説明

粉乳の製造方法

【課題】長期保存が可能であり、加熱臭がなく、また水に溶解することにより元の生乳の状態・風味に再現可能な粉乳を、煩雑な操作を追加することなく、通常の設備によって簡便に製造する方法、及びこれにより製造される粉乳の提供。
【解決手段】獣乳に対し、α-シクロデキストリン又はその誘導体、γ-シクロデキストリン又はその誘導体、高度分岐環状デキストリン、及びトレハロースからなる群より選ばれる粉末化剤を添加した後、噴霧乾燥又は凍結乾燥に付すことを特徴とする粉乳の製造方法、及び本方法によって得られる粉乳。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱臭がなく、保存性に優れ、かつ高品質の粉乳の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
牛乳は優れた栄養、風味を有し、飲料用のほか、チーズ、バター、生クリーム等の乳製品や菓子類の原料としても広く利用されている。
【0003】
しかしながら、牛乳の需要量には、規則的な季節循環性に加え、気温の変化、消費者の嗜好の変化等による予測困難な変動がある。一方、猛暑等の気候の影響で牧草の生育が向上すれと、牛乳の生産量も増加する。そして、牛乳の需要量が低い場合にも乳牛は牛乳を生産し続けるが、乳房炎などの罹患のおそれもあるため搾乳を休むことで生産量を抑制することはできない。このように、乳牛が生き物であるが故に、牛乳の生産量をコントロールすることは非常に困難である。従って、牛乳の生産量が需要量を大きく超える場合には多くの余剰牛乳が生じることとなるが、牛乳は保存性に劣るため、これをストックしておくことはできない。このため、業者は苦渋の決断により、産業廃棄物処理場でコストをかけて廃棄処分せざるを得ないという状況となっている。
【0004】
余剰牛乳が生じた場合の対策として、余剰牛乳を噴霧乾燥等によって粉乳に加工し、粉乳の状態でストックする方法がある。粉乳には、生乳又は牛乳からほとんどすべての水分を除去し、粉末状にした全粉乳(全脂粉乳)、脱脂乳からほとんどすべての水分を除去し、粉末状にした脱脂粉乳等があり、保存性の観点からは、脂肪含量が極めて少ない脱脂粉乳が優れている。しかし、脱脂粉乳は「スキムミルク」として食品の加工原料のほか一部飲用にも使用されているが、生乳に比べ風味で劣っている。一方、全粉乳は脂肪含量の多さにより保存性に劣るほか、加熱臭などにより、そのまま飲用に供するには適さない。
【0005】
生乳に近似した全粉乳の製造方法として、乳を電気分解処理又は通電処理して乾燥する方法が提案されている(特許文献1参照)。しかし、電気分解又は通電のための設備が新たに必要となり、また操作が煩雑となるほか、電気分解処理による場合は陰極側の液体のみを利用する点で、生乳に近いものとはいえないという問題があった。
【0006】
【特許文献1】特開20003-180244号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明は、長期保存が可能であり、加熱臭がなく、また水に溶解することにより元の生乳の状態・風味に再現可能な粉乳を、煩雑な操作を追加することなく、通常の設備によって簡便に製造する方法、及びこれにより製造される粉乳を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、牛乳等の獣乳に対し、特定の化合物群から選ばれる粉末化剤を添加混合した後に粉末化操作を行うことにより、上記の課題が達成されることを見出した。すなわち、これによって粉末化の条件を緩和することができ、容易に粉末化が可能となるうえに、得られる粉乳が、加熱臭がなく、しかも脱脂していないにもかかわらず極めて安定で長期保存可能なものとなり、かつ、CD等の粉末化剤の性質に応じたダイエット効果、持久力向上といった各種効果も付与できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
本発明は、獣乳に対し、α-シクロデキストリン(以下、「CD」と略称する)又はその誘導体、γ-CD又はその誘導体、高度分岐環状デキストリン、及びトレハロースからなる群より選ばれる粉末化剤を添加した後、噴霧乾燥又は凍結乾燥に付すことを特徴とする粉乳の製造方法を提供するものである。
【0010】
また、本発明は、α-CD又はその誘導体、γ-CD又はその誘導体、高度分岐環状デキストリン、及びトレハロースからなる群より選ばれる粉末化剤を添加した獣乳を噴霧乾燥又は凍結乾燥して得られた粉乳を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、長期保存性が可能であり、加熱臭がなく、また水に溶解することにより元の生乳の状態・風味に再現可能な粉乳を、煩雑な操作を追加することなく、通常の設備によって簡便に製造することが可能となる。また、上記方法により得られた粉乳は、用いた粉末化剤の特性に対応した有用な性質も併せ持つものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に使用する獣乳としては、牛(ホルスタイン種、ジャージー種等)、山羊、羊、水牛、馬等から搾乳されたいずれの生乳を使用することもできる。また、上記の獣乳を殺菌処理(超高温殺菌(130℃,2秒間)、高温殺菌(72〜85℃,15秒間以上)、低温殺菌(62〜66℃,30分間以上))や、ホモジナイザー等により均質化処理したものも使用することができる。殺菌を行うことにより、有害微生物の死滅、リパーゼなどの酵素の失活ができる。
【0013】
また、上記獣乳から脂肪分のみを脱脂した脱脂乳、成分調整や栄養強化した調整乳、濃縮した濃縮乳や加工乳等も使用できる。これらの処理は、常法に従って行うことができ、例えば脱脂乳は遠心分離等により得られ、調整乳は、カルシウム、マグネシウム等のミネラル含量の増加、ナトリウム含量の低減、ビタミン類、乳化剤、安定剤、糖類、糖アルコール、甘味料、香料、酵素等の添加により得られる。元の生乳の状態に戻すことができるという観点からは、脱脂や成分調整を行わない、生乳を用いることが好ましい。
【0014】
獣乳は、そのままの濃度で使用してもよいが、濃縮したうえで粉末化することもでき、特に噴霧乾燥により粉末化する場合には、一般に、粉末化に先立ち、濃縮することが必要とされている。濃縮方法としては、凍結濃縮、真空(加熱)濃縮等、一般的に行われる方法でよい。濃縮をすることにより、乾燥時の熱エネルギーの削減、乾燥品(粉乳)の物理的特性改善などの効果が得られる。濃縮度は、固形分が20〜50重量%となる範囲が良く、濃縮度がこれに満たない場合は噴霧乾燥が困難となり、濃縮度がこれを超える場合は濃縮乳の粘稠度が上昇して粒子形成が不完全になり、製品の溶解性が低下するため、いずれも好ましくない。なお、本発明方法においては、獣乳に対し添加される粉末化剤の量によっては、添加の時点で固形分が上記濃縮度の範囲内となることもあるが、このような場合には、濃縮を必要とすることなく、噴霧乾燥による粉末化が可能である。
【0015】
獣乳に対し添加する粉末化剤は、α-CD又はその誘導体、γ-CD又はその誘導体、高度分岐環状デキストリン、及びトレハロースからなる群より選ばれる。α-又はγ-CDの誘導体としては、食品に利用可能なもの、例えば、酵素反応によりCDに糖の側鎖を結合させたグリコシル化CD(分岐CD)が挙げられる。より具体的には、グルコシル-α-CD、マルトシル-α-CD、ガラクトシル-α-CD、マンノシル-α-CD、グルコシル-γ-CD、マルトシル-γ-CD、ガラクトシル-γ-CD、マンノシル-γ-CD等の単糖又は二糖修飾CDが挙げられる。
【0016】
また、高度分岐環状デキストリンは、枝作り酵素をアミロペクチンに作用させて生産した環状構造を有するデキストリンであり(特開平8-134104号公報)、例えば、平均分子量約16万、ブドウ糖が約900残基重合したグルカンが挙げられる。
【0017】
トレハロースにはα,α-、α,β-、β,β-の3種の異性体があるが、いずれも使用可能である。
【0018】
これら粉末化剤は、いずれか1種、又は2種以上を適宜選択して用いることができる。これら粉末化剤には、それぞれ有用な特性を有するものがあるため、そのような化合物を用いた場合には、得られる粉乳は、用いた粉末化剤の性質に応じた特性を有するものとなる。例えば、α-CDは、水溶性に優れ、難消化性(水溶性難消化性デキストリン)であり、中性脂肪減少効果、体重減少効果(ダイエット効果)、コレステロール減少効果、血糖値上昇抑制効果、便秘改善効果、アレルギー疾患(気管支喘息、皮膚炎、鼻炎、結膜炎等)治癒効果等が知られており、γ-CDは、水溶性が更に高く、消化性(水溶性消化性デキストリン)であり、徐々に分解されブドウ糖を徐々に放出することによる持久力向上効果が知られている。また、グリコシル化CDは、非常に水溶性が高いため、大量に配合した場合であっても、水に再溶解して、沈殿のない元の獣乳の状態に戻すことができる。高度分岐環状デキストリンも、高水溶性、水溶液の低浸透圧性、持久力向上効果等が知られている。
【0019】
獣乳に対する粉末化剤の添加量は、0.1〜100g/100mL獣乳、更には1〜50g/100mL獣乳、特に2〜20g/100mL獣乳が好ましい。粉末化剤の添加量は、上記のように、獣乳の粉末化という観点からは、その溶解度(α-CD:14.5g/100mL,γ-CD:23.2g/100mL)を超えて使用することも可能である。一方、粉乳を水に溶解し、元の生乳の状態に戻すという観点からは、水に溶解したときに沈殿を生じないように、溶解度以下の範囲で使用するのが好ましい。この観点での粉末化剤の添加量は、例えばα-CDの場合は0.1〜14g/100mL獣乳、更には1〜10g/100mL獣乳、特に2〜5g/100mL獣乳が好ましく、γ-CDの場合は0.1〜23g/100mL獣乳、更には1〜20g/100mL獣乳、特に2〜10g/100mL獣乳が好ましい。
【0020】
粉末化剤を添加混合した獣乳は、噴霧乾燥又は凍結乾燥に付すことにより、粉末化される。
【0021】
例えば、噴霧乾燥(スプレードライ)の場合は、乾燥室中に熱風(100〜200℃程度)を送風し、これに濃縮したCD含有獣乳を、ノズルから噴霧することにより、瞬時に乾燥、粉末化することができる。なお、粉乳の溶解性向上等の目的で、適宜、造粒を行ってもよい。
【0022】
また、凍結乾燥(フリーズドライ)の場合は、例えば濃縮した又は未濃縮のCD含有獣乳を液体窒素、冷凍庫等で凍結し、真空中で水分を昇華させ、乾燥後に粉砕し、篩別して粉乳製品とすればよい。真空度としては、一般には、0.1〜1mmHg程度が好ましい。凍結乾燥は、粉乳の風味の点で優れており、また加熱劣化を防止できる点においても噴霧乾燥より有利である。
【0023】
噴霧乾燥又は凍結乾燥により得られた粉乳は、粒子サイズが微細であるほど水への溶解性に優れるため、一般に水溶性向上のための微粉末化が行われるが、本発明の粉乳は微粉末化のための特別な工程を経なくても、通常の粉砕工程によって容易に微粉末となり、水への再溶解性に優れる。
【0024】
以上のようにして得られた粉乳は、必要に応じ、酸素や水分が接触しないように適当な容器中に密封することにより、長期にわたり安定に保存することができ、牛乳としての風味や触感を保つことができる。従って、災害時などの非常食としても有用である。
【実施例】
【0025】
試験例1 凍結乾燥による製造
牛乳(おいしい牛乳:明治乳業社製)に対し、各種CDを下記処方どおり添加した。室温にて1時間攪拌後、サンプルをシャーレにあけ、冷凍庫内で−5℃にて凍結させた後、凍結乾燥機(Freeze Dryer FD-1000,東京理化器械社製)を用い、トラップ温度-40℃、真空度15Paの条件で36時間凍結乾燥を行った。乾燥物を乳鉢で粉砕し、粉末を得た。
この粉末の状態を肉眼で観察し、下記基準に従って評価した結果を表1に示す。
【0026】
評価基準:
○:粉末状態になり、粉砕することによって微粉末となる。
△:乾燥状態ではあるが、若干粘性であり、流動性に欠ける。
【0027】
【表1】

【0028】
どの条件においても粉末化は可能であったが、α-CD、γ-CDとも、添加量を増やすことで、より良好な粉末が得られた。またどのサンプルにおいても、再び水を加えることで、元の牛乳状態に復元した(ただし、α-CDの20g/100mL及び30g/100mL、並びにγ-CDの30g/100mLでは、溶解度を超えた分について沈殿を生じた)。
更に、シクロデキストリンを加えたすべてのサンプルにおいて、粉末状態、水を加えた状態、いずれにおいても異味異臭は感じられなかった。
【0029】
試験例2 噴霧乾燥による製造
牛乳(おいしい牛乳:明治乳業社製)に対し、各種CDを下記処方どおり添加した後、室温にて1時間攪拌した。次いで、CDの添加量が20又は30g/100mL牛乳の場合については濃縮することなく、それ以外の場合については固形分(CD含む)30重量%に濃縮した後、噴霧乾燥に付した。得られた濃縮乳を、噴霧乾燥機(Spray Dryer SD-1000,東京理化器械社製)を用い、入口温度100℃、ブロアー流量(乾燥空気量)0.8m3/min、空気圧力150kPaの条件で噴霧乾燥を行った。乾燥物を乳鉢で粉砕し、粉末を得た。
この粉末の状態を肉眼で観察し、試験例1と同様の基準に従って評価した結果を表2に示す。
【0030】
【表2】

【0031】
どの条件においても粉末化は可能であったが、α-CD、γ-CDとも、添加量を増やすことで、より良好な粉末が得られた。またどのサンプルにおいても、再び水を加えることで、元の牛乳状態に復元した(ただし、α-CDの20g/100mL及び30g/100mL、並びにγ-CDの30g/100mLでは、溶解度を超えた分について沈殿を生じた)。
更に、シクロデキストリンを加えたすべてのサンプルにおいて、粉末状態、水を加えた状態、いずれにおいても異味異臭は感じられなかった。これに対し、シクロデキストリンを添加しないで粉末化したサンプルでは、加熱臭が感じられた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
獣乳に対し、α-シクロデキストリン又はその誘導体、γ-シクロデキストリン又はその誘導体、高度分岐環状デキストリン、及びトレハロースからなる群より選ばれる粉末化剤を添加した後、噴霧乾燥又は凍結乾燥に付すことを特徴とする粉乳の製造方法。
【請求項2】
α-シクロデキストリン又はその誘導体、γ-シクロデキストリン又はその誘導体、高度分岐環状デキストリン、及びトレハロースからなる群より選ばれる粉末化剤を添加した獣乳を噴霧乾燥又は凍結乾燥して得られた粉乳。

【公開番号】特開2007−275029(P2007−275029A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−109350(P2006−109350)
【出願日】平成18年4月12日(2006.4.12)
【出願人】(503065302)株式会社シクロケム (22)
【Fターム(参考)】