説明

移植用成熟誘導化樹状細胞の製造方法

【課題】移植用成熟誘導化樹状細胞の製造方法を提供すること。
【解決手段】水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーを被覆した基材表面上に未熟樹状細胞を播種し、少なくともピシバニールを用いて成熟樹状細胞へ誘導化させた後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、酵素処理を施すことなく成熟樹状細胞を剥離すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成熟させた樹状細胞、その製造方法及びそれを利用した治療法に関する。なお、本明細書において、樹状細胞(dendritic cell)を「DC」と略すことがある。
【背景技術】
【0002】
最近になって、これまで一般的な癌治療方法であった手術による外科療法、抗癌剤による化学療法、並びに放射線療法等の方法に加え、これらとは全く異なる免疫細胞を利用した免疫療法が注目され始めてきた。今ではその免疫療法を単独、もしくは前記の3方法と併用する形で臨床応用されていることは良く知られていることである。免疫療法とは、これまでの外科療法、化学療法、放射線療法等のような外的な力を利用して癌を治療するのではなく、あくまでも自分自身の免疫力を用いた治療法である。
【0003】
その免疫療法としては、例えばT細胞を分離し培養して体内に戻す方法、樹状細胞を分離し培養して体内に戻す方法、ナチュラルキラー(Natural Killer)細胞を分離し培養して体内に戻す方法等が挙げられる。それらの免疫療法の中で、特に注目される方法が前二者のT細胞や樹状細胞を培養して体内に戻す方法である。T細胞を用いた免疫療法とは、抗原をもった癌細胞を攻撃するT細胞の抗原認識能を生体の外で強化して体内に戻す方法であり、LAK療法やCTL療法等として知られている。しかしながら、T細胞はその抗原認識能により効率的に癌細胞を攻撃できるものの、抗原の存在が不明瞭になった癌には攻撃できないという弱点を持っている。また、体内でのT細胞の寿命が短いために頻繁に新たなT細胞を導入する必要がある。一方、樹状細胞は抗原をT細胞に教え込む役割を持つ細胞だが、樹状細胞に癌細胞の抗原をしっかり覚えこませることで、次々にT細胞に癌細胞の抗原を覚えこませることができるようになる。最近、樹状細胞を用いた免疫療法が注目されているのはこの理由のためであり、実際に樹状細胞ワクチン療法やDCI療法などが臨床の現場で実施されている。
【0004】
担癌患者は、一般に、癌進展に伴う消耗あるいは癌細胞から産生される免疫抑制物質の作用により、ホストの免疫応答が抑制されていることで知られている。これまでにさまざまな癌免疫治療が行われてきたがいずれも満足すべき臨床効果が得られなかったのは、免疫不全状態にある癌患者において強力な抗腫瘍免疫応答を誘導することが困難であることが考えられてきた。特に腫瘍特異的キラーTリンパ球(CTL)活性化に重要な樹状細胞の成熟過程が免疫抑制物質の作用により阻害されることが最もクリティカルな問題であった。したがって癌患者から十分成熟活性化した樹状細胞を得るための方法を確立することが、有効な癌免疫療法の実現のための早急な課題であった。
【0005】
樹状細胞(DC)とは、上述したように抗原提示細胞として機能する免疫細胞の一種であり、生体内の免疫系で重要な役割を持ったものである。抗原提示細胞は自分が取り込んだ抗原を、他の免疫系の細胞に伝える役割を持つ。抗原を取り込むと樹状細胞は活性化さね、脾臓などのリンパ器官に移動する。リンパ器官では取り込んだ抗原に特異的なT細胞やB細胞を活性化する。樹状細胞は発現しているマーカー分子によってさまざまなサブセットに分類されるが、その中でも成熟樹状細胞は極めて重要なものとしてよく知られている。例えば、炎症に焦点を合わせると、自然免疫に関係するエンドトキシンまたは炎症性サイトカインは、未成熟DCの成熟DCへの分化を誘導する。後者は、適応性免疫の主要なエフェクターであるヘルパーT細胞および細胞傷害性T細胞を効率的に刺激する(Banchereau,J.& Steinman,R.M.Nature 392,245−252(1998);Mellman,I.& Steinman,R.M.Cell 106,255−258(2001))。また、活性型T細胞上に存在するCD40リガンド(CD154)によるCD40を介する未成熟DCへの刺激は、DC成熟のためのシグナルを与える。しかしながら、DC成熟に関する様々な因子の相対的な重要性は、依然として不明瞭なままである。骨髄からの未成熟DC調製について記載されるオリジナルの誘発プロトコル通りに、単に細胞のピペッティングあるいは再プレーティングするだけでも成熟が引き起こされた(Inaba,K.et al J.Exp.Med.191,927−936(2000);Gallucci,S.,Lolkema,M.& Matzinger,P.Nat.Med.,5,1249−1255(1999))。しかしながら、これらの公知文献は、DCの成熟過程の全体像を明らかにするものではない。
【0006】
かくして、より効率的な癌免疫療法を実現するためには、成熟した樹状細胞の製造が必須要件となる。その方法としては、従来から、未成熟樹状細胞に対しピシバニール、LSP等の菌体由来物質、或いはTNF−alpha等のサイトカイン等を用いて刺激することで成熟誘導化させることが行われてきた。その中で、特にピシバニールは、それを使って得られた成熟樹状細胞が免疫応答に極めて有用なインターロイキン−12(IL−12)を多量に産生することで知られており、より効率的な癌免疫療法を実現するために極めて有効な方法として注目されてきた。
【0007】
しかしながら、生体外の細胞培養基材表面上でピシバニールを用いて樹状細胞を成熟させると、成熟した細胞は基材表面に強固に接着し、常法でよく用いられるような酵素処理程度では回収することが困難という大きな問題があった。また、得られた移植用成熟誘導化樹状細胞は酵素処理を行うことで損傷してしまい、移植用成熟誘導化樹状細胞表面の抗原は破壊され、またIL−12の産生能も低く、そのような移植用成熟誘導化樹状細胞は治療に必ずしも有効な状態のものではなかった。
【0008】
一方、細胞の培養は、通常、ガラス表面上あるいは種々の処理を行ったプラスチックの表面上で行われる。この目的に、例えば、ポリスチレンを材料とする表面処理、例えばγ線照射、プラズマ処理等を行った種々の容器等が細胞培養用容器として普及している。このような細胞培養用容器を用いて培養・増殖した細胞は、トリプシンのような蛋白分解酵素や化学薬品により処理することで容器表面から剥離・回収される。しかし、上述のような化学薬品処理を施して増殖した細胞を回収する場合、処理工程が煩雑になり、不純物混入の可能性が多くなること、及び増殖した細胞が化学的処理により変成若しくは損傷し細胞本来の機能が損なわれる例があること等の欠点が指摘されていた。
【0009】
かかる欠点を克服するために、これまでいくつかの技術が提案されている。その中で、特に特願2001−226141号では、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーを基材表面に被覆した細胞培養基材上で前眼部関連細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を重層化させ、培養基材の温度を変えるだけで培養した細胞シートを剥離させることで、十分な強度を持った細胞シートの作製が可能となった。また、この細胞シートには基底膜様蛋白質も保持しており、上述したディスパーゼ処理したものに比べ、組織への生着性も明らかに改善されている。また、特願2002−516068号、特願2003−197466号等には、この基材を用いることで、これまで基材に強固に付着し、酵素処理だけでは回収が困難であったケラチノサイト、マクロファージ、中皮細胞等の細胞を酵素処理なく効率良く剥離させることができるようになることが開示されており、しかも酵素処理を施されていないため低損傷な状態で回収できることを示している。しかしながら、これらの技術には、本特許で対象とする移植用成熟誘導化樹状細胞を扱った例は全くなく、本特許で示すような結果を何ら予測することはできなかった。
【0010】
移植用成熟誘導化樹状細胞を実際に臨床の場で使用するには、1回の治療に必要な移植用成熟誘導化樹状細胞数をなるべく少量の末梢血、もしくは骨髄から回収し、患者の負担をなるべく軽減しなければならない。その実現のために、より好適な移植用成熟誘導化樹状細胞の製造技術の開発が待ち望まれていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、かかる従来技術の問題点を解決することを目的になされたものである。すなわち、本発明は、免疫療法に有用な移植用成熟誘導化樹状細胞の製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、それより得られた細胞の利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行ってきた。その結果、温度応答性ポリマーが基材表面に被覆された細胞培養基材上で未成熟樹状細胞を少なくともピシバニールを用いて成熟させ、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とすることで、剥離困難であった培養した移植用成熟誘導化樹状細胞を効率良く回収できることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0013】
すなわち、本発明は、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーを基材表面に被覆した細胞培養基材上で細胞を少なくともピシバニールを用いて成熟誘導化し、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とすることで移植用成熟誘導化樹状細胞を製造する方法を提供する。加えて、本発明ではその移植用成熟誘導化樹状細胞を用いた治療法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の技術であれば、従来技術に比べ高収率に成熟誘導化樹状細胞を回収できるため、1回の治療に必要な移植用成熟誘導化樹状細胞数をなるべく少量の末梢血、或いは骨髄から製造することができるようになり、患者の負担軽減も期待される。また、本発明で得られる移植用成熟誘導化樹状細胞は酵素処理を受けていないため低損傷なものであり、免疫反応に有用な細胞表面抗原を破壊されておらず、そのものを使うことで効果的な免疫療法の実施が期待できる。したがって、本発明は臨床、細胞工学、医用工学等の医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は、免疫療法に有用な移植用成熟誘導化樹状細胞を効率良く製造できる方法を提供する。種々な角度からの検討を加えた結果、温度応答性ポリマーが基材表面に被覆された細胞培養基材上で未成熟樹状細胞を少なくともピシバニールを用いて成熟させ、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とすることで、剥離困難であった培養した移植用成熟誘導化樹状細胞を効率良く回収できることを見出した。細胞培養基材において基材の被覆に用いられる温度応答性ポリマーは、水溶液中で上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度0℃〜80℃、より好ましくは20℃〜50℃を有する。上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0℃より低いと一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため、やはり好ましくない。
【0016】
本発明に用いる温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。
【0017】
被覆を施される基材としては、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることができる。
【0018】
温度応答性ポリマーの培養基材への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。
【0019】
本発明は、その温度応答性ポリマーが基材表面に被覆された細胞培養基材上で未成熟樹状細胞を少なくともピシバニールを用いて成熟させ、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とすることで、剥離困難であった培養した移植用成熟誘導化樹状細胞を効率良く回収する方法を提供するものである。
【0020】
その未成熟樹状細胞とは外的刺激により成熟誘導化できれば特に限定されるものではないが、例えば以下の従って得ることができる。その方法とは具体的には、(1)末梢血、骨髄のいずれか1種、もしくは2種以上より血球分離装置を用いて血球成分を回収し、(2)その回収した血球成分をプラチック製培養皿に付着させ、その付着した細胞を単球成分として回収し、(3)少なくともGM−CSFを用いてその単球を未熟樹状細胞へ誘導した後に、プラスチック製培養皿より回収すれば良い。
【0021】
未熟樹状細胞を成熟誘導化する方法は特に限定されるものではないが、例えば、TNF−α、PGE2、IL−6、IL−1βからなるカクテル培地、或いはピシバニール等が挙げられるが、最も効果的なものとして後者のピシバニールが良い。未熟樹状細胞に対しこれらの薬物で成熟誘導化する方法は特に限定されるものでなく、これらの薬物を用いて通常行われている方法に従えば良い。
【0022】
本発明で示す移植用成熟誘導化樹状細胞の作製に使用される好適な細胞としては、単球が挙げられるが、その由来は、末梢血、骨髄の何れでも良く、それらの1種、もしくは2種以上を混合したものでも良い。
【0023】
かくして得られた移植用成熟誘導化樹状細胞は酵素処理を受けておらず損傷の少ないものとして回収される。
【0024】
以下に、上記製造方法を具体的に示す。まず、本発明で示す製造方法としては生体内から血球を採り、その中から単球を集める必要がある。血球の回収する方法として、例えば血球分離装置を用いてアフェレーシスすることで回収する方法、バフィーコートを利用する方法等が良く利用される。その中で特に前者のアフェレーシスは操作が簡便なため有用な方法であり、本発明に示す技術であれば、効率良く移植用成熟誘導化樹状細胞を回収できるため、誘導化前の血球数も少量で済む。
【0025】
次に、採取した血球成分から単球を分離する。この分離方法は血球から単球を分離できればその方法は特に限定されないが、通常、単球が他の血球成分に比べ付着しやすい性質を利用して、血球成分をプラスチック製培養皿に付着させ、その付着した細胞を単球成分として回収する方法が用いられる。その際に使用する細胞培養器材も特に限定されるものではなく、例えば、血球成分を市販の細胞培養用器材上に付着させ、その付着した細胞を酵素処理することで回収しても良く、或いは前述した温度応答性ポリマーが被覆された温度応答性細胞培養基材上に付着させ、培地並びに基材表面の温度を変化させることで回収しても良い。また、血球成分を細胞培養用器材上に付着させた際、付着せずに浮遊しているリンパ球等の目的外細胞を培地交換及びリンス等により取り除く。
【0026】
次に、付着した単球を未成熟な樹状細胞へ誘導化する。その際、通常、回収した単球を再びプラスチック製培養皿に付着させ、その後、未成熟な樹状細胞へ誘導化する操作が行われる。単球を未成熟な樹状細胞へ誘導化する方法は常法に従えば良く、例えば、培地中にGM−CSF、IL−4等の1種、または2種以上を混合したもので誘導化させられ、特に限定されるものではない。未熟樹状細胞へ誘導されると、細胞はプラスチック製培養基材表面より剥離し、浮遊してくるので、それを培地とともに回収すれば良い。
【0027】
本特許では、移植用成熟誘導化樹状細胞を提供する。その際、上述した方法により未熟樹状細胞を得た後、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーを特定量被覆した温度応答性細胞培養基材表面上に播種させる必要がある。上述したようにピシバニールを用いて成熟化させると、細胞は基材表面上に強固に付着し、たとえ酵素処理を施しても半数程度しか剥離、回収できないが、温度応答性細胞培養基材表面上で成熟誘導化させた移植用成熟誘導化樹状細胞は、温度処理を施すだけで容易に剥離できる。温度応答性細胞培養基材表面が、強固に付着した移植用成熟誘導化樹状細胞を回収できる好適なものと考えられる。
【0028】
本発明に示す製造方法で得られる移植用成熟誘導化樹状細胞は、製造過程で酵素処理を受けておらず、成熟誘導化樹状細胞本来の機能を保持しているものであり、従って、それを体内に戻すだけで、免疫に係わる疾患の治療効果を期待できる。その疾患として、例えばウイルス持続感染症、悪性腫瘍、アレルギー、自己免疫疾患、移植後拒絶反応を治療することができるようになるが、これらに特に限定されるわけではない。
【実施例】
【0029】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1、2】
【0030】
市販の3.5cmφ培養皿(ベクトン・ディッキンソン・ラブウェア(Becton Dickinson Labware)社製ファルコン(FALCON)3001)上に、N−イソプロピルアクリルアミドモノマーを52%(実施例1)、55%(実施例2)になるようにイソプロピルアルコールに溶解させたものを0.07ml塗布した。0.25MGyの強度の電子線を照射し、培養皿表面にN−イソプロピルアクリルアミドポリマー(PIPAAm)を固定化した。照射後、イオン交換水により培養皿を洗浄し、残存モノマーおよび培養皿に結合していないPIPAAmを取り除き、クリーンベンチ内で乾燥し、エチレンオキサイドガスで滅菌することで温度応答性細胞培養基材を得た。基材表面における温度応答性高分子量を測定したところ、それぞれ1.9μg/cm(実施例1)、2.1μg/cm(実施例2)被覆されていることが分かった。
【0031】
一方で、健常人の末梢血より調製したバフィーコート30mL当りリン酸緩衝生理的食塩水90mL加え、リンホセパール1が15mL入った遠心管に30mLずつ重層した。室温、400gにて30分遠心分離し、3層に分かれたうちの中層(リンパ球、単球分画)部分を回収し、リン酸緩衝生理的食塩水をさらに加え遠心分離することにより洗浄した。得られたペレットに培養液を加え細胞懸濁液を作製した。細胞懸濁液を2×106個細胞/mlとなるようにに希釈し、市販の10cmφ細胞培養用ディッシュに10mlずつ播種し、37℃の炭酸ガス培養装置で2時間インキュベートした。細胞培養用ディッシュを振盪後、上清を取り除き、接着細胞にIL−4とGM−CSFを含む新しい培養液に変え、6日間培養した。6日後に浮遊細胞(未成熟樹状細胞)を回収し、遠心により細胞を回収、洗浄した後に、ピシバニールを含む培養液で1×105個細胞/mlの細胞懸濁液とし、上述した温度応答性細胞培養基材に播種した。そのまま48時間、37℃の炭酸ガス培養装置で培養し、未成熟樹状細胞を成熟誘導化させた。培養後、温度応答性細胞培養基材を20℃に30分間放置することにより、成熟誘導化樹状細胞を温度応答性細胞培養基材から剥離させたところ、図1に示すように、成熟誘導化樹状細胞の剥離率はそれぞれ98%(実施例1)、99%(実施例2)であった。本発明の方法に従えば、これまで培養基材表面から剥離することが困難であった成熟誘導化樹状細胞をほぼ100%剥離させられることが分かった。
【比較例1】
【0032】
成熟誘導化樹状細胞を播種する基材を、市販の3.5cmφ培養皿(ベクトン・ディッキンソン・ラブウェア(Becton Dickinson Labware)社製ファルコン(FALCON)3001)とする以外は、全て実施例1と同様な手順で作業を行った。成熟誘導化培養後、0.1%トリプシンで15分間インキュベートすることにより、成熟誘導化樹状細胞を温度応答性細胞培養基材から剥離させたところ、成熟誘導化樹状細胞の剥離率は図1に示すように35%であった。
【0033】
癌免疫療法に用いられる樹状細胞は、理論上高機能な抗原提示細胞として働くことが期待されている。抗原提示能は細胞表面に存在する。従って、その細胞の表面が無傷に保たれていることはこの細胞が期待される効果を発揮するための重要な要件である。従来、用いられているトリプシンを用いた剥離法では、その基本要件が満たされておらず機能の低下を招いていたことが予想される。温度応答性器材を用いることにより初めて、ピシバニールを用いて成熟した樹状細胞を本来の高機能抗原提示細胞として機能させることができることが示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の技術であれば、従来技術に比べ高収率に成熟誘導化樹状細胞を回収できるため、従って1回の治療に必要な移植用成熟誘導化樹状細胞数をなるべく少量の末梢血、或いは骨髄から製造することができるようになり、患者の負担軽減も期待される。また、本発明で得られる移植用成熟誘導化樹状細胞は酵素処理を受けていないため低損傷なものであり、免疫反応に有用な細胞表面抗原を破壊されておらず、そのものを使うことで効果的な免疫療法の実施が期待できる。したがって、本発明は臨床、細胞工学、医用工学等の医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】 実施例1、2、比較例1に示すそれぞれの基材からの成熟誘導化樹状細胞の剥離率を示すものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーを被覆した基材表面上に未熟樹状細胞を播種し、少なくともピシバニールを用いて成熟樹状細胞へ誘導化させた後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、酵素処理を施すことなく成熟樹状細胞を剥離することを特徴とした移植用成熟誘導化樹状細胞の製造方法。
【請求項2】
未熟樹状細胞が、
(1)末梢血、骨髄のいずれか1種、もしくは2種以上より血球分離装置を用いて血球成分を回収し、
(2)その回収した血球成分から、プラスチック製培養皿への付着性、もしくはCD14抗体を利用した分離法により単球成分を単離し、
(3)それを再びプラスチック製培養表面に付着させた後、少なくともGM−CSFを用いてその単球を未熟樹状細胞へ誘導させ、浮遊してきた未熟樹状細胞を培地とともに回収されたものである、請求項1記載の移植用成熟誘導化樹状細胞の製造方法。
【請求項3】
温度応答性ポリマーが、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、請求項1、2いずれか1記載の移植用成熟誘導化樹状細胞の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項から得られる、移植用成熟誘導化樹状細胞。
【請求項5】
ウイルス持続感染症、悪性腫瘍、アレルギー、自己免疫疾患、移植後拒絶反応を治療するための、請求項4記載の移植用成熟誘導化樹状細胞。
【請求項6】
治療が、ウイルス持続感染症、悪性腫瘍、アレルギー、自己免疫疾患、移植後拒絶反応である、請求項4、5のいずれか1項記載の移植用成熟誘導化樹状細胞を移植することを特徴とする治療法。
【請求項7】
移植方法が移植用成熟誘導化樹状細胞を末梢血に戻すことを特徴とする、請求項6記載の治療法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−220357(P2008−220357A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−106542(P2007−106542)
【出願日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【出願人】(501345220)株式会社セルシード (39)
【出願人】(507122157)
【Fターム(参考)】