説明

納豆菌由来のプロテアーゼの精製、およびそれに基づく該酵素の結晶化

【課題】 納豆菌由来のセリンプロテアーゼを高純度に精製して、その利用価値を高める。
【解決手段】 フェニル基を固定した疎水性吸着カラムに納豆菌に由来するセリンプロテアーゼを含有する溶液を通し、吸着した当該プロテアーゼを溶出液で溶出させることによる。精製された当該プロテアーゼは、食品サプリメントなどの他、該酵素の改変などに資する良質な結晶として供せられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素の精製技術に関し、特に、納豆菌由来のセリンプロテアーゼを高純度に精製することにより、食用サプリメントや食品加工等の用途に供することができるようにするとともに、該プロテアーゼの改変等に利用される三次元構造解明のための酵素の結晶化に供することができる技術を提供することに関する。
【背景技術】
【0002】
日本の伝統食品である納豆より分離された納豆菌プロテアーゼは、大豆蛋白質、フィブリン繊維、アミロイド繊維、カゼイン等のペプチド中のペプチド結合を加水分解する酵素であり、その代表的なものは、275個のアミノ酸残基からなり、分子質量が27.7kDaのセリンプロテアーゼである。
【0003】
納豆菌プロテアーゼは納豆から直接取得が可能であり、あるいは納豆菌プロテアーゼをコードする遺伝子を保有する納豆菌などからの発現により取得が可能である。これまでに、納豆菌プロテアーゼをコードする遺伝子は、納豆菌[学名Bacillus subtilis var. natto]からクローニングされている。蛋白質のアミノ酸配列データベースに登録された納豆菌プロテアーゼ(セリンプロテアーゼ)のアミノ酸配列で代表的な配列は、図1に示す配列であるが、他のアミノ酸に置換された変異体の報告もある。
【0004】
納豆菌プロテアーゼは、納豆発酵過程で納豆菌より生産分泌され、大豆蛋白質を加水分解する酵素として、納豆の風味や消化吸収率の向上、低アレルゲン化などで大きな役割を果たしている。それとともに、納豆菌プロテアーゼは、食品由来の安全なプロテアーゼとして利用範囲が広く、食用サプリメントとして、あるいは、調味料製造、製品の低アレルゲン化、機能性ペプチド製造などの食品加工においても利用が期待される非常に有用な酵素である。また、血栓予防目的の機能性食品素材としての可能性も報告されている。
【0005】
納豆菌プロテアーゼが、これらの用途に供されるためには、天然の納豆発酵過程や遺伝子工学的手法により得られる納豆菌プロテアーゼを含有する溶液から該プロテアーゼを高純度に精製することのできる技術が要求される。
さらに、納豆菌プロテアーゼを改変して、新たな機能を発揮させるには、当該酵素の精密な立体構造情報に基づき、どのアミノ酸残基をどのように変異させるべきかを検討することが必要である。すなわち、高純度に精製された蛋白質(酵素)分子を結晶化し、その結晶に単色化されたX線をあて、得られたX線の回折像を基に該蛋白質の三次元構造を明らかにする必要がある。
【0006】
納豆菌プロテアーゼについては、一般的にナットウキナーゼと呼ばれる納豆菌から生産されたものが健康食品として市販されているが、その純度は低くX線結晶構造解析を行うには適していない。また、最近、納豆菌プロテアーゼのホモロジーモデルの三次元構造が発表された〔Zheng ZL, Zuo ZY, Liu ZG, Tsai KC, Liu AF, Zou GL (2005) J Mol Graph
Model, Jan, 23(4): 373-80:非特許文献1〕。しかし、これはアミノ酸配列の類似性の高い構造を元にした予測構造であるため、実際の活性中心の構造、側鎖の構造、温度因子の情報については、あいかわらず不明のままである。
【0007】
酵素を結晶化して三次元構造を解明するための手法に関しては、ルシフェラーゼなどに見られるが(特開平11−225753号公報:特許文献1)、納豆菌プロテアーゼについては見当たらない。このように、納豆菌プロテアーゼの結晶化の観点からも、該酵素を高純度に精製し得る技術が所望される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−225753号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】ZhengZL, Zuo ZY, Liu ZG, Tsai KC, Liu AF, Zou GL (2005) J Mol Graph Model, Jan,23(4): 373-80
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、納豆菌プロテアーゼの種々の利用価値を高めるために、該酵素を高純度に精製できる新しい技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は研究を重ねた結果、納豆菌由来のセリンプロテアーゼがフェニル基を有するカラムに選択的に吸着され、その後、適当な溶媒で溶出され得ることを見出した。
かくして、本発明は、先ず、基本発明として、フェニル基を固定した疎水性吸着カラムに納豆菌に由来するセリンプロテアーゼを含有する溶液を通して、当該プロテアーゼを前記カラムに吸着させることにより前記溶液中の不純物を分離し、吸着した前記プロテアーゼを溶出液で溶出させる納豆菌由来のセリンプロテアーゼの精製方法を提供するものである。
本発明は、更に、上記精製方法により精製された納豆菌由来のセリンプロテアーゼ精製物を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、納豆菌由来のセリンプロテアーゼを高純度に精製して、食品サプリメントや食品加工などの分野に利用できるようにすることができる。また、当該プロテアーゼに更なる精製と結晶化を行うことにより、その三次元構造を解明して該酵素の改変などに資する良質な結晶を得ることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】納豆菌プロテアーゼの代表的アミノ酸配列を示す。
【図2】納豆菌プロテアーゼ粗酵素液のフェニル−セルロファインカラムクロマトグラムを示す。
【図3】納豆菌プロテアーゼ評品のSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動結果を示す。
【図4】図3のデンシトメトリー結果を示す。
【図5】納豆菌プロテアーゼの結晶を示す。
【図6】納豆菌プロテアーゼのX線回折像の一例を示す。
【図7】納豆菌プロテアーゼ(2分子)の三次元構造(モデル)を示す。主鎖をリボンモデルで、カルシウムをCPKモデルで示している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の説明に関連して、「納豆菌由来のセリンプロテアーゼ」とは、本明細書の「背景技術」の項の冒頭に代表的なものとして説明したセリンプロテアーゼに限られず、そのアミノ酸残基の1つまたはそれ以上が変異したものとして、天然の納豆菌が産生したり、あるいは納豆菌の産生する酵素を遺伝子工学的手法により改良した、セリンプロテアーゼ活性を有する酵素の全てを言い、さらには、それらの酵素を複数組み合わせたものも指称する。一般に、「ズブチリシンNAT(またはスブチリシンNAT)」や「ナットウキナーゼ」と称されているものも本発明でいう「納豆菌由来のセリンプロテアーゼ」に包含される。
【0015】
また、本発明の説明に関連して、「納豆菌由来のセリンプロテアーゼを含有する溶液」とは、上述の如き納豆菌由来のセリンプロテアーゼを含有する全ての液状物を言い、例えば、セリンプロテアーゼ産生能を有する天然の納豆菌の培養液のみならず、遺伝子工学的手法により目的のセリンプロテアーゼ等を発現するよう形質転換された納豆菌等の培養液、特に、それらの培養液の上清を言い、さらには、それらの培養物を何らかの後処理をしてもセリンプロテアーゼ以外の不純物を有意量で含むような液状物の全てを指称する。
以下、本明細書において、「納豆菌由来のセリンプロテアーゼ」を単に「納豆菌プロテアーゼ」と言うことがある。
【0016】
例えば、納豆菌プロテアーゼ産生能を有する納豆菌を用いて納豆菌プロテアーゼを得るには、この菌株を通常の固体培養法で培養してもよいが、液体培養法を採用して培養するのが好ましい。
この際、培養する培地としては、例えば、酵母エキス、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカーあるいは大豆もしくは小麦麹の浸出液などの1種以上の窒素源に、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化第二鉄、硫酸第二鉄あるいは硫酸マンガンなどの無機塩類の1種以上を添加し、さらに必要により糖質原料、ビタミンなどを適宜添加したものが用いられる。なお、前記培地の初発pHは、通常pH7〜9に調節するのが適当である。また培養は20〜42℃、好ましくは37℃前後で2〜4日、好ましくは3日、通気攪拌深部培養、振盪培養、静置培養などにより実施するのが好ましい。培養終了後は、一般に、ろ過、遠心分離などの手段により菌体を除去することにより、粗酵素標品として「納豆菌由来のセリンプロテアーゼを含有する溶液」が得られる。
【0017】
本発明に従えば、フェニル基を固定した疎水性吸着カラムに、上述のようにして得られる納豆菌プロテアーゼを含有する溶液を通し、次いで適当な溶出液で吸着されたプロテアーゼを溶出することにより、精製された該プロテアーゼ溶液が得られる。当該カラムは、プロテアーゼ含有溶液が通される前に適当な緩衝液を用いて平衡化される。この点に関して、精製後のプロテアーゼ含有溶液が、食用サプリメントや食品加工に供されるためには、この緩衝液として、酢酸ナトリウム水溶液(pH5.5)、乳酸ナトリウム(pH5)などを用いることが好ましいが、目的に応じて、他の種類の緩衝液にも適用可能である。フェニル基を工程した疎水性吸着カラムとしては、市販のものが使用でき、好ましいものとしてフェニル−セルロファイン(生化学工業株式会社製)が挙げられるが、フェニル基を結合させた固定相から成るその他の各種の市販のカラムも適用可能であり、例えば、フェニル−トヨパール650(東ソー社製)やphenyl Sepharose(GEヘルスケア社製)などが使用できる。
【0018】
納豆菌プロテアーゼを含有する溶液がフェニル−セルロファインのようなフェニル基固定疎水性カラムに通されると、納豆菌プロテアーゼにある活性セリン残基近傍の疎水性空間(基質結合S1ポケット)にカラム中のフェニル基が特異的に結合することにより納豆菌プロテアーゼがカラムに吸着されるものと考えられる。当該プロテアーゼをカラムに吸着させることにより不純物を分離した後、吸着されたプロテアーゼを溶出液で溶出(溶離)させる。
【0019】
ここで、溶出に用いる溶出液は、極性を低くすることにより、プロテアーゼとカラムとの吸着作用を解消することができるように機能するものである。したがって溶出液として、好ましくは、例えば、プロピレングリコール水溶液(例えば、60%プロピレングリコール水溶液)、エタノール水溶液(例えば、60%エタノール水溶液)、イソプロピルアルコール水溶液(例えば、45%イソプロピルアルコール水溶液)などを用いることができる。この点、本発明のプロテアーゼ含有溶液の精製は、一般的な疎水性クロマトグラフィーではなく、アフィニティクロマトグラフィーに属するものと言える。
【0020】
かくして、本発明に従えば、納豆菌由来のセリンプロテアーゼが高純度に精製された精製物を得ることができる。すなわち、本発明の納豆菌に由来するセリンプロテアーゼの精製物は、蛋白質成分(全蛋白質)中の当該プロテアーゼ(セリンプロテアーゼ)の純度が90%以上であり、一般的には90−95%であることが、デンシメトリーによる測定(後述の実施例1参照)により確認されている。
【0021】
したがって、如上の本発明の精製方法によって得られ納豆菌プロテアーゼを含有する溶液は、当該プロテアーゼが高度に濃縮されているので、そのまま、あるいは、適当な処理を経て、液状、粉末状、顆粒状、カプセル状または錠剤などとして食用サプリメントや食品加工における材料として供することができる。
【0022】
さらに、フェニル基を固定した疎水性吸着カラムを用いて精製された納豆菌プロテアーゼは、目的に応じて、追加の処理を行い、当該酵素の活性を長期間保持したり、さらに、高純度に精製することもできる。
【0023】
例えば、食品添加物として利用する際には、フェニル基固定疎水性吸着カラムを用いて精製された後の納豆菌プロテアーゼ含有溶液をイオン交換クロマトグラフィー(特に、陽イオンクロマトグラフィー)および/またはゲル濾過を行う(必要に応じて複数回)ことにより更に高純度に精製後、凍結乾燥することにより、長期間、冷蔵保存することができる。
【0024】
また、上述のようにしてフェニル基固定疎水性吸着カラムを用いて精製された後の納豆菌プロテアーゼ含有溶液は当該酵素が高濃度に濃縮されているため、経時的に自己消化するおそれがあり、これは、特に酵素を結晶化する際には好ましくない。したがって、上記の精製操作により溶出した納豆菌プロテアーゼに(a)共有結合型阻害剤を添加する、(b)pHを5付近にして活性を可逆的に阻害する。または(c)溶出した当該プロテアーゼの温度を氷点下に下げることにより、不活性または活性不発現状態の当該プロテアーゼ溶液とすることが好ましく、特に酵素を結晶化する際には、フェニルメタンスルホニルフルオリド(PMSF)のような共有結合型阻害剤を用いて失活(不活性化)させることが好ましい。
【0025】
以上のようにして得られた不活性または活性不発現状態の納豆菌プロテアーゼ溶液は、さらに高純度の精製が要求される場合(特に、当該プロテアーゼ酵素の良質な結晶を調製する場合)は、イオンクロマトグラフィーおよび/またはゲル濾過を行う。イオンクロマトグラフィー(特に、陽イオンクロマトグラフィー)および/またはゲル濾過は必要に応じて複数回行う。
【0026】
かくして、以上のようにしてきわめて高純度に精製された納豆菌プロテアーゼの溶液を結晶化することにより、X線結晶構造解析により三次元構造を側鎖のレベルまで解明し得るような品位を有する納豆菌プロテアーゼの結晶を製造することもできる。
【0027】
結晶化は、塩化カルシウムおよび硫酸アンモニウムの存在下に、上記のようにして得られた納豆菌由来のセリンプロテアーゼの高純度精製溶液に沈殿剤としてポリエチレングリコールを添加し、蒸気拡散法により行うのが好ましい。硫酸アンモニウムは母液に添加し、塩化カルシウムは酵素液に添加する。
【0028】
如上の精製および結晶化によって得られる本発明に従う納豆菌由来のセリンプロテアーゼの結晶は、X線結晶構造解析により当該酵素の三次元構造を側鎖の原子レベルまで解明し得る品位を有する。一般に、蛋白質を構成する各アミノ酸の側鎖の向きまで含めた構造解析を行うには、X線回折像を測定したときに、2.5Å位の分解能が必要とされ、理論独立反射点(結晶の空間群と格子定数から求められる回折点の数の理論値)の90%以上の測定点を与えることが必要であると考えられている。本発明によって得られる納豆菌由来のセリンプロテアーゼの結晶に、X線として理化学研究所播磨Spring-8の放射光を当てて得られるX線回折強度データの分解能は1.36Åであり、また、測定した回折点の数は理論値の100%であり(後述の実施例参照)、側鎖の向きも含めた三次元構造の決定が可能なレベルにあった。
【0029】
また、X線回折強度データの処理により結晶学的パラメーターを求めたところ、得られたセリンプロテアーゼの結晶は、斜方晶系に属し、空間群がP2であり、格子定数がa=73.6±0.1Å、b=80.0±0.1Å、c=87.4±0.1Åであり、α=β=γ=90°であった。
【0030】
本発明に従えば、以上のような高品位の納豆菌由来のセリンプロテアーゼ結晶のX線回折強度データを得ることができるので、該データに基づき当該プロテアーゼ結晶を構成する分子の電子密度図を求め、さらに、この電子密度図に基づいて該分子のモデリングを行うことにより、求める納豆菌プロテアーゼのモデル(三次元構造)の構築が可能となる。
【0031】
電子密度図を導き出すためには、分子置換法や重原子同形置換法による位相の決定が必要となる。本発明においては、納豆菌プロテアーゼ分子とホモロジーの高い枯草菌由来の蛋白質分子の構造が明らかにされているので、分子置換法を行い分子構造を決めている。分子置換法にて良好な初期位相が得られれば、その電子密度図を描くことができる。
【0032】
上記のようにして得られた電子密度図に基づいて納豆菌プロテアーゼ分子のモデリングを行うには、種々のプログラムを用いることが可能であるが、好ましくは例えばプログラムcoot ((Emsley, P. and Cowtan, K. (2004) Coot: model-building tools
for molecular graphics. Acta Crystallogr D Biol Crystallogr, 60, 2126-2132.参照)などを用いて、三次元グラフィックス上にて該分子のモデルの構築を行う。
【0033】
さらに、構築された分子のモデルは種々のプログラムを用いて精密化(リファインメント)する必要がある。例えば、Refmac (Murshdov, G., Vagin. A. and Dodson, E. (1997) Refinment of
macromolecular structures by the maximum-likel ihood method.. Acta Crystallogr
D Biol Crystallogr, 53, 240-255.参照)などのプログラムによる精密化と、プログラムcootを用いた修正作業とを駆使して、より正確に近い構造へと近づけていくことができる。精密化の指標となるR因子の値が15%以下になることが目標とされている。
【0034】
このようにして得られた本発明の納豆菌プロテアーゼの結晶に基づいて得られる納豆菌プロテアーゼの三次元構造を用いれば、その活性中心の残基の正確な配置が明らかとなり、それによって改良型の酵素を得るために変異させるべき残基を絞り込むことができる。すなわち、本発明によれば、ランダム変異による確率的な変異操作に頼らず、部位特異的変異によって特定の残基を任意のアミノ酸に置換し、得られた少数の変異体について細かな比較検討を行って、基質との親和性などの優れた変異体を選抜することが可能となる。得られた納豆菌プロテアーゼの三次元構造に関する情報(三次元構造座標)は、コンピューターで操作可能な所定の形式で適当な記録媒体に収納することにより、納豆菌プロテアーゼの三次元構造座標データベースとして適宜に利用可能となる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明の特徴を更に具体的に説明するために実施例を示すが、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
実施例1:納豆菌プロテアーゼの精製
<粗酵素液の調製>
納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)を6リットルのカルシウム存在下のLB培地(バクトトリプトン1%(W/V)、酵母エキス0.5%(W/T)、NaCl0.5%(W/V)、)中で、37℃で2日振盪培養したのち、8,000r.p.m.で30分間の遠心分離操作により培地液上清を6リットル得た。回収したこの培養液上清を、終濃度10mM CaCl、50mM 酢酸ナトリウム(pH5.5)になるように調整し、その上清から成る粗酵素液6リットルを納豆菌プロテアーゼ含有する溶液として得た。
【0036】
<フェニル基固定疎水性カラムを用いる精製>
1mM CaClを含む50mM 酢酸ナトリウム緩衝液、pH5.5(緩衝液A)で平衡化したフェニル−セルロファイン(生化学工業社製)疎水性カラムに、上記の粗酵素液を通した後、該カラムを緩衝液Aで洗浄後、60%(v/v)プロピレングリコールを含む緩衝液A(緩衝液B)で吸着したタンパク質を溶出した。溶出液の波長280nmにおける吸光度(A280)を測定すると共に、プロテアーゼ活性として、合成基質N−スクシニルAla-Ala-Pro-Phep−ニトロアニリド(sAAPFpNA)に対する加水分解活性をpH8.0、25℃で測定した。この際、反応液中の405nmにおける吸光度変化を経時的に記録することにより、sAAPFpNAの加水分解により生じるp−ニトロアニリンの生成の初速度を求め、プロテアーゼ活性とした。その結果、図2のクロマトグラムに示すように、粗酵素液中の280nmの光を吸収する大部分の物質はカラムに吸着せず素通りしたが、納豆菌プロテアーゼの活性は素通り画分には認められず、60%プロピレングリコール溶出画分に認められた。図2に横線で示す範囲の活性画分を集め、納豆菌プロテアーゼのフェニル−精製画分とした。このクロマトグラフィーにより、A280 1当たりのプロテアーゼ活性は80倍に上昇し、活性回収率は40%であった。
【0037】
次に、デンシメトリーにより、蛋白質成分中のプロテアーゼ(セリンプロテアーゼ)の純度を測定した。よく知られているように、デンシメトリーは、物質の光学密度を測定することに基く定量法であり、蛋白質の定量には、適当な画像解析ソフトを利用して電気泳動バンドのデンシメトリー解析が行われる。本発明では、以下のように、粗酵素液およびフェニル−精製画分の電気泳動結果から、蛋白質成分中の当該プロテアーゼの純度を求めた:図3に粗酵素液(レーン1)及びフェニル−精製画分(レーン2)のSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動結果を示す。尚、レーン3には後述のSP−精製画分の電気泳動結果を示す。矢印はクマシーブリリアントブルーR250で染色された納豆菌プロテアーゼのバンドを示している。粗酵素液では該プロテアーゼの濃度が低いため、相当するバンドが認められなかったが、フェニル−精製画分ではメインバンドとして認められた。ImageJ(アメリカ国立衛生研究所NIH)(画像解析ソフト)を用いて、付属のマニュアルに従い、レーン1及びレーン2の泳動距離(ピクセル数)に対して光学密度値(グレイバリュー)をプロットした結果を図4に示す。フェニル−精製画分に見られるメインピークが該プロテアーゼの染色バンドを示すピークである。0.2〜2μgの標準プロテーゼ試料を同じゲルで泳動した結果、この量の範囲で、プロテアーゼ量に対して光学密度ピーク面積が比例することを確認した。フェニル−精製画分の該プロテーゼの含量は、そのピーク面積の全ピーク面積に対する比から全タンパク質の90%と推定された。これらの結果より、粗酵素液中の該プロテアーゼがフェニル−セルロファインカラムクロマトグラフィーのみにより、簡単でかつ効率よく精製及び濃縮されることが分かる。
【0038】
<陽イオン交換カラムを用いる精製と濃縮>
上記フェニル−精製画分は、−30℃で保存し、そのまま使用することが可能である。しかし、フェニル−精製画分は淡い黄色を呈しており、その吸収スペクトルを測定すると該プロテアーゼ由来の280nm付近の吸収の他、弱いながら350nm付近の吸収も有していることから、色素の混在が認められた。また、60%のプロピレングリコールを含んでいるために、このままでは、プロテアーゼの保存流通に適した凍結乾燥品の調製ができない。
そこで、納豆菌プロテアーゼのさらなる精製と濃縮を目的として、緩衝液Aで平衡化したスルフォプロピル基固定陽イオン交換カラム(HiTrap SP HP、GEヘルスケア)にフェニル−精製画分を供し、緩衝液Aでカラムを洗浄後、0.5M NaClを含む緩衝液Aで吸着した納豆菌プロテアーゼを溶出した。得られたプロテアーゼ濃縮画分をSP−精製画分とし、直ちに−80℃で凍結保存した。この陽イオン交換クロマトグラフィーにより、フェニル−精製画分に含まれていたプロピレングリコールと淡黄色の色素を除くことができ、波長280nm付近に極大吸収を有する無色透明の納豆菌プロテアーゼ溶液が得られた。また、このクロマトグラフィーにより、試料溶液の体積を1/30に減じ、該プロテアーゼ溶液を簡単に濃縮することができた。このSP−精製画分は、凍結乾燥し、長期間の冷蔵保存が可能である。
【0039】
実施例2:納豆菌プロテアーゼの精製と結晶化
<納豆菌プロテアーゼ含有溶液の精製>
実施例1と同様に納豆菌を培養して得られた粗酵素液(納豆菌由来のセリンプロテアーゼを含有する溶液)を、1mM CaClを含む10mM MES−NaOH緩衝液(pH6.0)で平衡化されたフェニル−セルロファイン(生化学工業社製)疎水性カラムに供し、同緩衝液で洗浄後、吸着した納豆菌プロテアーゼを50%(v/v) Ethylenglycolを含む同緩衝液で溶出することにより活性画分を得た。
このように得た活性画分に終濃度1mMのフェニルメタンスルホニルフルオリドを加え、納豆菌プロテアーゼを失活させた。失活させて得た溶液画分を、前記の1mM CaClを含む20mM MES−NaOH緩衝液(pH6.0)で平衡化されたHiTrapSPHP(GEHealthcare社製)陽イオン交換カラムに供し、同緩衝液でカラムを洗浄後、吸着した蛋白質を0〜200mMまでのNaClの直線濃度勾配により溶出した。得られた画分のSDS電気泳動を行うことにより納豆菌プロテアーゼ画分を同定した。この納豆菌プロテアーゼ画分を200mM NaCl、1mM CaClを含む20mM MES−NaOH緩衝液(pH6.0)で平衡化されたHiLoadSuperdex75pg 16/20(GEHealthcare社製)カラムに供しゲル濾過クロマトグラフィーを行った。得られたタンパク質画分のSDS電気泳動を行うことにより、納豆菌プロテアーゼを同定し、純化された納豆菌プロテアーゼ画分溶液を得た。この純化された納豆菌プロテアーゼ画分を遠心濃縮し、納豆菌プロテアーゼの濃度を20mg/mlとし、液体窒素中に急速凍結させ、−80℃に保存した。
【0040】
<納豆菌プロテアーゼの結晶化>
上記のようにして高純度に精製された納豆菌プロテアーゼを用いて、以下のように結晶化を行った。まず、納豆菌プロテアーゼの凍結保存溶液を溶解し、その濃度が10mg/mlとなるように純水で希釈し、ポアサイズ0.45μmの限外ろ過膜を通して得たろ液をサンプル溶液とした。一方、100mMのBis−Tris塩酸緩衝液(pH6.5)中で、ポリエチレングリコール6000の濃度が10%〜20%(W/V)の範囲内で5%刻みとなるように濃度調製した沈澱剤溶液を作った。この沈澱剤溶液に0.2Mの硫酸アンモニウム、及び5%(v/v)エタノールを加え、リザーバー溶液(母液)とした。
【0041】
結晶化は公知のハンギングドロップ法(蒸気拡散法の一種)により、以下の通り行った。まず、前記のリザーバー溶液を、組織培養用のリンブロ・プレート(Linbro plate、24穴)の各穴に500μlずつ入れた。次に、カバーグラスの中央に前記サンプル溶液を2μlのせ、すぐに同量(2μl)の前記リザーバー溶液を加え、手早く攪拌し、蛋白質溶液とした。最後にカバーグラスを静かに反転させ、穴の上に載せ、グリースにより密閉した。リザーバー溶液中には蛋白質溶液中の2倍の濃度のポリエチレングリコールが含まれる計算になるので、蛋白質溶液中の水は徐々に蒸発してリザーバー溶液中に拡散していく。また、蛋白質溶液中のポリエチレングリコール濃度は徐々にリザーバー溶液のそれに近づいていき、溶けきれなくなった蛋白質が徐々に結晶化した。そして4℃で1週間以上静置することにより結晶が成長し、前記ポリエチレングリコールの各濃度のものから、本発明の目的に適った、大きいもので約0.2×0.3×0.1mmに達する納豆菌プロテアーゼの結晶を得た(図5)。
【0042】
実施例3:納豆菌プロテアーゼの三次元構造の解明
<X線回折強度データの収集>
実施例2で得られた結晶にX線を当ててX線回折測定を行った。回折強度データを収集するためのX線の発生器には、理化学研究所播磨SPring-8の放射光を用い、また検出器としては、203mm×203mmのイメージングプレートを用いたSaturn A200((株)リガク製)を使用した。そしてX線回折実験に供する結晶としては、実施例1で得られた納豆菌プロテアーゼの結晶のうち、大きいサイズの単結晶を選定した。測定には0.2×0.3×0.1mm程度の大きさの結晶を供した。この結晶の光学顕微鏡により観察した図を図6に示す。前記した納豆菌プロテアーゼの結晶を、ゴニオメーター上に固定した。X線の波長は0.80Å、カメラ長は100.0mmとし、温度は100KでX線回折強度データの収集を行った。得られたX線回折強度データの処理はプログラム・プロセス(HKL2000)を用いた。イメージング・プレートにて検出された結晶のX線回折像の一部を図4に示す。
【0043】
得られたX線回折強度データの処理により、特定した結晶学的パラメーターは、次のとおりである:本発明による納豆菌プロテアーゼの結晶の属する晶系は、斜方晶系であり、空間群はP2であり、格子定数は格子定数がa=73.6±0.1Å、b=80.0±0.1Å、c=87.4±0.1Åであり、α=β=γ=90°である。また計算によって導き出される結晶の溶媒含有率は48.5%であり、非対称単位中に納豆菌プロテアーゼ分子を1分子含むものと推定された。また、X線回折強度データの分解能は1.36Åであり、側鎖の向きも含めた三次元構造の決定が可能なレベルにあった。さらに、測定した回折点の数は、結晶の空間群と格子定数から求められる理論値の100%であったことから、該結晶が1.36Åより高い分解能の回折点を観測可能な良質の結晶であることが明らかとなった。
【0044】
<電子密度図の作製およびモデリング>
上記のようにして得られたX線回折強度データに基づき、該結晶を構成する分子の電子密度図を導き出すため、分子置換法によって位相を決定した。
次に、得られた電子密度図に基づいて、プログラムcootを用いてモデリングして納豆菌プロテアーゼ2分子の三次元構造の構築を行った。構築した納豆菌プロテアーゼ2分子のモデルは、プログラムRefmac5.0を用いてさらに精密化した。そしてRefmac5.0による精密化とプログラムcootを用いた修正作業とを駆使して、構造の修正を繰り返した。精密化の指標となるR因子の値は13.93%まで下がった。
【0045】
以上の過程を経て得られたフェニルメタンスルホニルフルオリドで失活した納豆菌プロテアーゼの三次元構造のモデルを図7に示す。この三次元構造から、納豆菌プロテアーゼの活性中心の構造を正確に知ることができる。したがって、その三次元構造に基づいて活性中心及び活性中心近傍の残基をターゲットとした、部位特異的変異による酵素の改良が可能となり、効率的に部位特異的変異させた有用な変異型納豆菌プロテアーゼを得ることができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェニル基を固定した疎水性吸着カラムに納豆菌に由来するセリンプロテアーゼを含有する溶液を通して、当該プロテアーゼを前記カラムに吸着させることにより前記溶液中の不純物と分離し、吸着した前記プロテアーゼを溶出液で溶出させる工程を含むことを特徴とする、納豆菌に由来するセリンプロテアーゼの精製方法。
【請求項2】
疎水性吸着カラムがフェニル−セルロファイン(生化学工業株式会社製)カラムである請求項1に記載の納豆菌に由来するセリンプロテアーゼの精製方法。
【請求項3】
溶出液が、プロピレングリコール水溶液、エタノール水溶液、またはイソプロピルアルコール水溶液から選ばれる請求項1または2記載の納豆菌に由来するセリンプロテアーゼの精製方法。
【請求項4】
溶出した前記プロテアーゼに(a)共有結合型阻害剤を添加する、(b)pHを5付近にして活性を可逆的に阻害する、または(c)溶出した当該プロテアーゼの温度を氷点下に下げることにより、不活性又は活性不発現状態の当該プロテアーゼ溶液とする請求項1〜3のいずれかに記載の納豆菌に由来するセリンプロテアーゼの精製方法。
【請求項5】
プロテアーゼ溶液を、イオン交換クロマトグラフィー及び/又はゲル濾過を行うことにより当該プロテアーゼを更に高純度に精製することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の納豆菌に由来するセリンプロテアーゼの精製方法。
【請求項6】
塩化カルシウムおよび硫酸アンモニウムの存在下に、請求項4および請求項5に記載の方法により得られた納豆菌に由来するセリンプロテアーゼの溶液に、沈澱剤としてポリエチレングリコールを添加し、蒸気拡散法により結晶化することを特徴とする、納豆菌に由来するセリンプロテアーゼの結晶化方法。
【請求項7】
納豆菌に由来するセリンプロテアーゼであって、X線結晶構造解析によりその三次元構造を側鎖のレベルまで解明し得る品位を有することを特徴とする、納豆菌プロテアーゼの結晶。
【請求項8】
結晶の空間群がP2であり、格子定数がa=73.6±0.1Å、b=80.0±0.1Å、c=87.4±0.1Åであり、α=β=γ=90°である、請求項7記載の納豆菌プロテアーゼの結晶。
【請求項9】
納豆菌に由来するセリンプロテアーゼの精製物であって、蛋白質成分中の当該プロテアーゼの純度が90%以上であることを特徴とするセリンプロテアーゼ精製物。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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