説明

磁気ヘッド素子評価装置及び磁気ヘッド素子評価方法

【課題】磁気ヘッド素子をスライダーに加工してサスペンションに組み込む前に、実際の使用状態に則して、磁気ヘッド素子が良品であるか不良品であるかを判別することができる磁気ヘッド素子評価装置、及び磁気ヘッド素子評価方法を提供する。
【解決手段】磁気ヘッド素子の特性を評価するための磁気ヘッド素子評価装置であって、磁気ヘッド素子に電流を流し、任意の周波数の交流磁場を発生させる給電機構と、磁気ヘッド素子の磁場発生面上に配置される、磁性を有する探針を、自由端近傍に備えたカンチレバーと、カンチレバーを励振させる励振機構と、磁場発生面及び探針の位置を相対的に変化させることができる走査機構と、交流磁場による探針の振動の周波数変調または振幅変調の程度を計測する変調計測機構と、を備える磁気ヘッド素子評価装置、及び該装置を用いた磁気ヘッド素子評価方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気ヘッド素子評価装置及び磁気ヘッド素子評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高密度磁気ストレージの代表格であるハードディスクドライブ(HDD)の主要な構成部品として、磁気ヘッドがある。磁気ヘッドには、元素戦略上重要なレアメタルが多く用いられている。このようなレアメタルの無駄な使用を減らす観点から、磁気ヘッドの歩留まりを向上させることなどが望まれている。
【0003】
磁気ヘッドは、通常、一対の記録素子(ライト素子)及び再生素子(リード素子)を含む磁気ヘッド用の薄膜素子(以下、この薄膜素子を「磁気ヘッド素子」という。)を有している。記録素子は、コイル部分に電流が流されることによって磁場を発生し、磁気記録媒体に信号を記録することができる。一方、再生素子は、磁気抵抗素子で磁気記録媒体上の磁場の向きを検出することによって、磁気記録媒体に記録された信号を再生することができる。
【0004】
磁気ヘッドを製造する際には、まず、多数の磁気ヘッド素子をウエハ上に整然と並べて形成する。その後、該ウエハを切断するなどして、一列に並べられた複数の磁気ヘッド素子を備えたローバーを得る。さらに、該ローバーを切断するなどして、1つずつに分離された磁気ヘッド素子を得て、この磁気ヘッド素子を用いて磁気ヘッドを製造する。
【0005】
上記のようにして製造された磁気ヘッドが良品であるか不良品であるかを判別するためには、以下のような試験を行っていた。すなわち、レアメタルが含まれるバネ材を用いたサスペンションに磁気ヘッド素子を有するスライダーを組み込み、金で配線した後、高価な検査機器であるスピンスタンドを用いて、磁気記録媒体に対して記録及び再生を実際に試験していた。当該試験には多くの労力と時間がかかることが問題であった。また、当該試験で磁気ヘッド素子が不良品と判断された場合、試験に用いた部材が無駄になるとともに、磁気ヘッド素子などに含まれたレアメタルの回収に多大な費用を要することが問題であった。
【0006】
上記問題に鑑みて、ウエハ上に多数の磁気ヘッド素子が形成された状態で、該磁気ヘッド素子の形状や諸特性を調べることが可能な薄膜磁気ヘッドウエハに関する技術が、特許文献1に開示されている。具体的には、基板上に磁性薄膜を磁気コアとする薄膜磁気ヘッド素子が複数形成されてなる薄膜磁気ヘッドウエハにおいて、薄膜磁気ヘッド素子のギャップ位置に対応して凹部が形成され、該凹部の壁面に薄膜磁気ヘッド素子の磁気ギャップが露呈していることを特徴とする薄膜磁気ヘッドウエハが開示されている。
【0007】
また、特許文献2には、磁気ヘッドを検査するための磁気ヘッド検査装置であって、前記磁気ヘッドに対して一定の強度及び周波数の磁場を発生させる校正用磁場発生源と、前記校正用磁場発生源によって磁場が発生する前記磁気ヘッドに所定の搬送波周波数と変調周波数とで振幅変調された振幅変調電流を印加する電流印加手段と、前記電流印加手段からの振幅変調電流の印加によって前記磁気ヘッドに生じる高周波磁場を測定する磁気ヘッド測定装置とを具備することを特徴とする磁気ヘッド検査装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6−349027号公報
【特許文献2】特開2003−77109号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
磁気ヘッド素子の不良には、再生素子が不良である場合と記録素子が不良である場合とが考えられる。再生素子については、外部磁場を与えることで良品であるか不良品であるかの判別を行えるため、ローバーやウエハの段階でも良品であるか不良品であるかを判別する検査を行える。一方、記録素子が良品であるか不良品であるかを判別するには、磁気記録媒体と記録素子との間隔を高精度で制御した試験を行わなければならない。例えば、垂直磁気記録方式では、記録素子の特性を検査するために、磁気記録媒体と記録素子との距離をナノメートル単位で制御する必要がある。
【0010】
しかしながら、従来の技術では、記録素子の特性の評価に用いている磁気力顕微鏡の空間分解能が低いという問題があった(具体的には、30nm程度。)。そのため、記録素子が実際に磁気記録媒体に信号を記録する距離において、記録素子が発する磁場を計測することができなかった。すなわち、特許文献1や特許文献2に開示されている従来の技術でもウエハやローバーの状態で磁気ヘッド素子が良品であるか不良品であるかの判別を行えるとしているが、実際の使用状態に則して評価することはできていなかった。
【0011】
そこで、本発明は、磁気ヘッド素子を有するスライダーをサスペンションに組み込む前に、実際の使用状態に則して、磁気ヘッド素子が良品であるか不良品であるかを判別することができる磁気ヘッド素子評価装置、及び磁気ヘッド素子評価方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
以下、本発明について説明する。なお、本発明の理解を容易にするために添付図面の参照符号を括弧書きにて付記する場合があるが、それにより本発明が図示の形態に限定されるものではない。
【0013】
第1の本発明は、磁気ヘッド素子(1)の特性を評価するための磁気ヘッド素子評価装置であって、磁気ヘッド素子に電流を流し、任意の周波数の交流磁場を発生させる給電機構(2)と、磁気ヘッド素子の磁場発生面(16)上に配置される、磁性を有する探針(3)を、自由端(41)近傍に備えたカンチレバー(4)と、カンチレバーを励振させる励振機構(5)と、磁場発生面及び探針の位置を相対的に変化させることができる走査機構(6)と、交流磁場による探針の振動の周波数変調または振幅変調の程度を計測する変調計測機構(7)と、を備える磁気ヘッド素子評価装置(10)である。
【0014】
本発明において、磁気ヘッド素子の「磁場発生面」とは、磁気ヘッド素子に備えられた電極から磁気ヘッド素子(記録素子)に電流を流すことによって生じる交流磁場を、該磁気ヘッド素子の外部から検知することができる面を意味する。また、カンチレバーの「自由端」とは、カンチレバーの固定されていない側の端を意味する。
【0015】
上記第1の本発明の磁気ヘッド素子検査装置(10)において、給電機構(2)が、複数の磁気ヘッド素子(1)を備えたローバー(13)のうち任意の磁気ヘッド素子に電流を流せる機構であることが好ましい。かかる形態とすることによって、複数の磁気ヘッド素子の特性を短時間で評価することができる。なお、本発明において「ローバー」とは、複数の磁気ヘッド素子が一列に並んで形成されており、該磁気ヘッド素子に備えられる記録素子に接続された電極が一つの面に露出している部材を意味する。
【0016】
上記第1の本発明の磁気ヘッド素子検査装置(10)において、探針(3)と磁場発生面(16)との距離を10nm以下にすることができる走査機構を備えることが好ましい。後に説明するように、本発明の磁気ヘッド素子検査装置は、磁場発生面の近傍で特に高い空間分解能を有しているからである。
【0017】
上記第1の本発明の磁気ヘッド素子検査装置(10)において、励振機構(5)を、カンチレバー(4)の機械的共振周波数近傍の周波数でカンチレバーを励振させる機構とすることができる。ここで「機械的共振周波数近傍」とは、後述する周波数変調によって発生する対をなす側帯波の強度がほぼ等しくなる程度に機械的共振周波数に近いことを意味する。かかる形態とすることによって、直流近傍から数kHz程度までの周波数の磁場に対して、探針の振動に振幅変調を伴わない、周波数変調を発生させることができる。それにより、磁場計測工程(磁場発生面から発生する磁場を計測する工程)における探針と磁場発生面との距離を、表面形状計測工程(探針に磁場発生面上を走査させて磁場発生面の表面の形状を計測する工程)における探針と磁場発生面との距離と同程度にまで低減することができるので、高い感度および空間分解能での磁場計測が可能になる。探針の振動の周波数変調による側帯波スペクトルの強度は、探針に印加された交流磁場の周波数の増加に伴い減少するので、特に数100Hz以下の低い周波数の磁場の測定に優位性がある。ここでは、交流磁場は探針の振動の周波数のみを変調させ、探針の振動の振幅には影響を及ぼさないので、探針の振動の振幅を表面形状計測工程時の探針と磁場発生面との距離の制御に、探針の振動の周波数変化を交流磁場の計測に、独立に用いることができる。
なお、数kHz程度までの周波数の磁場であれば、磁気ヘッド素子の給電にプローブを用いる場合でも電力伝送に問題はない。
【0018】
上記第1の本発明の磁気ヘッド素子検査装置(10)において、磁性を有する探針(3)が、磁気ヘッド素子(1)が発生する磁場より大きな保磁力を有する探針であることが好ましい。磁場計測を高精度で行うためには、磁場計測中に探針の磁化方向が変化しないものが望ましいためである。
【0019】
上記第1の本発明の磁気ヘッド素子検査装置(10)において、変調機構(7)による計測結果を画像化する表示装置(8)を備えることが好ましい。かかる形態とすることによって、変調機構による計測結果を容易に確認することができる。
【0020】
第2の本発明は、磁気ヘッド素子(1)の特性を評価するための磁気ヘッド素子評価方法であって、磁気ヘッド素子に電流を流し、任意の周波数の交流磁場を発生させる給電工程と、磁気ヘッド素子の磁場発生面(16)上に磁性を有する探針(3)を配置する探針配置工程と、自由端(41)近傍に探針を備えたカンチレバー(4)を励振させる励振工程と、交流磁場による探針の振動の周波数変調または振幅変調の程度を計測する計測工程とを備える磁気ヘッド素子評価方法である。
【0021】
上記第2の本発明の磁気ヘッド素子評価方法は、給電工程を、複数の磁気ヘッド素子(1)を備えたローバー(13)のうち任意の磁気ヘッド素子に電流を流す工程とすることが好ましい。かかる形態とすることによって、複数の磁気ヘッド素子の特性を短時間で評価することができる。
【0022】
上記第2の本発明の磁気ヘッド素子評価方法は、探針配置工程において、探針(3)と磁気ヘッド素子(1)の磁場発生面(16)との距離を10nm以下にすることができる。本発明の磁気ヘッド素子検査方法によれば、磁場発生面の近傍で特に高い空間分解能を発揮することができるからである。
【0023】
上記第2の本発明の磁気ヘッド素子評価方法は、励振工程を、カンチレバー(4)の機械的共振周波数近傍の周波数でカンチレバーを励振させる工程とすることができる。かかる形態とすることによって、直流近傍から数kHz程度までの周波数の磁場に対して高感度で測定が可能であり、特に直流近傍の低い周波数の磁場の測定に優位性がある。
【0024】
上記第2の本発明の磁気ヘッド素子評価方法において、計測工程による計測結果を画像化する画像化工程を備えることが好ましい。かかる形態とすることによって、計測工程における計測結果を容易に確認することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、磁気ヘッド素子を有するスライダーをサスペンションに組み込む前に、実際の使用状態に則して、磁気ヘッド素子が良品であるか不良品であるかを判別することができる。したがって、低コストで磁気ヘッド素子の記録特性の評価を行うことができるとともに、磁気ヘッドの製造過程(性能検査過程)におけるレアメタルの無駄な使用を大幅に低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】(a)は、複数の磁気ヘッド素子が形成されたウエハを概略的に示す上面図である。(b)は、(a)に示したウエハから切り出されたローバーを概略的に示す斜視図である。
【図2】一つの実施形態にかかる本発明の磁気ヘッド評価装置の構成を概略的に示す図である。
【図3】探針及び給電プローブと磁気ヘッド素子の磁場発生面との位置関係を概略的に示す斜視図である。
【図4】本発明の磁気ヘッド評価装置で測定した、磁気ヘッド素子が発した交流磁場の振幅像を示す図(a)と、該交流磁場の位相像を示す図(b)である。
【図5】上段は、本発明の磁気ヘッド評価装置で測定した、磁気ヘッド素子が発した交流磁場の振幅像を示す図であり、下段は該振幅像の信号プロファイルを示す図である。
【図6】本発明の磁気ヘッド評価装置で測定した、磁気ヘッド素子が発した交流磁場の振幅像の信号プロファイルを示す図である。
【図7】本発明の磁気ヘッド評価装置で測定した、磁気ヘッド素子が発した交流磁場の振幅像を示す図(a)と、それを3次元で表した図(b)である。
【図8】本発明の磁気ヘッド評価装置で測定した、磁気ヘッド素子が発した交流磁場の振幅の最大信号値について、探針試料間距離依存性を示す図である。
【図9】空間分解能の評価方法を示す図である。
【図10】空間分解能の探針試料間距離依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
1.磁気ヘッド素子評価装置
まず、一般的な磁気ヘッドについて簡単に説明した後、本発明の磁気ヘッド素子評価装置について詳細に説明する。
【0028】
<磁気ヘッド>
図1は、磁気ヘッドの製造過程の一部を説明するための図である。図1および以下に示す各図において、図面が煩雑になるのを防ぐため、一部符号を省略している場合がある。
【0029】
図1(a)に示すように、磁気ヘッドを製造する際には、まず、再生素子及び記録素子を含む磁気ヘッド素子1、1、…を、薄膜技術によってウエハ基板11上に整然と並べて多数形成する。ウエハ基板11としては、例えば、AlとTiCの焼結体などからなるものが用いられる。その後、ウエハ基板11及び多数の磁気ヘッド素子1、1、…を備えたウエハ12から、図1(a)に示した破線の位置で短冊状に切り出して、図1(b)に示すように、複数の磁気ヘッド素子1、1、…を一列に並べて備えるローバー13を得る。ローバー13に含まれる磁気ヘッド素子1、1、…が形成された面には、1つの磁気ヘッド素子1について4つの電極14、14、15、15などが露出しており、この4つの電極14、14、15、15のうち2つの電極14、14は再生素子に接続されており、残り2つの電極15、15は記録素子に接続されている。このようにしてローバー13を得た後、図1(b)に示した破線の位置での切断や研磨などの工程を経ることによって、1つずつに分離された磁気ヘッド素子1、1、…を得て、この磁気ヘッド素子1、1、…を用いて磁気ヘッドを製造することができる。
【0030】
<磁気ヘッド素子評価装置>
【0031】
従来の磁気ヘッド素子評価装置によって、実際の使用状態に則して磁気ヘッド素子1、1、…が良品であるか不良品であるかを判別するには、上記のようにして1つずつに分離された磁気ヘッド素子1、1、…をそれぞれスライダーに加工してサスペンションに組み込んで試験を行わなければならなかった。しかしながら、本発明の磁気ヘッド素子評価装置によれば、以下に説明するように、磁気ヘッド素子をスライダーに加工してサスペンションに組み込む前に、実際の使用状態に則して、該磁気ヘッド素子が良品か不良品かの判別をすることができる。
【0032】
図2は、一つの実施形態にかかる本発明の磁気ヘッド素子評価装置10の構成を概略的に示す図である。図3は、図2に示した磁気ヘッド素子評価装置10に備えられる探針3及び給電プローブ22と、磁気ヘッド素子1(ローバー13)の磁場発生面16との位置関係を概略的に示す斜視図である。図1〜図3において、同様の構成のものには同符号を付している。以下、図1〜図3及び適宜示す図を参照しつつ、磁気ヘッド素子検査装置10が備える主な構成要素について説明する。
【0033】
(給電機構2)
給電機構2は、交流電圧電源21と給電プローブ22とを備えており、磁気ヘッド素子1(記録素子)に電流を流し、磁気ヘッド素子1から任意の周波数の交流磁場を発生させることができる。具体的には、交流電圧電源21に接続された給電プローブ22を磁気ヘッド素子1の電極15、15に接触させることによって、磁気ヘッド素子1に含まれる記録素子に電流を流し、磁気ヘッド素子1の磁場発生面16から任意の周波数の交流磁場を発生させることができる。なお、電極14、14は再生素子の電気抵抗の変化を検出するためのセンス電流を流すことに用いられる。
【0034】
また、図示していないが、給電機構2は、ローバー13に含まれる任意の磁気ヘッド素子1の電極15、15に給電プローブ22を接触させるため、給電プローブ22の間隔や位置を変更できる機構も備えている。本発明の磁気ヘッド素子評価装置は、磁気ヘッド素子に電流を流すことで発生する交流磁場を検知し、該磁気ヘッド素子が良品であるか不良品であるかを判別することができる。上記のように、任意の磁気ヘッド素子に電流を流せる機構を設けることによって、ローバーに含まれる複数の磁気ヘッド素子について、短時間で良品か不良品かを判別することができる。
【0035】
上記した給電機構2を構成する要素は、後に説明する走査機構6によって探針3で磁気ヘッド素子1の磁場発生面16を走査することを妨げない位置に配置される。このように配置するためには、給電プローブ22を微細化する等の工夫をすることが好ましい。
【0036】
(探針3)
探針3は、磁性を有している。探針3は、磁気ヘッド素子1の磁場発生面16上に配置されることによって、磁気ヘッド素子1から発生する交流磁場を計測する。この際、探針3は、その磁化方向と同方向の磁場を検出する。このため、磁場計測を高精度で行うためには、探針3の保磁力が磁気ヘッド素子1から発生する磁場より大きな、磁場計測中に探針の磁化方向が変化しないものが望ましい。例えば望ましい探針として、FePt高保磁力探針を用いることができる。磁気ヘッドの検査には磁場発生面16に垂直方向の磁場分布が重要となるので、探針3は、磁気ヘッド素子1の評価を行う前に、磁化方向が磁場発生面16に対して垂直になるように着磁して、磁場発生面16に対して垂直方向の磁場を計測する。
【0037】
(カンチレバー4)
カンチレバー4は、一端(基部42)が固定されており、固定されていない他端(自由端41)の近傍に探針3を備えている。また、基部42には励振用アクチュエータ52が備えられており、後に説明するように、任意の周波数でカンチレバー4を励振することができる。
【0038】
(励振機構5)
励振機構5は、カンチレバー4の基部42に取り付けられている励振用アクチュエータ52と励振用アクチュエータ52に接続されている交流電圧電源51とを有しており、カンチレバー4を任意の周波数で励振することができる。励振機構5がカンチレバー4を励振することによって、カンチレバー4の自由端41近傍に備えられた探針3が励振される。
【0039】
(走査機構6)
走査機構6は、探針3と磁気ヘッド素子1の磁場発生面16との位置を相対的に変化させることができる機構である。図2は、走査機構6が試料設置台61を備えており、該試料設置台61にローバー13(磁気ヘッド素子1)が載置された形態を例示している。図2に示した形態の走査機構6は、駆動装置(不図示)によって試料設置台61の位置を探針3に対して相対的に変化させることによって、探針3と磁気ヘッド素子1の磁場発生面16との位置を相対的に変化させることができる。しかしながら、本発明の磁気ヘッド素子評価装置に備えられる走査機構は、かかる形態に限定されず、探針または磁気ヘッド素子の移動を制御して、探針と磁気ヘッド素子の磁場発生面との位置を相対的に変化させることができる機構であれば良い。走査機構としては、従来の走査型プローブ顕微鏡などに用いられている公知の機構(例えば、ピエゾ素子など。)を用いることができる。
【0040】
(変調計測機構7)
変調計測機構7は、上記のようにして磁気ヘッド素子1から発生させた交流磁場による、探針3の振動の周波数変調または振幅変調の程度を計測する機構である。変調計測機構7は、例えば、カンチレバー4の自由端41側の先端にレーザー光を照射する光源71と、カンチレバー4に反射された該レーザー光を検知する光学変位センサー72と、復調装置としてPLL(位相同期ループ)回路で構成したFM復調器73と、強度計測装置としてロックインアンプ74を用いることができる。また、変調計測機構7は、従来の磁気力顕微鏡の機能である位相検出回路75や振幅検出回路76を備えていてもよい。
【0041】
光源71から照射されてカンチレバー4の自由端41側の先端で反射したレーザー光を光学変位センサー72で検知することにより、探針3の変位を出力として取り出すことができる。走査機構6によって、探針3で磁場発生面16を走査しながら検知した光学変位センサー72からの出力は、FM復調器73に入力される。また、FM復調器73の出力端子は、ロックインアンプ74の入力信号端子に接続されており、ロックインアンプ74の参照信号端子には給電機構2の交流電圧電源21の電圧信号を接続している。光学変位センサー72とFM復調器73との間にアンプを設け、該アンプを介して光学変位センサー72からの信号がFM復調器73に入力されるようにしてもよい。FM復調器73としては、PLL回路(位相同期ループ回路)を用いることができる。また、光学変位センサー72からの信号に含まれる周波数変調による側帯波スペクトルの強度を、PLL(位相同期ループ)回路を介せずに周波数帯域の広いロックインアンプ74により、その内部参照信号を用いて直接に検出することでも変調計測は可能である。
【0042】
FM復調器73によって復調された周波数復調信号の振幅および位相は、ロックインアンプ74で測定することができる。この測定結果によって、磁気ヘッド素子が良品であるか不良品であるかを判別することができる。また、ロックインアンプ74の出力は、以下に説明する表示装置8によって画像化してもよい。
【0043】
(表示装置8)
表示装置8は、変調計測機構7による計測結果を画像化できるものであれば特に限定されない。表示装置8としては、例えば、従来の走査型プローブ顕微鏡に備えられるような、外部入力信号を画像化できる表示装置を用いることができる。
【0044】
以下に、本発明の磁気ヘッド素子評価装置10を用いて磁気ヘッド素子1(磁場発生面16)から発生する交流磁場を高い空間分解能で計測できる原理について説明する。
【0045】
まず、カンチレバー4の励振周波数を、カンチレバー4の機械的共振周波数近傍となるように調整し、カンチレバー4の共振周波数と異なる角振動数ωの交流磁場Hcos(ωt)を探針3に印加した場合の探針3の振動を考える。なお、探針3は大きな保磁力(例えば、数kOe〜数10kOe)を有しており、磁場発生面に垂直な方向に着磁されている。磁場発生面に垂直な方向の磁場を精度よく計測するためには、探針3の保磁力が交流磁場の大きさより大きなことが必要である。また、磁気ヘッド素子1(記録素子)は小さな保磁力(例えば、0.002Oe〜0.5Oe)を有しており、周囲に巻かれたコイルに電流を流すことにより、容易にコイル磁場の方向に磁化される。
【0046】
このとき、磁場発生面16から発生する交流磁場は、磁場の周波数がカンチレバー4の共振周波数と異なる場合には、カンチレバー4の励振力にはならない。しかしながら、カンチレバー4を他の方法で強制振動させた場合に、探針3に印加した交流磁場の向きが探針3に対して引力の場合は、カンチレバー4の実効的なバネ定数は減少する。一方、探針3に印加した交流磁場の向きが探針3に対して斥力の場合は、カンチレバー4の実効的なバネ定数が増加する。
【0047】
したがって、磁場発生面16から発生する交流磁場によりカンチレバー4のバネ定数kは実効的に、k+Δkcos(ωt)に変化すると見なすことができる。ここで探針3が単磁極型である場合には、磁気力はqtipとなる。ただし、qtipは、探針3上の磁極であり、Hは、z方向の磁場である。なお、z方向は、磁場発生面16に垂直な方向であり、探針3の変位方向である。探針3を単磁極型として扱える場合は、探針3の磁気モーメントの長さが探針3と磁場発生面16との距離より大きな場合である。したがって、この場合には磁気力の勾配に対応するカンチレバー4のバネ定数の実効的変化Δkは、下記(1)式となる。
【0048】
【数1】

【0049】
一方、探針3が双磁極型である場合には、磁気力がmtip(∂H/∂z)となる。ただし、mtipは、探針3の磁気モーメントである。したがって、この場合には磁気力の勾配に対応するカンチレバー4のバネ定数の実効的変化Δkは、下記(2)式となる。
【0050】
【数2】

【0051】
カンチレバー4を強制振動させたときに実効的バネ定数が周期的に変化する場合、カンチレバー4の運動方程式は下記(3)式で表すことができる。
【0052】
【数3】

ただし、mは探針3の質量、γは減衰係数、ωは加振角周波数、Fは加振力の振幅、zは探針3の変位である。γは運動の摩擦係数であり、探針3の機械的共振の性能指数Qとは、Q=ω/γの関係にある。γは測定雰囲気から空気を排除して真空にすることで減らすことができる。ここで、ωは、探針3が磁場発生面16から発生する交流磁場の影響を受ける前のカンチレバー4の共振角周波数であり、下記(4)式で表される。
【0053】
【数4】

【0054】
z(t)を求めるために、周期的振動解として下記(5)式を仮定する。
【0055】
【数5】

【0056】
励振力FをF=Fexp(iωt)とおき、上記(3)式に代入すると、下記(6)式を得る。
【0057】
【数6】

【0058】
上記(6)式はΔk<<kと見なせる場合には、上記(3)式の解となる。この仮定は、磁場発生面16から発生する交流磁場を探針3に印加する本発明の場合に成り立っている。ここで、上記(4)式で示すようにバネ定数kの平方根に比例している探針3の共振周波数f=ω/(2π)が数100kHzの場合、周波数変調による周波数の変化幅は数10Hz程度である。
【0059】
実際の振動解は上記(6)式の実数部分Re[z(t)]を求めることにより求めることができる。
【0060】
磁場発生面16から発生する交流磁場を探針3に印加する前のカンチレバー4の共振角周波数ωでカンチレバー4を励振させた場合を考えると、z(t)は下記(7)式となる。
【0061】
【数7】

ここで、下記(8)式が成り立つ。
【0062】
【数8】

よって、下記(9)式を得る。
【0063】
【数9】

【0064】
磁場発生面16から発生する交流磁場を探針3に印加する本発明の場合、Δkの大きさはmγωの大きさと比較して大きくないので、下記(10)式のようになり、探針3と磁場発生面16との間の磁気力が周期的に時間変化することで、探針3の振動数が時間変化する周波数変調(FM)が発生していることがわかる。
【0065】
【数10】

【0066】
Δkの大きさがmγωの大きさと比較して十分に小さい場合には、狭帯域のFMとなり、z(t)は下記(11)式で表される。
【0067】
【数11】

【0068】
上記(8)式を振動周波数ごとに整理すると、周波数変調(FM)により、ω=ω±nω(nは整数)の側帯波が発生することがわかる。
【0069】
Δkの大きさがmγωの大きさと比較して十分に小さい場合には、上記(11)式は、さらに下記(12)式のように展開される。
【0070】
【数12】

【0071】
この現象は電気的共振回路において、共振周波数付近で回路素子定数を周期的に変化させた場合に発生する周波数変調現象に類似している。以上の式において、探針3が上述の単磁極型である場合、周波数変調の変調指数kは下記(13)式となる。
【0072】
【数13】

【0073】
一方、探針3が上述の双磁極型である場合、周波数変調の変調指数kは下記(14)式となる。
【0074】
【数14】

【0075】
すなわち、探針3の振動において、磁場発生面16から発生する交流磁場を変調源とする周波数変調が発生し、その周波数成分として、駆動周波数のω成分の他に、強度の等しい(ω+ω)および(ω−ω)成分、強度の等しい(ω+2ω)および(ω−2ω)成分等が生じることがわかる。
【0076】
これまで、磁場発生面16から発生する交流磁場を探針3に印加する前のカンチレバー4の共振周波数ωでカンチレバー4を機械的に励振させた場合について考えた。この方法では、周波数復調を行うことにより、直流磁場に近い極めて低い周波数から数kHzまでの範囲の交流磁場を高感度で計測できる。すなわち、本発明の磁気ヘッド素子評価装置によれば、ローバーに備えられた任意の磁気ヘッド素子が発する交流磁場を高感度で計測することができる。また、後に実施例で示すように、本発明の磁気ヘッド素子評価装置によれば、探針と磁場発生面との距離が10nm以下であっても高い空間分解能を得られる。よって、本発明の磁気ヘッド素子評価装置によれば、磁気ヘッド素子をスライダーに加工してサスペンションに組み込む前に、実際の使用状態に則して、磁気ヘッド素子が良品であるか不良品であるかを判別することができる。したがって、低コストで磁気ヘッド素子の記録特性の評価を行うことができるとともに、磁気ヘッドの製造過程(性能検査過程)におけるレアメタルの無駄な使用を大幅に低減することが可能となる。
【0077】
2.磁気ヘッド素子評価方法
次に、本発明の磁気ヘッド素子評価方法について説明する。本発明の磁気ヘッド素子評価方法は、上記した本発明の磁気ヘッド素子評価装置を用いた磁気ヘッド素子の評価方法である。より具体的には、給電機構2によって磁気ヘッド素子1に電流を流し、任意の周波数の交流磁場を発生させる給電工程と、磁気ヘッド素子1の磁場発生面16上に磁性を有する探針3を配置する探針配置工程と、自由端41近傍に探針3を備えたカンチレバー4を励振させる励振工程と、磁気ヘッド素子1から発生する交流磁場による探針3の振動の周波数変調または振幅変調の程度を、変調計測機構7によって計測する計測工程とを備える方法である。
【0078】
このようにして磁気ヘッド素子1の特性を評価するに際して、探針3に磁場発生面16上を走査させて磁場発生面16の表面の形状を計測する工程(表面形状計測工程)の後、上記計測工程を行うことが好ましい。表面形状計測工程とは、磁場発生面16の表面の形状を計測する工程であって、従来の公知の方法を用いることができる。かかる形態とすることによって、磁場発生面16の表面の凹凸を考慮して磁気ヘッド素子1の特性を評価することができる。また、上記計測工程は上記表面形状計測工程と同等の試料表面近傍の小さな探針試料間距離で行われることがより好ましい。
【実施例】
【0079】
以下に、実施例にて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0080】
本発明の磁気ヘッド素子評価装置によって、垂直磁気記録用単磁極ヘッド素子の磁気記録特性の評価を行った。当該磁気ヘッド素子には、給電機構によって5mA〜40mAの電流(以下、この電流を「ヘッド電流」という。)を流し、磁場発生面から100Hzの交流磁場を発生させた。また、以下の実施例では、市販のMFM(日本電子株式会社製走査型プローブ顕微鏡、JSPM−5400)を使用し、それに変調計測機構の一部としてFM復調器(ナノサーフ社製、easyPLL)を追加した。探針には、磁気ヘッド素子の磁場発生面(観察面)に垂直方向に着磁した垂直磁化探針(日東光器社製、FePt高保磁力探針、保磁力10kOe以上)を用いた。探針はカンチレバーの一方の端に設けられており、カンチレバーの他方の端に備えられた励振機構によってカンチレバーを励振することによって、探針を一定周波数で励振した。カンチレバーの探針が備えられた側の先端に光源からレーザー光を照射し、その反射光を光学変位センサーで検知するとともに、MFMに備えられた走査機構によって、探針で磁気ヘッド素子の磁場発生面を走査した。なお、磁気ヘッド素子の磁場発生面と探針との距離(以下、この距離を「探針試料間距離」という。)は、1nm〜150nmに調整した。光学変位センサーで検知した信号は、FM復調器とロックインアンプを介して表示装置に接続した。測定雰囲気は大気中であり、探針はその共振周波数である350kHz近傍で加振した。探針の機械的共振の性能因子Qは500程度である。測定結果を以下に示す。
【0081】
図4は、交流磁場振幅像及び位相像のヘッド電流依存性を示している。図4(a)は、探針試料間距離を10nmとし、ヘッド電流を5mA、10mA、20mA、30mA、及び40mAとした場合の、本発明の磁気ヘッド評価装置で測定した、磁気ヘッド素子が発した交流磁場の振幅像を示す図である。なお、図4(b)は、図4(a)に示したものと同条件での交流磁場の位相像を示している。図4の各図は、2μm×2μmの範囲での交流磁場の振幅像及び位相像である。
【0082】
図4(a)に示したように、最も大きな磁場強度が主磁極部分で得られており、ヘッドギャップを挟んで、主磁極の左側のトレーリングシールド部分でも大きな磁場強度が得られている。また、図4(b)に示したように、主磁極側とトレーリングシールド側で像のコントラストが大きく異なっていることがわかる。コントラストの差は180°の位相差に対応しており、磁場の極性が反転していることがわかる。つまり主磁極側の交流磁場が上向きのときは、トレーリングシールド側では交流磁場の方向が下向きになっている。これらの結果は、単磁極ヘッド素子の特性と一致している。よって、本発明によれば、高い計測感度および空間分解能で磁気ヘッド素子が発した交流磁場のイメージングを行えたと考えられる。
【0083】
図5は、探針試料間距離を10nmとし、ヘッド電流を40mAとした場合の本発明の磁気ヘッド評価装置で測定した、磁気ヘッド素子が発した交流磁場の振幅像(上段)、及び、該振幅像の信号プロファイル(下段)を示している。なお、用いた磁気ヘッド素子は、図4のものと異なる。下段の図の信号プロファイルは、上段の図で水平方向に引かれている線上における信号プロファイルであり、その方向は磁気記録媒体にデータを記録するために磁気ヘッド素子を用いる際に、磁気ヘッド素子と磁気記録媒体との相対的移動方向(ダウントラック方向)と等しい方向である。下段の図の横軸は磁気ヘッド素子のダウントラック方向の位置(nm)であり、縦軸は、本発明の磁気ヘッド素子評価装置によって測定した、磁気ヘッド素子の磁場発生面から発せられた交流磁場の振幅に対応するロックインアンプからの出力(mV)である。
【0084】
図5に示すように、本発明による測定結果では、図の中央におけるヘッドギャップの位置で磁気ヘッド素子から発した交流磁場の振幅が急峻に変化している。この結果は単磁極ヘッド素子の特性と一致している。よって、本発明によれば、高い計測感度および空間分解能で磁気ヘッド素子が発した交流磁場のイメージングを行えたと考えられる。
【0085】
図6は、図4でヘッド電流を5mA、10mA、20mA、30mA、及び40mAとした場合の、交流磁場振幅像の主磁極を含むダウントラック方向での信号プロファイルを示す図である。図6において、横軸及び縦軸の値は、図5の下段の図と同様なものを用いている。図6に示すように、ヘッド電流が増加するに伴い、磁気ヘッド素子から発せられた交流磁場が増加し、しだいに飽和してくる様子が高い計測感度および空間分解能で観察できることがわかる。
【0086】
図7は交流磁場振幅像の探針試料間距離の依存性を示している。図7(a)は、ヘッド電流を20mAとし、探針試料間距離を1nm、20nm、40nm、60nm、90nm、及び150nmとした場合の、本発明の磁気ヘッド評価装置で測定した、磁気ヘッド素子が発した交流磁場の振幅像を示している。図7(b)は、図7(a)に示したものと同条件での交流磁場振幅像を3次元で表している。なお、図7の各図は、2μm×2μmの範囲の交流磁場振幅像である。図8(a)は最大信号値の探針試料間距離の依存性を示している。最大信号値とは、図8(b)に示すように、本発明の磁気ヘッド素子評価装置によって測定した、磁気ヘッド素子が発した交流磁場の振幅の最大値である。
【0087】
図7及び図8に示したように、探針試料間距離が小さくなるほど、検知する信号の空間的広がりが小さくなる様子が明瞭に観察できることがわかる。特に、本発明の特長である小さな探針試料間距離での磁場計測により、磁気ヘッド素子からの交流磁場が高い計測感度および空間分解能で観察できることがわかる。
【0088】
図9は、空間分解能の評価方法を示す図である。ここではヘッド電流は20mAとし、探針試料間距離は5nmである。図の左上は主磁極を含むダウントラック方向でのラインプロファイルであり、図の左下はこのラインプロファイルをフーリエ変換して求めた空間スペクトルである。横軸は波数(単位長さに含まれる波長の数。波長の逆数に比例する)であり、ここでは1μmに含まれる波長の数で示している。縦軸はデシベル(20Log10X)で表した信号強度である。図に見るように波数の増加に伴い、信号強度は減少し一定値になることがわかる。この一定値は探針の熱振動ノイズを主とするホワイトノイズに対応しており、信号強度がノイズ強度と等しくなる波数の逆数から、信号ノイズ比が1となる最小波長の半波長を、ここでは空間分解能と定義する。この空間分解能の定義は、磁気記録メディアを磁気力顕微鏡で観察した像から求めるものと同一であり、この場合には、観察可能な記録密度の磁気ビットの長さ(記録波長は極性の異なる2つの磁気ビットから構成される)に対応している。ここでは空間分解能は8.7nmと見積もられる。この評価方法では、磁気記録メディアの記録ビットのような磁場が周期的に発生するものについては評価範囲を波長の整数倍とすることで特に問題は生じない。しかしながら、磁気ヘッドから発生する磁場のように周期的でないものでは、ラインプロファイルの横軸における左右の両端で、信号レベルが異なると、フーリエ変換が周期的境界条件下(両端の信号が接続される)で行われるので、スペクトルに本質的ではない高周波成分が混入し、高周波領域でノイズレベルが一定にならず徐々に減少することになる。このため、信号とノイズの交点から空間分解能を求める際に、空間分解能が精度よく求まらない問題が生じる。また、ラインプロファイルの両端で信号レベルを合わせるために、両端の磁場強度がゼロになる広い範囲で測定すると今度は測定点の間隔が広くなり同様に精度が低下する問題が生じる。
【0089】
この問題を解決するために、図左上のラインプロファイルにハニング関数を適用し、縦軸の両端の値をゼロにしたものを図右上に、その空間スペクトルを図右下に示す。ハニング関数を用いることでノイズレベルが一定となり、空間分解能を精度良く評価することが可能になる。ここでは空間分解能としてハニング関数を適用する前の値とほぼ同等の8.5nmが得られた。
【0090】
図10は、大気雰囲気における空間分解能の探針試料間距離による変化を示す図である。ここではヘッド電流を20mA(周波数100Hzの交流電流の実効値)一定として、図9で説明したように主磁極を含むダウントラック方向でのラインプロファイルから、ハニング関数を用いて空間スペクトルを求めている。図の左上は従来の磁気力顕微鏡で、ヘッド電流を20mA(直流)として探針試料間距離10nmで観察した場合の空間スペクトルであり、空間分解能は30nm程度である。図の左下は本発明の磁気ヘッド素子評価装置で、ヘッド電流を20mA(交流・実効値)として同じ探針試料間距離10nmで観察した場合の空間スペクトルであり、10nm弱の空間分解能が得られている。この空間分解能は、従来の磁気力顕微鏡で、測定雰囲気を真空中にして探針の共振の性能因子Qを大気中より一桁高い5000程度にした場合に得られる値と同等であり、本発明の磁気ヘッド素子評価装置を用いることで、大気中であっても計測感度の高い真空中と同等の空間分解能が得られることがわかる。従来の磁気力顕微鏡では、試料表面近傍の磁場は、表面に起因する強い近距離力にマスクされて検出できないが、本発明の磁気ヘッド素子評価装置では、試料表面近傍の磁場も計測可能である。図の右上に本発明の磁気ヘッド素子評価装置で探針試料間距離を1nmに低減した場合の空間スペクトルを示す。8nm弱の高い空間分解能が得られていることがわかる。図の右下に、空間分解能の探針試料間距離依存性を示す。図には従来の磁気力顕微鏡での値も同時に示している。従来の磁気力顕微鏡と比較して、本発明の磁気ヘッド素子評価装置では高い空間分解能が実現していることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明の磁気ヘッド素子検査装置及び磁気ヘッド素子検査方法は、HDD用磁気ヘッド素子の製造ラインに適用することができる。
【符号の説明】
【0092】
1 磁気ヘッド素子
2 給電機構
3 探針
4 カンチレバー
5 励振機構
6 走査機構
7 変調計測機構
8 表示装置
10 磁気ヘッド素子評価装置
11 ウエハ基板
12 ウエハ
14 電極
15 電極
16 磁場発生面
21 交流電圧電源
22 給電プローブ
41 自由端
42 基部
51 交流電圧電源
52 励振用アクチュエータ
71 光源
72 光学変位センサー
73 FM復調器
74 ロックインアンプ
75 位相検出回路
76 振幅検出回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気ヘッド素子の特性を評価するための磁気ヘッド素子評価装置であって、
前記磁気ヘッド素子に電流を流し、任意の周波数の交流磁場を発生させる給電機構と、
前記磁気ヘッド素子の磁場発生面上に配置される、磁性を有する探針を、自由端近傍に備えたカンチレバーと、
前記カンチレバーを励振させる励振機構と、
前記磁場発生面及び前記探針の位置を相対的に変化させることができる走査機構と、
前記交流磁場による前記探針の振動の周波数変調または振幅変調の程度を計測する変調計測機構と、
を備える磁気ヘッド素子評価装置。
【請求項2】
前記給電機構が、複数の磁気ヘッド素子を備えたローバーのうち任意の前記磁気ヘッド素子に電流を流せる機構である、請求項1に記載の磁気ヘッド素子評価装置。
【請求項3】
前記探針と前記磁場発生面との距離を10nm以下にすることができる走査機構を備える、請求項1または2に記載の磁気ヘッド素子評価装置。
【請求項4】
前記励振機構が、前記カンチレバーの機械的共振周波数近傍の周波数で前記カンチレバーを励振させる機構である、請求項1〜3のいずれかに記載の磁気ヘッド素子評価装置。
【請求項5】
前記磁性を有する探針が、前記磁気ヘッド素子が発生する磁場より大きな保磁力を有する探針である、請求項1〜4のいずれかに記載の磁気ヘッド素子評価装置。
【請求項6】
前記変調計測機構による計測結果を画像化する表示装置を備えた、請求項1〜5のいずれか記載の磁気ヘッド素子評価装置。
【請求項7】
磁気ヘッド素子の特性を評価するための磁気ヘッド素子評価方法であって、
前記磁気ヘッド素子に電流を流し、任意の周波数の交流磁場を発生させる給電工程と、
前記磁気ヘッド素子の磁場発生面上に磁性を有する探針を配置する探針配置工程と、
自由端近傍に前記探針を備えたカンチレバーを励振させる励振工程と、
前記交流磁場による前記探針の振動の周波数変調または振幅変調の程度を計測する計測工程と、
を備える、磁気ヘッド素子評価方法。
【請求項8】
前記給電工程において、複数の磁気ヘッド素子を備えたローバーのうち任意の前記磁気ヘッド素子に電流を流す、請求項7に記載の磁気ヘッド素子評価方法。
【請求項9】
前記探針配置工程において、前記探針と前記磁場発生面との距離を10nm以下にする、請求項7または8に記載の磁気ヘッド素子評価方法。
【請求項10】
前記励振工程において、前記カンチレバーの機械的共振周波数近傍の周波数で前記カンチレバーを励振させる、請求項7〜9のいずれかに記載の磁気ヘッド素子評価方法。
【請求項11】
前記計測工程による計測結果を画像化する画像化工程を備えた、請求項7〜10のいずれか記載の磁気ヘッド素子評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−53956(P2012−53956A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−196217(P2010−196217)
【出願日】平成22年9月1日(2010.9.1)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年3月3日 社団法人応用物理学会発行の「2010年春季<第57回>応用物理学関係連合講演会[講演予稿集](DVD−ROM)」に発表
【出願人】(504409543)国立大学法人秋田大学 (210)