説明

砕氷船プロペラ翼、砕氷船プロペラおよび砕氷船

【課題】翼後縁部の厚さを極端に薄くすることなく、翼の構造強度およびプロペラ単独効率を維持したまま、鳴音の発生を抑えることができる砕氷船プロペラ翼および砕氷船プロペラ、並びにこれを装備した砕氷船を提供する。
【解決手段】砕氷船プロペラ翼10は、プロペラの翼断面が、断面円弧状の背面1と、背面1に対向する平面状の正面6と、後縁部において正面6に接する断面円弧状の円弧部4と、背面1にナックルポイント2において連続して円弧部4に接する断面直線状の直線部3と、を有している。
このとき、円弧部4の直径(d)が、背面1と正面6とを有するオリジナル砕氷船プロペラ翼における後縁部に形成されるオリジナル円弧部の直径(D)の50〜75%である。また、ナックルポイント2(直線部3が背面1に連続する位置に同じ)と翼後端5との距離(a)が、翼弦長(L)の5〜10%の範囲にある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は砕氷船プロペラ翼、砕氷船プロペラおよび砕氷船、特に、鳴音の発生を抑える砕氷船プロペラ翼、および該砕氷船プロペラ翼を有する砕氷船プロペラ、並びに該砕氷船プロペラを装備した砕氷船に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の船舶において、プロペラ翼がある回転数で作動している時に発生する金属音が「プロペラ鳴音」または「鳴音」とよばれている。
「鳴音」の発生メカニズムは、プロペラ翼の後縁部の正面と背面とから、それぞれ規則的に発生する渦(カルマン渦列)の周波数が、プロペラ翼の水中での固有振動数と共振する時に生じる音とされている。鳴音は、プロペラ性能に悪影響は無いが、その音圧レベルが大きい場合は、船内の居住空間に不快感を与え、さらには船体振動を励起して、他の船内機器に悪影響を与える場合がある。
しかしながら、鳴音の発生条件は極めて複雑であり、明確に解明されていないのが現状であることから、鳴音の発生を事前に予測する事が困難であり、実船の試運転時に初めて鳴音の発生が発覚するケースが多い。
【0003】
このため、製作されたプロペラ翼に対して対処療法的対策として、(i)後縁部の丸みに相当する後端厚さを小さくする、(ii)翼後縁部の端部と剥離点(ナックルポイント)とを結ぶ直線部の傾斜である「剥離角度」を大きくする(iii)ナックルポイントから後縁端までは直線的にスムースに仕上げるのが通例となっていた(例えば、非特許文献1参照)。
また、プロペラ翼の翼後縁部について、(iv)先端寄りの範囲ではバック面を削り加工し、反対に、ボス寄りの範囲ではフェース面を削り加工して、鳴音の発生を防止する発明が開示されている(例えば、特許文献1参照)。
さらに、(v)背面側をカットすることにより、バック面側とピッチ面側の非対象性を強め、カルマン渦の渦場を不安定にし、渦場の強さを弱くすることをねらった、鳴音防止加工形状の影響が報告されている(例えば、非特許文献2参照)。
さらに、(vi)プロペラ後縁部の半径55%の位置からプロペラ先端までの範囲を、直径2mmの小さな円弧にして、断面を非対称にするエッジ処理加工を施す鳴音防止加工法が開示されている(例えば、非特許文献3参照)。
【0004】
【特許文献1】特開2001−247088号公報(2−3頁、図4)
【非特許文献1】長崎大学工学部研究報告、第28巻、第50号、平成10年1月(17−18頁、図6)
【非特許文献2】日本造船学会論文集第196号 平成16年8月31日(65−72頁)
【非特許文献3】「マリンプロペラ」 昭和46年、第16章のIV(410−411頁、図16・7)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1、非特許文献1乃至非特許文献3に記載された鳴音対策は、構造強度の観点から砕氷船プロペラに適用することができなという問題があった。
すなわち、砕氷船のプロペラ(本発明において「砕氷船プロペラ」と称している)は、氷に接触するために、そのプロペラ羽根強度を一般船のプロペラに比べて大きくしなければならない。このため、砕氷船プロペラ翼の厚さは、砕氷船を対象とした国際的な氷海船規則でも定められており、翼の厚さは一般の船に比べて全体的に厚く、翼の後縁部についても当然厚くする事が必要となる。翼端部の厚さについては、プロペラ翼面の所定の位置での厚さが規定されていて、それ以上に薄くすることはできない(Finnish・SwedishIceClassRules,Chap.6.2Prope11ers)。
【0006】
プロペラを所定の回転数で回すと、翼後縁部が薄い場合は、図10の(b)に示す様に、翼後縁部で水の流れは渦の発生が無く一様になったり、図10の(c)に示す様に、プロペラ翼の正面側と背面側から非常に小さなカルマン渦が規則的に高い周波数で発生する。一方、翼後縁部が厚い場合には、図10の(d)に示す様に、プロペラ翼の正面側と背面側から大きなカルマン渦列が低い周波数で発生する。このカルマン渦列が鳴音の原因となる。
したがって、通常は、翼後縁部を許される範囲で極力薄くして、カルマン渦の発生周波数を非常に高くし、プロペラ翼の固有振動数との共振を避ける方法が採用されるが、砕氷船プロペラについては構造強度上この手法を採用できない。つまり、翼後縁部の薄さが氷の荷重に耐えられなくなり、破断・欠落することになるからである。
ちなみに、砕氷船プロペラ翼の後縁部端に要求される厚さは、プロペラ直径にもよるが、例えばプロペラ翼の直径が5m程度の場合、翼後縁部の厚さは20mm以上となるのに対し、非特許文献1に示されている「鳴音を避けるための具体的な翼後縁部の厚さ」は、1mmから1.5mm以下の値である。
【0007】
なお、非特許文献2に報告された鳴音防止加工形状のプロペラでは、スラスト係数(KT)の増加分(ΔKT)よりトルク係数(KQ)の増加分(ΔKQ)の方が大きくなり、プロペラ単独効率(J/2π×KT/KQ、Jは前進係数)の増加分((J/2π×ΔKT/ΔKQ)は低下するという問題があった。
【0008】
本発明は上記問題を解決するものであって、翼後縁部の厚さを極端に薄くすることなく、翼の構造強度およびプロペラ単独効率を維持したまま、鳴音の発生を抑えることができる砕氷船プロペラ、および該砕氷船プロペラを装備した砕氷船を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明に係る砕氷船プロペラ翼は、プロペラの翼断面が、断面円弧状の背面と、該背面に対向する平面状の正面と、後縁部において前記正面に接する断面円弧状の円弧部と、前記背面に連続して前記円弧部に接する断面直線状の直線部と、を有し、
前記円弧部の直径(d)が、前記背面と前記平面とを有するオリジナル砕氷船プロペラ翼における後縁部に形成されるオリジナル円弧部の直径(D)の50〜75%であって、
前記直線部が、後縁端から翼弦長(L)の5〜10%の範囲において前記背面に連続することを特徴とする。
(2)また、前記オリジナル円弧部の直径(D)が13mm以上であることを特徴とする。
(3)また、本発明に係る砕氷船プロペラは、前記(1)または(2)記載の砕氷船プロペラ翼を有する。
(4)さらに、本発明に係る砕氷船は、前記(3)記載の砕氷船プロペラを有する。
【発明の効果】
【0010】
(i)本発明に係る砕氷船プロペラ翼は以上の構成であるから、後縁端からの渦の発生は認められず、翼の周りの流れは一様であって、鳴音は発生しないと共に、プロペラ性能が損なわれない。
(ii)また、13mm以上のオリジナル円弧部の直径(D)に対し、砕氷船プロペラ翼の円弧部の直径(d)が6.5mm以上であるから、引用発明1等に示された後端縁を形成する円弧部の直径(1〜2mm等)より大きな値となるから、翼の構造強度が保証される。
(iii)したがって、本発明に係る砕氷船プロペラおよび砕氷船は、鳴音のない快適性な航行と、翼損傷が防止された高い保全性(装置の継続使用の安定性に同じ)が保証される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
[実施形態1]
図1〜図3は、本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼を説明するものであって、図1は平面図(左側が後縁側、右側が前縁側)、図2は断面図(図1におけるA−A断面)、図3は実施例を示す断面図(図1におけるA−A断面)である。なお、各図において、それぞれの部材は模式的に示されているため、図示されたものに限定されるものではない。また、同じ部分にはそれぞれ同じ符号を付している。
【0012】
(砕氷船プロペラ翼)
図1および図2において、砕氷船プロペラ翼10は、断面円弧状の背面1と、背面1に対向する平面状の正面6と、後縁部において正面6に接する断面円弧状の円弧部4と、背面1にナックルポイント2において連続して円弧部4に接する断面直線状の直線部3と、を有している。
このとき、円弧部4の直径(d)が、背面1と正面6とを有するオリジナル砕氷船プロペラ翼における後縁部に形成されるオリジナル円弧部の直径(D、これについては別途詳細に説明する)の50〜75%である。また、ナックルポイント2(直線部3が背面1に連続する位置に同じ)と翼後端5との距離(a)が、翼弦長(L)の5〜10%の範囲にある。
【0013】
図3において、オリジナル砕氷船プロペラ翼の形状を破線にて付記し、実施例1〜4を実線にて示す。
図3の(a)に示す砕氷船プロペラ翼10aは、d=50%D、a= 5%Lである。
図3の(b)に示す砕氷船プロペラ翼10bは、d=50%D、a=10%Lである。
図3の(c)に示す砕氷船プロペラ翼10cは、d=75%D、a= 5%Lである。
図3の(d)に示す砕氷船プロペラ翼10dは、d=75%D、a=10%Lである。
【0014】
(オリジナル砕氷船プロペラ翼)
次に、鳴音を防止しようとする翼断面になっていないオリジナル砕氷船プロペラ翼の後端部の曲率円の直径(D)について説明する。
氷海規則(Finnish-Swedish Rule)では後縁厚さを、「後縁端部から1.25tの位置で、プロペラチップの厚さtの50%以下にならないこと」と定義している。
そして、プロペラチップ厚さtとは、プロペラ翼先端(r=1.0R)での厚さであり、以下の式で得られる値を下回らない様に決められている。
アイスクラスIASuperでは、t=(20+2・Dp)・√(50/σ)、
アイスクラスIA、IB、ICでは、t=(15+2・Dp)・√(50/σ)、
ここで、Dpはプロペラ直径(m)、σはプロペラ材料の引張強度(kgf/mm2)である。
【0015】
そこで、砕氷船で使われる可能性のある、プロペラ直径とプロペラ材料の組み合わせを仮定して、プロペラチップ厚さtを推定した結果を表1および表2に示す。
【0016】
【表1】

【表2】

【0017】
表1および表2より、オリジナル砕氷船プロペラ翼(鳴音防止対策なし)におけるプロペラチップの厚さtは、概略14〜30mmとなる。しかし、実際にはこれにある程度の余裕(例えば、安全率2.0弱)をみて設計されるため、実際のプロペラチップの厚さtは、26〜56mm程度となると考えられる。
【0018】
したがって、これを前記氷海規則に当てはめると、プロペラ直径にもよるが、プロペラ翼後縁端部から1.25tの位置における厚さは13〜28mmとなる。
そこで、この値から、後端部の円弧の直径(D)を推定するのは、各断面での翼断面形状によってプロペラ後縁端部から1.25tの位置までの形状が異なるため、正確に推定することは極めて難しいものの、ほぼ前記の値(13〜28mm)に等しいか、わずかに小さいであろうと考えられる。
したがって、本発明においては、オリジナル砕氷船プロペラにおける後縁部に形成されるオリジナル円弧部の直径(D)を、13mm以上としている。
【0019】
(数値シミュレーション)
図4〜図7は、本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼について、CFD(Computer Fluid Dynamics)を用いて実施した数値シミュレーションを説明するものであって、カルマン渦の発生の有無を確認している。なお、図4は計算格子、図5はオリジナル砕氷船プロペラ翼の翼端部計算格子、図6はオリジナル砕氷船プロペラ翼の翼後縁部(翼断面)の周りの流線、図7は砕氷船プロペラ翼10dの翼後縁部(翼断面)の周りの流線、をそれぞれ示している。
【0020】
数値シミュレーションは、一般的によく用いられている市販の汎用CFDコードを用いた。計算手法と計算格子の概要を以下に示す。
(1)計算手法
コード ;非構造格子の有限体積法
2次元乱流モデル ;標準k−ωモデル
時間刻み ;1.OE−04sec
(2)計算格子(図4参照)
トポロジー ;0−Grid
格子数 ;15200 (翼面80点、半径方向190点)
最小格子間隔 ;0.0001C
【0021】
図6に示す様にオリジナル砕氷船プロペラ翼の翼後端部から渦が流出しているのが分る。一方、図7に示す様に砕氷船プロペラ翼10d(本発明の実施の形態に係る)の翼後端部からは渦の発生は認められず、また、従来の特許文献等に示されているナックルポイント(直線部と円弧状背面との交差点に同じ)における流線の剥離も認められない。
すなわち、砕氷船プロペラ翼10dにおいては、翼の周りの流れを一様にするというメカニズムによって、鳴音は発生しないと推察されるから、翼背面で流れを剥離させて、規則性のあるカルマン渦列の発生を防止するという従来のメカニズムと相違している。
【0022】
(模型実験)
図8および図9は、本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼について模型プロペラを製作してキャビテーシヨン水槽(キャビテーションタンネル)を用いて実施した模型実験の結果であって、図8は鳴音実験結果、図9は性能実験結果を示す特性図である。
図8は、オリジナル砕氷船プロペラ翼の模型と砕氷船プロペラ翼10dで構成される模型(本発明の実施の形態に係る)とについて、回転数を変更しながら、鳴音計測を行った結果である。オリジナル砕氷船プロペラ翼の模型では10〜17rpmの回転数において鳴音が発生しているのに対して、砕氷船プロペラ翼10dで構成される模型では鳴音が消失している事が確認された。
【0023】
図9に示す様に、砕氷船プロペラ翼10dで構成される模型は、オリジナル砕氷船プロペラ翼の模型および付加物付きプロペラよりも単独効率において優れている事が確認された。また、従来技術(非特許文献2)での効果とも異なり、優れた点である。
縦軸であるプロペラ単独効率(ETAO)および横軸である前進係数(J)は、以下の式で定義されるものである。
ETAO=(J/2π)・(KT/KQ)
J=Va/(n・Dp)
KT=T/(ρ・n2・D4
KQ=Q/(ρ・n2・D5
ここで、KT:スラスト係数
KQ:トルク係数
T:プロペラスラスト
Q:プロペラトルク
ρ:流体密度、
n:プロペラ回転数
Dp:プロペラ直径
Va:流体のプロペラ面への流入速度
である。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明は以上の構成であるから、翼の構造強度およびプロペラ単独効率を維持したまま、鳴音の発生を抑えることができるため、各種砕氷船や氷海を航行する各種船舶に装備される砕氷船プロペラとして、また該砕氷船プロペラを装備した砕氷船として広く利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼を説明する平面図。
【図2】本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼を説明する断面図。
【図3】本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼の実施例を示す断面図。
【図4】本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼についての数値シミュレーションに用いた計算格子を示す図。
【図5】本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼についての数値シミュレーションに用いたオリジナル砕氷船プロペラ翼の翼端部の計算格子を示す図。
【図6】本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼についての数値シミュレーション結果を示すオリジナル砕氷船プロペラ翼の翼後縁部(翼断面)の周りの流線図。
【図7】本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼についての数値シミュレーション結果を示す砕氷船プロペラ翼10dの翼後縁部(翼断面)の周りの流線図。
【図8】本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼についての模型実験の鳴音実験結果を示す特性図。
【図9】本発明の実施形態1に係る砕氷船プロペラ翼についての模型実験の性能実験結果を示す特性図。
【図10】翼後縁部に発生する水の流れを説明する模式図。
【符号の説明】
【0026】
1 背面
2 ナックルポイント
3 直線部
4 円弧部
5 翼後端
6 正面
10 砕氷船プロペラ翼

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロペラの翼断面が、断面円弧状の背面と、該背面に対向する平面状の正面と、後縁部において前記正面に接する断面円弧状の円弧部と、前記背面に連続して前記円弧部に接する断面直線状の直線部と、を有し、
前記円弧部の直径(d)が、前記背面と前記平面とを有するオリジナル砕氷船プロペラ翼における後縁部に形成されるオリジナル円弧部の直径(D)の50〜75%であって、
前記直線部が、後縁端から翼弦長(L)の5〜10%の範囲において前記背面に連続することを特徴とする砕氷船プロペラ翼。
【請求項2】
前記オリジナル円弧部の直径(D)が13mm以上であることを特徴とする請求項1記載の砕氷船プロペラ翼。
【請求項3】
請求項1または2記載の砕氷船プロペラ翼を有する砕氷船プロペラ。
【請求項4】
請求項3記載の砕氷船プロペラを有する砕氷船。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−190494(P2009−190494A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−31388(P2008−31388)
【出願日】平成20年2月13日(2008.2.13)
【出願人】(502116922)ユニバーサル造船株式会社 (172)