説明

等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法

【課題】検体のゲル全体への染み込みが迅速かつ良好に完了し、かつ検体成分の脱落を生じにくい等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法を提供する。
【解決手段】等電点電気泳動用ゲルに対して、検体を膨潤用緩衝液で溶解してなる膨潤用検体溶液を適用した後、前記等電点電気泳動用ゲルの長手方向の側端部から油性成分を流し込む等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法に関する。更に詳しくは本発明は、等電点電気泳動に供する検体を膨潤用の緩衝液(Buffer)で溶解して膨潤用検体溶液を調製し、この膨潤用検体溶液で乾燥固化した等電点電気泳動用ゲルを膨潤させる際の等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法に関する。本発明は、単独で行う等電点電気泳動の他、2次元電気泳動における1次元目電気泳動として行う等電点電気泳動にも好ましく適用される。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞抽出物などから蛋白質や核酸を分離・精製する方法が種々に検討されてきている。塩濃度を利用した析出、遠心分離などはその一例であるといえる。
【0003】
また、蛋白質や核酸の残基が有する電荷や、分子量の違いを利用した精製方法も多数検討されている。電荷を利用した精製方法としては、イオン交換樹脂を用いたカラムクロマトグラフィーや等電点電気泳動を例示できる。分子量の違いを利用した精製方法としては遠心分離、分子量篩によるカラムクロマトグラフィーやSDS−PAGEを例示できる。
【0004】
近年、細胞抽出物等の少量の検体から多様な蛋白質を分離精製する方法として、1次元目に等電点電気泳動を行い、2次元目にSDS−PAGEを行う2次元電気泳動法が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2002−503813号公報。 この特許文献1は、肝細胞性のガンの診断のために被験者の血清又は血漿について行う2次元電気泳動を開示している。特許文献1の段落「0098」には、1次元目の等電点電気泳動において、検体溶液でローディングしたストリップ(電気泳動用ゲル)をミネラルオイル(流動パラフィン)でカバーする旨の簡単な記載がある。
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】DavidR.M.Graham et al. 「Improvements in two-dimensional gelelectrophoresis by utilizing a low cost “in-house” neutral pH sodium dodecylsulfate-polyacrylamide gel electrophoresis system」 Proteomics2005,5,2309-2314。 この非特許文献1は、SDS−PAGEを含む2次元電気泳動における「イン−ハウス・システム」と称する一定の改良について開示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
等電点電気泳動において、検体を溶解した膨潤用検体溶液で等電点電気泳動用ゲルを膨潤させて等電点電気泳動用膨潤ゲルを作成する際、従来は、例えばゲルを膨潤用検体溶液で膨潤させただけで放置したり、又は膨潤したゲルの表面に単に流動パラフィン等を流し込む場合が一般的であった。
【0008】
しかし、本願発明者の研究によれば、このようにして等電点電気泳動用の膨潤ゲルを作成すると、ゲルに対する膨潤用検体溶液の染み込みがうまくできず、検体中から検出できる蛋白質等が減少するという検体成分の脱落につながったり、膨潤用検体溶液の染み込みに多くの時間を取られるという不具合があった。
【0009】
上記の特許文献1及び非特許文献1においても、等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法に関し、上記の不具合を解消するための特段の新規情報を開示しない。
【0010】
そこで本発明は、検体のゲル全体への染み込みが迅速かつ良好に完了し、かつ検体成分の脱落を生じない等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法を提供することを、解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(第1発明)
上記課題を解決するための本願第1発明の構成は、等電点電気泳動用ゲルに対して、検体を膨潤用緩衝液で溶解してなる膨潤用検体溶液を適用した後、前記等電点電気泳動用ゲルの長手方向の側端部から油性成分を流し込む、等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法である。
【0012】
(第2発明)
上記課題を解決するための本願第2発明の構成は、前記第1発明において、等電点電気泳動用ゲルの長手方向の両側の側端部から同時に油性成分を流し込む、等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法である。
【0013】
(第3発明)
上記課題を解決するための本願第3発明の構成は、前記第1発明又は第2発明において、油性成分がシリコンオイルである、等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法である。
【0014】
(第4発明)
上記課題を解決するための本願第4発明の構成は、前記第1発明〜第3発明において、等電点電気泳動用ゲルが2次元電気泳動に用いるものである、等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法である。
【0015】
(第5発明)
上記課題を解決するための本願第5発明の構成は、前記第1発明〜第4発明において、検体が生物細胞の抽出物であって、該抽出物は酸沈殿、エタノール沈殿、アセトン沈殿又はそれらの組み合わせによる沈殿処理を受けたものである、等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法である。
【発明の効果】
【0016】
(第1発明)
少量の検体を効率的にゲルに取り込むために、検体を膨潤用緩衝液で溶解して膨潤用検体溶液を作成し、この膨潤用検体溶液を等電点電気泳動用ゲルに適用する。そして、ゲルの長手方向の側端部から油性成分を流し込むと、油性成分はゲルの側端部から中央部に向かって広がりゲルを覆う。油性成分がゲルを覆った状態でしばらく放置すると、検体は効率的にゲルに取り込まれる。
【0017】
その場合、ゲルの側端部から中央部に向かって広がる油性成分によって膨潤用検体溶液がはじかれるため、膨潤用検体溶液のゲルへの染み込みが促進され、検体のゲル全体への染み込みが迅速かつ良好に完了する。即ち、検体のゲルへの染み込みに多くの時間を取られるという不具合が防止される。
【0018】
又、従来のようにゲル表面に油性成分を流し込んだ場合、油性成分がゲルから広がるので、その流れに押されてはじかれた、染み込みきれていない膨潤用検体溶液の一部がゲルから拡散してしまい、検出できる蛋白質等の減少及びゲルの膨潤不足につながっていたと考えられる。しかし、第1発明においては油性成分がゲルの側端部から中央部に向かって広がるので、このような検体成分の脱落を生じない。
【0019】
更に、検体のゲルへの染み込みの際に上記のようにゲルに対して油性成分を流し込むと、検体中の分離・精製の対象とならない荷電性の物質である粗雑物が排除されるという効果も期待することができる。例えば、分離・精製の対象が蛋白質である場合は、リン脂質、ゲノムDNAやRNAを含む核酸、脂肪酸、金属イオン、抽出用の界面活性剤等が粗雑物に含まれる。
【0020】
(第2発明)
第2発明においては、油性成分がゲルの両側の側端部から中央部に向かって同時に広がって行くので、検体のゲルへの染み込みに要する時間が一層短縮され、かつ、検出できる蛋白質等のゲルからの脱落という不具合も一層有効に防止される。
【0021】
(第3発明)
油性成分としては、上記第1発明又は第2発明の効果をより良好に確保できるという点で、特にシリコンオイルが好ましい。
【0022】
(第4発明)
第1発明〜第3発明に係る等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法は、2次元電気泳動における1次元目の電気泳動に用いる等電点電気泳動用ゲルに対しても、好ましく適用することができる。
【0023】
(第5発明)
第1発明〜第4発明において、電気泳動に供する検体としては、例えば生物細胞の抽出物、特に動物細胞の抽出物、とりわけヒト細胞の抽出物を好ましく例示することができる。これらの抽出物は、分離・精製の対象とならない粗雑物を含んでおり、これらは機器への負荷を軽減し、また、ゲル中のスポットの詰まりを抑制するために、できるだけ除去しておくことが好ましい。
【0024】
検体中のこれらの粗雑物は、膨潤ゲル作成時の油性成分の注入によりある程度は排除されるが、検体に対しては更に、予め酸沈殿、エタノール沈殿、アセトン沈殿等の沈殿処理を施して粗雑物を除去しておくことが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施形態を説明する図である。
【0026】
【図2】第1実施例及び比較例に係る2次元電気泳動の結果を示す。
【0027】
【図3】第1実施例と比較例との対比評価の結果を示す。
【0028】
【図4】第1実施例と比較例との対比評価の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
次に、本発明を実施するための形態を、その最良の形態を含めて説明する。
【0030】
〔等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法〕
本発明に係る等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法は、等電点電気泳動に供する細胞抽出物等の検体を膨潤用の緩衝液(Buffer)で溶解して膨潤用検体溶液を調製し、乾燥固化した等電点電気泳動用ゲルに対して前記の膨潤用検体溶液を適用してゲルを膨潤させる際に、等電点電気泳動用ゲルの長手方向の側端部から油性成分を流し込むという方法である。特に好ましくは、油性成分を等電点電気泳動用ゲルの長手方向の両側の側端部から同時に流し込む。
【0031】
ここにおいて「等電点電気泳動用ゲルの長手方向」とは、一般的に棒状に形成される等電点電気泳動用ゲルの軸方向を言い、より本質的にはゲルにおける等電点電気泳動の泳動方向をいう。又、ゲルの「側端部」とはゲルの長手方向の側端の端面部であって、ゲルの表面部ではない。換言すれば、油性成分がゲルの表面から裏面方向へ広がるのでなく、ゲルの側端部から中央部方向に向かって浸透するように、油性成分を流し込むのである。
【0032】
油性成分の種類は特段に限定されないが、特に好ましくはシリコンオイルである。シリコンオイルとしては、ジメチコン等を好ましく例示することができる。油性成分としては、その他にも、ミネラルオイル(流動パラフィン)等を好ましく例示することができる。
【0033】
等電点電気泳動用ゲルの膨潤用の緩衝液の種類は、使用目的に適う限りにおいて限定されず、この種の目的で市販されている各種の緩衝液の内から、DeStreak Rehydration Solution(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)等の任意の緩衝液を選択して使用することができる。
【0034】
本発明に係る等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法の一実施形態を図1に基いて説明する。この実施形態において、乾燥固化した等電点電気泳動用の棒状のゲル1を、それに相応する長い浅皿形状であってゲル1より幾分長い容器2中で、膨潤用検体溶液によって膨潤させる。ゲル1は支持用のプラスチック製プレートを伴うこともあるが、プレートの図示は省略する。又、図1においては図1(b)が斜視図であり、図1(a)及び図1(c)〜図1(e)はいずれも容器2の手前側の壁部を取り除いて示す側面図である。
【0035】
まず、図1(a)に示すように、容器2に対して、ピペット等の適宜な注液具3を用いて、検体を溶解した膨潤用検体溶液4を適当な量だけ注加する。次に、図1(b)に示すように乾燥固化した等電点電気泳動用の棒状のゲル1を上記の容器2に収容し、膨潤用検体溶液4で膨潤させる。膨潤用検体溶液4あるいはこれによって膨潤したゲル1を、図に点々模様を付して示す。次いで図1(c)に示すように、別の注液具5を用いて、容器2におけるゲル1の両側の側端部から同時に油性成分6を流し込む。そうすると、図1(d)、図1(e)に示すように油性成分6がゲル1の両側端部から中央部に向かって広がって行き、ゲル1の全体を覆う。油性成分6あるいはこれが浸透したゲル1を、図に斜線模様を付して示す。
【0036】
〔等電点電気泳動用ゲル〕
本発明において用いられる等電点電気泳動用ゲルは、単独に等電点電気泳動を行うためのゲルであっても良いし、2次元電気泳動における1次元目の等電点電気泳動に用いるゲルであっても良い。
【0037】
ゲルの種類は、等電点電気泳動用ゲルとして利用できるものである限りにおいて限定されないが、例えば、ポリアクリルアミドゲルを好ましく例示することができる。
【0038】
泳動に用いられるゲルは、例えば、両性担体(キャリアアンフォライト)をポリアクリルアミドゲルに添加して、電場をかけて所望のpH勾配を形成する手法や、種々の等電点の側鎖を持つアクリルアミド誘導体等のモノマー誘導体を用いてポリアクリルアミドゲル等のゲル作成と同時にpH勾配を固定的に形成する手法(IPG法)により作成したゲルが好ましく用いられる。
【0039】
等電点電気泳動用ゲルは、必ずしも限定されないが、ゲル長が5〜10cmの範囲内、特に5〜8cmの範囲内であることが、ゲル長の短縮化に基く電気泳動時間の短縮、高スループット化のために好ましい。ゲルのpHの範囲は、例えば3〜10にわたるものとすることができる。泳動方向に対するゲルのpH勾配も限定されないが、好ましくは、pH5までのゲル長をa、pH5〜7のゲル長をb、pH7以上のゲル長をcとした場合に「a<b」及び「b>c」の関係を満たすものであり、より好ましくは、ゲルの全長を1とした場合に、aが0.15〜0.3の範囲内、bが0.4〜0.7の範囲内、cが0.15〜0.3の範囲内であるものであり、とりわけ好ましくは、「a+c≦b」の関係を満たすものである。
【0040】
このようなゲルのpH勾配の設定は、例えば生物細胞の抽出物に含まれる各種蛋白質の等電点の分布が、蛋白質の種類においても、その量においてもpH5〜7の領域に相対的に集中していることに対応したものであり、実質的に高分離能を損なうことなくゲル長を短縮化できる。
【0041】
〔等電点電気泳動方法〕
本発明の等電点電気泳動方法において、泳動に用いられる機器は特に限定されない。しかし、小型装置・高分解能・高スループットを実現するためには、ゲル長5〜10cmのゲルの使用に合致した電気泳動用機器が好ましい。
【0042】
等電点電気泳動のプロトコルは特に限定されないが、高分解能、高スループットを実現するためには、電気泳動のプロトコルにも留意する必要がある。検体溶液を調製する段階において、分離・精製の対象とならない荷電性の物質である粗雑物はできるだけ除くことが好ましい。しかし、検体中に当該粗雑物が少量残存することがあるので、等電点電気泳動において機器に大きな負荷を与えることなく除くことが好ましい。粗雑物はゲル中の移動速度が速い。よって、等電点電気泳動のプロトコルの早い段階に比較的弱い電圧を1時間半〜3時間半ほどかける定電圧工程を行うことで、粗雑物を機器に負荷をかけることなく除くことができる。仮に、この工程において高い電圧を使用すると、粗雑物が急速に電極側に移動し、強い電流が流れることになるので機器に負荷がかかるとともに、蛋白質ごとの分離が悪くなる(ゲル中のスポットの詰まりが生じる)おそれがある。
【0043】
等電点電気泳動では、検体を含むゲル1本につき100V〜600Vの範囲内の値の定電圧の印加による定電圧工程を行い、泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内となった後に前記定電圧から電圧を上昇させる電圧上昇工程を始め、当該電圧上昇工程の最終電圧が3000V〜6000Vの範囲内とすることが好ましい。また、分離対象物質の等電点がずれないように、ゲルの温度を一定に保つことが好ましい。
【0044】
上記の実施形態により、以下の効果を期待できる。即ち、電圧が上昇し始める前に100V〜600Vという低い定電圧で定電圧工程を行うことで、正に荷電した粗雑物は陰極に素早く移動させ、負に荷電した粗雑物は陽極に素早く移動させる。このことにより、機器や検体中の分離対象物質に負荷をかけずにゲルから粗雑物を除くことができる。又、単位時間当たりの電流変化の測定により粗雑物の除去を判断できるので、不十分な定電圧工程となることはなく、かつ、長すぎる定電圧工程となることもない。更に、最終電圧を3000V〜6000Vという高い値に設定することで、より短い泳動時間で高いVhr値を得ることができ、等電点電気泳動の高スループットを実現できる。
【0045】
電圧上昇工程における電圧上昇の態様は特に限定されないが、電圧の上昇を徐々に行うことが好ましい。具体的には、電気泳動装置の電流値の上限をゲル1本につき40〜80μAの範囲内の値に設定する。そして、ゲル温度が一定に保たれるようにして、最終電圧まで電圧を上昇させることが好ましい。
【0046】
〔2次元電気泳動〕
等電点電気泳動は、2次元電気泳動における1次元目の電気泳動として行うこともできる。この場合、2次元目の電気泳動は、必ずしも限定されないがSDS−PAGEであることが好ましい。1次元目の等電点電気泳動が小型装置で行われ、高分解能を有し、高スループットを実現している場合、2次元目の電気泳動も装置を小型化でき、高分解能、高スループットを実現できる。よって、本発明は単独に行う等電点電気泳動のみならず、2次元電気泳動における1次元目の電気泳動にも適用できる。2次元電気泳動を行う場合、等電点電気泳動に続いて、好ましくはSDS−PAGEが行われるので、以下、2次元目のSDS−PAGEについて説明する。
【0047】
〔2次元目のSDS−PAGE〕
1次元目電気泳動の完了後、その1次元目電気泳動ゲルを2次元目電気泳動用ゲル上へ設置するプロセスでは、接着用(封入用)アガロースとしてゲル化温度が35〜40℃である高融点アガロースを用い、かつ、この接着用アガロースを予め2次元目電気泳動用ゲル上へ流し込んだ後に前記1次元目電気泳動ゲルを設置することが好ましい。
【0048】
上記の実施形態によって、2次元目電気泳動中に発生する熱により接着用アガロースのゲル化が弱くなる(ゲルがゆるくなる)ことが防止される。従って、そのような不具合に起因する2次元目電気泳動での検出スポットの広がり、検出限界の上昇、検出蛋白質の減少等の不具合を抑制できる。又、接着用アガロースの先入れにより、高融点アガロースが2次元目電気泳動用ゲルと接触して迅速に冷却されるため、SDS平衡化緩衝液に尿素を加えていた場合でも、その熱分解が起こりにくい。
【0049】
SDS−PAGEを行う機器は特に限定されない。また、SDS−PAGEを行うPAG(ポリアクリルアミドゲル)に関し、モノマーであるアクリルアミドと架橋剤の総濃度(T%)や、アクリルアミドと架橋剤の総重量中で架橋剤が占める割合(C%)等は特に限定されない。
【0050】
〔2次元目電気泳動用ゲル基端部のゲル濃度〕
1次元目電気泳動用ゲルのゲル長が短く設定されている場合には、2次元目として行うSDS−PAGEでは、その電気泳動用ゲルにおける泳動方向基端部のゲル濃度が3〜6%程度の低濃度であることが好ましい。ゲル濃度とは、直接的には当該ゲルの重合反応時のモノマー濃度を意味するが、重合反応時のモノマー濃度が高い程ゲルの網目構造は密になるので、実質的にはゲルの網目構造の密度を意味する。
【0051】
上記の実施形態によれば、次の効果を期待できる。即ち、1次元目等電点電気泳動用ゲルのゲル長を、例えば5〜10cm程度と短くすると、1次元目の電気泳動時間を短縮してハイスループット化等が可能となる一方、蛋白質のスポットの相互間隔がコンパクトになり、スポット中の蛋白質濃度も高くなる。これに対して2次元目電気泳動用ゲルの泳動方向基端部のゲル濃度が高い(ゲルの網目が密である)と、スポット中に濃縮された蛋白質の2次元目電気泳動用ゲルへの移行に対して高いバリア性を示し、蛋白質の移行漏れが顕著になったり、スポットが泳動方向に対して横向きにブロードしてしまう。上記の実施形態により、このような不具合が解消される。
【0052】
SDS−PAGEは、検体に界面活性剤であるSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)を加え、検体に含まれる蛋白質の高次構造を解くと共に、蛋白質のアミノ酸残基の荷電もSDSによって相対的に減少させたもとで、分子篩い効果を利用して電気泳動を行うものである。
【0053】
〔検体の調製〕
等電点電気泳動に供される検体は特に限定されないが、動物、植物、微生物由来の抽出物や、化学的又は生化学的に合成された化合物、蛋白質、核酸等を含む種々の検体を適用できる。検体としては、生物細胞、特に動物細胞、とりわけヒト細胞の抽出物であることが好ましい
等電点電気泳動においては、検体中の蛋白質等の分離対象物質が有する等電点を利用して分離を行う。正に荷電した分離対象物質は陰極側に移動し、他方、負に荷電した分離対象物質は陽極側に移動する。そして、等電点(pI)と等しいpHのゲルの位置で分離対象物質の正味の電荷がゼロとなり、泳動を止める。よって泳動開始後は荷電状態の化合物が移動するので、電流が流れることとなる。
【0054】
泳動用ゲルにおいては分子量により泳動の速度が異なるが、ナトリウムイオン等の分子量の小さい物質は篩にかからないので素早くゲル中を移動する。また、ゲノムDNAは分子量が大きいが、大きく負に荷電しているため、陽極に素早く移動する。よって、検体の調製においては、機器への負荷を軽減し、また、ゲル中のスポットの詰まりを抑制するために、分離・精製の対象とならない粗雑物を除くことが好ましい。そのために、透析、沈殿、遠心分離、クロマトグラフィー、親水−疎水相互作用を利用した分画等、種々の前処理を適用することができる。蛋白質が分離・精製の対象となる場合は、酸による沈殿及び有機溶媒による沈殿を好ましく例示できる。TCA(トリクロロ酢酸)による沈殿及びアセトンによる沈殿を更に好ましい手法として例示できる。
【0055】
分離・精製に供される検体は、等電点電気泳動に使用するゲルの膨潤用の緩衝液に溶解して膨潤用検体溶液とし、ゲルの膨潤とともにゲル中に検体を取り込ませることができる。また、検体を適当な溶液に溶解し、膨潤後のゲルに適用することもできる。
【実施例】
【0056】
以下に本発明の実施例と比較例を説明する。本発明の技術的範囲は、これらの実施例、比較例によって限定されない。
【0057】
〔第1実施例〕
(蛋白質の抽出)
ヒトケラチノサイトからなる再構成3次元培養皮膚(株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング製の商品名LabCyte EPI-MODEL 12)の培養物1枚(約1cm)を、蛋白質抽出液であるmammalian cell lysis kit;MCL1(SIGMA−ALDRICH社製)500μlに浸漬し、4℃で2時間、voltexを使用して振とう破砕した。この振とう破砕の後、蛋白質抽出液を回収した。上記のmammalian cell lysis kit;MCL1の組成は下記の通りである。
50mM Tris−HCl pH7.5
1mM EDTA
250mM NaCl
0.1%(w/v) SDS
0.5%(w/v) Deoxycholic acid sodium salt
1%(v/v) Igepal CA-630(SIGMA−ALDRICH社製の界面活性剤(Octylphenoxy)polyethoxyethanol)
適量のProtease Inhibitor
その後、2D-CleanUPキット〔GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社(以下、GE社と省略する)製〕を使用して2回の沈殿操作を行った。第1回目の沈殿操作は、回収した上記蛋白質抽出液にTCAを加えて沈殿を行い、当該操作で生じた沈殿(TCA沈殿)を回収した。第2回目の沈殿操作は、回収した前記TCA沈殿にアセトンを加えて沈殿を行い、当該操作で得られた沈殿(検体)を回収した。回収した当該検体は全量500μgであった。
【0058】
(検体溶液の調製)
得られた検体の一部30μgを、1次元目等電点電気泳動用ゲルの膨潤用緩衝液であるDeStreak Rehydration Solution(GE社製)130μlに溶解し、1次元目等電点電気泳動用の検体溶液(膨潤用検体溶液)とした。DeStreak Rehydration Solutionの組成は以下の通りである。
7M Thiourea
2M Urea
4%(w/v) CHAPS:
3-[(3-Cholamidopropyl)dimethylammonio]propanesulfonate
0.5%(v/v) IPGbuffer;GE社製
適量のDeStreakReagent;GE社製
適量のBPB(ブロモフェノールブルー)
(1次元目等電点電気泳動用ゲルの調製)
本実施例で用いる1次元目の等電点電気泳動用ゲル(ポリアクリルアミドゲル)を調製した。このゲルは長さが7cm、径が約0.3cmの棒状ゲルであり、T=4%、C=3%であって、次のpH勾配上の特徴を備えている。
pHの範囲:3〜10
pH3〜5のゲル長:1.7cm
pH5〜7のゲル長:3.6cm
pH7〜10のゲル長:1.7cm
(1次元目等電点電気泳動用ゲルへの検体の浸透)
前記の図1に示す実施形態の要領に従って、1次元目等電点電気泳動用の検体溶液(膨潤用検体溶液)130μlに浸漬した後、当該ゲルの長手方向の両側の側端部から同時に、ピペットを用いてシリコンオイルを流し込んだ。流し込んだシリコンオイルはゲルの内側に向かって広がった。シリコンオイルがゲルを覆った状態で、一晩、室温にて検体溶液をゲルに浸透させた。その後、シリコンオイルは廃棄した。
【0059】
(一次元目の等電点電気泳動)
本実施例においては、電気泳動機器としてGE社製のIPGphor と Cup Loading Manifold Light Kitを使用した。
【0060】
検体を浸透させたゲルの両端に水で湿らせた濾紙を設け、電極はゲルとの間に当該濾紙を挟んだ状態でセットした。その後、ゲル及び濾紙の全体をシリコンオイルで浸漬した。
【0061】
等電点電気泳動機器の電流値の上限をゲル1本当たり75μAに設定し、電圧プログラムを、(1)300V定電圧で750Vhrまで定電圧工程を行い(当該工程終了前の泳動30分間の電流変化幅が5μAであった)、(2)300Vhrかけて1000Vまで徐々に電圧を上昇させ、(3)更に4500Vhrかけて5000Vまで徐々に電圧を上昇させ、(4)その後5000V定電圧で総Vhrが12000になるまで、1次元目の等電点電気泳動を行った。
【0062】
(等電点電気泳動ゲルのSDS平衡化)
上記の1次元目の等電点電気泳動を行った後、等電点電気泳動機器からゲルを取り外し、還元剤を含む平衡化緩衝液に当該ゲルを浸漬して、15分・室温にて振とうした。上記還元剤を含む平衡化緩衝液の組成は以下の通りである。
100mM Tris−HCl(pH8.0)
6M Urea
30%(v/v) Glycerol
2%(w/v) SDS
1%(w/v) DTT
次に、上記還元剤を含む平衡化緩衝液を除き、ゲルをアルキル化剤を含む平衡化緩衝液に浸漬して、15分・室温にて振とうし、SDS平衡化したゲルを得た。上記アルキル化剤を含む平衡化緩衝液の組成は以下の通りである。
100mM Tris−HCl(pH8.0)
6M Urea
30%(v/v) Glycerol
2%(w/v) SDS
2.5%(w/v) Iodoacetamide
(2次元目のSDS−PAGE)
本実施例においては、電気泳動機器としてInvitrogen社製のXCell SureLock Mini-Cellを使用した。2次元目泳動用ゲルはInvitrogen社製NuPAGE 4-12% Bis-Tris Gelsを使用した。また、以下の組成の泳動用緩衝液を調製し、使用した。
50mM MOPS
50mM Tris base
0.1%(w/v) SDS
1mM EDTA
(2次元目のSDS−PAGE)
又、本実施例においては泳動用緩衝液に0.5%(w/v)のアガロースS(ニッポンジーン社製:融解温度≦90℃、ゲル化温度37℃〜39℃のいわゆる高融点アガロース)と適量のBPB(ブロモフェノールブルー)を溶解させた接着用アガロース溶液を使用した。
【0063】
SDS−PAGEのwell中を十分に上記泳動用緩衝液で洗浄した後、当該洗浄に用いた緩衝液を取り除いた。次に、wellの中に充分に溶解させた接着用アガロース溶液を添加した。次に、SDS平衡化したゲルをアガロース中に浸漬させ、ピンセットでSDS平衡化したゲルと2次元目泳動用ゲルを密着させた。当該両ゲルが密着した状態でアガロースが充分に固まったのを確認し、200V定電圧で約45分間泳動を行った。
【0064】
(ゲルの蛍光染色)
SyproRuby(Invitrogen社製)を用いてゲルの蛍光染色を行った。
【0065】
まず、使用するタッパーを事前に98%(v/v)のエタノールで十分に洗浄した。SDS−PAGE機器から泳動後の2次元目泳動用ゲルを取り外して、洗浄したタッパーにおき、50%(v/v)メタノール及び7%(v/v)酢酸含有水溶液に30分間浸漬する処理を2回行った。その後、当該水溶液を水に置換し、10分間浸漬した。次に、2次元目泳動用ゲルを40ccのSyproRuby(Invitrogen社製)に浸漬し、室温で一晩振とうした。次に、SyproRubyを除き、2次元目泳動用ゲルを水で洗浄した後、10%(v/v)メタノール及び7%(v/v)酢酸含有水溶液で30分間振とうした。更に当該水溶液を水に置換し、30分以上振とうした。
【0066】
(解析)
上記一連の処理を施した2次元目泳動用ゲルをTyphoon9400(GE社製)を使用した蛍光イメージのスキャンに供した。2次元電気泳動の結果を図2(a)に示す。図2(a)の左端にマーカーの分子量(KDa)を示す。
【0067】
〔第2実施例〕
第2実施例では、2D−DIGEを行った。第2実施例においては、第1実施例に記載した手順の内、「(検体溶液の調製)」の項の手順を下記「(2D−DIGEにおける検体溶液の調製)」の項の手順に変更し、又、「(ゲルの蛍光染色)」のプロセスを省略した以外は、第1実施例と同様の手順の操作を行った。
【0068】
(2D−DIGEにおける検体溶液の調製)
得られた検体の全量を下記の組成の溶液100μlに溶解した。
30mM Tris−HCl(pH8.5)
2M ThioUrea
7M Urea
4%(w/v) CHAPS
溶解したサンプル20μgに対しCydye(GE社製)160pmolを添加し、その溶液の入った容器を氷上で30分間静置した。その後10mMリジン水溶液を0.5μl添加して更に10分間、容器を氷上で静置した。このような処理を行った後、溶液を等電点電気泳動に適した量である130μlまでDeStreak Rehydration Solutionでメスアップした。メスアップ後充分に攪拌し、氷上で10分以上静置して、1次元目の等電点電気泳動用の検体溶液とした。
【0069】
〔第1実施例に対する比較例〕
本比較例では、第1実施例における「(1次元目等電点電気泳動用ゲルへの検体の浸透)」の項の手順を以下のように変更して行った点以外は、検体の調製からゲルの蛍光染色及び解析に至る全てのステップを第1実施例と全く同様に行った。
【0070】
(1次元目等電点電気泳動用ゲルへの検体の浸透)
1次元目等電点電気泳動用の検体溶液(膨潤用検体溶液)130μlを1次元目等電点電気泳動用ゲルに膨潤させた。次いでピペットを用いて当該ゲルの表面にシリコンオイルを流し込んだ。流し込んだシリコンオイルはゲルの表面から広がった。シリコンオイルがゲルを覆った状態で、一晩、室温にて検体溶液をゲルに浸透させた。
【0071】
この比較例における2次元電気泳動の結果を図2(b)に示す。図2(b)の左端にはマーカーの分子量(KDa)を示す。前述した図2(a)と比較して、図2(b)ではバックグラウンドのノイズがやや高いことが認められる。これは、図2(b)の比較例においては、検体溶液で膨潤させた1次元目等電点電気泳動用ゲルに対して表面にシリコンオイルを流し込んだため、検体溶液のゲルへの染み込みが甘く、1次元目等電点電気泳動用ゲルの膨潤が十分でないためにゲルの膨潤が不足する部分ができ、その部分でタンパク質の流れが悪くなり、それにより検体溶液の一部が拡散してしまったためであると考えられる。
【0072】
〔第1実施例と、これに対する比較例との対比評価〕
(ゲルに染み込まなかった検体溶液量)
上記の第1実施例と比較例について、検体溶液で膨潤させた1次元目等電点電気泳動用ゲルにシリコンオイルを適用した後、1時間、4時間及び8時間経過後に前記図1に示す容器2からゲル1を取り除き、容器2に残った検体溶液(着色液である)を透明カップに回収して、その回収量を対比した。
【0073】
図3(a)に第1実施例の結果を、図3(b)に比較例の結果をそれぞれ示す。図3(a)及び図3(b)には、透明カップにほぼ一杯に満たされた、回収されたシリコンオイルと、その底部に比重差により沈んでいる、回収された着色検体溶液が見えている。1時間、4時間及び8時間経過後のいずれの時点でも、比較例における検体溶液の回収量(ゲルに染み込まなかった検体溶液量)が第1実施例に対比して顕著に多く、検体溶液のゲルへの染み込みが遅いことが分かる。
【0074】
(電気泳動速度の違い)
上記の第1実施例と比較例について、検体溶液による膨潤処理とシリコンオイルの適用処理後に一晩経過させた1次元目等電点電気泳動用ゲルを300Vで1.0時間の電気泳動にかけた時点での結果を図4に示す。図4(a)が第1実施例の結果、図4(b)が比較例の結果である。これらの図において、縦向きの短い縞模様はゲルのバーコード(識別情報)を表す。
【0075】
又、バーコードの上半部に重なるように表れている帯状の着色部が泳動中の検体溶液に配合されていた色素を示し、この帯状の着色部が短い程、泳動速度が大きいことを示す。
【0076】
図4(b)の比較例は、図4(a)の第1実施例との対比において、泳動速度が顕著に小さいことが分かる。これは、1次元目等電点電気泳動用ゲルに対する検体溶液の染み込みおよびゲルの膨潤が悪かったためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明によって、検体のゲル全体への染み込みが迅速かつ良好に完了し、かつ検体成分の脱落を生じない等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法が提供される。
【符号の説明】
【0078】
1 ゲル
2 容器
3 注液具
4 膨潤用検体溶液
5 注液具
6 油性成分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
等電点電気泳動用ゲルに対して、検体を膨潤用緩衝液で溶解してなる膨潤用検体溶液を適用した後、前記等電点電気泳動用ゲルの長手方向の側端部から油性成分を流し込むことを特徴とする等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法。
【請求項2】
前記等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法において、等電点電気泳動用ゲルの長手方向の両側の側端部から同時に油性成分を流し込むことを特徴とする請求項1に記載の等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法。
【請求項3】
前記等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法において、油性成分がシリコンオイルであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法。
【請求項4】
前記等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法において、等電点電気泳動用ゲルが2次元電気泳動に用いるものであることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法。
【請求項5】
前記等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法において、検体が生物細胞の抽出物であって、該抽出物は酸沈殿、エタノール沈殿、アセトン沈殿又はそれらの組み合わせによる沈殿処理を受けたものであることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれかに記載の等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−33545(P2011−33545A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181809(P2009−181809)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【出願人】(000113274)ホーユー株式会社 (278)