説明

磁気応答性薬剤

【課題】磁気応答性薬剤を、体表面により強い薬理作用が働くことを抑制し、相対的に治療部位における薬剤濃度を上昇させることが可能なものとする。
【解決手段】磁気応答性薬剤を、相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤と、相対的に磁力の弱い第二の磁気応答性薬剤とからなり、第二の磁気応答性薬剤が第一の磁気応答性薬剤の薬効を阻害するものであるものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気誘導ドラッグデリバリーシステムに好適に用いられる磁気応答性薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
病気の治療において、必要なときに必要なだけの量の薬を必要な病巣に選択的に送り届けることは極めて重要なことであり、これが実現されれば薬の効果を最も有効にするとともに、副作用を低減することができ、長期間薬効を持続させることなどにより患者(被験者)の負担を軽減し、利便性を向上させることができる。このような内科治療法の一つとして、ドラッグデリバリー技術が注目されている。ドラッグデリバリー技術は、生体内部の患部のみに薬剤を直接的に配置させることにより、副作用のない効率的な内科治療を可能とするものである。薬剤を患部のみに直接的に配置させる手法としては、化学的手法と物理的手法とがある。化学的手法としては、薬剤の表面改質が一般的である。表面改質した薬剤は、患部以外では溶解することがほとんどなく、したがって、薬剤を患部のみに直接的に配置させることが可能となる。
【0003】
物理的手法としては磁気応答性を有する薬剤(以下、磁気応答性薬剤ともいう)を被検者の血管内に注射器等で投薬し、被検者の患部に磁石を宛がい、被検者の体内を循環する血流によって、磁界内を通過する磁気応答性薬剤を磁気力で捕捉し、患部付近の磁気応答性薬剤の濃度を高める磁気誘導ドラッグデリバリーシステム(Magnetic-Drug Delivery System 以下、磁気誘導DDSともいう)が挙げられる。磁気誘導DDSでは、磁気応答性薬剤を誘導するための高磁場あるいは高磁場勾配を発生する磁場発生器が必要である。このような高磁場あるいは高磁気勾配を発生する磁場発生器として特許文献1には超電導磁場を発生する超電導バルク体を備えた磁場発生器が記載されており、大きな磁界を着磁でき、磁場が身体の内部まで到達することを可能としている。
【0004】
磁気応答性薬剤としては、リポソーム(人工的に作ることができる脂質二重膜)の中に抗がん剤などの薬剤を入れ、脂質膜に鉄(Fe23)粒子を埋め込んだもの、リポソームの中に薬剤を鉄と共に入れたもの等がある。また、温度に応答して目的部位へ選択的に集積性を高めることができるとともに、薬剤の放出を制御可能な磁気応答性薬剤として、特許文献2には部位指向性高周波誘導加熱を利用して、磁気誘導DDSにおける薬剤放出効率および温熱治療時の発熱効率を向上させることを目的とした磁性粒子含有薬剤キャリアが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−192848号公報
【特許文献2】特開2009−51752号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
磁場は基本的に磁場発生源から距離に応じて単調に弱くなるため、被検者の患部に体表面から磁石を宛がった場合、通常、磁場の強度は体表面近傍で最も高くなり、磁気応答性薬剤が体表面に集中して集積することになる。すると、体の内部に病変が存在する場合、磁場を強くして当該深部病変に磁気応答性薬剤を集積させることは可能であっても、必然的に体表面により強い磁場がかかり、目的とする病変部よりも体表面により薬理効果が強く出ることになり、深部の病変治療も行われるものの、体表面の本来薬理効果が必要でない部分により強い薬理効果が表れ、薬剤によっては体表面の組織が損傷を受けることとなる。このため、治療部位での薬剤濃度を上昇させて、目的とする薬理作用を増強する一方、他の部位への副作用の軽減を図るという本来DDSが有するはずの効果が得られにくくなっているという問題がある。
【0007】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、磁気誘導DDSにおいて体表面にかかる強い磁場によって、体表面により強い薬理作用が働くことを抑制し、相対的に治療部位における薬剤濃度を上昇させることが可能な磁気応答性薬剤を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の磁気応答性薬剤は、相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤と、相対的に磁力の弱い第二の磁気応答性薬剤とからなり、前記第二の磁気応答性薬剤が前記第一の磁気応答性薬剤の薬効を阻害するものであることを特徴とするものである。
ここで、薬効を阻害するものであるとは、前記第一の磁気応答性薬剤の薬効を何らかの形でキャンセルするように働く機能を有していることを意味する。
【0009】
前記磁気応答性薬剤はリポソームに磁気微粒子を内包したものであることが好ましい。
前記第一の磁気応答性薬剤と前記第二の磁気応答性薬剤の前記リポソームに内包されている磁気微粒子濃度が同じ場合には、前記第一の磁気応答性薬剤のリポソーム径が、前記第二の磁気応答性薬剤のリポソーム径よりも大きいことが好ましい。
さらには、前記第一の磁気応答性薬剤のリポソーム径が、前記第二の磁気応答性薬剤のリポソーム径の2倍以上であることがより好ましい。
【0010】
前記第一の磁気応答性薬剤と前記第二の磁気応答性薬剤の前記リポソームの径が同じ場合には、前記第一の磁気応答性薬剤の磁気微粒子濃度が、前記第二の磁気応答性薬剤の磁気微粒子濃度よりも高い濃度であることが好ましい。
さらには、前記第一の磁気応答性薬剤の磁気微粒子濃度と前記第二の磁気応答性薬剤の磁気微粒子濃度との濃度差が3.4倍以上であることがより好ましい。
【0011】
前記第一の磁気応答性薬剤が前記リポソームに抗ガン剤を内包したものであり、前記第二の磁気応答性薬剤が前記抗ガン剤の阻害物質であることが好ましい。
前記阻害物質が、還元剤、抗炎症剤、拮抗剤の中から選ばれる少なくともいずれか1つであることがより好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の磁気応答性薬剤は、相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤と、相対的に磁力の弱い第二の磁気応答性薬剤とからなるので、これが投与された被検者の患部に体表面から磁石を宛がった場合、同じ磁場の中では、相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤は体表面からより深い部分にまで分布し、相対的に磁力の弱い第二の磁気応答性薬剤は体表面から浅い部分にのみ分布する。つまり、体表面に近い部分においては相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤と相対的に磁力の弱い第二の磁気応答性薬剤とが存在し、体表面から離れるに従って、相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤分布が高くなることになる。
【0013】
そして、第二の磁気応答性薬剤は第一の磁気応答性薬剤の薬効を阻害するものであるため、体表面に近い部分においては、第二の磁気応答性薬剤によって第一の磁気応答性薬剤の薬効がキャンセルされる。これによって、体表面にかかる強い磁場によって集積された第一の磁気応答性薬剤の薬効は体表面においてはキャンセルされるので、本来薬理効果が必要でない体表面部分により強い薬理効果が表れることを抑制することができる。一方で、体表面から離れるに従って、相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤分布が高くなるので、深部に存在する患部においては第一の磁気応答性薬剤の薬理効果が発揮される。これによって、治療部位での薬理作用を増強する一方、他の部位への副作用の軽減を図るという本来DDSが有する効果を享受することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】体表面における抗ガン剤および阻害剤のモル濃度を1とした相対濃度と体表面からの距離を示すグラフである。
【図2】1.5倍蓄積する深さと磁気微粒子分散径との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の磁気応答性薬剤は、相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤と、相対的に磁力の弱い第二の磁気応答性薬剤とからなり、第二の磁気応答性薬剤が第一の磁気応答性薬剤の薬効を阻害するものであることを特徴とする。ここで、第二の磁気応答性薬剤が有する薬効を阻害する機能とは、第一の磁気応答性薬剤の薬効を何らかの形でキャンセルするように働く機能を意味する。具体的には、第一の磁気応答性薬剤に用いられる薬剤が例えば抗ガン剤である場合、第二の磁気応答性薬剤はこの抗がん剤の薬効をキャンセルするように働く薬剤(阻害物質、以下阻害剤ともいう)であり、例えば、還元剤、抗炎症剤、拮抗剤などが挙げられる。
【0016】
例えば、アクチノマイシン−D、ダカルバジン、シスプラチンのような抗ガン剤の場合には、組織をアルカリ化するチオ硫酸ナトリウム(還元剤)、ビンカアルカロイド系の抗ガン剤の場合には、抗炎症作用を有する副腎皮質ステロイド(抗炎症剤)や組織を水酸化するヒアルロニダーゼ(還元剤)、アンスラサイクリン系、マイトマイシンのような抗ガン剤の場合にはジメチルスルホキシド(CH32SO(還元剤)を好適に挙げることができる。また、上記シスプラチンの場合には拮抗剤であるグルタチオンも好適に挙げることができる。拮抗剤とは抗ガン剤の結合を競合的または非競合的に阻害できる物質である。
【0017】
上記の抗ガン剤と還元剤、抗炎症剤は患部表面において1:1となるように調整されることが好ましく、一方で、拮抗剤は上記の作用からこれにとらわれることなく、抗ガン剤に対して過剰であってよい。抗ガン剤と、還元剤、抗炎症剤、拮抗剤の濃度は、後述するように磁気応答性薬剤がリポソームに磁気微粒子を内包したものである場合、リポソームの内水相内の薬剤濃度あるいは磁気応答性薬剤中のリポソームの濃度で調整することができる。
【0018】
以下、グラフを参照しながら本発明をより詳細に説明する。なお、以下では説明を簡単にするために、相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤を抗ガン剤、相対的に磁力の弱い第二の磁気応答性薬剤を阻害剤として説明する。図1に示すグラフは、体表面における抗ガン剤および阻害剤のモル濃度を1とした相対濃度と体表面からの距離を示すグラフである。磁場は基本的に磁場発生源から距離に応じて単調に弱くなるため、被検者の患部に体表面から磁石を宛がった場合、磁場の強度は体表面近傍で最も高くなるから、グラフに示すように抗ガン剤も阻害剤も体表面において集中して集積する。
【0019】
本発明の磁気応答性薬剤においては、抗ガン剤は相対的に磁力の強い磁気応答性薬剤であり、阻害剤は相対的に磁力の弱い磁気応答性薬剤であるから、抗ガン剤は体表面からより深い部分にまで分布し、阻害剤は体表面から浅い部分にのみ分布することになる。阻害剤は抗ガン剤の薬効を阻害するものであるため、体表面に近い部分においては、阻害剤によって抗ガン剤の薬効がキャンセルされ、実際に抗ガン剤が示す薬効(濃度)は差分で示すようになる。
【0020】
すなわち、体表面にかかる強い磁場によって集積された抗ガン剤の薬効は体表面においては阻害剤によってキャンセルされるので、本来薬理効果が必要でない体表面部分に抗ガン剤のより強い薬理効果が表れることを抑制することができる。一方で、体表面から離れるに従って、相対的に抗ガン剤の分布が高くなるので、深部に存在する患部においては抗ガン剤の薬理効果が発揮され、治療部位での薬理作用を増強することが可能となる。グラフでは差分最大値は体表面から30mmのところにあるので、患部がこの部分にあれば、体表面の組織の損傷を抑制して患部を集中して治療することができる。
【0021】
本発明の磁気応答性薬剤は特に限定されることなく従来磁気誘導DDSに用いられている磁気応答性薬剤を用いることができる。とりわけ、作製が容易であることからリポソーム中に薬剤と、磁気応答性を有する粒子とを共に内包したものであることが好ましい。以下、リポソームについて説明する。
【0022】
リポソームとしては、膜構成成分にホスファチジルコリンを含むリポソームが好ましい。ホスファチジルコリンとしては、特に限定されないが、好ましい例として、eggPC、ジミリストリルPC(DMPC)、ジパルミトイルPC(DPPC)、ジステアロイルPC(DSPC)、ジオレイルPC(DOPC)等が挙げられる。その他、リポソームの膜構成成分には、ホスファチジルセリン、リン酸ジアルキルエステル、コレステロール、コレステロールエステル、スフィンゴミエリン、モノシアルガングリオシドGM1誘導体、グルクロン酸誘導体、ポリエチレングリコール誘導体等が含まれていてもよい。
【0023】
リポソーム中に内包される磁気応答性を有する粒子は、結晶の安定性及び磁力応答性の観点から、粒径が20nm以上50nm以下である磁性粒子、とりわけ超常磁性粒子であることが好ましい。ここで粒径とは磁性粒子が水に分散した状態における粒径であること意味する。超常磁性粒子はリポソーム内部の親水部に内包されていることが好ましい。磁気応答性を有する粒子の粒径の調製は、限外濾過と遠心分離により行うことができる。
【0024】
超常磁性粒子とは外磁場を与えたときに外磁場と同方向に強く磁化されるが、外磁場を取り除くと磁化が消失する粒子を意味し、酸化鉄及びフェライト(Fe,M)34(MはZn2+、Co2+、Mn2+、Cu2+、Ni2+及びMg2+)などの金属酸化物が挙げられ、特に酸化鉄が好ましい。ここで、酸化鉄とは、マグネタイト、マグヘマタイト、及びマグネタイトとマグヘマタイトとの混合物を含む意味である。超常磁性粒子は、表面と内部が異なるコアシェル型構造であってもよい。
【0025】
超常磁性粒子の製造方法は特に限定されないが、例えば、鉄(II)化合物、または鉄(II)化合物とを含有する水溶液を、磁性酸化物の形成のために必要な酸化状態下に置き、溶液のpHを7以上の範囲に維持して、酸化鉄またはフェライト超常磁性粒子を製造することができる。また、金属(II)化合物含有の水溶液と鉄(III)含有の水溶液をアルカリ性条件下で混合することによっても、超常磁性粒子を得ることができる。
【0026】
マグネタイトを形成するためには、溶液中に鉄が2種類の異なる酸化状態で存在する、すなわち溶液中にFe2+及びFe3+が存在することが好ましい。溶液中に2つの酸化状態を存在させる方法としては、例えば、鉄(II)塩及び鉄(III)塩の混合物を、好ましくは所望の磁性酸化物の組成に対して鉄(II)塩を鉄(III)塩より少し多いモル量で添加する方法、または鉄(II)塩もしくは鉄(III)塩を添加して、必要に応じてFe2+またはFe3+の一部を他方の酸化状態に、好ましくは酸化によりあるいは場合によって還元によって変換する方法が挙げられる。得られた磁性金属酸化物は、30℃以上100℃以下の温度、好ましくは50℃以上90℃以下の温度で熟成させることが好ましい。
【0027】
例えば、以下のようにしてマグヘマタイト粒子懸濁液を作製することができる。超常磁性Fe34(マグネタイト)ナノ結晶をFeCl2とFeCl3の塩のアルカリ性共沈により作製する。1Lの2N硝酸であって1.3molの硝化鉄を含むものに、マグネタイト1.3molを加え、沸騰させて酸化させることにより単分散γ-Fe23(マグヘマタイト)ナノ結晶を作製する。デカンテーションおよび篩漉の後に、マグヘマイト粒子を80℃にて30分、クエン酸70gを加えた水中にて加熱し、その後25℃のアセトン中で沈殿させ、フィルタリングし、導電率制御下の透析により23mMクエン酸ナトリウム溶液中に分散させる。
【0028】
水性溶媒(108mMのNaCl、20mMのクエン酸ナトリウム、10mMのHEPES、pH7.4のバッファー)とマグヘマイト濃度双方の最終調整は限外濾過により行うことができる。例えば、12mL分量ごとのコロイド粒子懸濁液を、50kD(ダルトン)以下の粒子を取り除くMACROSEPフィルタにて、12000gの加速度で30分遠心分離すると、大きすぎる粒子は沈殿物として、小さすぎる粒子はフィルタでそれぞれ取り除かれ、所望とする50kD以上の粒子を濃縮して高濃度で得ることができる。この遠心分離を2度繰り返すことにより、0.1−5.4Mの範囲の所望のFe(III)濃度を得ることができる。なお、最終的な鉄含有量は炎光分析法によりチェック可能である。得られたマグヘマイト粒子懸濁液は室温にて少なくとも1年間使用可能で安定である。
【0029】
リポソームの作製方法としては、異なる直径の細孔を有するフィルタを通す押出し法、リン脂質を有機溶媒に溶解後、ナス型フラスコに入れ、溶媒を留去し、緩衝剤水溶液を入れ再分散させる薄膜水和法、超音波処理法、エタノール注入法、フレンチプレス法、エーテル注入法、コール酸法、カルシウム融合法、凍結融解法、逆相蒸発法等を好ましく挙げることができる。
【0030】
例えば、リポソームを逐次押出しと組み合わせた薄膜水和法によって作製する場合には以下の手順により行えばよい。卵黄L-α-フォスファチジルコリン(以下EPC、分子量M=760.08)および1,2ジアシル−SN−グリセロ−3−フォスフォエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリ(エチレングリコール))−2000](以下DSPE−PEG2000、分子量M=2805.54)のクロロホルム溶液の一定分量をバイアルに移し、これらを窒素気流下でクロロホルムを除き、続いて12時間真空下にて蒸発を行うことで、EPC(100mol%)およびEPC:DSPE−PEG2000(95:5mol%)のフィルムが得られる。
【0031】
得られたフィルムを乾燥させ、乾燥させたフィルムを含有させたいマグヘマタイト粒子懸濁液と、マグヘマタイト粒子が沈降しない程度の濃度に調製されたドキソルビシン塩酸塩などの水溶性薬剤を含み、総脂質濃度が20mM程度に調整されたバッファー液とを、等体積ずつ加えることにより水和する。この分散液を渦攪拌により均質化し、25℃窒素気圧下(10bar未満)にて、例えば、ポリカーボネート製フィルタ(製品名PORETIX、Osmotics社、リバーモア、米国)の、0.8μm,0.4μm,0.2μmと徐々に小さくなる孔径を通して押出す。リポソームの粒径は最後に通した孔径によって調整することができる。
【0032】
リポソームの粒径は、好ましくは平均50〜500nm程度、さらには100〜250nmの範囲が好ましい。技術的に500nmよりも大きなもの、50nmよりも小さいものを安定に作ることは困難である。リポソームにおけるFe濃度(原子濃度)は0.1〜5.4Mの範囲であることが好ましく、さらには1〜3Mの範囲が好ましい。Fe濃度が0.1Mよりも小さい場合には磁気誘導DDSに用いても十分な磁気誘導を行うことができない。一方で、Fe濃度が5.4Mよりも大きい場合には作製時に酸化鉄粒子の分散状態を保つことができず、沈降によるフィルタの目詰まりが生じるなど均一なリポソームへの内包が困難となり磁気応答性能のばらつきが大きくなるため好ましくない。
【0033】
相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤と、相対的に磁力の弱い第二の磁気応答性薬剤の2種類の磁気応答性薬剤は、同じFe濃度の場合にはリポソームの粒子径を変更することにより、同じリポソーム径の場合にはFe濃度を変更することにより、それぞれを調整することができる。
【0034】
図2に示すグラフを用いて説明する。図2に示すグラフは、5テスラの磁場強度を表面に与えた場合に磁気粒子が磁場の影響により1.5倍蓄積する深さと磁気微粒子分散径との関係を示すグラフである。1.5倍蓄積深さは、磁場をかけないで普通に体に流した時の蓄積量を1倍とした相対値であり、深さは体表からの深さを示している。例えば磁気微粒子分散径が150nmの場合、1.5倍の蓄積量となるのは、体表から90mmよりも浅い部分であることがわかる。体表面から50mmのところに患部があると仮定すると、体表面から50mmの位置で、第一の磁気応答性薬剤と第二の磁気応答性薬剤の差分最大値がくるように調整すればよいことになる。
【0035】
すなわち、グラフより、第一の磁気応答性薬剤の径を約130〜500nmの範囲とすると、第二の磁気応答性薬剤の径を約80〜90nmの径とすれば、体表面から50mmの深さに第一の磁気応答性薬剤と第二の磁気応答性薬剤の差分最大値を持ってくることができる。また、体表面から30mmのところに第一の磁気応答性薬剤と第二の磁気応答性薬剤の差分最大値を持たせたい場合には、第二の磁気応答性薬剤の径は約50〜70nmの範囲とし、第一の磁気応答性薬剤は90〜500nmの径とすればよい。従って、第一の磁気応答性薬剤と第二の磁気応答性薬剤の径の差は、好ましくは概ね2倍の差があればよいと考えられる。
【0036】
なお、このグラフは1.5倍蓄積深さで示しているが、3倍蓄積深さ、4倍蓄積深さは1.5倍蓄積深さを浅い側に平行移動した位置となり、磁場強度が変動しても第二の磁気応答性薬剤の粒子径と第一の磁気応答性薬剤の粒子径との関係に変わりはない。
【0037】
上記は、リポソーム径を変えることによって、第一の磁気応答性薬剤と第二の磁気応答性薬剤の磁気応答性を変える場合であるが、リポソーム径が同じ場合には、磁気微粒子の濃度によって磁気応答性を変えることができる。例えば上記で説明した、体表面から30mmのところに第一の磁気応答性薬剤と第二の磁気応答性薬剤の差分最大値を持たせたい場合には、リポソーム径では第二の磁気応答性薬剤は50〜70nm、第一の磁気応答性薬剤は90〜500nmであるから、これを体積換算するために第二の磁気応答性薬剤のリポソーム径60nm、第一の磁気応答性薬剤のリポソーム径を90nmとすると、
第二の磁気応答性薬剤のV=603nm=216knm3
第一の磁気応答性薬剤のV=903nm=729knm3
となる。
【0038】
従って、概ね3.4倍以上の濃度差があればよいことになる。Fe濃度の最高は上記で説明したように、5.4M/Lなので、第一の磁気応答性薬剤の濃度を5.4M/L、第二の磁気応答性薬剤の濃度を1.6M/Lとすれば、磁気応答性に十分な差をつけることができる。また、第一の磁気応答性薬剤の濃度を3.4M/L、第二の磁気応答性薬剤の濃度を1.0M/Lとすれば、磁気応答性に十分な差をつけることができる。さらには、第一の磁気応答性薬剤の濃度を1.7M/L、第二の磁気応答性薬剤の濃度を0.5M/Lとすれば、磁気応答性に十分な差をつけることができる。
【0039】
以下、より具体的に本発明の磁気応答性薬剤の調整について説明する。磁気応答性薬剤の濃度は、体表から指数関数的に減少していく。実際には、磁力源から十分離れた箇所で少量ながら一定濃度になるが、磁気応答性薬剤の濃度は磁力源直近体表で、磁力源から十分離れた箇所の28倍となるとの例もあるため、ここではその点は無視することとする。
【0040】
yを体表からの距離xにおける単位長さ当りの薬剤濃度(mol/l)、Dを薬剤の相対濃度、aを抗ガン剤Aが体表から離れる際の濃度の減り方を規定する定数、bを阻害剤Bが体表から離れる際の濃度の減り方を規定する定数とすると、体表からの距離xにおける抗がん剤Aの濃度、阻害剤Bの濃度は、下記式(1)および(2)で表すことができる。
= D × exp(−ax) (a>0)・・・(1)
= D × exp(−bx) (b>a)・・・(2)
上記式は、距離x=0のとき、抗がん剤Aの濃度、阻害剤Bの濃度が等しくなってキャンセルするとの要請を含ませたものである。
【0041】
本発明は、体表から一定距離において、抗ガン剤A−阻害剤Bの差分が最大となるので、患部がそこになるように計算してやればよいことになる。y−yが最大となるxをxΔmaxとし、微分によりこれを求めると、
Δmax = (lnb − lna)/(b−a)
となる。
【0042】
aおよびbは体表から離れる際の濃度の減り方を規定する距離の逆数の次元を有する定数であるから、リポソームの持つ磁場応答性に反比例する定数である。ここで、磁場応答性はリポソーム径に比例するから(図2で示したように磁気微粒子径は磁気的応答を示す距離とほぼ比例関係にあり、リポソーム内径と磁気微粒子径のオーダーは同じため、結局、磁気微粒子径とリポソーム内径とが比例するとして差し支えない。)、
抗ガン剤Aのリポソーム径をr、阻害剤Bのリポソーム径をrとし、
= p × r
とする。
ところで、1/a ∝ r、 1/b ∝ rであるから、q=1/pと置き直すと、
b = q × a
となり、xΔmaxは以下のようになる。
Δmax = (lnb − lna)/(b−a)
Δmax = lnq / {(q−1)a}
【0043】
ここから、具体的な事例として、抗ガン剤Aの径が120nmであるときに、阻害剤の径をどのようにして決めるかについて検討する。抗ガン剤Aを、体表から30mm離れた地点で濃度が半分になるように導入することができるとする。
この際のaは式(1)より、
0.5 = exp(−a・30)
a = ln(0.5)/(−30)= 0.0231
【0044】
患部が体表から30mm離れた地点にあるとき、そこに差分最大値を置きたいという場合に、b、換言すると、阻害剤Bのリポソーム径を抗ガン剤Aのリポソーム径の何分の1にすればよいかは、以下のように求めることができる。
30 = lnq / {(q−1)×0.0231}
q = 2.0
抗ガン剤Aのリポソーム径は120nmとしたから、阻害剤Bのリポソーム径は2.0分の1の60nmとなる。
【0045】
同様に、患部が体表から20mm離れた地点にあるときは
20 = lnq / {(q−1)×0.0231}
q = 4.0
であるから、阻害剤Bのリポソーム径は4.0分の1の30nmとなる。
同様に、患部が体表から15mm離れた地点にあるときは
15 = lnq / {(q−1)×0.0231}
q = 6.3
であるから、阻害剤Bのリポソーム径は6.3分の1の20nm弱となる。
【0046】
ところで、qを2から1に近づけると、30mmよりも深い箇所に差分最大値を置くことができるが、qを1に限りなく近づけても、lnq/(q−1)は1よりも大きくなることがない。すなわち、体表から30mm離れた地点で濃度が半分になるという抗ガン剤A導入条件下では、阻害剤Bのリポソーム径を如何にしても、xΔmax=1/0.0231=43.28mmよりも深い箇所に差分最大値を置くことはできない。無論、抗ガン剤A導入条件中の「濃度が半分となる深さ」をより深くなるようにすれば(すなわち抗ガン剤Aのリポソーム径(上記では120nmと仮定)をより大きくすれば)差分最大値をより深くに配置することは可能である。
【0047】
上記の手順により、リポソーム内が同じFe濃度の場合にはリポソームの粒子径を変更することにより、相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤と、相対的に磁力の弱い第二の磁気応答性薬剤の2種類の薬剤を調整して所定の深さで薬効を最大化することができる。また、リポソーム径を等しくしてリポソーム内のFe濃度を変える場合にも、同様に式を展開すればよい。
【0048】
抗ガン剤Aと、阻害剤Bのそれぞれの投薬量に関して説明する。式(1)、式(2)を距離xの0から∞に対して積分し、その積分量をそれぞれ薬剤の体内への投薬量Y、Yとすることができ、
=D/a
=D/b
となる。ここで、抗ガン作用を生じるのに必要な濃度cが医学的知見から抗ガン剤に対して与えられており、xΔmaxにおける差分濃度y−yは、cに到達する必要がある。
【0049】
したがって、
−y = D×exp(−axΔmax)−D×exp(−bxΔmax
= D(exp(−axΔmax)−exp(−bxΔmax))
= D×K
= c
となる。これより、
D=c/K
の関係が得られ、
= c/aK
= c/bK
となり、抗ガン剤Aと、阻害剤Bの投薬量を、予め知ることができる必要薬剤量cとそれぞれの薬剤の磁気応答性を示す指数であるa、bから決めることができ、表面における抗がん剤Aの副作用を阻害剤Bによりキャンセルすることが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対的に磁力の強い第一の磁気応答性薬剤と、相対的に磁力の弱い第二の磁気応答性薬剤とからなり、前記第二の磁気応答性薬剤が前記第一の磁気応答性薬剤の薬効を阻害するものであることを特徴とする磁気応答性薬剤。
【請求項2】
前記磁気応答性薬剤がリポソームに磁気微粒子を内包したものであることを特徴とする請求項1記載の磁気応答性薬剤。
【請求項3】
前記第一の磁気応答性薬剤と前記第二の磁気応答性薬剤の前記リポソームに内包されている磁気微粒子濃度が同じ場合には、前記第一の磁気応答性薬剤のリポソーム径が、前記第二の磁気応答性薬剤のリポソーム径よりも大きいことを特徴とする請求項2記載の磁気応答性薬剤。
【請求項4】
前記第一の磁気応答性薬剤のリポソーム径が、前記第二の磁気応答性薬剤のリポソーム径の2倍以上であることを特徴とする請求項3記載の磁気応答性薬剤。
【請求項5】
前記第一の磁気応答性薬剤と前記第二の磁気応答性薬剤の前記リポソームの径が同じ場合には、前記第一の磁気応答性薬剤の磁気微粒子濃度が、前記第二の磁気応答性薬剤の磁気微粒子濃度よりも高い濃度であることを特徴とする請求項2記載の磁気応答性薬剤。
【請求項6】
前記第一の磁気応答性薬剤の磁気微粒子濃度と前記第二の磁気応答性薬剤の磁気微粒子濃度との濃度差が3.4倍以上であることを特徴とする請求項4記載の磁気応答性薬剤。
【請求項7】
前記第一の磁気応答性薬剤が前記リポソームに抗ガン剤を内包したものであり、前記第二の磁気応答性薬剤が前記抗ガン剤の阻害物質であることを特徴とする請求項2〜5いずれか1項記載の磁気応答性薬剤。
【請求項8】
前記阻害物質が、還元剤、抗炎症剤、拮抗剤の中から選ばれる少なくともいずれか1つであることを特徴とする請求項6記載の磁気応答性薬剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−158565(P2012−158565A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−20507(P2011−20507)
【出願日】平成23年2月2日(2011.2.2)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】