGAAG-3’(配列番号7)
【0080】
得られたlacZα断片を、pRSを制限酵素PstIで消化し平滑末端化した断片と連結した。ライゲーション反応液を用いてE. coli JM109を形質転換した。50μg/mlのストレプトマシンと0.2mMのIPTG(Isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside)と40μg/mlのX-gal(5-Bromo-4-chloro-3-indolyl-β-D-galactoside)を含むL寒天培地上で形質転換体を選択した。形質転換体よりプラスミドを抽出し、目的の断片が挿入されていることを確認した。このプラスミドをpRSLと命名した。
【0081】
<4>pRSLへのmalL遺伝子の挿入
pEZZmalLを鋳型DNAとし、下記のプライマーを用いてProtein Aのシグナル配列を有するmalL遺伝子断片をPCR法により増幅した。
【0082】
〔Primer-8〕
5’-CATTAGGCACCCCAAGCTTTACACTTTATGCTTCC-3’(配列番号8)
〔Primer-9〕
5’-GACGGCCAGTGCCAAGCTTGCATGCCTGCAGG-3’(配列番号9)
配列番号8、9の塩基番号14〜19は、HindIII部位である。
【0083】
得られたPCR産物を制限酵素HindIIIで処理し、同様にHindIII処理したベクターpRSLと連結した。ライゲーション反応液を用いてE. coli JM109を形質転換した。50μg/mlのストレプトマイシン(Sm)と0.2mMのIPTG(Isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside)と40μg/mlのX-gal(5-Bromo-4-chloro-3-indoyl-β-D-galactoside)を含むL寒天培地上で形質転換体を選択した。形質転換体よりプラスミドを抽出し、目的の断片が挿入されていることを確認した。このプラスミドをpRSLmalLと命名した。
【0084】
<5>アミノ酸生産培養評価
アミノ酸生産菌にpRSLmalLを導入し、イソマルトース資化性、及びアミノ酸生産性を調べた。
【0085】
L−フェニルアラニン生産菌として、E. coli W3110 (tyrA)(欧州特許公開第488424号公報を参照)にプラスミドpMW118又はpMGAL1(特開平5-344881)を導入した株を用いた。また、L−リジン生産菌として、E. coli WC196LC(WO96/17930)を用いた。これらの菌株を、pRSLmalLで形質転換した。
【0086】
前記W3110(tyrA)株は、エシェリヒア・コリW3110 (tyrA)/pHATermからプラスミドpHATermを脱落させることにより得られる。W3110 (tyrA)/pHATerm株は、AJ12662株と命名され、1991年11月16日に通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(現 独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター、〒305-8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に国際寄託されており、受託番号FERM BP-3653が付与されている(WO01/053459)。
【0087】
また、pMGAL1は、フィードバック阻害が解除されたエシェリヒア属由来の3−デオキシ−D−アラビノヘプツロン酸−7−リン酸シンターゼをコードする遺伝子、及びフィードバック阻害が解除されたエシェリヒア属由来のコリスミン酸ムターゼ−プレフェン酸デヒ
ドラターゼを有している(特開平5-344881号)。
【0088】
前記WC196LC株は、L−リジン生産能を有するエシェリヒア・コリW196株のリジンデカルボキシラーゼをコードするldc遺伝子及びcadA遺伝子を破壊することにより得られた株である。WC196株は、エシェリヒア・コリK-12由来のW3110株にAEC耐性を付与することによって育種されたものである。同株は、エシェリヒア・コリAJ13069株と命名され、平成6年12月6日付で通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(現 独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター、〒305-8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に受託番号FERM P-14690として寄託され、平成7年9月29日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-5252が付与されている(WO96/17930)。
【0089】
得られた各形質転換体を抗生物質(pRSL又はpRSLmalL保持株は50μg/mlのストレプトマイシン、pMW118又はpMGAL1保持株は50μg/mlのアンピシリン)を含むL培地5mlに植菌し、37℃にて一夜振盪培養した後、培養液50μlを上記と同じL寒天培地に塗布し37℃にて一夜培養した。グルコースとイソマルトースの混合物を炭素源としたアミノ酸生産培地を500ml容の坂口フラスコに20ml張り込み、先の寒天培地に生育した菌体を1/8プレート分かきとり、前記坂口フラスコに植菌した。初発のグルコース、イソマルトース濃度は、各々36g/L、6.6g/Lであった。24時間培養後、各アミノ酸濃度と残存するグルコースおよびイソマルトースを定量した。対照としては、E. coli W3110 (tyrA)/pMW118もしくはW3110 (tyrA)/pMGAL1、またはWC196LCに、pRSLを導入した形質転換体を用いた。結果を表1に示す。
【0090】
【表1】

【0091】
E. coli W3110 (tyrA)/pMW118もしくはW3110 (tyrA)/pMGAL1へベクターpRSLを導入した場合には、イソマルトースを資化していないのに対して、pRSLmalLを導入した場合には同様の培養時間でイソマルトースを資化していた。同様に、E. coli WC196LCへpRSLを導入した場合には、イソマルトースを資化していないのに対して、pRSLmalLを導入した場合には同様の培養時間でイソマルトースをほとんど資化していた。pRSLmalLを導入した株ではさらに培養を42時間まで延長するとイソマルトースを完全に消費していることがわかっている。以上のことより、malL遺伝子の導入によりイソマルトースを資化していることが判明した。
また、いずれの菌株も、malL遺伝子の導入により、L−フェニルアラニン又はL−リジンの生産量が増加した。
【0092】
〔実施例2〕菌体内イソマルターゼ、及びイソマルトーストランスポーターを発現する菌株の構築
<1>malL遺伝子菌体内発現用プラスミドの構築
イソマルトース加水分解酵素(イソマルターゼ)をエシェリヒア・コリMG1655株内で発現させるため、バチルス・サチルス由来のmalL遺伝子発現プラスミドを構築する。
【0093】
<1−1>lacZ遺伝子を含むプラスミドpRSL12の構築
pHSG399(宝酒造(株)製)を鋳型として、以下に示す2つのオリゴヌクレオチドをプライマーとして、PCR反応を実施する。
【0094】
〔Primer-6〕
5’-CCAATACGCAAACCGCCTCTCC-3’(配列番号6)
〔Primer-10〕
5’-AGTCAGTGAGCGAGGAAG-3’(配列番号10)
【0095】
得られる断片を、予め制限酵素PstIで消化し平滑末端化したpRS断片にライゲーションする。ライゲーション反応液を用いてE. coli JM109を形質転換する。50μg/mlのストレプトマシンと0.2mMのIPTG(Isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside)と40μg/mlのX-gal(5-Bromo-4-chloro-3-indolyl-β-D-galactoside)を含むL寒天培地上で形質転換体を選択する。形質転換体よりプラスミドを抽出し、目的の断片が挿入されていることを確認する。このプラスミドをpRSL12と命名する。
【0096】
<1−2>malL遺伝子を菌体内で発現するプラスミドpRSL12malL(self)の構築
Bacillus subtilis Marburg168株(BGSC1A1株、Bacillus Genetic Stock Centerより入手)のコロニーをL培地5mlに植菌し、一夜振盪培養した培養液よりPromega社のWizard Genomic DNA Purification kitを使用して染色体DNAを調製する。この染色体DNAを鋳型として、以下に示す2つのオリゴヌクレオチドをプライマーとして、PCR反応を実施し、malL遺伝子自身のプロモーター領域を含むmalL遺伝子断片をPCR法により増幅する。
【0097】
〔Primer-11〕
5’-GGCTGGCAATCGTTCAAAGCTTTGCAGGCATGCGC-3’(配列番号11)
〔Primer-12〕
5’-CGAGAAAATGATATTCTGCAGTATCTGTTATCACTCCGTC-3’(配列番号12)
【0098】
得られるPCR産物を制限酵素HindIIIとPstIで処理し、同様に制限酵素処理したベクターpRSL12と連結する。ライゲーション反応液を用いてE. coli JM 109を形質転換する。50μg/mlのストレプトマイシン(Sm)と0.2mMのIPTG(Isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside)と40μg/mlのX-gal(5-Bromo-4 -chloro-3-indoyl-β-D-galactoside)を含むL寒天培地上で形質転換体を選択する。形質転換体よりプラスミドを抽出し、目的の断片が挿入されていることを確認する。このプラスミドをpRSL12malL(self)と命名する。
【0099】
<2>ストレプトコッカス・ミュータンス由来イソマルトーストランスポーター発現プラスミドの構築
ストレプトコッカス・ミュータンスはマルチプルシュガーメタボリズムシステムと呼ばれる、メリビオース、イソマルトース、ラフィノース等様々な糖の資化に関与する蛋白群をコードする遺伝子群を持つ(Tao, L., et al., INFECTION AND IMMUNITY. 1993, 61, 1121.)。マルチプルシュガーメタボリズムシステムはmsmR(アクチベイター)、aga(α−ガラクトシダーゼ)、msmE(糖結合蛋白質)、msmF(膜蛋白質)、msmG(膜蛋白質)、gtfA(シュクロースフォスフォリレース)、msmK(ATP結合蛋白質)、dexB(デキストラングルコシダーゼ)の一連の遺伝子からなるオペロンによってコードされている。
【0100】
イソマルトースをエシェリヒア・コリ菌体内に取り込ませるため、マルチプルシュガーメタボリズムシステムのシュガートランスポーターMsmE、MsmF、MsmGを発現するプラスミドを作製する。論文(Russell, R.R.B., et al., The Journal of Biological Chemistry. 1992, 7, 4631.)に記載されたストレプトコッカス・ミュータンスのマルチプルシュ
ガーメタボリズムシステムの配列情報を基に、MsmE、MsmF、MsmGをコードする領域を染色体DNAから増幅するプライマーを設計する。設計したプライマーを用いてストレプトコッカス・ミュータンスより抽出した染色体DNAを鋳型にPCR反応を行う。
【0101】
染色体DNAはBacterial Genomic DNA purification kit (Edge Bio System社製)を用いて取得することができる。PCR反応にはpyrobest DNA polymerase(タカラバイオ社製)を用い、96℃ 20秒、65℃ 20秒、72℃ 3分の反応を25サイクル行う。PCR産物は末端を平滑化し、更にリン酸化する。得られたDNA断片を、制限酵素SmaIで消化し、アルカリフォスファターゼ処理したプラスミドベクターpMW119(ニッポンジーン社製)またはpTWV229(タカラバイオ社製)にライゲーションすることで、イソマルトーストランスポーターを発現するプラスミドpMW119-Smsm及びpTWV229-Smsmを構築する。
【0102】
<3>サッカロマイセス・セレビシエ由来イソマルトーストランスポーター発現プラスミドの構築
サッカロマイセス・セレビシエのAGT1遺伝子はマルトース、イソマルトース、マルトトリロース等の様々なα-グルコシドを菌体内に輸送するAgt1p蛋白質をコードしている(Han, E.K., et al., Molecular Microbiology. 1995, 17, 1093.)。イソマルトースをエシェリヒア・コリ菌体内に取り込ませるため、AGT1遺伝子を発現するプラスミドを構築する。サッカロマイセス・セレビシエのAGT1遺伝子の配列情報(GenBank/L47346)を基に、AGT1遺伝子を染色体DNAから増幅するプライマーを設計する。これらのプライマーを用いてサッカロマイセス・セレビシエの染色体DNAを鋳型にPCRを行う。染色体DNAはBacterial Genomic DNA purification kit (Edge Bio System社製)を用いて取得することができる。PCRはpyrobest DNA polymerase(タカラバイオ社製)を用い、96℃ 20秒、65℃ 20秒、72℃ 2分の反応を25サイクル行う。PCR産物は末端を平滑化し、更に末端をリン酸化する。このDNAを、制限酵素SmaIで消化し、アルカリフォスファターゼ処理したベクターpMW119(ニッポンジーン社製)またはpTWV229(タカラバイオ社製)にライゲーションすることで、Agt1pを発現するプラスミドpMW119-AGT1及びpTWV229-AGT1を構築する。
【0103】
<4>エシェリヒア・コリK12株MG1655へのイソマルトース資化能の付与
イソマルターゼを細胞内にて発現させる場合には、イソマルトース資化にはイソマルターゼの他にイソマルトーストランスポーターが必要である。従って、上記pRSL12malL(self)と、pMW119-SmsmまたはpTWV229-Smsmをエシェリヒア・コリK12株MG1655に同時に保持させることで、イソマルトースを資化する菌株を作製できる。同様に、上記pRSL12malL(self)と、pMW119-AGT1またはpTWV229-AGT1をエシェリヒア・コリK12株MG1655に同時に保持させることによっても、イソマルトースを資化する菌株を作製できる。
【0104】
エシェリヒア・コリK12株MG1655のコンピテントセルを作製し、pRSL12malL(self)とpMW119-SmsmまたはpTWV229-Smsmを形質転換する。同様に、K12株MG1655を、pRSL12malL(self)とpMW119-AGT1またはpTWV229-AGT1を形質転換する。形質転換株を、抗生物質ストレプトマイシンを50μg/mlとアンピシリンを100μg/mlを含むL寒天培地上で培養し、形質転換体を選択する。得られた形質転換体はイソマルトーゼとイソマルトーストランスポーターを発現し、イソマルトース資化能を有する。
【0105】
上記のようにして得られたイソマルトース資化性を有する株に、アミノ酸等の目的物質生産能を付与することによって、イソマルトースを含む原料から目的物質を生産する菌株が得られる。また、目的物質生産能を有する菌株に、上記と同様にしてイソマルトース資化能を付与することによっても、イソマルトースを含む原料から目的物質を生産する菌株が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物を培地中に培養し、該培地中に目的物質を生成蓄積させ、該培養物から目的物質を採取する、微生物を利用した目的物質の製造法において、
前記微生物は、イソマルターゼ活性が付与されたか、又は、イソマルターゼ活性が増大するように改変されたことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記イソマルターゼ活性は、細胞外の活性であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記イソマルターゼ活性は、細胞内の活性であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記微生物は、さらにイソマルトースの細胞内への取込み活性が付与されたか、同活性が増大するように改変されたことを特徴とする、請求項1又は3に記載の方法。
【請求項5】
前記微生物は、イソマルターゼ活性を保持しない微生物を、細胞外イソマルターゼを発現するように改変することにより得られたものであることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
前記微生物は、イソマルターゼ活性及びイソマルトースの細胞内への取込み活性を保持しない微生物を、細胞内イソマルターゼ、及びイソマルトーストランスポーターを発現するように改変することにより得られたものであることを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項7】
前記微生物が、バチルス属細菌のイソマルターゼ遺伝子で形質転換されたことを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記微生物が、バチルス属細菌のイソマルターゼをコードするDNAと分泌シグナル配列をコードするDNAとの融合遺伝子で形質転換されたことを特徴とする請求項1、2、又は5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記イソマルターゼが、下記(A)又は(B)に示すタンパク質である、請求項7又は8に記載の方法:
(A)配列番号14に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、
(B)配列番号14において1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、イソマルターゼ活性を有するタンパク質。
【請求項10】
前記イソマルターゼが、下記(a)又は(b)のDNAでコードされる、請求項7〜9のいずれか一項に記載の方法:
(a)配列番号13に示す塩基配列を有するDNA、
(b)配列番号13に示す塩基配列に相補的な配列、又は同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、イソマルターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項11】
前記微生物が腸内細菌である請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記微生物がエシェリヒア属細菌である請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記エシェリヒア属細菌がエシェリヒア・コリである請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記目的物質がL−アミノ酸である請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記目的物質がL−リジン、L−スレオニン、及びL−フェニルアラニンから選ばれる請求項14に記載の方法。
【請求項16】
細胞外イソマルターゼをコードする遺伝子で形質転換されたエシェリヒア属細菌。
【請求項17】
前記遺伝子が、バチルス属細菌のイソマルターゼ遺伝子と、分泌シグナル配列をコードするDNAとの融合遺伝子である、請求項16に記載のエシェリヒア属細菌。
【請求項18】
エシェリヒア・コリである請求項16又は17に記載のエシェリヒア属細菌。

【公開番号】特開2011−67095(P2011−67095A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−3556(P2008−3556)
【出願日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】