説明

硬質被覆層が高速断続切削ですぐれた耐剥離性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】硬質被覆層が高速断続切削ですぐれた耐剥離性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】下部層がTi化合物層、上部層がα型Al層からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具であって、上記上部層は、層厚方向に縦長に成長した柱状結晶粒と、平均粒径50〜500nmの粒状結晶粒とから構成され、さらに、下部層直上及び下部層側の上部層(例えば、下部層と上部層の界面から、上部層側に1μmまでの深さ領域)においては、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙に粒状結晶粒が存在する柱状−粒状混合組織が形成され、また、上部層においては、縦断面面積の60面積%以上を柱状結晶粒が占める実質的な柱状組織が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、軸受鋼や合金工具鋼等の高硬度材の切削加工を、高速で、かつ、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削条件で行った場合でも、硬質被覆層がすぐれた耐剥離性を発揮し、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を示す表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有する酸化アルミニウム層(以下、Al層で示す)、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる被覆工具が知られている。
【0003】
しかし、上記従来の被覆工具は、例えば各種の鋼や鋳鉄などの通常の連続切削や断続切削では優れた耐摩耗性を発揮するが、これを、高速断続切削に用いた場合には、被覆層のチッピングが発生しやすく、工具寿命が短命になるという問題点があった。
そこで、被覆層の耐チッピング性を改善するために、上部層に改良を加えた被覆工具が提案されている。
例えば、特許文献1に示すように、工具基体表面に、下部層として、TiC、TiN、TiCN、TiCOおよびTiCNOのうちの1種または2種以上からなるTi化合物層、上部層としてAl層を蒸着形成してなる被覆工具において、硬質被覆層の上部層を構成するAl層について、上部層の上側部では、柱状結晶粒が縦方向に並列配置した柱状結晶組織、また、上部層の下側部では粒状結晶組織とし、上部層厚さ方向に異なる結晶組織構造を有せしめることにより、
耐チッピング性を改善した被覆工具が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−76406号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化すると共に、切刃にはますます高負荷が作用する傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削や断続切削に用いた場合には問題はないが、特にこれを高硬度材の高速断続切削条件で用いた場合には、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用することによって、上部層のAl層にクラックが発生し、これが層中を伝播・進展することによって、ついには層の剥離に生じ、これが原因で、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、Ti化合物層からなる下部層とAl層からなる上部層の密着性を改善するとともに、上部層のAl層に発生したクラックの伝播・進展を抑制し、もって、剥離、チッピング等の異常損傷の発生を防止するとともに、工具寿命の長寿命化を図るべく鋭意研究を行った結果、次のような知見を得たのである。
【0007】
即ち、Ti化合物層からなる下部層とAl層からなる上部層とを被覆形成した被覆工具において、上部層を、層厚方向に縦長に成長した柱状結晶粒と、平均粒径50〜500nmの粒状結晶粒とから構成するとともに、さらに、上部層表層側は、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織とし、かつ、下部層近傍の上部層は、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙を埋めるように粒状結晶粒を形成した柱状−粒状混合組織として構成した場合には、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削に用いた場合でも、上部層と下部層の密着性が向上するとともに、上部層に発生したクラックの伝播・進展が、上部層の下部層近傍の柱状−粒状混合組織で抑制されることによって、剥離、チッピング等の異常損傷の発生を防止し得ることを見出したのである。
【0008】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(b)上部層が、3〜15μmの平均層厚を有し、かつ、α型の結晶構造を有するAl層、
上記(a)および(b)からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、
(c)上記上部層は、層厚方向に縦長に成長した柱状結晶粒と、平均粒径50〜500nmの粒状結晶粒とから構成され、
(d)下部層直上及び下部層側の上部層においては、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙に粒状結晶粒が存在する柱状−粒状混合組織が形成され、
(e)上部層表層側においては、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織が形成されている、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 下部層と上部層の界面から、上部層側に1μmまでの深さ領域においては、該深さ領域の縦断面面積の30〜70面積%を粒状結晶粒が占める柱状−粒状混合組織が形成されていることを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 上部層において、上部層の層厚の60%以上の平均結晶粒長さと、アスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)2.5〜7.0を有する柱状結晶粒が、上部層表層側の縦断面面積の60面積%以上を占める実質的な柱状組織が形成されていることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0009】
以下に、この発明の被覆工具の硬質被覆層の構成層について詳細に説明する。
【0010】
下部層(Ti化合物層):
Ti化合物層(例えば、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層)は、基本的にはAl層の下部層として存在し、自身の具備するすぐれた高温強度によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体、Al層のいずれにも密着し、硬質被覆層の工具基体に対する密着性を維持する作用を有するが、その合計平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その合計平均層厚が20μmを越えると、特に高熱発生を伴う高速重切削・高速断続切削では熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その合計平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0011】
上部層(Al層):
上部層は、3〜15μmの平均層厚を有し、かつ、α型の結晶構造を有するAl層で構成するが、この発明では、上部層表層側と、下部層近傍の上部層(即ち、下部層直上と下部層側の上部層)とを、それぞれ異なる結晶粒組織構造として構成することによって、上部層と下部層の密着性の向上を図るとともに、上部層に発生したクラックの伝播・進展を抑える。
ただ、上部層の層厚が3μm未満であると、長期の使用にわたってすぐれた高温強度および高温硬さを発揮することができず、一方、15μmを越えると、チッピングが発生し易くなることから、上部層の層厚は3〜15μmと定めた。
【0012】
(a)下部層直上及び下部層側の上部層(下部層近傍の上部層)における柱状−粒状混合組織
図1の模式図に示すように、Ti化合物層からなる下部層の直上の上部層及び下部層側の上部層には、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙を恰も埋めるように粒状結晶粒を形成することにより、柱状−粒状混合組織からなる組織構造とする。
粒状結晶粒の平均粒径は、50〜500nmとするが、粒状結晶粒の平均粒径が50nm未満では、50nmの粒状結晶粒が相互に隣接する箇所が多く存在し、その界面にクラックが進展し、上部層のAlが剥離しやすくなり、一方、粒状結晶粒の平均粒径が500nmを超えると、柱状結晶粒間の界面にポアが形成され、そのポアが存在することで上部層のAlの耐チッピング性が低下するため、粒状結晶粒の平均粒径は100〜500nmと定めた。
上記の柱状−粒状混合組織からなる組織構造とすることにより、特に、下部層のTi化合物層と上部層の粒状結晶粒との間での密着性向上が図られ、さらに、上部層に発生したクラックの伝播・進展が、下部層近傍の上記粒状結晶粒によって抑えられ、その結果、硬質被覆層の耐剥離性が向上する。
下部層近傍の上記柱状−粒状混合組織は、下部層と上部層の界面から、上部層側に1μmまでの深さ領域の縦断面を、例えば、走査型電子顕微鏡で観察・測定した場合、該深さ領域の縦断面面積の30〜70面積%を粒状結晶粒が占める柱状−粒状混合組織が形成されていることが好ましい。該深さ領域における粒状結晶粒の占有面積割合が30面積%未満の場合には下部層と上部層の界面における隣接していない柱状結晶粒相互の間隙を埋めるように粒状結晶粒が形成されず、上部層で発生したクラックの伝播・進展が抑制されず、上部層のAlの耐剥離性が低下し、一方、70面積%を超える場合には、相対的に上部層のAlの柱状組織が低下し、Alの耐摩耗性が低下するため、
下部層近傍の上部層における柱状−粒状混合組織に占める粒状結晶粒の占有面積割合は、測定した縦断面面積の30〜70面積%であることが好ましい。
【0013】
(b)上部層表層側における実質的に単一の柱状組織
図1の模式図に示すように、上部層表層側においては、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織を形成するが、このような柱状組織構造によって、上部層のAl層は、すぐれた耐熱性と高温硬さを維持することができ、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することができる。
上部層について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用い、断面研磨面の測定範囲内に存在する上部層酸化アルミニウム層の六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10−10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この結果得られた測定傾斜角から、それぞれ隣接する結晶粒相互間の界面における(0001)面の法線同士、および(10−10)面の法線同士の交わる角度を求め、さらに、前記(0001)面の法線同士、および(10−10)面の法線同士の交わる角度が2度以上の場合を結晶粒として定義することで識別し、その結果得られた結晶粒で測定した場合、柱状結晶粒の平均長さは、上部層の層厚の60%以上であり、かつ、そのアスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)2.5〜7.0である柱状結晶粒が、相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織であることが好ましい。
ここで、柱状結晶粒の平均長さが、上部層の層厚の60%未満である場合には実験結果より上部層Alの特定面、例えば(0001)面の配向性が低下し、それに伴い耐摩耗性および耐チッピング性が低下するため、柱状結晶粒の平均長さは、上部層の層厚の60%以上であることが望ましい。また、柱状結晶粒のアスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)が2.5未満であると、Alの柱状結晶粒間の粒界強度が低下することによって上部層Alの高温強度が低下し、一方、そのアスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)が7.0を超えると、柱状結晶粒間の界面が増え、クラックの伝播・進展を抑制できないため、柱状結晶粒のアスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)は、
2.5〜7.0であることが望ましい。
また、実質的な柱状組織とは、上部層の縦断研磨面を前記記載の手法にてAl結晶粒を識別し、上部層Al全体の面積に対する柱状結晶粒の面積を求めた場合、60面積%以上を柱状結晶粒が占めている組織状態をいう。
【0014】
(c)上部層(Al層)の形成
下部層近傍では柱状−粒状混合組織であり、一方、上部層表層側では実質的な柱状組織である上部層(Al層)は、例えば、以下に示す化学蒸着によって形成することができる。
まず、第1段階として、
反応ガス組成(容量%):AlCl 1〜5%、CO 0.1〜0.5%、残部H
反応雰囲気温度:900〜950℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
時間:10〜60min、
という蒸着条件で、しかも、同時に、反応ガス中に、HS 0.05−0.1vol%とBCl 0.01−0.05vol%を2min間毎に交互に添加して成膜することにより、柱状結晶粒の成長と粒状結晶粒の形成を同時に行うことができ、その結果、下部層の直上の上部層及び下部層側の上部層に、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙を恰も埋めるように粒状結晶粒が存在する柱状−粒状混合組織からなる組織構造を形成することができる。
次いで、第2段階として、
反応ガス組成(容量%):AlCl 1〜5%、CO 5〜15%、HCl 1〜5%、HS 0.5〜1%、残部H
反応雰囲気温度:960〜1040℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
の条件で目標とする上部層層厚になるまで蒸着することにより、少なくとも上部層表層側には、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織を形成することができる。
【発明の効果】
【0015】
この発明の被覆工具は、Al層からなる上部層を、層厚方向に縦長に成長した柱状結晶粒と、平均粒径50〜500nmの粒状結晶粒とから構成するとともに、さらに、上部層表層側は、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織とし、かつ、下部層近傍の上部層は、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙を埋めるように粒状結晶粒を形成した柱状−粒状混合組織として構成したことにより、軸受鋼や合金工具鋼等の高硬度材の切削加工を高速で、かつ切れ刃に対して断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削条件で行っても、すぐれた高温強度と高温硬さを示し、硬質被覆層の剥離等の異常損傷の発生もなく、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明被覆工具の上部層の縦断面の結晶組織の概略模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0018】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Eをそれぞれ製造した。
【0019】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2 C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜eを形成した。
【0020】
ついで、これらの工具基体A〜Eおよび工具基体a〜eのそれぞれを、通常の化学蒸着装置に装入し、
(a)まず、表3(表3中のl−TiCNは特開平6−8010号公報に記載される縦長成長結晶組織をもつTiCN層の形成条件を示すものであり、これ以外は通常の粒状結晶組織の形成条件を示すものである)に示される条件にて、表4に示される目標層厚のTi化合物層を蒸着形成し、
(b)ついで、表5に示されるA〜Cの二段階の条件にて、上部層のAl層を表6に示される目標層厚で形成し、本発明被覆工具1〜10をそれぞれ製造した。
【0021】
また、比較の目的で、上記工具基体A〜C、a〜cに、上記(a)と同様にして表4に示される目標層厚のTi化合物層を蒸着形成した後、表5に示されるA〜Cの条件(但し、第一段階は行わずに、第二段階の条件のみにて成膜する)にて、上部層のAl層を表7に示される目標層厚で形成し、比較被覆工具1〜6を製造した。
さらに、参考のため、上記工具基体D,dに対して、先行技術文献(特開平10−76406号公報)に示されるのとほぼ同等の条件(表5のa参照)で、上部層の下側部(基体側)に粒状結晶組織を、また、上部層の上側部に柱状結晶組織を形成した比較被覆工具7,8を製造した。
なお、比較被覆工具7,8における柱状結晶組織の形成は、所定層厚の粒状Al層を形成した後に、該粒状Al層の表面を、HCl:3容量%、H:残り、からなる組成を有する反応ガスを用い、雰囲気温度:1050℃、雰囲気圧力:10kPa、保持時間:15分の条件で処理し、その表面にClを吸着させた状態でAl層を成膜することにより行った。
また、さらに、参考のため、上記工具基体E,eに対して、先行技術文献(特開平10−76406号公報)に示されるのとほぼ同等のAl層形成条件(表5のb参照)で、上部層全体を粒状結晶組織とした比較被覆工具9,10を製造した。
【0022】
ついで、上記の本発明被覆工具1〜10と比較被覆工具1〜10について、下部層近傍の上部層(下部層と上部層の界面から、上部層側に1μmまでの深さ領域)に形成された粒状結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用い、断面研磨面の測定範囲内に存在する上部層酸化アルミニウム層の六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10−10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この結果得られた測定傾斜角から、それぞれ隣接する結晶粒相互間の界面における(0001)面の法線同士、および(10−10)面の法線同士の交わる角度を求め、さらに、前記(0001)面の法線同士、および(10−10)面の法線同士の交わる角度が2度以上の場合を結晶粒として定義することで識別し、得られた個々の粒状結晶粒の最大径として、粒状結晶粒の平均粒径を求めるとともに、該深さ領域の縦断面総面積に占める粒状結晶粒の占有面積割合を求めた。ここでの粒状結晶粒とは結晶粒の最大径とその最大径に垂直な線を引いた場合に作成される結晶粒との交線において、その最大値をとる線分と前記最大径の比0.6〜1.0であることと定義した。
ついで、同じく本発明被覆工具1〜10と比較被覆工具1〜10について、上部層の縦断面に観察される柱状結晶粒について、その平均結晶粒長さとアスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)を前記記載の手法にてAl結晶粒を識別し、上部層Alの最表面から膜の深さ方向に線を引き、その直線とAl結晶粒との交線が最大となる値を平均結晶粒長さとし、また、平均結晶粒長さ(線分)の中点に垂直な線を引き、その直線とAl結晶粒との交線の長さを平均結晶粒幅として求め、さらに、該上部層の縦断面総面積に占める柱状結晶粒の占有面積割合を求めた。
表6、7に、これらの値を示す。
【0023】
また、本発明被覆工具1〜10及び比較被覆工具1〜10の硬質被覆層の各構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
【表4】

【0028】
【表5】

【0029】
【表6】

【0030】
【表7】

【0031】
つぎに、上記の本発明被覆工具1〜10及び比較被覆工具1〜10の各種の被覆工具について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、
被削材:JIS・SUJ2(HRC62)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 315 m/min.、
切り込み: 1.5 mm、
送り: 0.17 mm/rev.、
切削時間: 5 分、
の条件(切削条件Aという)での軸受鋼の乾式高速断続切削試験(通常の切削速度は、200m/min.)、
被削材:JIS・SKD11(HRC58)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 325 m/min.、
切り込み: 2.2 mm、
送り: 0.2 mm/rev.、
切削時間: 5 分、
の条件(切削条件Bという)での合金工具鋼の乾式高速断続切削試験(通常の切削速度は、250m/min.)、
被削材:JIS・SK3(HRC61)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 285 m/min.、
切り込み: 2.0 mm、
送り: 0.17 mm/rev.、
切削時間: 5 分、
の条件(切削条件Cという)での炭素工具鋼の乾式高速断続切削試験(通常の切削速度は200m/min.)、
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
表7にこの測定結果を示した。
【0032】
【表8】

【0033】
表6〜8に示される結果から、本発明被覆工具1〜10は、いずれも、上部層が、層厚方向に縦長に成長した柱状結晶粒と、平均粒径100〜500nmの粒状結晶粒とから構成され、さらに、上部層表層側は、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織であり、かつ、下部層近傍の上部層は、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙を埋めるように粒状結晶粒が形成された柱状−粒状混合組織であることから、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削条件下でも、上部層と下部層の密着性が向上し、上部層に発生したクラックの伝播・進展が、下部層近傍の上部層に形成された柱状−粒状混合組織で抑制されることによって、剥離、チッピング等の異常損傷の発生が防止され、すぐれた耐摩耗性を発揮する。
これに対して、上部層が柱状組織のみで形成された比較被覆工具1〜6においては、剥離の発生によって短時間で寿命となった。また、上部層の下側部(基体側)に粒状結晶組織が、また、上部層の上側部に柱状結晶組織が形成された比較被覆工具7,8では、剥離の発生により寿命となるか、或いは、剥離が発生しない場合であっても耐摩耗性は不十分であった。さらに、上部層全体を粒状組織で構成した比較被覆工具9,10では、剥離の発生は見られなかったものの耐摩耗性が劣り、短時間で使用寿命となった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
上述のように、この発明の被覆工具は、軸受鋼や合金工具鋼等の高硬度材の高速断続切削加工ですぐれた切削性能を示すが、通常の鋼や鋳鉄の連続切削、断続切削等において使用することも勿論可能であることから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。














































【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(b)上部層が、3〜15μmの平均層厚を有し、かつ、α型の結晶構造を有するAl層、
上記(a)および(b)からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、
(c)上記上部層は、層厚方向に縦長に成長した柱状結晶粒と、平均粒径50〜500nmの粒状結晶粒とから構成され、
(d)下部層直上及び下部層側の上部層においては、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙に粒状結晶粒が存在する柱状−粒状混合組織が形成され、
(e)上部層表層側においては、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織が形成されている、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
下部層と上部層の界面から、上部層側に1μmまでの深さ領域においては、該深さ領域の縦断面面積の30〜70面積%を粒状結晶粒が占める柱状−粒状混合組織が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
上部層において、上部層の層厚の60%以上の平均結晶粒長さと、アスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)2.5〜7.0を有する柱状結晶粒が、上部層の縦断面面積の60面積%以上を占める実質的な柱状組織が形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
























【図1】
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【公開番号】特開2013−94853(P2013−94853A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−237016(P2011−237016)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】