説明

皮膚感作性物質の評価方法

【課題】物質の皮膚感作性をインビトロで評価する方法の提供。
【解決手段】3次元培養皮膚細胞を被験物質に曝露する工程;該細胞におけるATF3、GCLM、DNAJB4、HSPA6、HSPA1A、HSPH1、ZFAND2A、SRXN1及びDNAJA4、ならびにそれらをコードする遺伝子から選択されるうちの少なくとも1の発現を測定する工程;及び、測定された該発現に基づいて該被験物質の皮膚感作性を評価する工程、を含む物質の皮膚感作性の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質の皮膚感作性をインビトロで評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚感作とは、原因となる物質が皮膚に接触し、皮膚中に浸透することにより起こる免疫反応である。皮膚感作のメカニズムは大きく2つの過程に分けられ、最初の過程が「感作誘導過程」、後の過程が「感作誘発過程」と呼ばれている(図1)。感作誘導過程は、皮膚に最初に感作性物質が接触したときに生じる。ここでは、皮膚に接触された感作性物質は、経皮吸収され、タンパク質と結合して抗原を形成した後、表皮のケラチノサイトを活性化するとともに、ランゲルハンス細胞(Langerhans cell:LC)に認識されてこれを活性化する。活性化したLCはリンパ節に移動し、Tリンパ球に抗原を提示し、該感作性物質に特異的に応答するTリンパ球が増殖する。この皮膚に、再び同じ感作性物質が接触したとき、感作誘発過程が生じる。ここでは、抗原は既に記憶されているため、既に増殖していた特異的なTリンパ球が直ちに応答し、炎症性サイトカインの放出などを経て、紅斑、浮腫等の炎症反応が起こる。
【0003】
「化学品の分類および表示に関する世界調和システム」(The Globally Harmonized System for Classification and Labeling of Chemicals:GHS)によれば、「皮膚感作性物質」とは「皮膚への接触によりアレルギー反応を誘発する物質」と定義され、相当数のヒトに皮膚接触により過敏症を誘発し得る物質、あるいは動物試験により陽性結果が得られている物質は「皮膚感作性物質」として分類される。
【0004】
医薬、化粧料や各種化学物質等の皮膚感作性を試験することは、人体の安全のために重要である。従来、化学物質の皮膚感作性は主にマウスやモルモットの生体を用いてインビボで評価されてきた。しかし、近年の動物愛護への関心の高まりや、「EU化粧品指令第7次改正」を受け、動物を用いない試験法(動物実験代替法)の開発が喫緊な課題となっている。
【0005】
動物の生体を用いない皮膚感作性試験法を確立するためには、皮膚感作過程をインビトロで再現することが重要である。しかし、皮膚感作過程をインビトロで完全に再現することは難しく、特に感作誘導過程の再構築は困難である。そのため、感作誘導過程の中から、鍵となるプロセスに焦点を当てて皮膚感作性物質を評価する方法が開発されている。このような方法としては、物質のタンパクとの結合プロセスを調べるPeptide reactivity assay (PRA)(P&G社)及びLC-MS Assay(Givaudan);ならびにケラチノサイト活性化や樹状細胞活性化プロセスを調べるKeratinoSens(Givaudan)、SenCeeTox(CEETOX)、h-CLAT(資生堂&花王)、MUSST(L'Oreal)が知られている。
【0006】
培養細胞を用いて感作性物質曝露に対する遺伝子発現の変化を調べた報告がある。例えば、非特許文献1では、MCF−7細胞由来の培養細胞株AREc32において転写調節領域ARE(antioxidant response element)と結合させたレポーター遺伝子の発現を調べることで、感作性物質曝露後の細胞の遺伝子発現を調べている。非特許文献2〜3ではマイクロアレイ法を用いて、単球様細胞株THP−1において感作性物質曝露後に遺伝子発現が変化し得ることを報告している。非特許文献4では、培養表皮細胞を用いて感作物質曝露後の遺伝子発現を調べている。
【0007】
しかし、表皮由来の細胞を用いていない系では、インビボでの皮膚感作過程が充分に再現されない可能性がある。さらに、上記の系で用いられている細胞は、いずれも単層(2D)培養細胞であるため、インビボの皮膚感作過程のモデルとしては不十分である。生体の皮膚は多層構造を有している一方、単層培養ではこの構造を構築できないので、実際の生体の表皮の感作応答を充分に再現できていない可能性があるからである。さらに、2D培養細胞を物質に曝露するためには当該物質を培地に溶解させなければならないため、感作源を低濃度でしか含有していない組成物の感作性を2D培養細胞で調べるためには、当該組成物を培地に大量に溶解させなければならない。しかし、そのような大量添加は細胞毒性をもたらす可能性がある。また、培地に溶解しない難溶又は不溶性物質は2D培養細胞では評価することはできないという問題があった。
【0008】
あらゆる物質の皮膚感作性試験に適用でき、且つインビボ皮膚感作過程をより正確に再現することができるインビトロ皮膚感作性試験法が所望されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Natsch and Emter, Toxicol Sci, 2008, 102(1):110-119
【非特許文献2】Verstraelen et al, Toxicology in Vitro, 2008, 22:1107-1114
【非特許文献3】Hirota and Moro, Toxicology in Vitro, 2006、20:736-742
【非特許文献4】Yoshikawa et al, J Biochem Mol Toxicol, 2010, 24(1):10-20
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、3次元培養皮膚中の遺伝子発現を指標に物質の皮膚感作性をインビトロで評価する方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、生体の皮膚における物質の皮膚感作性をインビボ試験と同様に精度良く評価することができるインビトロモデルの開発を試みた結果、3次元培養皮膚細胞における特定の遺伝子の発現を指標とすることによって、動物試験の代替法となり得る高精度な物質の皮膚感作性評価試験が可能となることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明は以下を提供する。
(1)3次元培養皮膚細胞を被験物質に曝露する工程;
該細胞におけるATF3、GCLM、DNAJB4、HSPA6、HSPA1A、HSPH1、ZFAND2A、SRXN1及びDNAJA4、ならびにそれらをコードする遺伝子から選択されるうちの少なくとも1の発現を測定する工程;及び
測定された該発現に基づいて該被験物質の皮膚感作性を評価する工程、
を含む物質の皮膚感作性の評価方法。
(2)ATF3、GCLM、DNAJB4及びHSPA6、ならびにそれらをコードする遺伝子から選択されるうちの少なくとも1の発現が測定される、(1)記載の方法。
(3)ATF3、GCLM、DNAJB4及びHSPA6、ならびにそれらをコードする遺伝子から選択されるうちの少なくとも2の発現が測定される、(2)記載の方法。
(4)上記測定された上記発現に基づいて上記被験物質の皮膚感作性を評価する工程が、該測定された該発現のレベルを該被験物質への曝露後と対照物質への曝露後との間で比較して、該被験物質への曝露後の発現レベルが高い場合に該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、(1)〜(3)のいずれか1に記載の方法。
(5)上記測定された上記発現に基づいて上記被験物質の皮膚感作性を評価する工程が、該測定された該発現のレベルを該被験物質への曝露前後で比較して、該被験物質への曝露後の発現レベルが高い場合に該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、(1)〜(3)のいずれか1に記載の方法。
(6)上記被験物質への曝露後の発現レベルが該被験物質への曝露前又は対照物質への曝露後のそれと比較して2倍以上高い場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、(4)又は(5)記載の方法。
(7)上記被験物質への曝露後の発現レベルが該被験物質への曝露前又は対照物質への曝露後のそれと比較して3倍以上高い場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、(4)又は(5)記載の方法。
(8)上記被験物質への曝露後の発現レベルが該被験物質への曝露前又は対照物質への曝露後のそれと比較して5倍以上高い場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、(4)又は(5)記載の方法。
(9)上記被験物質への曝露後の発現レベルが該被験物質への曝露前又は対照物質への曝露後のそれと比較して10倍以上高い場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、(4)又は(5)記載の方法。
(10)上記3次元培養皮膚細胞が3次元培養表皮細胞である、(1)〜(9)のいずれか1に記載の方法。
(11)上記3次元培養皮膚細胞が3次元培養ヒト由来表皮細胞である、(1)〜(9)のいずれか1に記載の方法。
(12)測定される発現がmRNA発現である、(1)〜(11)のいずれか1に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高精度且つ動物試験の代替法となり得る、物質の皮膚感作性評価のためのインビトロ試験方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】皮膚感作過程の概要。
【図2】3次元培養表皮細胞における被験物質曝露による遺伝子発現変化。
【図3】3次元培養表皮細胞における被験物質曝露による遺伝子発現変化。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書において、「皮膚感作性物質」(skin sensitizer)とは、「化学品の分類および表示に関する世界調和システム」(The Globally Harmonized System for Classification and Labeling of Chemicals:GHS)に準拠して定義され、すなわち「皮膚への接触によりアレルギー反応を誘発する物質」をいう。
すなわち、本明細書において、「皮膚感作性」(skin sensitization)とは、皮膚との接触によりその皮膚に炎症やアレルギー等の過剰な免疫応答を誘発し得る性質をいう。
本明細書において、「皮膚感作性物質」及び「皮膚感作性」は、「接触感作性物質」(contact sensitizer)及び「接触感作性」(contact sensitization)とそれぞれ同義に使用され得る。
【0016】
本明細書において、ATF3(Activating transcription factor 3)、GCLM(Glutamate-cysteine ligase, modifier subunit)、DNAJB4(DnaJ (Hsp40) homolog, subfamily B, member 4)、HSPA6(Heat-shock 70-kD Protein 6)、HSPA1A(Heat-shock 70-kD Protein 1A)、HSPH1(Heat-shock 105/110 kD Protein 1)、ZFAND2A(Zinc finger, AN-1type, domain-containing protein 2A)、SRXN1(Sulfiredoxin 1)、及びDNAJA4(DnaJ (Hsp40) homolog, subfamily A, member 4)は、それぞれNCBI(National Center for Biotechnology Information)のヌクレオチドデータベース[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nucleotide/]にそのmRNAの配列が登録されているタンパク質である。[登録番号]ATF3:NM_001030287、NM_001040619、NM_001674、GCLM:NM_002061、DNAJB4:NM_007034、HSPA6:NM_002155、HSPA1A:NM_005345、HSPH1:NM_006644、ZFAND2A:NM_182491、SRXN1:NM_080725、及びDNAJA4:NM_001130182。また、ATF3、GCLM、DNAJB4、HSPA6、HSPA1A、HSPH1及びZFAND2Aは、は、それぞれNCBIのヒトのメンデル遺伝データベースOMIM(Online Mendelian Inheritance in Man)[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/omim/]に登録されているタンパク質である。[登録番号]ATF3:MIM ID *603148、GCLM:MIM ID +601176、DNAJB4:MIM ID *611327、HSPA6:MIM ID *140555、HSPA1A:MIM ID *140550、HSPH1:MIM ID *610703、ZFAND2A:MIM ID *610699。
DNAJB4、HSPA6、HSPA1A、HSPH1、DNAJA4は熱ショックタンパク質で分子シャペロンとして機能する。GCLMはグルタチオン生合成に関与する。ZFAND2Aは転写因子である。SRXN1はペルオキシレドキシンの活性化を解して抗酸化反応に関与している。
【0017】
本発明は、物質の皮膚感作性の評価方法を提供する。本発明の方法は、3次元培養皮膚細胞を被験物質に曝露する工程;該細胞におけるATF3、GCLM、DNAJB4、HSPA6、HSPA1A、HSPH1、ZFAND2A、SRXN1及びDNAJA4、ならびにそれらをコードする遺伝子から選択されるうちの少なくとも1の発現を測定する工程;及び、測定された該発現に基づいて該被験物質の皮膚感作性を評価する工程、を包含する。
【0018】
本発明の方法で用いられる3次元培養皮膚細胞とは、好ましくは3次元培養表皮細胞であり、より好ましくは3次元培養ヒト由来表皮細胞である。このような3次元培養皮膚細胞は、培養系を構築してもよいが、市販されているものを購入することもできる。市販の3次元培養皮膚細胞の例としては、EpiDermTM(MatTek Corporation社製)、EpiSkin(SkinEthic社製)、RHE(SkinEthic社製)、Labcyteエピモデル(J-TEC社製)等が挙げられる。3次元培養皮膚細胞の構築は、例えば、特開2000-201695や特開2005-13717に記載の方法に従って、コラーゲンゲルに包埋した繊維芽細胞と表皮細胞とを共培養することや、Ponecらの方法(J Invest Dermatol 109:348-355,1997)に従って、表皮細胞を気液界面培養することによって行うことができる。また、本発明の方法で用いられる3次元培養皮膚細胞は、分化した表皮細胞を含むものであればよいが、角層を含むものが好ましく、基底層、有棘層、顆粒層及び角層を含むものがより好ましい。
【0019】
本発明の方法に用いられる被験物質としては、特に制限されず、任意の動物、植物、又は微生物に由来する化合物;合成化合物;ならびにそれらの混合物及びそれらを含む組成物等が挙げられる。被験物質の形態も特に制限されず、固体、半固形、ゲル、液体、気体等いずれの形態であってもよいが、液体が好ましい。
【0020】
上記3次元培養皮膚細胞を被験物質に曝露する手段としては、当該分野で公知の手段であればよく、例えば、当該被験物質の細胞培養培地への添加、または細胞への直接的な添加(例えば、滴下、塗布、散布、噴霧、パッチ等)が挙げられる。被験物質の濃度及び曝露量は、被験物質の形態、化学的性質、細胞毒性、予想される皮膚感作性の強度等に基づいて適宜設定すればよい。好ましくは、適当な濃度に希釈した被験物質の所定量を、37℃、5%CO2の条件下で6時間、該細胞に適用する。具体的には、3次元培養皮膚の気層表面に形成された角層部に被験物質を滴下することにより曝露する。単位面積当たりの曝露量は10〜40μL/0.6cm2がより好ましい。また適用する被験物質を溶解させる際の溶媒としては、アセトンとオリーブ油の混合物(比率は3:1が好ましい)、エタノール、水などが好ましい。
【0021】
本発明の方法においては、上記3次元培養皮膚細胞におけるATF3、GCLM、DNAJB4、HSPA6、HSPA1A、HSPH1、ZFAND2A、SRXN1及びDNAJA4、ならびにそれらをコードする遺伝子から選択されるうちの少なくとも1の発現が測定される。発現は、上記タンパク質及びそれらをコードする遺伝子うちのいずれか1について測定すればよいが、複数(例えば任意の2つ、3つ、4つ、若しくは5つ以上)について測定してもよい。タンパク質発現と遺伝子発現を組み合わせて測定してもよいが、その場合、同じ種類のタンパク質と遺伝子との組み合わせ(例えば、ATF3タンパク質とATF3遺伝子との組み合わせ)ではなく、異なる種類のタンパク質と遺伝子の組み合わせが好ましい。本発明の方法においては、ATF3、GCLM、DNAJB4及びHSPA6、ならびにそれらをコードする遺伝子から選択されるうちの少なくとも1の発現を測定するのが好ましく、これらのうち二つ以上を含む組み合わせがより好ましい。
【0022】
ATF3、GCLM、DNAJB4、HSPA6、HSPA1A、HSPH1、ZFAND2A、SRXN1及びDNAJA4、ならびにそれらをコードする遺伝子の発現は、当該タンパク質の発現、当該タンパク質をコードするmRNAの発現、又は当該遺伝子のプロモーターの活性化等を指標として測定することができる。
測定は、指標とするパラメータ(例えば、タンパク質発現、遺伝子又はmRNA発現、プロモーター活性化等)の測定方法として当該分野で公知の方法に従って行えばよい。例えば、遺伝子又はmRNA発現の測定方法としては、ドットブロット法、ノーザンブロット法、RT−PCR、リアルタイムRT−PCR、マイクロアレイ、レポーター遺伝子を用いたプロモーター活性や転写活性の蛍光・光学的測定(レポーターアッセイ)等、及びこれらの組み合わせが挙げられる。タンパク質発現の測定方法の例としては、アガロースゲル電気泳動、SDS−PAGE、クロマトグラフィー法、免疫学的測定法(例えば、免疫組織化学、ELISA、ウエスタンブロット、免疫沈降等)、比色定量法、質量分析、電子顕微鏡観察等、及びこれらの組み合わせが挙げられる。
【0023】
次いで、本発明の方法においては、上記のとおり測定された発現に基づいて、被験物質の皮膚感作性を評価する。評価は、例えば、上記のとおりタンパク質又は遺伝子の発現を測定し、必要に応じて測定値を定量化した後、測定された発現レベルを、被験物質への曝露の前後で、又は被験物質曝露群と被験物質非曝露群若しくは対照物質曝露群との間で、比較することによって行われ得る。あるいは、評価は、上記のとおり測定された発現レベルを、種々の濃度の被験物質間で比較することによって行われ得る。
ATF3、GCLM、DNAJB4、HSPA6、HSPA1A、HSPH1、ZFAND2A、SRXN1、DNAJA4、又はそれらをコードする遺伝子の発現レベルに影響を与えた物質を皮膚感作性物質として選択することができる。好ましくは、上記タンパク質又は遺伝子の発現レベルを増強した物質を、皮膚感作性物質として選択する。
【0024】
例えば、本発明の方法においては、上記のとおり測定されたタンパク質又は遺伝子の発現レベルを被験物質への曝露後と対照物質への曝露後との間で比較して、該被験物質への曝露後の発現レベルが対照物質への曝露後に対して高い場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択することができる。
また例えば、本発明の方法においては、上記のとおり測定されたタンパク質又は遺伝子の発現レベルを被験物質への曝露前と曝露後との間で比較して、曝露後の発現レベルが曝露前に対して高い場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択することができる。
また例えば、本発明の方法においては、被験物質の濃度を段階的に変えて上記タンパク質又は遺伝子の発現レベルを測定し、より高濃度の被験物質への曝露後により高い発現レベルが観察された場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択することができる。
また、本発明の方法においては、被験物質の濃度を段階的に変えて細胞毒性を測定し、細胞毒性が示されない濃度範囲において、上記タンパク質又は遺伝子の発現レベルを測定するのが好ましい。なお細胞毒性の測定は、LDH漏出を指標とした細胞生存率測定法など当該分野で公知の方法に従って行えばよい。細胞毒性が示されない濃度範囲の具体的な例としては、細胞生存率が50%以上の濃度範囲が挙げられる。
【0025】
発現レベルが「高い」とは、被験物質への曝露後の発現レベルが、被験物質への曝露前若しくは対照物質への曝露後のそれと比較して、好ましくは2倍以上、より好ましくは3倍以上、さらに好ましくは5倍以上、なお好ましくは10倍以上高いことである。あるいは好ましくは、発現レベルが「高い」とは、統計学的に有意に高いことを意味し得る。
【0026】
例えば、ATF3の場合、発現レベルが「高い」とは、被験物質への曝露後の発現レベルが、被験物質への曝露前若しくは対照物質への曝露後のそれと比較して、好ましくは5倍以上、より好ましくは10倍以上、さらに好ましくは20倍以上高いことである。
また例えば、GCLMの場合、発現レベルが「高い」とは、被験物質への曝露後の発現レベルが、被験物質への曝露前若しくは対照物質への曝露後のそれと比較して、好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上、さらに好ましくは10倍以上高いことである。
また例えば、DNAJB4の場合、発現レベルが「高い」とは、被験物質への曝露後の発現レベルが、被験物質への曝露前若しくは対照物質への曝露後のそれと比較して、好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上、さらに好ましくは8倍以上高いことである。
また例えば、HSPA6の場合、発現レベルが「高い」とは、被験物質への曝露後の発現レベルが、被験物質への曝露前若しくは対照物質への曝露後のそれと比較して、好ましくは4倍以上、より好ましくは20倍以上、さらに好ましくは50倍以上高いことである。
また例えば、HSPA1Aの場合、発現レベルが「高い」とは、被験物質への曝露後の発現レベルが、被験物質への曝露前若しくは対照物質への曝露後のそれと比較して、好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上、さらに好ましくは10倍以上高いことである。
また例えば、HSPH1の場合、発現レベルが「高い」とは、被験物質への曝露後の発現レベルが、被験物質への曝露前若しくは対照物質への曝露後のそれと比較して、好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上、さらに好ましくは8倍以上高いことである。
また例えば、ZFAND2Aの場合、発現レベルが「高い」とは、被験物質への曝露後の発現レベルが、被験物質への曝露前若しくは対照物質への曝露後のそれと比較して、好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上、さらに好ましくは10倍以上高いことである。
また例えば、SRXN1の場合、発現レベルが「高い」とは、被験物質への曝露後の発現レベルが、被験物質への曝露前若しくは対照物質への曝露後のそれと比較して、好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上、さらに好ましくは8倍以上高いことである。
また例えば、DNAJA4の場合、発現レベルが「高い」とは、被験物質への曝露後の発現レベルが、被験物質への曝露前若しくは対照物質への曝露後のそれと比較して、好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上、さらに好ましくは8倍以上高いことである。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0028】
実施例1
1)サンプルの被験物質への曝露
3D培養皮膚モデルEpiDermTM(MatTek corporationより入手)を、あらかじめ37℃で温めておいた付属の培地500μLの入った24ウェルプレートに移し、37℃のCO2インキュベーターにて10時間〜18時間前培養した。前培養後、新たにあらかじめ37℃に温めておいた付属の培地200μLの入った24ウェルプレートに組織を移した。被験物質は、アセトンとオリーブ油を3:1の比率(v/v)で混合した溶媒(AOO)或いは精製水にて適切な濃度に希釈した。希釈した被験物質10μLを組織全体に広がるように適用し、37℃のCO2インキュベーターにて6時間培養した。被験物質としては、公知の感作性物質:強度(extreme)感作性物質であるジニトロフルオロベンゼン(1-Fluoro-2,4-dinitrobenzene:DNFB、シグマアルドリッチ社製);中程度(moderate)感作性物質であるフェニルアセタールアルデヒド(Phenylacetaldehyde:PAA、シグマアルドリッチ社製);軽度(weak)感作性物質であるエチレングリコールジメタクリレート(Ethyleneglycol dimethacrylate:EGDM、シグマアルドリッチ社製)、ならびに非感作性物質である塩化ベンザルコニウム(Benzalkonium chloride:BAC、シグマアルドリッチ社製)、及び溶媒対照(AOO)を用いた。
【0029】
2)total RNAの回収
培養後、組織をPBS(−)800μLで3回洗浄後、組織をピンセットにて剥ぎ取り、1mLのTRIzol(Invitrogen)に組織を浸漬し破砕した。ホモジナイザーにより細胞を細断し、室温で5分放置後、クロロホルム200μLを添加して激しく混合して、12,000×gで15分間、4℃にて遠心操作を行った。上層の水層を注意深く分取し、新しいチューブに移した後、等量の70%エタノール水を添加して、混合した。混合液はRNAを精製するため、カラム(RNeasy,QIAGEN社)に添加した。その後、付属のプロトコールに従ってtotal RNA溶液を回収した。
【0030】
3)cDNA合成
回収したtotal RNA500ngからcDNAを合成した。cDNA合成にはSuperscriptTMIII(Invitrogen社製)を用い、手順はキットに付属されているプロトコールに従った。まず始めに、RNA溶液とOligo(dT)20プライマー、dNTPミックスをあらかじめ混和し、65℃にて5分間反応させた。サンプルを2分以上氷冷後、反応バッファー、MgCl2、DTT、逆転写酵素、RNase inhibitorを加え、50℃で50分反応後、85℃で5分間反応させた。その後、RNAを分解するためRNaseHを添加し、37℃にて20分反応を行った。反応後の溶液をcDNA溶液とし、リアルタイム発現解析に用いた。
【0031】
4)リアルタイムPCR解析
3)で調製したcDNA溶液を精製水にて2倍希釈し、そのうち2μLをリアルタイムPCRに供した。標的遺伝子としては、HSPA1A遺伝子、HSPA6遺伝子、ATF3遺伝子、HSPH1遺伝子、GCLM遺伝子、DNAJA4遺伝子、DNAJB4遺伝子、ZFAND2A遺伝子、及びSRXN1遺伝子の9遺伝子、ならびに内在性コントロールとしてGAPDH遺伝子を用いた。増幅用プローブ及びプライマーには、標的遺伝子特異的なリアルタイムPCR用プローブセットTaqMan(登録商標)Gene Expression Assay(Applied Biosystems社製)を用いた(HSPA1A:Hs00271229_s1、HSPA6:Hs00275682_s1,GCLM:Hs00978073_m1、ATF3:Hs00231069_m1、HSPH1:Hs00971475_m1、DNAJA4:Hs00388055_m1、DNAJB4:Hs00199826_m1、ZFAND2A:Hs00380809_m1、SRXN1:Hs00607800_m1、GAPDH:Hs99999905_m1)。
1サンプルにつき、cDNA溶液2μL、プローブセット1μL、TaqMan(登録商標)Universal PCR Master Mix(Applied Biosystems社製)10μL、精製水7μLを専用の96ウェルプレートにて混和し、Applied Biosystems7500FastリアルタイムPCRシステム(Applied Biosystems社製)にてリアルタイムPCR解析を行った。
発現量の比較はΔΔCt法にて相対比較を行った。即ち、標的遺伝子と内在性コントロ
ールのCt値の差を算出した後(ΔCt)、被験物質処理群のΔCtから溶媒対照群のΔ
Ctを引くことによりΔΔCt値を算出した。最後に2-(ΔΔCt)を産出することにより、溶媒対照群の発現を1としたときの被験物質処理群の相対発現量を求めた。
【0032】
5)LDH漏出を指標とした細胞生存率測定
被験物質を曝露した後の細胞生存率は、タカラバイオ社製のLDH Cytotoxicity Detection Kitを用いて測定した。具体的には、組織を採取した後に残った培養液を回収した。一方LDH cytotoxicity Detection kitに含まれるCatalyst溶液とDye Solutionを45:1で混和しこれをReaction mixとした。培養液とReaction mixを50 Lずつ混合し、室温、遮光にて30分反応させて後、490nmの吸光度を測定した。尚参照波長として650nmの吸光度も測定した。
以下のような数式から、各被験物質暴露群の細胞生存率を算出した。

細胞生存率(%)
=100-(被験物質処理群の吸光度−未処理群の吸光度)/(5%ドデシル硫酸ナトリウム処理群の吸光度−未処理群の吸光度)×100
【0033】
5)結果
表1に被験物質曝露後の細胞の生存率を示す。データは3回の測定の平均及び標準偏差を示す。何れの物質の場合も、高濃度の曝露により細胞の生存率が低下し、高濃度では細胞毒性が現れることが分かった。
【0034】
【表1】

【0035】
表1記載の被験物質への曝露による各遺伝子の発現の変化を調べた。被験物質の細胞毒性による影響を除外するため、表1記載の濃度のうち50%以上の細胞生存率が維持された濃度についての遺伝子発現を調べた。結果を表2及び図2に示す。データは3回の測定の平均及び標準偏差を示す。何れの遺伝子も、感作性物質に対して濃度依存的に発現を増加させる傾向を有する一方で、非感作性物質に対しては濃度による発現の変化は見られなかった。すなわち、これらの遺伝子は皮膚感作性物質に応答して発現を増加させている。
【0036】
【表2】

【0037】
実施例2 水不溶性物質曝露評価
実施例1と同様に、3D培養皮膚モデルEpiDermTM(MatTek corporationより入手)に被験物質を曝露した。被験物質としては、感作性の有無が既知で、且つ水に不溶の物質を選定した。感作性物質としては、強度(Strong)感作性物質であるベータプロピオラクトン(beta-propiolactone:BPL、東京化成社製)、中程度(moderate)感作性物質である パルミトイルクロリド(palmitoyl chloride:PalC、シグマアルドリッチ社製)、非感作性物質としてはヘキサン(hexane, シグマアルドリッチ社製)を用いた。いずれの被験物質も、AOOを溶媒として適切な濃度に希釈し、希釈した被験物質10μLを組織全体に広がるように適用して、37℃のCO2インキュベーターにて6時間培養した。実施例1と同様に、但し、HSPA1A遺伝子、HSPA6遺伝子、ATF3遺伝子、HSPH1遺伝子の4遺伝子を標的遺伝子として、totalRNAの抽出、cDNAの合成を行い、リアルタイムPCRにて発現解析を行った。
【0038】
表3に被験物質曝露後の細胞の生存率を、表4及び図3に被験物質への曝露による各遺伝子の発現の変化を示す。データは2回の測定の平均を示す。何れの遺伝子も、感作性物質に対して発現を増加させる傾向を有する一方で、非感作性物質に対しては発現の変化は見られなかった。水に不溶性であり、高濃度での暴露が必要な物質であっても本発明の方法で感作性の評価が可能であることが示された。
【0039】
【表3】

【0040】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
3次元培養皮膚細胞を被験物質に曝露する工程;
該細胞におけるATF3、GCLM、DNAJB4、HSPA6、HSPA1A、HSPH1、ZFAND2A、SRXN1及びDNAJA4、ならびにそれらをコードする遺伝子から選択されるうちの少なくとも1の発現を測定する工程;及び
測定された該発現に基づいて該被験物質の皮膚感作性を評価する工程、
を含む物質の皮膚感作性の評価方法。
【請求項2】
ATF3、GCLM、DNAJB4及びHSPA6、ならびにそれらをコードする遺伝子から選択されるうちの少なくとも1の発現が測定される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ATF3、GCLM、DNAJB4及びHSPA6、ならびにそれらをコードする遺伝子から選択されるうちの少なくとも2の発現が測定される、請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記測定された前記発現に基づいて前記被験物質の皮膚感作性を評価する工程が、該測定された該発現のレベルを該被験物質への曝露後と対照物質への曝露後との間で比較して、該被験物質への曝露後の発現レベルが高い場合に該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記測定された前記発現に基づいて前記被験物質の皮膚感作性を評価する工程が、該測定された該発現のレベルを該被験物質への曝露前後で比較して、該被験物質への曝露後の発現レベルが高い場合に該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記被験物質への曝露後の発現レベルが該被験物質への曝露前又は対照物質への曝露後のそれと比較して2倍以上高い場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、請求項4又は5記載の方法。
【請求項7】
前記被験物質への曝露後の発現レベルが該被験物質への曝露前又は対照物質への曝露後のそれと比較して3倍以上高い場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、請求項4又は5記載の方法。
【請求項8】
前記被験物質への曝露後の発現レベルが該被験物質への曝露前又は対照物質への曝露後のそれと比較して5倍以上高い場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、請求項4又は5記載の方法。
【請求項9】
前記被験物質への曝露後の発現レベルが該被験物質への曝露前又は対照物質への曝露後のそれと比較して10倍以上高い場合に、該被験物質を皮膚感作性物質として選択する工程である、請求項4又は5記載の方法。
【請求項10】
前記3次元培養皮膚細胞が3次元培養表皮細胞である、請求項1〜9のいずれか1項記載の方法。
【請求項11】
前記3次元培養皮膚細胞が3次元培養ヒト由来表皮細胞である、請求項1〜9のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
測定される発現がmRNA発現である、請求項1〜11のいずれか1項記載の方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−179020(P2012−179020A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45061(P2011−45061)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】