説明

磁気記録媒体及び磁気記録再生システム

【課題】磁気記録媒体の長手方向の正逆両方向いずれにも走行させて記録再生を行なうリニアサーペンタイン方式に最適な金属薄膜型の垂直磁性膜層を有する磁気記録媒体、及び該磁気記録媒体を用いた磁気記録再生システムを提供する
【解決手段】テープ状の非磁性支持体1と、該非磁性支持体1の一主面に真空薄膜形成技術によって形成されてなる垂直磁性膜層2と、を有し、リニア方式の記録再生に使用される磁気記録媒体10であって、前記垂直磁性膜層2のダイパルス比が0.36以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高密度の磁気記録媒体に関し、特に、磁気抵抗効果型磁気ヘッド(MRヘッド)、若しくは巨大磁気抵抗効果型磁気ヘッド(GMRヘッド)を用い、磁気テープの長手方向に対して磁気ヘッドを双方向に動かしながら信号の記録および再生を行う、いわゆるリニア方式の磁気記録再生システムに使用される磁気記録媒体に関する。また、該磁気記録媒体を用いた磁気記録再生システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ビデオテープレコーダー等の分野における磁気記録媒体としては、さらなる高画質化及び高記録密度化を達成するために、直接非磁性支持体上に磁性金属材料、Co−Ni系合金、Co−Cr系合金、Co−CoO系金属酸化物等の各種磁性材料を真空薄膜形成技術により被着させて磁性層を形成した構成の、いわゆる金属薄膜型の磁気記録媒体が適用されている。
【0003】
さらに、上記のような磁気記録媒体の電磁変換特性を向上させ、より大きな出力が得られるようにするため、磁気記録媒体の磁性層を形成するに際し、磁性層を斜方に蒸着する、いわゆる斜方蒸着が提案されている。この方法によって磁性層が形成された磁気記録媒体は、ハイバンド8mmビデオテープレコーダー、デジタルビデオテープレコーダー用の蒸着テープとして実用化されている。
【0004】
上述したような金属薄膜型の磁気記録媒体は、保磁力や角型比に優れ、また磁性層を極めて薄層に形成できることから、短波長領域での電磁変換特性に優れ、記録減磁や再生時の厚み損失が著しく小さい。また、磁性粉を結合剤に分散させた磁性塗料を非磁性支持体に塗布して磁性層を形成するいわゆる塗布型の磁気記録媒体と異なり、磁性層中に非磁性材料である結合剤が混入しないので、強磁性金属材料の充填密度が高められ、高記録密度化を図る際に有利である。
【0005】
また、斜方蒸着による磁気テープは、例えば長尺状の非磁性支持体を長手方向に走行させ、走行状態で非磁性支持体の一主面側に磁性材料を堆積させて磁性層を形成する方法によって作製され、高い生産性と優れた磁気特性が確保できる。
【0006】
一方、磁気テープ等の磁気記録媒体のデータストリーマーとしての需要が高まるに伴い、さらなる磁気記録媒体の高記録密度化が要求されてきている。さらに、記録情報の再生を行う際に用いる磁気ヘッドとして、従来の誘導型ヘッドに代わり磁気抵抗効果型磁気ヘッド(MRヘッド)あるいは巨大磁気抵抗効果型磁気ヘッド(GMRヘッド)が適用されるようになってきている。このMRヘッドやGMRヘッドは磁性層からの微小な漏洩磁束を高感度に検出することができるので、記録密度の向上を図るために有効である。
【0007】
MRヘッドやGMRヘッドは、漏洩磁束に対する感度が飽和する検知限界があり、MRヘッドやGMRヘッドの設計以上に大きな漏洩磁束を検出することができない。したがって、磁気記録媒体の磁性層膜厚を薄層化することにより、漏洩磁束に対する感度を最適化する必要がある。
【0008】
ところで、データストリーマー用途としての磁気テープの記録再生のシステムには、ヘリカルスキャン方式とリニア方式の2種類が実用化されている。ヘリカルスキャン方式は、回転ドラム上に配置された磁気ヘッドが、高速に回転しながら磁気テープ上をスキャンすることで記録再生を行う方式である。
【0009】
ヘリカルスキャン方式の特徴は、記録トラックを精密に記録できるだけでなく、再生時には記録したトラックを正確にスキャンできるように制御することが原理的に可能なことである。したがって、磁気テープシステムにおいて高記録密度を達成することが可能である。こうしたヘリカルスキャン方式は、VHSなどの家庭用ビデオ録画装置や、ハイバンド8mmビデオテープレコーダー、デジタルビデオテープレコーダー用として幅広く実用化されている。
【0010】
一方、リニア方式は磁気テープの幅方向にトラックを設け、長手方向に記録再生を行う方式である。高速でテープを走行させることが容易であると同時に、磁気ヘッドを並列に数多く並べることによって記録再生の転送レートを向上させることが可能である。
【0011】
カムコーダ用途などの磁気記録テープシステムでは高記録密度が達成可能なヘリカルスキャン方式が有利であるが、磁気記録テープシステムの体積に制約の少ないデータストレージ用途では、上記リニア方式が幅広く実用化され、市場においてもDLT(digital linear tape)やLTO(linear tape−open)といった商品が主流となっている。
【0012】
こうしたリニア方式のデータストレージ用途の磁気テープ媒体としては、いわゆる塗布型の磁気テープのみが用いられており、斜方蒸着による磁気テープ媒体は用いられてこなかった。これは、ヘリカルスキャン方式では、磁気テープと磁気ヘッドの相対的な動きが一定方向であるのに対し、リニア方式では磁気テープと磁気ヘッドが相対的に、テープ長手方向の双方向に動くためである。
【0013】
図1は斜方蒸着により得られる磁気テープ媒体の模式的な断面図である。図1に示すように、非磁性支持体91上に磁性層92が形成されている。斜方蒸着による磁気テープ媒体は、記録した磁気ビットが向く磁化容易軸がテープ面内方向(図中左右方向)ではなく面内から立ち上がった構造となっている。
【0014】
そのため、記録再生に際してヘッドが斜方蒸着膜の柱状構造に対して正方向(矢印A方向)に摺動する場合は良好な記録再生特性が発揮されるが、斜方蒸着の柱状構造に対して逆方向(矢印B方向)に摺動する場合には、最適記録電流、位相特性、CN比、出力特性などの特性が正方向に摺動した場合に比べて劣り、十分な記録再生特性が得られないという欠点がある。
【0015】
そのため、記録再生を双方向に行うリニア方式においては、斜方蒸着を用いた磁気テープ媒体はほとんど用いられてこなかった。一方、ヘッドが斜方蒸着膜の柱状構造に対して正方向に摺動する場合と逆方向に摺動する場合で記録再生特性が異なるという問題を解決する方法として、成長方向が互いに異なる2層の斜方蒸着膜により斜方蒸着テープの磁性層を構成する方法が提案されている(特許文献1参照)。図2は特許文献1記載の磁気テープ媒体の模式的な断面図である。
【0016】
図2に示すように、非磁性支持体101上に磁性層102が形成され、磁性層102は下層強磁性金属薄膜102aと上層強磁性金属薄膜102bが積層された構造を有する。下層強磁性金属薄膜102aと上層強磁性金属薄膜102bの斜方柱状構造は、非磁性支持体101の長手方向において逆向きに成長している。下層強磁性金属薄膜102aと上層強磁性金属薄膜102bの厚さは、双方向での記録再生特性の差が低減されるように最適化される。
【0017】
また、特許文献2にも、斜方柱状構造の成長方向が互いに異なる2層の斜方蒸着膜を積層させた磁気記録媒体が開示されている。特許文献2記載の磁気記録媒体によれば、印加磁界角度を0°から180°まで可変させた際に得られる保磁力の最小値/最大値を0.65以上として、双方向での記録再生特性を改善している。
【0018】
一方、特許文献3には、単層のコバルト系斜方蒸着膜からなる磁性層の厚さを記録ヘッドギャップ長の1/2以下とすることにより、リニア方式での記録再生を可能とする磁気記録方法が開示されている。この方法によれば、好適には、厚さ40nm以下、保磁力1800エルステッド以上のコバルト系斜方蒸着膜が用いられる。
【0019】
また、特許文献4には、真空薄膜形成技術によって形成された斜方柱状構造を有する単層の磁性層とを有し、前記磁性層に垂直で、かつ前記磁気記録媒体の長手方向を含む面内における保磁力の最大値Hcmaxと、前記磁気記録媒体の長手方向の保磁力Hc0との比Hcmax/Hc0が1.2以下とすることにより、斜方蒸着テープであっても、正・逆方向の特性をそろえる事が可能であるとしている。
【0020】
一方、塗布型媒体においては、一般的な製法であれば、斜方に磁性体が並ばないために、通常の塗布方式で作製した媒体であっても正逆特性は同じ特性値を示す。
【0021】
しかしながら、特許文献5に示すように一般的には垂直媒体として開発された六方晶フェライトを長手記録に使用するという手法も提案されているが、想定している記録波長は該特許文献5中0072段落に示される通り8mmビデオデッキを使用した周波数7MHでの評価であり記録波長は0.5μm程度であると推定され、最短記録波長が0.25μm以下で使用される現在のデジタル磁気記録用のシステムでは必ずしも適切な組成とは言えなくなっている。
【0022】
また、特許文献6等に示されるように、真空薄膜を形成した垂直磁気記録媒体をリングヘッドで使用するという発想はあるものの、後の比較例で検証する通り、正方向と逆方向の特性のアンバランスが大きいためリニアサーペンタインシステムにおいて使用する磁気テープとしては適切なものではなかった。
【0023】
【特許文献1】特開平4−353622号公報
【特許文献2】特開平9−73621号公報
【特許文献3】特開2000−339605号公報
【特許文献4】特開2004−326888号公報
【特許文献5】特開平6−251355号公報
【特許文献6】特許3393491
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
しかしながら、上記の特許文献1および特許文献2記載の手法により双方向の記録再生特性を改善した斜方蒸着磁気テープ媒体は、成長方向が互いに異なる2層の磁性層を有するため、磁性層の成膜工程を2回行う必要がある。したがって、磁気記録媒体のコスト増につながる。近年のテープストレージ市場において磁気記録媒体のコストを下げることは市場確保の為に非常に重要であり欠くことができない。また、厳密には特定の波長で正方向と逆方向の出力が同じとなるように磁性層の上層と下層の厚さを上層の厚さが若干うすくなるように設定するため、F特のばらつきが生じてしまう。この場合、特定の記録波長では正方向と逆方向の出力が同じになったとしても、記録再生で使用する記録波長全てにおいて正方向と逆方向の特性が同じとする事は困難であった。
【0025】
また、特許文献1では磁性層の全厚を160nm〜200nmとし、特許文献2の実施例においても厚さ90nmの磁性膜を2層積層させ、磁性層の全厚を180nmとしている。MRヘッドやGMRヘッドは高感度であるため、磁性層の厚さをこのような範囲とすると、ヘッドが飽和して漏洩磁束を検出できない。特許文献3では、磁性層の厚さを規定しているが、保磁力の印加磁界角度依存性や磁性層の磁気異方性については特に記載されていない。
【0026】
さらに、特許文献3においてはリニアシステムでの利用は可能ではあるものの、実際に使用する場合には正方向と逆方向に特性差が生じるため、記録再生を行うシステムで補正を行わなければならない。補正量についてはテープ毎に差が生じるため、試し書きを行い最適値を求める、あるいはあらかじめ、カートリッジに付属させたメモリーデバイス等に個々の最適なパラメータを記録する事になるため、使用に際して制約が生じやすい。
【0027】
特許文献4においても状況は同様で、記録波長による正方向と逆方向の周波数特性の差異は少なくなっているものの、正方向と逆方向の走行方向による出力差そのものは3dBと比較的大きい。そのため、使用について制約は少なくはなるものの、ドライブ側でテープ毎正方向・逆方向の特性の違いを認識して使用しなければならないためリニアシステムに使用する磁気テープとしては最適と言えるものではなかった。
【0028】
一方、一般的な塗布型媒体は正方向・逆方向の特性はほぼ同等とする事が可能であり、現在DLT、あるいはLTOといった所謂リニアサーペンタインシステムで利用されており、特許文献5に記載されるような本来は垂直媒体として考えられていた媒体も使用の可能性が検討されているが、最短記録波長を0.15μm以下とより短波長記録とする事により記録密度を高密度化させる場合には磁性体のサイズを小さくする事が困難であるため、必ずしも最適なテープとはならない。
【0029】
また、特許文献5に示されるような垂直記録用の媒体であれば正方向・逆方向の特性差はないかと思われるが、垂直記録用の媒体とはいえヘリカルスキャン方式で使用する場合とリニアサーペンタイン方式で使用する場合は特性が異なり、リニアサーペンタイン方式で使用する場合は正方向・逆方向へ走行させた場合の特性差が顕著に現れるため実質的には特許文献3に近い特性となる。そのため、蒸着テープに代表される金属薄膜テープをリニアサーペンタイン方式で使用するという目的には合致していなかった。
【0030】
本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、磁気記録媒体の長手方向の正逆両方向いずれにも走行させて記録再生を行なうリニアサーペンタイン方式に最適な金属薄膜型の垂直磁性膜層を有する磁気記録媒体を提供し、該磁気記録媒体を用いた磁気記録再生システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0031】
前記課題を解決するために提供する本発明は、テープ状の非磁性支持体1と、該非磁性支持体1の一主面に真空薄膜形成技術によって形成されてなる垂直磁性膜層2と、を有し、該垂直磁性膜層にリニア方式で信号の記録および再生が行われる磁気記録媒体10であって、前記垂直磁性膜層のダイパルス比が0.36以上であることを特徴とする磁気記録媒体である(図3)。
【0032】
ここで、前記垂直磁性膜層は、当該磁気記録媒体に対する印加磁界角度が83〜105度で保磁力の最大値Hcmaxを示し、前記印加磁界角度が−30〜30度で保磁力の最小値Hcminを示すことが好ましい。またこのとき、前記保磁力の最大値Hcmaxが93kA/m以上であることが好適である。
【0033】
また、前記垂直磁性膜層の残留磁化Mrとその膜厚tとの積であるMr・tが、式(1)で表される範囲にあり、該垂直磁性膜層に記録された信号が磁気抵抗効果型磁気ヘッドの摺動により再生されることが好ましい。
3(mA)≦Mr・t<12(mA) ・・・(1)
【0034】
また、前記課題を解決するために提供する本発明は、前述したいずれかの本発明に係る磁気記録媒体を用い、該磁気記録媒体を長手方向の正逆両方向に走行させ、前記長手方向に信号の記録再生を行なうリニア方式の走行機構(巻出しロール51、巻取りロール52、ガイドロール53)及び磁気ヘッドユニット54を備えることを特徴とする磁気記録再生システム50である(図7)。
【0035】
ここで、前記磁気ヘッドユニットは、前記磁気記録媒体の幅方向を分割して設けられた複数のトラックに対応して配列された複数の磁気ヘッドを有することが好ましい。
【発明の効果】
【0036】
本発明の効果として、本発明に係る磁気記録媒体によれば、磁性層を所定の磁気特性を有する垂直磁性膜層とすることにより、長手方向の正逆いずれの方向にも走行するリニア方式での記録再生に適したものとすることができる。また、このような垂直磁性膜層は簡便に形成することが可能である。
また、磁気記録再生システムによれば、本発明の磁気記録媒体を用いることにより、長手方向の正逆いずれの走行方向でも適切に記録再生を行うことができ、高記録密度のテープストリーマーとすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下に、本発明に係る磁気記録媒体の一実施の形態における構成について説明する。なお、本発明を図面に示した実施形態をもって説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、実施の態様に応じて適宜変更することができ、いずれの態様においても本発明の作用・効果を奏する限り、本発明の範囲に含まれるものである。
【0038】
図3は、本発明に係る磁気記録媒体の一例を示す概略断面図である。
図3に示すように、磁気記録媒体10は、長尺状(テープ状)の非磁性支持体1上に、垂直磁性膜層2および保護層3が順次形成された構成を有する蒸着テープである。必要に応じて、保護層3上に所定の潤滑剤によって潤滑剤層4を形成してもよい。また、非磁性支持体1の垂直磁性膜層2が形成されている側の面と反対側の面に、バックコート層5を形成してもよい。
【0039】
磁気記録媒体10における垂直磁性膜層2は蒸着法により形成される。図3の矢印A、Bは磁気記録媒体の長手方向を示し、矢印A、Bの向きは逆である。図3に示すように、磁気記録媒体10の長手方向と印加磁界Hの方向とがなす角度を印加磁界角度θとする。垂直磁性膜層2に垂直で、かつ磁気記録媒体10の長手方向を含む面内、すなわち図3に示す断面に平行な面内において、垂直磁性膜層2の保磁力Hcは印加磁界角度θに依存して変化する。
【0040】
印加磁界角度θを0°から180°まで変化した際に得られる保磁力の最大値をHcmaxとする。また、印加磁界角度θが0°のときの保磁力、すなわち磁気記録媒体10の長手方向の保磁力をHc0とする。本実施形態の磁気記録媒体10は、保磁力Hcmaxを略90度にした所謂垂直磁気記録用の媒体とする。ここでは、保磁力Hcmaxは印加磁界角度が83〜105度の範囲内にあることが好ましい。
【0041】
これにより、ヘッドと磁気記録媒体10を相対的に矢印Aの向きに移動させて記録再生を行った場合と、矢印Bの向きに移動させて記録再生を行った場合の記録再生特性の差が、リニア方式での記録再生に適した範囲内となる。
【0042】
図4に、記録波長5μmで記録した信号の孤立再生波の例を示す。孤立再生波形の記録信号は立ち上がりのステップ信号に相当する入力波形となる。その時それぞれ媒体の特性が異なる事によりギャップ長0.13μmのリングヘッドで記録した孤立再生波形は時間軸上左から右に推移するが出力は一旦マイナス方向に観測されマイナスピークbに達しその後急激にプラス方向へと出力が転じ、出力ピークaを持つ。そのダイパルス比は次式(2)のように定義される。
ダイパルス比=b/a ・・・(2)
【0043】
例示した孤立再生波形は出力ピークaで正規化している。図4では、例えば後述する実施例10のサンプルで得られる波形の場合、出力ピークaは正規化しているため1に相当し、マイナスピークbはb(10)で示される0.65であるためダイパルス比は0.65とされる。一方、後述する比較例2のサンプルで得られる波形の場合、マイナスピークbはb(比較2)で示される波形となりダイパルス比は0.26となる。ここでダイパルス比0.3以下の場合は実質的には斜方蒸着テープと同等の特性を持つ事を示し、正方向と逆方向の特性差が大きくなる。本発明では、磁気記録媒体10を、長手方向の正方向Aに走行させたときの垂直磁性膜層2のダイパルス比と、逆方向Bに走行させたときの該垂直磁性膜層2のダイパルス比のいずれの場合も、0.36以上とする。
【0044】
図5は、本発明に係る磁気記録媒体の保磁力の印加磁界角度依存性を示すグラフである。ここでは、後述する実施例1,3,6,10のサンプルの保磁力と印加磁界角度との関係を示している。蒸着テープのように、強磁性磁気微粒子が特定の角度にある程度揃ったような構造をもつ場合、その磁化容易軸と90°を成す角度の保磁力が極小をとることが知られている。図5では、印加磁界角度θが0°〜30°の範囲にある極小点がそれに該当する。一方、この極小点の両側(図5のθ=90°近傍)に発生する極大点では、磁化容易軸方向の磁気微粒子の相互作用が大きい。
【0045】
なお、一般的に試料振動型磁力計(Vibrating Sample Magnetometer以下VSMと略す)を使用して磁気特性を測定する場合、VSM自体の特性として、常に正方向と逆方向の磁場を使用する。この事によりVSMに試料をセットして測定を行うと0度で測定を行った場合には同時に逆方向である180度の測定も行う事になる。従って、一般的な物理現象では0度と360度が等しい事になるが、VSMで測定を行った場合は0度と180度が物理的に等しいと言う結果となる。本発明でマイナスと定義する方向は数値的には180度からマイナスした角度であり、例えばマイナス30度との表示を行う場合は150度=(180−30)度という事を意味する。
【0046】
磁性層で斜め方向の磁気異方性が大きくなると、正方向と逆方向で記録再生した際の出力差が大きくなる。出力ピークaとマイナスピークbでは、出力ピークaの方が双方向での出力差が小さくなる。前述したように、単層磁性層の蒸着テープをリニア方式での記録再生に用いる場合、双方向での記録再生特性の差が問題となるが、磁性層の保磁力の最大値Hcmaxが83〜105度(略90度)、最小値Hcminが0±30度以内にあることにより、リニア方式における双方向での記録再生特性の差を低減でき、必要な再生出力が得られる。本発明の磁気記録媒体を、テープストリーマー用途を始めとした各種リニア方式の磁気記録再生システムに適用することにより、高密度記録が可能となる。
【0047】
次に、図3に示す本実施形態の磁気記録媒体10を構成する各層について、詳細に説明する。
非磁性支持体1としては、従来の磁気テープにおいて用いられている公知の材料をいずれも適用できる。例えばポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)等のポリエステル類、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン類、セルローストリアセテート等のセルロース誘導体、ポリカーボネート、ポリイミド、ポリアミド、ポリアミドイミド等のプラスチック類等が挙げられる。がコストの安い非磁性支持体1としてはPETが最も好ましい。
【0048】
非磁性支持体1と垂直磁性膜層2との間には下地層を形成する事が望ましく、最終的に得られる磁気記録媒体10の耐久性や走行性、および磁気テープ成膜時のハンドリング性を向上させる事が可能となる。例えば、バインダー樹脂、フィラー及び界面活性剤等を含有する塗料により下地層を形成して表面に微細な凹凸を付加したり、機械的な強度を高めたりしてする。
【0049】
下地層を形成するバインダー樹脂としては、例えば水性ポリエステル樹脂、水性アクリル樹脂、水性ポリウレタン樹脂等が挙げられる。フィラーとしては、例えば有機ポリマーからなる粒子、二酸化珪素、炭酸カルシウム等の粒子が用いられる。フィラーの平均粒径は例えば5〜30nm、フィラーによって形成される表面突起の密度は例えば50万〜3000万個/mm2 程度とすることが好ましい。
【0050】
下地層を構成するフィラーの平均粒径や、フィラーによって形成される表面突起の密度は、最終的に得られる磁気記録媒体10の走行耐久性と電磁変換特性が良好となる範囲で適宜設定できる。あるいは、リソグラフィー技術によって非磁性支持体1上に人工的に凹凸を形成したり、メッキや真空薄膜形成技術によって金属、無機化合物または有機高分子からなる微小突起を形成したりしてもよい。
【0051】
垂直磁性膜層2は、真空下で強磁性金属材料を加熱蒸発させて被着させる真空蒸着法によって形成されるものであり、結晶成長方向が全体として垂直磁性膜層2の厚み方向である垂直膜の構造をとる。本発明では、長尺状の非磁性支持体1を長手方向に走行させ、走行する非磁性支持体1の一主面側に磁性微粒子を堆積させて磁性層を形成する製法を採用するが、成膜性が良好で、生産性が高く、操作も容易であるという利点を有している。
【0052】
垂直磁性膜層2を形成する真空蒸着装置としては、図6に示すような連続巻き取り式の真空蒸着装置20を適用することができる。真空蒸着装置20の真空室21は垂直蒸着用として構成され、内部が例えば1×10−3 Pa程度の真空にされる。真空室21内には冷却キャン22と蒸着源23が配置されている。冷却キャン22は例えば−10℃程度に冷却され、図中矢印Aで示す方向に回転する。蒸着源23は冷却キャン22と対向するように配置されている。
【0053】
真空室21内には供給ロール24と、巻き取りロール25が配設されている。非磁性支持体1は、供給ロール24から図中矢印Bで示す方向に繰り出され、冷却キャン22の周面に沿って走行した後、巻き取りロール25に巻き取られる。
【0054】
なお、供給ロール24と冷却キャン22との間、及び冷却キャン22と巻き取りロール25との間にはそれぞれガイドローラー27、28が配置されている。ガイドローラー27は供給ロール24から冷却キャン22に走行する非磁性支持体の張力を調節する。ガイドローラー28は冷却キャン22から巻き取りロール25に走行する非磁性支持体1の張力を調節する。これにより、非磁性支持体1が円滑に走行する。
【0055】
蒸着源23は坩堝等の容器にCo等の強磁性金属材料が収容されたものであり、真空蒸着装置20には蒸着源23の強磁性金属材料を加熱、蒸発させるための電子ビーム発生源29が配設されている。電子ビーム発生源29から電子ビーム30を蒸着源23の強磁性金属材料に加速照射することにより、蒸着源23の強磁性金属材料が図中矢印Cで示すように蒸発する。強磁性金属材料は蒸着源23と対向する冷却キャン22の周面に沿って走行する非磁性支持体1上に被着し、強磁性金属薄膜が形成される。
【0056】
蒸着源23と冷却キャン22との間には、第1のシャッタ31と第2のシャッタ32が設けられている。第1のシャッタ31は走行する非磁性支持体1の前段側に位置し、第2のシャッタ32は走行する非磁性支持体1の後段側に位置する。第1のシャッタ31と第2のシャッタ32は、冷却キャン22の周面に沿って走行する非磁性支持体1のうちの所定領域のみを外方(強磁性金属材料が蒸発している雰囲気)に露出させる。すなわち、第1のシャッタ31と第2のシャッタ32は、非磁性支持体1に対する強磁性金属材料気体の入射角度を制限する。
【0057】
強磁性金属薄膜の蒸着に際しては、非磁性支持体1の表面近傍で、かつ強磁性金属材料が入射する部分に、図示しない酸素ガス導入口を介して酸素ガスを供給する。これにより、成膜される磁性層に酸素が導入される。酸素導入量を最適化することにより、斜方蒸着テープの磁気的な異方性を抑制することが可能であり、リニア方式での記録再生に適した蒸着テープが得られる。
【0058】
また、磁性層の酸化を適切に制御することにより、強磁性金属薄膜の耐久性および耐候性などを向上させることもできる。蒸着源の加熱には上記のような電子ビームによる加熱手段の他、例えば抵抗加熱手段、高周波加熱手段、レーザ加熱手段等の公知の手段を使用できるがビームの制御性等を考慮すると電子ビームによる方法が望ましく、補助的な手段として抵抗加熱手段、高周波加熱手段、レーザ加熱手段を併用するのが望ましい。
【0059】
上記の構成の真空蒸着装置20においては、蒸着源23から強磁性金属材料を蒸発させるとともに冷却キャン22の周面に非磁性支持体1を走行させる。蒸発した強磁性金属材料は、第1のシャッタ31と第2のシャッタ32の間から外方に露出した部分にのみ堆積する。
【0060】
真空蒸着装置20は第1のシャッタ31側から第2のシャッタ32側に向かって非磁性支持体1を走行させるため、蒸発した強磁性金属材料は、まず第1のシャッタ31側の非磁性支持体1上に堆積する。そして、第1のシャッタ31側から第2のシャッタ32側に向かって非磁性支持体1が走行するにつれて、蒸発した強磁性金属材料が順次堆積する。したがって、上述した成膜方法によって磁性微粒子の入射角度を制限して形成した垂直磁性膜層2は、全体としては垂直膜の構造をとるものの(図3)、微視的にはシャッタの角度に応じた斜方構造を部分的にとる特徴がありこの垂直成分と斜方成分をコントロールする事により最適な膜構造を実現できる。例えば、図3において、垂直磁性膜層2の膜構造は、非磁性支持体1表面近傍ではわずかに面内方向(磁気記録媒体の長手方向)の一方向である矢印A方向に傾斜した構造をとり、ついで該非磁性支持体1表面から離れるにしたがって徐々に垂直方向となり、ついで垂直磁性膜層2表面近傍では表面に行くにしたがって徐々に矢印Aとは逆方向となる矢印B方に傾斜した構造を呈する。また、酸素導入管33及び34の量を適切にコントロールする事により、保磁力Hc、残留磁化Mr、表面酸化層等をコントロールする事が可能であり、最適な磁性膜を作る。
【0061】
また、本発明の磁気記録媒体は、MRヘッドやGMRヘッドを有する記録再生装置に適用するものであって、ノイズの低減化を図り、C/N比の向上を図るためには、垂直磁性膜層2は極めて薄層に形成することが望ましい。そこで、垂直磁性膜層2の膜厚はMr・tが3mA乃至12mAとなるように、垂直磁性膜層の厚さを40〜100nmとする事が望ましい。
【0062】
垂直磁性膜層2の膜厚が40nm未満の場合は、磁性層が非常に薄くなることで結晶成長性が劣化するため、高いC/N比を得るための十分な磁気特性が得られない。また、磁性層を100nmよりも厚い膜厚で形成すると、ヘッドの飽和現象が顕著となり、MRヘッドもしくはGMRヘッドを適用した場合に所望の記録密度を達成できないことがある。
【0063】
垂直磁性膜層2を形成する強磁性金属材料としては、この種の磁気記録媒体の作製に通常用いられる従来公知の金属材料や磁性合金をいずれも適用可能である。例えば、Co、Ni等の強磁性金属、Co−Ni系合金、Co−Fe系合金、Co−Ni−Fe系合金、Co−Cr系合金、Co−Pt系合金、Co−Pt−B系合金、Co−Cr−Ta系合金、Co−Cr−Pt−Ta系合金等の各種材料、あるいはこれらの材料を酸素雰囲気中で成膜し、膜中に酸素を含有させたもの、またはこれらの材料に一種または2種以上のその他の元素を含有させたものが挙げられる。ものの、実質的に使用可能な金属としてはCo-Oあるいは(Co−Ni(1−x))−O、ただしx=0〜1.0系の媒体となり望ましくは磁化成分が最大になるCo−Oである強磁性金属が望ましい
【0064】
本実施形態の磁気記録媒体10においては、垂直磁性膜層2と非磁性支持体1との間に下地層の他にも、垂直磁性膜層2の結晶粒子の微細化と配向性向上を目的として真空薄膜形成技術を用いて中間層(図示せず)を形成してもよい。
【0065】
真空薄膜形成技術としては、真空下で所定の材料を加熱蒸発させて被処理体に被着させる真空蒸着法、所定の材料の蒸発を放電中で行うイオンプレーティング法、およびアルゴンを主成分とする雰囲気中でグロー放電を起こし、生じたアルゴンイオンでターゲットの表面原子をたたき出すスパッタリング法等のいわゆる物理的成膜法(PVD法)等が挙げられる。
【0066】
中間層を構成する材料としては、Co、Cu、Ni、Fe、Zr、Pt、Au、Ta、W、Ag、Al、Mn、Cr、Ti、V、Nb、Mo、Ru等の金属材料の他、これらの任意の2種類以上を組み合わせた合金、またはこれらの金属材料と酸素や窒素との化合物、酸化ケイ素、窒化ケイ素、ITO(indium tin oxide)、In2 O3 、ZrO等の化合物、カーボン、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)等が挙げられる。
【0067】
垂直磁性膜層2上には、良好な走行耐久性および耐食性を確保するためにDLCからなる保護層3が形成されていることが望ましい。保護層3は、例えばプラズマCVD(Chemical Vapor Deposition)連続膜形成装置を用いて、CVD法によって形成できる。
【0068】
CVD方式としては、メッシュ電極DCプラズマ方式、電子ビーム励起プラズマソース方式、冷陰極イオンソース方式、イオン化蒸着方式、触媒CVD方式等の従来公知の方式をいずれも使用することができる。CVD方式に使用する炭素化合物としては、炭化水素系、ケトン系、アルコール系等の従来公知の材料をいずれも使用できる。また、プラズマ生成時には、炭素化合物の分化を促進するためのガスとして、Ar、H 等が導入されていてもよい。
【0069】
保護層3上には、走行性を良好にするために、例えばパーフルオロポリエーテル系などの任意の潤滑剤を塗布して潤滑剤層4を形成してもよい。また、非磁性支持体1の垂直磁性膜層2が形成されている側の面と反対側の面には、走行性の向上や帯電防止等を目的としてバックコート層5を形成する。
【0070】
バックコート層5は、膜厚0.1〜0.7μm程度であることが好適である。バックコート層5は、例えば無機顔料等の固体粒子を結合剤中に分散させ、結合剤の種類に応じた有機溶剤とともに混練してバックコート層用塗料を調整し、これを非磁性支持体1の裏面側に塗布して形成される。
以上のようにして作製される本発明の磁気記録媒体10は、MRヘッドを用いたリニア方式の磁気記録再生システム用の磁気記録媒体として好適である。
【0071】
以下に、本発明に係る磁気記録再生システム(リニアテープシステム)の実施の形態について説明する。
図7は、本発明に係る磁気記録再生システムの構成例を示す概略図である。
この磁気記録再生システム50は、非磁性支持体1上に前述した蒸着により形成された垂直磁性膜層2を有する磁気記録媒体10(磁気テープ)についてリニア方式で信号を記録、再生する磁気記録再生装置である。
磁気記録再生システム50は、磁気記録媒体10が収納されているカセット100から該磁気記録媒体10を巻き出す巻出しロール51と、巻取りロール52と、これらの中間部に磁気記録媒体10に対して所定のテンションを与え、所望の方向に走行させるために所定間隔に配設されたガイドロール53とからなる磁気記録媒体の走行機構とを備える。また、これらガイドロール53間には、磁気記録媒体10の主面に形成された垂直磁性膜層2に対して信号の記録、再生を行うための記録用磁気ヘッド及び再生用磁気ヘッドを有する磁気ヘッドユニット54が配置されており、磁気記録媒体10の正逆両方向の走行に対して、記録再生が可能となっている。
【0072】
ここで、磁気ヘッドユニット34は、磁気記録媒体10の走行方向が正方向(テープ巻出し方向)、逆方向(テープ巻取り方)のいずれの場合にも対応する記録用磁気ヘッド及び再生用磁気ヘッドを一対の磁気ヘッドとして備えており、その対となった磁気ヘッドが磁気記録媒体10の幅方向に対応して複数配置されている。すなわち、磁気記録媒体10の幅方向に分割して設けられた複数のトラックに対応して前記磁気ヘッドの対が設けられており、トラックごとに同時に記録あるいは再生が可能となる。
【0073】
図8に、記録用磁気ヘッドの構成例を示す。
記録用磁気ヘッド54Aは、リング状の部材の一部が開環してギャップ部Gを形成し、コイル54aが巻き付けられたMIG(Metal In Gap)ヘッドであり、磁気ヘッド54のコアギャップ部には金属軟磁性層54bが形成されている。
【0074】
コアギャップ部の金属軟磁性層54bの材料は、飽和磁束密度を高める材料であり、例えば、CoZrNb,FeAlSi,NiFe,FeGaSiRu,FeTaC,CoNiFeB,CoFeB,CoNiFeS,CoNiFeC,FeTaN,FeAlN,FeRhN,FeMoN,FeZrN,FeSiNなどを用いることができる。ただし、金属軟磁性層54bの材料は、これらの例に限られない。
本発明では、正逆方向走行いずれの場合も同一の記録用磁気ヘッド54Aを用い、同一の記録電流で記録を行なう。
【0075】
また、再生用磁気ヘッドとしては、磁気抵抗効果を利用して磁気記録媒体からの信号を検出する再生専用の磁気ヘッドである磁気抵抗効果型磁気ヘッド(MRヘッド)、例えば異方性磁気抵抗効果型ヘッド(AMRヘッド)若しくは巨大磁気抵抗効果型ヘッド(GMRヘッド)を用いる。一般にMRヘッドとは、電磁誘導を利用して記録再生を行うインダクティブ型磁気ヘッドよりも感度が高く再生出力が大きいので、高密度記録の磁気記録媒体に向いている。
【0076】
MRヘッドは、例えばNi−Zn多結晶フェライトのような軟磁性材料からなる一対の磁気シールドに絶縁体を介して挟持された略矩形状のMR素子部を備える。なお、MR素子部の両端からは一対の端子が導出されており、これらの端子を介してMR素子部にセンス電流を供給できるようになっている。
【0077】
MRヘッドを用いて磁気記録媒体10からの信号を再生する際には、磁気記録媒体10のテープ面にMR素子部を摺動させる。そして、この状態でMR素子部の両端に接続された端子を介して、MR素子部にセンス電流を供給し、このセンス電流の電圧変化を検出する。
【0078】
磁気記録媒体にMR素子部を摺動させた状態でMR素子部にセンス電流を供給すると、磁気記録媒体からの磁界に応じて、MR素子部の磁化方向が変化し、MR素子部に供給されたセンス電流と磁化方向との相対角度が変化する。そして、MR素子部の磁化方向とセンス電流の方向とがなす相対角度に依存して抵抗値が変化する。
【0079】
このため、MR素子部に供給するセンス電流の値を一定にすることにより、センス電流に電圧変化が生じることになる。このセンス電流の電圧変化を検出することにより、磁気記録媒体からの信号磁界が検出され、磁気記録媒体に記録されている信号が再生される。
【0080】
MR素子にバイアス磁界を印加する手法は、SAL(soft adjacent layer)バイアス方式の他、例えば永久磁石バイアス方式、シャント電流バイアス方式、自己バイアス方式、交換バイアス方式、バーバーポール方式、分割素子方式、サーボバイアス方式等、種々の手法が適用可能である。なお、巨大磁気抵抗効果素子や各種バイアス方式については、例えば「第二版 磁気抵抗ヘッドとスピンバルブヘッド−基礎と応用−」(林和彦 訳、丸善株式会社、2002年発行)に詳細に記載されている。
【実施例】
【0081】
以下、本発明に係る磁気記録媒体の具体的な実施例について、実験結果に基づいて説明する。
(実施例1)
図3の非磁性支持体1の原材料として、膜厚6.0μm、幅150mmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム(非磁性フィルム)を用意した。ついで、この非磁性フィルムの磁性層形成面側に膜厚10nmの下地層を形成した。下地層は、アクリルエステルを主成分とする水溶性ラテックスにシリカ粒子を分散させた塗料を、非磁性フィルム上に塗布して形成した。シリカ粒子は直径10nmのものを用い、非磁性フィルム上でシリカ粒子の密度が3×10 個/mm 程度となるようにした。
【0082】
次に、図6に示した真空蒸着装置20を用いて垂直磁性膜層2を形成した。具体的には、原料である金属磁性材料をCoとし、酸素ガス導入管33及び34から酸素ガスを入り口側と出口側で同じ量の5.0×10−4 /minの導入量で導入し、電子ビーム発生源29から電子ビーム30を照射して加熱し、反応性真空蒸着により、Co−CoO系磁性層を形成した。垂直磁性膜層2は、非磁性フィルムの送り速度を50m/minとして膜厚を50nmとなるように形成した。このとき、第1のシャッタ31および第2のシャッタ32により、Co蒸着粒子の最大入射角度を±6.5度に調整した。
【0083】
次に、上述のようにして形成した垂直磁性膜層2上に、DLC膜からなる保護層3を、プラズマCVD法によって膜厚10nmで形成した。さらに、保護層3上にパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を塗布して、膜厚2nmの潤滑剤層4を形成した。
【0084】
また、非磁性フィルムの垂直磁性膜層2が形成されている側の面と反対側の面に、カーボン粒子とウレタン樹脂を含むバックコート用塗料を塗布して、膜厚0.3μmのバックコート層5を形成した。カーボン粒子は平均粒径35nmのものを用いた。バックコート用塗料の塗布には、ダイレクトグラビア法による塗布装置を用いた。
以上の工程により、目的とする磁気記録媒体10の原反を得た後、原反を1/2インチ幅に裁断して、サンプルの磁気記録媒体(磁気テープ)を得た。
【0085】
(実施例2)
磁性層形成時の酸素導入管33および34からの酸素導入量を8.0×10−4 /minとした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作製した。
【0086】
(実施例3)
磁性層形成時の酸素導入管33および34からの酸素導入量を1.0×10−4 /minとした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作製した。
【0087】
(実施例4)
磁性層形成時の酸素導入管33からの酸素導入量を8.0×10−4 /minおよび酸素導入管34からの酸素導入量を1.0×10−4 /minとした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作製した。
【0088】
(実施例5)
磁性層形成時の酸素導入管33からの酸素導入量を1.0×10−4 /minおよび酸素導入管34からの酸素導入量を8.0×10−4 /minとした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作製した。
【0089】
(実施例6)
第一のシャッタ31の開口角を6.5度、第二のシャッタ32の開口角を4.0度とした以外は実施例1と同様にしてサンプルを作製した。
【0090】
(実施例7)
第一のシャッタ31の開口角を6.5度、第二のシャッタ32の開口角を3.0度とした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作製した。
【0091】
(実施例8)
垂直磁性膜層2の膜厚を100nmとなるよう、非磁性支持体の送り速度を25m/minとした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作成した。
【0092】
(実施例9)
垂直磁性膜層2の膜厚を40nmとなるよう、非磁性支持体の送り速度を62.5m/minとした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作成した。
(実施例10)
垂直磁性膜層形成時の酸素導入管33からの酸素導入量を0.0×10−4 /min(酸素ガス導入せず)および酸素導入量34からの酸素導入量を8.0×10−4 /minとした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作製した。
【0093】
(比較例1)
第一のシャッタ31の開口角を6.5度、第二のシャッタ32の開口角を2.0度とした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作製した。
【0094】
(比較例2)
垂直磁性膜層形成時の酸素導入管33からの酸素導入量を8.0×10−4 /minおよび酸素導入管34からの酸素導入量を0.0×10−4 /min(酸素ガス導入せず)とした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作製した。
【0095】
(参考例1)
垂直磁性膜層形成時の酸素導入管33および34からの酸素導入量を10.0×10−4 /minとした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作製した。
【0096】
(参考例2)
垂直磁性膜層2の膜厚を125nmとなるよう、非磁性支持体の送り速度を20m/minとした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作成した。
【0097】
(参考例3)
垂直磁性膜層2の膜厚を30nmとなるよう、非磁性支持体の送り速度を83m/minとした以外は、実施例1と同様にしてサンプルを作成した。
【0098】
上述のようにして作製した各磁気テープサンプルに対して、以下に示す方法を用いて磁気特性および電磁変換特性の評価を行った。
(1)磁気特性等
磁気特性として、VSM(試料振動型磁力計)を用いて、外部磁場印加中において試料を回転させながら、それぞれの角度においてヒステリシスループを測定することにより、保磁力の印加磁場角度依存性を測定した。また、残留磁化Mr並びに記録波長5μmで記録した信号正逆走行方向それぞれにおける孤立再生波を測定して、正逆方向それぞれに走行させた場合のダイパルス比を求めた。なお、ここで正方向とは、図6に示した真空蒸着装置20における蒸着時の走行方向をいい、逆方向の走行とはその蒸着時の走行方向の逆方向をいう。
(2)電磁変換特性
電磁変換特性の評価にはドラムテスタを用い、記録ヘッドはギャップ長0.22μm、トラック幅20μmのMIGヘッドを使用した。電磁変換特性の評価では、ドラムに巻きつけた磁気テープサンプルに対して、MIGヘッドで記録波長1.0μmと0.3μmにて記録し、トラック幅5μmのNiFeMRヘッドを用いて再生したときのキャリア出力を測定した。このとき、測定方向は、磁気テープと磁気ヘッドを相対的に正方向と逆方向で動作するようにした状態でそれぞれ測定した。記録ヘッドの記録電流は、それぞれのサンプルにおいて正方向で測定した際の再生出力が最大となる値とし、逆方向の測定においても同じ記録電流に固定した。なお、正方向記録再生時の記録波長0.3μmと記録波長0.6μmの信号出力差は、実施例1での(記録波長0.3μmでの出力)−(記録波長1.0μmでの出力)を基準(0dB)とした。それぞれのサンプルでの(記録波長0.3μmでの出力)−(記録波長1.0μmでの出力)が実施例1(基準)に対してマイナスの場合、実施例1よりも短波長での出力劣化の度合いが大きい。また、磁気テープとMRヘッドとの相対速度は7m/secとした。
上記の実施例1乃至10、比較例1,2、参考例1乃至3の主要作製条件、磁気特性等の評価結果を表1に、電磁変換特性の評価結果を表2に示す。
【0099】
【表1】

【0100】
【表2】

【0101】
表1に示すように、実施例1乃至10の磁気テープは、保磁力の最小値をとるときの印加磁界角度であるHcmin角度(θ(Hcmin)と表記)が±30度以内であり、正方向走行の場合と逆方向走行の場合のダイパルス比が0.36以上となることにより、記録波長0.3μmの場合の正方向走行と逆方向走行の再生時の出力差が小さくなって1dB以内に収まった(表2)。なお、前出の特許文献4(特開2004−326888号公報)には、「3dB以内であれば、単層磁性層の蒸着テープに於いても、リニア方式での記録再生の実用化が可能である。」との記載はあるものの、実用化が可能というレベルの話であり、ドライブがテープ毎に変わる特性を補償しながら使用することとなる。本発明のように、ドライブでの補償を行わないことを前提とすれば、正逆両方向の特性差は1dB以内とすることが望ましい。
【0102】
一方、比較例1,2の磁気テープは、磁気異方性が強く、θ(Hcmin)が±30度の範囲外となるとともに、前記ダイパルス比も0.36未満となっており(表1)、正逆方向の出力差が大きくなるため、リニア方式用の記録媒体として好適な特性が得られなかった(表2)。
【0103】
また、参考例1および参考例3の磁気テープは、Mr・tが小さいため出力も小さくなり、安定に使用できる出力の目安となる〔記録波長0.3μm信号における実施例1に対する出力差〕が、基準値−1.5dBを割り込む(表2)。そのため、実用に際し使用する場合には困難なレベルであることがわかる。一方、比較例2に関しては、Mr・tは目標値通り(3〜12mA)にはなっているものの、磁性層表面付近への酸素導入量が少ない、あるいは全く行わない事により磁性体としての特性が取れず、保磁力の最大値Hcmaxが62kA/m程度しか取れていない(表1)。そのため、十分なCN比または出力が得られない(表2)。出力を十分に得るという観点からは保磁力の最大値Hcmaxは好ましくは85kA/m以上とする必要がある。
【0104】
一方、実施例1乃至10に示す通り、Mr・tが3mA以上、12mA以下であれば出力・ノイズ比(CN比)が〔記録波長0.3μm信号における実施例1に対するCN比の差〕において基準値−1.5dB以上であり、磁気記録再生用として使用するには十分な特性を有する事がわかる。これに対して参考例2に示す通り、Mr・tが12mAを超えるとCN比は−5dBを下回って悪化する事がわかり、使用に耐えない事がわかる(表2)。このことから十分なCN比を確保するためには、保磁力の最大値Hcmaxは出力の面からは85kA/m以上が好ましいとしたものの、CN比からの要請としては93kA/m以上、より好ましくは102kA/m以上必要である。
【0105】
以上のように、上記の本発明の実施形態の磁気記録媒体(磁気テープ)によれば、当該磁気記録媒体を、前記ダイパルス比が0.36以上となる垂直磁性膜層とすれば、正方向走行と逆方向走行の特性は略同一と見做す事が可能であり、リニアサーペンタインシステムで使用するのに好適な金属薄膜磁気テープを得られる事がわかる。なお、このとき垂直磁性膜層の保磁力Hcがテープ面に対し90度付近で最大(Hcmax)となり、テープ面に対し0±30度以内で最小(Hcmin)となると、なおよい。
【0106】
またこのときに、垂直磁性膜層の残留磁化Mrと膜厚tとの積であるMr・tが3〜12mAの範囲にあると、記録された信号が磁気抵抗効果型ヘッドあるいは巨大磁気抵抗効果型磁気ヘッドで使用されるのに好適な磁気テープである事がわかる。
【0107】
したがって、本実施形態の磁気テープは、MRヘッド等の高感度ヘッドを使用するリニア方式の磁気記録再生システムで、高記録密度の記録再生を低コストの単層蒸着テープによって行うことができる。本発明の磁気記録媒体の実施形態は、上記の説明に限定されない。本発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0108】
【図1】斜方蒸着膜からなる磁性層を備える磁気記録媒体の構成を示す断面図である。
【図2】斜方蒸着膜を積層した磁性層を備える磁気記録媒体の構成を示す断面図である。
【図3】本発明に係る磁気記録媒体の構成を示す断面図である。
【図4】垂直磁性膜層の孤立再生波に基づくダイパルス比の説明図である。
【図5】本発明に係る磁気記録媒体の保磁力の印加磁界角度依存性を示す特性図である。
【図6】本発明に係る磁気記録媒体の垂直磁性膜層を形成するための真空蒸着装置の構成を示す概略図である。
【図7】本発明に係る磁気記録再生システムの構成を示す断面図である。
【図8】磁気記録媒体と記録用磁気ヘッドの構成を示す模式図である。
【符号の説明】
【0109】
1,91,101…非磁性支持体、2…垂直磁性膜層、3,93…保護層、4,94…潤滑層、5,95…バックコート層、10,90…磁気記録媒体、20…真空蒸着装置、21…真空室、22…冷却キャン、23…蒸着源、24…供給ロール、25…巻き取りロール、27、28…ガイドローラー、29…電子ビーム発生源、30…電子ビーム、31…第1のシャッタ、32…第2のシャッタ、33,34…酸素導入管、50…磁気記録再生システム、51…巻き出しロール、52…巻き取りロール、53…ガイドロール、54…磁気ヘッドユニット、54A…記録用磁気ヘッド、54a…コイル、54b…金属軟磁性層、92,102a,102b,102…磁性層、100…テープカセット、H…印加磁界、G…ギャップ部、θ…印加磁界角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
テープ状の非磁性支持体と、該非磁性支持体の一主面に真空薄膜形成技術によって形成されてなる垂直磁性膜層と、を有し、該垂直磁性膜層にリニア方式で信号の記録および再生が行われる磁気記録媒体であって、
前記垂直磁性膜層のダイパルス比が0.36以上であることを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項2】
前記垂直磁性膜層は、当該磁気記録媒体に対する印加磁界角度が83〜105度で保磁力の最大値Hcmaxを示し、前記印加磁界角度が−30〜30度で保磁力の最小値Hcminを示すことを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体。
【請求項3】
前記保磁力の最大値Hcmaxが93kA/m以上であることを特徴とする請求項2に記載の磁気記録媒体。
【請求項4】
前記垂直磁性膜層の残留磁化Mrとその膜厚tとの積であるMr・tが、式(1)で表される範囲にあり、該垂直磁性膜層に記録された信号が磁気抵抗効果型磁気ヘッドの摺動により再生されることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体。
3(mA)≦Mr・t<12(mA) ・・・(1)
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の磁気記録媒体を用い、該磁気記録媒体を長手方向の正逆両方向に走行させ、前記長手方向に信号の記録再生を行なうリニア方式の走行機構及び磁気ヘッドユニットを備えることを特徴とする磁気記録再生システム。
【請求項6】
前記磁気ヘッドユニットは、前記磁気記録媒体の幅方向を分割して設けられた複数のトラックに対応して配列された複数の磁気ヘッドを有することを特徴とする請求項5に記載の磁気記録再生システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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