説明

磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法

【課題】磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の層間剥離の有無を診断し得る磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法の提供を目的とする。
【解決手段】上記目的は、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯1の外部より交番磁界Hを印加させて、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯1内の抗張体11を励振させた後、その磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯1内の層間剥離部分で音響を発生させ、その音響を検出することで、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯1の劣化状態を判定する磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法において、前記交番磁界Hの励振周波数の倍音を検出することにより、前記層間剥離があると判定するようにすることで、達成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、駆動や搬送ベルトは、負荷と稼働に伴ない伸びが発生するため、その伸びを抑えるためスチールテープやスチールコード等の磁性体から成る抗張体が備えられている。しかし、このように抗張体を備える積層帯であっても、長期間の使用により損傷を生じ、ついには寿命に至って交換することが必要になる。
【0003】
磁性体が埋設された積層帯100は、図12から図13に示すように、ゴム材からなる表面帆布層101とゴム材からなる中間ゴム層102とゴム材からなる中心ゴム層103とを積層させる積層構造にすると共に、その中間ゴム層102と中心ゴム層103との間に、複数本のスチールコードなどの磁性体からなる線状の抗張体104を、磁性体が埋設された積層構造体100の長手方向に沿って均等に配設する構造とし、しかも、表面帆布層101と中間ゴム層102との間を、空隙が生じないようにゴムなどの接着剤で接着すると共に、中間ゴム層102と中心ゴム層103との間を、複数本の抗張体104があっても、空隙が生じないようにゴムなどの接着剤性の充填部材によって接着することにより、抗張体104が、中間ゴム層102と中心ゴム層103の間で移動して寄れることがないようにしている。
【0004】
上述した磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の損傷及び劣化としては、例えば、駆動伝達機器として電動機と回転伝達プーリーを連結する駆動ベルトが長時間稼働に伴い、磁性体が埋設された積層帯100は、長時間使用して、中間ゴム層102と中心ゴム層103との間の充填部材の凝集破壊など劣化が進展すると、中間ゴム層102と抗張体104の間と、中心ゴム層103と抗張体104の間の、いずれか一方若しくは両方が剥離する現象が発生してしまうものであった。この現象のことを、以下、層間剥離と称することとする。
【0005】
上記中間ゴム層102と中心ゴム層103との間の充填部材の劣化が進展して層間剥離の長さ(以下、層間剥離長と称する)Lが長くなると、図12の(b)、図13に示すように、中間ゴム層102と中心ゴム層103の間に大きな空隙G3ができ、この空隙G3内を抗張体104が移動してその抗張体104が寄れるために、中心ゴム層103が外方に向かって膨らんで膨出部を形成したり、複数本の抗張体104同士が接触し、フレッティング摩耗したりするようになって、中心ゴム層103の外周面(背面)の異常摩耗及び抗張体104の破断が生じていた。
【0006】
なお、ここで、寄れとは、複数本の抗張体104が、中間ゴム層102と中心ゴム層103の間で移動して、部分的に片寄って配設された状態になることをいう。
【0007】
上記層間剥離の発生を早期に見つけて、その層間剥離の補修をするようにすれば、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100の異常摩耗や磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100の外方に抗張体104が飛び出す事故の発生を阻止することができる。
【0008】
しかしながら、従来、抗張体を埋設した積層帯の劣化診断装置としては、抗張体104の破断部からの漏洩磁束を検出することで抗張体104の破断の有無を検出するようにしたもの(例えば、特許文献1を参照)、複数本の抗張体104が中心ゴム層103と中間ゴム層102の間で移動して寄れている状態を判定するようにしたもの(例えば、特許文献2を参照)、及びX線透視画像により磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100内の抗張体104の破断状態を判定するようにしたもの(例えば、特許文献3を参照)が知られているのみであって、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100内の中間ゴム層102と抗張体104の間あるいは中心ゴム層103と抗張体104の間に層間剥離が発生しているか否かに着目して、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化状態を診断するようにしたものがなかった。
【特許文献1】特開平6−316394号公報(段落番号0005〜段落番号0007、図1)
【特許文献2】特開平2002−80185号公報(段落番号0042〜段落番号0055、図6〜図8)
【特許文献3】特開平10−10060号公報(段落番号0012及び段落番号0016、図10〜図11)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、種々、実験した結果、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯に層間剥離が発生していた場合には、その磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の抗張体に交番磁界を印加させると、その抗張体が振動して、抗張体が中心ゴム層及び、中間ゴム層に衝突(接触)するなどして、音響を発生させていることが確認できた。すなわち、例えば、磁芯に巻き付けたコイルに100Vの交流電源を接続して、そのコイルに、図14の(a)に示す電流波形の交流電流Iを流すことで、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の複数本の抗張体に交番磁界を印加させると、図14の(b)に示すように、コイルに流れる交流電流Iの絶対値に比例した吸引力Fが抗張体に働き、その抗張体がコイルに流れる交流電流Iの周波数の2倍の周波数で振動するため、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の層間剥離部分から発生する音響が、コイルに流れる交流電流Iの周波数の2倍の間隔の倍音を発生させる。
【0010】
しかも、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内に層間剥離が発生している場合にその磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯から発生する音響の波形を示す図15の(a)及び周波数分析を示す図15の(b)と、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内に層間剥離が発生していない場合にその磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内から発生する音響の波形を示す図16の(a)及び周波数分析を示す図16の(b)とを、比較すれば判るように、交流電流Iが50Hzであった場合には、100Hz、200Hz……の倍音が発生し、その倍音は、図15の(b)の示すように、800Hz〜3000Hzの周波数帯域Wに特徴的に発生している。よって、800Hz〜3000Hzの周波数帯域Wの倍音を検出することで、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100内の層間剥離の有無を確認することができる。したがって、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の層間剥離に伴い発生する音響(以下、剥離音響と称する。)の有無を、音響センサーで検出することができれば、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の層間剥離の有無を診断することができることになる。
【0011】
ところが、音楽が常時流れている店内や交通量の多い駅などのように、背景雑音が発生している場所に設置されている場合においては、背景雑音に基づく音響(以下、背景音響と称する。)と剥離音響とが、音響センサーより同時に検出されてしまうため、剥離音響を背景音響と識別することが困難であり、剥離音響の発生有無を精度よく検出できないため、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の層間剥離の発生有無を診断することができなかった。
【0012】
本発明は、上述した従来技術における実状からなされたもので、その目的は、背景雑音が発生している場所に設置された磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯であっても、その磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の層間剥離の発生有無を診断することを可能にする磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法を提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記目的を達成するために、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の外部より交番磁界を印加させて、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の抗張体を励振させた後、その磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の層間剥離部分で発生する音響を検出することにより、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化状態を判定する磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法において、前記音響につき、前記交番磁界の励振周波数の倍音を検出した場合に、前記層間剥離が発生していると判定するようにしたことを特徴とするものである。
【0014】
さらに、本発明は、倍音を、前記交番磁界の励振周波数の整数倍の倍音が高利得となる特性を有する倍音検出くし形フィルターを用いて検出するようにしたことを特徴とする。
【0015】
さらに、本発明は、前記磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯に直近させて設けた直近音響検出手段により測定される直近音響データと磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の周囲に設置した周囲音響検出手段により測定される周辺音響データを基に、倍音判定閾値及び倍音測定値を算出してなることを特徴とする。
【0016】
さらに、本発明は、前記倍音測定値が前記倍音判定閾値を越えた場合に、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内に層間剥離が発生していると判定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯を駆動伝達機器や回転伝達プーリーから取り外すことなく、しかも、背景雑音が発生している場所に設置された磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯であっても、その磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の層間剥離の発生の有無を、簡単に診断することを可能にする磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法が得られた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法及びその診断方法に用いられる劣化診断装置について、図1〜図12に基づき説明する。
【0019】
本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100の劣化診断方法に用いられる劣化診断装置2は、図1に示すように、診断作業をする際には、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100の上面との間で隙間G2を保持した状態、すなわち、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100とは非接触状態となるように、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100上方に設置される。
【0020】
劣化診断装置2は、図2に示すように、音響発生手段3と、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100に発生した音響を検出できるように磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100に直近させて設けた第1音響検出手段4(以下、直近音響検出手段4と称する。)と、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100を装着した駆動伝達機器の周囲に設置されてその周囲点における音響を検出する第2音響検出手段5(以下、周囲音響検出手段5と称する。)と、これら音響発生手段3及び直近音響検出手段4を収納したケース6と、携帯用計算機などからなる診断手段7を、少なくとも具備している。ケース6には、劣化診断装置2を保持するための把持部6Aが形成されている。
【0021】
音響発生手段3は、図2に示すように、鉄やフェライトなどからなる凹状の磁芯8と、この磁芯8に巻き付けたコイル9とを、少なくとも備えており、コイル9に100Vの交流電源10を接続してコイル9に交流電流Iを流すことで、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100内の複数本の抗張体104に交番磁界Hを印加させることにより、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100に層間剥離が発生していた場合に、複数本の抗張体104を励振させて剥離音響を発生させる機能を少なくとも有している。ケース6の上面には、交流電源10をオンオフさせるための、スイッチ12が設けられている。
【0022】
磁性体が埋設された積層帯100は、図12に示すように、ゴム材からなる表面帆布層101とゴム材からなる中間ゴム層102とゴム材からなる中心ゴム層103とを積層させる積層構造にすると共に、その中間ゴム層102と中心ゴム層103との間に、複数本のスチールコードなどの磁性体からなる線状の抗張体104を、磁性体が埋設された積層構造体100の長手方向に沿って均等に配設する構造とし、しかも、表面帆布層101と中間ゴム層102との間を、空隙が生じないようにゴムなどの接着剤で接着すると共に、中間ゴム層102と中心ゴム層103との間を、複数本の抗張体104があっても、空隙が生じないようにゴムなどの接着剤性の充填部材によって接着することにより、抗張体104が、中間ゴム層102と中心ゴム層103の間で移動して寄れることがないようにしている。
【0023】
直近音響検出手段4は、音響センサーからなり、ケース6の内底に近接して設けられ、かつ、第1リード線18により、診断手段7に接続される。周囲音響検出手段5は、音響センサーからなり、第2リード線19によって、診断手段7に接続される。
【0024】
劣化診断装置2の音響発生手段3における磁芯8に巻き付けたコイル9に100Vの交流電源10を印加すると、交流電流がコイル9に流れる。コイル9に交流電流が流れると、その交流電流の周期毎に、磁芯8に交番磁界Hが発生する。この交番磁界Hを、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100内で層間剥離が発生した状態の抗張体11に作用させると、抗張体11が吸引される。その結果、抗張体104は、層間剥離により発生した中心ゴム層103と中間ゴム層102の間の空隙G3にて、振動することになる。
【0025】
診断手段7は、図2に示すように、直近音響検出手段4から送信されてくる直近音響データD1、D2及び周囲音響検出手段5は周辺音響データK1、K2につき、各種の演算処理を行い、倍音判定閾値C1及び倍音測定値C2を算出する演算処理部7Aと、倍音判定閾値C1及び倍音測定値C2の比較を行い、その比較結果に基づき磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯1の劣化状態を判定する判定部7Bと、演算処理部の算出結果や判定部の判定結果などを格納する記憶部7Cと、判定部7Bによる判定結果などを表示する表示部7Dとを、少なくとも備えている。
【0026】
磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯1の劣化診断作業は、劣化診断装置2を、図1に示すように、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100の上面上方に、約10mm以内の隙間G2を隔てて保持させ、かつ、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100内の複数本の抗張体104に交番磁界Hを印加させた状態で、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100を、矢印Q方向に一定速度で一周回転させることにより行う。この劣化診断作業により、層間剥離の発生状況が、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯1の全周につき、劣化診断装置2の診断手段7により判定されて、その判定結果が表示部7Cに表示される。
【0027】
次に、本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100の劣化診断方法の具体的実施手順を、図3〜図11に基づき説明する。
【0028】
始めに、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100を駆動伝達機器17から外すことなく、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100の水平部分の上方に劣化診断装置2を設置する。その場合、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100の上面と劣化診断装置2の下面との隙間G2が10mm以内に保持されるように、劣化診断装置2のケース6を、保持具Yによって磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100に設置するとともに、周囲音響を測定できるように、周囲音響検出手段5を磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100から離れた位置に設置する(設置工程)。
【0029】
次いで、図3のステップS1において、劣化診断装置2のスイッチ12をオフの状態、すなわち、劣化診断装置2のコイル9に交流電流を流すことなく、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯1内の複数本の抗張体11に交番磁界Hを印加させない状態で、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100を一定速度で一周させた際に発生する音響データを、直近音響検出手段4と周囲音響検出手段5により、同時に検出する。この場合、直近音響検出手段4によって測定される音響データを、直近音響データD1とし、周囲音響検出手段5によって測定される音響データを、周辺音響データK1とする(交番磁界Hを印加させない状態での第1の測定工程)。
【0030】
次いで、図3のステップS2において、劣化診断装置2のコイル9に交流電流を流して磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯1内の複数本の抗張体11に交番磁界Hを印加させた状態で、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯1を一定速度で一周させた際に発生する音響データを、直近音響検出手段4と周囲音響検出手段5により、同時に検出する。この場合、直近音響検出手段4によって測定される音響データを、直近音響データD2とし、周囲音響検出手段5によって測定される音響データを、周辺音響データK2とする(交番磁界Hを印加させた状態での測定工程)。
【0031】
次いで、測定された直近音響データD1、D2及び周辺音響データK1、K2は、図3のステップS3に示すように、携帯用計算機などからなる診断手段7の記憶部7Cに記憶させる。記憶させる方法としては、直近音響データD1、D2及び周辺音響データK1、K2を、適切な量子化ビット数と量子化周波数(例えば、16ビット、48000サンプル/秒)で取り込み、デジタルデータとして記憶するようにすればよい(記憶工程)。
【0032】
次いで、診断手段7の演算処理部7Aにて、図3のステップS4及び図4に示すように、直近音響データD1及び周辺音響データK1に基づき、倍音判定閾値C1を算出する(倍音判定閾値の算出工程)。
【0033】
次いで、診断手段7の演算処理部7Aにて、図3のステップS5及び図5に示すように、直近音響データD2及び周辺音響データK2に基づき、倍音測定値C2を算出する(倍音測定値の算出工程)。
【0034】
最後に、診断手段7の判定部7Bにて、倍音判定閾値C1と倍音測定値C2を比較することで、図3のステップS6及び図6に示すように、層間剥離の発生有無を判定する(層間剥離判定工程)。
【0035】
上記劣化診断方法では、直近音響データD1及び周辺音響データK1を測定してから直近音響データD2及び周辺音響データK2を測定しているが、直近音響データD2及び周辺音響データK2を測定してから直近音響データD1及び周辺音響データK1を測定するようにしてもよいし、また、倍音判定閾値C1を算出してから倍音測定値C2を算出するようにしているが、倍音測定値C2を算出してから倍音判定閾値C1を算出するようにしてもよい。
【0036】
次に、上記劣化診断方法の具体的実施手順におけるステップS4の「倍音判定閾値C1の算出方法」につき、図4に基づき、詳説する。
【0037】
すなわち、始めに、図4のステップS41に示すように、直近音響データD1及び周辺音響データK1を、診断手段7の演算処理部7Aに読み込む(データ読込工程)。
【0038】
次いで、図4のステップS42に示すように、読み込んだ直近音響データD1及び周辺音響データK1につき、短時間FFT処理(短時間高速フーリエ変換処理)により、周波数分析が行われる(周波数分析処理工程)。
【0039】
次いで、図4のステップS42の周波数分析の結果に対して、例えば、2kHz以下をハイパスフィルターにてカットすることで、図4のステップS43に示すように、低周波領域(駆動伝達機器の駆動音が含まれる領域)を除去する処理を実施した後の、直近音響データD1の音響パワーP1(以下、直近音響パワーP1と称する)と周辺音響データK1の音響パワーP2(以下、周辺音響パワーP2と称する)を算出する(低周波領域除去工程)。これにより、駆動伝達機器の駆動音などの音響パワーの大きい低周波領域部分が除去される。
【0040】
次いで、図4のステップS44に示すように、同時刻に測定された直近音響データD1及び周辺音響データK1に係わるところの、直近音響パワーP1から周辺音響パワーP2を引き算することで、背景雑音除去処理がおこなわれる(背景雑音除去工程)。これにより、駆動伝達機器が設置されている場所の背景雑音に伴う音響パワーが除去される。
【0041】
次いで、図4のステップS45に示すように、図4のステップS44の結果に対して、図11の(a)に示す特性の倍音検出くし形フィルター20を適用することで、剥離音響による音響成分(倍音成分)を抽出して、倍音音響パワーを算出する(倍音検出くし形フィルター適用工程)。
【0042】
次いで、図4のステップS46に示すように、図4のステップS44の結果に対して、図11の(b)に示す特性の非倍音検出くし形フィルター21を適用することで、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100が稼動することで発生する稼動音響成分による音響成分を抽出して、非倍音音響パワーを算出する(非倍音検出くし形フィルター適用工程)。
【0043】
最後に、診断手段7の判定部7Bにて、図4のステップS47に示すように、倍音音響パワーと非倍音音響パワーとの差を算出して、倍音判定閾値C1とする(倍音判定閾値算出工程)。
【0044】
次に、上記劣化診断方法における具体的実施手順のステップS5の「倍音測定値C2の算出方法」につき、図5に基づき、詳説する。
【0045】
まず、始めに、図5のステップS51に示すように、直近音響データD2及び周辺音響データK2を、診断手段7の演算処理部7Aに読み込む(データ読込工程)。
【0046】
次いで、図5のステップS52に示すように、読み込んだ直近音響データD2及び周辺音響データK2につき、短時間FFT処理(短時間高速フーリエ変換処理)により、周波数分析が行われる(周波数分析処理工程)。
【0047】
次いで、図5のステップS52の周波数分析の結果に対して、例えば、2kHz以下を、ハイパスフィルターにてカットすることで、図5のステップS53に示すように、低周波領域を除去する処理を実施して、直近音響データD2の音響パワーP3(以下、直近音響パワーP3と称する)と周辺音響データK2の音響パワーP4(以下、周辺音響パワーP4と称する)を算出する(低周波領域除去工程)。これにより、駆動伝達機器の駆動音などの音響パワーの大きい低周波領域部分が除去される。
【0048】
次いで、図5のステップS54に示すように、同時刻に測定された直近音響データD2及び周辺音響データK2に係わるところの、直近音響パワーP3から周辺音響パワーP4を引き算することで、背景雑音除去処理がおこなわれる(背景雑音除去工程)。これにより、駆動伝達機器が設置されている場所の背景雑音に伴う音響パワーが除去される。
【0049】
次いで、図5のステップS55に示すように、図5のステップS54の結果に対して、倍音検出くし形フィルター26を適用することで、剥離音響による音響成分(倍音成分)を抽出して、倍音音響パワーを算出する(倍音検出くし形フィルター適用工程)。
【0050】
次いで、図5のステップS56に示すように、図5のステップS54の結果に対して、非倍音検出くし形フィルター27を適用することで、摺動音響による音響成分を抽出して、非倍音音響パワーを算出する(非倍音検出くし形フィルター適用工程)。
【0051】
最後に、診断手段7の判定部7Bにて、図5のステップS57に示すように、倍音音響パワーと非倍音音響パワーとの差を算出して、倍音測定値C2とする(倍音算出工程)。
【0052】
次に、上記劣化診断方法における具体的実施手順のステップS6の「層間剥離発生の有無の判定方法」につき、図6に基づき、詳説する。
【0053】
まず、始めに、診断手段7の判定部7Bにて、図6のステップS60に示すように、図5のステップS57で算出された倍音測定値C2と図4のステップS47で算出された倍音判定閾値C1とを比較して、倍音測定値C2が倍音判定閾値C1よりも小さいか否かを判定する。
【0054】
そして、図6のステップS60において、倍音測定値C2が倍音判定閾値C1よりも小さいと判定された場合には、「倍音発生なし」と判定されて、図6のステップS61に進み、「層間剥離が発生していない」として、その旨の表示が診断手段7の表示部7Dになされて、劣化診断作業が終了する。また、図6のステップS60において、倍音測定値C2が倍音判定閾値C1よりも大きいと判定された場合には、「倍音発生あり」と判定されて、図6のステップS62に進み、「層間剥離が発生している」として、その旨の表示が診断手段7の表示部7Dになされて、劣化診断作業が終了する。
【0055】
以上のように、一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100の劣化診断方法の手順によれば、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100を駆動伝達機器17から外すことなく、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯100内の層間剥離の発生状況を、簡単に確認することができ、劣化診断作業を効率よく短時間で行うことを可能にする。
【0056】
さらに、上記劣化診断方法によれば、音楽が常時流れている店内や交通量の多い駅などの背景雑音のある場所に設置された磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯であっても、その磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内に層間剥離があれば、その層間剥離を検出することができる。また、層間剥離の有無が自動的に診断手段7の表示部7Dに表示されるため、その表示部7Dを見ることにより、劣化診断作業者が劣化診断作業の現場にて、層間剥離の有無を確認できるので、便利である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法に用いられる劣化診断装置の設置状態図である。
【図2】本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法に用いられる劣化診断装置の概略構造説明図である。
【図3】本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法の実施手順を示すフローチャートである。
【図4】本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法における倍音判定閾値の算出方法の実施手順を示すフローチャートである。
【図5】本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法における倍音測定値の算出方法の実施手順を示すフローチャートである。
【図6】本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯における層間剥離の発生有無の判定方法の実施手順を示すフローチャートである。
【図7】本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯に交番磁界を印加させない場合に、直近音響検出手段により検出される音響の特性を説明するものであって、(a)は、波形図であり、(b)は、周波数分析図である。
【図8】本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内に交番磁界を印加させない場合に、周囲音響検出手段により検出される音響の特性を説明するものであって、(a)は、波形図であり、(b)は、周波数分析図である。
【図9】本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内に層間剥離が発生した状態であって交番磁界を印加させた場合に、直近音響検出手段により検出される音響の特性を説明するものであって、(a)は、波形図であり、(b)は、周波数分析図である。
【図10】本発明の一実施形態に磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内に層間剥離が発生した状態であって交番磁界を印加させた場合に、周囲音響検出手段により検出される音響の特性を説明するものであって、(a)は、波形図であり、(b)は、周波数分析図である。
【図11】本発明の一実施形態に係わる磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断装置に用いられるくし形フィルターの特性図であって、(a)は、倍音検出くし形フィルターの特性図であり、(b)は、倍音減衰用くし形フィルターの特性図である。
【図12】従来の磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯に係わる構造説明図であって、(a)は磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の正常状態の構造説明図であり、(b)は、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の膨らみ状態の構造説明図である。
【図13】従来の磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の層間剥離状態を説明する模式図である。
【図14】従来の磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断装置に発生する電流と吸引力の関係を説明するものであって、(a)は、電流波形図であり、(b)は、吸引力波形図である。
【図15】従来の磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内に層間剥離が発生した場合に、直近音響検出手段により検出される音響の特性を説明するものであって、(a)は、波形図であり、(b)は、周波数分析図である。
【図16】従来の磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内に層間剥離が発生していない場合に、直近音響検出手段により検出される音響の特性を説明するものであって、(a)は、波形図であり、(b)は、周波数分析図である。
【符号の説明】
【0058】
100 磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯
101 表面帆布層
102 中間ゴム層
103 中心ゴム層
104 磁性体からなる抗張体
2 劣化診断装置
3 音響発生手段
4 直近音響検出手段
5 周囲音響検出手段
6 ケース
6A 把持部
7 診断手段
7A 演算処理部
7B 判定部
7C 記憶部
7D 表示部
8 磁芯
9 コイル
10 交流電源
11 抗張体
12 スイッチ
13 化粧層
14 上部帆布層
15 下部帆布層
17 ハンドレールガイド
18 第1リード線
19 第2リード線
26 倍音検出くし形フィルター
27 非倍音検出くし形フィルター
D1 直近音響データ
D2 直近音響データ
K1 周辺音響データ
K2 周辺音響データ
C1 倍音判定閾値
C2 倍音測定値
H 交番磁界
G3 層間剥離により生じた空隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の外部より交番磁界を印加させて、前記磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内の抗張体を励振させた後、前記抗張体を埋設した積層帯内の層間剥離部分で発生する音響を検出することにより、前記積層帯の劣化状態を判定する積層帯の劣化診断方法において、前記音響につき、前記交番磁界の励振周波数の倍音を検出した場合に、前記層間剥離が発生していると判定することを特徴とする磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法。
【請求項2】
前記倍音は、前記交番磁界の励振周波数の整数倍の倍音が高利得となる特性を有する倍音検出くし形フィルターを用いて検出するようにしたことを特徴とする請求項1記載の磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法。
【請求項3】
前記磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯に直近させて設けた直近音響検出手段により測定される直近音響データと、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の周囲に設置した周囲音響検出手段により測定される周辺音響データを基に、倍音測定値を算出してなることを特徴とする請求項1若しくは2記載の磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法。
【請求項4】
前記倍音測定値が周囲音響測定より予め定めた閾値を越えた場合に、磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯内に層間剥離が発生していると判定することを特徴とする請求項3記載の磁性体から成る抗張体を埋設した積層帯の劣化診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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