説明

磁気記録素子

【課題】熱誘起スピン遷移がクロスヒステリシスループを形成する遷移金属錯体を用いた磁気記録素子を提供すること。
【解決手段】式(1)で表される金属錯体を用いた磁気記録素子。


〔式中、R1、R2、R3、R4、R5、及びR6は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、炭素数1〜10のアルキル基等を表し、Mは、Mn(II)、Mn(III)、Fe(II)、Fe(III)、Co(II)、Co(III)、又はNi(II)を表し、Xは、CF3SO3-、CH3−Ph−SO3-、NCS-、CN-、Cl-、Br-、BF4-、BPh4-、ClO4-、又はPF6-を表し、nが2又は3を表す。〕

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録素子に関し、さらに詳述すると、熱誘起スピン遷移がクロスヒステリシスループを形成する遷移金属錯体を用いた磁気記録素子に関する。
【背景技術】
【0002】
八面体配位子場では、中心金属イオンのd電子数が4個から7個のもので、配位子場のエネルギーが電子対形成エネルギーより小さいか大きいかによって、それぞれ高スピン状態又は低スピン状態の電子配置をとることが一般的である。
これらのパラメータがほぼ同等の大きさである場合には、温度や圧力の変化、又は光の照射といった外部条件変化の影響によって、スピン状態間での変換が起こることがあり、この現象を「スピン遷移」、「スピン交差」、又は「スピンクロスオーバー」と呼ぶ。
【0003】
スピン遷移現象は、その化合物の磁気、吸収スペクトル、屈折率、電気、振動及び構造変化を伴う。これらの特性を利用して、センサ、データ記憶、表示、信号処理等への展開が期待されている。
本発明者らは、これまで、テルピリジン配位子を有するCo錯体が磁気ヒステリシスを有し、モル磁化率が緩やかな変化を有することを見出しているが、これまでクロスするヒステリシスループを形成するスピン遷移は見出されたことはない(非特許文献1、非特許文献2、及び非特許文献3参照)。
【0004】
【非特許文献1】「インオーガニック・ケミストリー(Inorg. Chem.)」、(米国)、2004年、第43巻、p.4124−4126
【特許文献1】「インオーガニック・ケミストリー(Inorg. Chem.)」、(米国)、2005年、第44巻、p.7295−7297
【特許文献2】「アンゲバンテ・ケミー・インターナショナル・エディション(Angew. Chem. Int. Ed.)」、(独)、2005年、第44巻、p.4899−4903
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、熱誘起スピン遷移がクロスヒステリシスループを形成する遷移金属錯体を用いた磁気記録素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、三座配位子であるテルピリジンを有する金属錯体がクロスヒステリシスループを形成する熱誘起スピン遷移を起こすこと見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、
1. 熱誘起スピン遷移がクロスヒステリシスループを形成する遷移金属錯体を用いることを特徴とする磁気記録素子、
2. 前記遷移金属錯体が、式(1)で表される1の磁気記録素子、
【化1】

{式中、R1、R2、R3、R4、R5、及びR6は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、炭素数1〜10のアルキル基〔このアルキル基はハロゲン原子、ヒドロキシル基、カルボキシル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、フェニル基(このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。)で任意に置換されていてもよい。〕、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、フェニル基〔このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。〕を表し、Mは、Mn(II)、Mn(III)、Fe(II)、Fe(III)、Co(II)、Co(III)、又はNi(II)を表し、Xは、CF3SO3-、CH3−Ph−SO3-、NCS-、CN-、Cl-、Br-、BF4-、BPh4-、ClO4-、又はPF6-を表し、nは2又は3を表す。}
3. 前記Mが、Fe(II)、Fe(III)、又はCo(II)である2の磁気記録素子、
4.前記R1、R2、R3、R4、及びR5が、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、メチル基、エチル基、又はノルマルプロピル基を表し、前記R6が、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、シアノ基、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、ノルマルブチル基、イソブチル基、セカンダリーブチル基、ターシャリーブチル基、トリフルオロメチル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、カルボキシメチル基、メトキシ基、エトキシ基、ノルマルプロポキシ基、イソプロポキシ基、フェニル基、ペンタフルオロフェニル基、アニソール基、又はトリル基を表す2又は3の磁気記録素子、
5. 前記R1、R2、R3、R4、及びR5が、水素原子を表し、前記R6が、水素原子又はメトキシ基を表し、前記Mが、Co(II)を表し、前記Xが、BF4-を表し、前記nが2である2〜4のいずれかの磁気記録素子
を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、熱誘起スピン遷移がクロスヒステリシスループを形成する金属錯体を用いた磁気記録素子を提供できる。この金属錯体は、熱誘起スピン遷移がクロスしたヒステリシスループを形成するため、従来のクロスしないヒステリシスループのスピン遷移錯体と比較して温度幅が広く、また二箇所で高スピン,低スピンの二つの性質が見られるため、この特徴を利用した記録素子等の応用において、広範囲での利用が可能となる。また、スピン遷移がクロスしていることより、磁化率の温度依存性を測定することにより、その磁性体の温度履歴がわかるという特徴を有しているため、サーモセンサとしての応用が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明についてさらに詳しく説明する。
本発明に係る磁気記録素子は、熱誘起スピン遷移がクロスヒステリシスループを形成する遷移金属錯体を用いるものである。ここで、遷移金属錯体としては、例えば、上記式(1)で示すものが挙げられる。
式(1)において、R1、R2、R3、R4、R5、及びR6は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、炭素数1〜10のアルキル基〔このアルキル基はハロゲン原子、ヒドロキシル基、カルボキシル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、フェニル基(このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。)で任意に置換されていてもよい。〕、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、フェニル基〔このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。〕を表す。
【0009】
具体的には、ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子が挙げられる。
上記各置換基で任意に置換されていてもよい炭素数1〜10のアルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ノルマルブチル基、イソブチル基、セカンダリーブチル基、ターシャリーブチル基、ノルマルペンチル基、アミル基、イソアミル基、ターシャリーアミル基、ネオペンチル基、ノルマルヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、トリフルオロメチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基、1,1,2,2,2−ペンタフルオロエチル基、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、カルボキシルメチル基、カルボキシルエチル基、メトキシエチル基、ベンジル基、p−フルオロベンジル基、p−メトキシベンジル基、p−メチルベンジル基、フェニルエチル基等が挙げられる。
【0010】
好ましいR1、R2、R3、R4、及びR5としては、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、メチル基、エチル基、又はノルマルプロピル基が挙げられ、さらに好ましくは、水素原子が挙げられる。
好ましいR6としては、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、シアノ基、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、ノルマルブチル基、イソブチル基、セカンダリーブチル基、ターシャリーブチル基、トリフルオロメチル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、カルボキシメチル基、メトキシ基、エトキシ基、ノルマルプロポキシ基、イソプロポキシ基、フェニル基、ペンタフルオロフェニル基、アニソール基、又はトリル基が挙げられ、さらに好ましくは、水素原子、又はメトキシ基が挙げられる。
【0011】
Mとしては、Mn(II)、Mn(III)、Fe(II)、Fe(III)、Co(II)、Co(III)、又はNi(II)が挙げられ、好ましくはFe(II)、Fe(III)、又はCo(II)が挙げられ、さらに好ましくはCo(II)が挙げられる。
Xとしては、CF3SO3-、CH3−Ph−SO3-、NCS-、CN-、Cl-、Br-、BF4-、BPh4-、ClO4-、又はPF6-が挙げられ、好ましくはBF4-が挙げられる。また、nは2又は3である。
【0012】
上記式(1)の金属錯体を構成するテルピリジン配位子は、例えば、G. R. Pabst and J. Sauer, Tetrahedron Letters, 39, 6687-6690 (1998), Burstall F. H., J. Chem. Soc., 1938, 1662-1673.等に記載の方法に準じて合成することができる。
また、式(1)の金属錯体は、例えば、メタノール等のアルコール溶媒、アセトン等のケトン溶媒、クロロホルム等のハロゲン系溶媒、アルコール溶媒とハロゲン系溶媒の混合溶媒中で、金属のハロゲン化塩と、上記の方法などにより合成したテルピリジン配位子とを、Xのナトリウム塩存在下で反応させる方法や、上記と同様な溶媒中、テルピリジン配位子とMXn(M、X、nは上記と同じ。)とを反応させる方法などで得ることができる。
【実施例】
【0013】
以下、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]コバルト(II)錯体[Co(terpy)2](BF4)2の製造
メタノール20mlに配位子terpy (0.47g,2mmol)を加えた溶液に、メタノール20mlにCo(BF4)26H2O (0.34g,1mmol)を加えた溶液を攪拌しながら加えると褐色の溶液となり、固体が沈殿した。この固体をろ過し、乾燥した。その固体をメタノール又はアセトンから再結晶し、褐色の単結晶を得た。
【0014】
[磁化率測定]
磁化測定装置〔superconducting quantum interference device (SQUID) MPMS-7S,Quantum Design社製〕を用い、0.5T(テスラ)の磁場のもと、実施例1で得られたサンプル(コバルト(II)錯体[Co(terpy)2](BF4)2)42.2mgを5Kにセットし、2K/分の昇温速度で400Kまで測定した。その後、400Kから、2K/分の降温速度で5Kまで測定した。図1にχmT vs. Tプロットを示す。△は昇温過程で測定、▽は降温過程で測定したデータを示す。Tは温度を示す。
図1に示されるように、実施例1で得られた錯体は、熱誘起スピン遷移がクロスヒステリシスループを形成することがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1で得られたコバルト(II)錯体[Co(terpy)2](BF4)2のχmT vs. Tプロット図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱誘起スピン遷移がクロスヒステリシスループを形成する遷移金属錯体を用いることを特徴とする磁気記録素子。
【請求項2】
前記遷移金属錯体が、式(1)で表される請求項1記載の磁気記録素子。
【化1】

{式中、R1、R2、R3、R4、R5、及びR6は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、炭素数1〜10のアルキル基〔このアルキル基はハロゲン原子、ヒドロキシル基、カルボキシル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、フェニル基(このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。)で任意に置換されていてもよい。〕、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、フェニル基〔このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。〕を表し、
Mは、Mn(II)、Mn(III)、Fe(II)、Fe(III)、Co(II)、Co(III)、又はNi(II)を表し、
Xは、CF3SO3-、CH3−Ph−SO3-、NCS-、CN-、Cl-、Br-、BF4-、BPh4-、ClO4-、又はPF6-を表し、nは2又は3を表す。}
【請求項3】
前記Mが、Fe(II)、Fe(III)、又はCo(II)である請求項2記載の磁気記録素子。
【請求項4】
前記R1、R2、R3、R4、及びR5が、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、メチル基、エチル基、又はノルマルプロピル基を表し、
前記R6が、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、シアノ基、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、ノルマルブチル基、イソブチル基、セカンダリーブチル基、ターシャリーブチル基、トリフルオロメチル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、カルボキシメチル基、メトキシ基、エトキシ基、ノルマルプロポキシ基、イソプロポキシ基、フェニル基、ペンタフルオロフェニル基、アニソール基、又はトリル基を表す請求項2又は3記載の磁気記録素子。
【請求項5】
前記R1、R2、R3、R4、及びR5が、水素原子を表し、前記R6が、水素原子又はメトキシ基を表し、前記Mが、Co(II)を表し、前記Xが、BF4-を表し、前記nが2である請求項2〜4のいずれか1項記載の磁気記録素子。

【図1】
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【公開番号】特開2007−242936(P2007−242936A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−64138(P2006−64138)
【出願日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(000003986)日産化学工業株式会社 (510)
【Fターム(参考)】