説明

硫黄酸化細菌及び/又は鉄酸化細菌の生育阻害剤、及びコンクリート又はモルタル

【課題】下水処理施設等におけるコンクリートやモルタル構造物に微量配合することにより、硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌の生育を有効に阻害し、これら細菌によるコンクリートやモルタル構造物の劣化を長期にわたり抑制することができる生育阻害剤及びこれを利用したコンクリート又はモルタルを提供すること。
【解決手段】本発明の硫黄酸化細菌及び/又は鉄酸化細菌の生育阻害剤は、ジカルボン酸の金属塩及び/又はヒドロキシ酸の金属塩を有効成分として含むことを特徴とし、下水施設等におけるコンクリート又はモルタル構造物に利用可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、下水道施設等のコンクリートやモルタル構造物における腐食等の劣化の原因となる硫黄酸化細菌及び/又は鉄酸化細菌の生育阻害剤、及び該生育阻害剤を用いた前記細菌による劣化を防止する作用を有するコンクリート又はモルタルに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から下水処理施設等におけるコンクリート又はモルタル構造物の劣化が問題となっている。この劣化は、一般に広く土壌・水中に存在する、硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌によることが知られている。
このようなコンクリート構造物の劣化を防止する成分として、特許文献1には、ニッケル粉末、酸化ニッケル粉末、コバルト粉末、酸化コバルト粉末又はこれらの混合物が提案されている。これらの成分は、中性域で活動する硫黄酸化細菌(Paracoccus versutus)等の生育を阻害することができる。しかし、ニッケル等は、特定化学物質に指定され、将来的には規制される可能性がある。
特許文献2には、タングステン粉末及びタングステン化合物からなる群より選択される少なくとも1種が提案されている。これらの成分は、酸性領域で活動する硫黄酸化細菌チオバチルス・チオオキシダンスの生育阻害剤として知られている。しかし、タングステン等は価格変動が激しく安定供給に問題がある。
特許文献3及び4には、ギ酸及びギ酸ナトリウムが提案されている。これらの成分は、溶解度が高く、コンクリートの硬化不良の原因になる可能性があり、また、下水構造物に使用される場合は下水中に溶け出してしまうため、硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌に対しての阻害作用が十分で無く、目的とするコンクリート構造物の劣化を長期間にわたって抑制できないおそれが高い。
【0003】
ところで、シュウ酸に代表される多価カルボン酸の金属塩は、水に難溶性で、酸性になると可溶性になることが知られている。また、非特許文献1には、この化合物が、pH2付近の酸性域で自然界に多く存在する木材腐朽菌のPostia placentaや真菌類であるCollybia velutipesに存在している脱炭酸酵素により容易に代謝されて最終的にギ酸と二酸化炭素に分解されることが記載されている。
しかしながら、従来、多価カルボン酸塩であるジカルボン酸の金属塩やヒドロキシ酸の金属塩が、硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌の生育阻害剤として有用であることは知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3008125号公報
【特許文献2】特許第3044669号公報
【特許文献3】特許第3877017号公報
【特許文献4】特許第4052487号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J.A. MICALES, Sonderdruck aus: Material und Organismen 29. Bd. 1995 Heft 3, p.177-186.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、下水処理施設等におけるコンクリートやモルタル構造物に微量配合することにより、硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌の生育を有効に阻害し、これら細菌によるコンクリートやモルタル構造物の劣化を長期にわたり抑制することができる生育阻害剤及びこれを利用したコンクリート又はモルタルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、下水処理施設等のコンクリートやモルタル構造物における腐敗劣化の原因である硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌が、pH2付近の酸性領域で最も活発に活動するため、その領域でギ酸塩を生成し、かつ中性領域やアルカリ領域では水に対して難溶性の化合物が、それらの細菌の生育を有効に阻害することを見出し、本発明を完成した。
本発明によれば、ジカルボン酸の金属塩及び/又はヒドロキシ酸の金属塩を有効成分として含むことを特徴とする硫黄酸化細菌及び/又は鉄酸化細菌の生育阻害剤が提供される。
また本発明によれば、セメント、骨材、上記生育阻害剤及び水を含み、硫黄酸化細菌及び/又は鉄酸化細菌による劣化を抑制しうるコンクリート又はモルタルが提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明の生育阻害剤は、水に難溶性で、酸性になると可溶性になることが知られている、ジカルボン酸の金属塩及び/又はヒドロキシ酸の金属塩を有効成分として含むので、酸性領域、特に、pH2付近で活発に活動する硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌の生育を有効に阻害することができ、これら細菌によるコンクリートやモルタル構造物の劣化を長期にわたり抑制することができる。このような生育阻害剤を配合した本発明のコンクリート又はモルタルは、特に、酸性領域となる下水道施設のコンクリートやモルタル構造物に使用することにより、硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌によるコンクリートやモルタルの劣化を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例3において行った、各種試薬における鉄酸化細菌培養液中のFe2+の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を更に詳細に説明する。
本発明の生育阻害剤は、硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌に対して生育阻害作用を示すものであって、ジカルボン酸の金属塩及び/又はヒドロキシ酸の金属塩を有効成分として含む。ジカルボン酸の金属塩及び/又はヒドロキシ酸の金属塩は、酸性になると可溶性になり、その領域でギ酸塩を生成し、かつ中性領域やアルカリ領域では水に対して難溶性のものであれば特に限定されない。
ジカルボン酸としては、例えば、シュウ酸、コハク酸、マロン酸、グルタル酸、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸、メサコン酸又はイタコン酸が好ましく挙げられる。また、ヒドロキシ酸としては、例えば、酒石酸、りんご酸又はタルトロン酸が好ましく挙げられる。
金属塩としては、例えば、マグネシウム、カルシウム、アルミニウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅又は亜鉛が好ましく挙げられる。
【0011】
本発明の生育阻害剤の対象となる硫黄酸化細菌としては、例えば、Paracoccus versutusが挙げられる。
本発明の生育阻害剤の対象となる鉄酸化細菌としては、例えば、Acidithiobacillus Ferrooxidansが挙げられる。
【0012】
本発明の生育阻害剤には、上記必須の有効成分以外に、硫黄酸化細菌及び/又は鉄酸化細菌に対して生育阻害作用を示す成分、例えば、ニッケル粉末、酸化ニッケル粉末、コバルト粉末、酸化コバルト粉末、タングステン粉末又はタングステン化合物を適宜選択して含有させることもできる。
【0013】
本発明の生育阻害剤は、例えば、コンクリートやモルタルに含有させることにより使用することができる。生育阻害剤の含有割合は、ジカルボン酸の金属塩及び/又はヒドロキシ酸の金属塩量として、セメント100質量部に対して好ましくは0.01〜1.0質量部、経済性や阻害効果を鑑みると0.05〜0.2質量部が特に望ましい。0.01質量部未満では、所望の生育阻害作用が得られないおそれがあり、1.0質量部を超えて配合しても効果の改善が期待できない。
【0014】
本発明のコンクリート又はモルタルは、セメント、骨材、上記生育阻害剤及び水を含み、必要に応じて、通常コンクリートやモルタルに用いられる各種添加剤、混和剤等を含有させることができる。
セメント及び骨材は、目的とするコンクリートやモルタル構造物に合わせて適宜選択することができ、水・セメント比も適宜選択することができる。
生育阻害剤の含有割合は、上述の好ましい範囲内で適宜選択することができる。
【実施例】
【0015】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0016】
シュウ酸マグネシウム10mg及び20mgをそれぞれ水20mlに分散させ、シュウ酸マグネシウム0.05質量%及び0.1質量%の生育阻害剤を調製した。
得られた生育阻害剤を、硫黄酸化細菌Paracoccus versutus(NBRC 14568株)の培養液(酵母エキス5g、Na2S2O3・5H2O 5g、KH2PO4 1.5g、Na2HPO4 4.5g、MgSO4・7H2O 0.1g、NH4Cl 0.3g、蒸留水1リットル、寒天15g、pH7.5)に添加し、温度30℃の環境下、22日間培養を行った。対照として生育阻害剤無添加のものについても同様に培養を行った。7日目、17日目及び22日目にA660nmによる菌体数を測定したところ、生育阻害剤無添加のものは、培養時間とともに菌の増殖が確認できた。一方、シュウ酸マグネシウム0.05質量%及び0.1質量%の生育阻害剤を添加したものは、いずれも菌の増殖は認められず、菌の生育が阻害されたことが分かった。
【実施例2】
【0017】
セメント100質量部に対してシュウ酸マグネシウム0.05質量部又は0.1質量部を配合して、常法によりモルタル試験体を調製した。対照として、シュウ酸マグネシウムを配合せずに同様にモルタル試験体を調製した。
得られた各試験体を、実際の下水道施設において暴露試験を1.5年間行った。各試験体の質量を試験開始前と後で測定したところ、シュウ酸マグネシウム無添加の試験体は、52%の質量減少が確認された。一方、シュウ酸マグネシウム0.05質量部又は0.1質量部配合した各試験体は、いずれも18%の質量減少が認められ、対照の無添加の試験体に比していずれも劣化が抑制されたことが分かった。
【実施例3】
【0018】
50mlの三角フラスコに、鉄酸化細菌Acidithiobacillus Ferrooxidans(ATCC 23270株)1mlと、1質量%FeSO4溶液40mlと、表1に示す各種試薬とを導入もしくは試薬無添加で導入し、30℃恒温水槽で振とう(100rpm)し、Fe2+の経時変化を測定した。結果を図1に示す。この際、鉄酸化細菌が活動するとFe2+の濃度が減少する。尚、グラフの横軸は時間(分)を示す。
【0019】
【表1】

【0020】
図1より、Fe2+の濃度減少が少ないシュウ酸マグネシウム及び酒石酸ナトリウムで阻害効果が認められた。尚、クエン酸3ナトリウムでは効果が確認できなかったが、クエン酸が鉄との反応性が良く、沈澱を生じているものと推測される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジカルボン酸の金属塩及び/又はヒドロキシ酸の金属塩を有効成分として含むことを特徴とする硫黄酸化細菌及び/又は鉄酸化細菌の生育阻害剤。
【請求項2】
ジカルボン酸が、シュウ酸、コハク酸、マロン酸、グルタル酸、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸、メサコン酸又はイタコン酸からなる群より選択される少なくとも1種であり、ヒドロキシ酸が、酒石酸、りんご酸又はタルトロン酸からなる群より選択される少なくとも1種である請求項1記載の生育阻害剤。
【請求項3】
金属塩が、マグネシウム、カルシウム、アルミニウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅又は亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種である請求項1又は2記載の生育阻害剤。
【請求項4】
セメント、骨材、請求項1〜3のいずれか1項記載の生育阻害剤及び水を含み、硫黄酸化細菌及び/又は鉄酸化細菌による劣化を抑制しうるコンクリート又はモルタル。
【請求項5】
生育阻害剤の含有割合が、ジカルボン酸の金属塩及び/又はヒドロキシ酸の金属塩量として、セメント100質量部に対して0.01〜1.0質量部である請求項4記載のコンクリート又はモルタル。

【図1】
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【公開番号】特開2010−168329(P2010−168329A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−14267(P2009−14267)
【出願日】平成21年1月26日(2009.1.26)
【出願人】(303057365)株式会社間組 (138)
【Fターム(参考)】