説明

磁気記録デバイスおよび磁気記録方法

【課題】動作信頼性に優れ、高密度記録に対応した磁気記録方法を提供する。
【解決手段】本発明の磁気記録方法は、DFH機構によってスライダ42の浮上高さが一定となるよう制御しつつ、レーザダイオード200によってプラズモンアンテナ102を所定温度に到達するまで加熱するステップと、レーザダイオード200からのレーザ光203をプラズモンアンテナ102へ照射し、プラズモンアンテナ102から磁気メディア7の表面へ表面プラズモン近接場光を導くステップとを含む。スライダ42は、記録ヘッド、TAMR機構、およびDFH機構を搭載する。TAMR機構は、プラズモンアンテナ102、レーザダイオード200、レーザダイオードからのレーザ光203をプラズモンアンテナ102へ集束させる光導波路204を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録ヘッドを搭載した磁気記録デバイス、ならびに、磁気記録ヘッドを用いて磁気メディア(磁気記録媒体)への磁気情報の記録を行うための磁気記録方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1インチ四方あたり1〜10テラビット(Tbpsi)の高密度記録に対応するには、新たな磁気記録メディアや磁気記録ヘッドの開発に加え、いわゆる超常磁性(superparamagnetic)効果の発現を抑制することが可能な新たな磁気記録の仕組みの開発(これが最も重要である)が必要とされる。この超常磁性効果は、情報が記録されるべき極めて狭い領域において熱的不安定状態を生じさせる。このような熱的不安定状態の回避方法としては、高い磁気異方性および高い保磁力を有する磁気メディアを使用することが挙げられる。そのような磁気メディアには、高密度記録に対応するためにいっそう小型化した磁気記録ヘッドによって書込を行うことが可能である。
【0003】
しかしながら、高保磁力および高磁気異方性の磁気メディアを用いることにより、以下の2つの対立する必要条件を生み出すこととなる。すなわち、第1の条件として、高保磁力および高磁気異方性の磁気メディアに情報記録を行うにあたり、より強力な記録磁界が必要となる。その一方、第2の条件として、高い記録密度を生み出すためには、磁気記録ヘッドの小型化が求められる。一般に、磁気記録ヘッドは、小さくなるほど記録磁界勾配が緩くなり、記録磁界が空間において幅広い分布を有するようになる。上記条件の双方を満足することは、ハードディスクドライブ(HDD:hard-disk-drive)における現状の磁気記録スキームのさらなる発展を妨げる要因となるおそれがある。仮に、上記条件を満足することができないのであれば、記録密度のさらなる向上は困難である。このような対立条件に対処する1つの方法は、熱的にアシストされた磁気記録(TAMR:thermal-assisted magnetic recording)スキームを採用することである。
【0004】
従来の形態の熱アシスト磁気記録(TAMR)スキームは、ある共通した特徴を有している。それは、記録ヘッドによってもたらされる磁界に直接的に関連しない物理的方法の使用を通じて、磁気記録メディアへエネルギーを注入するということである。仮に、そのようなTAMRスキームが、局所的な記録磁界領域における弱磁場記録を可能とするような媒体特性プロファイル(a medium-property profile)を生成することができれば、より弱い記録磁界を用いた場合であっても高密度記録が達成され得る。これは、媒体特性プロファイルおよび記録磁界の双方の空間的な勾配における増大(multiplicative)効果によるものである。このような従来のTAMRスキームは、ディープ・サブミクロン(deep sub-micron)以下の局所領域を光ビームの照射、あるいは超高周波交流磁界の発生により加熱する方法を含んでいる。
【0005】
TAMRスキームの加熱効果は、磁気メディアの微小部分における、本質的にはそのキュリー温度Tcに至るまでの温度上昇によって発揮される。キュリー温度Tcでは、保磁力および磁気異方性の双方が著しく低下し、その微小部分に対する磁気記録が容易となる。
【0006】
TAMRスキームでは、磁気メディアの特定微小領域における磁気記録層に対してニアフィールド光(近接場光)もしくは光周波数レーザ光を照射してその特定微小領域の磁気記録層の温度を上昇させる。これにより、磁気記録層の保磁力が低下し、比較的低い記録磁界によって磁気情報の記録が可能となる。近接場光は、例えば金属膜を励起し、その表面に表面プラズモンを局在させることで得られる。表面プラズモンは、例えば記録再生ヘッドの一部として組み込まれたおよそ200nmの幅を有する微小な導電性アンテナ(プラズモンアンテナ)において励起される。このプラズモンアンテナは、例えば同心円状をなすと共に交互に配置された複数の凹凸部分を表面に有する金属膜からなる。プラズモンアンテナは、例えばレーザダイオードから発振されて導波路などの手段を経由したレーザ光1203がその金属膜を照射することによって励起される。
【0007】
図6は、従来の磁気記録再生デバイスにおけるスライダの概略構成を表す平面図である。図6では、磁気メディアから見上げるように、セラミック製のスライダ142の下面(ABS)の構造を表している。スライダ142は、再生ヘッドおよび記録ヘッド(いずれも図示せず)を備えた記録再生ヘッド140が搭載されたものである。ABSは実際には平坦ではなく、凸部であるセントラルレール156およびサイドレール158と、凹部である空気溝160とが設けられた凹凸を有する面である。スライダ142のABSがそのような構造を有することにより、回転する磁気メディアの表面からスライダ142が浮上可能となっている。 磁気メディアが回転するとエッジ164(リーディングエッジという。)から空気が矢印で図示した方向に流入し、反対側のエッジ166(トレーリングエッジという。)から流出するようになる。
【0008】
図7は、図6に示したスライダ142を有する磁気記録再生デバイスの、ABSと直交する断面の構成を表すものである。図7に示したように、記録再生ヘッド140を備えたスライダ142が、磁気メディア107の上方に配置されている。この磁気記録再生デバイスは、記録再生ヘッド140と共に、典型的なTAMR構造をも有している。記録再生ヘッド140は、再生素子174と、上部磁極1100および下部磁極198を有するインダクティブ記録ヘッドとを備えている。それら再生素子174、上部磁極1100および下部磁極198は、いずれもスライダ142における磁気メディア107と対向する面、すなわちABSに露出するように配置されている。この記録再生ヘッド140は、さらに、ABSから離れた位置においてインダクティブコイル184、上部ヨーク194および絶縁充填層188を備えている。
【0009】
このような典型的な記録再生ヘッド140においては、レーザダイオード1200が、光周波数の電磁波(electromagnetic radiation)ビーム(レーザビーム)を、導波路1204を介して磁気記録ヘッドのABS148の微小領域へ向けるように構成されている。この微小領域(例えば約200μmの幅を有している)は記録ヘッドにおける2つの磁極間に位置する領域であり、金属層からなるプラズモンアンテナ1102を含んでいる。このレーザビームはプラズモンアンテナ1102を励起させ、その表面に表面プラズモンを局在させる。その結果、近接場光としてのプラズモン電磁波が磁気メディア107におけるサブミクロンサイズの微小領域(スポット177)に突き当たり、そのスポット177にエネルギーを付与し、加熱することとなる。
【0010】
このようなTAMRスキームの採用により、高密度記録に対応可能な小型の磁気記録ヘッドを用いつつ、比較的弱い記録磁界による書込動作が可能となっている。
【0011】
一方、近年の磁気記録再生ヘッドでは、いわゆるダイナミックフライハイト(DFH)構造を採用したものがみられる。DFH構造は、動作中において、スライダを磁気ディスク表面から離れるように僅かに浮上させる一方、磁気ディスクと磁気記録再生ヘッドとの相互干渉(例えば、磁気ディスク表面と磁気記録再生ヘッドとの意図しない接触)の発生率を最小化する。
【0012】
以上述べたTAMRスキームやDFH構造については、以下の先行技術文献が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】米国特許出願公開第2003/0112542号明細書
【特許文献2】米国特許出願公開第2004/0252396号明細書
【特許文献3】米国特許出願公開第2007/0247744号明細書
【特許文献4】米国特許出願公開第2006/0092550号明細書
【特許文献5】米国特許出願公開第2008/0170321号明細書
【特許文献6】米国特許第7428124号明細書
【特許文献7】米国特許第7430098号明細書
【特許文献8】米国特許第7372665号明細書
【特許文献9】米国特許第6940691号明細書
【特許文献10】米国特許出願公開第2003/0112542号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
ところで、最近、こうした磁気記録の分野においては、さらなる高密度記録への対応と共に、より優れた動作信頼性の確保が求められている。
【0015】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたもので、その目的は、駆動中において磁気メディアと磁気記録ヘッドとの接触などのエラーを生ずることなく、動作信頼性に優れ、かつ、高密度記録に対応可能な磁気記録デバイスおよびそれを用いた磁気記録方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の磁気記録デバイスは、スライダと、このスライダに搭載された磁気記録ヘッドと、この磁気記録ヘッドに隣接してスライダに設けられ、かつ、スライダの浮上高さを制御するDFH機構と、記録動作中において熱エネルギーを磁気メディアに移動させるTAMR機構とを備える。TAMR機構は、様々な出力レベルのレーザ光を射出可能なレーザダイオードと、磁気記録ヘッドに隣接するプラズモンアンテナと、レーザダイオードから射出したレーザ光をプラズモンアンテナへ集束させる光導波路と、プラズモンアンテナを所定温度に到達するまで加熱する加熱手段とを有する。
【0017】
本発明の磁気記録デバイスでは、TAMR機構がプラズモンアンテナを所定温度まで加熱する加熱手段を有するようにしたので、TAMR機構を利用して磁気メディアへの書込動作を行うにあたり、プラズモンアンテナを所定温度に至るまで予熱することによりスライダの浮上高さが一定となるように安定させたのち、プラズモンアンテナの励起により表面プラズモン近接場光を磁気メディアの表面に照射して書込可能な状態を形成することができる。
【0018】
本発明の磁気記録デバイスでは、レーザダイオードが加熱手段を兼ねるようにするとよい。全体構成の簡素化に有利となるからである。また、DFH機構は、磁気メディアに向かって突き出すことにより、スライダの浮上高さが一定となるように調整するものである。また、プラズモンアンテナは、最終到達温度の半分の予熱温度に到達するまで予熱されたのち、最終到達温度まで加熱されることにより表面プラズモンが励起され、熱エネルギーを磁気メディアへ伝達するようになっている。また、所定温度が表面プラズモンを励起することにより生じる熱エネルギーは、磁気メディアに記録されたデータの消去を引き起こすのに要する熱エネルギーよりも低いことが望ましい。
【0019】
本発明の磁気記録方法は、スライダに搭載された磁気記録ヘッドを用いて、磁気メディアへの磁気情報の記録を行うためのものである。ここで、スライダは、記録ヘッドと共に、TAMR機構とスライダの浮上高さを制御するDFH機構とを搭載し、TAMR機構は、プラズモンアンテナと、様々な出力レベルのレーザ光を射出可能なレーザダイオードと、このレーザダイオードから射出したレーザ光をプラズモンアンテナへ集束させる光導波路と、プラズモンアンテナを予熱するための加熱手段とを有する。本発明の磁気記録方法は、DFH機構によってスライダの浮上高さが一定となるよう制御しつつ、加熱手段によってプラズモンアンテナを所定温度に到達するまで加熱する第1のステップと、レーザダイオードからのレーザ光をプラズモンアンテナへ照射し、プラズモンアンテナから磁気メディアの表面へ表面プラズモン近接場光を導く第2のステップとを含む。
【0020】
本発明の磁気記録方法では、加熱手段を使用してプラズモンアンテナを所定温度に至るまで予熱することにより、スライダの浮上高さが一定となるように安定したのち、プラズモンアンテナの励起により表面プラズモン近接場光が磁気メディアの表面に照射されて書込可能な状態が形成される。
【0021】
本発明の磁気記録方法では、例えばレーザダイオードから、その最大出力未満の出力レベルを有するレーザ光を射出し、それをプラズモンアンテナへ吸収させることによりプラズモンアンテナの加熱を行う。また、第1のステップにおいて、プラズモンアンテナを、所定温度として最終到達温度の半分の予熱温度に到達するまで加熱し、DFH機構により、スライダの一部を磁気メディアに向かって突出させることによりスライダの浮上高さが一定となるように調整するとよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の磁気記録デバイスおよび磁気記録方法によれば、TAMR機構を利用して高い記録密度で磁気メディアへの書込動作を可能としつつ、プラズモンアンテナの予熱を行わなかった場合と比較して、磁気メディアと磁気記録ヘッドとの接触などを回避し、より優れた動作信頼性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施の形態としての磁気記録再生デバイスの構成を表す断面図である。
【図2】図1に示したスライダの構成を表す平面図である。
【図3】レーザビームを照射されたプラズモンアンテナの温度の経時変化を表す特性図である。
【図4】スライダのABSと、磁気メディアとの間隔の経時変化を表す特性図である。
【図5】磁気メディアにおける記録層の磁気特性の温度依存性を表す特性図である。
【図6】従来の磁気記録再生デバイスにおけるスライダの構成を表す平面図である。
【図7】図6に示したスライダを搭載した従来の磁気記録再生デバイスの構成を表す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図1および図2を参照して、本発明の一実施の形態における磁気記録再生デバイスの構成について説明する。図1は、ハードディスクドライブ(HDD)などに搭載される磁気記録再生デバイスの、エアベアリング面(ABS)48と直交する断面の構成を表しており、図2は、図1に示したスライダ42のABS48に沿った概略構成を表している。
【0025】
図1に示したように、この磁気記録再生デバイスでは、スライダ42に設けられた記録再生ヘッド40が、磁気メディア7の上方に位置するように構成されている。この磁気記録再生デバイスは、記録再生ヘッド40と共に熱アシスト磁気記録(TAMR:thermal-assisted magnetic recording)機構およびダイナミックフライハイト(DFH:dynamic fly height)機構をも備えている。
【0026】
図2は、磁気メディアから見上げるように、セラミック製のスライダ42の下面(ABS)48の構造を表した概略図である。ABS48は実際には平坦面ではなく、凸部であるセントラルレール56およびサイドレール58と、凹部である空気溝60とを含む凹凸構造を有する面である。スライダ42のABS48がそのような凹凸構造を有することにより、回転する磁気メディア7の表面からスライダ42が浮上可能となっている。磁気メディア7が回転するとエッジ64(リーディングエッジという。)から空気が矢印で図示した方向に流入し、反対側のエッジ66(トレーリングエッジという。)から流出するようになる。
【0027】
記録再生ヘッド40は、再生素子74と、上部磁極100および下部磁極98を含むインダクティブ型記録ヘッドとを有している。それら再生素子74、上部磁極100および下部磁極98は、いずれもスライダ42における磁気メディア7と対向する面、すなわちABS48に露出するように配置されている。記録再生ヘッド40は、さらに、ABS48から離れた位置においてインダクティブコイル84、上部ヨーク94および絶縁充填層88を備えている。
【0028】
TAMR機構は、記録動作の際、熱エネルギーを磁気メディア7に供給するものである。すなわち、磁気メディア7の記録対象領域を局所的に加熱して保磁力および磁気異方性を低下させ、微弱な記録磁界であっても情報記録が可能なように補助する機能を有する。具体的には、TAMR機構は、様々な出力レベルのレーザ光を射出可能なレーザダイオード200と、記録再生ヘッド40に隣接するプラズモンアンテナ102と、レーザダイオード200から射出したレーザ光203をプラズモンアンテナ102へ集束させる光導波路204とを有している。ここで、レーザダイオード200は、プラズモンアンテナ102を所定温度に到達するまで加熱(予熱)する加熱(予熱)手段としても機能する。
【0029】
詳細には、TAMR機構では、磁気メディア7の特定微小領域における磁気記録層(図示せず)に対してニアフィールド光(近接場光)もしくは光周波数レーザ光(図示せず)を照射してその特定微小領域の磁気記録層の温度を上昇させる。これにより、その磁気記録層の保磁力が低下し、比較的低い記録磁界によって磁気情報の記録が可能となる。近接場光は、プラズモンアンテナ102を励起し、その表面に表面プラズモンを局在させることで得られる。プラズモンアンテナ102は、例えば記録再生ヘッドの一部として上部磁極100と下部磁極98との間に、ABS48に一部が露出するように組み込まれたおよそ200nmの幅を有する金属膜からなる。この金属膜は、例えば同心円状をなすと共に交互に配置された複数の凹凸部分を表面に有する。プラズモンアンテナ102は、レーザダイオード200から発振された光周波数のレーザ光203が導波路204を経由したのち、金属膜を照射することによって励起される。
【0030】
このような磁気記録再生デバイスにおいては、上述したように、レーザダイオード200から発振されたレーザ光203が、導波路204を介してプラズモンアンテナ102に照射される。プラズモンアンテナ102はレーザ光203の照射により励起され、その表面に表面プラズモンを局在させる。その結果、近接場光としてのプラズモン電磁波が磁気メディア7の記録層におけるサブミクロンサイズの微小領域(スポット77)に集光され、そのスポット77にエネルギーを付与し、加熱することとなる。
【0031】
このように近接場光が照射されて加熱されるスポット77は、磁気記録がなされる単位領域よりも小さい。そうしないと、既に書込がなされた隣接した記録領域の磁気情報が消去されてしまうおそれがあるからである。
【0032】
スポット77は、磁気記録ヘッドにおける上部磁極100および下部磁極98の間の領域に対向する微小領域である。磁気メディア7の記録層に伝達された光エネルギーは、その記録層の一部を局所的にキュリー温度に達するまで加熱する。 このような温度上昇は、その記録層を構成する磁性材料の磁気異方性および保磁力を低下させることとなり、磁化方向が記録磁界によって回転し易くなる。光学的に形成され、熱的に変更された磁気メディアの磁気異方性プロファイル(これは記録磁界のプロファイルと一致する)により、有効記録磁界の空間的勾配は、熱的勾配および磁界勾配の増大効果に起因して著しく改善される。
【0033】
このようなTAMRスキームの採用により、高密度記録に対応可能な小型の磁気記録ヘッドを用いつつ、比較的弱い記録磁界による書込動作が可能となっている。
【0034】
さらに、本実施の形態の磁気記録再生デバイスでは、高保磁力および高記録密度を有する磁気メディア7への記録動作を改良するためのTAMRのような技術と共に、DFH構造をも採用している。DFH機構は、スライダ42の一部を磁気メディア7に向かって突出させることにより、スライダ42の浮上高さ(スライダ42におけるABSと磁気メディア7の表面との間隔)が一定となるように調整するものである。DFH構造は、動作中において、スライダ42を磁気ディスク7の表面から離れるように僅かに浮上させる一方、磁気ディスク7と記録再生ヘッド40との相互干渉(例えば、磁気ディスク7表面と記録再生ヘッド40との意図しない接触)の発生確率を最小化する。
【0035】
スライダ42の一部を突出させるには、例えばスライダ42の、再生素子74および記録ヘッドの近傍に埋め込まれた発熱素子47を用いてその周辺を加熱することにより行う。発熱素子47に電力が供給されると記録再生ヘッド40の一部が加熱されて膨張し、ABS48が初期位置から突出するようになる。このような熱的に形成される突起は、再生および記録動作中におけるスライダ48の浮上高さの制御を可能とする。その結果、記録再生ヘッド40は、磁気ディスク7表面の凹凸に応じて上昇および降下をすることが可能となる。
【0036】
ところが、TAMR技術とDFH技術との組み合わせは下記の問題を引き起こす可能性がある。すなわち、レーザダイオード200からの光エネルギーを吸収することによりプラズモンアンテナ102が加熱されると、プラズモンアンテナ102およびその近傍は非常に素早く初期位置から磁気ディスク7の表面へ向けて突き出すこととなる。原理上は、DFH構造によりスライダ42が僅かに浮上することにより、加熱によるプラズモンアンテナ102の突き出し量の補償を行うことができる(例えば、発熱素子47の発熱量を低下させ、ABS48を後退させる)。しかしながら、プラズマアンテナ102の突き出しに関する時定数ΘPAは10以上50以下であり、多くの場合、DFH構造の応答に関する時定数ΘDFHよりも小さい(ΘPA<ΘDFH)。そのため、DFH構造はプラズモンアンテナ102の突き出し量の補償を適切に行うことが困難な場合も考えられる。そうした場合、例えば再生動作と記録動作との切り替えを行う際に、プラズモンアンテナ102の一時的な突出により、動作が不安定となる(場合によっては記録再生ヘッド40と磁気メディア7との干渉が生じる)可能性がある。
【0037】
そのような不安定な動作は、書込操作を行う前段階として、プラズモンアンテナ102が所定温度(最終目標温度の半分の温度)に達するように緩やかに予熱することにより解消可能である。予熱は、DFH構造による補償を行う際に要する応答時間に相当する時間行うとよい。
【0038】
すなわち、磁気メディア7への書込操作を行うにあたり、まず、加熱手段としてのレーザダイオード200によってプラズモンアンテナ102を所定温度(予熱温度)に到達するまで加熱し、DFH機構によってスライダ42の浮上高さが一定となるよう安定化させる。そののち、レーザダイオード200から、より高エネルギーのレーザ光203をプラズモンアンテナ102へ照射し、磁気メディア7の表面に表面プラズモン近接場光を導くようにする。こうすることにより、磁気メディア7の記録層が、弱い書込磁界であっても書込可能な状態となる。
【0039】
予熱の間、発熱素子47は、予熱された結果突起が生じる部分について効果的に補償することができる。その結果、書き込み操作を行う最終的な温度となったときには、スライダ42の浮上高さの変動が十分に抑制される。この方法における優れた利点は、単純性および効率性の観点において、1つの光学レーザダイオードによって予熱され、かつ、その予熱温度を維持することが達成されることにある。すなわち、プラズモンアンテナを予熱するための他の機構(例えば抵抗加熱器や補助的なレーザなど)を用いる必要がない。
【0040】
HDDおよび記録再生ヘッドが駆動する間、低電力でレーザ光203を連続して発振し続けることで、プラズモンアンテナ102は所定の予熱温度に維持される。書き込み操作が要求されると、レーザダイオード200からのフルパワーのレーザ光203が予熱されたプラズモンアンテナ102に影響を及ぼし、その表面に表面プラズモンを生成する。
【0041】
図3は、光周波数のレーザ光203の吸収によって熱的に励起される際の、プラズモンアンテナ102の温度と、経過時間との関係を表すものである。プラズモンアンテナ102の温度は、(照射されてから)約5×10-6秒間程度で最終目標温度TPA/F(ここでは450℃)まで素早く上昇する。最終目標温度TPA/Fとは、磁気メディア7の記録層における書込操作に適した温度(例えばそのキュリー温度Tc)である。
【0042】
スライダ42のうち、プラズモンアンテナ102の近傍における突出量は、図4に示したように、指数関数的に非常に速く最大値を示し、最終目標温度TPA/Fにおける平衡値(均衡値)に達すると、その後は横ばいとなる。プラズモンアンテナ102の寸法とレーザダイオード200のパワーとの関係に基づき、保磁力および磁気異方性が望ましい値となるまで低減されるような磁気メディア7表面の温度となるように調整することが望ましい。
【0043】
図4において、曲線1は温度上昇に伴うプラズモンアンテナ102の突出量20の変化を示し、曲線2は、DFH機構の起動に伴うABS48の後退(retraction)量10の変化を示している。それらの合成効果を表す曲線3に示したように、後退量10および突出量20の均衡値は安定化(飽和)する傾向にあるものの、それらの合計の突出量は初期の突出量を補正したものとなっていない。これは、DFH機構の時定数ΘDFHが低いことにより、一時的な変位が生じているからである。なお、図4において、縦軸はABS48と磁気メディア7の表面との距離を相対的に表しており、目盛り5が初期位置を表している。
【0044】
我々の実験およびシミュレーションでは、プラズモンアンテナ102をレーザ光203の吸収により最終目標温度TPA/Fの半分の温度まで予熱すると、そののちは、温度上昇による突出量変化はそれほど大きくないので、プラズモンアンテナ102と磁気メディア7の表面との間隔は良好に制御される。予熱の際にも、最終目標温度に到達させる際に用いるものと同じレーザダイオード200を使用することにより、全体構成の簡素化を図ることができる。このような予熱の結果、DFH機構による補償機能が十分に発揮され、応答時間の差に起因する一時的な突出現象は抑制される。すなわち、プラズモンアンテナ102がその最終目標温度の50%に至るまで予熱されるならば、DFH機構は、自らの応答時間に応じた割合でプラズモンアンテナ102の突出量の補償を行うことができ、一時的な突出量の変位を低減することができる。
【0045】
図5は、磁気メディア7の記録層における温度Tと保磁力Hkおよび磁化Mとの関係を表している。ここでは、横軸を温度Tとキュリー温度Tcとの比で表し、縦軸を温度Tのときの保磁力Hkおよび磁化Mと温度0のときの保磁力Hk0および磁化Mk0との比で表している。予熱されたプラズモンアンテナ102は磁気メディア7の記録情報を消去してしまうことはない。実際、最終目標温度の50%の温度に予熱されたプラズモンアンテナ102は、磁気メディア7の対応領域の保磁力および磁化を20%程度低下させるだけであり、その影響は副作用を起こすには不十分である。予熱されたプラズモンアンテナ102は、浮上高さが安定化したのち、TAMR効果が生じるように、プラズモン相互作用を形成するための、より高エネルギーのレーザ光203によって照射される。
【0046】
このように、本実施の形態の磁気記録デバイスおよび磁気記録方法によれば、TAMR機構を利用して高い記録密度で磁気メディア7への書込動作を可能としつつ、プラズモンアンテナ102の予熱を行わなかった場合と比較して、磁気メディア7と記録再生ヘッド40との接触などを回避し、より優れた動作信頼性を確保することができる。
【0047】
なお、予熱処理において書込動作を行う直前にプラズモンアンテナ102を高温環境に晒すことは、プラズモンが活性化している間、磁気ディスク7表面のうちプラズモンアンテナ102が熱エネルギーを移動させるスポット77の面積に対して悪影響(例えばスポット77を大きくするなどの悪影響)を与えることがない。このため、既に磁気ディスク7に記録されたデータの不必要な消去がなされることがない。プラズモンアンテナ102が磁気ディスク7の上方を通過するときに磁気ディスク7の表面にプラズモン近接場が照射されるが、その時間は極めて僅かであるからである。
【0048】
以上、特定の実施の形態および実施例を挙げて本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態および実施例において説明した態様に限定されず、本発明の趣旨から外れることがない限りにおいて、種々の変形が可能である。例えば、上記実施の形態においては、プラズモンアンテナ102を励起して表面プラズモンを生じさせるためのレーザダイオード200を、プラズモンアンテナ102の予熱を行うための加熱手段としても利用するようにしたが、加熱手段としてレーザダイオード200とは異なるもの(例えば抵抗体など)を用いてもよい。
【符号の説明】
【0049】
7…磁気記録媒体、40…記録再生ヘッド、42…スライダ、47…発熱素子、74…再生素子、77…スポット、84…誘導コイル、94…誘導コイル、98…下部磁極、100…上部磁極、102…プラズモンアンテナ、200…レーザダイオード、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スライダと、
前記スライダに搭載された磁気記録ヘッドと、
前記磁気記録再生ヘッドに隣接して前記スライダに設けられ、かつ、前記スライダの浮上高さを制御するDFH機構と、
記録動作中において熱エネルギーを磁気メディアに移動させるTAMR機構と
を備え、
前記TAMR機構は、
様々な出力レベルのレーザ光を射出可能なレーザダイオードと、
前記磁気記録再生ヘッドに隣接するプラズモンアンテナと、
前記レーザダイオードから射出したレーザ光を前記プラズモンアンテナへ集束させる光導波路と、
前記プラズモンアンテナを所定温度に到達するまで加熱する加熱手段と
を有する
ことを特徴とする磁気記録デバイス。
【請求項2】
前記レーザダイオードは、前記加熱手段を兼ねていることを特徴とする請求項1記載の磁気記録デバイス。
【請求項3】
前記DFH機構は、前記スライダの一部が前記磁気メディアに向かって突き出すことにより、前記スライダの浮上高さが一定となるように調整するものである
ことを特徴とする請求項1記載の磁気記録デバイス。
【請求項4】
前記プラズモンアンテナは、最終到達温度の半分の予熱温度に到達するまで予熱されたのち、前記最終到達温度まで加熱されることにより表面プラズモンが励起され、熱エネルギーを前記磁気メディアへ伝達するようになっている
ことを特徴とする請求項1記載の磁気記録デバイス。
【請求項5】
前記所定温度が表面プラズモンを励起することにより生じる熱エネルギーは、前記磁気メディアに記録されたデータの消去を引き起こすのに要する熱エネルギーよりも低い
ことを特徴とする請求項4記載の磁気記録デバイス。
【請求項6】
スライダに搭載された磁気記録ヘッドを用いて磁気メディアへの磁気情報の記録を行うための磁気記録方法であって、
前記スライダは、前記磁気記録ヘッドと共に、TAMR機構と、前記スライダの浮上高さを制御するDFH機構とを搭載し、
前記TAMR機構は、プラズモンアンテナと、様々な出力レベルのレーザ光を射出可能なレーザダイオードと、前記レーザダイオードから射出したレーザ光を前記プラズモンアンテナへ集束させる光導波路と、前記プラズモンアンテナを加熱するための加熱手段とを有し、
前記DFH機構によって前記スライダの浮上高さが一定となるよう制御しつつ、前記加熱手段によって前記プラズモンアンテナを所定温度に到達するまで加熱する第1のステップと、
前記レーザダイオードからのレーザ光を前記プラズモンアンテナへ照射し、前記プラズモンアンテナから前記磁気メディアの表面へ表面プラズモン近接場光を導く第2のステップと
を含むことを特徴とする磁気記録方法。
【請求項7】
前記レーザダイオードから、その最大出力未満の出力レベルを有するレーザ光を射出し、それを前記プラズモンアンテナへ吸収させることにより前記プラズモンアンテナの加熱を行う
ことを特徴とする請求項6記載の磁気記録方法。
【請求項8】
前記第1のステップにおいて、
前記プラズモンアンテナを、前記所定温度として最終到達温度の半分の予熱温度に到達するまで加熱し、
前記DFH機構により、前記スライダの一部を前記磁気メディアに向かって突出させることにより前記スライダの浮上高さが一定となるように調整する
ことを特徴とする請求項6記載の磁気記録方法。
【請求項9】
前記プラズモンアンテナを加熱することにより、前記スライダの浮上高さが一定となるように調整する時間を確保する
ことを特徴とする請求項6記載の磁気記録方法。
【請求項10】
前記磁気メディアに記録された情報を消去しないようにすることを特徴とする請求項6記載の磁気記録方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−211911(P2010−211911A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−55046(P2010−55046)
【出願日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【出願人】(500475649)ヘッドウェイテクノロジーズ インコーポレイテッド (251)
【Fターム(参考)】