説明

磁性粒子含有薬剤キャリア及びそれを用いた治療装置

【課題】目的部位へ選択的に集積した状態で、高周波誘導加熱による発熱効率が高い薬剤キャリアを提供する。
【解決手段】薬剤3と磁性微粒子2とそれらを被覆する外殻1からなり、外殻1の外径は10nm以上200nm以下である。磁性微粒子は、その平均粒径をdとしたときに、粒径分布の標準偏差σが0.8d>σ>0.4dを満たし、交番磁場照射によって薬剤キャリアに内包される磁性微粒子が高周波誘導加熱よりヒステリシス熱を発生する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療技術分野において、部位指向性高周波誘導加熱を利用して、ドラッグデリバリーシステム(以降、DDSと記す)における薬剤放出効率、及び、温熱治療時の発熱効率を向上させることを目的とした磁性粒子含有薬剤キャリアと、薬剤キャリアを用いた治療装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
DDSにおいて、薬剤のターゲティングは、キャリアを介して薬剤を特定の細胞、組織、臓器のみに選択的に運搬することによって達成される。これにより、治療部位での薬剤濃度は上昇し、目的とする薬理作用を増強する一方、他の部位への送達量は減少し、副作用の軽減が可能となる。さらに、局所に特化した有効的な薬効を得るためには、薬剤のターゲティングに加えて、外部から与える刺激によって標的組織や臓器での薬剤放出速度などを好適に制御することが求められる。特に、温度に応答して目的部位へ選択的に集積性を高めることができ、さらに薬剤の放出を制御できる薬剤キャリアとしては、温度感受性高分子ミセル等の温度応答性材料(特許文献1)や温度応答性リポソーム(特許文献2)が検討されている。これらの薬剤キャリアは、現状では、正常部位とは異なる温度を有する患部への、薬剤キャリアの集積と徐放に有効と考えられている。
【0003】
一方、癌細胞が正常細胞に比べて熱に弱い性質を利用したハイパーサーミア(癌温熱療法)における高周波誘電加温法は生体間を電極で挟む方法であり、生体全体を42℃程度に加温する。この治療法の長所は、手術よりも低侵襲で患者への負担が小さいことであるが、肝血流の冷却作用のため、腫瘍内部の温度は上がらず、凝固壊死させるには至らない。また、腫瘍だけでなく生体全体の加温となるため、連続、長期的な治療の場合には正常組織に対する影響が問題になる。そこで、交流磁場下で強磁性体が有する磁気ヒステリシス損による発熱効果を利用して、腫瘍に取り込ませた磁性体粉末を60〜80℃に加温し、腫瘍のみを選択的に凝固壊死させる高周波誘導加温法が試みられている(特許文献3)。そのためには、被加温体としての磁性体を病変部位に導入することが前提となる。しかし、大きなヒステリシス損に基づく高発熱効率が期待される、1μm〜1mmのサイズの磁性粉末を用いる場合には、開閉手術やカテーテルによって直接患部に発熱体を導入することが必要となる(特許文献4)。この方法は、患者への負担が大きいうえ、手術不可能でカテーテルで到達できない深部に位置する病変部位には適用できない。そこで、低侵襲なDDSによって磁性体を標的部位に取り込むため、近年、磁性体としてナノサイズの磁性微粒子を用い、リン脂質、タンパク質及び水溶性ポリマー等の生体適応性物質と複合化した磁性粒子含有医薬が検討されている(特許文献5)。
【0004】
また、被加温体として磁性微粒子を用いた交番磁場照射による目的部位の適切な局所加熱には加温状態のモニタが必要となる。生体内温度のモニタに関しては、例えば、特許文献6に核磁気共鳴イメージング(以降、MRIと略す)装置を用いた温度計測方法が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開平9−169850号公報
【特許文献2】特開2003−212755号公報
【特許文献3】特開2006−116083号公報
【特許文献4】特開2005−160749号公報
【特許文献5】特開平3−128331号公報
【特許文献6】特開2000−300535号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
温度応答性機能を持つ薬剤キャリアを用いる方法は、生体内での温度感知相転移にかかる時間が長く、薬剤キャリアが目的部位へ選択的に集積した状態で、治療時に目的部位を局所加熱することによって、薬剤放出速度を好適に制御するには到っていない。
【0007】
また、磁性微粒子の磁気ヒステリシス損による発熱効果を利用する方法は、磁気粒子の微小化に伴ってヒステリシス発熱効率が減少するため、まだ実効的な治療効果を持つには到っていない。現状では、局所部位に限定した実効的な温熱療法効果を持つ低侵襲な加熱手法は確立されておらず、効率の良い局所部位加熱の手法が求められている。特に、局所部位加熱効率の向上には、磁気発熱効率の高い磁性体の選択が有効である。しかし、従来の磁性粒子含有医薬は磁性微粒子を利用するものではあるが、磁性微粒子の磁化特性ではなく磁性微粒子に付加する修飾機能を主体とするものであり、粉体特性を決める構成磁性微粒子の粒径分布や磁気発熱効率等については、十分な検討が行われていない。
【0008】
ハイパーサーミアによる治療効果や温度応答性薬剤キャリアによる局所に特化した有効的な薬効を、患者への負荷を最小限にして速やかに得るためには、局所部位の加熱を好適に制御することが不可欠な条件である。そのための方策の1つとして、薬剤キャリアに含まれる磁性微粒子の磁気発熱効率が高いことが有効である。
【0009】
しかし、加温材料の探索やそれらの発熱特性は利用もしくは修飾可能な既存材料の中から選ばれるため、その形状やサイズに依存して変化する。さらに、単粒子での磁化特性と複数の粒子が集合した凝集状態での磁化特性も変化するため、選択材料の特性解析を行って利用可能かどうか確かめる必要があった。
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、目的部位へ選択的に集積した状態で磁気発熱効率が高い薬剤キャリアを提供することと、高周波誘導加熱手法で薬剤キャリアを介した局所部位加熱を行う治療装置を提供することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は上記課題に基づいて、ナノメートルオーダーの単磁区磁性微粒子集合体の凝集性と粒径分布に着目し、ヒステリシス曲線に現れる保磁力が増大する粒径分布、凝集条件について検討した。具体的には、平均粒子間隔323nm、平均粒径75nmの単磁区磁性微粒子集合状態に関し、系全体の異方性エネルギー、印加磁場エネルギー、粒子間磁気双極子相互作用エネルギーを取り入れたモデルをもとに、粒径分布の標準偏差をパラメータとした磁化曲線を計算した。磁化曲線のヒステリシスループの面積より、ヒステリシス損を見積もった。その結果、図3に示すような磁性微粒子凝集状態での粒径分布とヒステリシス損の関係を得た。粒径分布の標準偏差の増加に従って、ヒステリシス損が増大する。しかも、粒径分布の標準偏差が粒径平均の0.4倍を超えると、その増加率は急峻になる。この結果より、薬剤キャリアに内包される磁性微粒子集合体の粒径分布に不均一性を与えることで、高い磁気発熱効率を実現する薬剤キャリアが提供でき、薬剤キャリアと高周波誘導加熱手法を用いた加熱効率の高い治療装置を提供できる。
【0012】
即ち、本発明の薬剤キャリアは、薬剤と、凝集した複数の磁性微粒子と、薬剤と複数の磁性微粒子とを内包する外殻とを有し、磁性微粒子は単磁区磁性微粒子であり、平均粒径をdとしたときに、標準偏差σが0.8d>σ>0.4dを満たし、外殻は外径が10nm以上200nm以下である。薬剤キャリアに内包される磁性微粒子は、交番磁場照射によって高周波誘導加熱よりヒステリシス熱を発生する。
また、本発明の治療装置は、前記薬剤キャリアが投与された被検体を保持する保持台と、被検体の標的部位に凝集した薬剤キャリアを高周波誘導加熱するための交番磁場照射手段と、標的部位の温度をモニタする温度モニタと、温度モニタによってモニタした温度上昇が予め設定した目標温度上昇値に達するまで交番磁場照射手段を作動させ、温度上昇が目標温度上昇値に達したら交番磁場照射手段を停止させる制御を行う制御部とを有する。
【0013】
磁性微粒子集合体の粒径分布に0.8d>σ>0.4dの不均一性を与えることで、血管中を滞留する薬剤キャリアを標的病変部位において高効率で局所加熱でき、標的部位に特化した薬剤放出を促進できる。また、癌温熱治療等において暴露時間を短縮でき、患者への負担が軽減できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る磁性粒子含有薬剤キャリアでは、磁気発熱効率が高い磁気特性を発現することにより、短時間暴露での加温、又は、より低磁場強度での加温が可能となる。このため、標的部位に隣接する周辺部位へ及ぼす影響が減少し、低侵襲の治療が可能となる。また、手術不可能な患部への治療が可能となる。さらに、低磁場、短時間の治療のため、より低消費電力での利用が可能な装置となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の構成をより詳しく説明すれば次の通りである。
本発明において、効力を発揮する磁性粒子含有薬剤キャリアの大きさは5nm以上200nm以下である。5nm以下は腎臓ろ過により排出され、200nm以上になると肝臓での解毒作用で排出される。好ましくは10nm〜200nmである。DDSによる局所に特化した薬剤放出のみを目的とする場合、周辺組織を加熱する必要はなく、薬剤キャリアのみの温度上昇に限定される。このため、温熱療法に比べて治療に要する発熱量は減少する。また、薬剤キャリアの大きさが5nm以上であれば、その値は小さい程、血管透過率は高い。薬剤濃度上昇を目的に局所放出に特化して用いる薬剤キャリアの大きさは、好ましくは、10nm〜50nmである。
【0016】
本発明における磁性粒子含有薬剤キャリアを構成する磁性微粒子は、その異方性磁界Hkの分散が小さいものが望ましい。好ましくは、分散が0.01以下である。
【0017】
本発明における磁性粒子含有薬剤キャリアの高周波誘導加熱におけるヒステリシス損失の増大効果は、凝集状態にある磁性微粒子の粒径の不均一性を利用したものである。この効果は、粒子間相互作用と単一磁性微粒子の異方性エネルギーとの競合の結果、相互作用が支配的になる体積占有率の高い凝集状態のもとで発揮されるものであり、好ましくは、その体積占有率Φが以下の関係を満たす状態で利用するものである。即ち、式(1)であり、この状態を満たさない場合、ヒステリシス損失の著しい増大効果は期待できない。
【0018】
【数1】

【0019】
ここで、体積占有率は、標的部位で凝集状態にある磁性粒子含有薬剤キャリアの凝集体体積Vclusterに対する磁性粒子含有薬剤キャリアの体積Vcarrierの比に凝集体を形成する磁性粒子含有薬剤キャリアの個数Ncarrierをかけたもの、又は、磁性粒子含有薬剤キャリアの体積Vcarrierに対する磁性粒子含有薬剤キャリアを構成する磁性微粒子の平均体積Vparticleの比に磁性微粒子の個数Nparticleをかけたものである。即ち、次式(2)又は(3)である。
【0020】
【数2】

【0021】
本発明における磁性粒子含有薬剤キャリアを構成する磁性微粒子は、その飽和磁化MSと異方性磁界Hkの比MS/Hkが高いものが望ましい。好ましくは、飽和磁化の高い純鉄である。
【0022】
図1に、体積占有率の違いによる磁化曲線の変化の均一粒径の場合の典型的な例を示す。粒子間相互作用の影響がほとんど無視できる程に体積占有率が低いAの場合に比べ、体積占有率が高いBのケースは、ヒステリシスループ領域が拡大すると同時に、保磁力も増加し、粒子間相互作用の影響が無視できる場合の約2倍となっている。高周波誘導加熱におけるヒステリシス損失の増大効果は、この粒子間相互作用の影響が顕著な領域で発揮される。これは、隣り合った2個の微粒子が磁気双極子相互作用によって対をなして反転するためで、反転磁場Hrvは粒子間相互作用の強さに伴い増大し、保磁力は反転磁場以下となる。また、粒子間相互作用は凝集状態における平均粒子間距離が粒径程度の大きさで制限されるため、保磁力Hcについて、最大反転磁場Hrvmaxを介して次の関係が成り立つ。
【0023】
【数3】

【0024】
鉄微粒子の場合、保磁力Hcは異方性磁界Hkの5倍程度になる。また、ヒステリシス損の増大効果をもたらす粒子間相互作用のない場合、微粒子生成時の集合圧粉状態における各微粒子の磁化容易化軸は相関がない。容易化軸の方向がランダムなため、この場合の保磁力は異方性磁界の約半分になる。即ち、均一な微粒子圧粉状態では、粒子間相互作用効果によって、保磁力Hcが異方性磁界Hkの約1倍に増大する。
【0025】
したがって、本発明に係る磁性鉄微粒子は、微粒子生成時の集合圧粉状態での保磁力Hcが異方性磁界Hkの約1倍以上、5倍以下であるものが含まれる。好ましくは微粒子生成時の集合圧粉状態での保磁力Hcが、超低密度での集合体の保磁力の約2倍のものが含まれる。
【0026】
また、本発明における磁性粒子含有薬剤キャリアの粒径の不均一性は飽和磁化分布の不均一性に現れる。粒径の大きな粒子は均一な場合よりも広範囲まで相互作用を強く及ぼすうえ、その高飽和磁化のため、逆磁場に対して耐久性が強く、保磁力の増大を促す。その結果、図2に示すような不均一性の増加による、保磁力の増大、ヒステリシスループ領域の拡大を引き起こす。この結果、図3に示した、粒径分布とヒステリシス損の関係が得られる。
【0027】
均一粒径の場合の磁性粒子含有薬剤キャリアを構成する磁性微粒子に関する粒子単位の発熱量Whparticleは、周波数fと誘導加熱時のヒステリシス損失Pparticleを用いて式(5)となり、磁性粒子含有薬剤キャリア1個あたりの発熱量Whcarrierでは、式(6) となる。
【0028】
【数4】

【0029】
さらに粒径が不均一な場合には、ヒステリシス損失Pparticleは、図3のように変化し、σ≒0.4で均一時の1.6倍、σ≒0.8で4倍に増加する。また、σ≒0.4付近で、その増加率が変化し、0.4以下ではその線形の増加率が約1.5であるのに対し、0.4以上では線形増加率は5.5に増大する。
【0030】
本発明における磁性粒子含有薬剤キャリアを構成する磁性微粒子の平均粒径dは好ましくは10nm〜50nmで、標準偏差が0.4d以上1.0d以下である。より好ましくは、平均粒径が10nm〜20nmで標準偏差が0.4d以上である。さらに好ましくは、平均粒径が10nmで標準偏差が8nmである。
【0031】
本発明の好ましい形態において、各キャリアiに内包される磁性微粒子集合体の平均粒径をdiとするとき、各キャリアiにおける磁性微粒子の粒径の標準偏差σiが0.8di>σi>0.4diを満たすものを含む。
【0032】
また、本発明の好ましい形態において、局所に特化した薬剤放出のみを目的とする場合、薬剤キャリアに内包される磁性微粒子は、好ましくは、平均粒径が5nmで標準偏差が4nmである。
【0033】
本発明の好ましい形態において、磁性粒子含有薬剤キャリアの外殻は、生体適応物質で構成される。好ましくは、薬剤投与対象の体温近傍に相転移温度を有する熱応答性高分子で構成される。速やかな薬効を得るためには、外殻が相転移温度近傍で敏感にその外殻膜の特性が変化することが望まれる。相転移温度以上で外殻が壊れて内包物を放出する場合、例えば、図4に示すような、急峻な放出が望まれる。図4において、磁性粒子含有薬剤キャリアは、外殻1によって磁性微粒子2と薬剤3を被覆して構成されている。さらに、好ましくは、磁性粒子含有薬剤キャリアの外殻は、温度感受性リポソーム(閉鎖小胞)で構成される。
【0034】
さらに、本発明の好ましい形態において、血液中での非特異吸着を防止することが必要となる。好ましくは、磁性粒子含有薬剤キャリアの外殻は、最外殻膜がリポソームなどの脂質膜で構成され、粒子表面電位を血液の等電点より+又はに偏らせてイオン化させた形態をとる。
【0035】
また、遺伝子治療を目的とした本発明の好ましい形態において、薬剤キャリアの外殻は体温近傍に相転移温度を有し、相転移温度以上で疎水性に転移する熱応答高分子で修飾されたリポソームで構成される。好ましくは、相転移温度T1以上で疎水性に転移する熱応答高分子で修飾されたリポソーム膜の内側に、T1以上の相転移温度を有し、相転移温度以上で薬剤を放出する温度感受性機能高分子からなる膜の2重被覆構成を有する。
【0036】
さらに、血管内での加熱では血流による冷却効果があることが知られている。病変部位近傍での薬剤濃度上昇を目的とした血管中での投薬及び治療のタイミング制御に用いられる本発明の好ましい形態において、薬剤キャリアは高抵抗化のための被覆処理あるいは樹脂被覆された形態をとる。好ましくは、薬剤キャリアの外殻は、薬剤投与対象の体温近傍に相転移温度を有する熱応答性高分子で構成された膜の外側をさらに血流との摩擦の高い被覆処理又は樹脂被覆した2重構造をとる。
【0037】
次に、本発明の薬剤キャリアを用いた治療装置の実施の形態を図5のフローチャートに従って説明する。ただし、本発明の適用は、以下に述べる具体例に限られるものではない。
【0038】
まず、操作者は用途に合わせて、目的とする加熱による温度上昇値ΔTsetを設定し、温度上昇値に合わせた薬剤キャリアを処方し投与する(S11)。適切な投与経路には、標的部位内、標的部位周囲、血管内投与が含まれる。好ましくは、公知のDDSで取り扱われている受動的、能動的ターゲッティングの手法を用いた動脈又は静脈血液供給を介した投与経路である。次に、標的部位への磁性粒子含有薬剤キャリアの集積を図る。薬剤キャリアの集積は、本発明において公知の全ての手段により行われる。使用用途と薬剤キャリアの機能によって、集積方法を決定する(S12)。相転移温度近傍での変化率の高い被覆膜を用いて、加熱時の速やかな薬剤放出による標的部位近傍での薬剤濃度の一時的な上昇を目的とする場合、特に薬剤キャリアを集積させる必要はない(S13)。病変組織に薬剤キャリアを高濃度で集積させる必要がある場合、病変組織部近傍に静磁場勾配を発生させることにより、標的部位に高効率で集積させ、さらに、静磁場制御によりその位置での滞留時間を増加させる手段を用いる(S14)。この高勾配静磁場の発生には、例えば図6の模式図に示すように、被検体21の標的部位22を挟んで配置されたコイル対11を用いる。このコイル対11は、発生する静磁場成分が、磁場方向と直交する平面方向で標的部位22を中心に同心円状に減衰する磁場勾配を与える。模式図にあるように、磁束線12はコイル11外では空間的に広がる。磁場方向成分は、磁場方向に直交する平面内部では、標的部位22を中心に距離の3乗に反比例して減衰する。
【0039】
次に、交番磁場を照射する(S15)。交番磁場に用いる交流磁場の発生には、例えば図7のように、交流電流を流したコイル対13間に標的部位22を配置すればよい。本発明で使用する電磁波14としては、上記磁性粒子に対し高周波誘導加熱可能な周波数であれば特に限定されず、ラジオ波(周波数30Hz〜300MHz、波長1m〜100km)又はマイクロ波(周波数300MHz〜300GHz、波長1mm〜1m)が使用可能である。さらに、この電磁波としては、水による吸収が少なく磁性粒子以外の物質を非特異的に高周波加熱させにくいことから、100MHz以下の周波数のものが好ましい。交番磁場を照射しながら、標的部位の温度をモニタし(S16)、交番磁場照射状態を制御することにより、投薬及び治療のタイミング制御を行う。測定した温度上昇ΔTが目的とする温度上昇値ΔTsetを超えているかどうかを判定し(S17)、ΔTset以下なら再度交番磁場を照射する(S15)。ΔTがΔTsetを超えた時点で処置が終了する。
【0040】
図8は、本発明による治療装置の加熱制御部の構成を示すブロック図である。この治療装置は、被検体を保持する寝台、加熱部35、温度測定部31、温度測定受信部33、温度測定制御部32、加熱制御部34及び表示手段36を備える。加熱部35は交番磁場を発生させるためのコイル13を備える。また、図6に示した静磁場勾配を発生させるためのコイルを備えてもよい。温度測定部31からの磁場照射後の温度上昇値ΔTを温度測定受信部33で受信し、表示手段36を用いて標的部位近傍での温度分布をモニタする。温度上昇ΔTが目的とする予め設定した目標温度上昇値ΔTset以下なら、加熱制御部34からの信号により、加熱部35で交番磁場を照射する。さらに、温度測定制御部32から温度測定部31へ温度上昇値の測定をさせる。ΔTがΔTsetを超えた時点で、加熱部35による交番磁場照射を停止させて処置を終了する。制御部にはPCを用いることができる。
【0041】
温度測定部31には、既知のMRI装置を用いた温度計測が可能である。また、赤外線カメラを用いた発熱部位のイメージング、又は特開2007−057449号公報にあるような赤外線イメージセンサーをマトリックス状に配列した器具を標的部位近傍に当て発熱部位をイメージングするなどの方法で温度測定してもよい。好ましくは、同一の核磁気励起タイミングで異なるエコー時間を有する複数のMR画像を取得する時系列マルチエコー撮影を行い、それらの信号処理により各時相の3次元もしくは2次元の被検体の温度分布を計算することによって、被検体の動きがあっても被検体内の温度変化を時系列的に安定に計算できるMRI装置を用いて温度計測部を構成する。
【0042】
以下、本発明の薬剤キャリアについて具体的に説明する。但し、本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではない。以下においては、薬剤及び周囲の細胞の比重は1として概算する。
【0043】
[実施例1]
磁性粒子含有薬剤キャリアとして、公知の39℃に転移温度を持つ熱応答性高分子1で修飾された大きさ200nmのリポソームを用いる。たとえば、N-Isopropylacrylamide Copolymersを用いた(K. Yoshino, A. Kadowaki, T. Takagishi, K. Kono, Bioconjugate Chemistry, 15, 1102-1109 (2004))。図9のように、熱応答性高分子1で修飾した閉鎖小胞内部に薬剤3と異方性磁界Hkが40Oe、飽和磁化が510emu/cm2の単磁区ニッケル微粒子2を挿入した。磁性微粒子としては、平均粒径が20nm、粒径分布の標準偏差σが10nm(σ=0.5d)のものを用いた。このとき、Hc/Hk=1.4であり、体積占有率をφ=0.1とすると、3Hk/Msμ0≒0.0195<φとなる。
【0044】
静脈血液供給を介した投与経路より薬剤を投入し、数分後に周波数200kHzの交番磁場14を磁場強度1000Oeで標的部位に照射した。薬剤キャリアの比熱に水の比熱4.2×109Jg-3-1を用いて概算すると、標的部位の近傍での薬剤キャリアの温度上昇が3℃となる照射時間は約200秒となる。体温を36℃と仮定すると、約4.5分の交番磁場照射で、薬剤キャリアの温度は40℃に上昇する。その結果、図9(a)の照射前の状態から、標的部位近傍に滞留している薬剤キャリアの閉鎖小胞1に変形がおこり、薬剤3が放出され、図9(b)のように薬剤3は血管壁23を透過し標的部位に到達する。従って、薬剤キャリアを血中に取り入れた直後の治療時に、交番磁場による局所誘導加熱で薬剤濃度を上げることができる。
【0045】
[実施例2]
Supramolecular Design for Biological Applications (2002), Chapter 11. Editor(s): Yui, Nobuhiko. Publisher: CRC Press LLC, Boca Raton, Flaに記載されている40℃に転移温度を持つ熱応答性高分子ミセルpoly(IPAAm-co-DMAAm)-block-poly(DL-lactide)を薬剤と磁性微粒子を被覆する外殻1として用いて、磁性粒子含有薬剤キャリアを製造した。図10のように、平均粒径100nmの薬剤キャリアに、薬剤3と異方性磁界 Hkが1000Oe、飽和磁化が1140emu/cm2、平均粒径10nmで標準偏差8nmのFePt粒子2を内包させた。このとき、Hc/Hk=2.1であり、体積占有率をφ=0.3とすると、3Hk/Msμ0≒0.21<φとなる。
【0046】
静脈血液供給を介した投与経路より薬剤を投入し、1日後に周波数200kHzの交番磁場を磁場強度1000Oeで標的部位に照射した。EPR効果(Enhanced Permeability and Retention:がん組織の新生血管壁は正常血管壁からがん細胞組織への漏洩度が高い特性をもつため、DDS薬剤ががん組織にたまりやすい効果)による薬剤キャリアの集積は、例えば、Supramolecular Design for Biological Applications (2002), Chapter 11. Editor(s): Yui, Nobuhiko. Publisher: CRC Press LLC, Boca Raton, Flaによれば、マウス腫瘍を標的部位として高分子ミセル修飾した薬剤キャリアを用いた研究で、体重1kg当たり10mgで薬剤投与すると、薬剤投入の24時間後において、腫瘍1gに対して、投入薬剤キャリア総量の約10%が集積することが報告されている。体重0.05kgを仮定すると、腫瘍1g当たり、0.05mgの薬剤が集積していることになる。本実施例においては、実施例1と比べてキャリアの粒径が1/2となるため、血管透過率が高く、薬剤投入の1日後には、図10(a)のように、血管壁を透過したキャリアが図9より高濃度で腫瘍組織に到達滞留していると考えられる。ここで、1キャリアあたりの薬剤体積を20%とすると、サイズ100nmの薬剤キャリア密度は腫瘍部位4μm3当たりに1個となる。さらに静磁場勾配を発生させて、集積率を2倍にし、FePt粒子の異方性磁界1000Oe、薬剤キャリア及び周囲の細胞の比熱として4.2×109Jg-3-1を用いると、標的部位近傍での薬剤キャリアの温度上昇が9℃となる照射時間は約16分となる。体温を36℃と仮定して、約16分の交番磁場照射で、腫瘍部位は45℃に上昇する。その結果、図10(b)のように、標的部位に滞留している薬剤キャリアの変形による薬剤放出及び、標的部位近傍に位置する薬剤キャリアからも薬剤放出が促進されて血管壁23を透過し標的部位に到達するとともに、標的部位における温熱療法が遂行できる。
【0047】
従来の高周波誘電加熱法での、8MHzのrf波を用いた30分以上の照射による最大43℃の長時間にわたる全身加温とくらべ、短時間で局所部位に限定した43℃以上の加熱が可能となる。また、腫瘍部位に放出された磁性微粒子は、その性質上、凝集によりクラスタを形成するため、凝集構造が式(5)をみたす体積占有率となる場合、加熱効率はクラスタのサイズ分布に依存して、図3に従って上昇する。これにより、局所的な温熱療法と化学療法の効率の良い同時進行が可能となる。
【0048】
[実施例3]
磁性粒子含有薬剤キャリアとして、K. Kono, R. Nakai, K. Morimoto, and T. Takagishi, FEBS Lett.,, 456, 306-310 (1999)に従って合成された、40℃に転移温度を持つ熱応答性高分子(例えば、NIPMAM-NIPMAM共重合体)で修飾したリン脂質及びミセル界面活性剤から構成されるハイブリッド型カチオン性リポソーム1に、薬剤3と磁性微粒子2を内包させたものを用いた。
【0049】
図11に示すように、平均100nmの薬剤キャリアに、異方性磁界 Hkが400Oe、飽和磁化が1710emu/cm2、平均粒径10nmで標準偏差5nmの単磁区鉄粒子を内包させた。このとき、Hc/Hk=1.4であり、体積占有率をφ=0.2とすると、3Hk/Msμ0≒0.06<φとなる。
【0050】
静脈血液供給を介した投与経路より薬剤を投入し、1日後に周波数100kHzの交番磁場14を磁場強度400Oeで標的部位22に照射する。実施例2と同様、本実施例でのキャリアサイズは比較的小さいため、血管透過率が高く、薬剤投入の1日後には、図11(a)のように、血管壁を透過したキャリアが高濃度で標的部位細胞付近に到達滞留していると考えられる。カチオン性リポソームは、図11(b)のように、転移温度以上でリポゾームの性質が変化し、カチオン性リポゾームの細胞内への取り込みが促進されることが判っている。薬剤キャリアの比熱を4.2×109Jg-3-1とすると、薬剤キャリアのみの温度上昇が6℃となる照射時間は約40秒となる。体温を36℃と仮定して、約40秒の交番磁場照射で薬剤キャリア表面のリポゾームの性質が変化し、図11(a)のように血管壁23を透過し標的部位に到達した薬剤キャリアは、図11(b)のように細胞24に侵入し薬剤を放出する。その結果、標的部位において、細胞内への薬剤キャリアの取り込みとともに、細胞内部での薬剤放出が可能となり、より速やかな薬効が期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は磁性微粒子の凝集状態において、その粒径分布を制御することにより、粒径分布を制御しない場合に比較して発熱効率を2〜4倍に上昇させられることを利用したものであり、本発明に係る部位指向性の高周波誘導加熱は、薬剤の送達法であるDDSにおけるダブルターゲッティング、温熱治療法等での加熱制御など種々の用途に用いることができる。また本発明では、薬剤キャリア内部に磁性粒子を凝集させているため、生体内で散り散りに分散されるのを防止し、効果的な高周波加熱が可能な量の磁性粒子を常にまとめて集合させておくことができる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】磁性微粒子凝集状態において体積占有率の違いによる磁化曲線の変化を示す図。
【図2】磁性微粒子凝集状態において粒径分布をパラメータとした磁化曲線の変化を示す図。
【図3】磁性微粒子凝集状態におけるヒステリシス損の標準偏差依存性を示す図。
【図4】外殻が熱応答性高分子で構成される薬剤キャリアの薬剤放出を説明する図。
【図5】本発明の薬剤キャリアを用いた治療方法の例を示すフローチャート。
【図6】熱治療装置の静磁場勾配発生部の構成例の説明図。
【図7】標的部位へ交番磁場を照射するための交流磁場発生部の構成例を示す図。
【図8】本発明の薬剤キャリアを用いた熱治療装置の構成例を示すブロック図。
【図9】標的部位近傍に血管を通して送達された薬剤キャリアを交番磁場照射によって薬剤を放出するしくみの説明図。
【図10】血管を通して送達され、標的部位近傍で血管壁を通って、標的部位組織内部に集積した薬剤キャリアが交番磁場照射で薬剤を放出するときの説明図。
【図11】血管を通して送達され、標的部位近傍に集積した薬剤キャリアが交番磁場照射で細胞内部に侵入し薬剤を放出するときの説明図。
【符号の説明】
【0053】
1 外殻
2 磁性微粒子
3 薬剤
11 静磁場勾配発生のためのコイル
13 交番磁場発生のためのコイル
14 交番磁場
21 被検体
22 標的部位
23 血管壁
24 標的部位組織内の細胞
25 標的部位組織内の細胞の細胞壁
31 温度測定部
32 温度測定制御部
33 温度測定受信部
34 加熱制御部
35 加熱部
36 表示手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬剤と、
凝集した複数の磁性微粒子と、
前記薬剤と複数の磁性微粒子とを内包する外殻とを有し、
前記複数の磁性微粒子は単磁区磁性微粒子であり、平均粒径をdとしたときに、標準偏差σが0.8d>σ>0.4dを満たし、
前記外殻は外径が10nm以上200nm以下であることを特徴とする薬剤キャリア。
【請求項2】
請求項1記載の薬剤キャリアにおいて、各キャリアiに内包される磁性微粒子集合体の平均粒径をdiとするとき、各キャリアiにおける磁性微粒子の粒径の標準偏差σiが0.8di>σi>0.4diを満たすものを含むことを特徴とする薬剤キャリア。
【請求項3】
請求項1記載の薬剤キャリアにおいて、前記磁性微粒子は、鉄、コバルト、ニッケル、又はそれらの合金、それらの酸化物、もしくは窒化物からなることを特徴とする薬剤キャリア。
【請求項4】
請求項1記載の薬剤キャリアにおいて、前記磁性微粒子は、微粒子集合圧粉状態での保磁力Hcが異方性磁界Hkの約1倍以上5倍以下であることを特徴とする薬剤キャリア。
【請求項5】
請求項1記載の薬剤キャリアにおいて、前記磁性微粒子の体積占有率Φ0、飽和磁化MS、異方性磁界Hkが次の関係を満たすことを特徴とする薬剤キャリア。
【数1】

【請求項6】
請求項1記載の薬剤キャリアにおいて、前記外殻は、薬剤投与対象の体温近傍に相転移温度を有する熱応答性高分子で構成されていることを特徴とする薬剤キャリア。
【請求項7】
請求項6記載の薬剤キャリアにおいて、前記外殻は、温度感受性リポソームで修飾された閉鎖小胞であることを特徴とする薬剤キャリア。
【請求項8】
請求項6記載の薬剤キャリアにおいて、前記外殻は、温度感受性ミセルであることを特徴とする薬剤キャリア。
【請求項9】
薬剤と、凝集した複数の磁性微粒子と、前記薬剤と複数の磁性微粒子とを内包する外殻とを有し、前記複数の磁性微粒子は単磁区磁性微粒子であり、平均粒径をdとしたときに、標準偏差σが0.8d>σ>0.4dを満たし、前記外殻は外径が10nm以上200nm以下であることを特徴とする薬剤キャリアが投与された被検体を保持する保持台と、
被検体の標的部位に凝集した前記薬剤キャリアを高周波誘導加熱するための交番磁場照射手段と、
前記標的部位の温度をモニタする温度モニタと、
前記温度モニタによってモニタした温度上昇が予め設定した目標温度上昇値に達するまで前記交番磁場照射手段を作動させ、前記温度上昇が前記目標温度上昇値に達したら前記交番磁場照射手段を停止させる制御を行う制御部と
を有することを特徴とする治療装置。
【請求項10】
請求項9記載の治療装置において、被検体の標的部位に前記薬剤キャリアを凝集させるための勾配磁場発生手段を有することを特徴とする治療装置。
【請求項11】
請求項9記載の治療装置において、前記温度モニタとして、温度に対して比例関係にあるプロトンの核磁気共鳴周波数を利用した核磁気共鳴イメージングによる温度モニタ機能を用いることを特徴とする治療装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−51752(P2009−51752A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−218576(P2007−218576)
【出願日】平成19年8月24日(2007.8.24)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】