説明

石油精製プロセスの汚れ防止方法および炭化水素油の製造方法

【課題】熱分解油を含有する炭化水素油、特には熱分解油を含有する直留灯軽油留分を処理する際に、不溶性の炭素質の生成を抑制するための汚れ防止方法および該方法を用いる炭化水素油の製造方法を提供する。
【解決手段】熱分解油を5〜90容量%含有する炭化水素油に、ニトロキシル化合物を1質量ppm〜5質量%混合することからなり、好ましくは、前記ニトロキシル化合物がピペリジン‐1‐オキシル類で、さらに好ましくは、前記熱分解油を含有する炭化水素油が、沸点範囲が150〜400℃、芳香族分が20〜90容量%、臭素価が3〜30gBr2/100g、ジエン価が1〜10gI2/100gの灯軽油留分であることからなる石油精製プロセスの汚れ防止方法、および前記ニトロキシル化合物を混合した後に、加熱処理することからなる炭化水素油の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱分解により得られる分解油を含む炭化水素油を処理する際に精製プロセスにおいて発生する汚れを防止する方法および該方法を用いた炭化水素の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油精製プロセスにおいては、常圧蒸留、減圧蒸留、水素化脱硫、接触分解、接触改質、異性化、熱分解など種々のプロセスが採用されており、各石油系原料油は加熱、冷却、分解、分離などのさまざまな処理が繰り返し施され、各種石油製品を製造している。
【0003】
これらの各プロセスにおけるプロセス流体は、例えば熱交換器、リボイラー等で加熱される際、熱変性を受けて炭素質の不溶性固体が生成し、これが熱交換器やリボイラーなどの伝熱面、あるいは配管等に付着して汚れが生じる。この理由として、プロセス流体中の不飽和炭化水素などの易酸化性有機化合物が、流体中に存在する溶存酸素によってヒドロペルオキシドに変化した後、熱により分解してケトン、アルデヒド、カルボン酸等に変性し、次いで、これらが重合してオリゴマーやポリマーとなって炭素質の不溶性固体になることが知られている。
【0004】
この不溶性炭素質固体がプロセスの各装置の伝熱面や配管等に蓄積すると、装置の運転効率が悪くなるばかりでなく、それを放置すると、これらを除去するために装置停止等の措置を余儀なくされる場合がある。
【0005】
この不溶性固体の生成を抑制するために、各種の汚れ防止剤、例えば、テトラリンと分散剤を含む汚れ防止剤(特許文献1)、2,6‐ジ‐t‐ブチル‐4‐アルキルフェノール及び4‐t‐ブチルカテコールを含有する汚れ防止剤(特許文献2,3)、あるいはアルケニルコハク酸ポリアルキレンポリイミドを汚れ防止成分として含有する汚れ付着防止剤(特許文献4)などが提案されている。
【0006】
ところで、石油精製プロセスの中で、ディレードコーキング、フルードコーキング、フレキシコーキング、ビスブレーキングなどの熱分解によって生成する熱分解油は、炭素質の不溶性固形物を形成しやすい傾向があり、上記汚れ防止剤では、十分に防止することができず、この炭素質は伝熱面などに付着し、伝熱が低下することにより、精製プロセスのエネルギー効率を著しく低下させていた。
【0007】
この種の熱分解油の汚れ防止方法については、ジエン価が4gヨウ素/100g以上の熱分解油の処理において、プロセスにおける石油の温度を580°F(約304℃)超に高める方法が提案されている(特許文献5)。しかしながら、熱分解油を単独で処理することは効率的でなく、他のプロセス流体と混合されて処理されるのが一般的であり、特に、灯軽油処理プロセスにおいて、他の灯軽油留分と混合した後まで、300℃以上に保持し続けることは、プロセス上困難で、またエネルギー効率からいっても不適切なものであった。
【特許文献1】特開平5−179258号公報
【特許文献2】特開2003−119453号公報
【特許文献3】特開2004−231696号公報
【特許文献4】特開2007−106926号公報
【特許文献5】特表2003−502476号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般に、熱分解によって得られる分解油は、単独で各種プロセスで処理がされることは少なく、常圧蒸留装置を始めとする他のプロセスによって得られる油と混合処理されることが多い。したがって、熱分解油と他のプロセス流体、例えば原油の常圧蒸留装置から得られる直留留分と混合された原料油を処理する際の不溶性炭素質の生成を抑制する方法が望まれていた。
すなわち、本発明が解決しようとする課題は、熱分解油を含有する炭化水素油、特には熱分解油を含有する直留灯軽油留分を処理する際に、不溶性の炭素質の生成を抑制するための石油精製プロセスの汚れ防止方法および該方法を用いる炭化水素油の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、熱分解油を単独で処理した場合や、他のプロセス流体を単独処理した場合より、熱分解油と他のプロセス流体を混合処理した場合に、より多くの不溶性の炭素質を生成すること、およびこの生成物の発生は、ニトロキシル化合物を使用することにより抑制できることを見出し、本発明に想到した。
【0010】
すなわち、本発明は、熱分解油を5〜90容量%含有する炭化水素油に、ニトロキシル化合物を1質量ppm〜5質量%混合することからなる石油精製プロセスの汚れ防止方法であり、好ましくは、前記ニトロオキサイドがピペリジン‐1‐オキシル類で、さらに好ましくは、前記熱分解油を含有する炭化水素油が、沸点範囲が150〜400℃、芳香族分が20〜90容量%、臭素価が3〜30gBr2/100g、ジエン価が1〜10gI2/100gの灯軽油留分である石油精製プロセスの汚れ防止方法である。
【0011】
また、他の本発明は、熱分解油を5〜90容量%含有する炭化水素油に、ニトロキシル化合物を1質量ppm〜5質量%混合して加熱処理することからなる炭化水素の製造方法であり、好ましくは、前記ニトロオキサイドがピペリジン‐1‐オキシル類で、さらに好ましくは、前記熱分解油を含有する炭化水素油が、沸点範囲が150〜400℃、芳香族分が20〜90容量%、臭素価が3〜30gBr2/100g、ジエン価が1〜10gI2/100gの灯軽油留分である炭化水素油の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、熱分解油を含有する炭化水素油、特には熱分解油を含有する直留灯軽油留分を処理する際に、不溶性の炭素質の生成を抑制することができるため、エネルギー効率的にも優れるため省エネになるばかりでなく、プラントの安定した運転が行うことができる。また、不溶性炭素質の生成による装置の閉塞がなくなるため、プラントの緊急停止に伴う危険が回避できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明にいう熱分解油としては、ディレードコーキング、フルードコーキング、フレキシコーキング、ビスブレーキングによって得られる分解油などであるが、特にディレードコーキングによって得られる熱分解油が好適である。当該熱分解油は、蒸留装置によって灯軽油留分を始めとする所望の各留分に分離され、いずれの留分にも本発明は適用可能であるが、沸点範囲が150〜400℃の留分で、硫黄分が0.5〜4質量%、窒素分が500〜2000質量ppm、芳香族分が20〜50質量%、臭素価が10〜50gBr2/100g、ジエン価が1〜10g/100gの灯軽油留分が、特に好適である。
【0014】
熱分解油以外の他の炭化水素油としては、原油の常圧蒸留によって得られる各留分これらの留分を接触分解して得られる各留分などが好適に使用できる。中でも常圧蒸留によって得られる、沸点範囲が150〜400℃、硫黄分が0.05〜3質量%、窒素分が50〜1000質量ppm、芳香族分が15〜90質量%、臭素価が0.5〜15gBr2/100g、ジエン価が0.1〜5gI2/100gの直留の灯軽油留分が好適である。
【0015】
上記熱分解油は処理する全炭化水素油中の5〜90容量%、好ましくは10〜60容量%含有するようにすれば、その混合方法に制限はなく、タンク等の容器であらかじめ混合しても、炭化水素の処理装置へ導くラインにおいて混合しても支障はない。熱分解油を90容量%超えて含有させると、汚れ防止剤の効果が十分発揮されなくなる。
【0016】
熱分解油を混合した後の炭化水素油は、沸点範囲が150〜400℃、より好ましくは180℃〜380℃、芳香族分が20〜90質量%、より好ましくは20〜50質量%のものが好適である。また、臭素価は3〜30gBr2/100g、好ましくは3〜10gBr2/100g、ジエン価が1gI2/100g以上、好ましくは3〜10gI2/100gの性状のものが好適である。さらに、硫黄分が0.1〜4質量%、好ましくは1.0〜2.5質量%、窒素分が50〜1000質量ppm、好ましくは200〜600質量ppmのものが好適である。
【0017】
前述のように、溶存酸素存在下では、不溶性固体の発生が促進される。したがって、この混合油の溶存酸素を30mg/kg以下とすることが好ましく、特には5〜25mg/kgにすることが好ましい。
なお、後述する比較例にその例を示すが、熱分解油や直留灯軽油を単独で加熱処理した場合より、熱分解油に他のプロセスからの炭化水素油を混合した場合の方がより多くの不溶性固体を発生する。
【0018】
不溶性固体の発生反応を抑制する汚れ防止剤としては、一般にイミド系、カルボン酸系、リン系、フェノール系などの汚れ防止剤が知られているが、本発明では、不溶性固体抑制効果の点からニトロキシル化合物を添加、混合する。
このニトロキシル化合物は、下記一般式化1または化2で示される化合物である。この化合物は、窒素原子に酸素ラジカルを有し、この構造が熱分解により生成した不安定物質に作用し、重合などを抑制して炭素質の不溶性固体になるのを妨げているものと推測できる。
【0019】
【化1】




【化2】

【0020】
上記式中、R1〜R6は、それぞれ水素原子あるいは置換基を有するアルキル基または非置換のアルキル基を表し、Tは5もしくは6員環を形成するに必要な置換基を有する炭化水素基または非置換の炭化水素基を表す。
このニトロキシル化合物としては、ジ‐t‐ブチルニトロキシル、あるいはピぺリジリ‐1‐オキシル類が好ましい。ピぺリジル‐1‐オキシル類の中でも、2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシル、4‐ヒドロキシ‐2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシル、4‐オキソ‐2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシル、4‐アセトキシ‐2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシル、4‐2‐エチルヘキサノルオキシ‐2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシル、4‐ステアノイルオキシ‐2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐4‐オキシル、4‐ベンゾイルオキシ‐2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシル、4‐4‐t‐ブチルベンゾイルオキシ‐2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシルなどの上記一般式化2のR〜Rがメチル基である2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシル類が好適に使用できる。特には、このピペリジン‐1‐オキシル類のなかでも、2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシルまたは4‐ヒドロキシ‐2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシルが、比較的安価に入手でき、好ましい。
【0021】
このニトロキシル化合物は、炭化水素油の全量基準に対して1質量ppm〜5質量%、好ましくは、1〜50質量ppmの範囲から適宜選定して添加、混合する。前記範囲より少ないと汚れ防止効果の発現が十分でなく、また、前記範囲より多く混合しても、不溶性固体の発生量の抑制効果が極端に向上することはなく、添加剤のコスト増となるため、あまり好ましくない。
【0022】
本発明の汚れ防止方法は、石油精製プロセスにおいて熱分解油を含む炭化水素油を処理する際に、汚れが発生している設備の汚れ防止に適用でき、特には灯軽油処理装置において灯軽油を製造する際に好適である。
また、本発明の前記炭化水素油を加熱処理する工程を含む炭化水素油の製造方法は、具体的には、石油精製プラントの熱交換器、リボイラー、加熱炉等の設備で、好ましくは100℃以上、特に好ましくは100〜250℃に加熱処理するものである。
【0023】
ニトロキシル化合物を前記熱分解油を含む炭化水素油と混合する方法に関しては、その混合方法に特に制限はなく、タンク等の容器であらかじめ混合しても、炭化水素の処理装置へ導くラインにおいて混合しても支障はない。トルエンや灯油、軽油等の有機溶媒に前記ニトロキシル化合物を、20〜80質量%濃度で溶解した後、前記設備又は設備の前の配管などから連続注入するか、又は原料油タンクに一括注入するのが効率的である。
【実施例】
【0024】
次に、実施例により本発明の効果を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
(実施例1〜3)
原油の常圧蒸留によって得られた直留灯軽油留分50容量%とディレードコーキングによって得られた熱分解油の灯軽油留分50容量%を混合して原料油を調整した。直留灯軽油留分及び熱分解灯軽油留分の性状を表1の参考例1および2に示す。
【0025】
ニトロキシル化合物として、4‐ヒドロキシ‐2,2,6,6‐テトラメチルピペリジン‐1‐オキシル(HTMPO)(東京化成製試薬)を用い、これをトルエンに溶解して70%トルエン溶液を調製した。
【0026】
前記原料油に、前記ニトロキシル化合物の濃度が、それぞれ4質量ppm、7質量ppm、35質量ppmとなるように前記トルエン溶液を混合し、150℃で3時間加熱し、加熱後の不溶性固体の重量を測定した。この結果を表1に示す。
【0027】
尚、蒸留性状はJIS K2254、密度はJIS K2249、硫黄分はJIS K2541、窒素分はJIS K2609、アロマ分はJPI−5S−49−97(石油製品−炭化水素タイプ試験法)、臭素価はJIS K2605、ジエン価はUOP326−65に準拠して測定した。溶存酸素は溶存酸素計(ハック・ウルトラ・アナリティクス・ジャパン社製26060E型)で測定した。
【0028】
(比較例1〜2)
直留灯軽油と熱分解灯軽油を表1の比較例1〜2の欄に示す割合で混合して原料油を調製し、ニトロキシル化合物を添加しなかった以外は、上記実施例1〜2に記載した方法と同様に熱処理を行った。この結果を表1の比較例1〜2に示した。
【0029】
(比較例3)
上記において、前記ニトロキシル化合物の代わりに、フェノール系汚れ防止剤であるジブチルヒドロキシトルエン(BHT)(関東化学製試薬)を用いた以外は、実施例1〜2に記載した方法と同様に加熱処理した。この結果を表1に比較例3として示した。
なお、直留灯軽油と熱分解灯軽油そのものについて、上記実施例1と同様に加熱処理した。その結果を表1に参考例1〜2として示した。
【0030】
(実施例4、比較例4)
直留灯軽油に、ディレードコーキングにより得られた熱分解灯軽油留分を20%含有させた原料油を処理する軽油脱硫装置の熱交換器において、原料油を25℃から200℃に加熱する際、40万kLの原料油を通油した場合、ニトロキシル化合物を使用しなかった場合(比較例4)、6か月の運転で、熱交換器のU値(総括熱伝達係数)が約20%低下した。一方、前記のニトロキシル化合物を10質量ppm添加した場合(実施例4)、6か月間運転してもU値の低下はなかった。
【0031】
これらの結果より、ニトロキシル化合物を用いることにより、熱分解油を含有する炭化水素油を処理する際に、不溶性の炭素質の生成を抑制できることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の汚れ防止方法は、熱分解油を含有する炭化水素油を処理する際に、不溶性の炭素質の生成を抑制し、石油精製プラントの汚れを防止し、エネルギーのロスを防止できるため、石油精製プロセスにおいて有用なものである。
【0033】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱分解油を5〜90容量%含有する炭化水素油に、ニトロキシル化合物を1質量ppm〜5質量%混合することを特徴とする石油精製プロセスの汚れ防止方法。
【請求項2】
前記ニトロキシル化合物がピペリジン‐1‐オキシル類である請求項1に記載の石油精製プロセスの汚れ防止方法。
【請求項3】
熱分解油を含有する炭化水素油が、沸点範囲150〜400℃、芳香族分20〜90容量%、臭素価3〜30gBr2/100g、ジエン価1〜10gI2/100gの灯軽油留分である請求項1または2に記載の石油精製プロセスの汚れ防止方法。
【請求項4】
熱分解油を5〜90容量%含有する炭化水素油に、ニトロキシル化合物を1質量ppm〜5質量%混合して加熱処理することを特徴とする炭化水素油の製造方法。
【請求項5】
前記ニトロキシル化合物がピペリジン‐1‐オキシル類である請求項4に記載の炭化水素油の製造方法。
【請求項6】
熱分解油を含有する炭化水素油が、沸点範囲150〜400℃、芳香族分20〜90容量%、臭素価3〜30gBr2/100g、ジエン価1〜10gI2/100gの灯軽油留分である請求項4または5に記載の炭化水素油の製造方法。


【公開番号】特開2010−100779(P2010−100779A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−275651(P2008−275651)
【出願日】平成20年10月27日(2008.10.27)
【出願人】(304003860)株式会社ジャパンエナジー (344)