説明

糖類のアシル化物の製造方法

【課題】分子量低下の少ない製造条件での糖類のエステル化物の製造方法を提供する。
【解決手段】
酢酸ビニルと糖類を反応させて得ることを特徴とする糖類のアセチル化物の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖類のアシル化物の製造方法に関し、詳しくは、セルロースなどの糖類と特定のエステル化合物とを反応させることを特徴とする製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
代表的な糖類のエステル化物の工業的製法としては、無水酢酸をエステル化剤とし、硫酸を触媒とする酢酸セルロースの製造方法が挙げられる(特許文献1)。
セルロース原料を解砕する前処理工程と、エステル化剤、希釈剤、触媒を用いて、パルプを反応させるエステル化工程と、必要に応じて、酢酸セルロースを加水分解して所望の酢化度の酢酸セルロースとする熟成工程と、熟成反応の終了した酢酸セルロースを反応溶液から、沈殿分離、精製、安定化、乾燥する後工程より成っている。
【0003】
しかしながらセルロース等の多糖類は、強酸により分子鎖中のグリコシド結合が開裂して加水分解を起こし分子量が低下することが知られている。特許文献1で用いられる酸無水物を用いるエステル化反応においては一般に強酸触媒を必要とするため、セルロースの分子量が低下するという問題点を有する。
【特許文献1】特開昭56−59801公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、分子量低下の少ないことを特徴とする糖類のエステル化物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記の目的を達成するべく検討を行った結果、本発明に到達した。
すなわち、本発明は、糖類のアシル化物の製造方法において、セルロースと下記一般式(1)で表されるエステル化合物とを反応させて得ることを特徴とする糖類のアシル化物の製造方法である。
【0006】
【化1】

【0007】
[式(1)中、R1は、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、またはアリール基を表す。R2、R3、R4はそれぞれ独立に、水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、またはアリール基を表す。]
【発明の効果】
【0008】
本発明の糖類のアシル化物の製造方法は強酸を触媒として用いる必要のないという特徴を有する。そのため本製造方法は、一般的な糖類のアシル化方法である、強酸を触媒とする製法と比較して糖鎖の分子量の低下を防ぐことができる。従来の製造方法で得られるものと比較して分子量の大きいセルロースのアシル化物が製造可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、本発明の実施の形態を説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
本発明の糖類(A)のアシル化物(B)の製造方法は、下記一般式(1)で表されるエステル化合物(C)と糖類(A)を反応させて得ることを特徴とする製造方法である。
【0010】
【化2】

【0011】
[式(1)中、R1は、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、またはアリール基を表す。R2、R3、R4は、それぞれ独立に、水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、またはアリール基を表す。]
【0012】
本発明に用いられる糖類(A)としてはグルコース(ブドウ糖)、ガラクトース、マンノース、フルクトース、などの単糖類;ラクトース(乳糖)スクロース(ショ糖)マルトース、トレハロースなどの二糖類;セルロース、でんぷん、キチン、キトサンなどの多糖類が挙げられるが、好ましくはセルロースである。
【0013】
本発明に用いられるセルロースとしては、水酸基が未置換のセルロースでも、水酸基の一部が置換されたセルロースでもかまわない。
【0014】
水酸基が未置換のセルロースとしては、綿リンター、木材パルプもしくは溶解パルプなどから得られる植物系セルロース、アセトバクター属などに属する微生物の産出するバクテリアセルロース、再生セルロース、微結晶セルロースおよび天然多糖類などが挙げられる。
【0015】
水酸基の一部が置換されたセルロースとしては、セルロースエーテル(例えばカルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等);セルロースエステル(例えば、セルロースアセテート、セルロースラクテート、セルロースブチレート、セルロースアセトブチレート、セルロースカプロネート等);セルロースエーテルエステル(例えば、ヒドロキシプロピルセルロースラクテート、ヒドロキシエチルセルロースブチレート等)等が挙げられる。
【0016】
糖類(A)をアシル化するために本発明で用いられるエステル化合物(C)は、糖類の水酸基と反応し、糖類のアシル化物とビニルアルコールや2−プロペニルアルコールなどを生成する。
生成したビニルアルコールや2−プロペニルアルコールは、それぞれ速やかにアセトアルデヒドやアセトンに異性化し非平衡反応となるため、過剰のアシル化剤を使用する必要がなく有用である。
【0017】
エステル化合物(C)としては、上記一般式(1)で表される化合物である。
式中(1)のR1は、アルキル基、アルケニル基、またはアリール基であるが、好ましくは炭素数1〜4のアルキル基である。なお、その一部がフッ素原子、水酸基、シアノ基等の官能基で置換されていてもよい。

【0018】
式中(1)のR2、R3、R4はそれぞれ独立に、水素原子、アルキル基、アルケニル基、またはアリール基である。なお、その一部がフッ素原子、水酸基、シアノ基等の官能基で置換されていてもよい。
好ましくは水素原子あるいはメチル基である。
【0019】
膨潤剤(D)は、セルロースの強固な水素結合を切断しセルロースを膨潤させる役割を果たす。
アミン(D1)、アミド(D2)、スルホキシド(D3)、ケトン(D4)、ポリオキシエチレングリコールもしくはその誘導体(D5)、およびカルボン酸(D6)等がその役割を果たす。
【0020】
アミン(D1)の具体例としては、第一級の脂肪族アミン類(D11)[アンモニア、メチルアミン、エチルアミン、n−プロピルアミン、イソプロピルアミン、n−ブチルアミン、等];第二級の脂肪族アミン類(D12)[ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジ−n−プロピルアミン、等];第三級の脂肪族アミン類(D13)[トリメチルアミン、トリエチルアミン、等]等が例示される。
【0021】
芳香族アミン類及び複素環アミン類の具体例としては、アニリン誘導体(D14)(例えばアニリン、N,N−ジメチルアニリン等)、ピロリジン誘導体(D15)(例えばピロリジン、N−メチルピロリジン、N−メチルピロリドン等)、ピリジン誘導体(D16)(例えばピリジン、N,N−ジメチル−4−アミノピリジン等)、アミジン類(D17)(例えばイミダゾール、1−エチルイミダゾール、1−エチル−2−メチルイミダゾール、ジアザビシクロウンデセン、ジアザビシクロノネン)等が例示される。
【0022】
アミド(D2)の具体例としてはジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジエチルアセトアミド、メチルエチルプロピオアミド等が例示される。この中でジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドが入手しやすいことから好ましい。
【0023】
スルホキシド(D3)の具体例としてはジメチルスルホキシド、ジエチルスルホキシド、ジi−プロピルスルホキシド、ジn−プロピルスルホキシド、メチルエチルスルホキシド、メチルi−プロピルスルホキシド等を例示できるが、この中でジメチルスルホキシドが入手しやすいことから好ましい。
【0024】
ケトン(D4)の具体例としてはアセトン、2−ブタノン、3−メチル−2−ブタノン等が挙げられる。この中でアセトンが入手しやすいことから好ましい。
【0025】
ポリオキシエチレングリコール及びその誘導体(D5)としては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールジメチルエーテル、ポリエチレングリコールモノメチルエーテルが挙げられる。
【0026】
カルボン酸(D6)の具体例としては、炭素数1〜18の非置換もしくは置換基を有するカルボン酸が挙げられる。この中で酢酸が入手しやすいことから好ましい。
【0027】
本発明で、好ましい膨潤剤(D)としては、ピリジン誘導体(D16)、アミジン類(D17)、アミド(D2)、スルホキシド(D3)、カルボン酸(D6)、さらに好ましくは、1−エチルイミダゾール、1−エチル−2−メチルイミダゾール、N,N−ジメチル−4−アミノピリジン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジアザビシクロウンデセン、ジアザビシクロノネン、特に好ましくは、1−エチル−2−メチルイミダゾール、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ジアザビシクロウンデセンである。
【0028】
本発明のアシル化反応には触媒を使用しても良い。触媒としては、ルイス酸、酵素等が使用可能である。
ルイス酸としてはスカンジウムトリフラート、イッテルビウムトリフラート、ハフニウムトリフラート、三フッ化ホウ素、トリスペンタフルオロフェニルボラン等が挙げられ、酵素としてはリパーゼ等が挙げられる。
【0029】
本発明の糖類のアシル化物の製造方法における反応条件として、反応温度としては特に限定されることはないが、好ましくは30℃〜150℃ 、更に好ましくは60℃〜110℃の範囲である。前記範囲外でも製造できるが、前記下限値より低いと反応速度が低下し生産性が低下することがある。一方、前記上限値より高いと糖類が分解する恐れがある。
【0030】
反応時間としては、特に限定されることはないが、通常、3時間〜60時間程度であり、好ましくは5時間〜50時間である。
【0031】
反応圧力としては、減圧、加圧及び常圧のいずれにおいても実施することが可能である。反応効率(単位体積あたりの反応効率)の観点から、余りに低い圧力で実施することは好ましくない。通常好ましい実施圧力範囲は、0.1気圧〜200気圧であり、更に好ましくは0.5気圧〜100気圧である。
【0032】
本反応は超臨界二酸化炭素を反応媒体として使用することもできる。この場合の反応条件として、反応温度としては特に限定されることはないが、好ましくは32℃〜150℃ 、更に好ましくは60℃〜110℃の範囲である。反応時間としては、特に限定されることはないが、通常、3時間〜60時間程度であり、好ましくは5時間〜50時間である。反応圧力としては、74気圧〜300気圧であり、好ましくは100気圧〜200気圧である。
【0033】
本発明にて得られるセルロースアシル化物は、通常、重量平均分子量が400,000以上である。従来のセルロースのアシル化物の製造方法では一般的に強酸を触媒として用いるため、セルロースの主鎖の切断が起こり、分子量が低下する。
【0034】
本製造法においてセルロースの主鎖に、酢酸ビニルと同時もしくは前後して、紫外線吸収剤と光安定剤をエステル交換反応によって組み込むことにより高耐光性かつ高耐久性である酢酸セルロースを得ることができる。
紫外線吸収剤としては一般的に使用されるベンゾトリアゾール系、ベンゾフェノン系、トリアジン系;光安定剤としてはヒンダードアミンを使用することができる。この中でベンゾフェノン系光安定剤をセルロース主鎖に組み込むと黄変の度合いが少ないため好ましい。
【0035】
さらに、ビニルエステル化合物(C)として、R1としての炭素数3〜18までのアルキル基をもつビニルエステル(C1)と、セルロースとを反応させることにより、アルキル基をもつセルロースアシル化物が得られる。
【0036】
このようなアルキル基をもつビニルエステル(C1)としては、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、デカン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル等が挙げられる。
このようにして得られるセルロースアシル化物は位相差フィルムとして使用することが可能である。
【0037】
本発明のアシル化物(B)のアシル化の程度は、赤外線吸光(IR)を測定し、そのカルボニル基と水酸基の吸収ピークを置換度が既知の標準サンプルの検量線を用いて判定することができる。
例えば酢酸セルロースの場合、置換度が2.8の市販の酢酸セルロースを標準として求めた。
【実施例】
【0038】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下、特に定めない限り、%は重量%、部は重量部を示す。
【0039】
実施例
粉末セルロース(品名:KCフロックW−100GK、日本製紙ケミカル(株)製)20部、酢酸ビニル35部、ジメチルスルホキシド60部、1−エチル−2―メチルイミダゾール20部をフラスコに仕込み、90℃にて48時間加熱還流した。加熱終了後、内容物をイオン交換水200部に流し込み、濾過を行った。その後、残った固体をアセトン10部、イソプロピルアルコール100部、キシレン100部を用いて洗浄を行い、濾過することを3回繰り返した。最後に固体を減圧乾燥し、
置換度2.8、重量平均分子量470,000の酢酸セルロースを得た。
【0040】
比較例
粉末セルロース(品名:KCフロックW−100GK、日本製紙ケミカル(株)製)100重量部に対して、硫酸10部を含む400部の氷酢酸を散布混合し、攪拌機付きの密閉容器中で、20℃の温度にて、3時間攪拌した。その後、粉末セルロース100重量部に対して、アシル化剤である無水酢酸を300g添加し、攪拌、混合した。内容物を30〜35℃で2時間攪拌した。このようにして置換度2.8、重量平均分子量249,000の酢酸セルロースを得た。
【0041】
なお、得られた酢酸セルロースの重量平均分子量は、以下に示す方法で測定・評価した。
<分子量評価>
重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフ法(以下、GPCと記す。)[測定条件:温度40℃、ジメチルホルムアミド溶媒、濃度0.125%、ポリスチレン換算]にて測定した。
【0042】
以上の結果から、実施例で得られた酢酸セルロースは、酸を触媒とする製造法である比較例と比較し重量平均分子量が大きいことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の糖類のアシル化物の製造方法は、強酸を触媒として用いる必要のないという特徴を有する。そのため、従来の製造方法と比較して、糖鎖の分子量の低下を防ぐことができる。
このような糖類のアシル化物は、繊維、成型品、フィルム、塗料等に使用した際に、その性能を発揮する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖類(A)のアシル化物(B)の製造方法において、下記一般式(1)で表されるエステル化合物(C)と糖類(A)を反応させて得ることを特徴とする糖類アシル化物(B)の製造方法。
【化1】

[式(1)中、R1は、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、またはアリール基を表す。R2、R3、R4は、それぞれ独立に水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、またはアリール基を表す。]
【請求項2】
該糖類(A)を膨潤剤(D)で膨潤させると同時に、または膨潤させた後に、該エステル化合物(C)と反応させる請求項1記載の糖類アシル化物の製造方法。
【請求項3】
該エステル化合物(C)が脂肪酸ビニルエステルである請求項1または2記載の糖類アシル化物(B)の製造方法。
【請求項4】
該膨潤剤(D)が、アミン、アミド、スルホキシド、ケトン、ポリオキシエチレングリコールもしくはその誘導体およびカルボン酸からなる群から選択される1種以上である請求項1〜3いずれかに記載の糖類アシル化物の製造方法。
【請求項5】
超臨界状態の二酸化炭素を反応媒体として用いることを特徴とする請求項1〜4いずれかに記載の糖類アシル化物の製造方法。
【請求項6】
該糖類(A)がセルロースである請求項1〜5いずれか記載のアシル化セルロースの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6いずれかに記載のエステル化物(B)の製造方法により得られ、重量平均分子量が400,000以上であるセルロースアシル化物(B)。

【公開番号】特開2010−7005(P2010−7005A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−169862(P2008−169862)
【出願日】平成20年6月30日(2008.6.30)
【出願人】(000002288)三洋化成工業株式会社 (1,719)
【Fターム(参考)】