説明

糸状菌由来エラスターゼ阻害剤の製造方法

【課題】強力なエラスターゼ阻害活性を示す糸状菌由来エラスターゼ阻害剤(AEI)を効
率的に提供すること。
【解決手段】日和見感染性Aspergillus 属糸状菌が産生するエラスターゼ阻害活性(AEI
)を有するペプチドをコードする遺伝子を該産生株より取得し、Aspergillus oryzaeを主
とする各種糸状菌の強力なプロモーター下で強制分泌生産させる。形質転換体を液体培養
して得られる培養上清を限外ろ過で処理し、電気泳動的に単一な画分を得る。従来、微量
にしか得られなかった糸状菌由来エラスターゼ阻害剤を短期間に著量取得することができ
る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Aspergillus属糸状菌から得られた新規エラスターゼ阻害剤(AEI)遺伝子、こ
れを含むベクター、そのベクターを糸状菌宿主に導入した形質転換体及びそのその利用に
関するものである。
【背景技術】
【0002】
肺アスペルギルス症は深在性真菌症の中でも最も頻度が高く、中でも慢性型であるアスペ
ルギローマと慢性壊死性肺アスペルギルス症が多数を占めている。これらの疾病において
感染性Aspergillusが産生するエラスターゼが病原因子となっていることが明らかになっ
ている。例えば、これらのエラスターゼは健康モルモット肺に強い出血性肺炎を誘起し、
マウス肺胞マクロファージの活性を抑制する。
【0003】
そこで肺アスペルギルス症患者に対し、抗真菌剤に加え、エラスターゼ阻害剤であるウリ
ナスタチンを併用することにより、喀血・血痰などの臨床症状が早期に改善することが明
らかになっている。(Jpn. J. Med. Mycol. 2006, 47, 171-178)しかし、ウリナスチン
のエラスターゼ阻害活性には限度があり、高濃度でも50%阻害程度であったため、より微
量で有効な新規エラスターゼ阻害剤の探索が行われていた。
【0004】
鋭意検討の結果、感染性Aspergillusがエラスターゼ阻害物質(AEI)を産生することを発
見し、その1次構造を明らかにした。本エラスターゼ阻害剤は分子質量7562.2 Daのポリペ
プチドであり、A. fumigatus由来のエラスターゼに対し、ウリナスチンの約32万倍もの阻
害活性が確認された。(J. Med. Microbiol. 2008, 57, 803-808)更にpH及び熱に対して
高い安定性をもっていた。またAspergillusが生産するエラスターゼのみならず、ヒト好
中球エラスターゼに対しても強い阻害活性を持つことが分かった。このことからAEIは肺
アスペルギルス症のみならず、人体内エラスターゼの亢進により、発生する諸疾患に対し
ても有効である可能性が示唆された。
【0005】
AEIはその生産菌であるA. fumigatus AFU-12を液体静置培養で数日間培養後、産生が最大
となることが分かったが、動物実験や臨床試験を含めた諸実験を行うのに必要な量を集め
るのは容易ではなく、アミノ酸配列から推定される合成DNAを大腸菌で高発現し、得られ
る組換えAEIの量も十分ではなかった。またこれらの場合、精製標品を取得するのにも多
大な手間と労力が必要となる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記に述べた新規エラスターゼ阻害剤AEIの精製標品を短期間で大量に提供することを目
的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記問題点を解決するためになされたものであって、AEIを短期間に著量に生産
する糸状菌株を開発するためになされたものである。そして上記目的達成のため各方面か
ら検討した結果、AEIをコードする遺伝子をAEI生産菌のゲノムから単離し、この遺伝子を
糸状菌宿主を用いる発現系で高発現させる方法が効率的であるとの観点にたった。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、従来産生量が低く、精製品を得るまで長時間を要した、感染性糸状菌が
生産するエラスターゼ阻害剤AEIの精製標品を短期間に高生産することが可能になった。A
EIは糸状菌エラスターゼのみならずヒト好中球エラスターゼに対しても阻害活性を示すこ
とから、この亢進による諸疾患にたいしても有効であることが強く示唆され、これらに対
する臨床応用が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1はAFUEI高生産株A.oryzae TF-4を液体培地で培養して得られた培養上清およびその限外ろ過画分をSDS-PAGEにかけた結果である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
上記の観点にたち、Aspergillus fumigatusのAEI (AFUEI)遺伝子を、AFUEI生産菌Aspergi
llus fumigatus AFU-12のゲノムDNAから単離することに成功し、単離したAFUEI遺伝子をA
spergillus oryzaeの宿主ベクター系に移入することにも成功した。得られた形質転換体
において、AFUEI遺伝子が発現することも確認し、AFUEIを短期間内に著量に生産する形質
転換体を取得するのに成功した。そしてここで得られた形質転換体は、Aspergillus oryz
ae TF-4と命名した。
【0011】
また得られた形質転換体は、AFUEIの生産能が顕著に高く、Aspergillus fumigatus AFU-1
2が至適化された培養条件(培地:1%カザミノ酸(Difco社)、1% Yeast Carbon Base(Di
fco社)、37℃ 静置培養)にて10日間で生産する量の約10倍量ものAFUEIをデキストリン
を炭素源とし、終濃度0.5%になるよう酵母エキスを加えたCzapek-Dox(CD)液体培地にて
2日間で生産した。更にAFUEIを含む本培養上清を0.45μmのメンブレンフィルターでろ過
した後、分画分子量30,000の限外ろ過膜で処理し、ろ液画分を回収することにより、1ス
テップにて活性収率約70%の割合で電気泳動的に単一なAFUEIの精製標品が得られた。
【実施例】
【0012】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明は、これらの実施例のみに限定されるも
のではない。
【0013】
AFUEIのアミノ酸配列より、その配列を含むcDNAをデータベースより見出した。cDNA配列
より、遺伝子のコーディング領域と推定される領域を増幅するためのPCR用プライマーを
作製し、AFUEI生産株Aspergillus fumigatus AFU-12のゲノムDNAを鋳型として、該ゲノム
遺伝子配列を取得した。この遺伝子配列を麹菌発現ベクターpUSAのタカアミラーゼプロモ
ーターの制御下に連結し、AFUEI高発現ベクターpUSAFEIを構築した。
【0014】
このベクターをAspergillus oryzae HL-1105(sC)に導入し、L-メチオニン要求性が相
補された株についてAFUEI生産性の高い株のスクリーニングを行った。具体的には、形質
転換体候補株の分生子をデキストリンを炭素源とし、終濃度0.5%になるよう酵母エキスを
加えたCD液体培地に接種し、30℃で24時間、振とう培養(180 rpm)を行い、0.45μmのメ
ンブレンフィルターでろ過した培養上清を用いてエラスターゼ阻害アッセイを行った。As
pergllus fumigatusより精製したエラスターゼ10μlと適宜希釈した培養上清10μlを混和
し、37℃で15分間反応させ、この混合液に50 mM Tris-HCl buffer(pH 7.5)180μlを加
え、酵素液とした。これに基質液である50 mM Gly-Ala-Ala-Pro-Leu-pNA((株)ペプチ
ド研究所)のジメチルスルオキシド(DMSO)溶液4μlを加えて37℃で30分間反応させた。
200 μlの10% Trichloro acetic acid (TCA) を加えて反応を停止させた後、0.1% 亜硝酸
ナトリウム40μl、0.5%スルファミン酸アンモニウム40μl、0.1%N-(1-ナフチル)エチレン
ジアミンジ塩酸塩40μlを加えて、ジアゾカップリング反応を行い、発色度(A550)の減少
から阻害活性を算出した。その結果を表1に示した。
【0015】
【表1】

【0016】
この結果、TF-4株が最も高いエラスターゼ阻害活性を示し、SDS-PAGEにおいても該当する
タンパクバンドが最も濃くなっていた。またゲノミックサザンブロット解析においてもAF
UEIの導入コピー数が最も高かった。次にTF-4を100 mlスケールの液体培地で2日間培養し
、AFUEI生産株A. fumigatus AFU-12を上記至適培地で10日間培養した時のエラスターゼ阻
害活性と比較した。
【0017】
A. fumigatus AFU-12は振とう培養においてAFUEIをほとんど生産しないため、生産に際し
上記の至適化された培地を用いて静置培養した。一方、形質転換株であるA. oryzae TF-4
は上述した改変CD培地において振とう培養を行い、2日間で大量のAFUEIを生産した。具体
的にはA. fumigatus AFU-12株が10日間要する生産量の約10倍量のAFUEIを2日間で生産し
た。(表2)
【0018】
【表2】

【0019】
次に上述した改変CD培地において、得られた培養上清を分画分子量30,000の限外ろ過膜(
Amicon ultra-15ミリポア社)で処理し、ろ液画分を得ることにより、活性回収率約70%で
電気泳動的に単一な組換えAFUEIの精製標品(図1 Lane 2, 4)が得られた。
具体的な結果を表3に示す。
【0020】
【表3】

【0021】
精製標品を用いて各エラスターゼに対するIC (Inhibitory concentration)50%を測定
した結果、Aspergillus fumigatusのエラスターゼに対しては約2.4 nMときわめて鋭敏な
阻害を示した。またヒト好中球エラスターゼに対しては約72 nMと比較的強い阻害を示し
たが、ブタ好中球エラスターゼには阻害活性がなく、組換えAFUEIはAFUEIと同等の活性と
性質を持つことが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0022】
AEIはヒト感染性Aspergillusエラスターゼに対し、きわめて強力な阻害活性を示すこと
からエラスターゼに起因する諸症状を緩和するのに有効と考えられる。またヒト好中球エ
ラスターゼに対しても強い阻害活性を示すことから、エラスターゼ亢進による諸疾患に対
しても改善効果が期待できる。このことからAEIを実地レベルで大量製造することにおい
て本発明はきわめて有効と考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)または(2)のDNAからなる遺伝子。
(1)配列表の配列番号1の塩基配列で示され、感染性Aspergillus属糸状菌から単離した
エラスターゼおよびヒト好中球エラスターゼに対し、阻害活性を示すエラスターゼ阻害剤
(アスペルギルスエラスターゼ インヒビター、以下AEIと略記する)をコードする遺伝子

(2)塩基配列(1)において1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基
配列からなり、かつ塩基配列(1)と同じ酵素活性を発現する遺伝子。
【請求項2】
請求項1のDNAを含んでなることを特徴とする糸状菌形質転換用発現ベクター。
【請求項3】
請求項2に記載の発現ベクターを糸状菌に移入することにより得られるエラスターゼ阻害
剤の生産が上昇した糸状菌形質転換体。
【請求項4】
当該形質転換体がAspergillus oryzae TF-4であることを特徴とする請求項3に記載の形質
転換体。
【請求項5】
請求項3または請求項4に記載の形質転換体を培養し、培養物からAEIを採取することを特
徴とするAEIの製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の製造法により得られたAEIを限外ろ過により、1ステップで精製するAEIの
精製標品の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−50309(P2011−50309A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−202182(P2009−202182)
【出願日】平成21年9月2日(2009.9.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2009年3月5日社団法人日本農芸化学会発行の2009年度(平成21年度)大会講演要旨集
【出願人】(591118775)白鶴酒造株式会社 (16)
【出願人】(599002043)学校法人 名城大学 (142)
【Fターム(参考)】