説明

発酵食品

発芽玄米、又は発芽玄米と大豆をテンペ菌で発酵させることにより得られる新たな発酵食品を提供する。この発酵食品は、既存のテンペ(大豆テンペ)と同様に、強い臭いや粘りがなく、薄くスライスしても形が崩れないといった性質を持ち、これらの性質に加え、既存のテンペにはない栄養成分や風味を持つため、新規な食品として非常に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発芽玄米、又は発芽玄米と大豆をテンペ菌で発酵させることにより得られる発酵食品、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テンペは、インドネシアで五百年ほど前から食べられている伝統的な大豆の発酵食品であり、同じ大豆の発酵食品である納豆とよく比較されるが、大豆一粒一粒が白い菌糸で固まって、ケーキ状になっており、その外観は納豆とは全く異なる。テンペには、納豆のような強い臭いや粘りがなく、また、薄くスライスしても形が崩れないので、料理の素材として幅広く使うことができる。
【0003】
テンペはテンペ菌の発酵によって作られるが、テンペ菌は、大豆だけでなく、他の食品に対しても発酵能を示す。このため、従来から豆類、穀類、ナッツ類をテンペ菌で発酵させた食品(特許文献1)やハトムギをテンペ菌で発酵させた食品(特許文献2)などが知られている。しかし、発芽玄米をテンペ菌で発酵させた食品は知られていない。
【0004】
一方、発芽玄米を利用した発酵食品としては、発芽玄米の入った納豆が知られているが(特許文献3)、前述のようにテンペと納豆は全く異なる発酵食品である。
【0005】
【特許文献1】特開平11−192065号公報
【特許文献2】特開平9−234007号公報
【特許文献3】特開2003−88320号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
テンペは、栄養的に優れているというだけでなく、料理の素材として幅広く使うことができるという長所を持つため、今後テンペの需要は大きく伸びていくと予想される。
【0007】
本発明は、このような技術的背景の下になされたものであり、既存のテンペの優れた性質を維持しつつ、新たな特性を付加した発酵食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、発芽玄米をテンペ菌で発酵させた食品を作ったところ、(A)その発酵食品には、発芽玄米由来の豊富な栄養成分が含まれていること、(B)その発酵食品は、ほぼ大豆テンペと同様の固さが維持されており、スライスしても形が崩れないこと、(C)その発酵食品には、大豆テンペにはない甘味があり、味の面で品質が向上していること、を見出した。また、発芽玄米と大豆をテンペ菌で発酵させたところ、(D)発芽玄米単独の場合よりも更に呈味性の向上した食品が得られることを見出した。これらの知見のうち、(A)については発酵食品を製造する前から予測できたことであるが、(B)、(C)及び(D)については、実際に製造してみて初めてわかったことである。
【0009】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。
【0010】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(10)を提供する。
【0011】
(1)発芽玄米をテンペ菌で発酵させることにより得られる発酵食品。
【0012】
(2)発芽玄米と大豆をテンペ菌で発酵させることにより得られる発酵食品。
【0013】
(3)発芽玄米と大豆の重量比が、30:70〜70:30である(2)記載の発酵食品。
【0014】
(4)大豆を発酵させた部分と発芽玄米を発酵させた部分とに分かれており、前者が外側に配置され、後者が内側に配置されている(2)又は(3)記載の発酵食品。
【0015】
(5)発芽玄米にテンペ菌を接種し、これを発酵させることを特徴とする発酵食品の製造方法。
【0016】
(6)発芽玄米と大豆にテンペ菌を接種し、これを発酵させることを特徴とする発酵食品の製造方法。
【0017】
(7)発芽玄米と大豆の重量比が、30:70〜70:30である(6)記載の発酵食品の製造方法。
【0018】
(8)外側に大豆が配置され、内側に発芽玄米が配置された大豆と発芽玄米の塊を作り、これをテンペ菌で発酵させることを特徴とする(6)又は(7)記載の発酵食品の製造方法。
【0019】
(9)大豆と発芽玄米の塊を作る手段が、テンペ菌を接種した発芽玄米を層状に配置し、その上にテンペ菌を接種した大豆を層状に配置し、その後、この二層の上下を反転させ、反転によって上になった発芽玄米の層の上に大豆を層状に配置する手段である(8)記載の発酵食品の製造方法。
【0020】
(10)大豆と発芽玄米の塊を作る手段が、包餡機を用いた手段であることを特徴とする(8)記載の発酵食品の製造方法。
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0022】
本発明の発酵食品は、発芽玄米をテンペ菌で発酵させることにより得られるものである。
【0023】
発芽玄米は、市販のものを使用することができるが、玄米から作ってもよい。例えば、玄米を20〜30時間、一定温水中に置くことにより、発芽玄米が得られる。これを乾燥したものが市販されている発芽玄米である。この際使用する玄米は、もち米、うるち米のいずれでもよく、また、もち米、うるち米の両者を含む玄米を使用してもよい。
【0024】
発芽玄米は、発酵前に水又は水蒸気と共に加熱処理(例えば、炊飯器による加熱処理)をしておく。炊飯の方法は、食用に供される発芽玄米と同様でよく、例えば、発芽玄米に米量の10〜20%増の水を加え、1〜4時間置いた後、市販の炊飯器で白米と同様に炊けばよい。
【0025】
炊飯した発芽玄米には、テンペ菌を接種する。テンペ菌は、テンペの製造に一般的に用いられているものでよく、例えば、リゾプス(Rhizopus)属の菌、より好ましくは、リゾプス・オリゴスポラス(Rhizopus oligosporus)などを用いることができる。
【0026】
接種するテンペ菌の量は特に限定されないが、炊飯した発芽玄米1kgに対し、通常1〜5g、好ましくは2〜3gの種菌を接種する。
【0027】
発酵時の温度は特に限定されないが、30〜37℃とするのが好ましく、31〜32℃とするのが更に好ましい。
【0028】
発酵時間は、温度、テンペ菌の接種量などにより異なるが、温度31℃、種菌の接種量が発芽玄米1kgに対し2gの場合、20〜28時間とするのが好ましく、22〜24時間とするのが更に好ましい。
【0029】
本発明の発酵食品は、発芽玄米だけを原料として製造してもよいが、発芽玄米のほかに大豆を原料としてもよい。発芽玄米と大豆は無作為に混合してもよいが、外側に大豆、内側に発芽玄米が配置された塊を作ることが好ましい。このように大豆及び発芽玄米を配置することにより、発酵の結果得られる固形物が充分な強度を保持するようになり、また、外観上も好ましい。大豆と発芽玄米の塊を作る手段は特に限定されず、例えば、テンペ菌を接種した発芽玄米を層状に配置し、その上にテンペ菌を接種した大豆を層状に配置し、その後、この二層の上下を反転させ、反転によって上になった発芽玄米の層の上に大豆を層状に配置する手段を例示できる。また、このような塊を包餡機を用いて作ってもよい。
【0030】
発芽玄米と大豆の混合比は特に限定されないが、重量比で30:70〜70:30とするのが好ましく、50:50〜67:33とするのが更に好ましい。
【0031】
原料とする大豆は、通常のテンペの製造法と同様に、発酵前に酸性溶液への浸漬、及び水又は水蒸気と共に加熱処理(好ましくは、煮沸(100℃以下での加熱処理))等の処理を行っておくことが好ましい。
【0032】
酸性溶液としては、例えば、酢酸、乳酸など、又はこれらの酸を含む食品(例えば、酢など)を含む水溶液を用いることができる。使用する酸等の量は、大豆に付着した雑菌の増殖を抑制できる範囲内であれば特に限定されず、例えば、一般的な米酢により酸性溶液を調製する場合、水1Lに対し、米酢50〜80mLを加えればよい。酸性溶液への浸漬時間は特に限定されないが、通常、2〜14時間、好ましくは、2〜4時間浸漬する。
【0033】
大豆の煮沸時間も特に限定されないが、通常、30〜60分であり、好ましくは、30〜40分である。
【0034】
テンペ菌は、発芽玄米と大豆を混合又は適当な位置に配置した後に接種してもよく、また、発芽玄米、大豆それぞれに接種した後に両者を混合又は配置してもよい。
【0035】
テンペ菌の接種量、発酵温度及び発酵時間は、発芽玄米単独で発酵させる場合に準じて決めることができる。
【発明の効果】
【0036】
本発明の発酵食品は、既存のテンペ(大豆テンペ)と同様に、強い臭いや粘りがなく、薄くスライスしても形が崩れないといった性質を持ち、これらの性質に加え、既存のテンペにはない栄養成分や風味を持つため、新規な食品として非常に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下、実施例及び試験例により、本発明を更に詳細に説明する。
【実施例1】
【0038】
発芽玄米(商品名:「発芽玄米」、販売元:いきいき倶楽部)300gに、1割増の水を加え、約30分間浸漬した後、通常の方法に従って、炊飯した。約1時間放冷した後、テンペ種菌(商品名:ラギテンペ、販売元:ホットプランニング)を0.6g振り混ぜた。種菌接種後の発芽玄米を小さな穴のあいたビニール袋にいれ、軽く押さえて、平板状にした。この平板状の発芽玄米を30℃〜35℃で、20時間程度発酵させ、発芽玄米テンペを得た。
【実施例2】
【0039】
水で洗浄し、汚れを落とした脱皮大豆(品種名:リュウホウ)250gを、50mLの米酢を1Lの水でうすめて調製した水溶液に、3時間浸漬した後、30分間煮沸した。煮沸処理した大豆の水を切り、2時間程度自然乾燥した。発芽玄米500gは実施例1と同様にして炊飯した後、約1時間放冷した。このように処理した大豆と発芽玄米に、各々テンペ種菌1.5gづつを振り混ぜて種菌を接種した後、両者を混ぜ合わせた。このとき大豆が表面に出るように混ぜ合わせた。この大豆と発芽玄米の混合物を小さな穴のあいたビニール袋にいれ、軽く押さえて、平板状にし、30℃〜35℃で、20時間程度発酵させ、発芽玄米入り大豆テンペを得た。
【0040】
〔比較例1〕
発芽玄米の代わりに玄米(品種名:アキタコマチ)300gを用い、他は実施例1と同様にして、玄米テンペを得た。
【0041】
〔比較例2〕
大豆200gを14時間水に浸漬し、発芽玄米200gは2時間水に浸漬した。浸漬した大豆と発芽玄米を混合し、121℃で30分蒸煮し、納豆菌液を噴霧した後、発泡スチロール容器に入れて、40℃〜50℃で18時間発酵させて発芽玄米入り納豆を得た。
【0042】
〔試験例1〕
上記の実施例及び比較例で製造した各種テンペ等について、複数のパネラーによる官能試験を行った。官能試験は、「外観」、「におい」、「切り易さ」、「ケーキ状固形物としての取り扱い易さ」、「食器の洗い易さ」、「食感」、「味」の7項目について行い、最初の5項目については、製造したテンペ等をそのまま使用し、「食感」と「味」の2項目については、155℃の油で約3分間揚げた後のテンペ等を使用して行った。
【0043】

表1に示すように、発芽玄米テンペ及び発芽玄米入り大豆テンペは、玄米テンペと比較し、ほぼすべての項目において高い評価が得られた。また、発芽玄米入り納豆は、発芽玄米入りテンペに比較するとアンモニア臭が感じられ、また、ケーキ状の固まりにならないので切り分けることができず、発芽玄米テンペ等とは全く異なる性質を示した。
【0044】
〔試験例2〕
発芽玄米テンペ及び発芽玄米入り大豆テンペの成分分析を行った。また、比較のため、発芽玄米、蒸煮大豆、大豆テンペについても同様の成分分析を行った。
【0045】
(1)一般分析
各種テンペ等について凍結乾燥した後に分析を行った。一般分析は、水分は加熱乾燥法、タンパク質はケルダール法、脂質はソックスレー抽出法、糖質は差し引き法、食物繊維は酵素−重量法、灰分は灰化法で行った。結果を表2に示す。
【0046】

【0047】
表に示すように、発芽玄米の約80%はでんぷん(糖質)であったが、大豆は約50%がたんぱく質であった。また、発芽玄米と大豆はテンペに発酵しても一般分析の結果では大きな変化はみられなかった。
【0048】
糖質の多い発芽玄米テンペとたんぱく質の多い大豆テンペの両者を含む発芽玄米入り大豆テンペは糖質とたんぱく質のバランスのとれた食品となる。
【0049】
(2)遊離アミノ酸分析
各種テンペ等に含まれる遊離アミノ酸の分析を行った。遊離アミノ酸の分析は、日本食品分析センターに依頼した。結果を表3に示す。
【0050】


【0051】
表に示すように、遊離アミノ酸は、発芽玄米には極く僅かしか含まれておらず、また、発酵させてもほとんど増加しなかった。一方、大豆においては、発酵させることにより遊離アミノ酸は増加し、なかでも旨味のあるグルタミン酸の増加が大きかった。発芽玄米入り大豆テンペの遊離アミノ酸量は、発芽玄米テンペと大豆テンペの中間的な値となった。
【0052】
(3)遊離γ−アミノ酪酸分析
各種テンペ等に含まれる遊離γ−アミノ酪酸(GABA)の分析を行った。遊離γ−アミノ酪酸の分析は、日本食品分析センターに依頼した。結果を表4に示す。
【0053】

【0054】
表に示すように、発芽玄米中の遊離γ−アミノ酪酸は、発酵によって検出限界以下にまで低下した。一方、大豆では発酵によって遊離γ−アミノ酪酸量は6倍以上に増加した。発芽玄米入り大豆テンペの遊離γ−アミノ酪酸量は、発芽玄米テンペと大豆テンペの中間的な値となった。
【0055】
(4)イソフラボン分析
発芽玄米入りテンペ等に含まれるイソフラボンの分析を行った。イソフラボンの分析は、食と環境科学研究センターに依頼した。結果を表5に示す。なお、発芽玄米と発芽玄米テンペには大豆イソフラボンが含まれないので、分析の対象から除外した。
【0056】

【0057】
表に示すように、蒸煮ダイズ中に含まれていた配糖体型のイソフラボン(ダイズイン及びゲニスチン)は、発酵によってその50%以上がアグリコン型のイソフラボン(ダイゼイン及びゲニステイン)に変化した。発芽玄米入り大豆テンペでは、大豆テンペよりイソフラボン量は少なかった。
【0058】
(5)遊離糖の分析
各種テンペ等に含まれる遊離糖の分析を行った。遊離糖の分析は、HPLC法にて行った。結果を表6に示す。
【0059】

【0060】
表に示すように、遊離糖は、発芽玄米では微量しか検出されなかったが、発酵により顕著に増加した。大豆テンペでは、スクロースが増加していたが、還元糖であるフルクトースはやや増加、グルコースは減少した。大豆は発酵により還元糖の一部は消費されるが、オリゴ糖であるスタキオースやラフィノースは発酵により分解され、スクロースなどになることが知られている。スクロースの増加は、このようなオリゴ糖の分解によるものと考えられる。遊離糖及び遊離還元糖の量は、発芽玄米入り大豆テンペは発芽玄米テンペ、大豆テンペのいずれよりも多い値となった。
【0061】
以上の(1)〜(5)の分析結果から、発芽玄米は発酵により還元糖が増加し、味付けをしなくても美味しく食べられるといえる。また、発芽玄米入り大豆テンペは糖質とたんぱく質のバランスが良く、アミノ酸の旨味と還元糖の甘味もミックスされ、またγ−アミノ酪酸やイソフラボンも含まれるので、特色ある食品といえる。
【0062】
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願(特願2003−424488号)の明細書に記載されている内容を包含する。また、本発明で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発芽玄米をテンペ菌で発酵させることにより得られる発酵食品。
【請求項2】
発芽玄米と大豆をテンペ菌で発酵させることにより得られる発酵食品。
【請求項3】
発芽玄米と大豆の重量比が、30:70〜70:30である請求項2記載の発酵食品。
【請求項4】
大豆を発酵させた部分と発芽玄米を発酵させた部分とに分かれており、前者が外側に配置され、後者が内側に配置されている請求項2又は3記載の発酵食品。
【請求項5】
発芽玄米にテンペ菌を接種し、これを発酵させることを特徴とする発酵食品の製造方法。
【請求項6】
発芽玄米と大豆にテンペ菌を接種し、これを発酵させることを特徴とする発酵食品の製造方法。
【請求項7】
発芽玄米と大豆の重量比が、30:70〜70:30である請求項6記載の発酵食品の製造方法。
【請求項8】
外側に大豆が配置され、内側に発芽玄米が配置された大豆と発芽玄米の塊を作り、これをテンペ菌で発酵させることを特徴とする請求項6又は7記載の発酵食品の製造方法。
【請求項9】
大豆と発芽玄米の塊を作る手段が、テンペ菌を接種した発芽玄米を層状に配置し、その上にテンペ菌を接種した大豆を層状に配置し、その後、この二層の上下を反転させ、反転によって上になった発芽玄米の層の上に大豆を層状に配置する手段である請求項8記載の発酵食品の製造方法。
【請求項10】
大豆と発芽玄米の塊を作る手段が、包餡機を用いた手段であることを特徴とする請求項8記載の発酵食品の製造方法。

【国際公開番号】WO2005/060765
【国際公開日】平成17年7月7日(2005.7.7)
【発行日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516458(P2005−516458)
【国際出願番号】PCT/JP2004/018352
【国際出願日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【特許番号】特許第3859014号(P3859014)
【特許公報発行日】平成18年12月20日(2006.12.20)
【出願人】(801000027)学校法人明治大学 (161)
【Fターム(参考)】