説明

白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法

【課題】溶液中での白金水酸化物ポリマーの熱安定性及び溶液安定性を向上させることができる白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法を提供する。
【解決手段】白金水酸化物ポリマー溶液にカルボン酸系のキレート剤を添加することを特徴とする白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白金水酸化物ポリマーは、白金原子が数個から数十個程度の酸素原子で架橋された水酸化物である。この白金水酸化物ポリマーの作製には、原料としてヘキサヒドロキソ白金酸(HPt(OH))を用いる。ヘキサヒドロキソ白金酸は酸溶液中に溶解してヒドロキソ錯体の形で存在し、該錯体が酸からのプロトンの影響を受けることによって反応性モノマーが形成され、重合反応が起こる。重合反応は、熱によって進行する。反応温度が高すぎると、反応は急激に進行し、溶液中に沈殿を生じる。重合反応は急激に起こるため、反応の途中で制御することは困難である。しかし、酸濃度、反応温度、原料濃度を特定の条件にした場合、該条件に依存した重合度を有した、かつ、反応が一時的に停止した準安定な状態となる。このように、ポリマーの重合度を制御することによって、ポリマー中に含まれる白金原子の数は異なる。したがって、このポリマーを、例えば、自動車用に用いる排気ガス触媒として適当な白金原子の数(クラスターサイズ)を調製するための前駆体材料として利用することが見込める。
【0003】
しかし、ポリマーを調製するための溶液中の酸濃度は高いため、室温においても重合反応が徐々に進行して沈殿を生じる場合があり、長期間に渡って準安定な状態を維持することは難しい。また、重合度を制御した白金水酸化物ポリマーを含む酸溶液をイオン交換水等で希釈した場合においては、調製した粒子が溶液中で安定に存在できず、沈殿を生じる。すなわち、ポリマーの重合度を制御した後に、希薄な溶液を用いて白金濃度を調製することは難しい。そのため、白金を担持する担体には耐酸性を有することが必要となり、材料の制限を受けるという問題がある。したがって、白金水酸化物ポリマーを工業的に利用するためには、準安定な状態を維持することが重要である。
【0004】
一方、キレート剤は、錯体又は錯イオンと結合して、溶液中の微量成分を除去する等の目的で使用される他、微粒子の安定化剤としても用いられる。例えば、特許文献1では、塩化白金酸をジカルボン酸系キレート剤を用いて錯体化することによって安定化させ、アルミナ原料と複合化させたPt/アルミナゲルを経て触媒を作製することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−222806号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、白金水酸化物ポリマーの反応性を抑制するために、水酸化物の官能基部分に着目し、カルボキシル基を持つキレート剤を利用することを見出した。
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、溶液中での白金水酸化物ポリマーの熱安定性及び溶液安定性を向上させることができる白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明においては、白金水酸化物ポリマー溶液にカルボン酸系のキレート剤を添加することを特徴とする白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法が提供される。
前記キレート剤は、マレイン酸/アクリル酸共重合体であることが好適である。
前記マレイン酸/アクリル酸共重合体は、マレイン酸を多く含むことが好適である。
前記キレート剤は、0.5〜5vol%添加されることが好適である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法によれば、溶液中での白金水酸化物ポリマーの熱安定性及び溶液安定性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明に係る白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法について説明する。
【0010】
(白金水酸化物ポリマー溶液の調製)
白金水酸化物ポリマーは、原料であるヘキサヒドロキソ白金酸を酸性溶液中で重合反応させることによって得られる。
酸性溶液は、特に限定されるものではないが、例えば、酸濃度が4.5〜6.5mol/L、好ましくは5.0mol/Lとなるように調製した溶液を用いることができる。この範囲の酸濃度であれば、原料である白金の溶解が可能だからである。
【0011】
ヘキサヒドロキソ白金酸は、例えば、白金濃度が2〜8g/L、好ましくは3.99g/Lとなるように、酸性溶液中に添加することができる。この範囲の白金濃度であれば、上記で選択した酸濃度に溶解することができ、後述する反応温度領域において良好な重合制御が可能だからである。
【0012】
反応温度は、50〜90℃の範囲、好ましくは70℃であることが好ましい。この温度範囲であれば、重合反応が進み過ぎることはなく、溶液中において白金水酸化物ポリマーが微粒子として単分散し、安定な状態を保持できるからである。
【0013】
(キレート剤の添加)
得られた白金水酸化物ポリマー溶液に、カルボン酸系のキレート剤を添加する。カルボン酸系のキレート剤を添加することによって、白金水酸化物ポリマーの重合反応を抑制することができる。また、この重合反応を抑制できることから、溶液中に沈殿が起こりにくくなり、長期間安定した所望の白金水酸化物ポリマーのサイズを保持することができる。
【0014】
カルボン酸系のキレート剤としては、高分子骨格を有し、該骨格内にカルボキシル基を1つ持つアクリル酸、カルボキシル基を2つ持つマレイン酸等が含まれる。好ましくは、マレイン酸/アクリル酸共重合体である。これは、該骨格内のカルボキシル基が白金水酸化物ポリマーの水酸基に結合することによって、非活化する効果を生じるため、カルボキシル基を2つ持つマレイン酸の方が、目的とする安定化に対しては優位に働くからである。
【0015】
マレイン酸/アクリル酸共重合体は、マレイン酸を多く含むことが好ましい。また、マレイン酸/アクリル酸共重合体を構成するマレイン酸の比率は、アクリル酸よりも高いことが好ましい。モノカルボン酸であるアクリル酸よりもジカルボン酸であるマレイン酸を含むキレート剤の方が、カルボキシル基を多く含むため、後述する低プロトン濃度の溶液中においても白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる効果が大きいためである。
【0016】
マレイン酸/アクリル酸共重合体の分子量は、20000〜30000程度であることが好ましい。この範囲の分子量であれば、安定化した白金水酸化物ポリマーを溶液中で立体的に分散させることができ、分子の近傍による重合確率を大幅に低下させることが可能だからである。
【0017】
カルボン酸系のキレート剤は、0.5〜5vol%添加されることが好ましく、より好ましくは1vol%である。少なくとも0.5vol%以上であれば、上述した白金濃度において安定化の効果が得られるからである。また、5vol%よりも多く添加しても、安定化の効果としては変わらないからである。
【0018】
以上のように、本発明によれば、酸性溶液中における白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させることができ、熱安定性を向上させることができる。
【0019】
本発明に係る白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法によれば、酸性溶液中だけでなく、低プロトン濃度の溶液中における白金水酸化物ポリマーのサイズをも安定化させることができる。
【0020】
低プロトン濃度の溶液は、例えば、上述した白金水酸化物ポリマー溶液を、イオン交換水等を用いて2〜20倍に希釈した溶液である。
この低プロトン濃度の溶液に、上述したカルボン酸系のキレート剤を添加することによって、低プロトン濃度の溶液中での白金水酸化物ポリマーのサイズの安定性を向上させることができる。低プロトン濃度の溶液中での白金水酸化物ポリマーは、溶液中のプロトン濃度が低くなることによって不安定化し、溶解度が低下するため、重合反応や沈殿の析出反応が促進される。この溶液に上述したカルボン酸系のキレート剤を添加することによって重合反応や沈殿の析出反応を抑制することができるため、低プロトン濃度の溶液中での安定性が改善され、低プロトン濃度の溶液のハンドリング性を大幅に向上させることができる。また、低プロトン濃度の溶液のような希薄溶液中で白金水酸化物ポリマーを安定化させることができるため、例えば、自動車用排気ガス触媒又は燃料電池材料上に白金を担持する際、溶液中の酸による材料への損傷を抑制することができる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例等を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
(試験例1:白金水酸化物ポリマーの熱安定性)
硝酸濃度5.0mol/Lに調製した溶液に、白金濃度3.99g/Lとなるようにヘキサヒドロキソ白金酸(田中貴金属製、白金65wt%)を加え、溶解後、80℃で22時間保持した。
調製後の溶液には沈殿が見られた。したがって、この条件では重合反応が進み過ぎてしまい、溶液中において微粒子として単分散できず、安定な状態を保持できないことが示された。
次に、同様の条件で調製した溶液を、70℃で22時間保持した。
調製後の溶液の色は濃い黄色であった。調製後の溶液には沈殿が見られなかった。また、動的光散乱法(DLS:シスメックス製、ゼーターサイザー)による測定を行った結果、溶液中において重合による集合体を形成しており、そのサイズは3.8nmであることが見積もられた。DLS測定の原理上、測定対象物は球状と見積もられるため、白金集合体そのもののサイズではないが、比較的近いサイズの重合体が溶液中で存在していることが示された。
【0022】
(試験例2:キレート剤添加による白金水酸化物ポリマーの安定性)
70℃で調製した試験例1の溶液に、キレート剤としてポリカルボン酸(花王株式会社製)を添加し、キレート剤添加による白金水酸化物ポリマーの安定性について検討した。表1に、使用したキレート剤を示す。
【0023】
【表1】

【0024】
表1に示されるポリカルボン酸は、アクリル酸重合体を主成分とするポイズ530、マレイン酸とアクリル酸の共重合体からなるポイズ520とカオーセラ2100である。ポイズ520とカオーセラ2100において、マレイン酸の比率は、カオーセラ2100の方が高い。カルボキシル基量の多い、カオーセラ2100、ポイズ520、ポイズ530の順に、安定化に効果をもたらすことが示された。
【0025】
(実施例1〜3)
70℃で調製した試験例1の溶液に、表1に示された3種類のキレート剤を1vol%となるように加え、80℃で22時間保持した。表2に実験結果を示す。
得られた溶液の安定性の評価方法については、目視に加え、溶液中の白金濃度を測定することにより判定した。1週間以上静置した溶液の上澄みを採取し、5.0mol/Lに調製した硝酸溶液を用いて希釈を行い、ICP発光分析によって白金濃度の測定を行った。処理前の溶液濃度を基準として、その濃度に対して90%以上の濃度であれば「沈殿なし」、50%以上90%未満の濃度であれば「その後沈殿あり」、50%未満の濃度であれば「沈殿あり」とした。なお、後述の1/2に希釈した溶液については、測定濃度を2倍した値を用いた。
【0026】
(比較例1〜3)
比較例1では、80℃で調製した試験例1の溶液に、キレート剤を添加せず、さらにその後の加熱も行わなかった。
比較例2では、キレート剤を添加せず、さらにその後の加熱も行わなかった他は、実施例1と同様に行った。
比較例3では、キレート剤を添加しなかった他は、実施例1と同様に行った。
表2に実験結果を示す。なお、表中、「沈殿なし」と判定された場合は○と、「沈殿あり」と判定された場合は×と記載している。
【0027】
【表2】

【0028】
表2より、実施例1〜3の溶液では、いずれも沈殿は見られなかった。また、溶液の色は変化していなかったことから、加熱後の溶液中の化合物に分解等は起こっていないことが示された。したがって、キレート剤を用いたことによって、熱安定性を向上させることが示された。
【0029】
(実施例4〜9)
実施例4では、実施例2の溶液を用い、これをイオン交換水を用いて2倍に希釈した後、十分に撹拌した。
実施例5では、70℃で調製した試験例1の溶液に、表3に示されたキレート剤を添加した。得られた溶液をイオン交換水を用いて2倍に希釈した後、十分に撹拌した。
実施例6では、実施例3の溶液を用い、これをイオン交換水を用いて2倍に希釈した後、十分に撹拌した。
実施例7では、70℃で調製した試験例1の溶液に、表3に示されたキレート剤を添加した。得られた溶液をイオン交換水を用いて2倍に希釈した後、十分に撹拌した。
実施例8では、実施例1の溶液を用い、これをイオン交換水を用いて2倍に希釈した後、十分に撹拌した。
実施例9では、70℃で調製した試験例1の溶液に、表3に示されたキレート剤を添加した。得られた溶液をイオン交換水を用いて2倍に希釈した後、十分に撹拌した。
表3に実験結果を示す。なお、表中、「沈殿なし」と判定された場合は○と、「その後沈殿あり」と判定された場合は△と、「沈殿あり」と判定された場合は×と記載している。
【0030】
(比較例4)
比較例4では、比較例2の溶液を用い、これをイオン交換水を用いて2倍に希釈した後、十分に撹拌した。
表3に実験結果を示す。
【0031】
【表3】

【0032】
表3より、撹拌した直後における実施例4〜7の溶液では、いずれも沈殿は見られなかった。また、比較的カルボン酸量の少ないキレート剤を添加した実施例8及び9の溶液では、時間の経過に伴いやや沈殿が生じたものの、安定性の観点からは問題のない程度であった。一方、比較例4の溶液では、沈殿が生じていた。したがって、低プロトン濃度の溶液中における安定性の向上が示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金水酸化物ポリマー溶液にカルボン酸系のキレート剤を添加することを特徴とする白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法。
【請求項2】
前記キレート剤が、マレイン酸/アクリル酸共重合体であることを特徴とする請求項1に記載の白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法。
【請求項3】
前記マレイン酸/アクリル酸共重合体が、マレイン酸を多く含むことを特徴とする請求項2に記載の白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法。
【請求項4】
前記キレート剤が、0.5〜5vol%添加されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の白金水酸化物ポリマーのサイズを安定化させる方法。

【公開番号】特開2012−41248(P2012−41248A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−186400(P2010−186400)
【出願日】平成22年8月23日(2010.8.23)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】