説明

磁気光学特性測定装置および磁気光学特性測定方法

【課題】強磁性体の磁気光学特性を精度よく測定する技術を提供する。
【解決手段】磁気光学特性測定装置1は、高繰り返し周期の光パルス列を発生するモードロックレーザからなるレーザ光源2と、磁場印加手段9と、レーザ光をポンプ光とプローブ光に分離するビームスプリッタ3と、ポンプ光を遮断または透過させるチョッパ5と、プローブ光を左右の円偏光に切り替えて出力するPEM6と、PEM6で変調されたプローブ光が試料Fで反射した光の強度を検出するPD10と、PEM6の変調周波数を参照信号としてPD10が検出する光強度の変化を検出するロックインアンプ12と、チョッピング周波数を参照信号として光強度変化検出信号を周波数変換してMO信号を検出するロックインアンプ13と、MO信号を用いて光パルス列の高繰り返し周期に試料Fの磁化の光励起歳差運動が共鳴するときの試料の磁気光学特性を算出する計算機14とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体の磁気特性を測定する技術に係り、特に、強磁性体の異方性磁場等の磁気光学特性を測定する磁気光学特性測定装置および磁気光学特性測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
MRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)やスピンMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)に代表されるスピントロニクスデバイスは、スピン注入磁化反転という新技術に基づいて作製されている。スピン注入磁化反転は、デバイス中の磁化の向きを、スピンが揃った電子の流れ(電流)で制御するものである。このスピン注入磁化反転の技術分野においては、近年、理論と実験の両面から非常に多くの研究が行われており、磁化を制御するために必要な臨界電流Iを低減することが強く求められている。これが実現すれば、スピントロニクスデバイスにおいて、飛躍的な性能向上が期待され、応用の幅も広がる。
【0003】
従来の理論研究から、臨界電流Icの値を小さくするためには、異方性磁場Haniの値が小さい磁性体や、ダンピングファクタと呼ばれるパラメータαの値が小さい磁性体を選べばよいという指針が得られる。ここで、異方性磁場Haniは、磁性イオンの交換相互作用等に起因する有効的な内部磁場であり、ダンピングファクタαは、磁化の歳差運動の緩和過程を表す現象論的なパラメータである。しかしながら、異方性磁場Haniやダンピングファクタαが物質によってどのように変化するのかについては、明らかにされてはいない。以上の理由により、様々な物質の異方性磁場Hani及びダンピングファクタαに関する研究が進められている。
【0004】
近年、例えば、非特許文献1に示すように、超高速時間分解磁気光学分光法を用いて、異方性磁場Haniやダンピングファクタαを決定する研究成果等が報告されている。これらの研究は、以下の原理に基づくものである。強磁性体に光を照射すると、温度上昇やキャリア濃度の変化により、磁気異方性が変化し、磁化(磁化ベクトル)が歳差運動を始めるという現象が生じる。そこで、これらの研究では、フェムト秒の時間分解磁気光学測定法を駆使して、磁化の歳差運動を観測し、理論モデルを用いた計算により観測データを解析して、異方性磁場Haniとダンピングファクタαとを決定する。
【0005】
また、常磁性体の化合物半導体に円偏光を照射すると、スピン偏極したキャリア(キャリアスピン)が生成することが知られている。そして、フォイクト配置(Voigt配置、フォークト配置ともいう)で、磁場を印加すると、キャリアスピンは、印加磁場の大きさを反映した周期で歳差運動を始める。この振る舞いは、およそ80[MHz]のパルス繰り返し周期のモードロックパルスレーザから出力されるパルス光を使用した超高速時間分解分光法により観測することができる。なお、フォイクト配置は、光の進行方向と直交する方向に磁界が印加されるような配置である。
【0006】
そして、常磁性体のキャリアスピンの緩和時間よりもパルス光(レーザ光)の繰り返し周期の方が短い場合、複数のパルス光励起により注入されたスピンの歳差運動が互いに干渉する。その結果、パルス光の繰り返し周期が、キャリアスピンの歳差運動の周期の整数倍になるときに、キャリアスピンの歳差運動の振幅が、共鳴的に増幅する現象が生じる(非特許文献2参照)。この現象は、Resonant Spin Accumulation(RSA)と称されている。
【0007】
一方、強磁性体においてスピンの挙動は、常磁性体におけるスピンの挙動とは異なる。すなわち、強磁性体の場合には、互いに相互作用し合って一方向に配向した集団的な多数のスピンの挙動を考える必要がある。ただし、この場合にも、強磁性体に複数のパルス光を照射することで、常磁性体と同様に、スピンの歳差運動の干渉が起こることは、実験的に示され、理論的にもよく説明されている(非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Y. Hashimoto et al., ”Photoinduced Precession of Magnetization in Ferromagnetic (Ga,Mn)As”, Phys. Rev. Lett., 100, 067202(2008)
【非特許文献2】J. M. Kikkawa and D. D. Awschalom, ”Resonant Spin Amplification in n-Type GaAs”, Phys. Rev. Lett. Vol.80, No.19, 4313(1998)
【非特許文献3】Y. Hashimoto et al., ”Coherent manipulation of magnetization precession in ferromagnetic semiconductor (Ga,Mn)As with successive optical pumping”, Appl. Phys. Lett., 93, 202506(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
磁場を印加した磁性体の試料に対して、高繰り返しレーザによって発生させたパルス列を照射し、高繰り返しレーザの繰り返し周期と、試料の磁化の歳差運動の周期とを一致させたときに検出される磁気光学信号には、このときの共鳴現象を反映するピークが観測される。しかしながら、このときに生じるピークの強度は通常極めて小さいという問題がある。そのため、共鳴現象を高精度に観測できる技術が要望されている。
【0010】
そこで、本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、磁気共鳴分光法において磁性体の試料の磁気光学特性を精度よく測定することができる技術を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために、請求項1に記載の磁気光学特性測定装置は、強磁性体の試料の有効内部磁場もしくは異方性磁場を含む磁気光学特性を測定する磁気光学特性測定装置であって、レーザ光源と、磁場印加手段と、ビームスプリッタと、チョッパと、光弾性変調器と、光量検出手段と、第1のロックインアンプと、第2のロックインアンプと、演算手段と、を備えることとした。
【0012】
かかる構成によれば、磁気光学特性測定装置において、モードロックレーザからなるレーザ光源によって、前記試料の磁化の光励起歳差運動の周期に同期可能な高繰り返し周期の光パルス列を発生し前記試料に照射し、磁場印加手段によって、前記試料に磁場を印加する。そして、磁気光学特性測定装置において、ビームスプリッタによって、レーザ光源からの光パルス列を前記試料にそれぞれ照射されるポンプ光およびプローブ光に分離する。ここで、ビームスプリッタは、ポンプ光の割合の方が大きくなるように分離する。ポンプ光は、試料を励起するものでありプローブ光より強度が大きいことが望まれる。また、プローブ光は、励起された試料の磁気光学特性を観測するための光である。そして、試料を励起するポンプ光の光路中に配置されたチョッパは、入射するポンプ光を予め定められたチョッピング周波数で交互に遮断または透過させ、プローブ光の光路中に配置された光弾性変調器は、入射するプローブ光を予め定められた変調周波数で交互に左回り円偏光と右回り円偏光に切り替えて出力する。そして、この場合、ポンプ光及びプローブ光が試料の同じ部位に到達する。ここで、チョッピング周波数、変調周波数、光パルス列の繰り返し周波数はこの順序で大きくし、その間には1ケタ以上の差があることが望ましい。
【0013】
そして、かかる構成の磁気光学特性測定装置において、光量検出手段は、光弾性変調器で変調されたプローブ光が前記試料で反射または透過したいずれか一方を受光した光強度を検出する。そして、第1のロックインアンプは、前記光弾性変調器の変調周波数信号を参照信号として入力すると共に、前記光量検出手段が検出する光強度信号を入力して、前記参照信号により前記光強度の変化を検出した光強度変化検出信号を出力する。この第1のロックインアンプは、光強度信号すなわちプローブ光が示す円二色性を通して、ポンプ光によって励起された磁化歳差運動を光強度変化検出信号として検出する。そして、第2のロックインアンプは、前記チョッパのチョッピング周波数信号を参照信号として入力すると共に、前記光強度変化検出信号を入力して、前記参照信号により前記光強度変化検出信号を周波数変換して検出した磁気光学信号を出力する。この第2のロックインアンプは、光強度変化検出信号を通して、ポンプ光によって励起された磁化歳差運動として、ポンプ光が照射されるときと照射されないときの磁気光学信号の差分を検出する。このように、高繰り返し周期の光パルス列から分離されて試料にそれぞれ照射されるポンプ光およびプローブ光を用いると共に、参照信号の周波数の異なる2つのロックインアンプによってポンプ光が照射されるときと照射されないときの磁気光学信号の差分を検出するので、外部の光によるノイズやポンプ光の散乱光によるノイズなどを効率的に省くことができる。
【0014】
そして、かかる構成の磁気光学特性測定装置において、演算手段は、光パルス列の高繰り返し周期に、前記試料の磁化の光励起歳差運動の周期を同期させた共鳴条件を満たすときの前記試料の前記磁気光学特性を算出する。この演算手段は、前記共鳴条件として、前記試料に印加した磁場と、前記光パルス列の高繰り返し周期と、前記第2のロックインアンプで検出した磁気光学信号と、前記ポンプ光とプローブ光との遅延時間との各情報を用いて、LLG(Landau-Lifshitz-Gilbert)方程式に基づいて、前記試料の磁気光学特性を算出する。磁気光学特性測定装置は、第2のロックインアンプで検出した磁気光学信号から、外部の光によるノイズやポンプ光の散乱光によるノイズなどを省くことができるので、高繰り返しパルス光照射により誘起される磁気共鳴現象を高精度に測定することができる。
【0015】
また、請求項2に記載の磁気光学特性測定装置は、請求項1に記載の磁気光学特性測定装置において、前記磁気特性測定装置が、前記ビームスプリッタで分離したポンプ光またはプローブ光を反射する反射板を移動させて光路長を可変する移動ステージを備えることとした。
【0016】
かかる構成によれば、磁気光学特性測定装置において、前記演算手段は、前記試料の磁化の光励起歳差運動の周期が前記光パルス列の高繰り返し周期に同期するときに前記試料に外部から印加される磁場の情報を予め取得し、前記ポンプ光とプローブ光との遅延時間と前記光パルス列の高繰り返し周期との比が自然数の逆数または0である場合の前記移動ステージによって可変させた前記反射板の位置において、当該外部磁場を前記試料に印加させ、かつ、前記ポンプ光およびプローブ光を前記試料に照射したときに、前記試料の磁気光学特性を算出する。
【0017】
これにより、磁気光学特性測定装置は、移動ステージ上の反射板を移動させて、ポンプ光とプローブ光との光路長差を変化させることで、試料に到達する時間差を遅延時間として設定することができる。ここで、遅延時間は光パルス列の繰り返し周期以下である。磁気光学特性測定装置は、移動ステージ上の反射板の位置が、遅延時間と、光パルス列の高繰り返し周期との比が自然数の逆数または0である場合の位置において、試料の磁化の歳差運動が光パルス列の繰り返し周期に同期するときの外部磁場を試料に印加し、かつ、ポンプ光およびプローブ光を試料に照射したときに、演算手段によって、試料の磁気光学特性を算出する。この場合の移動ステージ上の反射板の位置は、共鳴条件を満たすので、この位置により、共鳴したときの磁場の最低値を求めることができる。したがって、強磁性体の試料の磁気異方性を一意に特定することができる。
【0018】
また、前記目的を達成するために、請求項3に記載の磁気光学特性測定方法は、強磁性体の試料の磁化の光励起歳差運動の周期に同期可能な高繰り返し周期の光パルス列を発生するモードロックレーザからなるレーザ光源と、磁場印加手段と、ビームスプリッタと、チョッパと、光弾性変調器と、光量検出手段と、参照信号の周波数が異なる2つのロックインアンプと、当該試料の有効内部磁場もしくは異方性磁場を含む磁気光学特性を算出する演算手段とを備える磁気光学特性測定装置の磁気光学特性測定方法であって、以下の工程を含むこととした。
【0019】
すなわち、磁気光学特性測定方法は、第1の工程として、前記レーザ光源によって、前記高繰り返し周期の光パルス列を発生し、第2の工程として、前記磁場印加手段によって、前記試料に磁場を印加する。なお、第1および第2の工程は並行に行う。そして、第3の工程として、前記ビームスプリッタによって、前記光パルス列を前記試料にそれぞれ照射されるポンプ光およびプローブ光に分離する。第4の工程として、前記チョッパによって、前記ポンプ光を予め定められたチョッピング周波数で交互に遮断または透過させる。第5の工程として、前記光弾性変調器によって、前記プローブ光を予め定められた変調周波数で交互に左回り円偏光と右回り円偏光に切り替えて出力する。なお、第4および第5の工程は並行に行う。第6の工程として、前記光量検出手段によって、前記光弾性変調器で変調されたプローブ光が前記試料で反射または透過したいずれか一方を受光した光強度を検出する。第7の工程として、第1のロックインアンプによって、前記光弾性変調器の変調周波数信号を参照信号として入力すると共に、前記光量検出手段が検出する光強度信号を入力して、前記参照信号により前記光強度の変化を検出した光強度変化検出信号を出力する。第8の工程として、第2のロックインアンプによって、前記チョッパのチョッピング周波数信号を参照信号として入力すると共に、前記光強度変化検出信号を入力して、前記参照信号により前記光強度変化検出信号を周波数変換して検出した磁気光学信号を出力する。第9の工程として、前記演算手段によって、前記光パルス列の高繰り返し周期に、前記試料の磁化の光励起歳差運動の周期を同期させた共鳴条件を満たすときの当該試料の前記磁気光学特性を算出する。この演算手段は、前記共鳴条件として、前記試料に印加した磁場と、前記光パルス列の高繰り返し周期と、前記第2のロックインアンプで検出した磁気光学信号と、前記ポンプ光とプローブ光との遅延時間との各情報を用いて、LLG方程式に基づいて、前記試料の磁気光学特性を算出する。
【0020】
また、請求項4に記載の磁気光学特性測定方法は、請求項3に記載の磁気光学特性測定方法において、前記磁気特性測定装置は、前記ビームスプリッタで分離したポンプ光またはプローブ光を反射する反射板を移動させて光路長を可変する移動ステージを備え、前記演算手段が、前記試料の磁化の光励起歳差運動の周期が前記光パルス列の高繰り返し周期に同期するときに前記試料に外部から印加される磁場の情報を予め取得し、前記ポンプ光とプローブ光との遅延時間と前記光パルス列の高繰り返し周期との比が自然数の逆数または0である場合の前記移動ステージによって可変させた前記反射板の位置において、当該外部磁場を前記試料に印加させ、かつ、前記ポンプ光およびプローブ光を前記試料に照射したときに、前記試料の磁気光学特性を算出することとした。
【0021】
かかる手順によれば、磁気光学特性測定装置は、移動ステージ上の反射板の位置が、遅延時間と、光パルス列の高繰り返し周期との比が自然数の逆数または0である場合の位置において、試料の磁化の歳差運動が光パルス列の繰り返し周期に同期するときの外部磁場を試料に印加し、かつ、ポンプ光およびプローブ光を試料に照射したときに、演算手段によって、試料の磁気光学特性を算出する。この場合の移動ステージ上の反射板の位置は、共鳴条件を満たすので、この位置により、共鳴したときの磁場の最低値を求めることができる。
【発明の効果】
【0022】
請求項1または請求項3に記載の発明によれば、磁気光学特性測定装置において、高繰り返し周期の光パルス列から分離されて試料にそれぞれ照射されるポンプ光およびプローブ光を用いると共に、参照信号の周波数の異なる2つのロックインアンプによってポンプ光が照射されるときと照射されないときの磁気光学信号の差分を検出するので、外部の光によるノイズやポンプ光の散乱光によるノイズなどを効率的に省くことができる。したがって、外部の光によるノイズやポンプ光の散乱光によるノイズなどを省くことができるので、高繰り返しパルス光照射により誘起される磁気共鳴現象を高精度に測定することができる。
【0023】
請求項2または請求項4に記載の発明によれば、磁気光学特性測定装置は、強磁性体の試料の磁気異方性を一意に特定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の第1実施形態に係る磁気光学特性測定装置の構成図である。
【図2】本発明における磁化の歳差運動を示す概念図であって、(a)は平衡状態、(b)はパルス光の照射直後、(c)はパルス光の照射後に磁化が向く方向をそれぞれ示している。
【図3】本発明において、2本連続したパルス光を試料に照射した場合の磁化の歳差運動を説明するための概念図であり、(a)は、1本目のパルス光を照射後の磁化の振る舞い、(b1)は、共鳴条件での1本目の照射による磁化の歳差運動の終了時点、(c1)は、共鳴条件での2本目の照射による磁化の歳差運動をそれぞれ示し、(b2)は、非共鳴条件での1本目の照射途中の磁化の振る舞い、(c2)は、非共鳴条件での2本目の照射後の磁化の振る舞いをそれぞれ示す。
【図4】本発明において、光パルス列を試料に照射したときの計算結果を示す図であり、(a)は有効内部磁場の傾き角の時間変化を示し、(b)〜(d)はダンピングファクタαを0.01として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフを示したものであって、(b)はδMx、(c)はδMy、(d)はδMzをそれぞれ示している。
【図5】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.01として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMyのr依存性、(b)はδMzのr依存性をそれぞれ示している。
【図6】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.1、rを0として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図7】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.1、rを1/4として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図8】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.1、rを1/3として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図9】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.1、rを1/2として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図10】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.01、rを0として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図11】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.01、rを1/4として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図12】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.01、rを1/3として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図13】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.01、rを1/2として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図14】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.001、rを0として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図15】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.001、rを1/4として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図16】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.001、rを1/3として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図17】本発明において、光パルス列を試料に照射してダンピングファクタαを0.001、rを1/2として有効内部磁場に応じて計算したMO信号の一例を示すグラフであり、(a)はδMx、(b)はδMy、(c)はδMzをそれぞれ示している。
【図18】本発明の第2実施形態に係る磁気光学特性測定装置の構成図である。
【図19】本発明の第2実施形態に係る磁気光学特性測定装置の計算機の構成例を示すブロック図である。
【図20】本発明の第2実施形態に係る磁気光学特性測定装置による磁気光学特性測定方法の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図面を参照して本発明の磁気光学特性測定装置および磁気光学特性測定方法を実施するための実施形態について詳細に説明する。以下では、説明の都合上、第1実施形態として、1.磁気光学特性測定装置の構成、2.磁気光学特性測定の流れ、3.理論モデル、4.計算機シミュレーションによる具体例の各章について説明し、次いで、第2実施形態として、5.磁気光学特性測定装置の構成、6.磁気光学特性測定装置の計算機の構成例、7.磁気光学特性測定動作の流れの各章を説明する。
【0026】
(第1実施形態)
[1.磁気光学特性測定装置の構成]
図1は、本発明の第1実施形態に係る磁気光学特性測定装置の構成図である。
磁気光学特性測定装置1は、所定の繰り返し周期trepのレーザ光を強磁性体の試料Fに照射することで、当該試料Fの有効内部磁場Heffもしくは異方性磁場Haniを含む磁気光学特性を測定するものである。
【0027】
磁気光学特性測定装置1は、図1に示すように、レーザ光源2と、ビームスプリッタ3と、反射板4と、チョッパ5と、PEM(光弾性変調器)6と、集光レンズ7と、基板8と、磁場印加手段9と、PD(光量検出手段)10と、光遮蔽板11と、ロックインアンプ(第1のロックインアンプ)12と、ロックインアンプ(第2のロックインアンプ)13と、計算機(演算手段)14と、チョッパ制御手段15と、PEM制御手段16と、磁場制御手段17とを備えている。
【0028】
レーザ光源2は、強磁性体の試料Fの磁化の光励起歳差運動の周期TMに同期可能な繰り返し周期trepの光パルス列を発生し試料Fに照射するものであり、モードロックレーザからなる。ここで、レーザ光源2の繰り返し周波数fL(=1/trep)は、磁気光学特性測定対象の試料に応じて、例えば、100[MHz]から1[THz]の範囲で予め設定しておく。また、レーザ光源2の繰り返し周期trepは、試料Fの磁化の歳差運動の周期TMよりも小さいことが好ましい。
【0029】
本実施形態では、レーザ光源2の一例として、繰り返し周波数fLが例えば3〜5[GHz]のモードロックレーザを使用するものとして説明する。なお、この場合、レーザ光源2は、3[GHz]の一定の繰り返し周波数のパルスレーザを出力する専用装置としてもよいし、繰り返し周波数を3[GHz]で出力するモードと、5[GHz]で出力するモードとを切り替えることのできる汎用装置としてもよい。
【0030】
ビームスプリッタ3は、レーザ光源2からの光パルス列を、試料Fにそれぞれ照射されるポンプ光およびプローブ光に分離するものである。ビームスプリッタ3は、ポンプ光の割合が多くなるように分離する。ポンプ光とプローブ光とを分離する割合は、所望の条件に応じて、例えば、9:1〜100:1等の範囲で適宜変更するようにしてもよい。なお、偏光素子として、直線偏光板をさらに備える構成としてもよい。
【0031】
この光学系において、ビームスプリッタ3で分離して方向を変えて、反射板4で反射したポンプ光はチョッパ5を介して試料Fに入射する。また、ビームスプリッタ3で分離して直進するプローブ光はPEM6を介して試料Fの同じ部位に入射する。また、本実施形態では、図1に示すように、ポンプ光およびプローブ光は、集光レンズ7によりそれぞれ集光して試料Fに照射できるように構成した。
【0032】
チョッパ5は、試料Fに照射されるポンプ光のパス(光路)の途中に配置され、入射するポンプ光を予め定められたチョッピング周波数fcで交互に遮断または透過させるものである。チョッパ5は、例えば複数の羽根が円形に配置されたタイプの光チョッパや、周方向に透明部と遮光部とが交互に配置された回転ディスクタイプの光チョッパ等から構成されている。
【0033】
チョッパ制御手段15は、チョッパ5を回転させるコントローラであり、チョッパ5の繰返し周波数fcの信号をロックインアンプ13に入力する。この繰返し周波数fcは、例えば、500[Hz]とすることができる。
【0034】
PEM(Photo Elastic Modulator:光弾性変調器)6は、試料Fに照射されるプローブ光のパスの途中に配置され、入射するプローブ光を予め定められた変調周波数fpで交互に左回り円偏光と右回り円偏光に切り替えて出力するものである。PEM6は、等方性の透明光学材料と圧電素子で構成されている。PEM6で変調されたプローブ光は円二色性を示すこととなる。
【0035】
PEM制御手段16は、PEM6を振動させるコントローラであり、PEM6の変調周波数fPの信号をロックインアンプ12に入力する。この変調周波数fPは、例えば、50[kHz]とすることができる。チョッパの繰返し周波数をfc、PEM6の変調周波数をfP、レーザ光の繰返し周波数をfLとすると、これら各周波数の関係は、fc≪fP≪fLを満たすようにする。
【0036】
基板8は、例えば、数〜数十[nm]程度の薄い膜状の試料Fを固定するために設けられた試料台であり、試料Fを固定することができれば、そのサイズ、形状、材質等が限定されるものではない。例えば、試料Fを基板8上にスパッタリング法等により積層する場合には、シリコン(Si)やガラス等の一般的な基板材料を用いることができる。このとき、基板8の厚さや大きさは数[mm]程度とすることができる。
【0037】
磁場印加手段9は、基板8に固定された試料Fに所定の磁場を印加するものであり、例えば、電磁石で構成される。この磁場印加手段9から試料Fに磁場を印加することで、試料Fにおいて磁化の歳差運動の周期を変化させることができる。本実施形態では、磁場印加手段9で印加する磁場(外部磁場Hext)の方向を、試料Fの異方性磁場Haniの方向と平行であるものとした。つまり、一例として、試料Fの有効内部磁場Heffの方向が面直方向である場合には、図1に示すように、磁場印加手段9は、試料Fに対して面直磁場を印加できるように配設される。なお、試料Fに印加する外部磁場Hextの大きさ(値)の変化に応じて、試料Fにおける有効内部磁場Heffの大きさは変化し、外部磁場Hextが試料Fに印加されていない場合には、有効内部磁場Heffの大きさは異方性磁場Haniの大きさと等しくなる。磁場印加手段9が印加する磁場の大きさは、磁場制御手段17によって制御される。磁場制御手段17は、計算機14からの指令により磁場の大きさを変化させる。
【0038】
PD(光量検出手段)10は、PEM6で変調されたプローブ光が試料Fで反射した反射光を受光した光強度を検出するものであり、例えば、一般的なフォトダイオードから構成される。本実施形態では、ポンプ光およびプローブ光が試料Fで反射した反射光のうち、プローブ光のみをPD10が受光するために、PD10の前段に、光遮蔽板11が設けられている。光遮蔽板11はポンプ光の反射光を遮り、プローブ光の反射光だけが透過できるようにする。PD10が検出した反射光の光強度信号(電気信号)は、ロックインアンプ12に入力される。
【0039】
ロックインアンプ(第1のロックインアンプ)12は、インプット(IN1)がPD10に接続され、リファレンス(REF1)がPEM制御手段16に接続され、アウトプット(OUT1)がロックインアンプ13のインプット(IN2)に接続されている。ロックインアンプ12は、PEM制御手段16から入力する参照信号(変調周波数fpの信号)を用いて、PD10から出力される光強度信号(電気信号)の変化を検出した光強度変化検出信号をロックインアンプ13に出力するものである。このロックインアンプ12における積算時間t1は、チョッパの繰返し周波数をfc、PEM6の変調周波数をfPとした場合に、1/fp<t1<1/fcとなるようにする。
【0040】
ロックインアンプ(第2のロックインアンプ)13は、インプット(IN2)がロックインアンプ12のアウトプット(OUT1)に接続され、リファレンス(REF2)がチョッパ制御手段15に接続され、アウトプット(OUT2)が計算機14に接続されている。ロックインアンプ13は、チョッパ制御手段15から入力する参照信号(チョッピング周波数fcの信号)を用いて、ロックインアンプ12から出力される光強度変化検出信号を周波数変換して、試料Fからの反射光の偏光成分(磁気光学信号)を検出するものである。ロックインアンプ13は、ポンプ光によって励起された磁化歳差運動として、チョッパ5によってポンプ光が試料Fに照射されるときと照射されないときの磁気光学信号の差分を検出する。ロックインアンプ13は、この検出した磁気光学信号(magneto-optical信号:以下、MO信号という)を計算機14に出力する。ロックインアンプ13における積算時間tは、チョッパの繰返し周波数をfcとすると、t>1/fcとなるようにする。
【0041】
計算機(演算手段)14は、光パルス列の高繰り返し周期trepに、試料Fの磁化の光励起歳差運動の周期TMを同期させた共鳴条件を満たすときの試料Fの磁気光学特性を算出するものであり、例えば、一般的なパーソナルコンピュータ等から構成される。計算機14は、共鳴条件として、試料Fに印加した磁場Hextと、光パルス列の高繰り返し周期trepと、ロックインアンプ13で検出したMO信号と、ポンプ光とプローブ光との遅延時間との各情報を用いて、LLG(Landau-Lifshitz-Gilbert)方程式に基づいた後記する理論モデルを用いて解析することで、試料Fの磁気光学特性を算出する。計算機14は、試料Fの磁気光学特性として、例えば、有効内部磁場Heffの値やパラメータα(以下、ダンピングファクタαという)の値を決定する。
【0042】
[2.磁気光学特性測定の流れ]
磁気光学特性測定装置1による磁気光学特性測定の流れについて図1を参照して説明する。本実施形態の磁気光学特性測定方法は、以下の第1ないし第9の工程を含んで実行するものである。予め、磁気光学特性測定装置1を図1のように配置し、基板8に試料Fを固定する。まず、第1の工程として、レーザ光源2によって、高繰り返し周期trepの光パルス列を発生し、第2の工程として、磁場印加手段9によって、試料Fに磁場Hextを印加する。なお、第1および第2の工程は並行に行う。
【0043】
そして、第3の工程として、ビームスプリッタ3によって、光パルス列を試料Fにそれぞれ照射されるポンプ光およびプローブ光に分離する。第4の工程として、チョッパ5によって、ポンプ光をチョッピング周波数fcで交互に遮断または透過させ、第5の工程として、PEM6によって、プローブ光を変調周波数fpで交互に左回り円偏光と右回り円偏光に切り替えて出力する。なお、第4および第5の工程は並行に行う。
【0044】
そして、第6の工程として、PD10によって、PEM6で変調されたプローブ光が試料Fで反射した反射光を受光した光強度を検出する。第7の工程として、ロックインアンプ12によって、PEM6の変調周波数信号を参照信号として入力すると共に、PD10が検出する光強度信号を入力して、参照信号により光強度の変化を検出した光強度変化検出信号を出力する。第8の工程として、ロックインアンプ13によって、チョッパ5のチョッピング周波数信号を参照信号として入力すると共に、光強度変化検出信号を入力して、参照信号により光強度変化検出信号を周波数変換して検出したMO信号を出力する。
【0045】
そして、第9の工程として、計算機14によって、光パルス列の高繰り返し周期trepに、試料Fの磁化の光励起歳差運動の周期TMを同期させた共鳴条件を満たすときの当該試料の磁気光学特性を算出する。この計算機14は、共鳴条件として、試料に印加した磁場Hextと、光パルス列の高繰り返し周期trepと、ロックインアンプ13で検出したMO信号Θと、ポンプ光とプローブ光との遅延時間tintとの各情報を用いて、LLG方程式に基づいて、試料の磁気光学特性を算出する。
【0046】
[3.理論モデル]
この章では、3.1磁化の歳差運動、3.2磁化の歳差運動の干渉、3.3MO信号の各節について順次説明することとする。
<3.1 磁化の歳差運動>
まず、理論モデルの前提として、磁化の歳差運動について説明する。理論モデルを説明するための概念図を図2に示す。図2では、薄い膜状の試料Fが固定される平面をxy平面、その平面の法線方向をz軸として示した。つまり、レーザ光源2から照射されるパルス光の照射方向は、z軸方向である。また、図2(a)に示す平衡状態においては、試料Fの磁化ベクトルM(以下、単に磁化Mという)と有効内部磁場ベクトルHeff(以下、単に有効内部磁場Heffという)は、図示するようにx軸方向に向いているものとする。
【0047】
つまり、磁化Mは、式(1)で表され、同様に、有効内部磁場Heffは式(2)で表される。なお、式(1)に示すMsは磁化のx成分の大きさ(飽和磁化)を表し、式(2)に示すH0は有効内部磁場のx成分の大きさを表している。
【0048】


【数1】

【0049】
この平衡状態において、光を磁性体に照射すると、物質の温度上昇やキャリア濃度の変化により磁気異方性が変化する。ここでは、図2(b)に示すように、レーザ光源2から試料Fに照射されるパルス光の照射直後に、パルス光に起因した磁気異方性の変化が生じて、有効内部磁場Heffがz軸方向に向かって角度θだけ傾くと仮定する。したがって、パルス光の照射直後においては、有効内部磁場を示す関係式は、前記した式(2)から式(3)へと書き換えられる。また、このとき、スピンには、磁化Mと異方性磁場Haniを含む平面に対して垂直な方向に、式(4)で表されるトルクFがかかる。なお、式(4)において、記号「×」は外積を表し、γは磁気回転比を表す。
【0050】
【数2】

【0051】
したがって、式(4)で表されるトルクFにより磁化Mは歳差運動を始めることになる。パルス光の照射後において、磁化Mの歳差運動は、図2(c)に示すように、有効内部磁場Heffを中心軸とする円運動を示す。磁化Mの歳差運動の時間変化は、LLG方程式と呼ばれる式(5)を用いてよく再現できる(非特許文献1参照)。
【0052】
【数3】

【0053】
パルス光照射により誘起された磁化Mの歳差運動は、時間の経過にしたがって小さくなる。これをダンピングといい、その挙動は、式(5)に示すダンピングファクタα(Gilbert減衰定数)を用いて表現される。仮にダンピングファクタαを0とすると、磁化Mの歳差運動の周期TMは、式(6)を用いて求められる。式(6)において、fMは歳差運動の振動数(1/TM)、hはプランク定数、μBはボーア磁子、gはg因子をそれぞれ示している。
【0054】
【数4】

【0055】
磁化Mの歳差運動の周期TM(=1/fM)は、式(6)に示す定数部分を無視すると、g因子と有効内部磁場Heffの値に依存していることが分かる。また、周期TMは、試料Fの種類や実験条件などに強く依存し、おおよそピコ秒からサブナノ秒であることが、これまでの実験を通して確かめられている(非特許文献1参照)。
【0056】
<3.2 磁化の歳差運動の干渉>
ここで、磁化Mの歳差運動の干渉を説明するために、2本の連続したパルス光を磁性体に照射することを想定する。また、磁性体の磁化Mの歳差運動の周期TM(=1/fM)と、レーザの繰り返し周期trep(=1/fL)とが同期するときに磁性体に生じている有効内部磁場Heffのことを、「共鳴が起こる磁場Hres」と表記し、式(7)で表すこととする。また、これを共鳴条件と呼ぶことにする。このとき、共鳴が起こる磁場Hresは、式(8)のように表される。
【0057】
【数5】

【0058】
式(8)において、繰返し周波数fLの値を5[GHz]、g因子の値を「2」としたときに、共鳴が起こる磁場Hresの値は、0.1785[T]と見積もられる。
【0059】
式(8)は、前記した式(6)に類似しているが、例えば5[GHz]のように固定されたレーザの繰り返し周波数fL(=1/trep)と、それに伴ってある所定値に固定された有効内部磁場Heff(共鳴が起こる磁場Hres)との関係式である。
【0060】
一方、前記した式(6)は、磁化Mの歳差運動の周期TM(=1/fM)と、有効内部磁場Heffとの関係式であり、いずれも変動する。そのため、磁化Mの挙動は、この変更可能なパラメータとしての有効内部磁場Heffを変化させることで制御可能である。
【0061】
ここで、2本の連続したパルス光を照射した場合の磁化Mの概念図を、図3を参照して説明する。図3(a)、図3(b1)、及び、図3(c1)には、共鳴条件である式(7)の場合における2本の連続したパルス光を照射した場合の磁化Mの歳差運動の振る舞いを示す。また、図3(a)、図3(b2)、及び、図3(c2)には、共鳴条件からずれた場合、ここでは、前記した式(7)の関係を満たさない場合としてHeff=Hres/2となる条件での磁化Mの歳差運動の振る舞いを示す。
【0062】
前記した式(7)の関係を満たす共鳴条件の場合の磁化Mの振る舞いは、図3(a)において、1本目のパルス光を照射後、磁化Mは有効内部磁場Heffを中心軸とする歳差運動を始める。そして、図3(b1)に示すように、磁化Mは有効内部磁場Heffを中心軸とする歳差運動を行い一周する。次に、共鳴条件、すなわち、Heff=Hresにおいて、2本目のパルス光を照射すると、磁化Mと有効内部磁場Heffとがなす角度は、図3(c1)に示すように、1本目のパルス光による歳差運動(図3(a))の場合の角度の2倍になり、歳差運動の振幅も2倍となる。
【0063】
また、共鳴条件からずれた場合、Heff=Hres/2においての磁化Mの振る舞いは、図3(a)の状態から、図3(b2)に示すように、磁化Mは有効内部磁場Heffを中心軸とする歳差運動を始めるが、半周した後に歳差運動を停止する。そして、共鳴条件からずれた条件(非共鳴条件)では、2本目のパルス光を照射すると、図3(c2)に示すように、磁化Mと有効内部磁場Heffは平行となり、磁化Mの歳差運動はなくなる。
【0064】
<3.3MO信号>
≪3.3.1.シミュレーション条件≫
有効内部磁場Heffの向きは格子温度に依存する。このため、光照射により試料の格子温度が上昇すると、有効内部磁場Heffの向きも傾く。ポンプ光パルスを1つ試料に照射すると、有効内部磁場Heffの向きが5マイクロラジアンだけ傾き、この変化は10ナノ秒で緩和すると仮定する。つまり、格子温度の緩和時間を10ナノ秒に設定した。ここでは、有効内部磁場Heffの傾き角度の時間変化をθ(t)とする。高繰り返しパルスレーザ光の繰返し周期を5GHzとすると、繰り返し時間trepが200ピコ秒でポンプ光が試料に照射される。この条件のときには、ポンプ光照射による傾き角度θの変化が緩和する前に次のポンプ光が照射されるため、傾き角度θの変化の蓄積が起こる。また、このとき、光照射後の格子温度を反映する傾き角度は、式(9)で表される。
【0065】
【数6】

【0066】
ここで、δ(a)は、a<Oの場合にが0となり、a≧0の場合には1となるステップ関数である。tintは、ポンプ光とプローブ光との遅延時間を示し、nは、ポンプ光またはプローブ光が何本目のものであるかを示す整数である(n=0,1,2,…)。なお、式(9)において5μは5マイクロラジアンを示し、10nsは10ナノ秒を示す
【0067】
式(9)に示す傾き角度θ(t)をシミュレーションにより計算した結果を図4(a)に示す。図4(a)のグラフの横軸は、ポンプ光が照射され始めてからの通算の経過時間を示し、縦軸は傾き角度θを示す。図4(a)に示すように、ポンプ光照射による傾き角度θの増大と、格子温度の冷却による傾き角度θの減少とのために、ポンプ光が照射され始めて通算で50ナノ秒(50×103[ps])以上経過した時点ではおおよそ準平衡状態になっている。この準平衡状態では、傾き角度θは、およそ250ミリラジアン(250×10-6[rad.])となっている。
【0068】
そこで、以下の計算では、ポンプ光が照射され始めてから100ナノ秒(100×103[ps])以降に照射された光によって観測されるMO信号Θを計算した。ここでは、計算時間や計算機性能の制約とため、上限を200ナノ秒(200×103[ps])として、図4(a)に示す100〜200ナノ秒までの傾き角度θ(t)の現象についてMO信号Θを計算した。つまり、この条件では、500本の連続したポンプ光照射に続いて、501〜1000本までの連続したポンプ光により蓄積される傾き角度θの変化を観測した。
【0069】
≪3.3.2.MO信号の具体例1≫
簡便のため、まず最初に、プローブ光がポンプ光に対して十分弱いと仮定する(ケース1)。この場合、プローブ光照射により傾き角度θは変化せず、かつ、ポンプ光とプローブ光とが同時に試料Fに照射されると考えられる。このときのMO信号は、式(10a)〜式(10e)で表される。
【0070】
【数7】

【0071】
式(10a)〜式(10e)において、nはポンプ光が何本目のものであるかを示す整数である(n=501,…)。また、式(10b)に示すΘx、Θy、Θzは、試料の種類や温度などの実験条件に依存し、観測されるMO信号Θの偏光依存性や波長依存性などから評価する重みを表している。また、δMxn、δMyn、δMznは、直接観測するものではなく、式(10c)〜式(10e)により計算で求めるものである。
【0072】
式(10c)〜式(10e)の右辺において、trepは、パルスの繰り返し周期(1/fL)を示し、Mxn(ntrep)、Myn(ntrep)、Mzn(ntrep)は、n本目のポンプ光を受けた時刻での磁化Mのx成分、y成分、z成分の大きさを示し、Msは飽和磁化を示す。
【0073】
また、式(10c)〜式(10e)の左辺にそれぞれ示すδMxn、δMyn、δMznは、n本目のポンプ光による磁化Mのx成分、y成分、z成分の変化を表している。ここで、非特許文献2の手法にならって、連続するパルス光照射によって誘起される異方性磁場の変化が、個々のパルス光照射により誘起される異方性磁場の変化の線形和であるものとして、以下の式(11a)〜式(11c)にそれぞれ示すように、nで識別される複数本の連続して出力されるポンプ光によって誘起される異方性磁場の変化δMx、δMy、δMzを、MO信号の各成分に相当する量として計算する。
【0074】
【数8】

【0075】
図4(a)に示した傾き角度θ(t)を前記した式(5)のLLG方程式に代入して、ダンピングファクタαを0.01として、式(11a)〜式(11c)により、異方性磁場の変化δMx、δMy、δMzを求めた。このときの結果を、図4(b)〜図4(d)にそれぞれ示す。図4(b)〜図4(d)のグラフの横軸は、試料の有効内部磁場Heffを示し、縦軸は信号強度を示す。縦軸のメモリは、他のグラフとの比較のために付した任意単位(a.u.)の数値であるが、この数値の絶対値が大きいほど高精度の測定ができることを表す。これにより、δMxについては、δMy、δMzに比べて強度が3桁ほど小さいことが分かる。なお、式(11a)〜式(11c)の計算では、図4(a)に示した傾き角度θ(t)において、n=501〜1000のシグマをとり、分母のnは500とした。
【0076】
図4(b)〜図4(d)にそれぞれ示すように、異方性磁場の変化δMx、δMy、δMzを示す波形には、有効内部磁場Heffの値が、次の式(12)に示す磁化歳差運動とレーザの繰り返し周波数が共鳴する条件を満たす場合においてピークが現れている。
【0077】
【数9】

【0078】
ここで、Nは自然数、Hresは前記した式(7)で与えられる共鳴が起こる磁場である。N=1の場合、式(12)は前記した式(7)と等価である。例えば、繰返し周波数fLの値を5[GHz]、g因子の値を「2」としたときに、共鳴が起こる磁場Hresの値は、0.1785[T]であったので、N=2の場合、磁場Heffの値は、0.357[T]となる。これは、他の条件を維持しつつ外部磁場の大きさだけを変化させることで実現できる。
【0079】
≪3.3.3.外部磁場とMO信号との関係≫
外部磁場Hext中にある強磁性体の有効内部磁場Heffは、式(13)で記述される。この式(13)において、Hdemは反磁場を示す。ここでは、HaniがHdemに比べて十分大きいものと仮定しHdem=0とした式(14)を用いることとする。このとき、異方性磁場Haniは、式(15)より求められる。
【0080】
【数10】

【0081】
共鳴が起こる磁場Hresは、前記した式(8)の関係式から、レーザの繰返し周期trep(=1/fL)によって決まる。そのため、有効内部磁場Heffの値が、共鳴が起こる磁場Hresの値と等しいとき、すなわち、共鳴条件を満たすときに、外部磁場Hextを決定できれば、異方性磁場Haniが決定できることを式(14)および式(15)は示唆している。なお、本実施形態では、外部磁場Hextの方向と、異方性磁場Haniの方向とを平行であるものとして取り扱うことで、式(15)においてベクトルである磁場をスカラーとして取り扱うこととする。
【0082】
共鳴条件を満たす外部磁場Hextを決定することは、MO信号を外部磁場Hextに対して系統的に観測することで実現できる。つまり、試料Fに所定値の外部磁場Hextを印加した状態で、連続パルスを照射したときに、ロックインアンプ13でMO信号を検出し、計算機14で解析した結果、共鳴条件を満たさなければ、外部磁場Hextの値を変更して同様な操作を繰り返せばよい。
【0083】
≪3.3.4.MO信号の具体例2≫
次に、ポンプ光とプローブ光が試料に照射される遅延時間tintを考慮した場合のMO信号Θを説明する(ケース2)。このときのMO信号では、前記した式(10c)〜式(10e)にそれぞれ示すδMxn、δMyn、δMznは、次の式(16)〜式(18)に書き換えて表される。
【0084】
【数11】

【0085】
式(16)〜式(18)の右辺において、Mxn(ntrep+tint)、Myn(ntrep+tint)、Mzn(ntrep+tint)は、n本目のポンプ光の次のプローブ光を受けた時刻での磁化Mのx成分、y成分、z成分の大きさを示す。
【0086】
ここで、前記した式(12)に示す外部磁場による共鳴条件を満たす場合において、さらに、ポンプ光とプローブ光との遅延時間tintを、次の式(19)により、レーザ繰り返し周期trepに関連付けることとした。
【0087】
【数12】

【0088】
以下では、このrを遅延パラメータと呼称する。ここで、遅延パラメータrが自然数の逆数または0の場合には、磁化歳差運動とレーザの繰り返し周波数が共鳴する条件を満たす。遅延パラメータrが自然数の逆数または0であれば、例えばレーザ繰り返し周期trepを固定値としたときに、遅延時間tintを変数として所望の値に設定してもよいし、逆に、遅延時間tintを固定値としたときに、レーザ繰り返し周期trepを変数として所望の値に設定してもよい。ここで遅延パラメータr=0の場合とは、遅延時間tintが0の場合、すなわちプローブ光とポンプ光とが重なる場合(ケース1)を表す。よって、前記した式(16)〜式(18)においてtintが0の場合には前記した式(10c)〜式(10e)と等価となる。
【0089】
図4(a)に示した傾き角度θ(t)を前記した式(5)のLLG方程式に代入して、ダンピングファクタαを0.01として、式(16)〜式(19)により、異方性磁場の変化δMy、δMzを求めた。遅延パラメータrを0または1/2としたときの結果を、図5(a)〜図5(b)にそれぞれ示す。
【0090】
図5(a)〜図5(b)のグラフは、図4(c)〜図4(d)と同様なグラフであり、遅延パラメータrを0としたときの結果を実線で、rを1/2としたときの結果を破線でそれぞれ示す。なお、δMxについては、δMy、δMzに比べて強度が3桁ほど小さいので、図示を省略した。また、式(17)〜式(18)の計算では、図4(a)に示した傾き角度θ(t)において、n=501〜1000のシグマをとり、分母のnは500とした。図5(a)〜図5(b)にそれぞれ示すように、異方性磁場の変化δMy、δMzを示す波形は、遅延パラメータrの値に強く依存する。
【0091】
このように観測される信号は、ポンプ光とプローブ光の間の遅延時間tint(つまり遅延パラメータr)に依存するので、ポンプ光とプローブ光のどちらかの光のパスに、ポンプ光とプローブ光との光路長差を可変する移動ステージを設置して遅延時間を制御することが望ましい。移動ステージを設置した形態については第2実施形態として後記する。
【0092】
[4.計算機シミュレーションによる具体例]
<r=0、α=0.1>
図4(a)に示した傾き角度θ(t)を前記した式(5)のLLG方程式に代入して、ダンピングファクタαを0.1として、遅延パラメータrが0の場合を条件として、前記した式(16)〜式(18)で示される異方性磁場の変化δMx、δMy、δMz(観測されるMO信号Θに相当)の計算機シミュレーションにより求めた結果を、図6(a)〜図6(c)にそれぞれ示す。図6(a)〜図6(c)のグラフは、図4(b)〜図4(d)と同様なグラフであるが、ダンピングファクタαの値が異なっているため、異方性磁場の変化δMy、δMzを示す波形は異なっている。
【0093】
<r=1/4、α=0.1>
遅延パラメータrを1/4に変更して、同様に求めた計算結果を、図7(a)〜図7(c)にそれぞれ示す。
【0094】
<r=1/3、α=0.1>
遅延パラメータrを1/3に変更して、同様に求めた計算結果を、図8(a)〜図8(c)にそれぞれ示す。
【0095】
<r=1/2、α=0.1>
遅延パラメータrを1/2に変更して、同様に求めた計算結果を、図9(a)〜図9(c)にそれぞれ示す。
【0096】
図6〜図9を一度に参照すると、ダンピングファクタαを0.1に固定して遅延パラメータrを0、1/4、1/3、1/2に変化させた場合のδMx、δMy、δMzの信号波形を比較することができる。
【0097】
図10〜図13に、ダンピングファクタαを0.01に固定して遅延パラメータrを0、1/4、1/3、1/2に変化させた場合のδMx、δMy、δMzの信号波形をそれぞれ示す。
【0098】
図14〜図17に、ダンピングファクタαを0.001に固定して遅延パラメータrを0、1/4、1/3、1/2に変化させた場合のδMx、δMy、δMzの信号波形をそれぞれ示す。
【0099】
前記した式(6)は、簡便のため、ダンピングファクタαを0として導いたが、実際のダンピングファクタαは、強磁性金属でも強磁性半導体でも、0.1〜0.001のオーダーにあることが知られている。そのため、図6〜図17に示す計算機シミュレーションの結果では、αを0.1〜0.001の範囲で変更して計算した。
【0100】
図6〜図17に示す計算結果から、遅延パラメータr(遅延時間tint)を制御して測定を行うことが重要であると結論付けられる。また、計算結果は、ダンピングファクタαの値にも強く依存する。このことから、観測された信号を前記した理論モデルを用いて解析することで、ダンピングファクタαの値を決定することができる。
【0101】
図6〜図17に示す計算機シミュレーションの結果は、実際の実験系において外部の光によるノイズやポンプ光の散乱光によるノイズなどの影響がない理想的な状態で計算したものである。つまり、実際の測定系でMO信号Θを測定したときに(δMx、δMy、δMzの波形を測定したときに)、ノイズなどの影響がほとんど除去された場合、図6〜図17に示すようなピークを持った波形が観測されることになる。
【0102】
なお、r=0の条件は、ポンプ光とプローブ光とが試料に同時に当たる現象を意味しており、実際の測定系では、ポンプ光とプローブ光とが試料に同時に当たっているタイミングを検出する手段を別に設けることが好ましい。このように遅延パラメータrを先に算出および決定する代わりに、遅延パラメータrを単にフィッティングパラメータとして捉え直して、実際の測定系でMO信号Θを測定し(δMx、δMy、δMzの波形を測定し)、測定された波形のピークの高さや線幅等の形状から、遅延パラメータrを求めることも可能である。この場合には、実際の測定系において、ポンプ光とプローブ光とが試料に同時に当たっているタイミングを検出する手段を別に設ける必要がない。
【0103】
第1実施形態の磁気光学特性測定装置1によれば、ポンプアンドプローブ法とダブルロックイン法を、高繰り返しレーザを用いた磁気共鳴分光法に適用し、参照信号の周波数の異なる2つのロックインアンプ12,13によってポンプ光が照射されるときと照射されないときの磁気光学信号の差分を検出するので、外部の光によるノイズやポンプ光の散乱光によるノイズなどを効率的に省くことができる。したがって、高繰り返しレーザの繰り返し周期と磁化歳差運動の周期とが一致するときに共鳴現象を反映して観測される極めて小さいピークの強度を精度よく検出し、高繰り返しパルス光照射により誘起される磁気共鳴現象を高精度に測定することができる。
【0104】
(第2実施形態)
[5.磁気光学特性測定装置の構成]
図18に示すように、第2実施形態の磁気光学特性測定装置1Bは、一例として、ポンプ光のパスに、ポンプ光とプローブ光との光路長差を可変する移動ステージを設置した形態であって、移動ステージ30と、ステージ駆動手段31とを備え、計算機14Bは移動ステージ30を動かす機能を有している。なお、図1に示した磁気光学特性測定装置1と同じ構成については、同じ符号を付して説明を適宜省略する。
【0105】
移動ステージ30上には、反射板32が配設されている。反射板32は、ビームスプリッタ3で分離したポンプ光を反射するものである。反射板32で反射したポンプ光は、反射板4Bを介してチョッパ5に入射する。
【0106】
ステージ駆動手段31は、計算機14Bの制御のもと、移動ステージ30を、ビームスプリッタ3で分離したポンプ光の進行方向に移動させるものである。ステージ駆動手段31は、例えば、移動ステージ30の図示しないスライダが配置される基台と、スライダを線形移動させる移動機構と、この移動機構を駆動するモータとを備えて構成される。ステージ駆動手段31が移動ステージ30を移動させることで、反射板32も移動し、ポンプ光の光路長を変化させることができる。また、ステージ駆動手段31の基台には、例えば、遅延パラメータrに対応した目盛りを設けておくことができる。ステージ駆動手段31は、遅延パラメータrを示す指令値に応じて、例えば図示しないモータを回転させて移動ステージ30を移動させる。なお、遅延パラメータrを示す指令値は、例えばモータの回転数あるいは回転角、電流値、電圧値等に対応している。
【0107】
[6.磁気光学特性測定装置の計算機の構成例]
次に、磁気光学特性測定装置1Bの計算機14Bの構成例について図19を参照(適宜図18参照)して説明する。ここでは、計算機14Bは、共鳴磁場取得部41と、外部磁場制御部42と、レーザ光源制御部43と、移動ステージ制御部44と、MO信号取得部45と、MO信号蓄積部46と、共鳴条件取得部47と、異方性磁場算出部48と、フィッティングデータ記憶部49と、減衰パラメータ算出部50とを備えることとした。
【0108】
共鳴磁場取得部41は、試料Fの磁化Mの歳差運動を、パルスの繰り返し周期trep(=1/νL)に同期させるために試料Fに印加する外部磁場Hextの値を共鳴磁場として取得するものである。共鳴磁場取得部41は、取得した外部磁場Hextの値を外部磁場制御部42と異方性磁場算出部48とに出力する。なお、試料に対して外部磁場Hextの値を複数取得するようにしてもよい。
【0109】
外部磁場制御部42は、磁場印加手段9を制御して、磁場のオン/オフを切り替えたり、共鳴磁場取得部41から取得した外部磁場Hextの値の磁場を試料Fに印加させたりするものである。レーザ光源制御部43は、レーザ光源2を制御して、パルスレーザのオン/オフを切り替えるものである。
【0110】
移動ステージ制御部44は、ステージ駆動手段31を制御して、予め遅延パラメータrに対応付けている目盛り位置に、移動ステージ30を順次移動させるものである。MO信号取得部45は、ロックインアンプ13からMO信号Θを取得し、MO信号蓄積部46に格納する。MO信号蓄積部46は、例えば一般的なメモリやハードディスク等から構成される。なお、MO信号蓄積部46は、共鳴磁場取得部41で取得した外部磁場Hextの値も記憶する。
【0111】
共鳴条件取得部47は、レーザ光源制御部43および移動ステージ制御部44を統括すると共に、MO信号蓄積部46に蓄積されているMO信号Θのデータを参照して、各データを比較することにより、現在の移動ステージ30の位置で試料のMO信号Θの絶対値が最小となったか否かを判定するものである。この共鳴条件取得部47は、判定の結果、MO信号Θの絶対値が最小となったと判定したときに、その旨を異方性磁場算出部48に通知する。また、このとき、現在の移動ステージ30の位置に対応する遅延パラメータrを異方性磁場算出部48に出力する。共鳴条件取得部47は、判定の結果、MO信号Θの絶対値が最小ではないと判定したときに、レーザ光源制御部43および移動ステージ制御部44と協働して、判定を繰り返す。
【0112】
異方性磁場算出部48は、レーザ繰り返し周期trep(=1/νL)の値に基づいて、前記した式(8)により、共鳴が起こる磁場Hresを算出する。異方性磁場算出部48は、算出した共鳴が起こる磁場Hresと、共鳴磁場取得部41から取得した外部磁場Hextの情報とを用いて、前記した式(15)により、試料Fの異方性磁場Haniを算出する。異方性磁場算出部48は、前記した式(14)により、有効内部磁場Heffの値を決定する。異方性磁場算出部48は、算出した異方性磁場Haniを図示しないディスプレイに表示すると共に、決定した有効内部磁場Heffの値を減衰パラメータ算出部50に出力する。なお、異方性磁場算出部48は、取得した遅延パラメータrを減衰パラメータ算出部50に出力する。
【0113】
フィッティングデータ記憶部49は、LLG方程式による理論計算から予め求められた、MO信号の磁場依存性およびα依存性のデータ(以下、フィッティングデータという)を記憶するものであって、例えば一般的なメモリやハードディスク等から構成される。なお、有効内部磁場Heffに対してMO信号Θの絶対値が最小となるときの磁場の範囲に対して最適なダンピングファクタαの値を算出することが可能であれば、フィッティングデータは、予め変換テーブルとして備えるものでもよいし、演算に用いる所定の関数等の情報でもよい。
【0114】
減衰パラメータ算出部50は、異方性磁場算出部48から有効内部磁場Heffの値を取得し、MO信号蓄積部46に蓄積されているMO信号Θのデータを参照して、フィッティングデータ記憶部49に記憶されたフィッティングデータとフィッティングすることで、試料の磁気特性として、試料固有のダンピングファクタαの値を算出するものである。
減衰パラメータ算出部50は、MO信号Θをフィッティングするときに、遅延パラメータrを指標として用いてもよい。減衰パラメータ算出部50は、MO信号Θをフィッティングすることで、遅延パラメータrを算出することとしてもよい。
【0115】
[7.磁気光学特性測定の流れ]
次に、磁気光学特性測定装置1Bによる磁気光学特性測定の流れについて図20を参照(適宜図19参照)して説明する。磁気光学特性測定装置1Bは、計算機14Bによって、共鳴条件(N=Heff/Hres)において試料Fに印加されていた外部磁場Hextの情報を予め取得しておく(ステップS1)。
【0116】
計算機14Bは、試料Fの磁化Mの歳差運動が、連続したポンプ光に共鳴するときの移動ステージ30の位置を探索するステージ位置探索段階(ステップS2〜S7)と、ステージ位置が決定されたときに、試料Fの異方性磁場Haniを求める磁場算出段階(ステップS8)とを実行する。なお、ここで、順次変更されるステージ位置つまり反射板32の移動する位置は、遅延パラメータrのそれぞれの値と対応付けられている。
【0117】
ステージ位置探索段階では、パルスレーザ光をビームスプリッタ3でポンプ光とプローブ光とに分離する。そして、ポンプ光のパスに挿入した移動ステージ30上の反射板32を用いてポンプ光とプローブ光との遅延時間tintを制御し、ポンプ光とプローブ光とを試料Fに重ねて照射する。
【0118】
このステージ位置探索段階は、所定条件が成立するまで繰り返す一連の処理として、磁場印加手段9による処理(ステップS2)と、レーザ光源2による処理(ステップS3)と、ロックインアンプ12,13による処理(ステップS4)と、計算機14Bによる処理(ステップS5,S6)とを協働して実行する。すなわち、ステップS2にて、磁場印加手段9は、予め取得した外部磁場Hextを試料Fに印加する。ステップS3にて、レーザ光源2は、連続した複数パルスのレーザ光をポンプ光およびプローブ光として出力する。ステップS4にて、ロックインアンプ12,13は、ポンプ光とプローブ光とを試料Fが反射した反射光のうち、プローブ光が示す磁気光学効果(偏光成分)を検出する。
【0119】
また、ステップS5にて、計算機14Bは、ロックインアンプ13で検出した偏光成分を、MO信号Θとして取得する。そして、ステップS6にて、計算機14Bは、現在の移動ステージ30上の反射板32の位置で試料のMO信号Θの絶対値が最小となったか否かを判定することで所定条件が成立したか否かを判定する処理を実行する。MO信号Θの絶対値が最小となっていない場合に(ステップS6:No)、計算機14Bは、移動ステージ30上の反射板32を、遅延パラメータrの値を変更した位置に移動させる処理(ステップS7)を実行する。一方、MO信号Θの絶対値が最小となった場合に(ステップS6:Yes)、計算機14Bは、この条件において検出したMO信号Θおよび移動ステージ30の位置と、取得した外部磁場の大きさHextと、繰り返し周期trepとの各情報を用いて、LLG方程式に基づいて、試料Fの異方性磁場Hani、有効内部磁場Heff、ダンピングファクタαの値をそれぞれ求める。
【0120】
なお、前記した計算機シミュレーションにおいて、rの値を変化させながら測定することは、移動ステージ30を動かしながら測定することに相当する。また、rの値は、移動ステージ30の位置から一義的に決定できる。このため、移動ステージ30を移動させながらMO信号を観測すると、共鳴条件であるHeff/Hresを示す自然数Nの値に依存して、ポンプ光によって誘起される異方性磁場の変化δMx、δMy、δMzの振る舞いが観測される。
【0121】
第2実施形態の磁気光学特性測定装置1Bによれば、移動ステージ30を移動させながら実際に観測したMO信号の波形と、計算から導かれる理論的な信号の波形とを比較することで、異方性磁場Haniが未知の試料であっても、Heff/Hresの値を推定でき、その結果、異方性磁場Haniの値を一意に決定することができる。また、磁気光学特性測定装置1Bによれば、ダンピンファクタαの値も決定することができる。
【0122】
以上、各実施形態について説明したが、本発明はこれらに限定されるものではなく、その趣旨を変えない範囲で様々に実施することができる。例えば、各実施形態では、磁場印加手段9を試料Fに対して面直磁場を印加できるように配設したが、磁場印加手段9を試料Fに対して面内磁場を印加できるように配設してもよい。これにより、有効内部磁場Heffの方向が面内方向である試料も測定対象とすることができる。なお、磁場印加手段が、面直磁場を印加するモードと、面内磁場を印加するモードに対応するように、両方の構成を備えるか、または、両方のモードを兼ねるように配置を切り替えることができるように構成するようにしてもよい。
【0123】
また、各実施形態では、プローブ光が試料Fで反射した反射光の光強度を検出するようにPD10を配設したが、これに代えて、プローブ光が試料Fを透過した透過光の光強度を検出できるようにPD10を配設してもよい。なお、この場合、試料Fを固定する基板8の中心位置を薄く形成するか、基板8の中心位置に穴を設けておき、透過光の経路とする。
【0124】
また、各実施形態では、プローブ光のパスの方がポンプ光のパスよりも短くなるように配設したが、これに代えて、ポンプ光のパスの方がプローブ光のパスよりも短くなるように配設してもよい。なお、この場合、ポンプ光のパスにチョッパ5、プローブ光のパスにPEM6を設けることに変わりはないが、PD10がプローブ光のみを受光できるように光遮蔽板11等の配置を変更する。
【0125】
また、第2実施形態では、ポンプ光のパスを可変できるように移動ステージ30を配設したが、これに代えて、プローブ光のパスを可変できるように移動ステージ30を配設してもよい。
【符号の説明】
【0126】
1,1B 磁気光学特性測定装置
2 レーザ光源
3 ビームスプリッタ
4,4B 反射板
5 チョッパ
6 PEM(光弾性変調器)
7 集光レンズ
8 基板
9 磁場印加手段
10 PD(光量検出手段)
11 光遮蔽板
12 ロックインアンプ(第1のロックインアンプ)
13 ロックインアンプ(第2のロックインアンプ)
14,14B 計算機
15 チョッパ制御手段
16 PEM制御手段
17 磁場制御手段
30 移動ステージ
31 ステージ駆動手段
32 反射板
41 共鳴磁場取得部
42 外部磁場制御部
43 レーザ光源制御部
44 移動ステージ制御部
45 MO信号取得部
46 MO信号蓄積部
47 共鳴条件取得部
48 異方性磁場算出部
49 フィッティングデータ記憶部
50 減衰パラメータ算出部
F 試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
強磁性体の試料の有効内部磁場もしくは異方性磁場を含む磁気光学特性を測定する磁気光学特性測定装置であって、
前記試料の磁化の光励起歳差運動の周期に同期可能な高繰り返し周期の光パルス列を発生し前記試料に照射するモードロックレーザからなるレーザ光源と、
前記試料に磁場を印加する磁場印加手段と、
前記レーザ光源からの光パルス列を前記試料にそれぞれ照射されるポンプ光およびプローブ光に分離するビームスプリッタと、
前記試料に照射されるポンプ光の光路中に配置され、入射するポンプ光を予め定められたチョッピング周波数で交互に遮断または透過させるチョッパと、
前記試料に照射されるプローブ光の光路中に配置され、入射するプローブ光を予め定められた変調周波数で交互に左回り円偏光と右回り円偏光に切り替えて出力する光弾性変調器と、
前記光弾性変調器で変調されたプローブ光が前記試料で反射または透過したいずれか一方を受光した光強度を検出する光量検出手段と、
前記光弾性変調器の変調周波数信号を参照信号として入力すると共に、前記光量検出手段が検出する光強度信号を入力して、前記参照信号により前記光強度の変化を検出した光強度変化検出信号を出力する第1のロックインアンプと、
前記チョッパのチョッピング周波数信号を参照信号として入力すると共に、前記光強度変化検出信号を入力して、前記参照信号により前記光強度変化検出信号を周波数変換して検出した磁気光学信号を出力する第2のロックインアンプと、
前記光パルス列の高繰り返し周期に、前記試料の磁化の光励起歳差運動の周期を同期させた共鳴条件を満たすときの前記試料の前記磁気光学特性を算出する演算手段と、を備え、
前記演算手段は、
前記共鳴条件として、前記試料に印加した磁場と、前記光パルス列の高繰り返し周期と、前記第2のロックインアンプで検出した磁気光学信号と、前記ポンプ光とプローブ光との遅延時間との各情報を用いて、LLG(Landau-Lifshitz-Gilbert)方程式に基づいて、前記試料の磁気光学特性を算出することを特徴とする磁気特性測定装置。
【請求項2】
前記磁気特性測定装置は、
前記ビームスプリッタで分離したポンプ光またはプローブ光を反射する反射板を移動させて光路長を可変する移動ステージを備え、
前記演算手段は、
前記試料の磁化の光励起歳差運動の周期が前記光パルス列の高繰り返し周期に同期するときに前記試料に外部から印加される磁場の情報を予め取得し、前記ポンプ光とプローブ光との遅延時間と前記光パルス列の高繰り返し周期との比が自然数の逆数または0である場合の前記移動ステージによって可変させた前記反射板の位置において、当該外部磁場を前記試料に印加させ、かつ、前記ポンプ光およびプローブ光を前記試料に照射したときに、前記試料の磁気光学特性を算出することを特徴とする請求項1に記載の磁気特性測定装置。
【請求項3】
強磁性体の試料の磁化の光励起歳差運動の周期に同期可能な高繰り返し周期の光パルス列を発生するモードロックレーザからなるレーザ光源と、磁場印加手段と、ビームスプリッタと、チョッパと、光弾性変調器と、光量検出手段と、参照信号の周波数が異なる2つのロックインアンプと、当該試料の有効内部磁場もしくは異方性磁場を含む磁気光学特性を算出する演算手段とを備える磁気光学特性測定装置の磁気光学特性測定方法であって、
前記レーザ光源によって、前記高繰り返し周期の光パルス列を発生する工程と、
前記磁場印加手段によって、前記試料に磁場を印加する工程と、
前記ビームスプリッタによって、前記光パルス列を前記試料にそれぞれ照射されるポンプ光およびプローブ光に分離する工程と、
前記チョッパによって、前記ポンプ光を予め定められたチョッピング周波数で交互に遮断または透過させる工程と、
前記光弾性変調器によって、前記プローブ光を予め定められた変調周波数で交互に左回り円偏光と右回り円偏光に切り替えて出力する工程と、
前記光量検出手段によって、前記光弾性変調器で変調されたプローブ光が前記試料で反射または透過したいずれか一方を受光した光強度を検出する工程と、
第1のロックインアンプによって、前記光弾性変調器の変調周波数信号を参照信号として入力すると共に、前記光量検出手段が検出する光強度信号を入力して、前記参照信号により前記光強度の変化を検出した光強度変化検出信号を出力する工程と、
第2のロックインアンプによって、前記チョッパのチョッピング周波数信号を参照信号として入力すると共に、前記光強度変化検出信号を入力して、前記参照信号により前記光強度変化検出信号を周波数変換して検出した磁気光学信号を出力する工程と、
前記演算手段によって、前記光パルス列の高繰り返し周期に、前記試料の磁化の光励起歳差運動の周期を同期させた共鳴条件を満たすときの当該試料の前記磁気光学特性を算出する工程とを含んで実行し、
前記演算手段は、
前記共鳴条件として、前記試料に印加した磁場と、前記光パルス列の高繰り返し周期と、前記第2のロックインアンプで検出した磁気光学信号と、前記ポンプ光とプローブ光との遅延時間との各情報を用いて、LLG方程式に基づいて、前記試料の磁気光学特性を算出することを特徴とする磁気特性測定方法。
【請求項4】
前記磁気特性測定装置は、
前記ビームスプリッタで分離したポンプ光またはプローブ光を反射する反射板を移動させて光路長を可変する移動ステージを備え、
前記演算手段は、
前記試料の磁化の光励起歳差運動の周期が前記光パルス列の高繰り返し周期に同期するときに前記試料に外部から印加される磁場の情報を予め取得し、前記ポンプ光とプローブ光との遅延時間と前記光パルス列の高繰り返し周期との比が自然数の逆数または0である場合の前記移動ステージによって可変させた前記反射板の位置において、当該外部磁場を前記試料に印加させ、かつ、前記ポンプ光およびプローブ光を前記試料に照射したときに、前記試料の磁気光学特性を算出することを特徴とする請求項3に記載の磁気特性測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2012−7962(P2012−7962A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−143257(P2010−143257)
【出願日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】