説明

示差走査熱量測定装置

【課題】DSC曲線の分解能、S/N比、ベースラインの安定度の重要度に合わせた最適測定環境を提供できる示差走査熱量測定装置を提供する。
【解決手段】加熱炉4Aの炉体1A内の底部に試料側検出器6Aと基準物質側検出器8Aを嵌合して摺動させ任意の位置に接触摩擦力により保持するための貫通孔1b、1cを穿設する。前記試料側検出器6A及び基準物質側検出器8Aに段付リング62を固着し、これを把持具16で把持してその高さを調節できる高さ調節機構をそれぞれに設ける。両検出器6A、8Aの高さはDSC曲線の分解能を上げるにはその位置を共に低く、S/N比を上げるには共に高く、ベースラインのドリフトをなくすにはそのドリフト方向に対応して高低差をつける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料温度をプログラムに従って変化させた時、試料が起こす物理的、化学的変化に伴うエンタルピー増減を測定し、材料の物性評価や相転移の研究等を行う示差走査熱量測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の示差走査熱量測定装置は、図9に示すように、例えば窒素ガスなどのパージガスを導入するためのパージガス導入口1aを設けた炉体1、そのパージガスを排出するためのパージガス排出口2aを設けた炉蓋2及び炉体1を加熱するヒータ3からなる加熱炉4と、前記炉体1内に設置され、試料用サンプルパン(容器)5を搭載しその温度を検出する試料側検出器6及び基準物質用サンプルパン7を搭載しその温度を検出する基準物質側検出器8と炉体1の温度を制御するためにその温度を検出する温度センサ9からなる温度検出ユニット10とその検出信号をDSC曲線に変換するDSC曲線変換部15を備えている。
【0003】
前記DSC曲線変換部15は、前記温度検出ユニット10から検出された試料Sと基準物質Rの温度信号および炉体1の温度信号を増幅する信号増幅部11、これらの温度信号を順次ディジタル信号に変換する信号処理部13、これらのディジタル信号をデータ処理して試料Sと基準物質Rの温度差に基づいて、単位時間当たりに試料Sに出入りする熱量を算出しDSC曲線を表示するパーソナルコンピュータ等の外付のデータ処理・記憶装置14から構成されている。また、ヒータ制御部12は、前記データ処理・記憶装置14から出力される昇温プログラム信号と温度センサ9の検出信号が一致するようにヒータ3への印加電圧を制御する。
【0004】
上記示差走査熱量測定装置において、前記データ処理・記憶装置14に昇温プログラムを設定し、加熱炉4の炉体温度を経時的に昇温させ試料温度と基準物質温度とを漸次昇温させるとき、例えば試料Sが融解温度に到達すると、融解の終了まで試料Sの温度上昇は停止し、融解が終了すると速やかに系の温度に復帰し、元の昇温速度で昇温を再開し、この間に図10に示すように試料Sに流入する熱流量は一定期間ピークを形成した後回復するDSC曲線が得られる(特開2000−193618参照)
【0005】
【特許文献1】特開2000−193618号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の示差走査熱量測定装置は上記のように構成され、前記試料側検出器6及び基準物質側検出器8が炉体1に固定されているので、炉体1と試料用サンプルパン5間及び基準物質用サンプルパン7間の熱抵抗は一定となっている。このため試料Sに発生する現象によっては、その生起温度が接近している場合ピークの分離が不十分となる場合や、例えば試料Sが希薄溶液であるとS/N比が不足する場合が発生する。また試料側検出器6、基準物質側検出器8の寸法公差や組付け誤差によっては試料Sと基準物質Rとの熱的なバランスが崩れ、ベースラインの温度ドリフトを惹き起こす場合がある。
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであって、上記のような分離不十分、S/N比不足あるいはベースラインのドリフトをサンプルパンへの熱供給量を調節することにより除去できる示差走査熱量測定装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するため、本発明の示差走査熱量測定装置は、2つのサンプル容器に収容した試料と基準物質を加熱する加熱炉と、この加熱炉の炉体と前記サンプル容器との間に介在させて熱交換と温度検出を行う試料側検出器及び基準物質側検出器と、その炉体を加熱するヒータと、炉体の温度を制御する温度制御手段とを備えた示差走査熱量測定装置において、炉体からの試料側検出器の高さ及び基準物質側検出器の高さをそれぞれ独立にかつ連続的に変えられる検出器の高さ調節機構を設けたものである。この高さ調節機構は、検出器を取り付ける炉体に貫通孔を穿設させ、該貫通孔に検出器を嵌合させるようにしたものである。検出器が嵌合され、貫通孔の内周面との接触摩擦力にて係止されることにより、自在に所望の位置に検出器を位置させることができる。
【発明の効果】
【0008】
本示差走査熱量測定装置は検出器の高さを任意に調節することができるので分解能を重視して測定する場合には、検出器の高さを低くして炉体〜検出器間の熱抵抗を小さくすることによりピーク形状は高く幅が狭いシャープな形状になって接近したピークの分離が明瞭になる。また、S/N比を重視して測定する場合には、検出器の高さを高くして炉体〜検出器間熱抵抗を大きくすることにより温度差信号が大きくなりS/N比が向上する。さらにまたベースラインのドリフトが顕著な場合は、例えば吸熱側ドリフトなら、炉体〜試料側検出器の熱抵抗を小さく、炉体〜基準物質側熱抵抗を大きくすることによって両者の熱的バランスを変え平坦なベースラインに調整することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明による示差走査熱量測定装置の実施例を図面を参照しながら詳細に説明する。図1は本発明による示差走査熱量測定装置の温度検出ユニット10Aの構成を示す断面図で
、その検出信号からDSC曲線に変換するDSC曲線変換部やヒータ制御部の構成は省略するが図9に示すブロック図と同様の構成が用いられている。なお、図9に示した従来例の示差走査熱量測定装置と同様の機能を有する構成部材には同一番号を付記する。
【0010】
本示差走査熱量測定装置は、図1に示すようにパージガス導入口1aと貫通孔1b、1cを設けた炉体1Aと、パージガス排出口2aを設けた炉蓋2及び炉体1Aを加熱するヒータ3からなる加熱炉4Aと、前記炉体1A内に設置され、試料Sを収容する試料用サンプルパン(容器)5を搭載し例えばクロメルーコンスタンタン熱電対のような温度センサ64を使用し、その温度を検出する試料側検出器6A及び基準物質Rを収容する基準物質用サンプルパン7を搭載し温度センサ84を使用し、その温度を検出する基準物質側検出器8Aと炉体1Aの内部温度を制御するためにその温度を検出する温度センサ9からなる温度検出ユニット10Aとその検出信号をDSC曲線に変換するDSC曲線変換部15(図9参照)を備えている。
【0011】
前記試料側検出器6Aは、図2に示すように上端が閉じられた円筒体61に段付リング62を嵌めこみ固着した試料側ホルダ63と、その上端裏面に先端が金属溶接または鑞接された温度センサ64とからなる。この試料側ホルダ63は、例えばステンレス鋼または同等の熱抵抗を有する金属で作られる。また前記基準物質側検出器8Aは、前記試料側検出器6Aと同様な基準物質側ホルダ83とその上端裏面に先端が固設された温度センサ84とからなる。これら前記試料側検出器6A及び基準物質側検出器8Aは、炉体1Aの貫通孔1b、1cに嵌合される。この試料側ホルダ63又は基準物質ホルダ83は図3に示すようにピンセットのような把持具16で前記段付リング62を把持して持ち上げたり、上側から当てて押し込むことによりその高さを調節することができる。
【0012】
上記示差走査熱量測定装置で測定されるDSC曲線の分解能が重視される場合には、前記試料側検出器6Aと基準物質側検出器8Aを把持具16で把持して図4に示すような低い位置に設定する。これにより試料用サンプルパン5と炉体1A間の熱抵抗及び基準物質用サンプルパン7と炉体1A間の熱抵抗は、それぞれの高さに反比例して小さくなる。従って試料用サンプルパン5に単位時間当たりに供給される熱流量が大きくなり図1に示すようなサンプルパン5、7が通常位置にある場合のDSC曲線A(実線)に比べ低位置でのDSC曲線B(点線)は図5に示すようにピークは高く幅が狭くシャープになりピークが接近する場合の分離が明瞭になる。
【0013】
また、DSC曲線(データ)のS/N比が重視される場合には、前記試料側検出器6Aと基準物質側検出器8Aの段付リング62を把持具16で把持して図6に示すように高い位置に設定する。試料用サンプルパン5と炉体1A間の熱抵抗及び基準物質用サンプルパン7と炉体1A間の熱抵抗は試料側検出器6A及び基準物質側検出器8Aの高さに比例して大きくなる。これにより試料用サンプルパン5に単位時間当たりに供給される熱流量が小さくなり、温度差信号が大きくなるのでS/N比が改善される。
【0014】
さらにDSC曲線のベースラインの温度ドリフトが図7のベースラインAで示すように顕著である場合に、前記試料側検出器6Aと基準物質側検出器8Aの高さを相対的に変えてドリフトの補正をすることができる。例えば図7に示すように右下がりの吸熱側ドリフトが発生する場合には、図8に示すように基準物質側検出器8Aに対して試料側検出器6Aの高さを低く設定する。これにより試料用サンプルパン5と炉体1A間の熱抵抗は基準物質用サンプルパン7と炉体1A間の熱抵抗より小さくなり、両者の熱的バランスが変化し図7のベースラインBに示すような平坦なベースラインに調整することができる。
【0015】
本示差走査熱量測定装置は以上のように試料Sや基準物質Rへの熱流量を自在に変えて最適な条件で分析を行うことが可能となる。試料Sが未知である場合には先ず図1に示すように試料側検出器6Aと基準物質側検出器8Aを通常位置においてDSC分析を行い、さらに高い分解能、S/N比あるいはベースラインの平坦が得られる位置で分析を行うことにより試料の熱的変化を明確に捉えることができる。
【0016】
本発明の示差走査熱量測定装置は、上記のようにサンプルパン5、7と炉体1A間に位置する検出器6A、8Aの高さ、すなわち距離を変えてその間の熱抵抗を等価的に変化させることを特徴とするものであって上記実施例に限定されるものではなく、例えば検出器6A、8A、炉体1Aの貫通孔1b、1c断面は多角形であってもよい。また前記貫通孔1b、1cの最下面を温度センサ64、84の通過孔を残して閉じるようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0017】
示差走査熱量測定装置に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施例による示差走査熱量測定装置の温度検出ユニットの構成を示す側面断面図である。
【図2】実施例に係る試料側検出器及び基準物質側検出器の側面断面図(A)と下面図(B) である。
【図3】把持具による基準物質側検出器の位置調節方法を示す説明図である。
【図4】DSC曲線の分解能を向上させる温度検出ユニットの側面断面図である。
【図5】DSC曲線の分解能の比較図である。
【図6】DSC曲線のS/N比を向上させる温度検出ユニットの側面断面図である。
【図7】DSC曲線のベースラインの安定度の比較図である。
【図8】DSC信号のベースラインの安定度を向上させる温度検出ユニットの側面断 面図である。
【図9】従来の示差走査熱量測定装置の構成図である。
【図10】DSC曲線を示す図である。
【符号の説明】
【0019】
1 炉体
1A 炉体
1a パージガス導入口
1b 貫通孔
1c 貫通孔
2 炉蓋
2a パージガス排出口
3 ヒータ
4 加熱炉
4A 加熱炉
5 試料用サンプルパン
6 試料側検出器
6A 試料側検出器
61 円筒体
62 段付リング
63 試料側ホルダ
64 温度センサ
7 基準物質用サンプルパン
8 基準物質側検出器
8A 基準物質側検出器
83 基準物質側ホルダ
84 温度センサ
9 温度センサ
10 温度検出ユニット
10A 温度検出ユニット
11 信号増幅部
12 ヒータ制御部
13 信号処理部
14 データ処理・記憶装置
15 DSC曲線変換部
16 把持具
R 基準物質
S 試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つのサンプル容器に収容した試料と基準物質を加熱する加熱炉と、この加熱炉の炉体と前記サンプル容器との間に介在させて熱交換と温度検出を行う試料側検出器及び基準物質側検出器と、その炉体を加熱するヒータと、炉体の温度を制御する温度制御手段とを備えた示差走査熱量測定装置において、炉体からの試料側検出器の高さ及び基準物質側検出器の高さをそれぞれ独立にかつ連続的に変えられる検出器の高さ調節機構を設けたことを特徴とする示差走査熱量測定装置。
【請求項2】
検出器の高さ調節機構は、炉体に貫通孔を穿設させ、該穿貫通孔に検出器を嵌合させるとともに、所望の位置で貫通孔内周面との接触摩擦力にて係止させる手段からなる請求項1記載の示差走査熱量測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−241324(P2008−241324A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−79210(P2007−79210)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】