説明

糖衣液及び糖衣液を用いた糖衣錠のコーティング方法

【課題】糖衣液の粘度を低下させ、製造時間の短縮や製造工程中の取扱いを容易にする。
【解決手段】ヒドロキシプロポキシル基含量が9〜12%、メトキシル基含量が19〜24%、20℃における2質量%水溶液の粘度が10mPa・s以下のヒドロキシプロピルメチルセルロースを0.5〜2.0質量%と、フィラーを31〜45質量%と、糖類と、水とを少なくとも含み、60℃の粘度が1000〜4500mPa・sである糖衣液を提供する。また、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、糖類、フィラー及び水を少なくとも含む糖衣コーティング液を調製して、糖衣コーティングを行い糖衣錠を製造する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖衣錠製造に関わる糖衣液及び糖衣液を用いた糖衣錠の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
錠剤の苦味を隠蔽したり、防湿性を付与して安定性を向上させるために、糖衣錠がある。糖衣錠は、シロップ液を錠剤全体に塗布して薄く延ばして乾燥させるという操作を数十回にわたって繰り返した後、滑らかな楕円体に仕上げられたものである。
【0003】
糖衣錠の製造工程は、下掛け、上掛け、仕上げ、ポリッシングの4工程に区別されている。下掛け工程では、シロップ液にフィラーを添加した糖衣液で錠剤を糖衣コーティングし、錠剤の角張った部分をカバーし丸みを持たせている。上掛け工程では、フィラーを除くか、又は微量の添加に抑えたシロップ液で表面を滑らかにする。この2つの工程で糖衣コーティング操作の大半の時間を占める。下掛け工程では、ゼラチン/アラビアガム系結合剤を用いる場合がある。仕上げ工程では、通常、フィラー及び結合剤を除いた単シロップを1〜3回程度注加又はスプレーしてからゆっくりと乾燥し、錠剤の表面をポリッシングに適した滑らかさにする。ポリッシングは、仕上げ工程が終了した錠剤に、微粉のワックスを散布するか、溶剤に溶解したワックス溶液をスプレーして光沢を持たせる工程である。この工程はコーティング装置内で行っても、専用のポリッシングパン内で行ってもよい。
【0004】
このような糖衣錠の製法として、下掛け工程で、フィラーとシロップ液とを交互に散布する方法がある。この方法では、ペア型又はオニオン型のコーティングパンが用いられ、オペレーターの熟練と経験が要求される。オペレーターは5〜15分毎に繰り返されるシロップ液の注加とフィラーの散布のため、長時間にわたって拘束される。
【0005】
他の製法として、下掛け工程で使用するシロップ液に、予めフィラーを分散しておく方法がある。フィラーが分散された液による糖衣コーティングは、ペア型又はオニオン型のコーティングパン、フィルムコーティングで使用される通気式コーティングパンの何れの装置でも行える。この方法は、フィラーとシロップ液とを交互に散布する方法に比べ、ある程度の自動化が可能である。
【0006】
しかし、これらの製法では、工程が複雑なため操作時間がフィルムコーティングと比べてかなり長くなる。操作時間を短縮するために、糖衣層の仕上がり質量を抑制してコーティング時間を短縮する方法がある。特許文献1には、セルロース系結合剤と、微粉末フィラーであるセルロース系崩壊剤とを添加し、薄い糖衣層でも高い強度がでるようにし、コーティング回数を少なくする方法が記載されている。ゼラチン/アラビアガム系結合剤は、展延性が悪く、エッジ部分をコーティングする糖衣液の量が多くなるので、セルロース系結合剤を用いている。さらに、特許文献2には、下掛け工程、上掛け工程の両工程で使用できる糖衣液について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平5−33685号公報
【特許文献2】特開平9−175997号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
糖衣層の強度を高めるためにセルロース系水溶性高分子を結合剤として添加する場合、強度を高めようとセルロース系水溶性高分子の添加量を多くすると糖衣液の粘度が増大してしまい、濾過時間が長くなる等して、糖衣液の調製に時間がかかる。コーティング時間の短縮のために固形分の濃度を高くすることは糖衣液の粘度が増大してしまうため、フィラーの添加量を少なくしなければならなかった。さらに糖衣液が展延しにくい等製造工程での操作に困難をきたすという問題があった。
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、糖衣錠を製造するための糖衣液及びその糖衣液を用いて糖衣錠を製造する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行なった結果、糖衣コーティングに用いる糖衣液に添加するヒドロキシプロピルメチルセルロースのヒドロキシプロポキシ基含量を所定量にすることにより、従来と同量の結合剤を添加した処方において糖衣液の粘度を低下させることが可能となり、製造時間の短縮や製造工程中の取扱いを容易にすることを見出し、本発明を成すに至ったものである。
【0010】
具体的には、本発明は、ヒドロキシプロピルメチルセルロースと、糖類と、フィラーと、水とを含む糖衣コーティング液であって、ヒドロキシプロポキシル基含量が9〜12%、メトキシル基含量が19〜24%、20℃における2質量%水溶液の粘度が10mPa・s以下のヒドロキシプロピルメチルセルロースを0.5〜1.5質量%と、フィラーを31〜45質量%とを少なくとも含み、60℃の粘度が1000〜4500mPa・sである糖衣コーティング液を提供する。
また、ヒドロキシプロピルメチルセルロースと、糖類と、フィラーと、水とを少なくとも含む糖衣コーティング液を調製して、糖衣コーティングを行い糖衣錠を製造する方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、錠剤に塗布する糖衣液を従来と同処方で調製した場合にも、従来品と同等の錠剤硬度、崩壊性等を維持しつつ、糖衣液の粘度を低くすることができるため、糖衣液調製時間の短縮やハンドリング性を向上することが可能となり、それに伴い糖衣錠の製造工程に要する時間を短縮可能になるため、生産性向上に寄与できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明につき更に詳しく説明する。
本発明に用いるヒドロキシプロピルメチルセルロースは、結合剤として添加される。ヒドロキシプロポキシル基含量が9〜12%、メトキシル基含量が19〜24%であるものが好ましい。通常、フィルムコーティングに使用されているヒドロキシプロポキシル基含量が7〜12%、メトキシル基含量が28〜30%のヒドロキシプロピルメチルセルロース(2910)は、ショ糖を溶解するために50〜60℃に加温された溶液では、ゲル化温度以上となってしまい溶けないので溶液とならず、糖衣層の強度をアップさせることができない。ヒドロキシプロピルメチルセルロースのヒドロキシプロポキシル基含量、メトキシル基含量は、日本薬局方に基づき測定できる。
【0013】
本発明に用いるヒドロキシプロピルメチルセルロースは、20℃における2質量%水溶液の粘度が10mPa・s以下のものが適している。粘度が10mPa・sを超えるヒドロキシプロピルメチルセルロースだと、糖衣液の粘度が高くなりすぎ取扱いが困難になる。20℃における2質量%水溶液の粘度の下限については、特に限定されないが、糖衣層の強度の点から1.0mPa・s以上が好ましい。20℃における2質量%水溶液の粘度は、日本薬局方に基づき回転粘度計を用いて測定できる。
【0014】
本発明に用いる糖類は、ショ糖、ブドウ糖、乳糖、ソルビトール、マンニトール、キシリトールが挙げられるが、その中でもショ糖が好ましい。糖衣に用いる糖類と水の混合液であるシロップ液は、糖類が、糖類と水との合計量に対して60〜70質量%であるものが好ましい。60質量%未満では、糖衣層の成長が遅く、コーティング時間が長くなる場合があり、70質量%を超えると、結合剤であるヒドロキシプロピルメチルセルロースが溶解しにくくなる場合がある。
【0015】
糖衣液中のヒドロキシプロピルメチルセルロースの含有量は0.5〜1.5質量%である。0.5質量%未満では、ヒドロキシプロピルメチルセルロースが結合剤として作用せず、糖衣層の強度が低下する。1.5質量%を超えると、糖衣液の粘度が高くなり過ぎ、場合によってはヒドロキシプロピルメチルセルロースが析出して糖衣錠の肌理があらいものになる等、製造工程での取扱いが困難になる。
【0016】
本発明に用いるフィラーには、沈降性炭酸カルシウム、タルク等が挙げられる。展延性を妨害しない範囲でその他のフィラーを添加することもできる。
糖衣液中のフィラーの含有量は31〜45質量%である。31質量%未満では、糖衣液をコーティングする際、錠剤の質量の増加が遅いので、コーティング時間が長くなる。45質量%を超えると、糖衣液の粘度が増大して糖衣液の取扱いが困難になり、更には錠剤の表面の荒れが目立ってしまう。
フィラーの含有量は、糖類に対して好ましくは50〜110質量%である。50質量%未満ではコーティング時間が長くなる場合があり、110質量%を超えると糖衣液の粘性が高くなり、取扱いが困難となる場合がある。
【0017】
糖衣液には、製剤学的に用いられている、食用黄色5号、食用赤色2号、食用青色2号などの食用色素、食用レーキ色素、ベンガラなどの着色料、レモン、レモンライム、オレンジ、メントールなどの天然香料、化学工業日報社発行の「13599の化学商品」(1999年)の1287頁〜1341頁に記載の合成香料、ショ糖脂肪酸エステル、ポリソルベート、モノステアリン酸グリセリン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルマクロゴールなどの界面活性剤等を配合しても良い。これらは、通常の範囲で配合することができる。
【0018】
本発明の糖衣液は、60℃における粘度が1000〜4500mPa・sである。60℃における粘度は、回転粘度計により測定することができる。60℃における糖衣液の粘度が1000未満であると、流動性が高くなりすぎて糖衣液が錠剤層に保持されず、均一なコーティングができなくなり、4500mPa・sを超えると、製造時間の延長や、ハンドリグに困難が生じる。
【0019】
次に、糖衣錠の製造方法の一例について説明する。
ヒドロキシプロピルメチルセルロースを恒温槽で好ましくは30〜50℃に加温した精製水に投入し、液温を好ましくは30℃〜50℃に保ったまま溶解するまで撹拌を行う。その際、水溶性のその他添加剤を同時に投入することもできる。完全に溶解したら、溶液を好ましくは50〜70℃として糖類を加え、液温を好ましくは50〜70℃に保ちながら攪拌して溶解する。この溶液に、撹拌しながらフィラーを加え、溶液中に均一に分散させる。
得られた溶液を網(好ましくは目開き100〜180μmの篩)により篩下することで未溶解物を取り除いたものを下掛け用糖衣液とする。
【0020】
上記糖衣液を錠剤に塗布して糖衣錠を製造する。糖衣液を塗布する錠剤は、特に限定されないが、素錠や、素錠へヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の高分子を含む溶液を塗布してアンダーコート層を形成したものが挙げられる。
【0021】
糖衣錠の製造工程は、下掛け、上掛け、仕上げ、ポリッシングの4工程に区別されている。本発明の糖衣液は、下掛け工程に用いることができる。下掛け工程では、本発明の糖衣液で錠剤を糖衣コーティングし、錠剤の角張った部分をカバーし丸みを持たせる。
下掛け工程は、好ましくは、糖衣液を錠剤に塗布する段階、錠剤表面に展延させる段階、前乾燥段階及び乾燥段階の四つの段階を一つの単位として繰り返し、糖衣層を形成してゆく。
好ましくは、通常用いられるコーティング装置の糖衣パンを用いて、予め糖衣パン内に投入した素錠を回転させながら、糖衣液をパン内に滴下、噴霧等により供給する等の方法を用いて糖衣液を塗布し、その後、展延、前乾燥、乾燥の四つの段階を繰り返す。四つの段階は、給気温度55〜65℃、排気温度40〜50℃で行うのが好ましい。
下掛け工程で糖衣層を形成させる際には、ペア型又はオニオン型のコーティングパン、通気式コーティングパンの何れも使用できる。
【0022】
上掛け工程では、上掛け液として、フィラーのない単シロップ液や微量のフィラーを添加したシロップ液等を用いて錠剤の形状を楕円状に整える。シロップ液の糖類の濃度は、好ましくは60〜70質量%である。フィラーを添加する場合のフィラーの添加量は、シロップ液に対して好ましくは0.1〜10質量%である。
仕上げ工程では、通常、フィラー及び結合剤を除いた単シロップ液を1〜3回程度注加又はスプレーしてからゆっくりと乾燥し、錠剤の表面をポリッシングに適した滑らかさにする。シロップ液の糖類の濃度は、好ましくは60〜70質量%である。
ポリッシング工程では、仕上げ工程が終了した錠剤に、微粉のワックスを散布するか、溶剤に溶解したワックス溶液をスプレーして塗布して、光沢を持たせた糖衣錠を得る。この工程はコーティング装置内で行っても、専用のポリッシングパン内で行ってもよい。ワックスとしては、カルナバロウ、パラフィン、ステアリン酸、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム等が挙げられ、ワックスの添加量は、好ましくは錠剤の仕上り質量(ワックスの添加量を含む)の0.05〜0.06質量%である。
【実施例】
【0023】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
実施例1
結合剤として、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)2208(20℃の2質量%水溶液の粘度4mPa・s、ヒドロキシプロポキシル基含量が9.5%、メトキシル基含量が22.7%)54gを40℃の精製水1200gに投入し、液温を40℃に保ちながら撹拌してHPMCを溶かしてから、60℃に加温してショ糖2400gを加えた後、液温を60℃に保ちながら攪拌してショ糖を溶かした。この溶液に、フィラーを1680g(タルク672gと沈降性炭酸カルシウム1008g)加え、目開き250μmの網により篩下することで未溶解物を取り除いたものを下掛け用糖衣液とした。この下掛け用糖衣液の粘度をC型粘度計を用いて測定した結果を表1に示す。
これとは別に、45℃に加温した精製水832.5gに、ショ糖1667.5gを溶解して上掛け用コーティング液(組成比:ショ糖66.7質量%、精製水33.3質量%)とした。
通気式コーティングパン(HCT−48N:フロイント産業社製)に、乳糖、コーンスターチを主体とする錠剤3.5kgを仕込んだ。錠剤は一錠200mgで直径8mmであった。ここに下掛け用コーティング液、上掛け用コーティング液を用いて糖衣コーティングを行った後、仕上げ工程において表面をなめらかに整えて、ワックスとしてカルナバロウを仕上り質量(ワックスの添加量を含む)の0.05質量%となるように添加してポリッシングを行い糖衣錠を得た。
【0024】
実施例2〜6
表1の示す組成となるように添加量を変化させた以外は、実施例1と同様にして各下掛け用糖衣液を得た。この下掛け用糖衣液の粘度をC型粘度計を用いて測定した結果を表1に示す。
【0025】
比較例1〜4
結合剤として、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)(20℃の2質量%水溶液の粘度4mPa・s、ヒドロキシプロポキシル基含量が5.8%、メトキシル基含量が23.4%)と用い、表1の示す組成となるように添加量を変化させた以外は、実施例1と同様にして各下掛け用糖衣液を得た。この下掛け用糖衣液の粘度をC型粘度計を用いて測定した結果を表1に示す。
【0026】
実施例1と実施例3と実施例4で使用したHPMCと、比較例1と比較例3と比較例4で使用したHPMCは、20℃の2質量%水溶液が同一の粘度を有するにもかかわらず、得られた糖衣液は、それぞれ前者は後者の10%と35%と23%の粘度しか生じなかった。したがって、糖衣液の粘度を低くすることができ、糖衣液調製時間の短縮やハンドリング性を向上することが可能となる。HPMCの含有量を1.5質量%とした実施例5は、HPMCの含有量を1.0質量%の実施例2と比較して若干の粘度が増加したにすぎなかった。
この驚くべき低粘度化は、ヒドロキシプロポキシル基含量が9.5%、メトキシル基含量が22.7%のHPMCを使用した結果である。本発明者らは、ヒドロキシプロポキシル基含量が9〜12%、メトキシル基含量が19〜24%の範囲にあれば同様な結果が得られることを確認している。
この低粘度化の原因としては、ヒドロキシプロピルメチルセルロースの置換度が変化したことにより、糖との相溶性が向上したためではないかと推測される。なお、従来品と同等の錠剤硬度、崩壊性等は維持されていた。
【0027】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシプロポキシ基含量が9〜12%、メトキシル基含量が19〜24%、20℃における2質量%水溶液の粘度が10mPa・s以下のヒドロキシプロピルメチルセルロースを0.5〜1.5質量%と、フィラーを31〜45質量%と、糖類と、水とを少なくとも含み、60℃における粘度が1000〜4500mPa・sである糖衣液。
【請求項2】
上記フィラーが、上記糖類に対して50〜110質量%である請求項1に記載の糖衣液。
【請求項3】
上記糖類が、上記糖類と上記水との合計量に対して60〜70質量%である請求項1又は請求項2に記載の糖衣液。
【請求項4】
ヒドロキシプロポキシ基含量が9〜12%、メトキシル基含量が19〜24%、20℃における2質量%水溶液の粘度が10mPa・s以下のヒドロキシプロピルメチルセルロースを0.5〜1.5質量%と、フィラーを31〜45質量%と、糖類と、水とを含み、60℃における粘度が1000〜4500mPa・sである糖衣液を錠剤に塗布し、乾燥させる工程を繰り返す糖衣錠の製造方法。

【公開番号】特開2010−173936(P2010−173936A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−15048(P2009−15048)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】