説明

磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末

【課題】優れた耐蝕性と良好な熱伝導性を同時に具備する磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末を提供。
【解決手段】NaZn13型結晶構造またはThZn17型結晶構造を持ち、かつ、少なくともLaまたはPrを含む希土類元素と、少なくともFeを含む遷移金属からなる組成を有する平均粒径が20〜2000μmである磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末において、合金粉末表面が、平均膜厚3〜100nmのリン酸塩被膜で均一に被覆されていることを特徴とする磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末によって提供する。前記リン酸塩被膜は、被膜の(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比が8以上であり、かつC/Pの原子比が1〜10であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末に関し、さらに詳しくは、耐食性に優れ熱伝導性も良好な磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、冷蔵庫、冷凍庫、あるいは空調設備などに用いられる冷凍装置では、フロンガスあるいは代替フロンガスなどを室温付近で断熱的に膨張圧縮させる方法が一般的であった。ところが、近年、地球温暖化問題が深刻化するに伴い、上記フロンガスなどを用いない冷凍装置の研究開発が推進され、最近では磁性体の磁気熱量効果を用いた磁気冷凍法が注目されている。
【0003】
この磁気冷凍法は、磁性物質に対して断熱状態で外部印加磁界を変化させると、その磁性物質の温度が変化する現象(磁気熱量効果)を利用して、以下のような原理で低温を生成する方法である。すなわち、磁性物質では、磁界印加時の状態と磁界除去時の状態の間で、電子磁気スピン系の自由度の相違に起因してエントロピ−が変化する。このようなエントロピ−変化に伴い、電子磁気スピン系と格子系との間でエントロピ−の移動が起こる。磁気冷凍では、大きな電子磁気スピンを持った磁性物質を使用して、磁界印加時と磁界除去時の間での大きなエントロピ−の変化を利用して、電子磁気スピン系と格子系との間でエントロピ−の授受を行わせ、これによって低温を生成させる。
具体的には、内部に磁性材料が充填された磁気冷凍作業室と、磁気冷凍作業室の中に熱交換媒体を導入するための導入配管と、磁気冷凍作業室の中から熱交換媒体を排出するための排出配管と、磁気冷凍作業室の近傍に配置された可動式の永久磁石と、 該磁気冷凍作業室に対する該永久磁石の相対位置を変化させることによって、該磁性材料に対する磁界の印加及び除去を行う駆動装置とを備えた磁気冷凍システムが知られている。
【0004】
上記のような磁気冷凍システムに用いられる磁気冷凍用の作業物質(磁性物質)として、金属Gd、GGG(ガドリニウム・ガリウム・ガ−ネット)、GdSiGe、MnAs、MnFe(P1−xAs)、La(Fe、Si)13、La(Fe、Si)13、PrFe17が知られている。
室温近傍の磁気冷凍においては、これらの中でもNaZn13型結晶構造を有するLa(Fe、Si)13系合金、La(Fe、Si)13系合金や、ThZn17型結晶構造を有するPrFe17系合金が、優れた磁気熱量効果を有するため注目されている。
【0005】
従来、これらの合金粉末は、一般に次のようにして製造されている。すなわち、それぞれの金属原料をア−ク溶解し、得られた鋳塊中に残留するα−Fe相やLaSi相を無くし、La(Fe、Si)13化合物単相とするために、1050°Cで10日間程度、均一化熱処理が行われる(特許文献1、2、及び非特許文献1、2参照)。
また、磁気冷凍システムの作業物質として、少なくとも二つの相で構成される複合磁性材料が提案されている(特許文献3参照)。ここには、第一の相が、一般式:La(Fe、(Co、Ni)、Si)13で表され、NaZn13型の結晶構造を備えた金属間化合物からなり、且つ、その平均広がり大きさが100μm以下であり、第二の相が、Siを含有する鉄合金からなる複合磁性材料が開示されている。
さらに、一般式R(T1−x13−yで表される希土類含有合金の効率的な製造方法として、合金原料を1200〜1800°Cの温度で溶解する工程の後、得られた溶湯を急冷凝固し、希土類含有合金を生成する凝固工程を付加することが提案されている(特許文献4)。式中、Rは希土類元素;TはFeなどの遷移金属元素;AはAl、As、Si、Ga、Ge、Mn、Sn及びSbから選択される。ここには、得られた化合物粉末を焼結後に水素雰囲気中で熱処理し、水素を導入することで強磁性相転移温度(キュリ−温度:Tc)を制御できると記載されている。この方法によれば、低コストかつ短時間でも、粉砕が容易であり脆すぎない合金粉末を得ることができると記載されているものの、凝固工程は急冷によるものであり温度制御が容易であるとはいえない。
【0006】
一方、Nd−Fe−BやSm−Fe−Nなどの永久磁石用希土類−鉄系合金粉末を製造する方法として、特許文献5に開示されているような還元拡散法が知られている。これは、原料として希土類酸化物粉末と鉄粉末などを用い、これらの混合物をアルカリ金属またはアルカリ土類金属(たとえば金属Ca粒)と共に加熱して、希土類酸化物を還元し鉄粉末に拡散させることにより、希土類−鉄系合金粉末を得る方法である。
しかしながら、このような従来の還元拡散法で製造した希土類−鉄系合金粉末を水素雰囲気中で熱処理しても十分に水素が導入できず、0°C近傍にキュリ−温度を有する磁気冷凍用希土類−鉄−水素系合金粉末を得ることはできなかった。
【0007】
上記状況を解決するために本出願人は、原料粉末中に特定の崩壊促進剤粉末を配合して特定条件で熱処理し、還元拡散によって得られた反応生成物を冷却後、水素雰囲気中で熱処理することを提案した(例えば、特許文献6参照)。これにより、0°C付近にキュリ−温度を有し、シャ−プな粒度分布の磁気冷凍用合金粉末が容易に得られるようになった。
【0008】
ところで、磁気冷凍においては、作業物質であるこれらの合金と熱交換するための媒体が必要であり、特に室温近傍で動作させる冷凍システムにおいては、熱交換媒体として水やグリセリン、エチレングリコ−ル、プロピレングリコ−ル又はアルコ−ルなどの水溶性有機溶媒を用いる。前述のLa(Fe、Si)13系合金、La(Fe、Si)13系合金、PrFe17系合金は鉄を主成分とするため、水や水溶性の有機溶媒中では徐々に腐食し、この腐食による磁気熱量効果を劣化させるという問題があった。この腐食を抑制するために、めっきや樹脂コ−ティングが有効であるが、これらの被膜厚みは数10μmを超えるため、かえって合金と媒体との熱伝導が阻害され冷却効率を低下させるという問題もある。
【0009】
La(Fe、Si)13系およびLa(Fe、Si)13系合金に関しては、熱伝導を損なわずに耐食性を向上させる方法として、合金粒子をリン酸で化成処理することが提案されている(特許文献7)。実施例によれば、20gの合金粉末を80°C90%RHの恒温恒湿槽に13時間保持した場合、重量増加が未処理で13〜15mgだったのに対し、リン酸で表面処理したものでは0.2〜1.3mgに抑制される。しかし、80°Cとはいえ13時間の評価では、実用性を考えると時間が短すぎて耐蝕性評価としては十分とは言えず、また実施例で記述されているような単純なリン酸化成被膜では長時間の耐食性は必ずしも期待できない。また、合金粒子の表面に酸化アルミニウムなどの酸化防止膜を設けることも提案されている(特許文献8参照)が、膜厚を1〜50μmとする必要があり、膜厚が数十ミクロンと厚い場合には熱伝導を阻害し、冷却効果を必ずしも期待することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−356748号公報
【特許文献2】特開2003−96547号公報
【特許文献3】特開2005−15911号公報
【特許文献4】特開2005−36302号公報
【特許文献5】特開昭61−295308号公報
【特許文献6】特開2007−031831号公報
【特許文献7】特開2006−124783号公報
【特許文献8】特開2007−263392号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】深道和明、藤田麻哉;希土類 43巻(2004)35頁
【非特許文献2】A.Fujita、S.Fujieda、Y.Hasegawa and K.Fukamichi;Phys.Rev.B67(2003)104416
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、前述した従来技術の問題点に鑑み、鉄を主成分とする希土類−鉄系合金粉末の優れた耐蝕性と良好な熱伝導性を同時に具備する磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、リン酸化合物および特定の水溶性高分子(ポリアクリル酸など)又はポリフェノ−ル(タンニン酸など)を含む溶液を用いて、合金粉末の表面に、特定の元素による原子比率を有するリン酸塩被膜を特定の膜厚、かつ均一に形成することで熱伝導を損なわず耐食性を高めることができる磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、NaZn13型結晶構造またはThZn17型結晶構造を持ち、かつ、少なくともLaまたはPrを含む希土類元素と、少なくともFeを含む遷移金属からなる組成を有する平均粒径が20〜2000μmである磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末において、合金粉末表面が、平均膜厚3〜100nmのリン酸塩被膜で均一に被覆されていることを特徴とする磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末が提供される。
【0015】
また、本発明の第2の発明によれば、第1の発明において、前記リン酸塩被膜は、被膜の(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比が8以上であり、かつC/Pの原子比が1〜10であることを特徴とする磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末が提供される。
また、本発明の第3の発明によれば、第1の発明において、前記リン酸塩被膜は、リン酸と水溶性高分子又はポリフェノ−ルとの混合物によって形成されることを特徴とする磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末が提供される。
さらに、本発明の第4の発明によれば、第1〜3のいずれかの発明において、熱交換媒体を模擬したエチレングリコ−ルの水溶液中に、50°Cで1000時間放置しても、錆に起因する着色が認められないことを特徴とする磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末として、NaZn13型結晶構造またはThZn17型結晶構造、かつ、少なくともLaまたはPrを含む希土類元素と、少なくともFeを含む遷移金属からなる組成を有する希土類−鉄系合金粉末の表面に、特定のリン酸塩被膜を形成したので、水または水溶性有機溶媒を熱交換媒体とする室温近傍の磁気冷凍システムにおいて、合金粉末の腐食を防止することにより、腐食による磁気冷凍効率の低下を抑えることができる。しかも、リン酸塩被膜が特定の膜厚で均一に形成されているので、磁気冷凍装置の熱伝導性を低下させることがない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末とその製造方法について詳細に説明する。
本発明の磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末は、NaZn13型結晶構造またはThZn17型結晶構造を持ち、かつ、少なくともLaまたはPrを含む希土類元素と、少なくともFeを含む遷移金属からなる組成を有する平均粒径が20〜2000μmである磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末において、希土類−鉄系合金粉末の表面が、平均膜厚3〜100nmのリン酸塩被膜で均一に被覆されていることを特徴とする。
【0018】
1.希土類−鉄系合金粉末
本発明で使用する希土類−鉄系合金は、室温近傍で優れた磁気熱量効果を示すことが知られている合金であり、NaZn13型結晶構造を有するLa(Fe、Si)13系合金、La(Fe、Si)13系合金や、ThZn17型結晶構造を有するPrFe17系合金が好適に使用できる。
【0019】
これらの合金には,金属組織や磁気熱量効果の調整,機械強度などの合金物性の改善を目的として、LaやPrの一部がYを含む希土類元素の一種以上で、あるいはFeの一部がAl、Si、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Hf、Ta、W、Re、Pt、Au、Pb、Biで置換する合金を使用することもできる。また結晶構造を変えずに格子間侵入型元素として、B、C、N、P、Sなどを導入することもできる。
【0020】
2.磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末の製造方法
本発明で使用される磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末は、(1)上記希土類−鉄系合金を還元拡散法、溶解鋳造法、液体急冷法、アトマイズ法などで製造した後、平均粒径が20〜2000μmになるように粒度調整し、(2)その後、表面処理することによって製造される。
【0021】
(1)希土類−鉄系合金の製造
還元拡散法では、希土類酸化物粉末と鉄粉などの遷移金属粉末などを金属カルシウムなどのアルカリ土類金属と混合し、加熱して希土類酸化物を還元し、還元された希土類金属を遷移金属に拡散させて合金化する。
たとえばLa(Fe、Si)13系合金であれば、酸化ランタン粉末、鉄粉、酸化ケイ素粉末、Fe−Si合金粉末などを所定量配合し、還元剤の粒状金属カルシウムと、必要に応じ崩壊促進剤として酸化カルシウムや塩化カルシウムとを混合して鋼製るつぼに投入し、真空またはアルゴンガスなどの不活性ガス雰囲気中1000〜1250°Cで熱処理する。冷却後に回収された反応生成物は、目的の合金粒子と副生した酸化カルシウムなどの焼結体であり、これを水中に投入しデカンテ−ションを繰り返してカルシウム成分を除去した後、乾燥してLa(Fe、Si)13系合金粉末を得る。合金の粒度は、主として鉄粉などの遷移金属粉末の粒度で決まる。
また、溶解鋳造法では、各構成元素の金属または合金原料を所定量配合し、高周波溶解炉やア−ク溶解炉で溶融し、鋳型に鋳造する。たとえばLa(Fe、Si)13系合金であれば、通常得られたインゴットにはαFe相やLa(Fe、Si)13相よりLaリッチな相が混在しているので、単相化するための均一化熱処理を900〜1100°Cで10〜300時間程度行われる。その後、粉砕し粒度調整され、La(Fe、Si)13系合金粒子を得る。
また、液体急冷法では、鋳型に鋳造する替わりに銅やステンレス製ロ−ルに溶湯を注入し薄板合金を得る。またアトマイズ法では溶湯をアルゴンガスなどの不活性ガスによりノズルから噴出させ粒状の合金粉末を得る。これらの方法でも単相化のための均一加熱処理が施される。
【0022】
得られた合金粉末は、平均粒径が20〜2000μmになるように粒度調整する。平均粒径が20μm未満では、合金粉末を熱交換器に充填し熱交換媒体を流通させるときの圧力損失が大きくなる。一方、平均粒径が2000μmを超えると、合金粉末の比表面積が低下するため、合金粉末と熱交換媒体の間での熱交換効率が低下してしまう。
【0023】
(2)表面処理
このようにして得られた希土類−鉄系合金粉末に、引き続きリン酸塩被膜を形成する。ここで鋼板などの防錆を目的とした通常のリン酸塩被膜化成処理においては、リン酸、リン酸マンガン系あるいはリン酸亜鉛系の水溶液が用いられる。しかしながら希土類−鉄系合金粉末の場合には、合金成分の化成処理液への溶解が激しく起こり、均一な表面処理被膜が得られない。本発明では、希土類−鉄系合金粉末に、リン酸と特定のカルボン酸、水溶性高分子やポリフェノ−ルを含有させた水又は有機溶媒を含む溶液を用いることが望ましい。
【0024】
本発明で使用する有機溶媒としては、水溶性の有機溶媒が好ましく、通常はエタノ−ルまたはイソプロピルアルコ−ル等のアルコ−ル類、ケトン類、低級炭化水素類、芳香族類、またはこれらの混合物を用いることができる。
【0025】
また、リン酸としては、金属化合物と反応して金属リン酸塩を生成するオルトリン酸をはじめ、亜リン酸、次亜リン酸、ピロリン酸、直鎖状のポリリン酸、環状のメタリン酸などが使用できる。また、リン酸アンモニウム、リン酸アンモニウムマグネシウムなどのリン酸塩を使用することもできる。これらのうち、オルトリン酸が好ましい性能を発揮するが、その理由は、これが希土類−鉄系合金と反応しやすく、表面に保護膜を形成しやすいためである。
リン酸の添加量は、表面処理される希土類−鉄系合金粉末の粒径、比表面積等を考慮して設定するが、通常は合金粉末1kgに対して0.001mol以上0.2mol以下であり、より好ましくは0.0015〜0.15molであり、さらに好ましくは0.002〜0.04molである。即ち、0.001mol未満であると合金粉末の表面処理が十分に行なわれないために耐候性が改善されず、0.2molを超えると合金粉末との反応が激しく起こって、表面処理被膜の均一性が低下する。
【0026】
表面処理によって、希土類−鉄系合金粉末の構成元素それぞれのリン酸塩を生じ得るが、希土類元素は鉄を含む遷移金属元素に比べて著しく卑であり、リン酸添加量や浸漬攪拌温度などの条件によっては、希土類元素が優先的に溶出してリン酸塩を形成する場合がある。この場合、耐蝕性の観点からは、皮膜中の遷移金属リン酸塩の含有量が多い方が望ましい。これは、遷移金属リン酸塩は、希土類元素のリン酸塩に比べて耐候性に優れているからである。
このため、リン酸塩中の(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比は、リン酸添加量、浸漬温度、加熱処理温度等により、8以上になるよう調整することが好ましい。リン酸塩中の(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比が8未満ではリン酸塩被膜の安定性が低下し、耐食性が低下する。リン酸塩中の(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比は、10以上に調整することがより好ましい。
【0027】
また、本発明で使用するカルボン酸としては多価カルボン酸が好ましく、水溶性高分子としては、例えばポリアクリル酸、ポリマレイン酸、ポリメタクリル酸、これらの塩や誘導体など、ポリフェノ−ル類としてはクロロゲン酸、タンニン酸やこれらの誘導体などのポリフェノ−ルを使用することができる。
【0028】
多価カルボン酸などの添加量は、前記リン酸と同様に合金粉末の粒径などを考慮して設定するが、通常は合金粉末重量の0.01%以上1%以下であり、より好ましくは0.03%〜0.1%である。このようにリン酸と多価カルボン酸などが所定量添加された水又は有機溶媒に希土類−鉄系合金粉末を浸漬し、1分〜1時間程度攪拌する。処理温度が高いと反応が促進されるが、用いる溶媒の沸点以下で行うことが望ましい。
【0029】
所定時間攪拌後、処理液を濾過などで除去して、不活性ガス中または真空中80℃以上200℃以下の温度範囲で合金粉末に加熱処理を施すことが好ましい。80℃未満で加熱処理を施すと、合金粉末の乾燥が十分進まず安定な皮膜の形成が阻害され、また、200℃を超えて加熱処理を施すと、合金粉末が熱的なダメ−ジを受けるため磁気熱量効果が低下する。被膜の厚みは、平均膜厚が3〜100nmとなるように処理するが、厚みはリン酸添加量、浸漬攪拌処理の温度、加熱処理に持ち込む処理液残留量などでコントロ−ルすることができる。
【0030】
上記製造方法で得られる磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末は、粉末表面に平均膜厚3〜100nmのリン酸塩被膜が均一に被覆されている希土類−鉄系合金粉末である。リン酸塩被膜の厚みが平均で3nm未満であると、表面に被膜が形成されていない部分が存在し耐蝕性が十分得られない。一方、厚みが平均で100nmを超えると、熱交換媒体との熱伝導が劣化し、冷却効率が低下するので好ましくない。より好ましい平均膜厚は、5〜80nmである。
【0031】
合金粉末表面のリン酸塩被膜は、リン酸のみでは緻密さに欠け耐蝕性が必ずしも十分でない。本発明では、詳細な原理は定かではないが、表面処理液に添加される多価カルボン酸などが被膜の欠陥部に分布して耐蝕性を向上させるものと考えられる。
本発明に係る、リン酸と多価カルボン酸やポリフェノ−ル類を共存させた表面処理によって耐蝕性が向上した合金粉末では、X線光電子分光法測定により、表面のリン酸塩にカルボン酸やポリフェノ−ル由来と考えられるC−O結合、C=O結合、O−H結合、C−O−C結合が認められる。ここでリン酸塩中のC/Pの原子比は、1以上であり10を超えないように、多価カルボン酸などの投入量を調整する。C/Pが1未満または10を超えると、被膜の安定性が低下し十分な耐蝕性が得られない。好ましいC/Pの原子比は、1〜5であり、より好ましいC/Pの原子比は、1〜3である。
【0032】
本発明の磁気冷凍用希土類−鉄−水素系合金粉末は、これを主材料として含む成形原料に、バインダ−を混合・混練した後、この混練物を磁気冷凍システムの熱交換媒体の流路が十分に確保される形状を有する構造体に押出成形し、得られた該構造体を焼成することにより磁気冷凍システムに適用される。
【0033】
前記のとおり、本発明では、希土類−鉄系合金として、NaZn13型結晶構造を有するLa(Fe、Si)13系合金、La(Fe、Si)13系合金や、ThZn17型結晶構造を有するPrFe17系合金を使用しているために、室温近傍で優れた磁気熱量効果を示すことができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は、これら実施例によって何ら限定されるものではない。なお、使用した希土類−鉄系合金、表面処理を施して得られた磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末の耐食性の評価方法は次のとおりである。
【0035】
(希土類−鉄系合金1)
合金原料粉末として、アトマイズ法で製造された平均粒径70μmの鉄粉末(Fe純度99%)120.0gと、平均粒径が17μmの二酸化珪素粉末(SiO純度99%)16.0gと、平均粒径が3μmの酸化ランタン粉末(La純度99%)37.5gを秤量し、粒度4メッシュ(タイラ−メッシュ)以下の金属カルシウム粒(Ca純度99%)42.2gと、無水塩化カルシウム7.5gを加えて自転公転型ミキサ−で混合した。
これを鉄製反応容器に装入し管状炉に設置した。次に、炉内をロ−タリ−ポンプで真空引きしてArガス置換した後、Arガスを流しながら1150°Cまで昇温し、還元拡散反応のために72時間保持し、30°Cまで冷却した。次に、炉内をロ−タリ−ポンプでゲ−ジ圧−99kPaまで真空引きし、水素ガスをゲ−ジ圧で+20kPaまで導入した。そしてゲ−ジ圧+20kPaを維持するようにして昇温し、250°Cで10時間保持し、冷却した。
炉内の水素ガスをArガスで置換してから試料を取り出したところ多孔質塊状であった。この反応生成物を直ちに純水中に投入したところ、緩やかに崩壊してスラリ−が得られた。純水を注水後に1分間攪拌し、次いでデカンテ−ションを行う操作を10回繰り返すことによって、このスラリ−からCa(OH)懸濁物を除去し合金粉末スラリ−を得た。
得られた合金粉末スラリ−を攪拌しながら希酢酸を滴下し、pH4.0に10分間保持した。合金粉末を濾過後、エタノ−ルで数回洗浄し、40°Cで真空乾燥することによって、La−Fe−Si−H合金粉末(希土類−鉄系合金1)を得た。
この合金粉末組成は、La:17.8質量%、Si:4.2質量%、H:0.092質量%、O:0.05質量%、Ca:0.01質量%未満、残部Feであった。得られた合金粉末をレ−ザ−回折式粒度分布計(日本レ−ザ−製asd−dfg)で評価したところ、平均粒径は103μmであった。粉末X線回折法により解析した結果、α−Fe相とLaSi12相とがわずかに残留する以外、NaZn13型結晶構造を有するほぼ単相の粉末であり、その格子定数は1.163nmであった。
【0036】
(希土類−鉄系合金2)
合金原料として、電解鉄(純度99%)155.3gと、金属ランタン(純度98%)34.3gと、金属シリコン(純度99.9%)10.6gをArガス雰囲気中で高周波熔解し、厚みが5mmの水冷銅鋳型に鋳造した。得られたインゴットを真空中1120°Cで240時間保持することによって均一加熱処理を施し、冷却して回収した。
熱処理後のインゴットをジョ−クラッシャ−で粗粉砕した後、ピンミルで粉砕した。得られた粉砕物を、16メッシュ(目開き1.31mm)篩下であって32メッシュ(目開き0.52mm)篩上となるように分級し、La−Fe−Si系合金粉末(希土類−鉄系合金2)を得た。
この合金粉末組成は、La:17.0質量%、Si:5.2質量%、O:0.01質量%、残部Feであった。得られた合金粉末のレ−ザ−回折式粒度分布計による平均粒径は781μmであった。また粉末X線回折法により解析した結果、α−Fe相がわずかに残留する以外、NaZn13型結晶構造を有するほぼ単相の粉末であり、その格子定数は1.148nmであった。
【0037】
(希土類−鉄系合金3)
合金原料粉末として、アトマイズ法で製造された平均粒径73μmの鉄粉末(Fe純度99%)100.0gと、平均粒径が3μmの酸化プラセオジム粉末(Pr11純度99%)43.1gを秤量し、粒度4メッシュ(タイラ−メッシュ)以下の金属カルシウム粒(Ca純度99%)24.2gを加えて自転公転型ミキサ−で混合した。
これを鉄製反応容器に装入し管状炉に設置した。次に、炉内をロ−タリ−ポンプで真空引きしてArガス置換した後、Arガスを流しながら1050°Cまで昇温し、還元拡散反応のために100時間保持し、30°Cまで冷却した。回収された反応生成物は多孔質塊状であった。この反応生成物を直ちに純水中に投入したところ、緩やかに崩壊してスラリ−が得られた。純水を注水後に1分間攪拌し、次いでデカンテ−ションを行う操作を10回繰り返すことによって、このスラリ−からCa(OH)懸濁物を除去し合金粉末スラリ−を得た。さらに得られた合金粉末スラリ−を攪拌しながら希酢酸を滴下し、pH4.0に5分間保持した。合金粉末を濾過後、エタノ−ルで数回洗浄し、40°Cで真空乾燥することによって、PrFe17合金粉末(希土類−鉄系合金3)を得た。
この合金粉末組成は、Pr:23.5質量%、O:0.11質量%、Ca:0.01質量%未満、残部Feであった。得られた合金粉末のレ−ザ−回折式粒度分布計による平均粒径は97μmだった。また粉末X線回折法により解析した結果、ThZn17型結晶構造を有するほぼ単相の粉末であり、その格子定数はa=0.859nm,c=1.248nmであった。
【0038】
(表面処理液)
・リン酸: 85%(50%、30%)オルトリン酸水溶液[関東化学(株)製]
・エチルアルコ−ル:[関東化学(株)製]
・ポリアクリル酸:日本触媒(株)製、商品名:アクアリックHL
・ポリマレイン酸:日油(株)製、商品名:ノンポ−ルPMA−50W
・ポリメタクリル酸:和光純薬工業(株)製
・ポリフェノ−ル:クロロゲン酸、タンニン酸(和光純薬工業(株)製)
【0039】
(耐食性試験)
熱交換媒体を模擬したエチレングリコ−ルをイオン交換水で50%に希釈した溶液20gと、得られた合金粉末5gを密閉容器に入れ、この容器を50°Cの恒温槽に投入し、1週間に1度の割合で容器を振りながら1000時間放置した。1000時間後の溶液の着色状態を目視で確認した。
評価 ◎:透明で着色なし、○:かすかに茶色に変色あり、△:茶色に変色あり、×:茶褐色の濁りあり、××:茶褐色の濁りがあり、合金粉末のスケ−ルが浮遊している。
【0040】
(実施例1〜3)
表1に示す質量比率になるようにエタノ−ル、リン酸、ポリアクリル酸を室温で混合し、混合溶液50gをガラス製容器に採り、希土類−鉄系合金粉末10gを投入し、10分間攪拌した。その後、ガラス容器ごと真空乾燥機に入れて、ゲ−ジ圧で−90kPaまで減圧しながら140°Cに昇温後、1時間保持して冷却した。
回収された合金粉末を乳鉢で軽く解砕して、本発明の磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末を得た。この粉末を透過型電子顕微鏡(日立製作所製 HF−2200)で観察した。表面に被膜が形成されており、粉末表面のX線光電子分光(VG Scientific社製 ESCALAB220i−XL)からC、O、P、Fe、LaまたはPrが検出されたことにより、合金粉末表面の被膜がリン酸塩であることを確認した。透過型電子顕微鏡により任意の10カ所の被膜厚みを測定し、その平均値と、X線光電子分光の表面組成分析値から算出した(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比とC/Pの原子比を表1に示す。結果を表1に示す。
【0041】
(実施例4〜6)
ポリアクリル酸の代わりに、ポリマレイン酸を用いた以外は、実施例1〜3と同様にして希土類−鉄系合金粉末を表面処理した。合金粉末表面の被膜の厚み、(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比、C/Pの原子比を測定し、また、得られた合金粉末の耐食性を評価して、結果を表1に示した。
【0042】
(実施例7〜9)
ポリアクリル酸の代わりに、タンニン酸又はクロロゲン酸を用いた以外は、実施例1〜3と同様にして希土類−鉄系合金粉末を表面処理した。合金粉末表面の被膜の厚み、(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比、C/Pの原子比を測定し、また、得られた合金粉末の耐食性を評価して、結果を表1に示した。
【0043】
(実施例10〜12)
リン酸の濃度を変え、ポリアクリル酸の代わりに、ポリメタクリル酸を用いた以外は、実施例1〜3と同様にして希土類−鉄系合金粉末を表面処理した。合金粉末表面の被膜の厚み、(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比、C/Pの原子比を測定し、また、得られた合金粉末の耐食性を評価して、結果を表1に示した。
【0044】
(実施例13〜15)
リン酸の濃度を変えた以外は、実施例1、5、9と同様にして希土類−鉄系合金粉末を表面処理した。合金粉末表面の被膜の厚み、(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比、C/Pの原子比を測定し、また、得られた合金粉末の耐食性を評価して、結果を表1に示した。
【0045】
(比較例1〜6)
多価カルボン酸を使用せずリン酸のみで表面処理した以外は、実施例と同様に希土類−鉄系合金粉末を作製し、粉末表面の被膜の厚みと(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比とC/Pの原子比を測定した。また耐食性を評価した。表面処理条件と結果を表1に示す。
【0046】
(比較例7〜9)
希土類−鉄系合金粉末に表面処理を全く施さず、耐食性を評価した。結果を表1に示す。
【0047】
(比較例10〜15)
リン酸を使用せず、水溶性高分子またはポリフェノ−ルのみで希土類−鉄系合金粉末を処理した(比較例10〜14)。また、比較例14に対して、C/P原子比が12になるようにリン酸を少量使用し、希土類−鉄系合金粉末に表面処理を行った(比較例15)。耐食性を評価した結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1の結果から、本発明の磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末は、長時間の熱交換媒体への浸漬に対して優れた耐食性を示すことが分かる。すなわち、本発明における希土類−鉄系合金粉末(実施例1〜15)は、被膜厚みが3μm以上100μm以下であって、かつ(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比が8以上で、かつC/Pの原子比が1以上であるために良好な耐食性を示すことがわかる。
これに対して、表面処理を全く施さない粉末(比較例7〜9)では激しく腐食し、リン酸のみ、あるいは多価カルボン酸などで処理しリン酸を用いなかった合金粉末(比較例1〜6、10〜14)は、未処理粉末よりは良好だが、熱交換媒体中で腐食が進んでおり、耐食性が不十分であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、室温近傍で優れた磁気熱量効果を示すNaZn13型結晶構造を有するLa(Fe、Si)13系合金、La(Fe、Si)13系合金や、ThZn17型結晶構造を有するPrFe17系合金が、特定の膜厚のリン酸塩被膜で均一に保護されているので、極めて耐食性に優れており、フロンガスあるいは代替フロンガスなどを用いない冷凍装置に、磁性体として組込んで使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
NaZn13型結晶構造またはThZn17型結晶構造を持ち、かつ、少なくともLaまたはPrを含む希土類元素と、少なくともFeを含む遷移金属からなる組成を有する平均粒径が20〜2000μmである磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末において、
合金粉末表面が、平均膜厚3〜100nmのリン酸塩被膜で均一に被覆されていることを特徴とする磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末。
【請求項2】
前記リン酸塩被膜は、被膜の(遷移金属元素)/(希土類元素)の原子比が8以上であり、かつC/Pの原子比が1〜10であることを特徴とする請求項1に記載の磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末。
【請求項3】
前記リン酸塩被膜は、リン酸と水溶性高分子又はポリフェノ−ルとの混合物によって形成されることを特徴とする請求項1に記載の磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末。
【請求項4】
熱交換媒体を模擬したエチレングリコ−ルの水溶液中に、50°Cで1000時間放置しても、錆に起因する着色が認められないことを特徴とする請求項1に記載の磁気冷凍用希土類−鉄系合金粉末。

【公開番号】特開2011−162811(P2011−162811A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−24117(P2010−24117)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】