説明

短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法

【課題】アーク期間に形成される溶滴の大きさの変動に起因する短絡期間の時間長さの変動を抑制して、溶接状態の安定性を向上させる。
【解決手段】アーク期間Ta中は溶接ワイヤを母材へ前進送給Ffsし、短絡期間Ts中は溶接ワイヤを母材から離れる方向に後退送給Frsする短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法において、前記後退送給の送給速度Frsを、各短絡期間の開始時点における溶滴の大きさと相関する指標に応じて変化させる。この指標としては、直前のアーク期間の時間長さTa(n)、直前のアーク期間における溶接電流Iwの積分値、アーク期間の時間長さTaの移動平均値又はアーク期間における溶接電流Iwの積分値の移動平均値から1つを選択して使用する。溶滴の大きさが変動しても後退送給速度Frsを変化させることで、短絡期間の変動を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク期間中は溶接ワイヤを母材へ前進送給し、短絡期間中は溶接ワイヤを母材から離れる方向に後退送給する短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
短絡を伴うアーク溶接方法としては、炭酸ガスアーク溶接方法、マグ溶接方法、ミグ溶接方法等がある。また、溶滴移行形態としては、短絡移行形態、短絡を伴うグロビュール移行形態、短絡を伴うスプレー移行形態等がある。これらの溶接方法では、溶接ワイヤは一定の送給速度で前進送給されると共に、アーク期間と短絡期間とを繰り返して溶接が行われる。アーク期間中に溶接ワイヤ先端に溶滴が形成され、短絡期間中に溶滴が移行する。短絡を伴うアーク溶接方法において、スパッタ発生量を減少させることは、良好な溶接品質を得るために重要である。一般的なアーク溶接方法では、短絡期間中に溶滴を移行させるために、大きな値の溶接電流を通電している。この結果、溶滴移行が終了してアークが再発生した時点における電流値が大きいために、多くのスパッタが発生することになる。これを改善するために、特許文献1、2等に開示された従来技術が使用されている。これらの従来技術では、アーク期間中は溶接ワイヤを前進送給し、短絡期間中は溶接ワイヤを後退送給している。以下、この従来技術について説明する。
【0003】
図6は、従来技術における短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法を示す出力波形図である。同図(A)は溶接電圧Vwを示し、同図(B)は溶接電流Iwを示し、同図(C)は送給速度設定信号Frを示し、同図(D)は溶接ワイヤ先端の実際の送給速度Fsを示す送給速度設定信号Fr及び送給速度Fsは、正の値のときは前進送給を示し、負の値のときは後退送給を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0004】
同図において、時刻t1〜t2の期間が第n−1回目のアーク期間Ta(n-1)であり、時刻t2〜t3の期間が第n−1回目の短絡期間Ts(n-1)であり、時刻t3〜t4の期間が第n回目のアーク期間Ta(n)であり、時刻t4〜t5の期間が第n回目の短絡期間Ts(n)である。
【0005】
時刻t1〜t2のアーク期間Ta(n-1)中は、同図(C)に示すように、送給速度設定信号Frの値は予め定めた正の値の前進送給速度設定値Ffrとなり、同図(D)に示すように、送給速度Fsは前進送給速度Ffsとなる。同図(A)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値となる。同図(B)に示すように、溶接電流Iwは、溶接電源が定電圧制御されているので、前進送給速度Ffsとアーク負荷とによって定まる電流値となる。したがって、この溶接電流Iwはアーク負荷の変動に伴い変動する波形となる。このアーク期間Ta(n-1)中において、溶接ワイヤの先端が溶融して溶滴が形成される。
【0006】
時刻t2において溶接ワイヤ先端に形成された溶滴が溶融池と接触すると、短絡状態となる。短絡状態になると、同図(A)に示すように、溶接電圧Vwは数Vの短絡電圧値に減少する。この溶接電圧Vwがしきい値未満になったことを判別して短絡の発生を判別する。このしきい値は、10〜15V程度に設定される。短絡の発生を判別すると、溶接電源は定電流制御に切り換えられ、同図(B)に示すように、短絡電流Isは、時刻t2〜t21の予め定めた短絡初期期間Tsi中は小電流値に維持され、時刻t21〜t23の予め定めた短絡電流増加期間Tsu中は曲線状に増加し、時刻t23からアークが発生する時刻t3までの短絡電流減少期間Tsd中は傾斜を有して減少する。同時に時刻t2において、同図(C)に示すように、送給速度設定信号Frは、予め定めた負の値の後退送給速度設定値Frrに切り換えられる。これに応動して、同図(D)に示すように、送給速度Fsは、時刻t2〜t22の期間中に、正の値の前進送給速度Ffsから0を通って負の値の後退送給速度Frsへと変化する。すなわち、溶接ワイヤ先端の送給速度Fsは、時刻t2において短絡が発生すると前進送給速度Ffsから減速して0となり、送給方向を反転させて加速し時刻t22において後退送給速度Frsに達する。したがって、この時刻t2〜t22の期間を送給反転期間と呼ぶことにする。この送給反転期間は、送給モータに応答性の良いサーボモータ等を使用し、溶接トーチの長さを数十cm程度に短くし、送給経路の摩擦を少なくすると、2ms程度となる。同図では、送給速度Fsが後退送給速度Frsになる時刻t22が、上記の短絡電流増加期間Tsu中となる場合である。時刻t22以降は、後退送給速度Frsによる後退送給が継続される。これにより、溶接ワイヤ先端が溶融池から離れる方向に次第に移動する。そして、時刻t3において溶融池との接触状態が解消されると、アークが再発生する。上記の短絡初期期間Tsiは、溶接条件に応じて実験によって0.5〜2ms程度に設定される。上記の短絡電流増加期間Tsuは、溶接条件に応じて実験によって2〜6ms程度に設定される。短絡初期期間Tsi中の短絡電流値Isは数十A程度に設定される。短絡電流増加期間Tsu中の短絡電流Isの最大値は溶接電流平均値に近い値に設定される。短絡初期期間Tsiは、溶滴と溶融池との接触を安定した短絡状態へと導くために設けている。短絡電流Isを増加させているのは、一般的な消耗電極アーク溶接のように溶滴に電磁的ピンチ力を作用させてくびれを形成して離脱を促進するためではなく、短絡期間Ts中にもジュール熱による加熱を確保するためである。したがって、短絡電流Isの最大値は、一般的な消耗電極アーク溶接では400〜500A程度であるが、同図では150〜250A程度である。後退送給によってアークが再発生するので、各短絡期間は略一定値となる。したがって、Tsi+Tsuの加算地が短絡期間の時間長さよりも1ms程度短くなるように両値を設定する。これは、短絡電流減少期間Tsdを1ms程度確保して、時刻t3のアーク再発生時点までに短絡電流Isが小さな値まで減少できるようにするためである。短絡電流減少期間Tsd中の短絡電流Isの減少速度は、短絡負かの抵抗値、溶接電源からの通電路のインダクタンス値及び抵抗値によって決まる。この減少速度は、150A/ms程度である。したがって、時刻t23のときの短絡電流Isの最大値を200Aとし、短絡電流減少期間Tsdを上述したように1msとすると、時刻t3時点での電流値は50Aと小さな値となる。アーク再発生時の電流値が小さな値になると、スパッタの発生が削減される。例えば、数値例を挙げると、Tsi=1ms、Tsu=3ms及びTsd=1msとなり、この場合には短絡期間Ts=5msとなる。
【0007】
時刻t3において、アークが再発生すると、同図(A)に示すように、溶接電圧Vwは数十V程度のアーク電圧値に増加する。溶接電圧Vwがしきい値以上になったことを判別してアークの再発生を判別すると、同図(C)に示すように、送給速度設定信号Frは上記の前進送給速度設定値Ffrに切り換えられる。これに応動して、同図(D)に示すように、送給速度Fsは、時刻t3〜t31の送給反転期間中に上記の後退送給速度Frsから上記の前進送給速度Ffsへと変化する。また、時刻t3において、同図(B)に示すように、溶接電源は定電圧制御に切り換えられるので、溶接電流Iwは前進送給速度Ffsとアーク負荷とによって定まる電流値へと増加する。
【0008】
第n回目のアーク期間Ta(n)及び短絡期間Ts(n)についても、上記と同様である。同図に示す送給制御方法では、時刻t3のアーク再発生時の電流値が小さな値であるので、スパッタ発生量は削減される。また、短絡期間中に後退送給を行うことによって確実にアークを再発生させることができるので、溶接状態の安定性が向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−298924号公報
【特許文献2】特開2007−216268号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述した図6において、アーク期間Taの溶接電流値及び時間長さは、溶融池の不規則な運動、溶接トーチの高さ(ワイヤ突出し長さ)の変動、アーク長の変動等によって変動している。両値が変動すると、アーク期間Ta中に形成される溶滴の大きさが変動することになる。溶滴の大きさが変動すると、短絡期間Tsにおいて溶滴を移行させるのに要する時間が変動するために、短絡期間Tsの時間長さが変動することになる。短絡期間Tsの時間長さが変動すると、それに影響を受けてアーク期間Taの時間長さも変動することになる。したがって、上述した従来技術において、溶接品質をさらに向上させるためには、アーク期間に形成される溶滴の大きさの変動に対して短絡期間の変動を抑制する必要がある。
【0011】
そこで、本発明では、アーク期間中に形成される溶滴の大きさが変動しても短絡期間の変動を抑制することができる短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、アーク期間中は溶接ワイヤを母材へ前進送給し、短絡期間中は溶接ワイヤを母材から離れる方向に後退送給する短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法において、
前記後退送給の送給速度を、各短絡期間の開始時点における溶滴の大きさと相関する指標に応じて変化させる、
ことを特徴とする短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法である。
【0013】
請求項2の発明は、前記指標が、直前の前記アーク期間の時間長さである、
ことを特徴とする請求項1記載の短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法である。
【0014】
請求項3の発明は、前記指標が、直前の前記アーク期間における前記溶接電流の積分値である、
ことを特徴とする請求項1記載の短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法である。
【0015】
請求項4の発明は、前記指標が、前記アーク期間の時間長さの移動平均値である、
ことを特徴とする請求項1記載の短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法である。
【0016】
請求項5の発明は、前記指標が、前記アーク期間における溶接電流の積分値の移動平均値である、
ことを特徴とする請求項1記載の短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法である。
【0017】
請求項6の発明は、前記短絡期間が開始した時点から予め定めた短絡初期期間が経過するまでは前記前進送給を継続する、
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載する短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法である。
【0018】
請求項7の発明は、前記アーク期間が開始した時点から予め定めたアーク初期期間が経過するまでは前記後退送給を継続する、
ことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載する短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、後退送給の送給速度を、各短絡期間の開始時点における溶滴の大きさと相関する指標に応じて変化させる。このために、溶滴の大きさが変動しても、短絡期間の変動を抑制することができるので、溶滴移行状態が安定化し、溶接品質が向上する。上記の指標としては、直前のアーク期間の時間長さ、直前のアーク期間における溶接電流の積分値、アーク期間の時間長さの移動平均値又はアーク期間における溶接電流の積分値の移動平均値から1つを選択して使用する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態1において、指標値Hdがアーク期間Taの時間長さ又はその移動平均値であるときの後退送給速度Frsの変化を例示する図である。
【図2】本発明の実施の形態1において、指標値Hdがアーク期間Ta中の電流積分値S又はその移動平均値であるときの後退送給速度Frsの変化を例示する図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係る溶接電源のブロック図である。
【図4】本発明の実施の形態2に係る短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法を示す出力波形図である。
【図5】本発明の実施の形態2に係る溶接電源のブロック図である。
【図6】従来技術における短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法を示す出力波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0022】
[実施の形態1]
実施の形態1に係る発明は、上述した図6において、後退送給速度Frsを、各短絡期間の開始時点における溶滴の大きさと相関する指標に応じて変化させるものである。すなわち、各短絡期間の開始時点における溶滴の大きさと略比例する指標値を算出し、この指標値に基づいて後退送給速度Frsを変化させるものである。指標値が大きいということは溶滴の大きさが大きい場合であるので、後退送給速度Frsを速くして短絡期間Tsが長くなるのを抑制する。逆に、指標値が小さいときは溶滴の大きさが小さい場合であるので、後退送給速度Frsを遅くして短絡期間Tsが短くなるのを抑制する。
【0023】
第n回目の短絡期間Ts(n)の開始時点における溶滴の大きさと相関する指標値Hdとしては、以下の4つから1つを選択して使用する。
(1)Hd=Ts(n)
第n回目の短絡期間Ts(n)の直前のアーク期間の時間長さTa(n)を指標値Hdとする。直前のアーク期間の時間長さが長いほど溶滴の大きさは大きくなる。
(2)Hd=S(n)=∫Iw・dt
第n回目の電流積分値S(n)は、アーク期間Ta(n)中における溶接電流Iwを積分した値である。形成される溶滴の大きさは、溶接電流値Iw及びアーク期間の時間長さTa(n)と略比例関係にあるので、電流積分値S(n)は溶滴の大きさと略比例する。
(3)Hd=(Ta(n-m+1)+…+Ta(n))/m
mは正の整数であり、移動平均回数を表す。この指標値Hdは、上記(1)項のアーク期間を移動平均した値である。移動平均値を取ることによって、後退送給速度Frsの変化を円滑化している。
(4)Hd=(S(n-m+1)+…+S(n))/m
mは正の整数であり、移動平均回数を表す。この指標値Hdは、上記(2)項の電流積分値を移動平均した値である。移動平均値を取ることによって、後退送給速度Frsの変化を円滑化している。
【0024】
図1は、指標値Hdが上記(1)項及び(3)項のアーク期間Taであるときの後退送給速度Frsの変化を例示する図である。同図の横軸はアーク期間Ta(ms)を示し、縦軸は後退送給速度Frs(m/min)を示す。同図は、溶接法が炭酸ガスアーク溶接法であり、溶接ワイヤの直径が1.2mmであり、溶接電流の平均値が180Aのときである。同図に示すように、0≦Ta<5のときはFrs=20となり、5≦Ta<15のときは後退送給速度Frsは20から60へと右肩上がりに大きくなり、15≦Taのときは後退送給速度Frsは60となる。すなわち、アーク期間Taが長くなるほど後退送給速度Frsは大きくなる。同図に示す関係を第1後退送給速度算出関数と呼ぶことにする。同図において、変化パターンを曲線状、ステップ状等にしても良い。この第1後退送給速度算出関数は、溶接法、溶接ワイヤの直径、溶接電流平均値等に応じて、実験によって算出される。溶接法としては、炭酸ガスアーク溶接法、マグ溶接法、ミグ溶接法等がある。溶接ワイヤの直径としては、0.9mm、1.0mm、1.2mm、1.4mm、1.6mm等がある。溶接電流平均値としては、100A未満、100〜150A、150〜200A、200〜250A、250A以上のように複数の区間に分けて関数を設定する。
【0025】
図2は、指標値Hdが上記(2)項及び(4)項の電流積分値Sであるときの後退送給速度Frsの変化を例示する図である。同図の横軸は電流積分値S(ms・A)を示し、縦軸は後退送給速度Frs(m/min)を示す。同図は、溶接法が炭酸ガスアーク溶接法であり、溶接ワイヤの直径が1.2mmであり、溶接電流の平均値が180Aのときである。同図に示すように、0≦S<1250のときはFrs=20となり、1250≦S<3750のときは後退送給速度Frsは20から60へと右肩上がりに大きくなり、3750≦Sのときは後退送給速度Frsは60となる。すなわち、電流積分値Sが大きくなるほど後退送給速度Frsは大きくなる。同図に示す関係を第2後退送給速度算出関数と呼ぶことにする。同図において、変化パターンを曲線状、ステップ状等にしても良い。この第2後退送給速度算出関数は、溶接法、溶接ワイヤの直径、溶接電流平均値等に応じて、実験によって算出される。溶接法としては、炭酸ガスアーク溶接法、マグ溶接法、ミグ溶接法等がある。溶接ワイヤの直径としては、0.9mm、1.0mm、1.2mm、1.4mm、1.6mm等がある。溶接電流平均値としては、100A未満、100〜150A、150〜200A、200〜250A、250A以上のように複数の区間に分けて関数を設定する。
【0026】
図3は、上述した本発明の実施の形態1に係る送給制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各回路について説明する。
【0027】
電源主回路PMは、3相200V等の商用交流電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御によって出力制御を行い、溶接に適した溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用交流電源を整流する1次整流回路、整流された直流を平滑するコンデンサ、平滑された直流を上記の駆動信号Dvに従って高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を整流する2次整流回路、整流された直流を平滑するリアクトルから構成される。溶接ワイヤ1は、送給モータWMに直結した送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給され、母材2との間にアーク3が発生する。
【0028】
電流検出回路IDは、上記の溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧Vwを検出して、電圧検出信号Vdを出力する。短絡判別回路SDは、この電圧検出信号Vdを入力として、その値によって短絡期間とアーク期間とを判別し、短絡期間中はHighレベルとなり、アーク期間中はLowレベルになる短絡判別信号Sdを出力する。
【0029】
指標値算出回路HDは、上記の短絡判別信号Sd及び上記の電流検出信号Idを入力として、短絡判別信号SdがHighレベルに変化するごとに上述した(1)〜(4)項に対応した指標値を算出して、指標値信号Hdとして出力する。すなわち、指標値信号Hdとしては、(1)直前のアーク期間Ta(n)、(2)直前のアーク期間中の電流積分値S(n)、(3)アーク期間の移動平均値、(4)電流積分値の移動平均値から1つを選択して算出する。
【0030】
後退送給速度設定回路FRRは、上記の指標値信号Hdを入力として、指標値信号Hdに対応した予め定めた第1後退送給速度算出関数又は第2後退送給速度算出関数に基づいて算出した後退送給速度設定信号Frrを出力する。すなわち、指標値信号Hdが上記(1)項又は(3)項の指標であるときは、図1で例示したような第1後退送給速度算出関数が選択されて、後退送給速度設定信号Frrの値が算出される。また、指標値信号Hdが上記(2)項又は(4)項の指標であるときは、図2で例示したような第2後退送給速度算出関数が選択されて、後退送給速度設定信号Frrの値が算出される。前進送給速度設定回路FFRは、予め定めた前進送給速度設定信号Ffrを出力する。送給速度設定切換回路SFは、上記の短絡判別信号Sdを入力として、短絡判別信号SdがLowレベル(アーク期間)のときはb側に切り換わり、上記の前進送給速度設定信号Ffrを送給速度設定信号Frとして出力し、Highレベル(短絡期間)のときはa側に切り換わり、上記の後退送給速度設定信号Frrを送給速度設定信号Frとして出力する。送給制御回路FCは、この送給速度設定信号Frに従って溶接ワイヤを送給するための送給制御信号Fcを送給モータWMへ出力する。したがって、上述した図6に示すように、時刻t1〜t2のアーク期間中は、送給速度設定信号Frの値は前進送給速度設定信号Ffrの値となり、送給速度Fsは前進送給速度Ffsとなる。また、時刻t2〜t3の短絡期間中は、送給速度設定信号Frの値は後退送給速度設定信号Frrの値となり、送給速度Fsは後退送給速度Frsとなる。
【0031】
短絡電流設定回路ISRは、上記の短絡判別信号Sdを入力として、短絡判別信号SdがHighレベル(短絡期間)になった時点から予め定めた短絡初期期間Tsi中は小電流値となり、続く予め定めた短絡電流増加期間Tsu中は曲線状に増加し、短絡電流増加期間Tsu経過後は減少するパターンの短絡電流設定信号Isrを出力する。アーク電圧設定回路VARは、アーク期間中のアーク電圧を設定するための予め定めたアーク電圧設定信号Varを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の短絡電流設定信号Isrと上記の電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、上記のアーク電圧設定信号Varと上記の電圧検出信号Vdとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。外部特性切換回路SPは、上記の短絡判別信号SdがLowレベル(アーク期間)のときはb側に切り換わり、上記の電圧誤差増幅信号Evを誤差増幅信号Eaとして出力し、Highレベル(短絡期間)のときはa側に切り換わり、上記の電流誤差増幅信号Eiを誤差増幅信号Eaとして出力する。したがって、アーク期間中は定電圧制御となり、短絡期間中は定電流制御となる。駆動回路DVは、上記の誤差増幅信号Eaに従ってパルス幅変調制御を行い、インバータ回路を駆動する駆動信号Dvを出力する。
【0032】
上述した実施の形態1によれば、後退送給の送給速度を、各短絡期間の開始時点における溶滴の大きさと相関する指標に応じて変化させる。このために、溶滴の大きさが変動しても、短絡期間の変動を抑制することができるので、溶滴移行状態が安定化し、溶接品質が向上する。上記の指標としては、直前のアーク期間の時間長さ、直前のアーク期間における溶接電流の積分値、アーク期間の時間長さの移動平均値又はアーク期間における溶接電流の積分値の移動平均値から1つを選択して使用する。
【0033】
[実施の形態2]
実施の形態2に係る発明は、上述した実施の形態1において、短絡期間Tsが開始した時点から上記の短絡初期期間Tsiが経過するまでは前進送給を継続し、アーク期間Taが開始した時点から予め定めたアーク初期期間Taiが経過するまでは後退送給を継続するものである。以下、この実施の形態2について説明する。
【0034】
図4は、本発明の実施の形態2に係る短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法を示す出力波形図である。同図(A)は溶接電圧Vwを示し、同図(B)は溶接電流Iwを示し、同図(C)は送給速度設定信号Frを示し、同図(D)は溶接ワイヤ先端の実際の送給速度Fsを示す。同図は上述した図6と対応しており、同一の動作については説明を省略する。同図は、図6に、アーク初期期間Taiを追加したものである。以下、同図を参照して説明する。
【0035】
同図において、時刻t1〜t2の期間が第n−1回目のアーク期間Ta(n-1)であり、時刻t2〜t3の期間が第n−1回目の短絡期間Ts(n-1)であり、時刻t3〜t4の期間が第n回目のアーク期間Ta(n)であり、時刻t4〜t5の期間が第n回目の短絡期間Ts(n)である。
【0036】
時刻t1〜t2のアーク初期期間Taiを除くアーク期間Ta(n-1)中は、同図(C)に示すように、送給速度設定信号Frの値は予め定めた正の値の前進送給速度設定値Ffrとなり、同図(D)に示すように、送給速度Fsは前進送給速度Ffsとなる。同図(A)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値となる。同図(B)に示すように、溶接電流Iwは、溶接電源が定電圧制御されているので、前進送給速度Ffsとアーク負荷とによって定まる電流値となる。したがって、この溶接電流Iwはアーク負荷の変動に伴い変動する波形となる。このアーク期間Ta(n-1)中において、溶接ワイヤの先端が溶融して溶滴が形成される。
【0037】
時刻t2において溶接ワイヤ先端に形成された溶滴が溶融池と接触すると、短絡状態となる。短絡状態になると、同図(A)に示すように、溶接電圧Vwは数Vの短絡電圧値に減少する。この溶接電圧Vwがしきい値未満になったことを判別して短絡の発生を判別する。短絡の発生を判別すると、溶接電源は定電流制御に切り換えられ、同図(B)に示すように、短絡電流Isは、時刻t2〜t21の予め定めた短絡初期期間Tsi中は小電流値に維持され、時刻t21〜t23の予め定めた短絡電流増加期間Tsu中は曲線状に増加し、時刻t23からアークが発生する時刻t3までの短絡電流減少期間Tsd中は傾斜を有して減少する。しかし、同図(C)に示すように、送給速度設定信号Frは、実施の形態1とは異なり、予め定めた短絡初期期間Tsiが経過する時刻t21までは、前進送給速度設定値Ffrのままであるので、同図(D)に示すように、送給速度Fsは前進送給速度Ffsのままである。そして時刻t21において、同図(C)に示すように、送給速度設定信号Frは、予め定めた負の値の後退送給速度設定値Frrに切り換えられる。これに応動して、同図(D)に示すように、送給速度Fsは、時刻t21〜t22の期間中に、正の値の前進送給速度Ffsから0を通って負の値の後退送給速度Frsへと変化する。すなわち、溶接ワイヤ先端の送給速度Fsは、時刻t2において短絡が発生した時点から短絡初期期間Tsiが経過するまでは前進送給速度Ffsのままであり、時刻t21において短絡初期期間Tsiが終了すると前進送給速度Ffsから減速して0となり、送給方向を反転させて加速し時刻t22において後退送給速度Frsに達する。したがって、この時刻t21〜t22の期間が送給反転期間となる。時刻t22以降は、後退送給速度Frsによる後退送給が継続される。これにより、溶接ワイヤ先端が溶融池から離れる方向に次第に移動する。そして、時刻t3において溶融池との接触状態が解消されると、アークが再発生する。上記の短絡初期期間Tsi、上記の短絡電流増加期間Tsu及び上記の短絡電流Isの変化パターンの設定方法は、図6と同様である。但し、後退送給に入るタイミングが実施の形態1とは異なり短絡初期期間Tsiが終了した時点まで遅延され、その分だけ短絡期間が長くなるので、短絡電流増加期間Tsuをその分だけ長く設定する必要がある。上記の後退送給速度設定値Frr(後退送給速度Frs)は、実施の形態1と同様に、各短絡期間の開始時点における溶滴の大きさと相関する指標に応じて変化させる。短絡初期期間Tsi中に前進送給を継続する理由は、安定した短絡状態へとより確実に導くためである。上記の短絡初期期間Tsi中はアーク期間Ta中と同一の前進送給速度Ffsで前進送給を継続しているが、アーク期間Taとは異なる前進送給速度Ffsに独立して設定しても良い。さらに、短絡電流Isを小電流値に維持する短絡初期期間Tsiと、短絡に入っても前進送給を継続する短絡初期期間Tsiとを、独立して設定しても良い。
【0038】
時刻t3において、アークが再発生すると、同図(A)に示すように、溶接電圧Vwは数十V程度のアーク電圧値に増加する。溶接電圧Vwがしきい値以上になったことを判別してアークの再発生を判別する。アークの再発生を判別すると、同図(B)に示すように、溶接電源は定電圧制御に切り換えられるので、溶接電流Iwは増加する。他方、時刻t3から予め定めたアーク初期期間Taiが経過するまでは、同図(C)に示すように、送給速度設定信号Frは後退送給速度設定値Frrのままであり、同図(D)に示すように、送給速度Fsは後退送給速度Frsでの後退送給を継続する。この後退送給の継続によってアーク長は次第に長くなる。そして時刻t31において、同図(C)に示すように、送給速度設定信号Frは上記の前進送給速度設定値Ffrに切り換えられる。これに応動して、同図(D)に示すように、送給速度Fsは、時刻t31〜t32の送給反転期間中に上記の後退送給速度Frsから上記の前進送給速度Ffsへと変化する。上記のアーク初期期間Taiは、アーク再発生直後に再び短絡が発生するのを防止するために、アーク長を長くする目的で設けられている。このアーク初期期間Taiは、0.5〜3ms程度に設定される。この設定値は、溶接法、溶接ワイヤの直径、溶接電流平均値等に応じて実験によって適正値に決定される。また、このアーク初期期間Tai中は定電流制御を継続して、溶接電流Iwを増加させるようにしても良い。
【0039】
図5は、上述した本発明の実施の形態2に係る送給制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において、上述した図3と同一のブロックには同一符号を付して、それらの説明は省略する。同図は、図3に破線で示す後退送給期間回路TRを追加し、図3の送給速度設定切換回路SFを破線で示す第2送給速度設定切換回路SF2に置換したものである。以下、同図を参照してこれらの回路について説明する。
【0040】
後退送給期間回路TRは、短絡判別信号Sdを入力として、この短絡判別信号SdがHighレベルに変化するタイミングを予め定めた短絡初期期間Tsiだけオンディレイさせ、かつ、短絡判別信号SdがLowレベルに変化するタイミングを予め定めたアーク初期期間Taiだけオフディレイさせた後退送給期間信号Trを出力する。したがって、この後退送給期間信号Trは、図4において、時刻t21〜t31の後退送給を行う期間中Highレベルになる信号である。第2送給速度設定切換回路SF2は、上記の後退送給期間信号Trを入力として、後退送給期間信号TrがLowレベル(前進送給期間)のときはb側に切り換わり、前進送給速度設定信号Ffrを送給速度設定信号Frとして出力し、Highレベル(後退送給期間)のときはa側に切り換わり、後退送給速度設定信号Frrを送給速度設定信号Frとして出力する。
【0041】
上記においては、短絡初期期間Tsiとアーク初期期間Taiとが両方設けられる場合について説明したが、どちらか一方だけ設けるようにしても良い。また、上述したように、定電流制御する期間を短絡期間Ts+アーク初期期間Taiの期間としても良い。さらには、後退送給を継続するアーク初期期間と定電流制御を継続するアーク初期期間とをそれぞれ異なる時間長さとして設定しても良い。
【0042】
上述した実施の形態2によれば、短絡期間が開始した時点から予め定めた短絡初期期間が経過するまでは前進送給を継続し、アーク期間が開始した時点から予め定めたアーク初期期間が経過するまでは後退送給を継続する。これにより、実施の形態1の効果に加えて、短絡が発生したときに確実な短絡状態へと導くことができ、アークが再発生したときに再短絡を防止することができる。このために、溶接状態をより安定にすることができる。
【符号の説明】
【0043】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
DV 駆動回路
Dv 駆動信号
Ea 誤差増幅信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
FFR 前進送給速度設定回路
Ffr 前進送給速度設定(値/信号)
Ffs 前進送給速度
Fr 送給速度設定信号
FRR 後退送給速度設定回路
Frr 後退送給速度設定(値/信号)
Frs 後退送給速度
Fs 送給速度
HD 指標値算出回路
Hd 指標値(信号)
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
Is 短絡電流値
ISR 短絡電流設定回路
Isr 短絡電流設定信号
Iw 溶接電流
PM 電源主回路
S 電流積分値
SD 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
SF 送給速度設定切換回路
SF2 第2送給速度設定切換回路
SP 外部特性切換回路
Ta アーク期間
Tai アーク初期期間
TR 後退送給期間回路
Tr 後退送給期間信号
Ts 短絡期間
Tsd 短絡電流減少期間
Tsi 短絡初期期間
Tsu 短絡電流増加期間
VAR アーク電圧設定回路
Var アーク電圧設定信号
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
Vw 溶接電圧
WM 送給モータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アーク期間中は溶接ワイヤを母材へ前進送給し、短絡期間中は溶接ワイヤを母材から離れる方向に後退送給する短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法において、
前記後退送給の送給速度を、各短絡期間の開始時点における溶滴の大きさと相関する指標に応じて変化させる、
ことを特徴とする短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法。
【請求項2】
前記指標が、直前の前記アーク期間の時間長さである、
ことを特徴とする請求項1記載の短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法。
【請求項3】
前記指標が、直前の前記アーク期間における前記溶接電流の積分値である、
ことを特徴とする請求項1記載の短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法。
【請求項4】
前記指標が、前記アーク期間の時間長さの移動平均値である、
ことを特徴とする請求項1記載の短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法。
【請求項5】
前記指標が、前記アーク期間における溶接電流の積分値の移動平均値である、
ことを特徴とする請求項1記載の短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法。
【請求項6】
前記短絡期間が開始した時点から予め定めた短絡初期期間が経過するまでは前記前進送給を継続する、
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載する短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法。
【請求項7】
前記アーク期間が開始した時点から予め定めたアーク初期期間が経過するまでは前記後退送給を継続する、
ことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載する短絡を伴うアーク溶接の送給制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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