説明

細径電線コード

【課題】耐屈曲性に優れ外力によって電気導通が遮断されにくい細径電線コードを提供する。
【解決手段】ポリベンザゾール繊維を芯部とし、芯部の外側に銅線を捲回して導体を形成し、さらに該導体の周りを熱可塑性樹脂で被覆してなる電線コードにおいて、前記ポリベンザゾール繊維が下記構造を有することを特徴とする細径電線コード。ポリベンザゾール繊維:ポリベンザゾールマルチフィラメント中の各モノフィラメント繊維の各断面についての下記の凸型率(%)が少なくとも75%である。凸型率(%)=(凸型断面繊維の本数/マルチフィラメントの構成本数)×100

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車用、電子機器用やオーディオ機器および電話コードさらにはスーパーコンピューターを代表とする電子計算機、パソコン、電話交換機、通信機器、携帯電話機、心臓ペースメーカー、写真機、補聴器、ビデオカメラ、マイクロマシーンなどの精密電子機器用途に使用される電線コードに関する。さらに詳しくは細径で且つ高い破断強力を有する細径電線コード関するものである。
【背景技術】
【0002】
電線コードの構造は比較的単純であるが使用される分野が広く、また使用状態も多様であり、これに対応すべく従来より、芯部を構成する素材の検討が行われてきた。例えば特許文献1では金属撚線をポリエステルやケブラー(アラミド系繊維:デュポン社製 商品名)等の繊維紐の上に横巻きした耐屈曲用電線を、また特許文献2ではアラミド繊維をテンションメンバーとし、この上に軟銅線を同心撚りして導体を形成し、該導体の上をさらに合成樹脂の絶縁体で被覆した細径電線を提案している。また、特許文献3および特許文献4は高強力ポリオレフィン系繊維を芯部に用いたハンダ付け作業性が改善された細径電線コードを提案している。
【0003】
【特許文献1】実開昭60−69420号公報
【特許文献2】実開平2−12113号公報
【特許文献3】特開昭63−175303号公報
【特許文献4】特開平1−107415号公報
【0004】
アラミド系繊維を芯部(テンションメンバー)に用いた細径電線においては、該繊維が高い強度を有することから細い繊度の糸条を用いて従来は得られなかった高強力の細径電線コードが得られる。しかし、該アラミド系繊維は一般的には加熱によって溶融せず、電線コードを機器類の端子にハンダ付けするに際して繊維末端が障害となりハンダ付け作業性が低下しやすいという欠点があった。加熱溶融性のポリエステル系繊維を芯部(テンションメンバー)に用いた場合、電線コードのハンダ付け性の悪さの問題は回避できるが、電線コードの引張強力の規格を満たすためには必然的に用いる繊維の繊度を大きくする必要があり電線コードの細径化には限界があった。
高強力ポリオレフィン系繊維を芯部に用いた場合に該繊維の優れた熱溶融性と高い引張強度のため前記したハンダ付け作業性および電線コードの細径化の問題は解消できる。しかしながら、高強力ポリオレフィン系繊維と銅線の間の静摩擦抵抗係数は低いため、該繊維からなる芯部の上に捲回した銅線は極めて滑りやすい。従って電線コードが極端な外力を受けた際には電線コード内の芯部が破断する前に銅線が破断し、電気の導通が遮断されるという欠点を有している。係る問題は芯部を構成する繊維と銅線との間の静摩擦抵抗係数を高めればよく具体的手段としては芯部を構成する繊維または/および銅線に静摩擦抵抗係数の高い樹脂を被覆すればある程度は解消できる。しかしながら、芯部または/および銅線に樹脂被覆処理を施すには専用の被覆設備が必要であり、また電線コードの生産性も低下する。したがって当然ながら製造コストの増大をきたす。またポリオレフィン系繊維は樹脂との接着性に難があり、芯部を樹脂で被覆する際、また銅線を捲回して導体に形成した後で樹脂を絶縁体として被覆する際において接着性、つまり層間剥離が問題になりやすい。
更に最近の電子機器のコンパクト化軽量化に伴って、電子回路の複雑化小型化もよりいっそう進んできた。このため、細径電線コードに対する要求特性として屈曲性の高さが新たに出てきた。従って、外力によって電気導通が遮断されにくく、且つ細径化が可能な繊維素材の開発が期待されていた。
この様に全芳香族ポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維およびポリオレフィン系繊維を電線コードの芯部として用いるには一長一短があり未だ前記要件を全て満たす繊維は工業的に生産されていないのが現状である。

【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、細径化電線コードの芯部(テンションメンバー)として好適な繊維素材を見出し、耐屈曲性に優れ外力によって電気導通が遮断されにくい細径電線コードを提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下の構成を採用する。すなわち、
1.ポリベンザゾール繊維を芯部とし、芯部の外側に銅線を捲回して導体を形成し、さらに該導体の周りを熱可塑性樹脂で被覆してなる電線コードにおいて、前記ポリベンザゾール繊維が下記構造を有することを特徴とする細径電線コード。
ポリベンザゾール繊維:ポリベンザゾール繊維:ポリベンザゾールマルチフィラメント中の各モノフィラメント繊維の各断面についての下記の凸型率(%)が少なくとも75%である。
凸型率(%)=(凸型断面繊維の本数/マルチフィラメントの構成本数)×100
2.前記モノフィラメント繊維の断面が、光学顕微鏡によって観察した際に、シース層とコア層の二層に識別可能であり、コア層の平均直径rの繊維断面直径rに対する比率R(%)が90%以下である請求項1に記載の細径電線コード。

【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、剛直さが改善されて屈曲耐久性が向上したポリベンザゾール繊維を芯部に用いているため、より強度および屈曲性(結節強度)に優れた細径電線コードとなり、回路の高集積化、複雑化、ハンダ付け性などの要求に対応可能な細径電線コードを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明で電線の芯部に用いるポリベンザゾール繊維とは、ポリベンザゾールポリマーよりなる繊維をいい、ポリベンザゾール(以下、PBZともいう)とは、ポリベンゾオキサゾール(以下、PBOともいう)、ポリベンゾチアゾール(以下、PBTともいう)、またはポリベンズイミダゾール(以下、PBIともいう)から選ばれる1種以上のポリマーをいう。本発明においてPBOは芳香族基に結合されたオキサゾール環を含むポリマーをいい、その芳香族基は必ずしもベンゼン環である必要はなく、ビフェニレン基、ナフチレン基などであってもよい。PBOは芳香族基に結合されたオキサゾール環を含むポリマーをいうが、その芳香族基は必ずしもベンゼン環である必要は無い。さらにPBOは、ポリ(p−フェニレンベンゾビスオキサゾール)のホモポリマーのみならず、ポリ(p−フェニレンベンゾビスオキサゾール)のフェニレン基の一部がピリジン環などの複素環に置換されたコポリマーや芳香族基に結合された複数のオキサゾール環の単位からなるポリマーが広く含まれる。このことは、PBTやPBIの場合も同様である。また、PBO、PBT及びPBIの二種またはそれ以上の混合物、PBO、PBT及びPBIの二種またはそれ以上のブロックもしくはランダムコポリマー及びこれらのポリベンザゾールポリマーの混合物、コポリマー、ブロックポリマーなども含まれる。
【0009】
PBZポリマーに含まれる構造単位としては、好ましくは、特定濃度で液晶を形成するライオトロピック液晶ポリマーから選択される。当該ポリマーは構造式(a)〜(h)に記載されているモノマー単位からなり、好ましくは、本質的に構造式(a)〜(d)から選択されたモノマー単位からなるものである。また、これらのモノマー単位において、アルキル基やハロゲン基などの置換基を有するモノマー単位を一部含んでもよい。
【0010】
【化1】

【0011】
【化2】

【0012】
ポリマーのドープを形成するための好適溶媒としては、クレゾールやそのポリマーを溶解し得る非酸化性の酸が含まれる。好適な酸溶媒の例としては、ポリ燐酸、メタンスルホン酸及び高濃度の硫酸或いはそれ等の混合物があげられる。更に適する溶媒は、ポリ燐酸及びメタンスルホン酸である。また最も適する溶媒は、ポリ燐酸である。
【0013】
ドープ中のポリマー濃度は好ましくは少なくとも約7質量%であり、より好ましくは少なくとも10質量%、特に好ましくは少なくとも14質量%である。最大濃度は、例えばポリマーの溶解性やドープ粘度といった実際上の取り扱い性により限定される。それらの限界要因のために、ポリマー濃度は通常では20質量%を越えることはない。
【0014】
本発明において、好適なポリマーまたはコポリマーとドープは公知の方法で合成される。例えばWolfeらの米国特許第4,533,693号明細書(1985.8.6)、Sybertらの米国特許第4,772,678号明細書(1988.9.22)、Harrisの米国特許第4,847,350号明細書(1989.7.11)またはGregoryらの米国特許第5,089,591号明細書(1992.2.18)に記載されている。要約すると、好適なモノマーは非酸化性で脱水性の酸溶液中、非酸化性雰囲気で高速撹拌及び高剪断条件のもと約60℃から230℃までの段階的または一定昇温速度で温度を上げることで反応させられる。
【0015】
この様にして重合されるドープは紡糸部に供給され、紡糸口金から通常100℃以上の温度で吐出される。口金細孔の配列は通常円周状、格子状に複数個配列されるが、その他の配列であっても良い。口金細孔数は特に限定されないが、紡糸口金面における紡糸細孔の配列は、紡出糸条(ドープフィラメント)間の融着などが発生しないような孔密度を保つことが肝要である。
【0016】
紡出糸条は十分な延伸比(SDR)を得るため、米国特許第5296185号に記載されたように十分な長さのドローゾーン長が必要で、かつ比較的高温度(ドープの固化温度以上で紡糸温度以下)の整流された冷却風で均一に冷却されることが望ましい。ドローゾーンの長さ(L)は非凝固性の気体中で固化が完了する長さが要求され、大雑把には単孔吐出量(Q)によって決定される。良好な繊維物性を得るにはドローゾーンの取り出し応力がポリマー換算で(ポリマーのみに応力がかかるとして)2.2g/dtex以上が望ましい。
【0017】
上記で得られたポリベンザゾールのドープフィラメント(延伸又は未延伸)は、凝固浴に浸漬する前に、ポリベンザゾールが非相溶性である液体の蒸気に接触させることが重要であり、この処理によって、ポリベンザゾールマルチフィラメントを構成する各モノフィラメント繊維の各断面が、円形に近い断面を形成しやすくなり、マルチフィラメント中での凸型率を75%以上に高くすることができる。
【0018】
本発明で用いるポリベンザゾール繊維の凸型率とは、ポリベンザゾール繊維のマルチフィラメント中の各繊維断面において、凸型断面の繊維がマルチフィラメント中に占める割合である。また、凸型断面とは、断面の輪郭線のどの場所で接線を引いても1点でしか接することができない形状であり、輪郭線の主要部に凹部やへこみを有さず、全体に凸型形状で、概ね円形と見做せるような断面である。凸型断面に該当しない断面とは、断面の輪郭線の主要部に凹部やへこみを有し、2点以上で共通の接線が引ける断面である(図1)。
本発明においては、概ね円形から真円に近い断面の繊維が75%以上であるため、繊維間の摩擦抵抗性が低減できる。凸型率は、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上である。
【0019】
本発明で用いるポリベンザゾール繊維の凸型率を高くする方法としては、繊維の断面の変形が大きくならないうちに、急速に凝固剤に接触させればよく、上記で得られたポリベンザゾールのドープフィラメント(延伸又は未延伸)を、凝固浴に浸漬する前に、ポリベンザゾールが非相溶性である液体、すなわち、凝固剤の蒸気などに積極的に接触させる蒸気処理を施す方法が推奨できる。
ポリベンザゾールの凝固剤としては、水、メタノール、エタノール、アセトン、エチレングリコールの少なくとも1種が好ましく、簡便性の点で、水がより好ましい。
【0020】
蒸気処理は、ドープフィラメントを前記の液体の蒸気を含む気体(空気)に積極的に接触させるため、ドープフィラメント中に凝固剤が繊維内部全体にわたって急激に浸透、拡散し、凝固核のようなものが繊維中心部方向に形成されるのではないかと考えられる。繊維化した後に繊維断面を観察すると、驚くべきことに、構造形成開始のタイミングの違いに基づいて発生したと考えられる境界線が認められ、いわゆる、シース・コアと表現できる二層の発現が認められる。凝固剤が中心部までよく浸透するほど、コア層は小さくなり、最終的には境界線が認められなくなる。なお、蒸気処理をしない従来の繊維においても、シース・コア構造は認められない。
【0021】
蒸気処理の温度は、凝固剤の種類によっても異なるが、水の場合は、水蒸気雰囲気の温度または噴きつける水蒸気の温度は50〜200℃が好ましく、さらに好ましくは60〜160℃である。50℃未満では強度を低下させる効果が小さくなる。一方、200℃を越えると糸切れが多発して生産性が著しく低下する傾向がある。水より低沸点の凝固剤であればより低温でもよく、水より高沸点の凝固剤であればより高温でもよく、沸点と蒸気圧とを考慮して適宜選定することができる。
蒸気相中の全気体成分に対する蒸気成分の含有率は、短時間処理のためには、50質量%以上であることが好ましく、より好ましくは60質量%以上、さらに好ましくは70質量%以上である。
【0022】
蒸気相温度が低すぎると、シース層の厚みが発達せず、逆に温度が高すぎるとシース・コア構造は発現するが、通過中のフィラメントの温度が上昇し、糸切れが多発する傾向がある。蒸気の含有率についても、低すぎるとシース・コア構造を発現しにくくなる。
蒸気処理する装置は、ドープフィラメントが蒸気に接触し、少なくとも表層部の凝固を進行させることができるものであればよく、連続式、非連続式、密閉形、非密閉形など特に限定されない。
【0023】
蒸気相を通過した後のフィラメントは、次に凝固(抽出)浴に導かれて、ポリベンザゾールの溶剤の抽出とフィラメントの完全な凝固がなされる。凝固浴は、特に限定されず、如何なる形式の凝固浴でも良い。例えばファンネル型、水槽型、アスピレータ型あるいは滝型などが使用出来る。最終的に凝固浴においてフィラメント中に残存する溶剤が1質量%以下、好ましくは0.5質量%以下になるように抽出する。本発明における抽出媒体として用いられる液体に特に限定はないが、好ましくはポリベンザゾールに対して実質的に相溶性を有しない水、メタノール、エタノール、アセトン、エチレングリコール等である。抽出液は燐酸水溶液や水が簡便で望ましい。また凝固(抽出)浴を多段に分離し燐酸水溶液の濃度を順次薄くし最終的に水で水洗する方法も採用できる。また、凝固(抽出)工程において、フィラメント束を水酸化ナトリウム水溶液などで中和処理して後、水洗することは好ましい方法である。この後乾燥、熱処理を施してシース・コア構造を持つ繊維とすることができる。
【0024】
こののち繊維を乾燥させ、更に必要に応じて熱処理工程を通す。乾燥温度はポリベンザゾールの凝固剤や溶剤が飛びやすい温度であれば特に限定されないが、具体的には150〜400℃、好ましくは200〜300℃、更に好ましくは220〜270℃とする。弾性率を向上させる目的で、必要に応じて張力下にて熱処理を施しても良い。熱処理温度については、400〜700℃、好ましくは500〜680℃、更に好ましくは550〜630℃とする。かける張力は0.3〜1.2g/dtex、好ましくは0.5〜1.1g/dtex、さらに好ましくは0.6〜1.0g/dtexである。
【0025】
本発明で用いるポリベンザゾール繊維におけるシース層とコア層との簡便な判別は、繊維断面を光学顕微鏡で観察することによって可能である。光学顕微鏡で繊維断面を40倍程度に拡大して観察すると、シース層とコア層の境界が円形の線として認められる。この円形の線の外側がシース層で、内側がコア層である。
【0026】
シース層が凝固剤蒸気の浸透に起因して形成された場合、シース層の厚みはできるだけ厚く、コア層の直径はできるだけ小さい方が好ましい。蒸気がよく浸透、拡散するような蒸気処理条件を選択すれば、コア層の比率が低くなり、ついにはコア層の比率は0%にすることができる。
本発明で用いるポリベンザゾール繊維において、コア層が占める割合、すなわち、繊維断面方向におけるコア層の平均直径(r)の、繊維断面直径(r)に対する比率であるR(%)は、90%以下であることが好ましく、より好ましくは80%以下、さらに好ましくは60%以下であり、0%に近づくことが最も好ましい。R(%)が90%を超えるとフィブリル化しやすく、耐屈曲性能が不十分になる傾向がある。
【0027】
本発明で用いるポリベンザゾール繊維がフィブリル化しにくく、屈曲に対する耐久性が向上する理由は明確ではないが、蒸気の作用でシース層の結晶の配向が適度に乱れて繊維表層の方向性や特定方向への応力集中が緩和され、フィブリル化が抑制されるためと推察できる。
【0028】
次に本発明におけるポリベンザゾール繊維を用いた細径電線コードについて説明する。
電線コードが外力によって電気導通に遮断を生じるのはコード内の芯部が破断する前に銅線が破断するからであり、特開平1−107415号公報によればこの銅線の破断は該電線コードを形成する芯部と銅線との間の静摩擦抵抗係数を少なくとも0.20以上にすればこの電気導通の遮断の問題は回避できるとしている。ポリベンザゾール繊維はこの要件を満たす繊維の一つであり、該繊維を使用すれば繊維または/および銅線に静摩擦抵抗係数の高い樹脂の被覆を施す必要はなく、樹脂を使用しないことで作業性ひいては製品価格の面で有利となる。またポリベンザゾール繊維は高強力ポリオレフィン系繊維に比して高い接着性を有しており樹脂を絶縁体として被覆した電線コードにおける接着性つまり層間剥離は高強力ポリオレフィン系繊維を使用した場合ほどには問題にならない。
【0029】
次に、本発明で用いるポリベンザゾール繊維の要件である単糸繊度について述べる。従来、非熱溶融性の繊維を芯部として該芯部の上に銅線を捲回して成る電線コードは機器側端子にハンダ付けするに際して迅速な作業性とハンダ付け部の健全性に難があるとされてきた。この問題を解決する手段の一つに加熱溶融性の有機合成繊維の使用がある。しかし、本発明者等は非熱溶融性の繊維を芯部とした電線コードでも芯部を構成する繊維の単糸繊度を可及的に細くし、且つ使用する繊維量を低減させれば実用上なんら問題を生じないことを見いだした。即ち、本発明の重要な構成要件の一つは単糸繊度が1.1dtex以下のポリベンザゾール繊維を電線コードの芯部にテンションメンバーとして配置することである。単糸繊度が1.1dtexを越えると該コードを機器側の端子にハンダ付けするに当たって該コードの中心位置から突出した繊維束の柔軟性が低下するためハンダ付け作業性やハンダ付け部の接触不良は改善できない。芯部に用いる繊維の単糸繊度に下限はなく可及的に細いことが好ましい。しかしながら紡糸技術の難易度および紡糸生産を考慮して適宜設定すればよい。
【0030】
電線コードには外径の規制があり、且つ一定以上の破断強力が要求される。例えばイヤホーン等の用途分野では電線コード径が1mm以下の場合、3500g以上の引張強力が必要とされており、コード中での芯部の繊維の強力利用率を0.87と仮定すると芯部を構成する原繊維の引張強度(TS)と該繊維の総繊度(dtex)の間には下記式1の関係が成立することが好ましい。
TS x 1.1dtex ≧4000g (式1)
【0031】
この関係式から、電線コードの引張強力が4000g以上となるように芯部を構成する繊維の引張強度と総繊度を設定すればよく、このことはテンションメンバーとして用いる繊維の引張強度が高ければ総繊度は下げることが可能であり、ひいてはコードの細径化につながることを意味している。かかる観点からテンションメンバーとして使用する繊維の引張強度は重要な要件の一つではある。本発明においては少なく4.0GPa 以上の引張強度を有するポリベンザゾール繊維を用いることが電線コードの細径化の面から好ましい。引張強度が4.0GPa未満であると後述するように導線に必要な強力(例えばイヤホーンコードでの引張強力は3500g)を得るための繊維の繊度は必然的に大きくなり、電線コードの細径化はしにくくなるが、ポリベンザゾール繊維がフィブリル化が抑制され、柔軟性や結節強度が向上したものであれば、引張強度の下限は3.2GPa、好ましくは3.5GPaであれば、高集積化、複雑化、ハンダ付け性などの要求に対応した電線コードとすることが可能である。
【0032】
前記した如く電線コードは外径に規制があり、例えばイヤホーン等の製品規格としてはコード径が1.0mm以下であることが要請されている。例えば電線コード径が1.0mmの場合の標準的な熱可塑性樹脂被覆層厚さを300μm 、標準的な銅線捲回層厚さを60μm としてテンションメンバー繊維束の太さ(直径)を算出すると280μm になる。この見掛け繊維束径をポリベンザゾール繊維の繊度に換算すると935dtexデニールに相当する。この繊度以下で且つ一定以上の引張強力(例えば4000g以上)を有するポリベンザゾール繊維を用いるならば直径が1.0mm以下に細線化された電線コードを得ることが可能になる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を更に実施例によって詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0034】
<極限粘度>
メタンスルホン酸を溶媒として、0.5g/lの濃度に調製したポリマー溶液の粘度をオストワルド粘度計を用いて25℃恒温槽中で測定した。
<繊維繊度>
単糸繊度は温度20℃、湿度65RH%の雰囲気中で24時間調整した試料につきデニコン[サーチ(株)製]を使用して試料長50mm、本数20で測定を行い、算術平均値を求めた。総繊度は前記条件で調整された試料をラップリールに10m巻きとって質量を測定し、これを9000mの質量に換算して求めた。
【0035】
<繊維断面観察の方法>
サンプル繊維をエポキシ樹脂(ガタン社製のG−2)に胞埋したものを、クロスセクションポリッシャー(日本電子(株)製 SM−09010)にてアルゴンイオンエッチングして、観察用繊維断面を得た。次いで、光学顕微鏡によってコア層とシース層との境界線を観察し、コア層の平均直径(r)と繊維断面直径(r)とを測定し、コア層の平均直径(r)の繊維断面直径(r)に対する比率R(%)を求めた。
R(%)=(r/r)×100
【0036】
<凸型率>
上記方法にて作成したエポキシ樹脂に胞埋したマルチフィラメント中の繊維断面を走査電子顕微鏡で、繊維の外輪郭の形を観察した。なお、観察前にカーボン蒸着を施し、日立社製走査電子顕微鏡(型番S−4500)を使用し、加速電圧は5〜10kV、倍率は1000〜3000倍にて観察した。
断面の輪郭線のどの場所で接線を引いても1点でしか接することの出来ない場合を凸型断面とし、輪郭線の2点以上で共通の接線が引ける場合を、凹部を有する断面とした。マルチフィラメント中における凸型断面の繊維の割合を算出した。
凸型率(%)=(凸型断面繊維の本数/マルチフィラメントの構成本数)×100
【0037】
・屈曲性の評価(相対結節強度比の測定):
標準状態(温度:20±2℃、相対湿度(RH)65±2%)の試験室内に24時間以上放置後、繊維の引張強度、弾性率、結節強度を、JIS L 1015に準じて引張試験機にて測定した。なお、結節強度は、試料のつかみ間隔の中央に、Z撚りの本結びを1個作った状態で、引張試験して測定した。相対結節強度比は下記の式を用いて求めた。
相対結節強度比率E(%) =(結節強度/繊維強度)×100

【0038】
<コードの引張特性>
JIS L 1013に準拠してオリエンテック(株)社製テンシロンを用い、つかみ間隔20cm、引張速度100%/min、n=10の測定を行い、パソコン処理によって引張特性を求めた。
【0039】
<結節強力の測定方法>
試料のつかみ間隔の中央にZ撚りの本結びを1個作った状態で、上述の引っ張り強度試験法に準拠して測定して結節強度を評価した。
【0040】
<ハンダ付け性の評価方法>
半田付けの良否を目視により判定した。
【0041】
(比較例用繊維の製造)
極限粘度〔η〕が29dl/gのポリ(p−フェニレンベンゾビスオキサゾール)(以下、PBOと略記)をポリリン酸に溶解させた紡糸ドープ(PBO濃度14質量%)を用いて、単糸フィラメント径が11.5μm、1.65dtexになるような条件で紡糸を行った。
すなわち、紡糸ドープを紡糸温度175℃で孔径0.20mm、孔数166のノズルから紡出し、紡出されたドープフィラメントをクエンチ温度60℃のクエンチチャンバー内を通過させて冷却し、クエンチチャンバーを通過後、マルチフィラメントに収束させながら第1凝固・洗浄浴中に浸漬し、フィラメントを凝固させた。その後、フィラメント中の残留リン濃度が5000ppm以下になるまで水洗し、1%NaOH水溶液で5秒間中和し、さらに10秒間水洗した。その後、水分率が2%になるまで乾燥させて巻き取って評価用の繊維を得た。得られた比較例用繊維の断面測定の結果、R値は100%、凸型率は72%であった。
【0042】
(実施例用繊維の製造)
比較例用繊維の製造装置において、クエンチチャンバーの出口に内径5mm、長さ1mの筒を設置し、筒内に水蒸気を導入して筒内を水蒸気雰囲気で満たし、マルチフィラメントを筒内に通過させたことが異なる以外は比較例1と同様にして評価用の繊維を得た。
なお、筒の周囲はヒーターで加熱し、水蒸気温度を制御した。満たした水蒸気の温度は75℃の飽和水蒸気とし、マルチフィラメントが水蒸気雰囲気を通過する時間は0.3秒となるようにした。
得られた実施例用繊維の断面は、R値が51%、凸型率が83%であった。
【0043】
[実施例1及び比較例1]
実施例用及び比較例用に製造されたそれぞれのポリベンザゾール繊維を芯部(テンションメンバー)に用い、該芯部の上にウレタン被覆した無酸素銅線束14本を捲回して複合導線を形成した。次いで該複合導線にポリ塩化ビニル樹脂(PVC)被覆を施してイヤホーンコードを作成した。得られたイヤホーンコードについてハンダ付け性、コード径等を評価した。評価結果を表1に示した。
【0044】
[参考例1]
市販のアラミド繊維を使用すること以外は実施例1と同じ方法で細径電線コードを得た。評価結果を表1に示す。
[実施例2]
実施例1で作成したヤーンから分繊してモノフィラメントを取り出したものを芯に、直径5μmの銀線を巻き付けたものにウレタン樹脂を吹き付けて細径電線コードを得た。評価結果を表1に示す。
【0045】
[参考例2]
ポリベンザゾール繊維を使用することに変えて、参考例1で用いた市販のアラミド繊維から分繊してモノフィラメントを取り出したものを用いること以外は実施例1と同じ条件で細径電線コードを得た。評価結果を表1に示す。
【0046】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明で得られた細径電線コードは、強度および耐屈曲性(結節強度)に優れた細径電線コードであり、回路の高集積化、複雑化、ハンダ付け性などの要求に対応可能であり、電気、電子機器分野でのコードとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明で用いるポリベンザゾール繊維の断面の凸型断面の例と本発明で用いない凹部を有する断面(凸型断面でない断面)の例を示す説明図である。
【図2】本発明におけるポリベンザゾール繊維断面のシース・コアの一例を示す模式的説明図である。
【符号の説明】
【0049】
:繊維断面直径
:コア層の直径



【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリベンザゾール繊維を芯部とし、芯部の外側に銅線を捲回して導体を形成し、さらに該導体の周りを熱可塑性樹脂で被覆してなる電線コードにおいて、前記ポリベンザゾール繊維が下記構造を有することを特徴とする細径電線コード。
ポリベンザゾール繊維:ポリベンザゾールマルチフィラメント中の各モノフィラメント繊維の各断面についての下記の凸型率(%)が少なくとも75%である。
凸型率(%)=(凸型断面繊維の本数/マルチフィラメントの構成本数)×100
【請求項2】
前記モノフィラメント繊維の断面が、光学顕微鏡によって観察した際に、シース層とコア層の二層に識別可能であり、コア層の平均直径rの繊維断面直径rに対する比率R(%)が90%以下である請求項1に記載の細径電線コード。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−66105(P2008−66105A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−242646(P2006−242646)
【出願日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】