説明

等電点電気泳動用ゲル及び等電点電気泳動方法

【課題】高分離能を損なわずにゲル長を短くした等電点電気泳動用ゲルと、これを用いた等電点電気泳動方法を提供する。
【解決手段】ゲル長が5〜10cmで、ゲルのpHの範囲が3〜10であり、pH5までのゲル長をa、pH5〜7のゲル長をb、pH7以上のゲル長をcとした場合に、ゲルのpH勾配が「a<b」及び「b>c」の関係を満たす等電点電気泳動用ゲル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は等電点電気泳動用ゲル及び等電点電気泳動方法に関する。更に詳しくは本発明は、等電点電気泳動に用いるゲルにおける特徴的なpH勾配の設定に関する。本発明は、単独で行う等電点電気泳動の他、2次元電気泳動における1次元目電気泳動として行う等電点電気泳動にも好ましく適用される。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞抽出物などから蛋白質や核酸を分離・精製する方法が種々に検討されてきている。塩濃度を利用した析出、遠心分離などはその一例であるといえる。
【0003】
また、蛋白質や核酸の残基が有する電荷や、分子量の違いを利用した精製方法も多数検討されている。電荷を利用した精製方法としては、イオン交換樹脂を用いたカラムクロマトグラフィーや等電点電気泳動を例示できる。分子量の違いを利用した精製方法としては遠心分離、分子量篩によるカラムクロマトグラフィーやSDS−PAGEを例示できる。
【0004】
近年、少量のサンプルから多様な蛋白質を分離精製する方法として、1次元目に等電点電気泳動を行い、2次元目にSDS−PAGEを行う2次元電気泳動法が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2002−503813号公報。 この特許文献1は、肝細胞性のガンの診断のために被験者の血清又は血漿について行う2次元電気泳動を開示している。
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】DavidR.M.Graham et al. 「Improvements in two-dimensional gelelectrophoresis by utilizing a low cost “in-house” neutral pH sodium dodecylsulfate-polyacrylamide gel electrophoresis system」 Proteomics2005,5,2309-2314。 この非特許文献1は、SDS−PAGEを含む2次元電気泳動における「イン−ハウス・システム」と称する一定の改良について開示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記の特許文献1及び非特許文献1においては、1次元目の等電点電気泳動はゲル長18cm以上の大きなゲルを用いて行われている。通常、電気泳動においては泳動に用いるゲル長を長くするほど分離能が良くなる。したがって、サンプルの分離・精製がより確実になる。反面、ゲル長が長くなるとサンプルの移動距離が長くなるので、泳動に要する時間が長くなる。そのため、一定時間当たりの泳動回数(スループット)が落ちるという不具合がある。従って、特に蛋白質や核酸の網羅的解析においては、小型装置(短いゲル)を用いた、高分離能、高スループットの電気泳動方法が望まれている。
【0008】
そこで本発明は、等電点電気泳動用ゲルのゲル長を高分離能を損なわずに短くし、ひいては泳動装置の小型化、泳動時間の短縮、高スループットを可能とすることを、解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(第1発明)
上記課題を解決するための本願第1発明の構成は、ゲル長が5〜10cmの範囲内であって、ゲルのpH範囲が3〜10であり、泳動方向に対するゲルのpH勾配が、pH5までのゲル長をa、pH5〜7のゲル長をb、pH7以上のゲル長をcとした場合において、「a<b」及び「b>c」の関係を満たす、等電点電気泳動用ゲルである。
【0010】
(第2発明)
上記課題を解決するための本願第2発明の構成は、前記第1発明に係る等電点電気泳動用ゲルの泳動方向に対するpH勾配が、ゲルの全長を1とした場合にaが0.15〜0.3の範囲内、bが0.4〜0.7の範囲内、cが0.15〜0.3の範囲内である、等電点電気泳動用ゲルである。
【0011】
(第3発明)
上記課題を解決するための本願第3発明の構成は、第1発明又は第2発明に記載した等電点電気泳動用ゲルを用いて等電点電気泳動を行う、等電点電気泳動方法である。
【0012】
(第4発明)
上記課題を解決するための本願第4発明の構成は、前記第3発明に係る等電点電気泳動方法を2次元電気泳動における1次元目の電気泳動として行う、等電点電気泳動方法である。
【0013】
(第5発明)
上記課題を解決するための本願第5発明の構成は、前記第3発明又は第4発明に係る等電点電気泳動方法の検体が生物細胞の抽出物である、等電点電気泳動方法である。
【発明の効果】
【0014】
(第1発明〜第3発明の効果)
等電点電気泳動用ゲルにおいて、泳動方向に対して一定の直線的なpH勾配を設定するという前提のもとでは、その分離能を高めるためには、一般的にゲル長を全体的に長くすることが考えられる。しかし、この場合、泳動時間も長くなり、装置の小型化、高スループットの実現は困難である。
【0015】
一方、等電点電気泳動に供する検体中の多様な蛋白質の等電点が、必ずしも広いpH域に均等に分布しているとは限らない。例えば、これらの蛋白質の等電点が特定のpH域内にある程度集中している場合、ゲル長を全体的に長くすることは、その特定のpH域以外のpH域においてゲル長を無駄に長くしていることになる。
【0016】
そのような場合には、特定のpH域のみにおいて他のpH域よりもゲルのpH勾配を緩やかにすると、その特定のpH域に等電点を持つ蛋白質同士の効率的な分離が可能となり、かつ、全体的なゲル長を可及的に短くして泳動装置を小型化し、泳動時間の短縮に基く高スループットを可能とすることができる。
【0017】
本願発明者が行った種々の検討結果によれば、ヒト細胞等の生物細胞から抽出した検体は、pH3〜10の範囲に等電点が分布する多様な蛋白質を含むと共に、pH5〜7のpH域内に等電点を持つ蛋白質が、他のpH域に等電点を持つ蛋白質に比べて、その種類も量も多い。従って、第1発明の等電点電気泳動用ゲルは高分離能を維持したもとで合理的にゲル長が短縮されており、泳動装置の小型化、泳動時間の短縮、高スループットが可能である。
【0018】
第1発明においては、等電点電気泳動用ゲルの泳動方向に対するpH勾配が、前記したように「a<b」及び「b>c」の関係を満たすので、上記の効果を得ることができる。
【0019】
第2発明においては、更に具体的に、ゲルの全長を1とした場合、aが0.15〜0.3の範囲内、bが0.4〜0.7の範囲内、cが0.15〜0.3の範囲内と限定されており、前記第1発明の効果をより好ましく実現することができる。
【0020】
第3発明によれば、上記の第1発明及び第2発明の効果を伴って、等電点電気泳動方法を行うことができる。
【0021】
(第4発明の効果)
第3発明の等電点電気泳動方法を2次元電気泳動における1次元目の電気泳動として行うことにより、第3発明の効果が確保されることに加えて、2次元目のSDS−PAGE等に用いる分離ゲルの幅も合理的に短くできるので、2次元電気泳動装置を、高分離能を損なうことなく小型化することができる。
【0022】
(第5発明の効果)
第5発明に規定するように、第3発明又は第4発明に係る等電点電気泳動方法に供する検体としては、第1発明に関して前記した理由から生物細胞の抽出物が好ましい。特に動物細胞の抽出物が好ましく、とりわけヒト細胞の抽出物が好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】第1実施例に係る2次元電気泳動の結果を示す。
【0024】
【図2】第1実施例に対する比較例に係る2次元電気泳動の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
次に、本発明を実施するための形態を、その最良の形態を含めて説明する。
【0026】
〔等電点電気泳動用ゲル〕
本発明の等電点電気泳動用ゲルは、ゲル長が5〜10cmの範囲内であり、更に好ましくは5〜8cmの範囲内である。ゲルのpHの範囲は3〜10にわたる。更に、泳動方向に対するゲルのpH勾配が、pH5までのゲル長をa、pH5〜7のゲル長をb、pH7以上のゲル長をcとした場合に「a<b」及び「b>c」の関係を満たすものであり、より好ましくは、ゲルの全長を1とした場合に、aが0.15〜0.3の範囲内、bが0.4〜0.7の範囲内、cが0.15〜0.3の範囲内であり、更に好ましくは、「a+c≦b」の関係を満たすものである。このようなゲルのpH勾配の設定は、前記した生物細胞の抽出物に含まれる各種蛋白質の等電点の分布に対応したものである。
【0027】
本発明の等電点電気泳動方法において、泳動に用いられるゲルの種類は特に限定されない。例えば、両性担体(キャリアアンフォライト)をポリアクリルアミドゲルに添加して、電場をかけて所望のpH勾配を形成する手法や、種々の等電点の側鎖を持つアクリルアミド誘導体等のモノマー誘導体を用いてポリアクリルアミドゲル等のゲル作成と同時にpH勾配を固定的に形成する手法(IPG法)により作成したゲルが好ましく用いられる。ゲルの種類は、等電点電気泳動用ゲルとして利用できるものである限りにおいて限定されないが、例えば、ポリアクリルアミドゲルや、アガロースゲル等を好ましく例示することができる。
【0028】
蛋白質の合成は細胞内で行われる。そして通常、細胞内と細胞外ではpHを初めとした種々の生化学的環境が異なるため、細胞内にとどまる蛋白質と細胞外に分泌される蛋白質では性質が違う。その原因は、アミノ酸配列であったり翻訳後修飾であったりすると推定される。このように検体中の蛋白質の特質に注目することで、等電点電気泳動用ゲルのpH勾配を合目的的に変更することができる。
【0029】
〔等電点電気泳動方法〕
本発明の等電点電気泳動方法において、泳動に用いられる機器は特に限定されない。しかし、小型装置・高分解能・高スループットを実現するためには、ゲル長5〜10cmのゲルの使用に合致した電気泳動用機器が好ましい。
【0030】
等電点電気泳動のプロトコルは特に限定されないが、高分解能、高スループットを実現するためには、電気泳動のプロトコルにも留意する必要がある。検体溶液を調製する段階において、分離・精製の対象とならない荷電性の物質である粗雑物はできるだけ除くことが好ましい。例えば、分離・精製の対象が蛋白質である場合は、リン脂質、ゲノムDNAやRNAを含む核酸、脂肪酸、金属イオン、抽出用の界面活性剤等が粗雑物に含まれる。しかし、検体中に当該粗雑物が少量残存することがあるので、等電点電気泳動において機器に大きな負荷を与えることなく除くことが好ましい。粗雑物はゲル中の移動速度が速い。よって、等電点電気泳動のプロトコルの早い段階に、比較的弱い電圧を1時間半〜3時間半ほどかける定電圧工程を行うことで、粗雑物を機器に負荷をかけることなく除くことができる。仮に、この工程において高い電圧を使用すると、粗雑物が急速に電極側に移動し、強い電流が流れることになるので機器に負荷がかかるとともに、蛋白質ごとの分離が悪くなる(ゲル中のスポットの詰まりが生じる)おそれがある。
【0031】
等電点電気泳動では、検体を含むゲル1本につき100V〜600Vの範囲内の値の定電圧の印加による定電圧工程を行い、泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内となった後に前記定電圧から電圧を上昇させる電圧上昇工程を始め、当該電圧上昇工程の最終電圧が3000V〜6000Vの範囲内とすることが好ましい。また、分離対象物質の等電点がずれないように、ゲルの温度を一定に保つことが好ましい。
【0032】
上記の実施形態により、以下の効果を期待できる。即ち、電圧が上昇し始める前に100V〜600Vという低い定電圧で定電圧工程を行うことで、正に荷電した粗雑物は陰極に素早く移動させ、負に荷電した粗雑物は陽極に素早く移動させる。このことにより、機器や検体中の分離対象物質に負荷をかけずにゲルから粗雑物を除くことができる。又、単位時間当たりの電流変化の測定により粗雑物の除去を判断できるので、不十分な定電圧工程となることはなく、かつ、長すぎる定電圧工程となることもない。更に、最終電圧を3000V〜6000Vという高い値に設定することで、より短い泳動時間で高いVhr値を得ることができ、等電点電気泳動の高スループットを実現できる。
【0033】
電圧上昇工程における電圧上昇の態様は特に限定されないが、電圧の上昇を徐々に行うことが好ましい。具体的には、電気泳動装置の電流値の上限をゲル1本につき40〜80μAの範囲内の値に設定する。そして、ゲル温度が一定に保たれるようにして、最終電圧まで電圧を上昇させることが好ましい。
〔2次元電気泳動〕
本発明の等電点電気泳動方法は、2次元電気泳動における1次元目の電気泳動として行うこともできる。この場合、2次元目の電気泳動は、必ずしも限定されないが、SDS−PAGEであることが好ましい。1次元目の等電点電気泳動が小型装置で行われ、高分解能を有し、高スループットを実現している場合、2次元目の電気泳動も装置を小型化でき、高分解能、高スループットを実現できる。よって、本発明は単独に行う等電点電気泳動のみならず、2次元電気泳動における1次元目の電気泳動にも適用できる。2次元電気泳動を行う場合、等電点電気泳動に続いて、好ましくはSDS−PAGEが行われるので、以下、2次元目のSDS−PAGEについて説明する。
〔2次元目のSDS−PAGE〕
1次元目電気泳動の完了後、その1次元目電気泳動ゲルを2次元目電気泳動用ゲル上へ設置するプロセスでは、接着用(封入用)アガロースとしてゲル化温度が35〜40℃である高融点アガロースを用い、かつ、この接着用アガロースを予め2次元目電気泳動用ゲル上へ流し込んだ後に前記1次元目電気泳動ゲルを設置することが好ましい。
【0034】
上記の実施形態によって、2次元目電気泳動中に発生する熱により接着用アガロースのゲル化が弱くなる(ゲルがゆるくなる)ことが防止される。従って、そのような不具合に起因する2次元目電気泳動での検出スポットの広がり、検出限界の上昇、検出蛋白質の減少等の不具合を抑制できる。又、接着用アガロースの先入れにより、高融点アガロースが2次元目電気泳動用ゲルと接触して迅速に冷却されるため、SDS平衡化緩衝液に尿素を加えていた場合でも、その熱分解が起こりにくい。
【0035】
SDS−PAGEを行う機器は特に限定されない。また、SDS−PAGEを行うPAG(ポリアクリルアミドゲル)に関し、モノマーであるアクリルアミドと架橋剤の総濃度(T%)や、アクリルアミドと架橋剤の総重量中で架橋剤が占める割合(C%)等は特に限定されない。
〔2次元目電気泳動用ゲル基端部のゲル濃度〕
1次元目電気泳動用ゲルのゲル長が短く設定されている場合には、2次元目として行うSDS−PAGEでは、その電気泳動用ゲルにおける泳動方向基端部のゲル濃度が3〜6%程度の低濃度であることが好ましい。ゲル濃度とは、直接的には当該ゲルの重合反応時のモノマー濃度を意味するが、重合反応時のモノマー濃度が高い程ゲルの網目構造は密になるので、実質的にはゲルの網目構造の密度を意味する。
【0036】
上記の実施形態によれば、次の効果を期待できる。即ち、1次元目等電点電気泳動用ゲルのゲル長を、例えば5〜10cm程度と短くすると、1次元目の電気泳動時間を短縮してハイスループット化等が可能となる一方、蛋白質のスポットの相互間隔がコンパクトになり、スポット中の蛋白質濃度も高くなる。これに対して2次元目電気泳動用ゲルの泳動方向基端部のゲル濃度が高い(ゲルの網目が密である)と、スポット中に濃縮された蛋白質の2次元目電気泳動用ゲルへの移行に対して高いバリア性を示し、蛋白質の移行漏れが顕著になったり、スポットが泳動方向に対して横向きにブロードしてしまう。上記の実施形態により、このような不具合が解消される。
【0037】
SDS−PAGEは、検体に界面活性剤であるSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)を加え、検体に含まれる蛋白質の高次構造を解くと共に、蛋白質のアミノ酸残基の荷電もSDSによって相対的に減少させたもとで、分子篩い効果を利用して電気泳動を行うものである。
【0038】
〔検体の調製〕
本発明である等電点電気泳動に適用される検体は特に限定されないが、動物、植物、微生物由来の抽出物や、化学、生化学的に合成された化合物、蛋白質、核酸等を含む種々の検体が適用できる。
【0039】
前記した第3発明又は第4発明の等電点電気泳動あるいは2次元電気泳動において、検体が生物細胞、特に動物細胞、とりわけヒト細胞の抽出物であることが好ましい
等電点電気泳動においては、検体中の蛋白質等の分離対象物質が有する等電点を利用して分離を行う。正に荷電した分離対象物質は陰極側に移動し、他方、負に荷電した分離対象物質は陽極側に移動する。そして、等電点(pI)と等しいpHのゲルの位置で分離対象物質の正味の電荷がゼロとなり、泳動を止める。よって泳動開始後は荷電状態の化合物が移動するので、電流が流れることとなる。
【0040】
泳動用ゲルにおいては分子量により泳動の速度が異なるが、ナトリウムイオン等の分子量の小さい物質は篩にかからないので素早くゲル中を移動する。また、ゲノムDNAは分子量が大きいが、大きく負に荷電しているため、陽極に素早く移動する。よって、検体の調製においては、機器への負荷を軽減し、また、ゲル中のスポットの詰まりを抑制するために、分離・精製の対象とならない粗雑物を除くことが好ましい。そのために、透析、沈殿、遠心分離、クロマトグラフィー、親水−疎水相互作用を利用した分画等、種々の前処理を適用することができる。蛋白質が分離・精製の対象となる場合は、酸による沈殿及び有機溶媒による沈殿を好ましく例示できる。TCA(トリクロロ酢酸)による沈殿及びアセトンによる沈殿を更に好ましい手法として例示できる。
【0041】
分離・精製に供される検体は、等電点電気泳動に使用するゲルの膨潤用の緩衝液に溶解して膨潤用検体溶液とし、ゲルの膨潤とともにゲル中に検体を取り込ませることができる。また、検体を適当な溶液に溶解し、膨潤後のゲルに適用することもできる。
【0042】
このような等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成においては、ゲル全体に膨潤用検体溶液を適用した後、当該ゲルにオイルを流し込むことが行われるが、その際、従来のようにゲル表面に油性成分を流し込むのではなく、ゲルの長手方向の側端部から、とりわけゲルの長手方向の両側の側端部から同時に、油性成分を流し込むという方法が特に好ましい。油性成分としては、シリコンオイル又はミネラルオイル、とりわけ前者が好ましい。
【0043】
上記の実施形態により、油性成分はゲルの側端部から中央部に向かって広がりゲルを覆う。油性成分がゲルを覆った状態でしばらく放置すると、検体は効率的にゲルに取り込まれる。その際、ゲルの側端部から中央部に向かって広がる油性成分によって膨潤用検体溶液がはじかれるため、膨潤用検体溶液のゲルへの染み込みが促進され、検体のゲル全体への染み込みが迅速かつ良好に完了する。従来のようにゲル表面に油性成分を流し込んだ場合、油性成分がゲルから広がるので、その流れに押されてはじかれた、染み込みきれていない膨潤用検体溶液の一部がゲルから拡散してしまい、検出できる蛋白質等の減少及びゲルの膨潤不足につながっていたと考えられるが、上記の実施形態によれば、このような検体成分の脱落を生じない。
【実施例】
【0044】
以下に本発明の実施例と比較例を説明する。本発明の技術的範囲は、これらの実施例、比較例によって限定されない。
【0045】
〔第1実施例〕
(蛋白質の抽出)
ヒトケラチノサイトからなる再構成3次元培養皮膚(株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング製の商品名LabCyte EPI-MODEL 12)の培養物1枚(約1cm)を、蛋白質抽出液であるmammalian cell lysis kit;MCL1(SIGMA−ALDRICH社製)500μlに浸漬し、4℃で2時間、voltexを使用して振とう破砕した。この振とう破砕の後、蛋白質抽出液を回収した。上記のmammalian cell lysis kit;MCL1の組成は下記の通りである。
50mM Tris−HCl pH7.5
1mM EDTA
250mM NaCl
0.1%(w/v) SDS
0.5%(w/v) Deoxycholic acid sodium salt
1%(v/v) Igepal CA-630(SIGMA−ALDRICH社製の界面活性剤(Octylphenoxy)polyethoxyethanol)
適量のProtease Inhibitor
その後、2D-CleanUPキット〔GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社(以下、GE社と省略する)製〕を使用して2回の沈殿操作を行った。第1回目の沈殿操作は、回収した上記蛋白質抽出液にTCAを加えて沈殿を行い、当該操作で生じた沈殿(TCA沈殿)を回収した。第2回目の沈殿操作は、回収した前記TCA沈殿にアセトンを加えて沈殿を行い、当該操作で得られた沈殿(検体)を回収した。回収した当該検体は全量500μgであった。
【0046】
(検体溶液の調製)
得られた検体の一部30μgを、1次元目等電点電気泳動用ゲルの膨潤用緩衝液であるDeStreak Rehydration Solution(GE社製)130μlに溶解し、1次元目等電点電気泳動用の検体溶液(膨潤用検体溶液)とした。DeStreak Rehydration Solutionの組成は以下の通りである。
7M Thiourea
2M Urea
4%(w/v) CHAPS:
3-[(3-Cholamidopropyl)dimethylammonio]propanesulfonate
0.5%(v/v) IPGbuffer;GE社製
適量のDeStreakReagent;GE社製
適量のBPB(ブロモフェノールブルー)
(1次元目等電点電気泳動用ゲルの調製)
前記したIPG法により、本実施例で用いる1次元目の等電点電気泳動用ゲル(ポリアクリルアミドゲル)を調製した。このゲルは長さが7cmで径が約0.3cmの棒状ゲルであり、T=4%、C=3%であって、次のpH勾配上の特徴を備えている。
pHの範囲:3〜10
pH3〜5のゲル長:1.7cm
pH5〜7のゲル長:3.6cm
pH7〜10のゲル長:1.7cm
(1次元目等電点電気泳動用ゲルへの検体の浸透)
上記の1次元目等電点電気泳動用ゲルを前記した1次元目等電点電気泳動用の検体溶液(膨潤用検体溶液)130μlに浸漬した後、当該ゲルの両端部側からシリコンオイルを流し込んだ。両端部側から流し込んだシリコンオイルは、ゲルの内側に向かって広がった。シリコンオイルがゲルを覆った状態で、一晩、室温にて検体溶液をゲルに浸透させた。その後シリコンオイルは廃棄した。
【0047】
(一次元目の等電点電気泳動)
本実施例においては、電気泳動機器としてGE社製のIPGphorと Cup Loading Manifold Light Kitを使用した。
【0048】
検体を浸透させたゲルの両端に水で湿らせた濾紙を設け、電極はゲルとの間に当該濾紙を挟んだ状態でセットした。その後、ゲル及び濾紙の全体をシリコンオイルで浸漬した。
【0049】
等電点電気泳動機器の電流値の上限をゲル1本当たり75μAに設定し、電圧プログラムを、(1)300V定電圧で750Vhrまで定電圧工程を行い(当該工程終了前の泳動30分間の電流変化幅が5μAであった)、(2)300Vhrかけて1000Vまで徐々に電圧を上昇させ、(3)更に4500Vhrかけて5000Vまで徐々に電圧を上昇させ、(4)その後5000V定電圧で総Vhrが12000になるまで、1次元目の等電点電気泳動を行った。
【0050】
(等電点電気泳動ゲルのSDS平衡化)
上記の1次元目の等電点電気泳動を行った後、等電点電気泳動機器からゲルを取り外し、還元剤を含む平衡化緩衝液に当該ゲルを浸漬して、15分・室温にて振とうした。上記還元剤を含む平衡化緩衝液の組成は以下の通りである。
100mM Tris−HCl(pH8.0)
6M Urea
30%(v/v) Glycerol
2%(w/v) SDS
1%(w/v) DTT
次に、上記還元剤を含む平衡化緩衝液を除き、ゲルをアルキル化剤を含む平衡化緩衝液に浸漬して、15分・室温にて振とうし、SDS平衡化したゲルを得た。上記アルキル化剤を含む平衡化緩衝液の組成は以下の通りである。
100mM Tris−HCl(pH8.0)
6M Urea
30%(v/v) Glycerol
2%(w/v) SDS
2.5%(w/v) Iodoacetamide
(2次元目のSDS−PAGE)
本実施例においては、電気泳動機器としてInvitrogen社製のXCell SureLock Mini-Cellを使用した。2次元目泳動用ゲルはInvitrogen社製NuPAGE 4-12% Bis-Tris Gelsを使用した。また、以下の組成の泳動用緩衝液を調製し、使用した。
50mM MOPS
50mM Tris base
0.1%(w/v) SDS
1mM EDTA
又、本実施例においては泳動用緩衝液に0.5%(w/v)のアガロースS(ニッポンジーン社製:融解温度≦90℃、ゲル化温度37℃〜39℃のいわゆる高融点アガロース)と適量のBPB(ブロモフェノールブルー)を溶解させた接着用アガロース溶液を使用した。
【0051】
SDS−PAGEのwell中を十分に上記泳動用緩衝液で洗浄した後、当該洗浄に用いた緩衝液を取り除いた。次に、wellの中に充分に溶解させた接着用アガロース溶液を添加した。次に、SDS平衡化したゲルをアガロース中に浸漬させ、ピンセットでSDS平衡化したゲルと2次元目泳動用ゲルを密着させた。当該両ゲルが密着した状態でアガロースが充分に固まったのを確認し、200V定電圧で約45分間泳動を行った。
【0052】
(ゲルの蛍光染色)
SyproRuby(Invitrogen社製)を用いてゲルの蛍光染色を行った。
【0053】
まず、使用するタッパーを事前に98%(v/v)のエタノールで十分に洗浄した。SDS−PAGE機器から泳動後の2次元目泳動用ゲルを取り外して、洗浄したタッパーにおき、50%(v/v)メタノール及び7%(v/v)酢酸含有水溶液に30分間浸漬する処理を2回行った。その後、当該水溶液を水に置換し、10分間浸漬した。次に、2次元目泳動用ゲルを40ccのSyproRuby(Invitrogen社製)に浸漬し、室温で一晩振とうした。次に、SyproRubyを除き、2次元目泳動用ゲルを水で洗浄した後、10%(v/v)メタノール及び7%(v/v)酢酸含有水溶液で30分間振とうした。更に当該水溶液を水に置換し、30分以上振とうした。
【0054】
(解析)
上記一連の処理を施した2次元目泳動用ゲルをTyphoon9400(GE社製)を使用した蛍光イメージのスキャンに供した。2次元電気泳動の結果を図1に示す。図1の上端には1次元目に用いた等電点電気泳動用ゲルのpH勾配を目盛りによって示し、図1の左端にはマーカーの分子量(KDa)を示す。
【0055】
〔第2実施例〕
第2実施例では、2D−DIGEを行った。第2実施例においては、第1実施例に記載した手順の内、「(検体溶液の調製)」の項の手順を下記「(2D−DIGEにおける検体溶液の調製)」の項の手順に変更し、又、「(ゲルの蛍光染色)」のプロセスを省略した以外は、第1実施例と同様の手順の操作を行った。
【0056】
(2D−DIGEにおける検体溶液の調製)
得られた検体の全量を下記の組成の溶液100μlに溶解した。
30mM Tris−HCl(pH8.5)
2M ThioUrea
7M Urea
4%(w/v) CHAPS
溶解したサンプル20μgに対しCydye(GE社製)160pmolを添加し、その溶液の入った容器を氷上で30分間静置した。その後10mMリジン水溶液を0.5μl添加して更に10分間、容器を氷上で静置した。このような処理を行った後、溶液を等電点電気泳動に適した量である130μlまでDeStreak Rehydration Solutionでメスアップした。メスアップ後充分に攪拌し、氷上で10分以上静置して、1次元目の等電点電気泳動用の検体溶液とした。
【0057】
〔第1実施例に対する比較例〕
長さ7cmの1次元目等電点電気泳動用ゲルを、前記第1実施例の「(1次元目等電点電気泳動用ゲルの調製)」の項と同じ手法により調製した。但しこのゲルは、pH勾配が下記のように全体としてほぼ直線的である点が、第1実施例の場合とは異なる。
pHの範囲:3〜10
pH3〜5のゲル長:2.1cm
pH5〜7のゲル長:2.45cm
pH7〜11のゲル長:2.45cm
本比較例では、1次元目等電点電気泳動用ゲルとして上記のゲルを用いた点以外は、検体の調製からゲルの蛍光染色及び解析に至る全てのステップを第1実施例と全く同様に行った。
【0058】
本比較例における2次元電気泳動の結果を図2に示す。図2の上端には1次元目に用いた等電点電気泳動用ゲルのpH勾配を目盛りによって示し、図2の左端にはマーカーの分子量(KDa)を示す。
【0059】
図2を図1と対比すると、以下の点を認めることができる。
(1)全体として図2に見られるpH5〜7領域(酸性〜中性領域)のスポットの詰まりが、図1では良好に分離されている。例えば、70KDa前後の分子量でpH5〜5.5辺りの領域において、図1ではスポットの細かな分離が見られるが、図2ではスポットの分離が不十分である。又、45KDa前後の分子量でpH5.5辺りの領域においても、同様の指摘をすることが可能である。
(2)全体として図2ではpH7〜10領域(中性〜塩基性領域)での過剰な分離能が認められ、このpH領域においては図1に示される程度の分離能で必要にして十分である。この点は、具体的には、例えば45KDa〜70KDaの分子量でpH7〜10辺りの領域、又は15KDa〜30KDaの分子量でpH7〜10辺りの領域における図1と図2とのスポット分離能の対比から確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によって、高分離能を損なわずにゲル長を短くした等電点電気泳動用ゲルと、これを用いた等電点電気泳動方法が提供される。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル長が5〜10cmの範囲内であって、ゲルのpH範囲が3〜10であり、泳動方向に対するゲルのpH勾配が、pH5までのゲル長をa、pH5〜7のゲル長をb、pH7以上のゲル長をcとした場合において「a<b」及び「b>c」の関係を満たすことを特徴とする等電点電気泳動用ゲル。
【請求項2】
前記等電点電気泳動用ゲルの泳動方向に対するpH勾配が、ゲルの全長を1とした場合にaが0.15〜0.3の範囲内、bが0.4〜0.7の範囲内、cが0.15〜0.3の範囲内であることを特徴とする請求項1に記載の等電点電気泳動用ゲル。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載した等電点電気泳動用ゲルを用いて等電点電気泳動を行うことを特徴とする等電点電気泳動方法。
【請求項4】
前記等電点電気泳動方法を2次元電気泳動における1次元目の電気泳動として行うことを特徴とする請求項3に記載の等電点電気泳動方法。
【請求項5】
前記等電点電気泳動方法の検体が生物細胞の抽出物であることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の等電点電気泳動方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−33544(P2011−33544A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181808(P2009−181808)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【出願人】(000113274)ホーユー株式会社 (278)