説明

粒子線照射装置及び粒子線治療装置

【課題】走査電磁石のヒステリシスの影響を排除し、高精度なビーム照射を実現する粒子線照射装置を得ること。
【解決手段】走査電磁石3の磁場を測定する磁場センサ20と、走査電磁石3を通過した荷電粒子ビーム1bの出射量を制御する照射制御装置5とを備えた。照射制御装置5は、磁場センサ20で測定されるX方向及びY方向の磁場で定義された複数の領域Si,jを通過した荷電粒子ビーム1bの線量の積算値を前記領域Si,j毎に求め、前記領域Si,j毎の積算値に基づいて、荷電粒子ビーム1bの出射量を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、医療用や研究用に用いられる粒子線治療装置に関し、特にスポットスキャニングやラスタースキャニングといった走査型の粒子線照射装置及び粒子線治療装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に粒子線治療装置は、荷電粒子ビームを発生するビーム発生装置と、ビーム発生装置につながれ、発生した荷電粒子ビームを加速する加速器と、加速器で設定されたエネルギーまで加速された後に出射される荷電粒子ビームを輸送するビーム輸送系と、ビーム輸送系の下流に設置され、荷電粒子ビームを照射対象に照射するための粒子線照射装置とを備える。粒子線照射装置には大きく、荷電粒子ビームを散乱体で散乱拡大し、拡大した荷電粒子ビームを照射対象の形状にあわせて照射野を形成するブロード照射方式と、照射対象の形状に合わせるように、細いペンシル状のビームを走査して照射野形成するスキャニング照射方式(スポットスキャニング、ラスタースキャニング等)とがある。
【0003】
ブロード照射方式は、コリメータやボーラスを用いて患部形状に合う照射野を形成する。患部形状に合う照射野を形成し、正常組織への不要な照射を防いでおり、最も汎用的に用いられている、優れた照射方式である。しかし、患者ごとにボーラスを製作したり、患部に合わせてコリメータを変形させたりする必要がある。
【0004】
一方、スキャニング照射方式は、コリメータやボーラスが不要といった自由度の高い照射方式である。しかし、患部以外の正常組織への照射を防ぐこれら部品を用いないため、ブロード照射方式以上に高いビーム照射位置精度が要求される。
【0005】
粒子線治療装置において、照射位置や照射線量の精度を上げる様々な発明がなされている。特許文献1には、正確に患部を照射することができる粒子線治療装置を提供することを目的とし、以下の発明が開示されている。特許文献1の発明は、走査装置による荷電粒子ビームの走査量とその際にビーム位置検出器により検出する荷電粒子ビームのビーム位置とを記憶装置に記憶し、この記憶された走査量及びビーム位置を用い、制御装置により治療計画情報に基づくビーム位置に応じて走査装置の走査量を設定する。実際に照射して得られた走査量とビーム位置との関係が記憶装置に記憶されているため、正確に患部を照射することが期待できるものである。
【0006】
特許文献2には、高い安全性を確保し、高精度で荷電粒子ビームを照射できる粒子線治療装置を提供することを目的とし、以下の発明が開示されている。特許文献2の発明は、荷電粒子ビーム発生装置から出射された荷電粒子ビームを、ビーム進行方向と垂直な照射面上に走査する走査電磁石に供給し、この走査電磁石を通過した荷電粒子ビームの照射面上における位置及び線量に基づいて、荷電粒子ビーム発生装置からの荷電粒子ビームの出射量を制御する。具体的には、照射面上で分割して形成される複数の領域のうち、目標線量に達した領域への荷電粒子ビームの供給を停止し、目標線量に達していない他の領域に荷電粒子ビームを供給する。このように、各領域における照射線量を目標線量と比較し、荷電粒子ビームの出射量をON/OFF制御(供給/停止)することによって、高い安全性を期待するものである。
【0007】
特許文献3には、走査電磁石の電流と磁場との間にあるヒステリシス特性がビーム照射位置の精度を低下させる課題に対して、以下の発明が開示されている。特許文献3の発明は、照射計画に基づくビーム照射位置に対応して、ヒステリシスの影響を考慮しない走査
電磁石の電流値を演算する第1の演算手段と、第1の演算手段で演算した走査電磁石の電流値を、ヒステリシスの影響を考慮して補正演算する第2の演算手段とを有し、照射制御装置は、第2の演算手段の演算結果に基づいて走査電磁石の電流を制御する。このように第2の演算手段にヒステリシスの影響を排除するように補正演算を実施することで、すなわち、第2の演算手段にヒステリシス特性を表す数学モデルを有することにより、演算によりビーム照射位置の精度の向上を期待するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−296162号公報
【特許文献2】特開2008−272139号公報
【特許文献3】特開2007−132902号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に開示された発明においては、実際に照射をして得られた荷電粒子ビームの走査量とビーム位置との実データに基づいて変換テーブルを作成し、この変換テーブルを用いて走査電磁石の設定電流値を演算している。
【0010】
しかしながら、実際には特許文献3に示されているように、走査電磁石の電流と磁場との間にはヒステリシス特性が存在し、電流値が増加しているときと、電流値が減少しているときとでは、異なった磁場となる。すなわち、ある瞬間における走査電磁石の電流値が分かったとしても、その情報からだけでは、磁場の正確な値を特定できない。したがって、特許文献1に開示されている発明では、電磁石のヒステリシスの影響により正確に患部を照射することができない問題点があった。
【0011】
特許文献2に開示された発明においては、定義した各領域における照射線量が目標線量となるよう、荷電粒子ビームの出射量をON/OFF制御(供給/停止)している。
【0012】
しかしながら、特許文献2に開示された発明に記載された照射面上で分割して形成される複数の領域は、対応する走査電磁石の励磁電流の範囲によって定義される励磁電流空間内の領域(励磁領域)であり、実際の照射空間内の領域(照射領域)とは一致しない。走査電磁石のヒステリシスを考慮しなければ、この励磁領域と照射領域が正確に1対1に対応することはないからである。したがって、このように励磁領域単位で照射線量を管理して安全性を高めようとした装置や方法においても、走査電磁石のヒステリシスの影響を排除しなければ、ビーム照射位置の精度の向上は発揮できない問題点があった。
【0013】
特許文献3に開示された発明においては、演算手段の内部にヒステリシスの数学的モデルを作り、演算によって走査電磁石の電流値を補正している。
【0014】
しかしながら、ヒステリシスを考慮していても、いくつか問題点がある。第1の問題点は、ヒステリシス特性を演算的な手法を用いて高精度に補正することは、実際にはかなり難しいということである。例えば、電流と磁場とのヒステリシス特性を表す曲線は、入力(電流)の振幅だけではなく、入力(電流)を変化させる速度や、変化させるパターンによって様々な様態となる。この複雑なヒステリシス現象を演算的手法、すなわち数学的モデルで表すことは、多くの分野で長年いろいろと研究工夫がなされてきているが、やはり現実的には難しい。また、第2の問題点は、ビーム照射位置の検出方法にある。従来の多くは、この特許文献3に開示された発明のように、1台もしくは複数のビーム位置モニタのみによってビーム照射位置を検出しようとしている。ビーム位置モニタは、荷電粒子ビームが照射されて、はじめてビーム照射位置が分かるものである。したがって、ビームが
ターゲットからはずれて正常組織等を照射してしまったとき、単にビームを停止することしかできず、本来照射すべきだった正しい照射位置へビーム照射位置を制御するといったことができない問題点があった。
【0015】
この発明は上記のような課題を解決するためになされたものであり、走査電磁石のヒステリシスの影響を排除し、高精度なビーム照射を実現する粒子線照射装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
走査電磁石の磁場を測定する磁場センサと、走査電磁石を通過した前記荷電粒子ビームの出射量を制御する照射制御装置とを備えた。照射制御装置は、磁場センサで測定されるX方向及びY方向の磁場で定義された複数の領域を通過した前記荷電粒子ビームの線量の積算値を前記領域毎に求め、前記領域毎の積算値に基づいて、荷電粒子ビームの出射量を制御する。
【発明の効果】
【0017】
この発明に係る粒子線照射装置は、磁場センサで測定される磁場で定義された複数の領域、すなわち走査電磁石のヒステリシスの影響を受けることがない空間における複数の領域毎の積算値に基づいて、前記荷電粒子ビームの出射量を制御するので、走査電磁石のヒステリシスの影響を排除し、高精度なビーム照射を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】この発明の実施の形態1における粒子線治療装置の概略構成図である。
【図2】図1の照射制御装置の構成図である。
【図3】磁場空間で定義した複数領域を示す図ある。
【図4】他の磁場センサを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1における粒子線治療装置の概略構成図である。粒子線治療装置は、ビーム発生装置51と、加速器52と、ビーム輸送装置53と、粒子線照射装置54と、治療計画装置55と、データサーバ56とを備える。ビーム発生装置51は、イオン源で発生させた荷電粒子を加速して荷電粒子ビームを発生させる。加速器52は、ビーム発生装置51に接続され、発生した荷電粒子ビームを加速する。ビーム輸送装置53は、加速器52で設定されたエネルギーまで加速された後に出射される荷電粒子ビームを輸送する。粒子線照射装置54は、ビーム輸送系53の下流に設置され、荷電粒子ビームを照射対象15に照射する。治療計画装置55は、患者の照射対象15に対する治療計画データである目標照射位置座標Piと目標線量Di等を生成する。データサーバ56は、治療計画装置55で患者毎に生成した治療計画データを記憶する。
【0020】
粒子線照射装置54は、ビーム輸送装置53から入射された入射荷電粒子ビーム1aを輸送するビーム輸送ダクト2と、入射荷電粒子ビーム1aに垂直な方向であるX方向及びY方向に入射荷電粒子ビーム1aを走査する走査電磁石3a、3bと、走査電磁石3a、3bが発生させる磁場を検出する磁場センサ20a、20bと、磁場データ変換器21と、ビーム位置モニタ7と、位置データ変換器8と、線量モニタ11と、線量データ変換器12と、照射制御装置5と、走査電源4とを備える。磁場センサ20a、20bは例えばピックアップコイルを有する磁場センサである。なお、図1に示したように入射荷電粒子ビーム1aの進行方向はZ方向である。
【0021】
走査電磁石3aは入射荷電粒子ビーム1aをX方向に走査するX方向走査電磁石であり
、走査電磁石3bは入射荷電粒子ビーム1aをY方向に走査するY方向走査電磁石である。磁場センサ20aはX方向の磁場を検出するX方向磁場センサであり、磁場センサ20bはY方向の磁場を検出するY方向磁場センサである。磁場データ変換器21は磁場センサ20a、20bで検出した磁場をデジタルデータに変換し、測定磁場Bsを生成する。ビーム位置モニタ7は走査電磁石3a、3bで偏向された出射荷電粒子ビーム1bの通過位置を検出する。位置データ変換器8はビーム位置モニタ7で検出した通過位置をデジタルデータに変換し、測定位置座標Psを生成する。線量モニタ11は出射荷電粒子ビーム1bの線量を検出する。線量データ変換器12は線量モニタ11で検出した線量をデジタルデータに変換し、測定線量Dsを生成する。
【0022】
照射制御装置5は、測定磁場Bsに基づいて照射対象15における照射位置を制御し、測定線量Dsが目標線量Diに達するとビーム発生装置51に対してビーム停止指令Sspoを出力し、荷電粒子ビームを停止する。走査電源4は照射制御装置5から出力された走査電磁石3への制御入力である指令電流Ioに基づいて走査電磁石3a、3bを駆動する励磁電流を出力する。
【0023】
図2は照射制御装置5の構成図である。照射制御装置5は走査電磁石指令値生成器6と、逆写像生成器30と、逆写像演算器22と、誤差演算器24と、走査電磁石指令値補償器23と、指令値出力器25と、ビーム供給開始指令出力器26と、線量管理器10とを有する。
【0024】
照射制御装置5の動作について説明する。粒子線治療装置の照射には、大きくキャリブレーション時の試し照射と、治療時の本照射とがある。一般的にキャリブレーション時の試し照射は、いわゆる校正のための照射であり、患者のいない状態で、校正が必要なときのみ行う。X方向走査電磁石3aへの制御入力(電流Ixo)とY方向走査電磁石3bへの制御入力(電流Iyo)をいろいろな値にふって試し照射を行い、そのときのビーム照射位置を測定する。実施の形態1におけるキャリブレーション時の試し照射は、従来と同様に行うが、試し照射時において、ビームの測定位置座標Ps(xs,ys)だけではなく、磁場センサ20a,20bにより測定磁場Bs(Bxs,Bys)をも測定する。このときの走査電磁石3の測定磁場Bs(Bxs,Bys)とビームの測定位置座標Ps(xs,ys)との関係は、逆写像生成器30によって生成された逆写像演算器22の数式モデルとして実現する。
【0025】
治療計画装置55で作成された試し照射用の目標照射位置座標Piのデータ列と目標線量Diのデータ列が粒子線照射装置54の照射制御装置5に送られる(ステップS001)。試し照射用の目標照射位置座標Piは粒子線照射装置54の照射可能範囲の座標であり、試し照射用の目標線量Diは任意の線量である。走査電磁石指令値生成器6は目標照射位置座標Pi毎に、基礎となる指令電流Ig(Ixg,Iyg)を生成する(ステップS002)。指令値出力器25は、基礎となる指令電流Igを指令電流Io(Ixo,Iyo)として走査電源4に出力する。走査電源4は指令電流Ioに従って走査電磁石3を制御する(ステップS003)。
【0026】
ビーム供給開始指令出力器26は指令値出力器25が指令電流Ioを出力したことを示す出力信号を受けて、ビーム発生装置51にビームを発生するビーム供給指令Sstoを出力する。ビーム発生装置51は荷電粒子ビームの照射を開始する。指令電流Ioにより制御された走査電磁石3の磁場を磁場センサ20a、20bにより測定し、測定磁場Bs(Bxs,Bys)は磁場データ変換器21を介して逆写像生成器30に入力される。ビーム位置モニタ7により走査電磁石3で走査された出射荷電粒子ビーム1bの測定位置座標Ps(xs,ys)を測定し、測定位置座標Psは位置データ変換器8を介して逆写像生成器30に入力される。逆写像生成器30は測定磁場Bs(Bxs,Bys)及び測定
位置座標Ps(xs,ys)を、内蔵された記憶装置であるメモリに記憶する(ステップS004)。
【0027】
線量モニタ11により走査電磁石3で走査された出射荷電粒子ビーム1bの測定線量Dsを測定し、測定線量Dsは線量データ変換器12を介して線量管理器10に入力される(ステップS005)。線量管理器10は目標線量Diと測定線量Dsを比較し、測定線量Dsが目標線量Diを超えた場合に、ビーム発生装置51にビームを停止するビーム停止指令Sspoを出力する。ビーム発生装置51はビーム停止指令Sspoを受けて、荷電粒子ビーム1aを停止する。次にステップS002に戻る。次の目標照射位置座標Piに変更し、荷電粒子ビームの照射を開始し、試し照射用の照射対象範囲が終了するまでステップS002から当該テップS006を繰り返す(ステップS006)。
【0028】
逆写像生成器30は、記憶された一連の測定磁場Bs(Bxs,Bys)及び測定位置座標Ps(xs,ys)に基づいて数式モデルを作成し、作成した数式モデルを逆写像演算器22に格納する(ステップS007)。
【0029】
逆写像演算器22の数式モデルは、好適な一例として、多項式を用いて実現する。従来の変換テーブルとは異なり、逆写像演算器22としたことについて説明をする。走査電磁石3の仕様、走査電源4の仕様、及び照射ビームの仕様(照射エネルギー、入射ビーム位置など)が一定であるという仮定のもとでは、走査電磁石3の磁場B(Bx,By)が決まれば、ビームの照射位置座標P(x,y)が一意に決まるので、磁場Bとビームの照射位置座標Pとの関係に関する物理現象は2入力2出力の正写像と捉えることができる。しかし、治療における本照射の際は、ビームの目標照射位置座標Pi(xi,yi)が先に与えられて、そのビームの目標照射位置座標Pi(xi,yi)を実現するように走査電磁石3の磁場B(Bx,By)を制御しなければならない。つまり、治療における本照射ではビームの目標照射位置座標Pi(xi,yi)から、その目標照射位置座標Pi(xi,yi)を実現するように走査電磁石3の磁場B(Bx,By)の推定値を算出しなければならない。したがって、磁場B(Bx,By)の推定値を得るために逆写像演算器22が必要となる。
【0030】
逆写像演算器22の数式モデルを多項式にて実現する方法の概略を説明する。キャリブレーション時の試し照射で測定された複数のビームの測定位置座標Ps(xs,ys)及び複数の測定磁場Bs(Bxs,Bys)に基づいて、PscAc=Bscを満たすような逆写像の未知パラメータ行列Acを求める。ここで行列Pscはビームの測定位置座標Ps(xs,ys)から計算される行要素、例えば6つの要素を有する[1,xs,xs
,ys,xsys,ys]を行方向に複数並べた照射位置座標行列であり、行列Bs
cは測定磁場Bs(Bxs,Bys)を行要素とし、この行要素を行方向に複数並べた磁場行列である。
【0031】
逆写像の未知パラメータ行列Acは以下の(1)式で表わされる最小二乗法の式により求めることがきる。
Ac=(PscPsc)−1PscBsc ・・・(1)
ここでPscは行列Pscの転置行列である。
【0032】
目標照射位置座標Pi(xi,yi)を実現するために必要な磁場Bである目標磁場Bi(Bxi,Byi)は上述のように求めたパラメータ行列Acを用いて、以下の(2)式により求めることができる。
Bi=PipAc ・・・(2)
ここで、Pipはビームの目標照射位置座標Pi(xi,yi)から計算される行要素であり、パラメータ行列Acを求める際に適用した要素であり、上述の場合は6つの要素を
有する行列[1,xi,xi,yi,xiyi,yi]である。
【0033】
従来技術においては、キャリブレーションの走査電磁石3への制御入力(電流Ixo、電流Iyo)とビームの測定位置座標Ps(xs,ys)との関係を、変換テーブルとして作成し、走査電磁石指令値生成器6にこの変換テーブルを記憶しておく。X方向走査電磁石3aへの制御入力(電流Ixo)はビームの目標照射位置座標Piのx座標(xi)から、Y方向走査電磁石3bへの制御入力(電流Iyo)はビームの目標照射位置座標Piのy座標(yi)から、それぞれ独立に求めていた。しかし、実際にはX方向走査電磁石3aへの制御入力(電流Ixo)はビームの目標照射位置座標Piのxiにもyiにも、また、Y方向走査電磁石3bへの制御入力(電流Iyo)もビーム照射位置のxiにもyiにも影響を与える、すなわち干渉項があるので、独立に求める変換テーブルによる手法では、照射位置精度は劣化する。
【0034】
実施の形態1の粒子線照射装置54は、目標磁場BiのBxi及びByiのそれぞれを目標照射位置座標Piのxi及びyiの干渉項を考慮した数式モデルを逆写像演算器22に実現したので、従来とは異なり、出射荷電粒子ビーム1bの照射位置精度を向上させることができる。
【0035】
次に実施の形態1の粒子線治療装置における治療の際の本照射について説明する。治療の際の本照射は、以下の手順により行う。
【0036】
照射対象15ごとに、治療計画装置55で作成された目標照射位置座標Piのデータ列と目標線量Diのデータ列が粒子線照射装置54の照射制御装置5に送られる(ステップS101)。走査電磁石指令値生成器6は目標照射位置座標Pi毎に、基礎となる指令電流Ig(Ixg,Iyg)を生成する(ステップS102)。指令値出力器25は、基礎となる指令電流Igを指令電流Io(Ixo,Iyo)として走査電源4に出力する。走査電源4は指令電流Ioに従って走査電磁石3を制御する(ステップS103)。
【0037】
逆写像演算器22は、目標照射位置座標Piからビームが当該目標照射位置座標Piを通過するための目標磁場Bi(Bxi,Byi)を数式モデルにて演算し、目標磁場Bi(Bxi,Byi)を出力する(ステップS104)。
【0038】
指令電流Ioにより制御された走査電磁石3の磁場を磁場センサ20a、20bにより測定し、測定磁場Bs(Bxs,Bys)は磁場データ変換器21を介して誤差演算器24に入力される(ステップS105)。誤差演算器24は、目標磁場Biと測定磁場Bsを比較し、磁場誤差Beを計算する(ステップS106)。
【0039】
走査電磁石指令値補償器23は、誤差演算器24から出力された磁場誤差Beから電流補正値IeをPID補償器の要領で生成する。例えば以下の(3)式により生成する(ステップS107)。
Ie=KpBe ・・・(3)
ここでKpは比例ゲインである。
【0040】
指令値出力器25は、基礎となる指令電流Igを電流補正値Ieで補正された指令電流Ig−Ieを指令電流Io(Ixo,Iyo)として走査電源4に出力する。走査電源4は指令電流Ioに従って走査電磁石3を制御する(ステップS108)。ビーム供給開始指令出力器26は、誤差演算器24から出力された磁場誤差Beが所定の閾値以下になった場合に、ビーム発生装置51にビームを発生するビーム供給指令Sstoを出力する。ビーム発生装置51は荷電粒子ビームの照射を開始する(ステップS109)。
【0041】
線量モニタ11により走査電磁石3で走査された出射荷電粒子ビーム1bの測定線量Dsを測定し、測定線量Dsは線量データ変換器12を介して線量管理器10に入力される(ステップS110)。線量管理器10は目標線量Diと測定線量Dsを比較し、測定線量Dsが目標線量Diを超えた場合に、ビーム発生装置51にビームを停止するビーム停止指令Sspoを出力する。ビーム発生装置51はビーム停止指令Sspoを受けて、荷電粒子ビーム1aを停止する。次にステップS102に戻る。次の目標照射位置座標Piに変更し、荷電粒子ビームの照射を開始し、照射対象範囲が終了するまで、ステップS102から当該ステップS111を繰り返す(ステップS111)。
【0042】
照射対象15における深さ方向(Z方向)の位置座標の制御は、入射荷電粒子ビーム1aのエネルギーを変更することにより行う。照射対象15における深さ方向(Z方向)も含めた全ての照射対象範囲が終了すると治療の際の本照射は終了する。
【0043】
ステップS111で行う荷電粒子ビームの線量管理は、図3に示すように磁場空間内で定義した複数の小領域毎に行う。図3は磁場空間(Bx,By)で定義した磁場小領域Si,jを示す図ある。表の左列の(B,B)は、磁場BのX成分BxがB≦Bx<Bの関係を満たすことを簡略して示したものであり、同様に(Bm−1,B)は、BxがBm−1≦Bx<Bの関係を満たすことを簡略して示したものである。表の上段の(B,B)は、磁場BのY成分ByがB≦By<Bの関係を満たすことを簡略して示したものであり、同様に(Bm−1,B)は、ByがBm−1≦By<Bの関係を満たすことを簡略して示したものである。領域S0,0はB≦Bx<B及びB≦By<Bの関係を満たす領域であり、領域Sm−1,m−1はBm−1≦Bx<B及びBm−1≦By<Bの関係を満たす領域である。
【0044】
磁場空間で定義された領域は、走査電磁石3の電流と磁場との間に生じるヒステリシスを含んだ状態の磁場で定義されるので、磁場空間で定義された領域は走査電磁石3のヒステリシスの影響を受けることがなく、キャリブレーションのときに荷電粒子ビームを照射して得られた磁場センサ20による磁場とビーム位置モニタ7によるビーム位置との関係は、キャリブレーションのときと同様に荷電粒子を走査する場合の本照射の際の磁場とビーム位置との関係とは、極めてよく一致する。実照射空間は、荷電粒子ビームの出射位置、ビーム位置モニタ7における通過位置、粒子線照射装置54と照射対象15との位置関係により求めることができるので、実照射空間の領域は磁場空間で定義された領域と写像関係を有し、本照射の際にもこの写像関係はほとんど変わらない。したがって、ステップS111で荷電粒子ビームの線量管理を磁場空間内で定義した複数の磁場小領域Si,j毎に行うので、照射対象15における実照射空間での線量管理を精度よく行うことができる。
【0045】
実施の形態1の粒子線照射装置54は、入射荷電粒子ビーム1aの制御を走査電磁石3が発生する磁場に基づいてフィードバック制御を行うので、すなわち走査電磁石3の電流と磁場との間に生じるヒステリシスを含んだ状態を直接検出して制御するので、走査電磁石3のヒステリシスの影響を排除し、高精度なビーム照射を実現することができる。また、走査電磁石3の制御入力(指令電流Io)を補正する元となる物理量を、走査電磁石3の磁場としたため、入射荷電粒子ビーム1aを供給せずとも入射荷電粒子ビーム1aの照射位置の制御を行うことができる。したがって、入射荷電粒子ビーム1aを供給せずに入射荷電粒子ビーム1aの照射位置座標を目標照射位置座標Piに一致させてから荷電粒子ビームを供給するので、高精度で安全性の高い粒子線を照射対象15に照射することができる。
【0046】
粒子線照射装置54は、磁場で定義した複数領域を磁場センサ20で測定した磁場によりフィードバック制御し、その磁場領域で線量管理を行うので、従来の線量モニタ11で
測定した位置座標によるフィードバック制御で時間がかかってしまうのとは異なり、高速にフィードバック制御を行うことができる。したがって、照射対象15の全体に対する照射時間を短縮することができる。
【0047】
粒子線照射装置54は、磁場センサ20としてピックアップコイルを有する磁場センサを適用したので、急峻な磁場変動があっても走査電磁石3の磁場を精度よく測定することができる。したがって、磁場センサ20で測定した測定磁場Bsによりフィードバック制御を精度よく高速に行うことができ、荷電粒子ビームの高速スキャンニングができる。これにより照射対象15の全体に対する照射時間を短縮することができる。
【0048】
磁場センサ20として、図4に示すようなピックアップコイルを備えた磁場センサを適用してもよい。図4は他の磁場センサ20を示す図であり、走査電磁石3と磁場センサ20を拡大した図である。走査電磁石3は鉄心17と巻き線16を有する。図4に示す磁場センサ20は、走査電磁石3で走査される前の荷電粒子ビーム1aの進行方向(Z方向)における走査電磁石3の鉄心17の鉄心長L以上の長さを有するピックアップコイルを備える。これにより、荷電粒子ビームを走査させる走査電磁石3の磁場におけるZ方向の空間的な積分値を測定することができる。磁場の積分値を使うことで荷電粒子ビームを偏向する磁場を精度よく測定でき、荷電粒子ビームのフィードバック制御をさらに精度よく行うことができる。なお、磁場センサ20をZ方向に複数配置して、X方向用の磁場センサ20a、Y方向用の磁場センサ20bを構成してもよい。
【0049】
荷電粒子ビームのゆっくりしたスキャンニングの場合、磁場センサ20はホール素子を有する磁場センサでも構わない。ホール素子を用いることで走査電磁石3により発生された磁場の絶対値を測定でき、ピックアップコイルで計測された電圧を積分等の演算を行う必要がない。したがって磁場データ変換器21を簡略化、小型化することができる。また、磁場センサ20は、ピックアップコイル及びホール素子を有する磁場センサでも構わない。測定磁場Bsの初期値をホール素子で測定し、変化分をピックアップコイルで測定することで、磁場測定を任意のタイミングで行うことができ、磁場測定時間を短縮することができる。したがって、高速にフィードバック制御を行うことができる。これにより照射対象15の全体に対する照射時間を短縮することができる。
【0050】
従来の粒子線照射装置は、1台もしくは複数のビーム位置モニタのみによってビーム照射位置を検出して、測定位置座標により荷電粒子ビームのフィードバック制御をしていた。位置モニタなどの荷電粒子ビームを遮るものを多く配置することは、ビームが散乱拡大することにつながり、所望のビームスポット径が得られないといった問題点があった。
【0051】
実施の形態1の粒子線照射装置54は、本照射の際には磁場センサ20で測定した測定磁場Bsにより荷電粒子ビームのフィードバック制御を行ったので、本照射の際にビーム位置モニタ7を図示しない移動装置により移動させ、出射荷電粒子ビーム1bがビーム位置モニタ7を通過しないようにしてもよい。このようにすることでビーム位置モニタ7によって出射荷電粒子ビーム1bが散乱し拡大されることを防止できる。これにより、ビームスポット径を小さくできる。したがって、小さなビーム径で照射する方がよい場合には、適したスポット径で治療を行うことができる。
【0052】
以上のように実施の形態1の粒子線照射装置54によれば、走査電磁石3の磁場を測定する磁場センサ20と、磁場センサ20により測定された測定磁場Bs及び荷電粒子ビーム1bの目標照射位置座標Piに基づいて走査電磁石3を制御する照射制御装置5とを備え、照射制御装置5は、荷電粒子ビーム1bの目標照射位置座標Piから目標磁場Biを演算する逆写像演算器22と、目標磁場Biと測定磁場Bsとの磁場誤差Beを所定の閾値以下に制御する走査電磁石3への制御入力Ioを出力する補償器23を有したので、走
査電磁石のヒステリシスの影響を排除し、高精度なビーム照射を実現することができる。
【0053】
実施の形態1の粒子線治療装置によれば、荷電粒子ビームを発生させるビーム発生装置51と、ビーム発生装置51で発生された荷電粒子ビームを加速する加速器52と、加速器52により加速された荷電粒子ビームを輸送するビーム輸送装置53と、ビーム輸送装置53で輸送された荷電粒子ビームを走査電磁石3で走査して照射対象15に照射する粒子線照射装置54とを備え、粒子線照射装置54は、走査電磁石3の磁場を測定する磁場センサ20と、磁場センサ20により測定された測定磁場Bs及び荷電粒子ビーム1bの目標照射位置座標Piに基づいて走査電磁石3を制御する照射制御装置5とを有し、照射制御装置5は、荷電粒子ビーム1bの目標照射位置座標Piから目標磁場Biを演算する逆写像演算器22と、目標磁場Biと測定磁場Bsとの磁場誤差Beを所定の閾値以下に制御する走査電磁石3への制御入力Ioを出力する補償器23を有したので、走査電磁石のヒステリシスの影響が排除され、高精度なビーム照射を使用して高精度な粒子線治療を実現することができる。
【0054】
なお、実施の形態1では、走査型の粒子線治療装置としてスポットスキャニングの例で説明したが、磁場センサ20で測定した測定磁場Bsにより荷電粒子ビームのフィードバック制御は、ラスタースキャニングにも適用できる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
この発明に係る粒子線照射装置および粒子線治療装置は、医療用や研究用に用いられる粒子線治療装置に好適に適用できる。
【符号の説明】
【0056】
1a 入射荷電粒子ビーム 1b 出射荷電粒子ビーム
3 走査電磁石 3a X方向走査電磁石
3b Y方向走査電磁石 7 ビーム位置モニタ
11 線量モニタ 15 照射対象
20 磁場センサ 20a X方向電磁石用磁場センサ
20b Y方向電磁石用磁場センサ 22 逆写像演算器
23 走査電磁石指令値補償器 30 逆写像生成器
51 ビーム発生装置 52 加速器
53 ビーム輸送装置 54 粒子線照射装置
Bi 目標磁場 Bs 測定磁場
Pi 目標照射位置座標 Ps 測定位置座標
Di 目標線量 Ds 測定線量
Io 指令電流 Si,j 磁場小領域
Be 磁場誤差

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速器により加速された荷電粒子ビームを走査し、ヒステリシスを有する走査電磁石を有し、前記走査電磁石を通過した前記荷電粒子ビームを照射対象に照射する粒子線照射装置であって、
前記走査電磁石の磁場を測定する磁場センサと、
前記走査電磁石を通過した前記荷電粒子ビームの出射量を制御する照射制御装置を備え、前記照射制御装置は、前記磁場センサで測定されるX方向及びY方向の磁場で定義された複数の領域を通過した前記荷電粒子ビームの線量の積算値を前記領域毎に求め、前記領域毎の積算値に基づいて、前記荷電粒子ビームの出射量を制御することを特徴とする粒子線照射装置。
【請求項2】
前記照射制御装置は、前記積算値が目標線量に達した前記領域がビーム経路に位置するときは、前記加速器からの前記荷電粒子ビームの出射を停止し、前記積算値が前記目標線量に達していない前記領域が前記ビーム経路に位置するときは、前記荷電粒子ビームを出射することを特徴とする請求項1記載の粒子線照射装置。
【請求項3】
前記荷電粒子ビームの線量を測定する線量モニタを備え、
前記照射制御装置は、前記線量モニタにより測定された測定線量及び目標線量に基づいて前記領域毎に照射線量の管理を行う線量管理器を有したことを特徴とする請求項1または2に記載の粒子線照射装置。
【請求項4】
荷電粒子ビームを発生させるビーム発生装置と、前記ビーム発生装置で発生された前記荷電粒子ビームを加速する加速器と、前記加速器により加速された荷電粒子ビームを輸送するビーム輸送装置と、前記ビーム輸送装置で輸送された荷電粒子ビームを走査電磁石で走査して照射対象に照射する粒子線照射装置とを備え、
前記粒子線照射装置は、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の粒子線照射装置であることを特徴とする粒子線治療装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−45702(P2011−45702A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−93056(P2010−93056)
【出願日】平成22年4月14日(2010.4.14)
【分割の表示】特願2009−547880(P2009−547880)の分割
【原出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】