説明

短日植物の花芽分化を抑制する方法と装置

【課題】短日植物の花芽の分化を抑制する装置及び方法を提供する。
【解決手段】本発明の短日植物の花芽形成を抑制する装置は、660nm±40nmの範囲に波長のピークがある赤色光を発生させるLEDと、735nm±40nmの範囲に波長のピークがある遠赤色光を発生させるLEDとを備えており、赤色光を発生させるLEDと、遠赤色光を発生させるLEDとを同時に動作させることによって、短日植物に対して日没後に赤色光と遠赤色光とを同時に照射する長日処理を行うことができる。本発明はまた、660nm±40nmの範囲に波長のピークがある赤色光と、735nm±40nmの範囲に波長のピークがある遠赤色光とを同時に短日植物に照射することを特徴とする短日植物の花芽形成を抑制する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、短日植物の花芽形分化を抑制する方法と、短日植物の花芽分化を抑制する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一日の暗期が一定時間以上になると花芽を分化させる短日植物の花芽の分化を遅らせるために、暗期を短くしたり、暗期の途中で短時間光を与えるといった長日処理を行う技術が知られている。例えば、代表的な短日植物である秋菊では、晩夏から白熱電球による光を照射して一日の暗期を短くし、開花を遅らせる電照栽培が広く行われている。
【0003】
短日植物と長日植物の花芽の分化には、主に植物の葉の中に含まれるフィトクロムが関与していることが知られている。フィトクロムは色素蛋白質であって、図6に示すようにPr型とPfr型の吸光度の異なる2つの型があり、相互変換することができる。即ちPfr型のフィトクロムに735nm付近の波長の遠赤色光を照射すると、Pfr型のフィトクロムはこの遠赤色光を吸収してPr型のフィトクロムに変化する。Pr型のフィトクロムは、短日植物の花芽の分化を促進する作用があるとされている。またPr型のフィトクロムに660nm付近の波長の赤色光を照射すると、Pr型のフィトクロムはこの赤色光を吸収してPfr型のフィトクロムに変化する。Pfr型のフィトクロムは、長日植物の花芽の分化を促進するが、短日植物の花芽の分化を抑制する作用があるとされており、一般に短日植物の花芽の分化を抑制するには、短日植物に660nm付近の波長を有する赤色光を照射して、Pfr型のフィトクロムを形成させることが有効であると言われている。
【0004】
従来から短日植物の長日処理のために用いられてきた白熱電球は、広い可視光から遠赤外線領域までの広い波長範囲の光を放射しており、種々の短日植物の花芽の分化を抑制する効果が知られている。しかしながら白熱電球は、電力の光変換効率が15lmW−1程度と非常に発光効率が悪く、発熱量が多い。このため地球温暖化対策の観点から製造販売の中止が検討されている。また白熱電球は、耐久時間が1000〜2000時間であるために交換頻度が高く、維持管理に手間がかかるという問題点があった。
【0005】
そこで、花芽の分化を抑制する効果が高く、且つ発光効率の高い長日処理用の光源の開発が求められている。現時点では、上述のフィトクロムの特性を考慮して、630nm付近の波長の光を発するLED、および660nm付近の波長の光を発するLEDが紹介されている。LEDは、白熱電球と比較すると電力の光変換効率が高い。その一方で、放射する光の波長範囲が狭いため、植物の花芽の分化を抑制する効果の高い波長を特定することが必要となっている。特許文献1には、660nm付近の波長の赤色光を発するLEDと450nm付近の波長の青色光を発するLEDとを組み合わせて、水耕栽培の照明として用いる技術が開示されている。更にまた特許文献2には、600〜700nmの赤色光を照射して植物の主茎伸張を抑制しながら花成を制御する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−291185号公報
【特許文献2】特開2008−142005号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
花芽の分化の制御が望まれる短日植物の種類は多種多様であるが、これらの中には、600〜700nmの光を照射しただけでは充分に花芽の分化を抑制できないものがある。例えば、短日植物である秋菊と中性植物である夏菊との交配種である夏秋菊の中には、600〜700nmの光を照射して長日処理を行った場合であっても、花芽が通常と同じように分化するものがある。
【0008】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであって、従来は花芽の分化の抑制が充分に行われなかった短日植物の花芽の分化を確実に抑制する光の波長を特定し、花芽の分化を確実に抑制する方法と装置を提供するためになされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、短日植物の花芽形成を抑制する方法に関する。本発明の短日植物の花芽形成を抑制する方法は、660nm±40nmの範囲に波長のピークを有する赤色光と、735nm±40nmの範囲に波長のピークを有する遠赤色光とを、所定の時間間隔で同時に短日植物に照射することを特徴とする。発明者らは、鋭意検討した結果、上記の波長を有する2種類の波長の光を所定の時間間隔で同時に短日植物に照射することが、短日植物の花芽形成を抑制するために有効であることを見出して、本発明をなすに至った。
【0010】
本発明の短日植物の花芽形成を抑制する方法は、短日植物に赤色光と遠赤色光とを照射する時間間隔が、日長延長法、夜間中断法、間欠照明法のうちのいずれか一つの方法に基づいて設定されることを特徴とする。
【0011】
本発明はまた、短日植物の花芽形成を抑制する装置を提供する。本発明の短日植物の花芽形成を抑制する装置は、660nm±40nmの範囲に波長のピークを有する赤色光を発生させるLED又は放電灯と、735nm±40nmの範囲に波長のピークを有する遠赤色光を発生させるLED又は放電灯と、LED又は放電灯とを制御する制御手段とを備えており、赤色光を発生させるLED又は放電灯と、遠赤色光を発生させるLED又は放電灯とを制御手段によって同時に動作させることによって、短日植物に赤色光と遠赤色光とを同時に照射できることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の花芽形成を抑制する方法及び短日植物の花芽形成を抑制する装置は、従来の特定の波長の光では花芽の分化の抑制が充分に行われなかった短日植物の花芽分化を、確実に抑制する方法と装置を提供する。
【0013】
本発明の短日植物の花芽形成を抑制する装置は、白熱電球よりも耐久時間が長く、且つ白熱電球よりも光変換効率の高いLED又は放電灯によって照射する光を発生させる。このため、白熱電球を用いる従来の花芽形成を抑制する装置と比較すると、より長い耐久年数で稼働させることが可能であり、更に電照経費が軽減される。このことから、本発明の短日植物の花芽形成を抑制する装置は、より安価で且つ安定的に短日植物を生産することが可能であり、且つ短日植物の生産効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1(a)は、本発明の花芽分化抑制装置1のランプ10の正面図であり、図1(b)は本発明の花芽分化抑制装置1のランプ10の側面図である。
【図2】図2は、本実施例の花芽分化抑制装置1が発生させる光の波長の分布を示す図である。
【図3】図3は、夏秋菊の「岩の白扇」に長日処理を施した場合の花芽分化指数と育成期間との関係を示す図である。
【図4】図4は、秋菊の「神馬」に長日処理を施した場合の花芽分化指数と育成期間の関係を示す図である。
【図5】図5は、花芽分化指数の指標となる花芽の状態を示す図面代用写真である。
【図6】図6は、フィトクロムの吸光度の分布を示す図である。
【図7】図7は、花芽分化抑制装置1の構成を模式的に示すブロック図である。
【図8】図8は、実施例3の花芽分化抑制装置のランプ20の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、発明を実施するための形態として、本発明の短日植物の花芽の分化を抑制する装置と短日植物の花芽の分化を抑制する方法を、短日植物である秋菊と、この秋菊と中性植物である夏菊との交配種である夏秋菊とに適用した実施例について説明する。以下で本発明を適用した夏秋菊は、従来の600nm〜700nmの波長の光を用いた処理では花芽の分化を抑制することが困難であるとされてきた品種を選択している。
【実施例1】
【0016】
以下、本発明の実施例について図面を参照しつつ説明する。本実施例においては、本発明の花芽の分化を抑制する装置1(以下、花芽分化抑制装置1と称する)を用いて、短日植物である秋菊と、中性植物である夏菊との交配種である夏秋菊の代表的な品種であり、従来の600nm〜700nmの波長の光を用いた処理では花芽の分化を抑制することが困難であるとされてきた「岩の白扇」の花芽の分化を抑制した実施例について説明する。
【0017】
本発明の花芽の分化を抑制する装置1(以下、花芽分化抑制装置1と称する)のブロック図を図7に示す。花芽分化抑制装置1は、1又は2以上のランプ10と、制御手段4とを備えている。図7では、便宜上ランプ10を2個備えた花芽分化抑制装置1を示している。
【0018】
図1(a)に、本発明の花芽分化抑制装置1のランプ10の正面図を示し、図1(b)に、ランプ10の側面図を示す。本実施例で用いられる花芽分化抑制装置1のランプ10の正面(前面)には、波長ピークが660nmの光を発するLED素子2を8個備えているLED5が5個配置されている。LED5は、赤色光を発生させるLEDである。またランプ10の正面(前面)には、波長ピークが735nmの光を発するLED素子3を8個備えているLED6が5個配置されている。LED6は、遠赤色光を発生させるLEDである。赤色光を発生させるLED5と遠赤色光を発生させるLED6とは、1個ずつ交互に配置されている。
【0019】
図1(b)に示されるランプ10の口金11は、白熱ボール電球のJIS規格であるG95に適合したE26口金が用いられている。本実施例のランプ10は、従来白熱電球のために使用されてきたソケットに接続することで、点灯させることができる。
【0020】
制御手段4は、交流電源12とランプ10との間に配置されており、ランプ10への電気の供給を制御する。具体的には、制御手段4は図示されないタイマーを備えており、日没後の指定された時刻にランプ10を点灯させ、且つ指定された時刻にランプ10を消灯することができる。
【0021】
図2に、従来の白熱電球が発生させる光の波長の分布を破線で示し、本実施例の花芽分化抑制装置1のランプ10に用いられているLED5とLED6がそれぞれ発生させる光の波長の分布とを実線で示す。図2に比較のために示されている従来の白熱電球の光の波長分布が、非常に広い範囲に及んでいるのに対し、本実施例の赤色光を発生させるLED5は出力波長のピークが660nmである限定された波長範囲の光を発生させ、遠赤色光を発生させるLED6もまた出力波長のピークが735nmである限定された波長範囲の光を発生させる。
【0022】
本実施例における花芽分化抑制装置1のランプ10は、地上高2mの位置に配置したときに、ランプ10を中心として9.9平方メートルの範囲の短日植物の花芽の分化を抑制することができる。また本実施例のLEDは、耐久時間が40,000時間以上であり、耐久時間が1000〜2000時間であった白熱電球を用いる従来の花芽形成を抑制する装置と比較すると、20倍以上の耐久年数で稼働させることが可能である。
【0023】
本実施例の花芽分化抑制装置1を用い、一群の夏秋菊の「岩の白扇」を測定対象として、長日処理による花芽の分化の抑制を行った方法について以下に詳細に説明する。
【0024】
本実施例において行われた、花芽の分化を抑制する工程は以下の通りである。夏秋菊の「岩の白扇」の苗を150本挿し木して、23℃の温度条件の生産温室の中で1週間、ビニル被覆を施して育成する。1週間の育成後に、ビニル被覆を除去し、日照を模した光の照射と、長日処理に相当する光の照射を、交互に6週間の間行った。本実施例における日照を模した光の照射とは、午前8時から午後8時までの間の蛍光灯による照射である。また本実施例における長日処理とは、花芽分化抑制装置1を用いて、午後10時から午前4時までの6時間の間、ランプ10により出力波長のピークが660nmである赤色光と出力波長のピークが735nmである遠赤外光とを照射することである。ここで行われた長日処理は、暗期の連続した長さを中断するために夜間に一度光を照射する方法であり、一般に夜間中断法又は光中断法と言われる処理である。
【0025】
花芽分化抑制装置1によって長日処理を施された、夏秋菊の「岩の白扇」の花芽の分化の抑制状態の評価方法を以下に説明する。一群の「岩の白扇」の苗は、一週間毎に測定対象の一群の個体を、一つずつ目視により観察し、花芽の分化の段階を示す基準画像と比較して花芽の分化の程度を数値化している。ここで用いられる基準画像を、図5に示す。基準画像は、花芽の分化の進行に対応しており、0から0.5間隔で3.0までの数値が設定された7枚の画像である。基準画像において、花芽の段階0の画像は、花芽が未分化な状態を示しており、段階0.5の画像は、花芽が目視により確認できる程度まで分化した状態を示している。
【0026】
本実施例の花芽の分化の抑制状態の評価方法では、基準画像との比較によって得られた花芽の分化の程度を表す数値を判定指標として用い、更に以下の式を用いることによって花芽分化指数を算出した。以下の式における最大判定指標とは、花芽が分化した最終段階の数値指標の値3.0のことである。本実施例の花芽分化指数は、花芽の分化の進行に従ってその値が大きくなる。種々の観察の結果、個体群の花芽の分化が確実であることを示す花芽分化指数の値は、0.2であることが明らかとなった。花芽分化指数0.2となる状態とは、例えば測定対象の一群の苗のうちの80%に段階0.5の花芽が形成され、20%に段階1.0の花芽が形成された状態を指す。
【数1】

【0027】
算出された花芽分化指数と、測定対象である「岩の白扇」の育成期間との関係を図3に示す。本実施例の花芽分化抑制装置1のランプ10により、出力波長のピークが660nmである赤色光と出力波長のピークが735nmである遠赤色光とを同時に照射して長日処理を行った場合には、長日処理を5週間行った苗(即ち挿し木後6週間の苗)であっても、花芽分化指数は0.05であった。この結果から、花芽分化抑制装置1を用いて本実施例の花芽の分化を抑制する長日処理を行うことにより、花芽の分化が充分抑制されていることが明らかとなった。
【0028】
(比較例1〜5)
夏秋菊である「岩の白扇」に対して、比較のために、以下の処理を行った。即ち、比較例1として、白熱電球による長日処理を行った。比較例2として、出力波長のピークが630nmの光を発するLEDによる長日処理を行った。比較例3として、出力波長のピークが660nmの光を発するLEDによる長日処理を行った。比較例4として、出力波長のピークが735nmの光を発するLEDによる長日処理を行った。比較例5として、長日処理を全く行わず午前8時から午後8時までの12時間の蛍光灯による照射のみを行った。比較例1〜4は、それぞれ異なる一群の個体に対して、午後10時から午前4時までの6時間の間、それぞれの光を照射して長日処理を行っている。比較例1〜5についての、花芽分化指数と育成期間との関係を図3に示す。比較例1〜5は、夏秋菊の「岩の白扇」の苗の挿し木を全て実施例1と同時期に行い、育成温度と、午前8時から午後8時までの日照を模した光の照射の条件は全て同一に設定して、評価を行った。
【0029】
比較例1の白熱電球を用いた長日処理を行った「岩の白扇」は、6週目まで花芽分化指数は0.2を下回っており、花芽の分化が充分抑制された。これに対して、比較例5の長日処理を全く行わなかった「岩の白扇」は、挿し木から4週目で花芽分化指数が0.2を越え、その後も花芽の分化が進むことが観察された。比較例2の波長のピークが630nmの光による長日処理を行った「岩の白扇」は、5週目で花芽分化指数が0.2を越えて、花芽の分化の進行が確認された。比較例3の波長のピークが660nmの光による長日処理を行った「岩の白扇」は、5週目で花芽分化指数が0.2を越えて花芽の分化の進行が確認され、最終的には長日処理を行わない比較例5と同等の花芽の分化が確認された。比較例4の波長のピークが735nmの光による長日処理を行った「岩の白扇」は、比較例2及び比較例3と比較すると花芽の分化が遅れるが、6週目で花芽分化指数が0.2を越えて、花芽の分化の進行が確認された。
【0030】
実施例1の評価結果と比較例1〜5の評価結果から、実施例1の花芽分化抑制装置1は、660nmや630nmの光を照射しただけでは充分に花芽の分化を抑制できないことが明らかな夏秋菊の「岩の白扇」に対して、白熱電球と同等の優れた花芽の分化の抑制効果を有することが明らかとなった。
【実施例2】
【0031】
以下においては、秋菊である「神馬」の一群の苗に対して、本発明の花芽分化抑制装置1を用いて花芽の分化を抑制した方法と結果とを示す。本実施例に用いた花芽分化抑制装置1の構成と、花芽分化を抑制する方法は、実施例と同一であり、同一符号を付して重複説明を省略する。また、0から0.5間隔で3.0までの数値が設定された基準画像を用いて、花芽分化指数を求める評価方法もまた実施例1と同一であり重複説明を省略する。
【0032】
秋菊である「神馬」に対して、花芽分化抑制装置1によって出力波長のピークが660nmである光と出力波長のピークが735nmである光とを同時に照射して長日処理を施した場合の、算出された花芽分化指数と実験期間との関係を図4に示す。長日処理を5週間行った苗(即ち挿し木後6週間の苗)であっても、花芽分化指数は0.1であった。この結果、花芽分化抑制装置1を用いて本実施例の花芽の分化を抑制する長日処理を行うことにより、秋菊である「神馬」の花芽の分化が充分抑制されることが明らかとなった。
【0033】
(比較例6〜10)
秋菊である「神馬」に対して、比較のために、以下の処理を行った。即ち、比較例6として、白熱電球による長日処理を行った。比較例7として、出力波長のピークが630nmの光を発するLEDによる長日処理を行った。比較例8として、出力波長のピークが660nmの光を発するLEDによる長日処理を行った。比較例9として、出力波長のピークが735nmの光を発するLEDによる長日処理を行った。比較例10として、長日処理を全く行わず午前8時から午後8時までの12時間の蛍光灯による照射のみを行った。比較例6〜9は、それぞれ異なる一群の個体に対して、午後10時から午前4時までの6時間の間、それぞれの光を照射して長日処理を行っている。比較例6〜10についての、花芽分化指数と育成期間との関係を図4に示す。比較例6〜10は、秋菊の「神馬」の苗の挿し木を全て実施例2と同時期に行い、育成温度と、午前8時から午後8時までの日照を模した光の照射の条件は全て同一に設定して、評価を行った。
【0034】
図4に示すように、比較例6の長日処理を受けた「神馬」と、比較例7の長日処理を行った「神馬」と、比較例8の長日処理を行った「神馬」とは、6週目まで花芽分化指数は0.2を下回っており、花芽の分化が充分抑制されていた。これに対して、比較例10の長日処理を行わない比較例の「神馬」は、挿し木から4週目で花芽分化指数が0.2を越え、その後も花芽の分化が進むことが観察された。また比較例9の出力波長のピークが735nmである光による長日処理を行った「神馬」では、同じく4週目で長日処理を行わない比較例10の「神馬」と同等の花芽の分化が確認された。
【0035】
実施例2の評価結果と比較例の評価結果から、実施例2の花芽分化抑制装置1を用いた秋菊「神馬」に対する花芽分化の抑制方法は、比較例6の白熱電球を用いた場合、及び比較例7の630nmの波長の光若しくは比較例8の660nmの波長の光を単独で照射した場合と同等の、優れた花芽の分化の抑制効果を有することが明らかとなった。実施例2と比較例6〜10の結果は、短日植物の特定の種類においては、一種類の波長ピークを有する光の照射のみで花芽の抑制効果が得られるというものであった。しかしながら、実施例1及び実施例2の結果から明らかであるように、多くの種類の短日植物に対して花芽の分化を抑制する効果が確認された汎用性が高い花芽分化抑制装置は、波長のピークが660nm±40nmの範囲にある赤色光と波長のピークが735nm±40nmの範囲にある遠赤色光とを同時に発生させる本発明の花芽分化抑制装置1である。
【0036】
以上の結果から、本発明の花芽分化抑制装置1を用いて、波長ピークが660nmの赤色光と、波長ピークが735nmの遠赤色光とを夜間の所定時間に同時に照射する花芽の分化を抑制する方法を行うことにより、秋菊と中性植物である夏菊との交配種であって、これまで600nm〜700nmの波長の光を用いた処理では花芽の分化を抑制することが困難であるとされてきた夏秋菊について、花芽の分化を抑制できることが明らかになった。また、短日植物である秋菊についても、600nm〜700nmの波長の光を用いた処理と同様に、花芽の分化を充分抑制できることが明らかになった。
【実施例3】
【0037】
本実施例の花芽分化抑制装置のランプ20の正面図を図8に示す。本実施例で用いられるランプ20は、等間隔に配置された5個のLED7を備えている。LED7には、波長ピークが660nmの光を発する4個のLED素子と、波長ピークが735nmの光を発する4個のLED素子3と、が一つずつ、あるいは二つずつ、あるいは四つずつ交互に配置されている。これによりLED7は、波長ピークが660nmである赤色光と、波長ピークが735nmである遠赤色光とを同時に発生させることができる。その他の花芽分化抑制装置の構成については、実施例1の花芽分化抑制装置1と同一であり、重複説明を割愛する。
【0038】
本実施例の花芽分化抑制装置は、実施例1よりも少ないLEDを用いているため、実施例1よりも弱い光に対して反応する短日植物に対して、より少ない消費電力で同一の花芽分化を抑制する効果を得ることができる。
【実施例4】
【0039】
本実施例の花芽分化抑制装置は、LEDではなく、放電灯の一種である蛍光灯が用いられている。本実施例の花芽分化抑制装置は、波長のピークが660nmである赤色光を発生させる1以上の蛍光灯と、波長のピークが735nmである遠赤色光を発生させる1以上の蛍光灯とを備えている。赤色光を発生させる蛍光灯と遠赤色光を発生させる蛍光灯とは、生産温室の中に交互に配置される。制御手段は全ての蛍光灯に接続されており、日没後の指定された時刻に全ての蛍光灯を点灯させ、且つ指定された時刻に全ての蛍光灯を消灯することができる。これまで600nm〜700nmの波長の光を用いた処理では花芽の分化を抑制することが困難であった夏秋菊に対して、実施例1と同一の照射条件で本実施例の花芽分化抑制装置による長日処理を行ったところ実施例1と同等の、花芽の分化を抑制する効果を確認することができた。
【0040】
以上、実施例において本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。例えば実施例では、波長ピークが660nmの赤色光と、波長ピークが735nmの遠赤色光とを同時に照射する花芽分化抑制装置について説明したが、使用する光の波長は、その範囲に限定されない。花芽分化抑制装置1が提供する光の波長ピークは、フィトクロムのPr型とPfr型がそれぞれ一定の吸収率を持つ範囲で選択することができるため、波長のピークが660nm±40nmの範囲にある赤色光と、波長のピークが735nm±40nmの範囲にある遠赤色光とを同時に用いれば、実施例と同等の効果を得ることができる。
【0041】
また、実施例に於いては、夜間中断法による長日処理を行った場合について詳細に説明したが、日長延長法または間欠照明法に基づく時間間隔で光を照射した場合であっても、フィトクロムの変換は同様に可能であるため、夜間中断法と同等の効果を得ることができる。その他、花芽分化抑制装置1のランプの中の赤色光を発生させるLED2と遠赤色光を発生させるLED3の配置や個数、及びLEDの光特性については、照射を行う短日植物の種類や距離に応じて適宜変更が可能である。
【符号の説明】
【0042】
1 花芽分化抑制装置
2 波長のピークが660nmの光を発するLED素子
3 波長のピークが735nmの光を発するLED素子
4 制御手段
5 赤色光を発生させるLED
6 遠赤色光を発生させるLED
7 赤色光と遠赤色光とを発生させるLED
10,20 ランプ
11 口金
12 電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
660nm±40nmの範囲に波長のピークを有する赤色光と、735nm±40nmの範囲に波長のピークを有する遠赤色光とを、所定の時間間隔で同時に短日植物に照射することを特徴とする短日植物の花芽形成を抑制する方法。
【請求項2】
短日植物に前記赤色光と前記遠赤色光とを照射する前記所定の時間間隔が、日長延長法、夜間中断法、間欠照明法のうちのいずれか一つの方法に基づいて設定されることを特徴とする請求項1に記載の短日植物の花芽形成を抑制する方法。
【請求項3】
660nm±40nmの範囲に波長のピークを有する赤色光を発生させるLED又は放電灯と、735nm±40nmの範囲に波長のピークを有する遠赤色光を発生させるLED又は放電灯と、前記LED又は前記放電灯とを制御する制御手段とを備えており、
前記赤色光を発生させるLED又は放電灯と、前記遠赤色光を発生させるLED又は放電灯とを前記制御手段によって同時に動作させることによって、短日植物に赤色光と遠赤色光とを同時に照射できることを特徴とする短日植物の花芽形成を抑制する装置。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図2】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−39901(P2012−39901A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−182055(P2010−182055)
【出願日】平成22年8月17日(2010.8.17)
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【出願人】(504126802)前田硝子株式会社 (1)
【出願人】(500479164)株式会社シバサキ (5)
【Fターム(参考)】