説明

精子と融合した融合不能卵の調製方法及びこの方法を利用した体外受精方法

【課題】技術的に容易で、卵へのダメージが少ない新たな精子導入法と、この方法を用いた不妊治療方法を提供する。
【解決手段】膜4回貫通型タンパク質CD9を有する卵またはアフロソームとの共存下で、精子融合能力を持たないか、または精子融合能力が低い卵である融合不能卵および精子を混合し、融合不能卵と精子との融合を促進する方法。膜4回貫通型タンパク質CD9を有する卵またはアフロソームとの共存下で、精子融合能力を持たないか、または精子融合能力が低い卵である融合不能卵および精子を混合し、融合不能卵と精子との融合を促進し、精子と融合した融合不能卵を取り出すことを含む、精子と融合した融合不能卵の調製方法。この方法で調製した精子と融合した融合不能卵を、ヒトを除く哺乳類の母体に導入することを含む体外受精方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、融合不能卵と精子との融合を促進する方法、この促進方法を利用した精子と融合した融合不能卵の調製方法、及びこの調製方法を利用した体外受精法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトを含めた哺乳動物卵への精子導入法は、ガラスキャピラリーで卵の細胞膜に穴をあける方法(intracytoplasmic sperm injection = ICSI)が主流であり、この方法は、ヒトの不妊治療にも広く用いられている(非特許文献1)。
【0003】
哺乳動物卵内への精子の導入は、ICSIによって行われるが、哺乳動物卵内への精子の導入を促進する方法はいくつか提案されている。例えば、特表平8−503705号公報(特許文献1)には、サイモシンα1のような受精促進サイモシン・ポリペプチドを投与して受精を促進し、哺乳動物雄の不妊症の治療を行う方法について、特開平9−28721号公報(特許文献2)には、ウシの精子をウシ卵管上皮細胞と共培養した後、ウシ卵と培養して体外受精させ、ウシ精子の体外受精能を向上させる方法について開示されている。
【0004】
また、特表2001−506225号公報(特許文献3)には、哺乳動物卵の受精を促進するために、アンギオテンシンIIを使用する方法について、特開平6−189650号公報(特許文献4)には、精子や卵子に磁力を作用させることにより活性を向上させ、受胎率の向上を図る方法について、および、特表2001−500102号公報(特許文献5)には、10〜12%のグリセロールの存在下で、凍結および解凍した精液懸濁液の遠心によって精製されたポリペプチドであり、プロサポニン(SGP-1)およびサポシンを含む一群の蛋白質の一員であるポリペプチドを用いて精子−卵子の結合の改善および受精能力の増進を図ることについて開示されている。これらは、いずれも、哺乳動物卵の受精に際して、卵や精子を活性化させ、その受精を促進する効果を狙った方法である。
【非特許文献1】Kimura Y and Yanagimachi R Intracytoplasmic sperm injection in the mouse. Biology of Reproduction, 52: 709-720, 1995
【特許文献1】特表平8−503705号公報
【特許文献2】特開平9−28721号公報
【特許文献3】特表2001−506225号公報
【特許文献4】特開平6−189650号公報
【特許文献5】特表2001−500102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ICSI法の問題点は、(1)技術的に修練を要する、(2)成功率が低い、(3)卵細胞膜にガラスキャピラリーにより穴をあけることによる胚発生への悪影響などが考えられることである。しかし、現在、ICSI法に代わる方法がないため、上記問題点が指摘されているものの、ICSI法が用いられているのが現状である。
【0006】
そこで、技術的に容易で、卵へのダメージが少ない新たな精子導入法が求められている。本発明の目的は、技術的に容易で、卵へのダメージが少ない新たな精子導入法と、この方法を用いた不妊治療方法を提供することにある。
【0007】
本発明者らは、膜4回貫通型タンパク質CD9を有する卵またはアフロソームを放出する能力を持ったマウス野生型卵と放出能を持たない卵(CD9欠損卵)を混合した培地中に精子を加えたところ、CD9欠損卵の精子との融合能力が野生型卵と比較して同等の効率まで回復することを発見し、この発見に基づいて、卵細胞膜に穴をあけることなく、融合能力を持たない卵に精子を導入できることを見いだして、本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、膜4回貫通型タンパク質CD9を有する卵またはアフロソームとの共存下で、精子融合能力を持たないか、または精子融合能力が低い卵である融合不能卵および精子を混合し、融合不能卵と精子との融合を促進する方法に関する。
【0009】
さらに、本発明は、膜4回貫通型タンパク質CD9を有する卵またはアフロソームとの共存下で、精子融合能力を持たないか、または精子融合能力が低い卵である融合不能卵および精子を混合し、融合不能卵と精子との融合を促進し、精子と融合した融合不能卵を取り出すことを含む、精子と融合した融合不能卵の調製方法に関する。
【0010】
加えて本発明は、上記方法で調製した精子と融合した融合不能卵を、ヒトを除く哺乳類の母体に導入することを含む体外受精方法に関する。この方法において、哺乳類は、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、またはヒツジであることができる。
【0011】
本発明においては、
(1)CD9を有する卵またはアフロソームが、融合不能卵と異種または同種の動物に由来するものであること、
(2)CD9を有する卵がCD9発現卵であること、
(3)CD9を有する卵がハムスター卵であること、
(4)アフロソームが、膜4回貫通型タンパク質CD9とGM3ガングリオシドを構成成分として含む小胞であること、
(5)アフロソームが、排卵前卵または未受精卵から得られたものであること、および
(6)アフロソームの共存量は、融合不能卵1個に対して0.2〜2ngとすることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、卵細胞膜に穴をあけることなく、融合能力を持たない卵に精子を導入でき、この方法を利用することで、さらに精子と融合した融合不能卵を調製すること、および精子と融合した融合不能卵を、ヒトを除く哺乳類の母体に導入することを含む体外受精の方法も提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
[融合不能卵と精子との融合促進方法]
本発明の第1の態様である、融合不能卵と精子との融合促進方法は、膜4回貫通型タンパク質CD9を有する卵またはアフロソームとの共存下で、精子融合能力を持たないか、または精子融合能力が低い卵である融合不能卵および精子を混合し、融合不能卵と精子との融合を促進する方法である。
【0014】
精子と卵が融合して受精卵を作るためには、細胞膜間での融合が必須である。しかし、受精の膜融合を制御する分子メカニズムの詳細は不明であった。一般に、精子−卵認識に続いて、卵原形質膜との精子膜の融合が起こる。卵原形質膜は微絨毛と呼ばれる短い突起に覆われており、精子−卵結合は精子−卵融合に先行して数本の微絨毛の伸長を引き起こすように見える。CD9は、卵原形質膜上で豊富に発現されている膜4回貫通型タンパク質(テトラスパニン)であり、精子−卵融合に必要であり、および他の膜融合現象にも関与している。精子をCD9欠損雌マウス由来の卵に加える際、卵は精子と正常に結合するが、しかし卵と精子の間の融合は大幅に弱められる。
【0015】
CD9は卵原形質膜上の微絨毛の形成に決定的な役割を果たすことから、微絨毛は精子−卵融合のために必須であると予想されたが、微絨毛がどのように膜融合に関わっているのかは不明であった。そこで、本発明者らは、CD9に蛍光蛋白質EGFPを融合させたCD9-EGFPをマウス卵で発現させたところ、CD9-EGFPを含む小胞が卵から放出されることが観察された。さらに、それに続く実験から、この小胞は配偶子の融合に必須である新規の機能構造体であることが判明し、「アフロソーム(aphrosome)」と命名した。Aphrosomeとはギリシャ語の泡を示す言葉(aphros)に分泌顆粒を示す-omeを付けた造語である。
【0016】
アフロソームは、CD9とGM3ガングリオシドを構成成分とする小胞であって囲卵腔に存在するものである。アフロソームはCD9やGM3の他にCD64(Fcレセプター)およびHSP90を含む。また、電子顕微鏡による観察からアフロソームは直径20〜100nmの多様な大きさをもち、脂質2重膜をもっている。
【0017】
上記本発明者らの知見は、受精における精子−卵融合のために細胞外小胞が必要であることの初めての証拠を明らかにするものであり、本発明は、精子−卵融合に関与する新規の機構に基づくものである。アフロソームは精子の融合能を活性化する能力をもっている。
【0018】
本発明では、卵の受精能、特に膜融合能力が障害された卵の受精能を回復させるため、アフロソームとの共培養またはアフロソームを放出する能力をもった卵(野生型卵)との共培養によって精子の融合能力を活性化することにより、受精能が障害された卵と精子との融合を回復させる。
【0019】
融合不能卵をCD9発現卵および精子と共培養した実験から、CD9発現卵と同等数の受精卵が融合不能卵から得られた。また、野生型卵から回収したアフロソームを含む溶液と融合不能卵を混合し、そこに精子を加えた結果からも、受精能力の明らかな回復が観察された。アフロソームと融合不能卵との混合比であるが、アフロソームの回収量に依存するため、回収方法によって差異が生じる。最も回収効率が良いと考えられるピエゾマニピュレーターを用いる回収方法では、1個の卵から得られたアフロソームによって約10個の卵の融合能を回復させることができる。しかし、最も効率が低いと考えられる酸性タイロードによる回収では1個の卵から得られたアフロソームは1個程度の卵の融合能を回復させることしかできない。また、1個の卵から得られるアフロソームの量は約2ngと推定できる。
【0020】
本発明の方法で使用するCD9は、卵原形質膜上で豊富に発現されている膜4回貫通型タンパク質(テトラスパニン)である。融合不能卵との混合に用いるCD9発現卵の調製方法を以下に示す。
【0021】
(1)生後8週齢以上のCD9欠損マウスに0.1mlずつPMS(帝国臓器動物専用セロトロピン)を腹腔に注入する。
(2)48時間後、0.1mlずつhCG(帝国臓器動物専用ゴナトロピン)を腹腔に注入する。
(3)翌日(hCG注入後、14〜16時間後)、マウスを安楽死させ、卵管膨大部を取り出し、卵丘細胞に囲まれた卵を回収し、流動パラフィンを重層した受精培地(TYH培地)中で培養する。
(4)ヒアルロニダーゼ(300μg/ml)処理によって卵丘細胞を除去する。
(5)酸性タイロード液処理またはピエゾマニピュレーター(プライムテック社製)により、卵の透明帯を除去した後、TYH培地中で培養することで、CD9発現卵を調製できる。
CD9を有する卵は、融合不能卵と異種または同種の動物に由来するものであることができる。
【0022】
(アフロソームの調製)
アフロソームは排卵に伴い卵から囲卵腔に放出される。そこで、卵巣より取り出した排卵前卵から透明帯を除去した後、体外で培養することによってアフロソームを培養液中に放出させることにより、アフロソームを回収することが可能である。ここで得られるアフロソームを含有した溶液をそのまま精子融合能の活性化に用いることが可能である。また、排卵された卵の囲卵腔に蓄積しているアフロソームを回収することも可能である。更に、より純度の高いアフロソームを得るための精製法としては、抗CD9抗体を結合させた抗体ビーズまたは抗体セファロースを用いてアフロソームを回収する方法が挙げられる。また、卵以外にもCD9を含むエクソソームと呼ばれる膜構造体が細胞より放出されることが知られている。このエクソソームから、卵以外にも精子活性化能を有するアフロソーム様の膜構造体をアフロソームと同等品として使用することもできる。アフロソームの回収法の詳細は以下に示す。
【0023】
(排卵前卵からのアフロソームの回収)
(1)PMS刺激後、36時間経過した後、マウスの卵巣を取り出す。卵巣をピンセットと鋏で細切した後、19から21ゲージの注射針を付けたプラスチック製シリンジ内を出し入れすることによって卵巣内にある排卵前卵を押し出す。この方法で、マウス1個体から約30個の排卵前卵を集めることができる。
(2)集めた排卵前卵から、酸性タイロードはたはピエゾマニピュレーターによって透明帯を除去する。その後、24時間培養を行う。培養条件は通常の体外受精の条件に従う。
(3)培養液から卵を取り除き、アフロソーム含有液を回収する。
【0024】
(未受精卵からのアフロソームの回収)
(1)PMSGおよびhCG投与によって排卵された卵を卵管膨大部より回収する。
(2)卵・卵丘細胞塊をヒアルロニダーゼ処理後、未受精卵を集める。
(3)未受精卵から酸性タイロードはたはピエゾマニピュレーターによって透明帯を除去する。その後、2時間培養を行う。培養条件は通常の体外受精の条件に従う。
(4)培養液から卵を取り除き、アフロソーム含有液を回収する。
【0025】
(ピペッティングによるアフロソームの回収)
(1)PMSGおよびhCG投与によって排卵された卵を卵管膨大部より回収する。
(2)卵・卵丘細胞塊をヒアルロニダーゼ処理後、卵を集める。
(3)透明帯を除去せず、ガラスキャピラリーを用いたピペッティングによって透明帯付きの卵を撹拌させることにより、囲卵腔内に蓄積されたアフロソームを培養液中に拡散させる。培養液中に拡散させた後、すぐにアフロソーム含有液を回収する。
【0026】
本発明において、精子との融合を促進する対象である融合不能卵は、精子融合能力を持たないか、または精子融合能力が低い卵である。精子融合能力を持たない卵とは、具体的には、精子融合能を有する卵と同等の大きさ(直径)を有するものの、精子は透明帯を通過したところで滞留してしまい、精子と細胞膜が融合できない卵のことを示す。また、精子融合能力が低い卵とは、具体的には、精子融合能を有する卵と同等の大きさ(直径)を有するものの、精子は透明帯を通過したところで滞留してしまい、卵の細胞膜との融合効率が低いため、多精子受精を起こす危険を有する卵のことを示す。
【0027】
融合不能卵および精子の混合は、以下のように行うことができる。
(1)過排卵処理によって集められた卵から、ヒアルロニダーゼ処理によって卵丘細胞を除去し、その後、酸性タイロード液中で短時間(1分以内)培養またはピエゾマニピュレーターによって透明帯を除去する。
(2)透明帯を除去した卵を培養液中で混合し、精子を加える。
(3)CD9を有する卵の共存量は、融合不能卵の数と同等数とすることができる。
【0028】
融合不能卵および精子を混合し、その結果、融合不能卵と精子とが融合したか否かは、例えば、以下の方法で確認することができる。
(1)透明帯を除去する前の卵を、4',6-ヂアミジン-2'-フェニルインドール ジハイドロクロライド(DAPI)10μg/mlを含むTYH培地中で20分間培養し、その後、DAPIを含まないTYH培地で3度洗浄する。DAPIはDNAと特異的に結合することにより、蛍光を発する試薬であるが、細胞膜を通過し難い試薬であるため、3度の洗浄により、卵内にのみDAPIを存在させることが可能である。
(2)精子と一定時間培養すると、卵の細胞膜と融合してDAPIを取り込んだ精子のDNAだけが蛍光を発する。
(3)また、上記の方法では蛍光物質がDNAと結合した状態で維持されるため、その後の発生に対する影響が考えられる。
(4)上の方法より簡便で配偶子での影響が少ない方法としては、微分干渉顕微鏡によって前核を観察する方法がある。精子および卵子の前核は顕微鏡によって容易に観察できる。
【0029】
[精子と融合した融合不能卵の調製方法]
本発明の第2の態様は、膜4回貫通型タンパク質CD9を有する卵またはアフロソームとの共存下で、融合不能卵および精子を混合し、融合不能卵と精子との融合を促進し、精子と融合した融合不能卵を取り出すことを含む、精子と融合した融合不能卵の調製方法である。この調製方法における、膜4回貫通型タンパク質CD9を有する卵またはアフロソームとの共存下で、融合不能卵および精子を混合し、融合不能卵と精子との融合を促進する方法は、本発明の第1の態様に相当する。この方法で融合不能卵と精子との融合を促進され、その結果得られた精子と融合した融合不能卵を取り出す。
【0030】
精子と融合した融合不能卵の取り出しは、例えば、以下のように実施することができる。
(1)精子との混合前に細胞膜に親和性のある蛍光試薬であるFM4-64またはFM1-43によって、融合能を有する卵を染色する。
(2)精子と一定時間混合した後、前もって染色した卵だけを蛍光顕微鏡下で取り出すことにより、融合不能卵を選別する。
【0031】
[体外受精方法]
本発明の第3の態様は、上記本発明の第2の態様の方法で調製した精子と融合した融合不能卵を、ヒトを除く哺乳類の母体に導入することを含む体外受精方法である。
【0032】
精子と融合した融合不能卵の哺乳類の母体への導入は、例えば、以下のように実施することができる。
(1)体外受精により得られた受精卵を2細胞期胚まで発生させる。
(2)マウスの場合は、雌8〜12週齢を使用し、精管を結ぶなどして不妊処理をした雄8〜12週齢と交配させ、雌を偽妊娠状態にする。
(3)その後、この偽妊娠マウスの卵管に2細胞期胚を移植する。
【0033】
ヒトを除く哺乳類は、特に制限はないが、例えば、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、またはヒツジであることができる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。受精の膜融合を制御する分子メカニズムの詳細は不明であるが、最近の発明者の研究から、卵子から放出される分泌顆粒(アフロソーム)が精子の融合能を活性化する能力をもつことがわかってきた。そこで、本発明者は、受精能、特に膜融合能力が障害された卵の受精能を回復させるため、アフロソームとの共培養、またはアフロソームを放出する能力をもった卵との共培養によって精子の融合能力を活性化することにより、受精能が障害された卵の融合能を回復させる。
【0035】
精子融合能力を持たない卵を同定するためにCD9(KMC;BD Pharmingen)に対する抗体を使用した。Alexa488結合ヤギ抗ラット抗体およびAlexa546結合ヤギ抗ハムスター抗体(Invitrogen)を二次抗体として使用した。蛍光色素の検出には共焦点レーザー顕微鏡(LSM510型;Carl Zeiss)を用いて可視化した。CD9と共局在する糖脂質GM3の検出にはAlexa546結合GM3抗体(GMR6; 生化学工業)を使用した。
【0036】
遺伝子導入マウスの作製のために、マウスCD9cDNAを、EGFP遺伝子およびマウスZP3プロモーターを含むプラスミドDNAとライゲーションした。導入遺伝子を交配によってCD9欠損雌マウスへ導入した。
【0037】
マウス精子を精巣上体尾部から採取し、パラフィンオイルで覆ったTYH培地の100μl滴内にてin vitroで前培養(約2時間)することで受精能を獲得させた。野生型雌マウス(8週齢超)を、PMSG 5Uの注射48時間後の、hCG 5Uの注射によって過剰排卵させた。卵を、hCG注射の14〜16時間後に卵管から採取し、卵をTYH培地の100μl滴に入れた。これらの卵を37℃にて5%CO2中で培養された精子1.5x105個/mlと混合し、結合しなかった精子を洗浄除去した。透明帯を除いた卵は、酸性タイロード液によって調製した。融合を観察するために、透明帯を除いた卵を6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)(1μg/ml)を含んだTYH培地中で15分間培養し、精子の添加前に洗浄することによって、卵にDAPIを予め含ませた。精子との混合培養した後、卵を0.1%グルタルアルデヒドで固定した後に蛍光顕微鏡(紫外線で励起)下で観察した。この手順によって融合した精子核のみがDAPIによって染色され、卵と融合した精子の匹数を調べることができる。
【0038】
実施例1
[実験方法]
(1)卵特異的にCD9-EGFPを発現するトランスジェニックマウスからホルモン処理によって卵管膨大部に排卵された卵・卵丘細胞塊を採取し、DAPI(1μg/ml)を含むTYH培地中で30分染色した後、共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss, 510Meta)で観察した(図1a)。
(2)ウエスタンブロット解析によって抗CD9抗体を用いて、CD9およびCD9-EGFP融合蛋白質の卵での発現を確認した。CD9-/-、CD9+/+、CD9-/-TGマウスから得られた各10個の卵について検討した(図1b)。CD9抗体は還元条件化ではCD9を認識できないため、非還元条件でSDS-PAGEを行った。
(3)CD9-/-、CD9+/+、CD9-/-TG雌マウスからの産仔数を検討した。CD9-/-雄マウスは生殖系については異常は観察されていない。そこで、同時にマウスの数を増やすため、各雌マウスとCD9-/-雄マウスの交配によって得られた結果から、産仔数を算出した(図1c)。
【0039】
[実験結果]
(1)卵特異的に発現するように構築されたCD9-EGFP発現ベクターは、予想通りに卵でのみCD9-EGFPを発現させることがEGFPの蛍光から明らかとなった。中央部に見える緑色のシグナルが卵を示しており、周辺の卵丘細胞には蛍光は検出されなかった(図1a)。
(2)CD9-/-卵ではCD9遺伝子を欠損させているため、CD9は検出されず、CD9+/+卵では約24KDaのバンドが検出された。それに対して、CD9−EGFP融合蛋白質をCD9-/-卵で発現させた卵では、CD9のシグナルは検出されない代わりに、CD9とEGFPを加えた分子量約50KDaのシグナルが検出された。検出に使用した抗体は、CD9の細胞外領域を認識する抗体であるため、CD9-EGFPはCD9と同様の細胞外領域の構造を保持していることが推測された。CD9-EGFPの発現量はCD9に比べて、約10分の1であった(図1b)。
(3)CD9欠損卵にCD9-EGFPを発現させた雌マウスでは、産仔数が野生型マウスと同等まで回復した(図1c)。
【0040】
[結論]
精子と卵の膜融合における膜蛋白質CD9の動態を調べるために、CD9に蛍光蛋白質EGFPを融合させた蛋白質を卵特異的に発現させたトランスジェニックマウスを作製し、CD9欠損マウスとの交配によってCD9欠損マウスの卵特異的にCD9-EGFPを発現させたマウスを作製した。雌マウスの産仔数をコントロールマウスと比較した結果、CD9欠損雌マウスの受精異常が回復したことが明らかとなった。このことからCD9-EGFPはCD9と同等の受精における機能を有することがわかった。
【0041】
実施例2
[実験方法]
(1)CD9-EGFPを発現させたCD9欠損卵をヒアルロニダーゼ処理によって卵丘細胞を除去した後、共焦点レーザー顕微鏡により観察した(図2a)。
(2)野生型卵でのCD9の局在を抗CD9抗体を用いたウエスタンブロット解析によって解析した。ピエゾマニピュレーターを用いて野生型卵の透明帯を切開し、卵(E)とそれ以外の部分(R)に分けた。その後、非還元条件化でSDS-PAGEを行い、CD9を検出した(図2b)。
(3)定法に従って野生型卵の電子顕微鏡用のサンプルを作製し、透過型電子顕微鏡によって囲卵腔に存在する膜構造体を観察した(図2c)。
(4)CD9と結合している可能性がある糖脂質GM3について解析した。まず、GM3合成酵素のRNAレベルでの発現をRT-PCRによって調べた。サンプルとしてはCD9+/+、CD9-/-、CD9-/-Tgの各40個の卵から抽出された全RNAを用いた(図2d)。
(5)GM3の局在をCD9+/+、CD9-/-、CD9-/-Tg卵について共焦点レーザー顕微鏡によって調べた。用いた抗体は抗GM3抗体(GMR3、生化学工業)および抗マウスCD9抗体(KMC8、BDファーミンジェン)で、インビトロジェンのAlexa蛍光ラベリングキットを用いて、それぞれAlexa546およびAlexa488を結合させ、2次抗体の非特異的な結合によるバックグラウンドを低下させるために一次抗体のみでの検出を行った(図2e)。更に蛍光強度を定量化した(図2f)。
【0042】
[実験結果]
(1)CD9の局在を生きた卵で調べたところ、細胞膜と透明帯の隙間に相当する囲卵腔にCD9-EGFPの蛍光シグナルが検出された(図2a)。
(2)野生型卵を機械的に卵と卵以外の部分に分画してCD9を検出すると、CD9は卵ばかりでなく、透明帯や囲卵腔を含む画分にも検出された(図2b)。
(3)電子顕微鏡による観察から、囲卵腔には膜構造体が存在することが示された(図2c )。
(4)GM3について調べたところ、GM3合成酵素は何れの卵でも発現しているものの、GM3の局在は異なっており、CD9欠損卵ではCD9発現卵に比べて、囲卵腔に存在する量が有意に低いことがわかった(図2d,e,f)。
【0043】
[結論]
従来の卵を固定した後に抗体処理をすることによって観察した場合、固定操作によってCD9の局在が乱されていたため、CD9の正確な局在を観察することができていなかった。しかし、CD9-EGFPを卵特異的に発現させることによってCD9の局在を生きたままの卵で観察することが可能となった。その結果、CD9の知られていなかった囲卵腔での局在が明らかとなった。Tg+CD9雌マウスより排卵された卵を採取して観察したところ、卵細胞膜に限局すると考えられていたCD9が、卵を取り囲む細胞外マトリックス(透明帯)と卵細胞膜の隙間(囲卵腔)にも存在することがわかった。また、野生型卵でも囲卵腔にCD9が存在することがウエスタンブロット解析の結果から明らかとなった。更に、電子顕微鏡による観察から囲卵腔には微細な小胞が存在することがわかった。続いて、CD9と親和性の高いことが知られている糖脂質GM3の3種類の卵(野生型、CD9欠損、Tg+CD9-/-)での局在を調べたところ、野生型卵ではCD9と類似した局在をGM3が示すのに対して、CD9欠損卵では卵細胞膜から囲卵腔にかけてGM3はほとんど存在せず、Tg+CD9-/-卵ではGM3の局在が回復することがわかった。以上の結果から、CD9はGM3と共に囲卵腔に存在する小胞の構成成分であることが明らかとなった。この小胞をアフロソーム(aphrosome)と命名した。
【0044】
実施例3
[実験方法]
(1)排卵直後のCD9-EGFPを発現させた卵・卵丘細胞塊に含まれる卵をCD9の囲卵腔でのCD9の局在の有無によって蛍光顕微鏡下で分類し(図3a)、その受精効率を比較した(図3b)。
(2)CD9-EGFPを発現させた卵と野生型精子を用いて体外受精を行い(図3c)、その結果を共焦点レーザー顕微鏡によってモニタリングし、動画として撮影した。また、精子上でのCD9-EGFPの蛍光強度を定量化し、抗CD9抗体またはコントロール抗体を含有した場合で比較した(図3d)。
【0045】
[実験結果]
(1)CD9-EGFP発現卵の観察からCD9-EGFPの発現パターンが異なる2種類の卵が存在することがわかった(図3a)。その割合は約80%がCD9-EGFPを放出している卵で、約20%がCD9-EGFPの発現が少ないか、放出していない卵であった。そこで、この2種類のグループについて受精率を検討したところ、CD9-EGFP発現卵の方が顕著に高い受精率を示した(図3b)。
(2)CD9-EGFPの精子頭部への移行を観察したところ、精子の頭部が約20秒以内にCD9-EGFPによって覆われることが観察された。一方、抗マウスCD9抗体を含む培地中では、CD9-EGFPの精子頭部への移行は観察できなかった(図3c,d)。
【0046】
[結論]
CD9-EGFPの囲卵腔での存在量を排卵直後の卵について調べたところ、CD9-EGFPの発現が多い卵と少ない卵に分類されることがわかった。その2グループについて体外受精を行ったところ、CD9-EGFPの発現量が多い方が明らかに高い受精能力を示した。更に、CD9-EGFP発現卵と混合した精子を観察したところ、透明帯を通過した直後の精子頭部にCD9-EGFPのシグナルが短時間のうちに検出され、精子頭部がCD9-EGFPによって覆われることがわかった。
【0047】
実施例4
[実験方法]
精子と卵の融合におけるCD9を含んだ膜構造体(アフロソーム)の役割を調べるため、野生型卵の培養液と精子およびCD9欠損卵(融合不能卵)を混合した。卵は酸性タイロードによって透明帯を除去した後、実験に用いた。アフロソーム含有培地は透明帯除去した卵をTYH培地中で2時間培養することによって得られ、抗CD9抗体を結合させたセファロースビーズによってアフロソームを除去した培養液をコンロトールとして用いた(図4a,b)。
【0048】
[実験結果]
精子の頭部へのCD9の移行が少量ではあるが検出された(図4a)。融合不能卵については明らかに精子との融合能が回復することが示された(図4b)。
【0049】
[結論]
アフロソームと膜融合との関連を調べるため、精子との融合異常を示すCD9欠損卵とアフロソームの共培養実験を行った。野生型卵の囲卵腔より集められたアフロソームとCD9を混合し、その溶液に精子を加えたところ、精子とCD9欠損卵の融合が部分的に回復することを観察した。
【0050】
実施例5
[実験方法]
試験例4と同様の方法で卵を回収し、野生型精子と混合した。本実験では、アフロソームを含有する培養液ではなく、CD9発現卵としてCD9+/-卵を融合不能卵(CD9-/-)および精子と混合した(図5a,b)。
【0051】
[実験結果]
CD9-/-卵の融合不能をCD9+/-卵との精子との共培養によってほぼ100%回復させることに成功した。
【0052】
[結論]
本発明者らは、アフロソームがCD9欠損卵において損なわれた融合を回復する能力を有するかを試験した。CD9欠損卵とCD9発現卵を混合した培養液に一定数の精子を加えて1時間および3時間経過した後に受精に至った卵を調べたところ、CD9欠損卵での受精異常が100%回復することがわかった。この結果から、アフロソームは精子と卵の膜融合に中心的な役割を果たす小胞で、アフロソームによって融合能が活性化された精子は融合能が障害された卵であっても融合可能であることが明らかとなった(図5c)。
【0053】
実施例6
[実験方法]
試験例5と同様の方法で2種類の卵と精子の混合実験を行った(図6a,b)。本実験ではCD9発現卵としてハムスター卵を用いた。ハスムター卵は日本農産で販売されている凍結ハムスター卵を解凍して用いた。ハムスター卵はCD9発現卵である。
【0054】
[実験結果]
ハムスター卵を用いた場合でもCD9欠損卵の有意な改善が認められた。
【0055】
[結論]
今までの結果がマウス特異的であるか、他の哺乳動物にも適用できるかどうかをハムスター卵を用いて検討を行った。ハムスター卵は、ほとんどのすべての哺乳動物由来の精子と融合できることが知られている。そこで、CD9発現卵の代わりにハムスター卵を用いて、CD9欠損卵および精子との共培養実験を行ったところ、CD9発現卵との混合と同様に、ハムスター卵でもCD9欠損卵での融合異常の回復が観察された。
【0056】
すなわち、上記結果では、膜融合を制御していると考えられている膜4回貫通型タンパク質CD9は、精子の融合能を促進する活性を有する小胞の構成成分であることがわかった。今までの研究から受精の膜融合が起こるためには、精子と卵細胞膜の直接的な相互作用が必要と考えられていたが、精子の融合能は卵から放出されるアフロソームによって活性化されることが明らかとなった。しかも、アフロソームに類似した活性をハムスター卵も有することが明らかとなった。この受精のメカニズムを利用することにより、ガラスキャピラリーを用いることなく、精子の卵との融合が可能となることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の方法によれば、精子を哺乳動物卵と融合させるに際し、哺乳動物卵に対して安全で、効率的な融合が可能であり、かつ、技術的にも容易な融合方法を提供することができる。特に、本発明の方法は、精子の哺乳動物卵内への導入方法として、従来のICSI法のよう特殊な装置を用いることなく、技術的にも容易で、かつ、ICSI法のようにガラスキャピラリーで卵の細胞膜に穴をあけることなく、哺乳動物卵へのダメージが少ない精子の哺乳動物卵への導入を可能とする。したがって、本発明は、生殖医療、あるいは発生工学を用いる哺乳動物の改変分野において、受精や生殖細胞の改変のために、精子を哺乳動物卵へ導入する有力な方法として、この分野の進展の大きな貢献が期待できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】実施例1の結果を示す。a, 卵特異的にCD9-EGFPを発現するトランスジェニックマウスの作製卵における特異的な発現の観察(DIC: 微分干渉)b, ウエスタンブロット解析による発現の確認c, CD9-EGFPを発現したCD9欠損雌マウスにおける産仔数の回復
【図2】実施例2の結果を示す。a, CD9-EGFPの卵子での局在パターンの観察b, 野生型卵でのCD9の局在c, 囲卵腔に存在する小胞の電子顕微鏡による観察d, GM3合成酵素の卵での発現の有無e,f, 抗GM3抗体によるGM3の局在とCD9の局在の比較
【図3】実施例3の結果を示す。a,b, 排卵直後のCD9-EGFP発現卵でのCD9-EGFPの発現パターンc,d, 透明帯通過直後の精子頭部でのCD9-EGFPのシグナル増強
【図4】実施例4の結果を示す。a,b, 野生型卵から採取したアフロソームの精子の融合促進活性の検出
【図5】実施例5の結果を示す。a,b, CD9欠損卵とCD9発現卵の混合によるCD9欠損卵での融合効率の回復c, モデル図
【図6】実施例6の結果を示す。a,b, ハムスター卵との共培養によるCD9欠損卵での融合能の回復

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜4回貫通型タンパク質CD9を有する卵またはアフロソームとの共存下で、精子融合能力を持たないか、または精子融合能力が低い卵である融合不能卵および精子を混合し、融合不能卵と精子との融合を促進する方法。
【請求項2】
膜4回貫通型タンパク質CD9を有する卵またはアフロソームとの共存下で、精子融合能力を持たないか、または精子融合能力が低い卵である融合不能卵および精子を混合し、融合不能卵と精子との融合を促進し、精子と融合した融合不能卵を取り出すことを含む、精子と融合した融合不能卵の調製方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法で調製した精子と融合した融合不能卵を、ヒトを除く哺乳類の母体に導入することを含む体外受精方法。
【請求項4】
哺乳類が、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、またはヒツジである請求項3に記載の方法。
【請求項5】
CD9を有する卵またはアフロソームが、融合不能卵と異種または同種の動物に由来するものである請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
CD9を有する卵がCD9発現卵である請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
CD9を有する卵がハムスター卵である請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
アフロソームが、膜4回貫通型タンパク質CD9とGM3ガングリオシドを構成成分として含む小胞である請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
アフロソームが、排卵前卵または未受精卵から得られたものである請求項1〜4、8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
アフロソームの共存量は、融合不能卵1個に対して、0.2〜2ngとする請求項1〜4、8,9のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2009−11256(P2009−11256A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−177849(P2007−177849)
【出願日】平成19年7月6日(2007.7.6)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】