説明

細胞のモニタリング及び分子解析

【課題】細胞培養物及びそれらの分子内容物をリアルタイムで解析するための方法を提供する。
【解決手段】センサー表面上に細胞型と化合物を提供し、前記化合物による前記細胞の処理の後、前記センサー表面を使用して、リアルタイムで、前記細胞の時間依存的な表現型サイン(phenotypical signature)をモニタリングし、前記時間依存的な表現型サインと、同一若しくは類似する細胞型において得られた所定の表現型サインとをリアルタイムで比較し、その所定の表現型サインが、少なくとも1つの第一の特異的特性(characteristic feature)を含み、そして、モニタリングされた、前記時間依存的な表現型サインにおける前記特異的特性が発生した場合に、前記センサー表面上の前記細胞の分子内容物の少なくとも一部分を解析することを含む、時間分解された(time resolved)細胞解析のための方法。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
遺伝子の発現パターンの変化は、市販の遺伝子チップマイクロアレイ技術(例えば、Affymetrix、Illumina 又は NimbleGen)を使用したゲノムワイドな発現プロファイリングにより判定され得る。理想的には、化合物投与後の異なるタイムポイントで2つの実験条件(非処理対化合物処理)下で発現するmRNAの相対量を測定することにより、その化合物に応答する細胞の変化の鳥瞰図が作り出される。mRNAの存在度を測定するための近代の低性能なアプローチは、定量的リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(q−RT−PCR)、例えばRoche Diagnostics GmbH のLightStar(登録商標) System等により提供される。これにより、DNA/cDNA(mRNAから逆転写されたもの)サンプル中の特定の配列の検出及び定量(コピーの絶対数、又は内部参照細胞中に相対的に定常的に発現しているようなハウスキーピング遺伝子のコピー数により正規化される場合には相対量等)が可能となる。定量的データ、複数のプロジェクト間の再現性、及び比較可能性が必要とされるときは、マイクロアレイから生産されたデータを評価するために、又は特定の、若しくは予め設定された転写レベルを定量するために、q−RT−PCRは究極の判断基準である。従って、この方法は、マイクロアレイ実験から産出されたデータを再現及び評価するために、又は発現プロファイリング技術としてq−RT−PCR単独を基礎とする、仮説に基づく大スケール若しくは小スケールの発現スクリーニング(例えば機能関連遺伝子の特定のパネル(panel))のために使用され得る。高性能DNAマイクロアレイは、q−RT−PCRにおけるような定量的正確性を欠いているが、ほぼ同じ時間でq−RT−PCR数ダース分の遺伝子発現を測定し、あるいはDNAマイクロアレイを使用して全ゲノムを測定する。従って、候補遺伝子を同定するために半定量的DNAマイクロアレイ解析実験が遂行され、そして幾つかの最も関心を引いた候補遺伝子についてq−RT−PCRが遂行され、そのマイクロアレイの結果を評価することが、しばしば妥当である。高感度かつ特異的な遺伝子発現プロフィールの生産が可能であることは、特に薬物候補の同定及び薬物耐性メカニズムの解明において必須なものである。
【0002】
しかしながら、この種の実験系を使用する広範囲、或いは大スケールの発現プロファイリングは、時間と費用が嵩む。遺伝子発現解析の正しいタイムポイントを判定し設定することはしばしば困難であり、そして化合物処理後の無作為に選択されたタイムポイントで複数の実験が行われる必要がある。しかしながら、発現プロファイリング実験は、金銭的な制約により、単一遺伝子について、所定のタイムポイントで同一の条件下でされる少数の実験に、又は異なる条件下でされる少数の実験に、又は異なるタイムポイントで様々な条件下でされる少数の実験に制限される。結果的に、このことにより、実験の統計的検出力が低下し、その実験が重要な遺伝子発現の微妙な変化を同定することが不可能となる。
【0003】
通常、RNAレベルの遺伝子発現プロファイリングは、多工程の手順により日常的にモニタリングされる。第一に、各細胞サンプルは、培養容器から取り出される。接着性の細胞である場合は、接着性の細胞を固相表面から剥離させるために、収穫はトリプシン処理(トリプシン−EDTA溶液による処理)により補助される。第二に、回収された細胞はペレットにされ、そして細胞溶解に供される。通常第三の工程としては、サンプル中に存在する全RNA又はmRNAを少なくとも部分的に精製することが必要である(EP 0 389 063)。その後、AMV又はMMuLV逆転写酵素(Roche Applied Science)等のRNA依存性DNAポリメラーゼを用いて、第一鎖cDNA(first strand cDNA)合成工程が遂行される。
【0004】
続いて、生産されたcDNAの量は、定量PCR(Sagner, G., and Goldstein, C., BIOCHEMICA No: 3(2001) 15-17)の方式により、あるいは増幅及びその後のDNAマイクロアレイ上へのハイブリダイゼーション(Kawasaki, E.S., Ann. N.Y. Acad. Sci. 1020(2004)92-100)の方式により定量される。PCRの場合は1工程RT−PCRが遂行され得て、これは、第一鎖cDNA合成及びその後の増幅が、T.th Polymerase(Roche Applied Science Cat. No. 11 480 014)等の同一のポリメラーゼにより触媒されることを特徴とする。
【0005】
伝統的なリアルタイムRT−PCR又はqRT−PCRは、材料の損失を引き起こし得る手順でRNAが最初に細胞から単離される。CellsDirect cDNA Synthesis System(Invitrogen Cat No. 11737-030)を使用することにより、最小の操作で、及びサンプルの損失を伴わず、1本のチューブ中で細胞が溶解され、そしてその溶解物からcDNAが生産される。DNase Iは、第一鎖を合成する前にゲノムDNAを排除するために添加される。合成後、その第一鎖cDNAは、間に有機溶媒抽出又はエタノール沈殿等を要さず、直接qPCRに移行され得る。このキットは、1〜10,000個の範囲の、少数の細胞サンプル用に最適化されている。
【0006】
生細胞を基礎とする細胞解析の分野内において、核酸又はタンパク質レベルの分子内容物(molecular content)の解析に先立つリアルタイムのモニタリングは、主に光学技術を使用して遂行される。これらの光学技術の多くは、面倒な標識手順及び固定を必要とする終点アッセイ(endpoint assay)である。通常これらの固定工程は、更なる下流の解析を阻害する。スクリーニングの適用(例えば、細胞型が固定され化学刺激が異なるスクリーニング、又は化学刺激が固定され細胞型が異なるスクリーニング)において、光学技術から取得され得る細胞情報の量は制限され、その結果、ある下流解析のためのある細胞刺激の後のタイムポイントは、一般に、経験値により定められ、生細胞のリアルタイムのモニタリングにより定められない。
【0007】
この実験方針は、前記下流解析が早期に、即ち刺激に基づく期待される反応が起こる前に、又は甚だ遅く、即ち刺激に基づく期待される反応が既に減衰した後に遂行されるリスクを呈する。更に、この終点方針は、生細胞のある中間反応を看過する場合がある。
【0008】
接着、形態、運動、増殖及び生存等の細胞特性の継続的なモニタリングは、どんな質及び程度であろうと、細胞挙動の薬物誘導による変化と、観察される細胞効果(cellular effect)に潜在的に関与する遺伝子発現の先行する、又は同時に起こる変化とを関連付けることにより、適切なタイムポイント(単数又は複数)の判定を可能とする。また、この方法により、通常は接着、運動、及び形態の変化を基礎とする極めて急速な、そしてしばしば単時間で終了する細胞効果と、細胞の分裂、アポトーシス、及び代謝を含み、主として遺伝子発現の調製を基礎とする生存及び/又は増殖の変化を要因とする緩慢な、そしてより長時間持続する効果とを峻別することも可能である。
【0009】
細胞解析分野の当業者に既知である、より高い解析内容を提供する光学的技術は、インピーダンス測定である。ここで、細胞は電極アレイ上に播種され、そしてリアルタイムの電気刺激を使用して、細胞の性状が解析され得る。インピーダンス測定を基礎とする細胞解析用の市販のシステムは、例えば、Roche Diagnostics GmbHのxCELLigence(登録商標)が挙げられる。
【0010】
細胞のリアルタイムのモニタリングと細胞の分子内容物を解析する技術の組合せは、ある化合物による処理に対する応答における細胞の変化のタイムポイント、及び適切な時間になされる分子解析の同時適用についての情報が、その効率を向上させ、ワークフローを高め、そして大スケール及び小スケールの発現プロファイリング研究のコストを減少させるという利点を提示する。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、培養細胞及びそれらの分子内容物をリアルタイムで解析するための方法を提供する。より具体的には、本発明は、前記細胞の分子内容物の解析を遂行するための合理的なタイムポイントを見出すために、ある種の刺激に対する細胞のリアルタイムでの細胞応答をモニタリングするための方法を提供する。
【0012】
本発明の1の側面は、
a)センサー表面上に細胞型を提供し、
b)化合物を提供し、
c)前記化合物による前記細胞の処理の後、前記センサー表面を使用して、リアルタイムで、前記細胞の時間依存的な表現型サイン(phenotypical signature)をモニタリングし、
d)工程c)においてモニタリングされた前記時間依存的な表現型サインと、同一若しくは類似する細胞型において得られた、又は同一若しくは類似する構成要素において得られた所定の表現型サインとをリアルタイムで比較し、その所定の表現型サインが、少なくとも1つの第一の特異的特性(characteristic feature)を含み、そして、
e)工程c)においてモニタリングされた、前記時間依存的な表現型サインにおける前記特異的特性が発生した場合に、前記センサー表面上の前記細胞の分子内容物の少なくとも一部分を解析する
ことを含む、時間分解された(time resolved)細胞解析のための方法に関する。
【0013】
細胞が少なくとも部分的にセンサー表面に接着し、そして細胞の密集した単層膜を形成する傾向があるものであれば、任意の種類の細胞が本発明全体に使用され得る。必要な場合、細胞の接着性を高めるために、センサー表面は、本発明の方法で解析されるべき細胞に依存して、ある種の材料でコーティングされ得る。
【0014】
センサー表面の感度はその表面からの距離に応じて低下するので、本発明の方法は、非接着細胞については限定的な適用可能性しか有しない。非接着細胞、又は接着が弱い細胞を解析すべきときは、そのセンサー表面は、そのセンサー表面への接着性を高める材料でコーティングされる必要がある。これらの材料は当該技術分野で既知であり、そしてポリ−L−リジン、コラーゲン、ゼラチン、又はフィブロネクチン等の正に荷電した物質を含む。
【0015】
化合物に関しては、細胞に影響を与える全ての化学物質が使用され得るが、その影響は少なくとも部分的に細胞の形態、細胞の接着、分裂速度及び/又は細胞の接着の変化を引き起こさなければならない。これらの種類の変化は、センサー表面によりリアルタイムでモニタリングが可能だからである。
【0016】
「時間依存的な表現型サイン」という句は、本発明全体において、そのセンサー表面が、ある化合物による処理に対する応答における細胞挙動を表現型のレベルでモニタリングするために使用されることを強調するために使用される。しかしながら、当業者は、あるモニタリングされた細胞の表現型の変化が、それらの基礎を遺伝子のレベルに有し得ることを認識し得る。
【0017】
ある集団の細胞が、ある化合物により異なった応答をし得る場合であっても、それらの応答が少なくとも上位のレベルで類似していることが考えられる。例えば、その化合物は細胞の接着に関与し、細胞分裂に影響し、又は細胞死を引き起こすものであり得る。従って、細胞の時間依存的な表現型サインは、類似点を探すことにより、細胞の更なる解析のための適切なタイムポイントを評価するために使用され得る。
【0018】
細胞の更なる解析のための適切なタイムポイントは、特異的特性を探しながら、リアルタイムで表現型サインをモニタリングすることにより同定される。従って、実際の試験に先立ち、前記特異的特性を知ることが必要である。その知得された特異的特性は、本発明のいわゆる所定の表現型サインの部分であり、そしてその所定の表現型サインは、本発明のコントロール測定を示す。
【0019】
実際の試験と所定の表現型サインとの間で比較可能性を有するためには、細胞型又は化合物のいずれかが同一又は少なくとも類似であることが有利である。
【0020】
本発明は、例えば前記細胞の遺伝子レベル等、各変化を表示するものを提供する特異的特性のための表現型サインを走査することを基礎とする。当業者は、全ての表現型の変化が遺伝子の原因を有するわけではなく、そしてある場合は、遺伝的な変化と表現型の変化との間に一定の時間差が存在し得ることを明確に認識し得る。
【0021】
これらの基本原則は、本発明の解析能力から利益を受けるために考慮される必要がある。ある表現型の変化の原因が遺伝子的な変化であるとしても、前記表現型サインが検出されない限り、その間にその遺伝子のレベルも変化してしまう場合がある。従って、特定の表現型サインを検出した後に測定された遺伝子のレベルは、表現型の変化が引き起こされた時点における遺伝子のレベルとは相違する場合がある。
【0022】
本発明のもう一の側面は、
a)任意的にカオトロピック剤を含む、溶解緩衝液、
b)PCRを基礎とする、前記細胞の遺伝子発現解析を遂行するための試薬、
c)所定の表現型サインのセットを、対応する時間依存的な所定の遺伝子発現プロフィールと共に含むデータベース
を含む、本発明に係る細胞の時間分解された遺伝子発現解析のためのキットである。
【0023】
本発明のそのようなキットは、細胞の時間分解された遺伝子発現解析を遂行するために必要な構成、即ち細胞の溶解のための、又はPCR増幅を基礎とする遺伝子発現解析のための試薬、及び関連する時間依存的な所定の遺伝子発現プロフィールと連結した所定の表現型サインを含むデータベースの全てを含む。
【0024】
そのようなキットに関して、細胞解析装置(例えばRoche Diagnostics のxCELLigence(登録商標)システム Cat. No. 05228972001)、サンプル調製装置(例えばRoche DiagnosticsのMagNAPure (登録商標)システム Cat. No. 03731146001 又はCat. No. 05197686001)、及びPCR装置(例えばRoche DiagnosticsのLightCycler(登録商標)システム Cat. No.04484495001 又はCat. No. 05015278001 )等の必要なハードウェア設備を有する当業者は、本発明に係る、細胞の時間分解された解析のための方法を遂行することが出来る。
【0025】
本発明のなおももう一の側面は、
a)細胞の時間依存的な表現型サインを、リアルタイムでモニタリングするための細胞解析装置、
b) 所定の表現型サインのセットを、対応する時間依存的な所定の分子プロフィールと共に含むデータベースであり、その所定の表現型サインが、それぞれ少なくとも1つの第一の特異的特性を含み、そして
c)細胞解析装置によりリアルタイムでモニタリングされた前記時間依存的な表現型サインと、前記データベースの所定の表現型サインとを比較するためのコンピュータープログラム
を含む、本発明の方法を遂行するためのシステムである。
【0026】
Roche Diagnostics GmbHのxCELLigence(登録商標)システム等の標準的な細胞解析装置は、その細胞解析装置と、多数のある表現型サインを含むデータベース、及び実際の実験とデータベースの特徴との比較を遂行する1つの適切なコンピュータープログラムとを組み合わせることにより、本発明のシステムに転換され得る。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】MCF7細胞のRTCAパクリタキセル試験の全経過を示す正規化された細胞指数(CI)の値のプロット及び参照曲線(実線)。
【0028】
【図2】異なるタイムポイントにおけるMCF7細胞のパクリタキセル誘起性の遺伝子発現制御を表す柱状図。
【0029】
【図3】細胞指数の値がパクリタキセルが添加された時点で正規化された、HT29細胞の細胞増殖曲線。A)細胞増殖プロフィールは、初期の細胞接着及び対数増殖相を示す。処理の時点は、黒色の (下の曲線はパクリタキセル、中央の曲線はDMSO、上の曲線は培地のみ)で示される(下の曲線はパクリタキセル、中央の曲線はDMSO、上の曲線は培地のみ)。B)パクリタキセルを添加した時点(黒色の実線)及びRNAを単離下時点(三角形)が示される。パクリタキセルで処理された細胞の入ったウェルの細胞指数(下の曲線)は、処理後24時間でほぼ0となる。
【0030】
【図4】パクリタキセル処理後4時間の間に記録された細胞指数と1、2、及び4時間後に収得されたWST−1データとを比較したもので、RNA解析が早期の時点でされる必要があることを示す。パクリタキセルによる処理は、時点0で行われた。
【0031】
【図5A】パクリタキセル処理後1時間の時点で、RealTime Ready Human Apoptosis Panel 96 を使用して計算され、そしてプロットされた、パクリタキセルで処理されたサンプルとコントロール(DMSO)との遺伝子発現の比率。
【0032】
【図5B】パクリタキセル処理後2時間の時点で、RealTime Ready Human Apoptosis Panel 96 を使用して計算され、そしてプロットされた、パクリタキセルで処理されたサンプルとコントロール(DMSO)との遺伝子発現の比率。
【0033】
【図5C】パクリタキセル処理後4時間の時点で、RealTime Ready Human Apoptosis Panel 96 を使用して計算され、そしてプロットされた、パクリタキセルで処理されたサンプルとコントロール(DMSO)との遺伝子発現の比率。
【0034】
【図5D】パクリタキセル処理後24時間の時点で、RealTime Ready Human Apoptosis Panel 96 を使用して計算され、そしてプロットされた、パクリタキセルで処理されたサンプルとコントロール(DMSO)との遺伝子発現の比率。
【0035】
【図6】発現レベルが顕著に変化した(>4倍)遺伝子の選別。
【0036】
【図7A】パクリタキセル処理後1時間の時点で、RealTime Ready Human Cell Cycle Panel 96 を使用して計算され、そしてプロットされた、パクリタキセルで処理されたサンプルとコントロール(DMSO)との遺伝子発現の比率。
【0037】
【図7B】パクリタキセル処理後2時間の時点で、RealTime Ready Human Cell Cycle Panel 96 を使用して計算され、そしてプロットされた、パクリタキセルで処理されたサンプルとコントロール(DMSO)との遺伝子発現の比率。
【0038】
【図7C】パクリタキセル処理後4時間の時点で、RealTime Ready Human Cell Cycle Panel 96 を使用して計算され、そしてプロットされた、パクリタキセルで処理されたサンプルとコントロール(DMSO)との遺伝子発現の比率。
【0039】
【図7D】パクリタキセル処理後24時間の時点で、RealTime Ready Human Cell Cycle Panel 96 を使用して計算され、そしてプロットされた、パクリタキセルで処理されたサンプルとコントロール(DMSO)との遺伝子発現の比率。
【発明を実施するための形態】
【0040】
発明の詳細な説明
本発明の一の側面は、
a)センサー表面上に細胞を提供し、
b)化合物を提供し、
c)前記化合物による前記細胞の処理の後、前記センサー表面を使用して、リアルタイムで、前記細胞の時間依存的な表現型サインをモニタリングし、
d)工程c)においてモニタリングされた前記時間依存的な表現型サインと、同一若しくは類似する細胞型において得られた、又は同一若しくは類似する構成要素において得られた所定の表現型サインとをリアルタイムで比較し、その所定の表現型サインが、少なくとも1つの第一の特異的特性を含み、そして
e)工程c)においてモニタリングされた、前記時間依存的な表現型サインにおける前記特異的特性が発生した場合に、前記センサー表面上の前記細胞の分子内容物の少なくとも一部分を解析する
ことを含む、細胞の時間分解された解析のための方法に関する。
【0041】
本発明の好ましい一の方法は、工程e)における前記特異的特性が生じた後、分子内容物の解析を遂行するために、少なくとも一部の細胞が前記センサー表面から回収される方法である。
【0042】
特異的特性が生じた後に使用されるべき解析手順に依存して、細胞集団の一部又は全体がセンサー表面から回収されることが必要となる場合がある。しかしその一方で、センサー表面上で直接遂行され得る他の解析方法が存在する。そのような解析手順は、例えば光学的、又は電気的技術を含む。
【0043】
細胞がセンサー表面から回収されるとき、それはセンサー表面が生産するシグナルに影響を与え得て、故に細胞の時間依存的な表現型サインのリアルタイムでのモニタリングは続行できない。従って、細胞のモニタリングが2つ以上のイベントを探索するために遂行され、それぞれがその特異的特性により表されるとき、イベント数分の同一のアッセイが遂行される必要がある。言い換えると、1つのアッセイが細胞の継続的なモニタリングのために提供され、そして1つのアッセイが細胞の採取を基礎とする追加的な解析が必要なそれぞれの予想されるイベントのために提供される。
【0044】
マルチウェルプレートの個別のウェル中で複数のアッセイが準備されることにより2つ以上のアッセイが好ましく行われる場合、そのマルチウェルプレートは、6ウェル、24ウェル、96ウェル、384ウェル、又は1536ウェルの様式のものが使用され得る。
【0045】
センサー表面上で直接遂行される追加的な解析の場合、2つの異なるシナリオが考えられる。追加的な解析が侵襲的なものであるとき、その状況は細胞を回収する場合と同様である。一方、追加的な解析が非侵襲的なものであるとき、特定の状況下においては細胞のリアルタイムでのモニタリングが継続され得る可能性がある。例えば、非侵襲的なモニタリングを行うために、前記モニタリングに加えて追加的な解析技術が遂行される必要がある。
【0046】
あるいは、センサー活性を有しない領域を有するセンサー表面が使用され得て、それにより、表面のセンサー部分上の細胞のリアルタイムでのモニタリングに影響を与えずに、センサー表面の該領域から、後の解析のための細胞の回収が遂行され得る。
【0047】
本発明のより好ましい方法において、前記回収された細胞の一部とは、1つの細胞、一定数の細胞、又は全ての細胞集団である。
【0048】
後の解析のためにセンサー表面から回収されるべき細胞の数は、その後の解析技術に依存する。例えば、PCRが僅か1つの細胞から抽出された核酸を使用して行われ得ることは、当業者に既知である。例えば、Bengtsson, M., et al., Genome Research 15 (2005)1388-1392において、単独のマウス膵島細胞中の複数の遺伝子発現が、逆転写酵素及び定量リアルタイムPCRにより研究されている。この技術により、遺伝子発現解析の代替手段の場合と比較して、高い感度、正確性、及びダイナミックレンジが実現される。Schlieben, S., et al., Bio-nobile Oy, Technical Note Molecular Biology TN41000-003 (2004)には、個々の限られた細胞サンプル及び1つの細胞からmRNAを単離する方法が記載されている。
【0049】
本発明のもう一のより好ましい方法において、前記回収された細胞の一部は、少なくとも一部の分子内容物の解析に先立ち溶解される。
【0050】
殆どの場合、採取された細胞の分子内容物を解析するために、追加的な溶解工程を遂行することが必要となり得る。
【0051】
溶解後、解析されるべき分子内容物の部分が細胞の残骸から分離されることが必要であり得る。この分離段階において、当業者は、限定されないが、濾過、遠心分離、相分離、電気泳動、吸着、又はクロマトグラフィー技術等を含む、異なる技術を適用し得る。
【0052】
また、細胞は、解析されるべき分子内容物を細胞の残骸から遊離させるために、酵素的処理、又は例えば超音波破砕若しくは他の機械的処理等の物理的処理により破砕される場合もある。細胞を破砕するためのもう一の方法は、細胞を膨張させ、そして最終的に破裂を引き起こす、低浸透圧溶液を添加することである。
【0053】
また、酵素的処理、又は例えば超音波破砕若しくは他の機械的処理等の物理的処理は、解析されるべき分子内容物が細胞の残骸から遊離する前に、センサー表面から細胞を最初に回収するように適用される場合もある。ある場合において、例えば解析されるべき分子内容物が細胞表面に存在しているとき、無傷の細胞を解析することすら可能な場合もある。
【0054】
本発明のなおももう一のより好ましい方法において、センサー表面上に溶解試薬を添加した後に、前記細胞の採取が遂行される。
【0055】
この態様において、前記溶解試薬は、細胞の分子内容物の部分を解析する目的で細胞を遊離させ、そして溶解させるために使用される。この溶解試薬は、例えば界面活性剤等の化学物質、又は例えば細胞膜を分解させることが可能なリパーゼ等の酵素であり得る。溶解試薬をセンサー表面に添加し、そして細胞溶解物をセンサー表面から採取する工程は、手動又は自動化されたピペッティングにより遂行される。
【0056】
本発明の好ましい方法は、単純な自動化されたピペッティング工程を基礎とする自動化された様式で遂行され得るものである。より具体的には、前記時間依存的な表現型サイン中の前記特異的特性が生じた直後に、ピペッティングロボットがセンサー表面に溶解試薬を自動的に添加し得て、その後、ピペッティングロボットが前記センサー表面から溶解した細胞を自動的に採取し得る。
【0057】
本発明のもう一の好ましい方法は、工程e)の後に、
f)前記工程e)において判定された分子内容物の部分と、対応する所定の表現型サインの特異的特性における、同一若しくは類似する細胞型、又は同一若しくは類似する化合物において得られた、同一又は類似の分子内容物の所定の部分とを比較する
という更なる段階を含む。
【0058】
この本発明の好ましい態様において、判定された分子内容物は、所定の分子内容物と比較され、その所定の分子内容物は所定の表現型サインの特異的特性と連結される。所定の表現型サインが2つ以上の特異的特性を有するときは、所定の分子内容物はそれぞれの特異的特性と連結され得る。
【0059】
先に概説された基本原則、即ち、例えば遺伝子的な変化と表現型の変化との間等に一定の時間差が存在し得ることに基づいて、分子内容物が特異的特性の出現に応じて収得されるときは、少なくとも2つの異なる場合が考慮される必要がある。
【0060】
特異的特性の出現に応じて収得された分子内容物が細胞及び/又は化合物の特徴付けに使用されるとき、特異的特性が生じる前に分子内容物が収得されるように実験が遂行されることが好ましい。これは、例えば、異なる時間に開始された一定数のアッセイが並列して遂行されること等により行われ得る。最初に開始されたアッセイにおいて特異的特性が生じるとき、分子内容物はこのアッセイにおいてだけではなく、より遅い時間に開始される他のアッセイにおいても収得され得る。この実験デザインにおいて、ある表現型サインの発生に先立って分子の経過を収得することが可能であり、ここで、アッセイの数及びそれらのアッセイの時間間隔により、一定の時間分解能を得ることが出来る。
【0061】
あるいは、所定の表現型サインの特異的特性と、特定のタイムポイントで収得された関連する所定の分子内容物とを、又はその特徴が生ずる前の他のタイムポイントに関連する追加的な所定の分子内容物とを結びつけることが可能である。また、この態様において、ある表現型サインの発生及び得られた分子内容物の一致は、所定の分子内容物を基礎とする分子の経過の履歴についての情報を提供する。
【0062】
表現型サインの最初の誘因とその表現型サインの検出との間に変化が無い場合は、前記実験計画は必要ではなく、そしてそのサインの出現に応じて収得された分子内容物が、意図される特徴づけに直接使用され得る。
【0063】
本発明のもう一の好ましい方法において、前記細胞は、工程a)における前記センサー表面上で培養される。
【0064】
一般的に、センサー表面上に細胞を提供するための2つの異なる代替手段が存在する。即ち、培養細胞を前記センサー表面上に置く手段、又は前記センサー上に細胞培養物を形成するように少数の細胞を播種する手段が挙げられる。
【0065】
1個又は少数の細胞のみが前記センサー表面に供されるとき、細胞の増殖期をモニタリングすることが可能である。一方、培養細胞をセンサー表面上に置くことは、実験がより早期に開始できるという利点を提供する。
【0066】
本発明のなおももう一の好ましい方法において、前記細胞の前記時間依存的な表現型サインは、前記細胞をある化合物で処理する前の一定時間リアルタイムでモニタリングされる。
【0067】
その化合物で処理する前にリアルタイムで時間依存的な表現型サインをモニタリングすることは、その細胞の初期状態を検証し、及びその表現型サインの相対的な変化をモニタリングするための参照値を収得するという利点を提供する。
【0068】
更に、その化合物で処理する前にリアルタイムで時間依存的な表現型サインをモニタリングすることは、前記処理を行う適切なタイムポイントを検証するという追加的な利点を提供する。従って、本発明のこの態様において、前記細胞のモニタリングされる時間依存的な表現型サインは、細胞をある化合物で処理するタイムポイントを表示する第一の特異的特性を少なくとも1つ含む所定の表現型サインと、リアルタイムで比較される。
【0069】
例えば、その化合物で処理される前に時間依存的な表現型サインをリアルタイムでモニタリングすることにより、細胞を化合物で処理するための適切なタイムポイントを、例えば、細胞の増殖期又はプラトー期における前記化合物の適用が明確に要求されるかどうかを判定することが可能となる。
【0070】
センサー表面については、表面と解析技術の幾つかの異なる組合せが、本発明の範囲内で適用可能である。一般的に、その表面を覆う細胞膜中の変化を検出する利点を提供する任意の表面高感度手法が使用され得る。そのような表面高感度手法には、例えば、金基板を使用する表面プラズモン共鳴(SPR)、光透過性基盤を使用するエバネセント場技術、又はボルタメトリー若しくはインピーダンス測定等の電気的技術が挙げられる。
【0071】
SPR又はエバネセント場技術において、センサー表面として均一な表面が使用され得る。例えば、SPRにおいて、片面を均一な金の膜で被覆したスライドガラスが使用され得る。
【0072】
本発明のなおももう一の好ましい方法において、前記時間依存的な表現型サインは、電気的技術を使用して測定される。
【0073】
しかしながら、当業者は、電気的手順が、第一の電極として均一なセンサー表面を有し、参照電極としてもう一つの外部電極を有する場合にのみ可能であり、構造化されたセンサー表面の提供に有利であることを認識する。
【0074】
故に、本発明のなおももう一の好ましい方法は、前記センサー表面が1つの電極を含む表面である方法である。
【0075】
本発明のより好ましい方法は、前記センサー表面が電極のアレイを含む表面であり、好ましくは前記センサー表面は櫛型(interdigitate)電極のアレイを含む表面である。
【0076】
櫛型電極は、形成された表面上に広いセンサー領域を提供し得る。そのような2つの電極からなる櫛型電極構造は、それぞれの電極が一定数の細長い構造の接続パッドを有し、そしてその細長い構造が互いを挟み込み、櫛型構造を形成する。櫛型電極は例えばコーム様形状等の様々な形状であり得て、また、各細長い構造は、単純な長方形であるか、又はその細長い構造の間に、円、棒、若しくはダイヤ形等の追加的な形状を含む(WO 2004/010102の図15を参照されたい)。あるいは、その細長い構造は、波様構造で提供され得る(WO 2007/085353の図11又は13を参照されたい)。更に、同心電極構造でもあり得る(WO 2004/010102の図15Fを参照されたい)。
【0077】
電極の材料については、金が好ましい材料であり得る。なぜなら、それは不活性であり、細胞への毒性が無く、そして細胞の接着及び増殖を可能とするからである。
【0078】
本発明のもう一のより好ましい方法において、前記電気的技術は、インピーダンス測定である。
【0079】
インピーダンス測定の細胞の解析への使用は当業者に周知であり、そのため、本明細書中ではその一般原則を示さない。しかし、それは米国特許公開公報第7,192,752号等の技術文献の言及において付託される。
【0080】
要するに、センサー表面上に細胞が存在することにより、電極表面と緩衝溶液との間の接触面の電気特性が変化し、その変化がインピーダンス測定により検出される。電極/電解質の接触面で、細胞の存在により影響を受ける主に2つの異なる表面現象、即ち、境界面を通る電荷移動及びその誘電的挙動が存在し、いずれの現象も適用されるac電圧の異なる振動数で起こる。従って、前記現象は、採用されるac電圧の周波数空間中に分離され得る。
【0081】
上で紹介された2つの表面現象は、2つの極値、即ち、一方の側の裸の電極表面及び他方の細胞で完全に覆われた電極表面の値の間の測定されたインピーダンスを変化させ得る。
【0082】
故に、本発明の好ましい方法は、前記時間依存的な表現型サインが前記電極の細胞による被覆率の程度である方法である。
【0083】
前記センサー表面の被覆率は、複数の効果、例えば細胞数の変化(細胞増殖の増大若しくは細胞死の減少)、細胞体積の変化(電解質のくみ上げ若しくは放出による)、細胞の形態変化(プレートレット(platelet)から円形への転換)、及び/又はセンサー表面への細胞の接着等により変化し得る。
【0084】
インピーダンス測定によりモニタリングされ得る上記全ての効果は、ある刺激に応答するある細胞型の表現型サインとして要約される。
【0085】
そのような表現型サインはそれぞれの細胞/刺激の組合せに特異的なものであり、そしてそれぞれの実験と共に、所定の表現型サインとして連続的な実験に使用されるために保存され得る1つの表現型サインが得られる。
【0086】
本発明のもう一の好ましい方法において、前記所定の表現型サインは、データベースから収得される。
【0087】
あるいは、所定の表現型サインを含むデータベースを用いずに、即ち、例えば実際の実験の細胞又は化合物のいずれかを使用する、実際の実験に先立ち、又は並行してされる参照実験を遂行することにより、本発明の方法を遂行することも可能である。
【0088】
本発明のなおももう一の方法において、前記所定の表現型サインは、以下の工程
i) センサー表面への細胞の提供、
ii) 化合物の提供、
iii) 前記細胞を前記化合物で処理した後、前記センサー表面を使用する、前記細胞の時間依存的な表現型サインのリアルタイムでのモニタリング
を遂行することにより収得される。
【0089】
実際の実験において、モニタリングされる表現型サインは、ある1つの所定の表現型サインと、又は幾つかの所定の表現型サインとリアルタイムで比較され、ある特異的特性の発生が観察される。前記特異的特性は、観察される表現型の応答を提供する細胞のバックグラウンド効果の表示であり、そしてその後の細胞の分子内容物の解析のきっかけを与える。
【0090】
本発明の全体において、特異的特性が複数であることは、その後の細胞の分子内容物の解析のきっかけを与えるものとして適切であるが、所定の表現型サインと測定された表現型サインとの間の適合を認識するために必要な関係は、本方法を使用する者により規定される場合がある。
【0091】
本発明の好ましい方法において、前記所定の表現型サインの前記特異的特性は、前記時間依存的経過の非連続的な変化である。
【0092】
本発明のより好ましい方法において、前記非連続的な変化は、前記時間依存的な経過の絶対値の変化である。
【0093】
本発明のもう一のより好ましい方法において、前記非連続的な変化は、前記時間依存的な経過の勾配である。
【0094】
前記時間依存的な経過の前記非連続的な変化を認識するために、前記時間依存的な経過の一次又はより高次の導関数を収得することが可能である。当業者は、この手法が非連続的な変化の識別を単純化させ得ることを認識し得る。
【0095】
本発明のもう一の好ましい方法において、前記所定の表現型サインの前記特異的特性は、前記時間依存的過程の閾値への到達である。
【0096】
そのような閾値は、例えば初期参照値の2倍、又は2分の1等として規定され得る。
【0097】
本発明のなおももう一の好ましい方法において、前記表現型サインの前記特異的特性は、前記時間依存的過程のプラトー期である。
【0098】
そのような前記時間依存的過程のプラトー期は、例えば、時間依存的過程が変化しないある時間間隔により規定され得る。そのプラトーの基準は、好ましくは時間依存的過程が各時間周期の間で変化することが許容される一定のパーセンテージを通じて規定される。
【0099】
本発明のなおももう一の好ましい方法において、前記所定の表現型サインの前記特異的特性は、前記時間依存的過程のプラトー期の後の増強である。
【0100】
本発明のもう一の好ましい方法において、前記所定の表現型サインの前記特異的特性は、前記時間依存的過程のプラトー期の後の減衰である。
【0101】
これらの2つの特異的特性は、それぞれ後に続く分子解析のきっかけとなるために充足されるべき2つの要件を有する。第一に、時間依存的過程が一定時間の間定常的(規定された範囲内にある)でなければならず、そしてその後、時間依存的過程の増強/減衰が起こらなければならず、ここで増強/減衰は、好ましくは増強/減衰のパーセントとして規定される。
【0102】
本発明全体において、様々な種類の解析技術により、前時間依存的な表現型サインにおける前記特異的特性が発生したときに、前記センサー表面上の前記細胞の分子内容物の少なくとも一部を判定することが可能である。一般的に、そのような解析において、2つの異なる基本的状況、即ち、前記センサー表面上における解析、又は前記センサー表面から細胞を回収した後に外部でされる解析が存在する。
【0103】
本発明の好ましい方法において、前記工程c)における解析は、遺伝子発現解析である。
【0104】
そのような遺伝子発現解析において、解析に先立ち、細胞の溶解が遂行される必要がある。
【0105】
接着性の細胞の場合、当該技術分野で使用される溶解手法は、追加的なトリプシン処理工程、つまり、固相支持体から接着細胞を剥離させるために、細胞培養物が市販のトリプシン−EDTAを含む適切な緩衝溶液(例えば、Invitrogen Cat. No:25200 056、 Genaxxon Cat. No:4260.0500)でインキュベーションされる工程を必要とする。
【0106】
生物サンプルは、好ましくは接着性真核細胞、即ち培養容器の一部である固相支持体に接触することにより培養され、そして増殖する細胞からなる。本発明の創作的方法において、センサー表面が装備されるものである限り、任意の型の培養容器が使用され得る。例えば、本発明の範囲を限定するものではないが、センサー表面の装備及び細胞の増殖に適した内部表面を有するペトリ皿又は培養ボトルが挙げられる。培養容器の他の例として、当該技術分野で通常使用される6−ウェル、24−ウェル、96−ウェル、384−ウェル、又は1536−ウェルのマイクロタイタープレートが挙げられる。
【0107】
本発明の方法がそのようなマイクロタイタープレートで遂行される場合、平行して複数のサンプルを培養、溶解、及び逆転写することが可能である。より正確には、細胞培養、細胞溶解、希釈、添加物の任意の添加、及び逆転写反応が、同一の反応容器中で実行される。故に、本発明の方法のこの態様は、自動化された工程中で複数の接着細胞サンプルを高性能解析するときに特に有用である。その反応容器が当該技術分野で確立された標準に従い24、96、384、又は1536ウェルマイクロタイタープレートの形態で配置されているとき、溶解試薬、様々な添加物、及び逆転写反応を遂行するために必要な試薬は、液体操作ロボット装置によりサンプルに添加され得る。本発明の方法のこの態様は、細胞がin situ で直接溶解されることから、固相支持体から細胞を剥離する必要がないことを留意されたい。本手法の更なる詳細は、2008年8月1日に出願された欧州特許出願第08/013816.7号において見られる。
【0108】
細胞から核酸が抽出された後、主に2つの異なる技術が、遺伝子発現解析を遂行するために利用され得る。
【0109】
本発明の好ましい方法において、前記遺伝子発現解析は、PCRを基礎とする。
【0110】
PCR反応の原理は当業者に周知である。即ち、ポリメラーゼ、及び特定の核酸種の検出を可能とするように設計された特定の組の増幅プライマーが必要である。
【0111】
より好ましくは、前記遺伝子発現解析は、リアルタイムPCRを基礎とする。そのようなリアルタイムのモニタリングは、前記PCR反応の進行がリアルタイムでモニタリングされる点で特徴付けられる。複数の検出方式が当該技術分野で知られている。下に示す検出方式は、PCRに有用であることが実証されているため、簡便かつ単純に遺伝子発現解析の実現性を提供する。
【0112】
a) TaqMan加水分解プローブ方式:
単鎖ハイブリダイゼーションプローブが、2つの成分で標識される。蛍光共鳴エネルギー移動の原理によると、第一の成分が適切な波長の光で励起されるとき、吸収されたエネルギーがクエンチャーと称される第二の成分に移動する。PCR反応のアニーリング工程の間に、ハイブリダイゼーションプローブは標的DNAに結合し、それが後の延長相の間に、Taqポリメラーゼの5’−3’エキソヌクレアーゼ活性により分解する。その結果、励起された蛍光成分とクエンチャーが互いに空間的に隔離され、それにより第一の成分の蛍光放射が測定できるようになる。TaqManプローブ実験は、US 5,210,015、US 5,538,848、及びUS 5,487,972において詳細に開示されている。TaqManハイブリダイゼーションプローブと試薬との混合物は、US 5,804,375において開示されている。
【0113】
b) 分子ビーコン方式:
これらのハイブリダイゼーションプローブも、第一の成分及びクエンチャーで標識されており、それらの標識は好ましくはプローブの両端に配置される。溶液中でそのプローブが二次構造をとる結果、両成分は空間的に近接する。標的の核酸とハイブリダイズすると、両成分は空間的に互いに分離し、適切な波長の光で励起されることで第一の成分の蛍光放射が測定できるようになる(US 5,118,801)。
【0114】
c) FRETハイブリダイゼーションプローブ
FRETハイブリダイゼーションプローブ試験方式は、全ての種類の類似ハイブリダイゼーション試験に特に有用である(Matthews, J.A., and Kricka, L.J., Analytical Biochemistry 169 (1988) 1-25)。これは、同時に使用され、そして増幅される標的核酸の同一の鎖において相補部位が互いに隣接している2つの単鎖ハイブリダイゼーションプローブにより特徴付けられる。両プローブは、異なる蛍光成分で標識されている。蛍光共鳴エネルギー移動の原理によると、適切な波長の光で励起されたとき、第一の成分は吸収されたエネルギーを第二の成分に移動させる。そして、両ハイブリダイゼーションプローブが、検出されるべき標的分子の隣接した位置に結合したとき、第二の成分の蛍光放射が測定できるようになる。あるいは、ハイブリダイゼーションイベントの定量的な測定として、FRETアクセプター成分の蛍光の増大をモニタリングする代わりに、FRETドナー成分の蛍光の減衰をモニタリングすることも可能である。
【0115】
具体的には、FRETハイブリダイゼーションプローブ方式は、増幅された標的DNAを検出するために、リアルタイムPCRにおいて使用され得る。リアルタイムPCRの分野で知られている全ての検出方式の間で、FRETハイブリダイゼーションプローブ方式は、高い感度、正確性、及び信頼性が実証されている(国際公開第96/46707号;国際公開第97/46712号;国際公開第97/46714号)2つのFRETハイブリダイゼーションプローブの使用の代替手法として、蛍光標識されたプライマー及び1個の標識されたオリゴヌクレオチドプローブを使用することも可能である(Bernard, P.S., et al., Analytical Biochemistry 255 (1998) 101-107)。その際、プライマーがFRETドナー又はFRETアクセプター化合物のいずれかで標識されるかは、適宜選択され得る。
【0116】
d) SybrGreen方式
本発明に従い添加物の存在下でリアルタイムPCRが遂行される場合に、その増幅産物が二重鎖核酸に結合する部分を使用して検出されることも、本発明の範囲内である。また例えば、各増幅産物は、本発明に従い、適切な波長の光による励起後に二重鎖核酸と相互作用することで対応する蛍光シグナルを放射する蛍光DNA結合色素により検出される場合もある。SybrGreenI及びSybrGold(Molecular Probes)等の色素は、特にこの適用に適している。インターカレーター色素が、代替的に使用され得る。しかしながら、この方式において、異なる増幅産物を区別するためには、それぞれについて異なる融解曲線解析を遂行することが必要となる(US 6,174,670)。
【0117】
本発明のもう一の好ましい方法において、前記遺伝子発現解析は、DNAハイブリダイゼーションアレイの読取りを基礎としたものであり得る。
【0118】
ハイブリダイゼーションアレイは、一定数の異なる部位を備えた表面を含み、その各部位は特定の配列を有する複数のオリゴヌクレオチドが共役している。その共役したオリゴヌクレオチドは、そのハイブリダイゼーションアレイがハイブリダイゼーション条件下で液体サンプルと接触したときの、その液体サンプル中の相補ヌクレオチドとのハイブリダイズに適している。
【0119】
ハイブリダイゼーション部位を単位とするハイブリダイゼーションアレイの読み取りは、例えばサンプルの核酸に結合した標識の検出等により遂行され得る。よって、あるアレイ部位の蛍光シグナルは、その液体サンプル中に相補ヌクレオチドが存在することを示す。
【0120】
本発明のなおももう一の好ましい方法において、前記工程e)における解析はタンパク質解析であり、好ましくはタンパク質発現解析、又はタンパク質修飾解析である。
【0121】
本発明のより好ましい方法において、前記タンパク質発現解析は、ウェスタンブロット法、又は大スケールプロテオミクス解析を基礎とする。
【0122】
本発明の態様に適した大スケールプロテオミクスの解析技術は、例えばマススペクトロメトリーである。
【0123】
本発明のもう一のより好ましい方法において、前記タンパク質修飾解析は、リン酸化解析を基礎とする。
【0124】
上記タンパク質解析は、例えばリン−32等で放射性標識された分子を生細胞に取り込ませ、そして関心のあるタンパク質(単数又は複数)へのそれらの編入をホスフォイメージャー等の特別なイメージング技術により定量すること、修飾特異的抗体(例えばリン酸化特異的抗体)を適用したウェスタンブロット法により、又はタンパク質内の修飾の程度の定量及び修飾の特定の部位を同定することが可能な特殊なマススペクトロメトリー技術を基礎とする。
【0125】
本発明のもう一の側面は、
a)任意的にカオトロピック剤を含む、溶解緩衝液、
b)PCRを基礎とする、前記細胞の遺伝子発現解析を遂行するための試薬、
c)所定の表現型サインのセットを、対応する時間依存的な所定の遺伝子発現プロフィールと共に含むデータベース
を含む、本発明に係る細胞の時間分解された遺伝子発現解析のためのキットである。
【0126】
本発明の好ましいキットは、前記遺伝子発現解析を遂行するための試薬が、細胞の残骸から核酸を分離するための試薬を含むキットである。
【0127】
本発明のもう一の好ましいキットは、前記遺伝子発現解析を遂行するための試薬が、ある遺伝子のセットの発現をPCRを基礎とする解析に供するための、プライマー及びプローブのセットを含むキットである。
【0128】
サンプル調製及びPCRを基礎とする解析を遂行するために必要な試薬は当業者に既知であり、それらは、例えばRoche Diagnostics GmbHで市販されている。故に、本明細書中では詳細は述べないが、それは適切な文献に言及されている。
【0129】
本発明のなおももう一の好ましいキットは、前記データベースが携帯型のデータ保存媒体上のデータベースであるキットである。
【0130】
前記所定の表現型サインと、対応する時間依存的な所定の遺伝子発現プロフィールは、本発明のキットの一部として提供され、その特徴及びプロフィールは、データベース内に構築されている。そのデータベースは、例えばCD、メモリースティック、又はハードディスク等の幾つかの種類の媒体で提供され得る。
【0131】
本発明のなおももう一の好ましいキットは、前記データベースがサーバー上にあるキットであり、そしてそのキットはそのサーバーへのリンクを含む。
【0132】
本発明のキットの代替物において、データベース自体はキットの一部として提供されないが、データベースへのアクセス方法についての情報のみが提供される。サーバー上のデータベースへのアクセスは、少なくとも2つの方法により実現される。即ち、インターネットを介してキット使用者のコンピューターに全てのデータベースがダウンロードされるようにリンクが提供され、又はサーバーコンピューター上のデータベース内でモニタリングされた時間依存的な表現型サインと所定の表現型サインとの比較が遂行されるようにリンクが提供される。第二の代替物において、データベース情報はキット使用者に移転されず、モニタリングされたシグナルがインターネットを介してサーバーに移転され、そしてその後、比較の結果がキット使用者に返信される。
【0133】
本発明のなおももう一の側面は、
a)細胞の時間依存的な表現型サインを、リアルタイムでモニタリングするための細胞解析装置、
b)所定の表現型サインのセットを、対応する時間依存的な所定の分子プロフィールと共に含むデータベースであり、その所定の表現型サインが、それぞれ少なくとも1つの第一の特異的特性を含み、そして
c)細胞解析装置によりリアルタイムでモニタリングされた前記時間依存的な表現型サインと、前記データベースの所定の表現型サインとを比較するためのコンピュータープログラム
を含む、本発明の方法を遂行するためのシステムである。
【0134】
上記のように、適切な細胞解析装置はRoche Diagnostics GmbHのxCELLigence(登録商標)システムである。殆どの細胞が分析手法において、2つ以上の特異的特性における時間依存的な表現型サインをモニタリングするために、参照試験及び追加試験を行うことが必要であるため、複数の試験を並行して遂行するのに適した細胞解析装置を準備することが好ましい。
【0135】
そのような並行化は、好ましくはマルチウェルプレートを基礎として実現される。Roche Diagnostics GmbHのxCELLigence(登録商標)システムは96ウェルプレートを使用するように作られているため、使用者は、96個の実験を並行して、又は6枚の別個の96ウェルを並行して使用して試験を遂行することが可能である。
【0136】
本発明の好ましいシステムは、リアルタイムでモニタリングされる前記細胞の一部が、前記コンピュータープログラムからの指令に対応して回収されるように設定されている回収装置を更に含む。
【0137】
前記のように、ある解析技術において、細胞の少なくとも一部を実験部分から取り出すことが必要な場合がある。
【0138】
当業者は、顕微操作、蛍光表示式細胞分取器、又はレーザーマイクロダイセクション法等の込み入った細胞サンプルから少数の純化された細胞を単離するための選択肢を理解し得て、それらの技術は、例えば以下の総説:Burgemeister, R., ''New aspects of laser microdissection in research and routine'', J Histochem Cytochem. 53(3)(2005) 409-12 、及びBaech, J., and Johnsen, HE, ''Technical aspects and clinical impact of hematopoietic progenitor subset quantification'', Stem Cells 18 (2000) 76-86 において記載されている。
【0139】
あるいは、ピペッティングロボットを使用してセンサー表面に直接溶解試薬を添加し、そしてその後ピペッティングロボットを使用して溶解した細胞を回収することも可能である。故に、このアプローチは、後の解析のためにセンサー表面上の細胞の一部ではなく、全ての細胞が使用されるときに使用される。
【0140】
本発明のもう一の好ましいシステムは、リアルタイムでモニタリングされる前記細胞から得られた分子内容物が、前記コンピュータープログラムからの指令に対応して細胞の残骸から分離されるように設定されている分離装置を更に含む。
【0141】
前記のように、適切な分離装置は市販されている。細胞サンプルからの核酸の単離には、例えば、Roche DiagnosticsのMagNAPure Compactシステム(Cat. Nr. 03731146001) 又はMagNAPure LC 2.0 システム(Cat. No. 05197686001) が使用され得る。
【0142】
本発明のなおももう一の好ましいシステムは、リアルタイムでモニタリングされる前記細胞の分子プロフィールが、前記コンピュータープログラムからの指令に対応して測定されるように設定されている解析装置を更に含む。
【0143】
本発明のより好ましいシステムにおいて、前記解析装置はPCR装置であり、好ましくはリアルタイムPCR装置である。
【0144】
上記のように、サンプルの核酸構成の適切な解析装置は、Roche DiagnosticsのLightCycler(登録商標) 1.5 (Prod. Nr.04484495001)、 又はLightCycler(登録商標) 2.0 (Prod. Nr. 03531414001)、又はLightCycler(登録商標) 480 (96ウェルバージョンはProd. Nr. 05015278001、384ウェルバージョンは Prod. Nr. 05015243001)が市販されている。
【0145】
以下の実施例、配列表、及び図は、本発明の理解を補助するために提供されるものであり、その本来の範囲は、添付された特許請求の範囲において示される。本発明の精神から逸脱することなく、その手順において変更がなされ得ることが理解される。
【実施例】
【0146】
実施例1
パクリタキセルは抗新生物活性を有する化合物であり、元来は、タイヘイヨウイチイ(Taxus brevifolia)の樹から抽出される。チューブリン結合剤の群に属し、ビンカアルカロイド、コルヒチン、ポドフィロトキシン及びノコダゾール等の微小管不安定化剤、あるいはタキサン、エポチロン、ディスコデルモリド及びエレウテロビンを含む微小管安定化剤に分類され得る。
【0147】
タキサンは、会合したチューブリンポリマーにおいてのみ薬剤の到達が可能であるβ−チューブリンの特別な側面に結合する。このようにして、それはチューブリン繊維の分解を妨げ、そして微小管の異常な安定、及び機能的なかく乱をもたらす。しかしながら、微小管のダイナミクスは、間期の微小管ネットワークの分解及びその後の紡錘体構築のための基本的な必須条件である。機能的な紡錘体の欠損は、紡錘体チェックポイントを活性化させ、その結果細胞を有糸分裂中期で拘束し、それにより細胞分裂を同調させる(McGrogan, BT, et al., Biochimica et Biophysica Acta 1785 (2008) 96-132; Jordan, M., A, and Wilson, L., Curr Opin Cell Biol 10 (1998) 123-130; Dumontet, C., and Sikic, B., I., J. Clin. Oncol. 17(3)(1999) 1061-1070)。タキソール等の抗有糸分裂化合物は有糸分裂に干渉することが提案されているが、また例えば神経突起の形態形成あるいは細胞の接着及び運動特性の変化のように、間期細胞の微小管にも影響をもたらす。
【0148】
中等度のパクリタキセル濃度で、細胞増殖の阻害及び腫瘍細胞の死滅における薬物活性の機構は、チューブリンの過度の重合よりも、主に紡錘体のダイナミクスの安定化を原因とする(Jordan, M., A, and Wilson, L., Curr Opin Cell Biol 10 (1998) 123-130; Dumontet, C., and Sikic, B., I., J. Clin. Oncol. 17(3)(1999) 1061-1070)。パクリタキセルは、100年前から毒物として知られていたが、その利益は1964年になってようやく見出された。それから、それは化学療法において薬物として使用され、そして1993年に最初に臨床的に適用された。現在、パクリタキセルは化学的に生産され、そして進行性卵巣癌及び転移性乳癌の腫瘍治療の標準となっている。摂取は、静脈内注射によりなされる。吸収は、非線形薬物動態に続き−薬物が肝臓中で代謝されてゆき、そして大部分が胆汁により排出される。その親油性の性質のため、パクリタキセルは細胞中に容易に吸収される。吸収及び有糸分裂の阻害は、腫瘍細胞に限定されず、頻繁に分裂する健康な細胞の細胞周期にも影響をもたらす。脱毛症、骨髄抑制、消化管症状、及び発熱性好中球減少症等のその様々な副作用のため、例えばアルブミンと連結した新たな形態のパクリタキセルが、それらの種類の過感受性を回避するために開発されている。治療は適用空白期間により周期的に中断されて行われる(McGrogan, BT, et al., Biochimica et Biophysica Acta 1785 (2008) 96-132; Dumontet, C., and Sikic, B., I., J. Clin. Oncol. 17(3)(1999) 1061-1070)。
【0149】
有糸分裂の停止の持続時間は様々であり、細胞型及び薬物の用量に依存する。加えて、抗有糸分裂剤による処理に対する応答の付随的な細胞効果は様々である。一方では細胞は、いわゆる多剤耐性トランスポーターを介した活発な汲み出しにより、細胞から拡散及び/又は除去されることでその薬剤が一掃されるまで、持続的な、又は慢性の有糸分裂の阻害を受け得る。他方、細胞はその有糸分裂の阻害期間中に、直接アポトーシスにより死滅し得る。殆どの細胞は紡錘体チェックポイントシグナルを乗り越え、有糸分裂を経過し、そして姉妹染色分体の不均等な分離により分割され、ゲノムDNAの構成が異なる娘細胞が生じる。これらの細胞はしばしばアポトーシス性であり、そして次の細胞周期の間に異数性のために死滅する。加えて、細胞が中期に入らず、そして細胞質分裂を起こさずに有糸分裂期に存在するとき、適応及びいわゆる「有糸分裂スリップ(mitotic slippage)」が発生し得て、多核の4倍体細胞が形成され得る。そのような細胞は、生存が可能であり、次の細胞周期のG1期へ移行し、そして4倍体細胞として分裂を続けるが、その後の細胞分裂周期の間にアポトーシスにより死滅する。結局、このような細胞は速やかにG1期を脱し、そして老化及び/又はアポトーシスに導かれる(McGrogan, BT, et al., Biochimica et Biophysica Acta 1785 (2008) 96-132; Dumontet, C., and Sikic, B., I., J. Clin. Oncol. 17(3)(1999) 1061-1070)。
【0150】
パクリタキセルの処理の後に薬物耐性又はアポトーシスを導く生化学的イベントは複雑であり、殆ど理解されておらず、そして濃度依存的あるいは細胞型特異的であり得る。しかしながら、微小管への直接的な効果並びに細胞の形態及び接着の最終的な変化は別として、前記薬剤は、薬剤への曝露時間中に広範囲の遺伝子発現の変化を誘起し、アポトーシス、有糸分裂スリップ、あるいは薬物耐性に関与するタンパク質の発現レベルの変化を導く(Dumontet, C., and Sikic, B., I., J. Clin. Oncol. 17(3)(1999) 1061-1070)。
【0151】
本実施例において本発明者らは、薬物添加後のインピーダンス(細胞の指標)の変化により可視化されたときの細胞の特徴の変化により示唆されたタイムポイントにおける、MEM(32360, Gibco)+10%FCS(30-3702, PAN)+Na−Pyruvat(P04-43100, PAN)+可欠アミノ酸(P08-32100, PAN)中で維持された、ATCCから得た(継代数:15、細胞数:ウェルあたり5000細胞)乳癌細胞MCF−7(ヒト白人腺癌乳癌細胞種)の遺伝子発現プロフィールを調査した。従って、遺伝子発現プロフィールは、パクリタキセルを投与して6時間、24時間、72時間、及び147時間後に判定された。ここで、本発明者らは、卵巣癌の異種移植片を担持するマウスへのパクリタキセルの投与に応答してその発現に著しい変化が見出され、そしてcDNAマイクロアレイ解析により得られた遺伝子の所定のセット(Bani, MR, et al., Molecular Cancer Therapeutics 3(2)(2004) 111-121)に注目した。それは、細胞周期制御及び細胞増殖、アポトーシス、シグナル伝達及び転写制御、脂肪酸及びステロール代謝、並びにIFN−誘導性シグナル等の様々な生物機能に関与する遺伝子(Bani, MR, et al., Molecular Cancer Therapeutics 3(2)(2004) 111-121)を含む。加えて、本発明者らは、細胞の延長された薬物への曝露の間の2つの追加的なタイムポイント(薬物投与後72h及び147h)におけるmRNAレベルを判定した。最後のタイムポイント(約170h)を別として、全てのタイムポイントが、細胞挙動の変化と相互関連し、そして幾つかの調査された遺伝子の発現の変化を通じて少なくとも部分的に誘起され得る。
【0152】
本発明者らは、約150時間の間、パクリタキセルで処理されたMCF−7細胞の遺伝子発現プロファイリング実験を遂行している。この実施例の中で、20種類の遺伝子(遺伝子受入番号を括弧内に示す)の遺伝子発現がモニタリングされた:
【0153】
HDAC3(ENST00000305264.1)
GNA11(ENST0000087429.3)
ISG15(ENST00000379389.2)
IFITM1(ENST00000399815.1)
BNIP3(ENST00000368636.1)
SLUG(ENST00000020945.1)
FOS(ENST00000303562.2)
ARF1(ENST00000327482.2)
CDKN1A(ENST00000244741.2)
PIG8(ENST00000278903.4)
CDC2(ENST00000395284.1)
PLAB(ENST00000252809)
TOP2A(ENST00000269577.4)
MADH2/SMAD2(ENST00000356825.3)
ATF2(ENST00000392544.1)
SPRY4(ENST00000344120.2)
LIPA(ENST00000336233.4)
IDI1(ENST00000381344.2)
FDPS(ENST00000368356.1)
IGFBP5(ENST00000233813.2)
【0154】
参照遺伝子として、以下のハウスキーピング遺伝子が使用された:
【0155】
β−アクチン(NM_001101.2)
β−グロビン(ENST00000335295)
GAPDH(ENST00000229239)
【0156】
本発明者らは、薬物処理に応じた経時的な遺伝子発現の変化であって、それらの多くが、卵巣癌異種移植片を用いたDNAマイクロアレイ技術を基礎としたインビボの調査において、他者により独立して、既に観察され、そして記載されていたものを判定し、そして再現することを目的とした(Bani, MR, et al., Molecular Cancer Therapeutics 3(2)(2004) 111-121; Boschke, C., B., et al., Uni Tubingen (2008))。本発明者らの薬物動態的なスクリーニングのタイムポイントは、xCELLigence(登録商標)システムを使用した、インピーダンスを基礎とするリアルタイムの細胞解析によりモニタリングされる、パクリタキセル処理に応答した細胞の変化に依存して選択されている。これらの細胞の変化の質及び程度から独立して、本発明者らは、非処理コントロール及び薬物処理細胞を、それらの適切なタイムポイント(6、24、72、及び147h)で収穫し、MagnaPureシステムを使用してmRNAを単離し、通常のThermocyclerを使用して全RNAをcDNAに逆転写し、cDNAサンプルをまとめ、及び希釈し、そして所定のセットの特定の遺伝子及び3個のハウスキーピング遺伝子を、LightCycler(登録商標)480システムを使用するq−RT−PCRにより増幅した。必要なプライマーのペアは合成され、そして生物情報工学的に決定されたUPLプローブと組み合わせて、社内で機能性が試験された(データ未記載)。LightCycler(登録商標)ソフトウェア1.5により、パクリタキセル処理条件下における選択されたmRNAの量の、対応する非処理条件(参照)に対する相対的な定量が可能となった。結果は、β−アクチン、β−グロビン、及びGAPDH等の内部標準遺伝子(安定して発現されるハウスキーピング遺伝子)において決定された数値により補正される。
【0157】
手順:播種、増殖、処理、追跡調査、収穫及び溶解
−1日目:時点0h:本発明者らは、96ウェル−E−プレート(E−プレート番号:S/N: C10090 NT L/N: 080305, Roche)の各ウェルに100μlの培地を添加し、そしてSPステーション(Single Plate xCELLigence(登録商標) Instrument W380, serial number:28-1-0712-1005-7; Software: SP 1.0.0.0807, Roche)中でバックグラウンド測定を遂行し、それから本発明者らは、100μlのMCF−7細胞懸濁液(濃度:50000細胞/ml=5000細胞/ウェル)を添加した。
【0158】
−本発明者らは、30分間常温で細胞を静置し、そして付着させた。
【0159】
−1日目:時点0.7h:E−プレートはSPステーション中に置かれ、インピーダンス測定が開始された(15分毎)。
【0160】
−2日目:時点23h:本発明者らは前記測定を停止し、そしてパクリタキセル処理(コントロール:最終濃度0.1%のDMSO、化合物処理:DMSO中の最終濃度12.5nMのパクリタキセル;パクリタキセルはSigma-Aldrichから入手した50μMDMSOストック溶液)を開始した。
【0161】
−2日目:時点23.25h:本発明者らは、前記測定を再開した。
【0162】
−2日目、3日目、5日目、8日目、又は薬物処理後6、24、72、及び147時間:時点29.5、47.5、95.5、170.5h:本発明者らは、コントロール細胞及び化合物処理細胞の全集団を収穫し、ペレット化し、そしてそれらをMagnaPure調製済み溶解緩衝液(Roche)中で溶解した。
【0163】
−溶解物は、−80℃で保管された。
【0164】
手順:RNAの単離
−最大1x10細胞の細胞溶解物(300μl)が、氷上で融解された。
【0165】
−Magna Pure Instrument(Roche)により、mRNAの単離が自動的に実行された。
【0166】
−全ての緩衝液及び試薬(捕捉緩衝液、洗浄緩衝液II、DNAse溶液、洗浄緩衝液I、ストレプトアビジン磁性顆粒、溶出緩衝液)は、MagNA Pure LC mRNA Isolation kit I (03004015001, Roche)に従い使用され、調製された。
【0167】
−そして室温まで温められなければならなかった。
【0168】
−緩衝液及び試薬の体積は、適切なInstrument Software ''mRNA I Cells''により計算された。
【0169】
−試薬及び緩衝液は、前記装置の外部で、フローキャビネット下で、ヌクレアーゼを含まない使い捨てのチューブ(Eppendorf)中にピペットで回収された。
【0170】
−単離されたmRNA(溶出緩衝液25μl中)は、定常的に4℃に維持され、そして直ちにcDNAに逆転写された。
【0171】
手順:RT−PCR
−mRNAは、cDNAに転写された。
【0172】
製造業者の指示(最終濃度が:1x反応緩衝液、1mM dNTP−Mix(11814362001 Roche)、0.08Uランダムプライマー(p(dN)6, 11034731001, Roche)、20U RNAse阻害剤(03335492001, Roche)、10U Transcriptor RT(03531287001, Roche)となるように、RCR−グレードの水(Roche)で埋める)に従い、マスターミックスが調製された。
【0173】
−15μlのマスターミックス及び5μlの単離されたRNAがPCR反応チューブ中で組み合わせられ、そしてサーマルサイクラー(PCR instrument, Yhermocycler T3, 製造番号35-51-02TC-04, 3003377 (Biometra))中に置かれた。
【0174】
−プログラム:工程1:10分25℃、工程2:30分55℃、工程3:5分85℃、冷却:4℃。
【0175】
同一の構成のサンプルはまとめられ、そして−20℃で保存された。
【0176】
手順:q−RT−PCR
−cDNAサンプルは、氷上で融解された。
【0177】
−cDNAは、1:5で希釈された。
【0178】
−全PCR反応体積:20μlであり、
プライマープローブ混合物(最終濃度が:
遺伝子用が:
HDAC3(配列番号1、配列番号2)、GNA11(配列番号3、配列番号4)、ISG15(配列番号5、配列番号6)、IFITM1(配列番号7、配列番号8)、BNIP3(配列番号9、配列番号10)、SLUG(配列番号11、配列番号12)、FOS(配列番号13、配列番号14)、ARF1(配列番号15、配列番号16)、CDKN1A(配列番号17、配列番号18)、PIG8(配列番号19、配列番号20)、CDC2(配列番号21、配列番号22)、PLAB(配列番号23、配列番号24)、TOP2A(配列番号25、配列番号26)、MADH2/SMAD2(配列番号27、配列番号28)、ATF2(配列番号29、配列番号30)、SPRY4(配列番号31、配列番号32)、LIPA(配列番号33、配列番号34)、IDI1(配列番号35、配列番号36)、FDPS(配列番号37、配列番号38)、IGFBP5(配列番号39、配列番号40)
であり、
ハウスキーピング遺伝子用が:
β−アクチン(配列番号41、配列番号42)、β−グロビン(配列番号43、配列番号444)、GAPDH(配列番号45、配列番号46)
である、順方向及び逆方向プライマーにおいて0.5uM、
遺伝子用が:
HDAC3(26)、GNA11(53)、ISG15(76)、IFITM1(45)、BNIP3(84)、SLUG(7)、FOS(67)、ARF1(45)、CDKN1A(82)、PIG8(6)、CDC2(79)、PLAB(28)、TOP2A(75)、MADH2/SMAD2(80)、ATF2(85)、SPRY4(17)、LIPA(36)、IDI1(65)、FDPS(15)、IGFBP5(77)
であり、
ハウスキーピング遺伝子用が:
β−アクチン(11)、β−グロビン(83)、GAPDH(60)
である、ユニバーサルプローブライブラリープローブ(Roche、遺伝子名と、カッコ内にUPLプローブ番号を示す)において0.2uMである)、
LC480 Probes Master (04707494001, Roche)、
PCRグレードの水で埋められた5ulの希釈DNAを含む。
【0179】
−PCR反応は、384ウェルプレート中で遂行された。
【0180】
−プレートは、薄いホイルで被覆され、そしてBeckmanの遠心機で3分(3000rpm)回転させられた。
【0181】
プレートは、LightCycler(登録商標)480 Instrument(Roche)中にセットされた。
【0182】
本発明者らは、全ての実験の詳細を、LightCycler(登録商標) Software Version 1.5(Roche)の適切なプログラム型(appropriate program form)中に提供し、そして記載した。
【0183】
手順:相対的定量及びデータマイニング
−LightCycler(登録商標) Software Version 1.5により、処理サンプル及び非処理サンプルの増幅曲線の交差点の絶対的定量に基づき導かれたある時点の、処理サンプル対非処理(参照)サンプルにおける内部コントロール(β−アクチン、GAPDH、及びβ−グロビン等のハウスキーピング遺伝子)との関連で、関心のある任意の遺伝子のcDNA濃度の定量が可能となる。
【0184】
−定量は、以下の式に基づく:
【0185】
【化1】

【0186】
−遺伝子発現の数値(任意の単位)は、Microsoft Excel Program に転写され、そして柱状図で表示される(いずれかのタイムポイントにおける非処理サンプルにおける関心のある遺伝子濃度を1と設定し、処理サンプルにおける関心のある遺伝子濃度を後者との関連で設定する)。
【0187】
ウェルあたり5000個のMCF−7細胞が播種され、そして24時間後に最終濃度が12.5nMのパクリタキセル(DMSO中に溶解)で処理された。相対的に、コントロール細胞は、最終濃度が0.1%のDMSOで処理された。この時点で、RTCAにより可視化されたように、細胞は未だそれらの増殖速度論の対数期にあり(図1)、それはxCELLigence(登録商標)システムを使用した増殖試験を用いて予め実証されている(データ未記載)。本実験において本発明者らが採用したパクリタキセル濃度は、MCF−7細胞のこの薬物のIC50値の2倍であり、それはxCELLigence(登録商標)システム及びxCELLigence(登録商標)ソフトウェアSP 1.0.0.0807の適切なツールを用いた用量応答実験(パクリタキセル滴定)において判定されていた(データ未記載)。
【0188】
図2の柱状図において視覚化されたことにより、本発明者らは、チューブリン結合剤及び細胞増殖抑制剤として機能する化合物であるパクリタキセルの影響により特異的に制御される、遺伝子発現の著しい変化を検出した。最初の2つのタイムポイント(6及び24h)に関しては、本発明者らは、これらの遺伝子がパクリタキセル処理に応答して下方又は上方制御されることが見出されていた既存の研究結果(Bani, MR, et al., Molecular Cancer Therapeutics 3(2)(2004) 111-121)を再現した。本発明者らは、より長い薬物曝露後の追加的な2つのタイムポイント(72及び147h)におけるこれらの遺伝子の発現を調査している。4つのタイムポイントのうち3つは、薬物処理に応答して特異的に発生する細胞の変化が明確に先行し、又は並行する(図1)。第4のタイムポイントは、インピーダンスを基礎とする記録の最後のタイムポイントを示す(図1)。
【0189】
細胞増殖が対数期から開始し、組織的にプラトー期に達し、E−プレートウェルの底面上に接触抑制された細胞の密集単層を形成することにより表される通常の場合と比較して、パクリタキセルで処理された細胞の増殖曲線は、より低いインピーダンス又は細胞指数値の測定結果と相関するコントロール曲線から明確に下降する。曲線の軌道の非常に迅速な変化は、薬物処理された細胞の形態的な変化に基づく。パクリタキセルのチューブリン骨格への影響は、急速な細胞の球体化及びE−プレートウェルの底面上の金電極上の被覆率の顕著な低下を引き起こす細胞の培養皿からの剥離を引き起こすことが知られている。この急速な細胞効果は、いかなる種類の遺伝子発現に基づくものとも考えられない。なぜなら、大多数の遺伝子の転写の変化にとって、その時間枠は短すぎるからである。
【0190】
そして実際に、薬物添加後6h後であっても、殆ど全ての調査された遺伝子において僅かな発現の変化しか判定され得ない。しかしながら、パクリタキセル処理の24時間後、例えばCDKN1A、FOS、PIG8、TOP2A、及びMADH2等の幾つかの選択された遺伝子の発現レベルの変化が明確になってくる(図2)。これは、2回目の細胞収穫に先立つ薬物添加後約20hにおける増殖曲線の軌道の激しい変化に関連して興味深い。細胞指数値は増大し始め、そして増殖曲線は突然下降から上昇軌道に転じ、適応又は有糸分裂スリップの現象が起こっているように思われ、ここで細胞は紡錘体チェックポイントを乗り越え、有し分裂障壁を回避し、そして異数体、二倍体、又は四倍体のいずれかとして、間期のG1期に再び進入する(McGrogan, BT, et al., Biochimica et Biophysica Acta 1785 (2008) 96-132; Jordan, M., A, and Wilson, L., Curr Opin Cell Biol 10 (1998) 123-130; Dumontet, C., and Sikic, B., I., J. Clin. Oncol. 17(3)(1999) 1061-1070)。最近発表された殆どの薬理ゲノム学又は遺伝学の研究において、研究者は、薬物添加後6、12、24又は最高でも48h等のタイムポイントを選択し、薬物により早期に誘導される表現型又は遺伝子発現変化の検出に無作為に注目する(Bani, MR, et al., Molecular Cancer Therapeutics 3(2)(2004) 111-121; Boschke, C., B., et al., Uni Tubingen (2008))。本発明者らは、薬物曝露からより長い時間後の更なるタイムポイントを選択している。なぜなら、本発明者らは薬物処理後70時間頃までの細胞の変化をもモニタリングしたからである。そして、パクリタキセル処理された細胞の増殖曲線は再びその軌道を変化させ、薬物添加後約150時間まで下降し続ける。実際に、本発明者らは、ISG15、IFITM1、BNIP3、SLUG、ARF−1、CDC2、PLAB及びIDI1の観察において、パクリタキセル処理のこれらの後半の段階で、最も強い遺伝子発現の変化が起こることを示し、それらは、後の細胞の変化(図1)を潜在的に誘起し、又は少なくとも部分的に寄与し得る。降下する曲線は、薬物により誘起された有糸分裂の停止の間に起こった、あるいは適応及び有糸分裂スリップの後の間期の間に生じる異数体又は四倍体のために起こったアポトーシスにより死滅したものであり得る剥離した細胞の数の増加を示していると思われる。
【0191】
ここで、本実施例は、インピーダンスに基づくリアルタイムの細胞解析を通じた細胞の継続的なオンラインかつ標識を使用しないモニタリングと、DNAマイクロアレイ技術又はq−RT−PCRを通じた遺伝子発現プロファイリングとを組み合わせることにより、遺伝子発現解析が実施されるべきタイムポイント(単数又は複数)の正確な判定が可能となることを示す。観察された細胞の変化は、リアルタイムの細胞解析のみではそれらの質及び程度を規定出来ない場合があるが、特定の細胞イベントに並行し、又は先行する遺伝子発現プロファイリングのデータセットを、プロテオミクスのアプローチ又は光学システム等の追加的な手法及び技術と共に適用することにより、より容易に明らかになる場合がある。
【0192】
実施例2
ここで、xCELLigence システムを使用するパクリタキセル処理後の細胞の反応のオンラインでのモニタリングを、LightCycler(登録商標)480装置を使用するqPCR解析と組み合わせる、1つのモデルシステムを記載する。
【0193】
HT29細胞は、パクリタキセルで、又はコントロールとしてDMSOで処理された。パクリタキセル処理及びコントロール細胞の増殖行動は、xCELLigence 技術を使用して、実験の間中モニタリングされた。CI(細胞指数)プロフィールに基づき、xCELLigence システムにより記録され、タイムポイントはサンプル材料の集合のためにタイムポイントが選択された。その後、高水準のRNAが精製され、そしてcDNAが合成された。84個のアポトーシス関連遺伝子及び84個の細胞周期関連遺伝子の発現レベルが、LightCycler(登録商標)480装置と共に RealTime ready Human Apoptosis Panel, 96 及びRealTime ready Human Cell Cycle Panel, 96を使用して、全てのcDNA集団において比較された。
【0194】
High Pure RNA Isolation Kit を使用する培養細胞からのRNAの単離
HT29細胞株の培養及びRNAの単離
HT29細胞は、T75細胞培養ボトル(RNA単離用)又はE−プレート96(細胞増殖モニタリング用)及び3枚の通常のマイクロタイタープレート(WST−1アッセイ用)のいずれかの中で、マッコイ培地中で培養された。
【0195】
E−プレート96の1つのウェルの底面の表面積は、約0.2cmである。T75細胞培養ボトルの底面積は、75cmである。E−プレート96及びマイクロタイタープレートの任意の単独のウェル中で、並びに細胞培養ボトル中の同等の増殖条件を推測するために、E−プレート96及び通常のマイクロタイタープレート中に4.000細胞/ウェルが播種され、そして各T75細胞培養ボトル中に7.5x10細胞/ウェルが播種された。
【0196】
【表1】

【0197】
37℃で24時間インキュベーションした後、最終濃度が50nMとなるように、パクリタキセルが添加された。DMSO中に2mMのパクリタキセルストックが溶解しているとき、コントロール細胞は、最終濃度が0.0025%となるようにDMSOで処理された。加えて、培地のみで処理された細胞が、並行してモニタリングされた。
【0198】
全ての細胞が、37℃で更にインキュベーションされた。細胞の増殖は、実験の全過程にわたりRTCA SP Station によりリアルタイムでモニタリングされた(図3)。
【0199】
生存率アッセイ
通常のマイクロタイタープレート中の細胞増殖は、Cell Proliferation Reagent WST-1 を使用した細胞生存率アッセイを目的としていた。パクリタキセル処理の1時間、2時間、及び4時間後、10μlのWST−1試薬がそれぞれのウェルに添加され、そして1時間のインキュベーション後、450nmの吸光度及び参照波長として600nmの吸光度の読み取りが遂行された。
【0200】
RNAの単離及びcDNAの合成
RNAの単離のために、1、2、4、及び24時間合に細胞が収穫された。細胞数が判定され、そして10細胞分が、使用説明書に従い、High Pure RNA Isolation Kit を適用するRNAの単離のために使用された。
【0201】
RNAサンプルの水準は、NanoDrop 装置及びAgilent Bioanalyzerを使用する解析により確認された。
【0202】
各RNA集団から、1μgのRNAが、Transcriptor First Strand cDNA Synthesis Kit によるcDNA合成に使用された。
【0203】
リアルタイムPCR
1μgのRNAから開始したcDNA合成反応の全収得物は、RealTime ready Human Apoptosis Panel, 96 又はRealTime ready Human Cell Cycle Panel, 96のテンプレートとして使用された。ウェルあたりの全PCR反応体積は、Light Cycler(登録商標)480 Probes Master が入って20μlであった。PCRプロトコール、サンプル準備及び解析を含むパネル用の簡便なマクロが、LightCycler(登録商標)480ソフトウェア1.5上で利用される。
【0204】
結果
HT29細胞株の細胞増殖は、xCELLigence RTCA-SPシステムによりモニタリングされた。前記E−プレート96には、4つ一組で4000細胞/ウェルが入れられた。回収された増殖曲線から視認できるように、HT−29非処理細胞は、この細胞密度で約70時間後に密集状態に達する(図3)。
【0205】
非処理細胞がパクリタキセル処理の時点で早期の対数増殖期の中にあることを保証するために、細胞は播種後20時間のそれらの最高の細胞指数の約1/3で、50nMのパクリタキセルにより処理された。
【0206】
リアルタイムでのオンラインのモニタリングにより、細胞指数の顕著な変化が、パクリタキセル処理の直後に記録された。興味深いことに、前記細胞指数は、それがその後の約24時間で最低まで降下する前の最初の1時間中に、僅かに上昇した。このデータに基づき、最初のT75ボトルはパクリタキセル処理後1時間後にRNA単離、そしてその後の逆転写及びqPCR用に収穫された。追加的なサンプルが、パクリタキセル処理の2、4、及び24時間後に回収された。
【0207】
細胞は、通常のマイクロタイタープレート中で並行して遂行されるWST−1アッセイで、パクリタキセル処理の1、2、及び4時間後に解析された。取得されたデータは、xCELLigenceシステムにより記録される増殖曲線に表された(図4)。
【0208】
この比較は、WST−1によりなされる3つのエンドポイントアッセイと比較して、xCELLigence装置により測定される細胞指数プロフィールの優位性を明示する。WST−1の結果は、パクリタキセル処理後最初の僅か1時間中の、細胞の極めて劇的な反応を殆ど反映しない。利用可能なWST−1のデータのみでは、おそらくこのような早期の時点におけるRNAの単離を決定し得ず、そして本発明者らが後に明示するRNA発現の著しい変化を看過していたであろう。
【0209】
信頼できるqRT−PCR解析において、高水準のRNAは必要不可欠である。高水準の全RNAは、High Pure RNA Isolation Kit を使用して単離された。RNA調製物の完全性は、Aglient Bioanalyzer の解析により確認された。全てのサンプルは、その後のqPCR解析において絶好の条件であることを示す、9.5〜10という高いRIN値を示した。
【0210】
RealTime ready Human Apoptosis Panel, 96(図5A〜D) 及びRealTime ready Human Cell Cycle Panel, 96(図7A〜D)を使用するLightCycler(登録商標)480 システムで行われるqPCRのために、1、2、4、及び24時間の4つのタイムポイントが選択された。番号に対応する遺伝子名は、両パネルの添付文献において見出され得る(Roche Applied Science)。本発明者らのデータは、アポトーシス関連遺伝子の発現レベルの最も著しい変化は、パクリタキセル処理の最初の1時間後以内に引き起こされることを明示する。
【0211】
全てのRealTime ready Human Apoptosis Panel, 96のデータを比較したところ、顕著(4倍以上)に上方/下方制御されている合計6個の遺伝子が明らかになった(図6)。パクリタキセル処理後2時間及び4時間では、DMSOコントロールと比較して顕著な発現の変化を示す遺伝子は存在しない。
【0212】
RealTime ready Human Cell Cycle Panel, 96において、最も劇的な効果は最初の4時間以内に観察された。
【0213】
結論
xCELLigenceシステムは、標識を用いずにリアルタイムで細胞イベントを記録する。インピーダンス測定は、細胞数、生存率、及び形態を含む、細胞の生物状態についての定量情報を提供する。xCELLigenceにより、特定の処理の後の細胞の「ボディーランゲージ」が、オンライン方式でモニタリングされる。
【0214】
RealTime ready Panelは、Roche のUniversal Probe Library に基づく広範な遺伝子発現解析にとって素晴らしいツールである。それぞれのパネルの構成は、特定の細胞経路の解析のために特別に設計されている。ウェブを基礎とするツールは、標的及びアッセイ設計を補助するために、経路、遺伝子及びアッセイについてのバックグラウンド情報を提供し、並びに公のデータベースへのリンクを含む。両方の新たな技術を組み合わせることにより、生物学研究の強力なツールが提供される。
【0215】
パクリタキセルはG/M−拘束を最初に誘導し、それからアポトーシスを誘導する。
【0216】
xCELLigence システムにより細胞指数の変化をモニタリングすることにより、本発明者らは、その後の遺伝子プロファイリングのためにサンプルを回収する最適な時点を初めて同定し得た。
【0217】
WST−1のような典型的な細胞生存率アッセイは、薬物処理後早期の段階における細胞の形態及び接着の顕著な変化を反映しない。従って、WST−1のデータによっては、このような早期の時間の場合に、その後のqPCRアッセイのためのサンプルを得ることは殆ど不可能であった。遺伝子発現において最も重要な変化が看過されていた場合がある。
【0218】
選択されたタイムポイントにおけるRealTime ready Panelにより回収されたqPCRの評価は、細胞指数曲線の下降が、細胞周期を制御する、及びアポトーシスを開始させる特定の遺伝子の発現レベルの顕著な増大/減少と明確に相互関連することを明示する。
【0219】
本発明者らの結果により、細胞指数値の変化により視覚化された、パクリタキセル処理に対するHT29細胞の早期の応答が示される。
【0220】
本発明者らのデータは、細胞増殖のリアルタイムでの測定と、その後の理想的なタイムポイントにおけるqRT−PCRとの組合せが、未来の研究を強力に支援し得ることを明示する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)センサー表面上に細胞を提供し、
b)化合物を提供し、
c)前記化合物による前記細胞の処理の後、前記センサー表面を使用して、リアルタイムで、前記細胞の時間依存的な表現型サイン(phenotypical signature)をモニタリングし、
d)工程c)においてモニタリングされた前記時間依存的な表現型サインと、同一若しくは類似する細胞型において得られた、又は同一若しくは類似する構成要素において得られた所定の表現型サインとをリアルタイムで比較し、その所定の表現型サインが、少なくとも1つの第一の特異的特性(characteristic feature)を含み、
e)工程c)においてモニタリングされた、前記時間依存的な表現型サインにおける前記特異的特性が発生した場合に、前記センサー表面上の前記細胞の分子内容物の少なくとも一部分を解析する
ことを含む、時間分解された(time resolved)解析のための方法。
【請求項2】
工程e)における前記特異的特性が発生した場合、その分子内容物の前記解析を遂行するために、少なくとも一部分の細胞が前記センサー表面から除去される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程e)の後に、
f)工程e)において判定された分子内容物の部分と、対応する所定の表現型サインの特異的特性における、同一若しくは類似する細胞型、又は同一若しくは類似する化合物において得られた、同一又は類似の分子内容物の所定の部分とを比較する
更なる工程を含む、請求項1又は2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
前記時間依存的な表現型サインが電気的技術を使用して測定される、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記所定の表現型サインがデータベースから収得される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記所定の表現型サインの前記特異的特性が、前記時間依存的な進行(Course)の不連続的な変化、若しくは前記時間依存的な進行のプラトー期である、又は、前記時間依存的な進行の閾値への到達である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
工程e)における前記解析が遺伝子発現解析である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
工程e)における前記解析がタンパク質解析である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
a)任意的にカオトロピック剤を含む溶解緩衝液、
b)PCRを基礎とする、前記細胞の遺伝子発現解析を遂行するための試薬、
c)一連の所定の表現型サインを、対応する時間依存的な所定の遺伝子発現プロフィールと共に含むデータベース
を含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の時間分解された細胞の遺伝子発現解析のためのキット。
【請求項10】
前記遺伝子発現解析を遂行するための試薬が、核酸を細胞の残骸から分離するための試薬を含む、請求項9に記載のキット。
【請求項11】
a)細胞の時間依存的な表現型サインを、リアルタイムでモニタリングするための細胞解析装置、
b)一連の所定の表現型サインを、対応する時間依存的な所定の分子プロフィールと共に含むデータベースであり、その所定の表現型サインが、それぞれ少なくとも1つの第一の特異的特性を含み、そして
c)細胞解析装置によりリアルタイムでモニタリングされた前記時間依存的な表現型サインと、前記データベースの所定の表現型サインとを比較するためのコンピュータープログラム
を含む、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法を遂行するためのシステム。
【請求項12】
リアルタイムでモニタリングされる前記細胞の一部が、前記コンピュータープログラムからの対応する指示に応答して採取されるように設定された採取装置を更に含む、請求項11に記載のシステム。
【請求項13】
リアルタイムでモニタリングされる前記細胞由来の分子内容物が、前記コンピュータープログラムからの対応する指示に応答して細胞の残骸から分離されるように設定された分離装置を更に含む、請求項11又は12のいずれかに記載のシステム。
【請求項14】
リアルタイムでモニタリングされる前記細胞の分子プロフィールが、前記コンピュータープログラムからの対応する指示に応答して測定されるように設定された解析装置を更に含む、請求項11〜13のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項15】
前記解析装置がPCR装置であり、好ましくはリアルタイムPCR装置である、請求項14に記載のシステム。

【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図7A】
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【図7B】
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【図7C】
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【図7D】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−99068(P2010−99068A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2009−239639(P2009−239639)
【出願日】平成21年10月16日(2009.10.16)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】