説明

第一胃発酵調整機能を有する反芻動物用飼料とその飼育方法

【課題】安全な原料を用いて、反芻動物の第一胃内の発酵調整と第一胃液の物理性を改善し、飼料効率の向上および疾病の減少により生産性の向上を図ることのできる反芻動物用の飼料およびそれらを配合した反芻動物用飼料を給与する反芻動物の飼育方法を提供する。さらに、濃厚飼料多給時における反芻動物の第一胃内の良好な環境維持にも有効な反芻動物の飼料を提供する。
【解決手段】アルキル鎖長がC8〜14までの中鎖脂肪酸あるいはこれら中鎖脂肪酸を含む油脂類を反芻動物用飼料に添加し、給与することにより、第一胃発酵が適度に調整され、ガス産生が顕著に抑制される結果、エネルギー損失が大幅に低減され飼料効率が改善される。また、第一胃液の物理性を改善し消化器疾病の発生率を低下させる。また、モネンシンなどのイオノフォアとは異なり、長期給与による畜産物への抗生物質の残留および自然環境への弊害等も起こさない。
【添付図】 なし

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、反芻動物用飼料に関する。さらに詳しくは、反芻動物の第一胃内の発酵を調整し、飼料効率の改善及び濃厚飼料多給時における第一胃環境を良好に維持するための飼料、及びこの飼料を用いる反芻動物の飼育方法に関する。
【背景技術】
【0002】
元来、草食動物である反芻動物は、牧草などを中心とした繊維質の多い飼料を採食するが、このような繊維質はセルロース等を含む難消化性物質であるため、繊維を効率的に消化するための特徴的な消化器官を発達させている。すなわち、微生物との共生システムを発達させた、巨大な発酵槽を呈する第一胃を中心とした反芻胃である。
採食された飼料は、咀嚼された後、第一胃に流入してバクテリア(細菌)やプロトゾア(原虫)、ファンジャイ(真菌)などの多種多様な微生物群による発酵を受ける。この発酵により増殖した微生物自体や代謝産物である揮発性脂肪酸(VFA)が、宿主である反芻動物の主たる栄養源として利用される。
更に、近代畜産では、このような繊維質を中心とした粗飼料のみではなく、トウモロコシや大麦等の穀類、大豆粕、菜種粕等の植物粕類や、ふすま等の糟糠類等の濃厚飼料を併給することで、生産効率を向上させることが行われている。
【0003】
このような濃厚飼料を併給する飼養管理方法は、生産性を劇的に向上させることが可能であるが、一方で、濃厚飼料の過食により第一胃内微生物群の生態が崩壊し、良好な発酵を維持できない状態に陥る可能性がある。すなわち、過剰な第一胃発酵に伴う第一胃アシドーシスや鼓脹症などである。
第一胃アシドーシスは澱粉質を大量に含む発酵性の高い炭水化物の多量摂取により、VFA等の有機酸が過剰に生成され、第一胃内のpHが著しく低下することで引き起こされる。このような低pH状態では第一胃内の乳酸生成菌が過剰に増加し、乳酸が大量に発生する。この乳酸のうちD−乳酸は代謝されないため、体内に吸収されて血液pHの低下による乳酸アシドーシスの原因となる。
同時に、穀類の大量摂取は、第一胃内の粘度を低下させる唾液の分泌量を減少させ、さらに粘性物質を大量に生産する微生物の増殖を招く。これにより第一胃液の粘性が著しく増加し、発酵ガスにより泡沫が形成され、発酵ガスの蓄積による第一胃が異常に膨満する泡沫姓鼓脹症を発症する。
濃厚飼料の過剰摂取による消化管障害及びそれに伴う疾病として、この他に第一胃角化不全、肝膿瘍、蹄葉炎などがあり、これらの疾病により家畜が損耗或いは死亡し、著しく生産性を低下させることが知られている。
【0004】
飼料が第一胃において発酵する過程において、最終産物として二酸化炭素、メタン、水素などのガスが発生する。このうちメタンはガス発生量の約30%を占め、飼料として摂取したエネルギーの内、約3〜8%が有効に利用されることなく、メタンとして大気中に放出される。
メタンは、二酸化炭素の約20倍の温室効果があり、反芻動物から発生するメタンはメタン発生量全体の約15%であるとされていることから、生産性の向上のみでなく、地球温暖化防止の側面からも反芻動物からのメタン発生の抑制は重要である。
【0005】
反芻動物に与えられる飼料に含まれる窒素化合物のうち、約70%が蛋白質であり、残りはアンモニア、アミノ酸、核酸、硝酸などの非蛋白態窒素(NPN)である。蛋白質は、第一胃内で微生物によりペプチド、アミノ酸、アンモニアと段階的に分解され、NPNも大半がアンモニアにまで分解される。アンモニアの一部は微生物に再び取り込まれ、蛋白質に再合成され、第一胃から下部消化管に流出した微生物態窒素を宿主である反芻動物が蛋白質として消化・吸収することになる。
しかし、微生物が再利用できない過剰なアンモニアは第一胃壁より吸収され、肝臓において無毒な尿素にまで代謝される。このような尿素のうち、一部は唾液、或いは第一胃壁を通じて第一胃内に還元されるが、大部分の尿素は有効に利用されることなく、尿中或いは乳中に排出され窒素の損失となる。
【0006】
このような生産性の低下を改善するために、イオノフォアであるポリエーテル系抗生物質が用いられる。代表的な抗生物質は、モネンシン、ラサロシッド、サリノマイシンなどである。このようなイオノフォアは第一胃内におけるある種の微生物の細胞膜と結合し、細胞内のイオン濃度を撹乱させることでそれらの増殖を抑える働きがある。このような作用により、イオノフォアを添加した飼料を給与した場合、第一胃内のメタンを含むガス発生が抑制される一方、第一胃内の揮発性脂肪酸(VFA)組成が変化し、プロピオン酸の割合が増加することが知られている。VFAには酢酸、プロピオン酸、酪酸などがあるが、この中でもっともエネルギー効率の高いのがプロピオン酸である。つまり、イオノフォアの添加により、飼料効率が改善されるのである。また、微生物によるアミノ酸からの脱アミノ化を阻害し、アンモニアの発生を抑制することで窒素の利用効率を改善し、更には、乳酸生成菌群や粘性物質を生産する菌の増殖を抑制し、濃厚飼料多給時における第一胃環境を良好に維持する効果がある。
このように、イオノフォアは第一胃内の発酵を調整する効果を十分に発揮するが、抗生物質の一般的特性として、通常ヒトを含む動物に長期にわたって使用した場合、耐性菌の出現や生体内において抗生物質に感受性のない細菌類が選択的に増殖する等の欠点を有するため、これの長期投与は適切な方法と言えない。また、薬効が消失した場合は、畜産など経済動物においては、投与薬剤のコストがそのまま経済的損失となることがある。又、残留薬剤の環境への悪影響も無視し得ない状況にある。
そこで、抗生物質以外の原料の中から、安全性が高く、第一胃の発酵を調整し飼料効率を改善する素材の開発が望まれていた。
【0007】
牛の第一胃内におけるメタンを主とするガス産生を抑制し、飼料効率を高める第一胃発酵調整用の乳牛用飼料として、天然原料であるアセンヤク、チヤ、プルーン又はステビア(非特許文献1)の破砕物および抽出物、抽出粕あるいは種子粕を第一胃発酵調整剤として養牛用飼料に添加して乳牛や肉牛を飼養する方法(特開2001−12885号公報)が知られているが、この方法は、乳牛及び自然に対しては極めて安全且つマイルドでメタンガスの産生を適度に抑える点では優れているが、飼料効率の面からは十分とは云えない。
又、中鎖脂肪酸又は中鎖脂肪酸のトリグリセリドを羊、ヤギ、乳牛に給与する例としてメタン生産性を調整、ルーメン中のアンモニア態窒素の利用等に関する報告が知られているが、メタンやプロトゾア数の減少は認められるものの、いずれの報告も生産性を向上させる根拠は示されておらず、むしろ繊維消化率などの低下傾向が認められるものもある。
他方、反芻動物に対する中鎖脂肪酸の給与にあたっては、第1胃中のバクテリアに対して有害効果を発揮しないように脂肪酸成分を第1胃で保護することが望ましい、とするものもある。(選考文献の記載部分をこのように表しました。審査官は、上記文献を引用して、反芻動物用飼料に中鎖脂肪酸、その塩、トリグリセリドを添加・給与したことが記載されているので公知乃至これから容易に類推できると言ってくる可能性があります。そのときのために、請求項を単に「反芻動物用飼料」とせず、実質的には同じことですが、「飼料効率の改善と消化器障害による生産性の低下を抑止する」を入れておきました。これは、発明の課題、その解決手段、発明の効果に一貫して記載されていますので、これを評価してくれればよいのですが。更に「濃厚飼料多給時」に限定せざるを得ないかも知れません。上記文献の記載内容、程度によります。)
【特許文献1】特開2000−4803号号公報
【特許文献2】特開2001−12885号公報
【特許文献3】特表2002−518031
【非特許文献1】A. Ando et al., Sustainable AnimalProduction Env. Proc. 7th AAAP Animal Sci., 1994年、vol. 3, P51-52
【非特許文献2】Blaxter et. al., Journal of the Science of Foodand Agriculture, Vol.17, 417-421, 1966
【非特許文献3】Machmuller et. al., Canadian Journal of Animal Science, 79巻、65-72,1997)
【非特許文献4】Matumoto et. al., Journal of General and Applied Microbiology,Vol. 37, 439-445
【非特許文献5】Hristov et. al. Journal of Dairy Science 87, 1820-1831. 2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、人、その他の動物及び自然環境にとって安全な原料を用いて反芻動物の第一胃内発酵を調整して飼料効率を改善し、又、濃厚飼料多給時にあっても第一胃内環境を良好に維持して消化器障害による生産性の低下を抑止する反芻動物用飼料を提供すること、及び反芻動物の飼育方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討の結果、中鎖脂肪酸、又は中鎖脂肪酸のトリグリセライドを添加した飼料を反芻動物に給餌することによって第一胃内発酵が調整されて大幅に飼料効率が向上すること、又、濃厚飼料多給時においても第一胃環境が良好に維持され、反芻動物の生産性が飛躍的に改善されることを見出し、これらの知見に基づいて本発明を完成した。
【発明の効果】
【0010】
本発明によって、中鎖脂肪酸、又は中鎖脂肪酸のトリグリセライドを添加した飼料を反芻動物に給餌することによって、反芻動物の第一胃内の発酵が適度に調整されて、メタン発生が抑えられてエネルギーの損失が減少する。又、エネルギー効率の高いプロピオン酸の産生が亢進され、蛋白質からのアンモニアの発生が窒素の損失量を低下させるなどの効果があり、これによって、飼料効率が大幅に向上する。
更に、濃厚飼料多給時にあっても、第一胃内の環境が良好に維持されて、乳酸濃度が減少し、第一胃液の泡沫形成能が減少するので、鼓脹症をはじめとする消化器障害による生産性の低下を抑えることが出来る。
又、本飼料は、長期給与によっても所謂抗生物質による自然環境への弊害、畜産物への残留薬剤の弊害等も起こさない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明を実施するに当たって用いられる中鎖脂肪酸は、アルキル鎖長が8〜14の中鎖脂肪酸であり、遊離酸、そのアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、更には各種エステルの形であってもよい。又、中鎖脂肪酸のトリグリセライドは、ヤシ油、パーム核油、などに代表される油脂類が主に用いられる。又、これら中鎖脂肪酸及び中鎖脂肪酸のトリグリセライドは粉末化したものが使用に便利であり、乳化剤、ケイ酸、糖類、その他の飼料原料と適宜混和して飼料添加物としてもよく、これらを直接反芻動物用飼料に添加・混合して給餌するのがよい。
【0012】
上記飼料添加物を反芻動物用飼料に添加して用いる場合、それらの乾燥物を配合飼料に対し0.01〜90.00重量%の範囲で配合する。より好ましくは、配合飼料に対し0.1〜10.00重量%の範囲で配合する。又、これらの添加物を配合飼料あるいは混合飼料に添加して使用してもよい。
【0013】
本発明の飼料は、濃厚飼料を多給する飼養環境において最も効力を発揮する。なお、濃厚飼料の多給とは、反芻動物に与えられる飼料のうち、濃厚飼料を含む割合が49.0%以上であるときを云う。また、飼料中の澱粉割合が20.0重量%以上の場合においても同様の効果が得られる。
【実施例】
【0014】
以下本発明を実施例を用いて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1:反芻動物用配合飼料の調製(飼料組成は全て重量%表示)
反芻動物用配合飼料(トウモロコシ40.0%、大麦30.0%、ふすま20.0、大豆粕8.0%、糖蜜1.0%、炭酸カルシウム1.0%)に夫々0.5%、1.0%の割合になるようにラウリン酸、パーム核油又はヤシ油を添加し、均等に混和し各々10.0kgずつの試験用飼料を調製した。
【0015】
実施例2:パーム核油又はヤシ油が第一胃発酵に及ぼす影響
実施例1で調製した中鎖脂肪酸又は中鎖脂肪酸のトリグリセライドを有効成分とする第一胃発酵調整用飼料が第一胃発酵を改善する効果を有するか否かを判定する目的で以下の実験を行った。
実施例1で示した反芻動物用配合飼料にパーム核油を1.0%添加したものを試験区1、ヤシ油を1.0%添加したものを試験区2とし、無添加区を対照とし,インビトロ培養により比較した。
すなわち、牛の第一胃液をpH6.8に調整した緩衝液で希釈し、培養液を作成し、当該飼料を添加し、嫌気状態を保ちつつ39.0度で8時間培養した。
【0016】
結果を表1に示した。第一胃発酵に伴うメタン産生量は試験区1及び試験区2において顕著に減少した。又、試験区1及び試験区2においては総VFA量及びプロピオン酸濃度が顕著に高まり、更に、アンモニア濃度及び乳酸濃度が低下した。これらのことから、中鎖脂肪酸又は中鎖脂肪酸のトリグリセライドは第一胃発酵を調整し、エネルギー及び蛋白質の損失を抑制し、飼料効率が改善されることが示された。更に、乳酸濃度の低下により濃厚飼料多給時の第一胃環境を改善することが認められる。
【0017】
【表1】

【0018】
実施例3:ラウリン酸が第一胃発酵に及ぼす影響
実施例1で調製した中鎖脂肪酸又は中鎖脂肪酸のトリグリセライドを有効成分とする第一胃発酵調整用飼料が第一胃発酵を調整する効果を判定する目的で以下の試験を実施した。
すなわち、実施例1で示した供試飼料にラウリン酸を0.5%、1.0%添加した区を夫々試験区1、試験区2とし、無添加区を対照区とし、第一胃にカニューレを装着したホルスタイン種去勢牛6頭を用いて3×3ラテン方格法により比較評価した。
【0019】
供試牛にはチモシー乾草1.0kg/回、供試飼料5.0kg/回を1日2回給与した。試験期間は21日とし、前半の14日間を適応期間、後半の7日間を試験期間とし、夫々3期間反復処理した。試験期間に第一胃液、糞及び血液を採取し、分析に供した。
【0020】
結果を表2、及び表3に示した。第一胃内のVFA組成が変化し、エネルギー効率が高いプロピオン酸産生が増加した。更に、乳酸濃度及び第一胃液の泡沫安定性を示すSIVI(Stable Ingesta Volume Increase)が減少した。これらのことから、中鎖脂肪酸又は中鎖脂肪酸のトリグリセライドの給与により、第一胃内発酵が調整され、飼料成分の利用効率が向上し、更に、濃厚飼料多給時における第一胃環境の改善にも効果があることが認められた。
【0021】
【表2】

【0022】
【表3】

【0023】
実施例4:ラウリン酸が飼養成績に与える影響
実施例1で調製した中鎖脂肪酸又は中鎖脂肪酸のトリグリセライドを有効成分とする第一胃発酵調整用飼料が飼料の持つエネルギー及び蛋白質の効率を改善し、飼料効率及び生産性への有効性を持つかを判定する目的で以下の試験を実施した。
すなわち、ホルスタイン種去勢牛を使用し、肉牛用配合飼料(実施例1と同様のもの)に対し、無添加区を対照区とし、ラウリン酸を1.0%含有するものを試験区とし、自由摂食させた。
【0024】
結果は、表4に示す通りである。ラウリン酸の添加により、第一胃発酵が調整され、少ない採食量にも拘わらず日増体量は同等に推移し、飼料効率が著しく改善された。
【0025】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
中鎖脂肪酸、又は中鎖脂肪酸のグリセリドを含有せしめることを特徴とする飼料効率の改善と消化器障害による生産性の低下を抑止する反芻動物用飼料
【請求項2】
中鎖脂肪酸又は中鎖脂肪酸のグリセリドの含有率が乾燥物として飼料重量あたり0.01〜90.0重量%の範囲である請求項1記載の飼料効率の改善と消化器障害による生産性の低下を抑止する反芻動物用飼料
【請求項3】
濃厚飼料給与割合が10.0〜90.0重量%の範囲である場合における請求項1又は2に記載の飼料効率の改善と消化器障害による生産性の低下を抑止する反芻動物用飼料。
【請求項4】
中鎖脂肪酸又は中鎖脂肪酸のグリセリドが粉末化されたものである請求項1、2又は3に記載の飼料効率の改善と消化器障害による生産性の低下を抑止する反芻動物用飼料。
【請求項5】
中鎖脂肪酸又は中鎖脂肪酸のグリセリドの含有率が乾燥物として飼料重量あたり0.01〜90.0重量%の範囲である動物用飼料を給与することを特徴とする第一胃内発酵の調整による飼料効率を改善と消化器障害による生産性の低下を抑止する反芻動物の飼育方法。