説明

細胞の分化誘導方法

【課題】支持細胞を使用することなくES細胞又はiPS細胞を内胚葉系、中胚葉系及び
外胚葉系へと分化誘導することを可能とするような新規なES細胞又はiPS細胞の分化
誘導方法を提供すること。
【解決手段】ナノサイズの繊維又は粒子からなるマトリックス又は正に帯電したマト
リックス上で哺乳動物由来のES細胞又はiPS細胞を培養することを含む、ES細胞又は
iPS細胞から、内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導する方法

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ES細胞及びiPS細胞の分化誘導方法に関する。より詳細には、本発明は
、支持細胞を使用することなく合成ナノファイバー基質を用いてES細胞又はiPS細胞
を内胚葉などに分化誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
胚性幹(ES)細胞は、胚盤胞の内部細胞塊に由来する多能性幹細胞である。肝臓分化
に関しては、インビトロ手法では、胚様体を形成して、肝臓再生に必要な誘導性微小
環境を模倣するか、肝細胞分化に必須な特異的増殖因子及びサイトカインでの処理を
行っている。ES細胞を胚性間葉系細胞と一緒に培養すると、ES細胞は膵および肝系
譜に向かうことが示されている。ES細胞由来肝細胞のインビトロでの作成は、BMP
4を用いて報告されている。
【0003】
本発明者らは、支持細胞株であるM15細胞上でES細胞を培養することにより高効率
で肝臓へ分化誘導できることを報告している(非特許文献1)。本発明者らは、支持
細胞を用いる方法により、平面培養によりES細胞から胚性内胚葉性の呼吸器・消化器
官への高効率分化誘導技術を確立している(特許文献1及び2)。M15細胞を使用す
ることにより、ES細胞はインビトロにおいて中内胚葉、胚体内胚葉、並びに最終的に
領域特異的な胚体内胚葉に由来する器官に経時的に誘導することができる。M15フィ
ーダーは、3種の胚葉(神経外胚葉、中胚葉および胚体内胚葉)に属する、ES細胞由
来の系譜特異的な細胞型を発生させるための有用なツールである(非特許文献3)。
しかしながら、上記方法は、生きた支持細胞を利用する方法であり、将来ヒトへの応
用を考える上では無細胞の系による方法を開発することが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】WO2006/126574号公報
【特許文献2】WO2008/149807号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Shiraki N, Umeda K, Sakashita N, et al. Differentiation of mouse and human embryonic stem cells into hepatic lineages. Genes Cells.2008;13:731-746.
【非特許文献2】Shiraki N, Yoshida T, Araki K, et al. Guided differentiation of embryonic stem cells into Pdx1-expressing regional-specific definitive endoderm. Stem Cells. 2008;26:874-885.
【非特許文献3】Shiraki N, Higuchi Y, Harada S, et al. Differentiation and characterization of embryonic stem cells into three germ layers. BiochemBiophys Res Commun. 2009;381:694-699.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、支持細胞を使用することなくES細胞又はiPS細胞を内胚葉系、中胚葉系
及び外胚葉系へと分化誘導することを可能とするような新規なES細胞又はiPS細胞の
分化誘導方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、合成ナノ繊維(sNF)マ
トリックスを使用して、ES細胞又はiPS細胞を培養することによって、支持細胞を使
用することなく、内胚葉系、中胚葉系及び外胚葉系へと分化誘導できることを見出し
た。即ち、合成ナノ繊維マトリックス上で成長させたES細胞は、内胚葉に誘導され、
膵臓へと誘導することができる。本発明の方法における誘導効率は十分に高いので、
小分子化合物のハイスループットスクリーニングにおいてPdx1/GFP ES細胞株または
Ins1/GFP ES細胞株を使用することにより、インスリン発現細胞の割合を増加させる
候補化合物を得ることができる。さらに、ES細胞の肝臓分化または胚葉特異的分化へ
の誘導における合成ナノ繊維(sNF)マトリックスの有用性を検討した結果、sNFマトリ
ックス上での培養により、ES/iPS細胞から肝臓への分化、並びに神経外胚葉および中
胚葉への分化を達成することができた。本発明は、これらの知見に基づいて完成した
ものである。
【0008】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1) ナノサイズの繊維又は粒子からなるマトリックス又は正に帯電したマトリッ
クス上で哺乳動物由来のES細胞又はiPS細胞を培養することを含む、ES細胞又はiPS細
胞から、内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導する方法。
(2) ナノサイズの繊維又は粒子からなるマトリックスが、合成ナノ繊維マトリッ
クスである、(1)に記載の方法。
(3) 合成ナノ繊維マトリックスの平均直径が200〜400nmであり、ポアサイズが5
00nm〜1000nmである、(2)に記載の方法。
(4) 合成ナノ繊維マトリックスが、少なくとも1種類以上のポリアミドポリマー
からなるものである、(2)又は(3)に記載の方法。
(5) ナノサイズの繊維又は粒子からなるマトリックス又は正に帯電したマトリッ
クス上で増殖因子の存在下において哺乳動物由来のES細胞又はiPS細胞を培養するこ
とにより、ES細胞又はiPS細胞から内胚葉系細胞へと分化誘導させる、(1)から(
4)の何れかに記載の方法。
(6) 内胚葉系細胞が、膵臓系又は肝臓系細胞である、(5)に記載の方法。
(7) 哺乳動物由来のES細胞又はiPS細胞が、マウス又はヒト由来のES細胞又はiP
S細胞である、(1)から(6)の何れかに記載の方法。
(8) (1)から(7)の何れかに記載の方法により得られる、ES細胞又はiPS細
胞から分化誘導された内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞。
【0009】
(9) (1)から(7)の何れかに記載の方法によってES細胞又はiPS細胞から内
胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導する際に、被験物質の存在
下でES細胞又はiPS細胞を培養し、被験物質の非存在下でES細胞又はiPS細胞を培養し
た場合における内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞への分化誘導の程度と
、被験物質の存在下でES細胞又はiPS細胞を培養した場合における内胚葉系細胞、中
胚葉系細胞又は外胚葉系細胞への分化誘導の程度とを比較することを含む、ES細胞又
はiPS細胞から内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導を促進又
は阻害する物質をスクリーニングする方法。
(10) 被験物質が成長因子又は低分子化合物である、(9)に記載のスクリーニ
ング方法。
(11) 内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞で発現するマーカー転写産
物の量もしくは蛋白量、またはその両方を指標として、内胚葉系細胞、中胚葉系細胞
又は外胚葉系細胞へと分化誘導の程度を測定する、(9)又は(10)に記載のスク
リーニング方法。
【発明の効果】
【0010】
ES細胞及びiPS細胞は無限に増殖できるとともに、あらゆる細胞組織に分化できる
多能性を有することに特徴がある。本発明では、フィーダー細胞(支持細胞)を用い
ない方法により、肝臓細胞及び膵臓細胞などの内胚葉系、中胚葉系及び外胚葉系への
分化誘導を達成する技術を確立することに成功した。本発明の方法は、新薬の安全性
評価といった創薬の基盤研究に応用できるモデル細胞の創製、並びに再生医療の移植
細胞源の創製に有用であり、特に本発明の方法によるES細胞やiPS細胞からの成熟肝
細胞及び成熟膵細胞への分化誘方法は創薬・再生医療の分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、sNFマトリックスによる胚体内胚葉へのES細胞の分化誘導を示す。ES細胞をFCM分析によって胚体内胚葉の発生またはE-カドヘリン+/SSEA1+細胞の減少についてアッセイした。A)左パネル中の数は、E-カドヘリン+/SSEA1+ES細胞の割合を示す。右パネル中の数は、全細胞中のE-カドヘリン+/Cxcr4+細胞の百分率を表す。B)E-カドヘリン+/SSEA1+ES細胞(白い棒)またはSSEA1-/E-カドヘリン+/Cxcr4+胚体内胚葉細胞(黒い棒)の割合。
【図2】図2は、sNFマトリックスによる膵臓へのES細胞の分化誘導を示す。(A)sNFマトリックス上で成長させたPdx1/GFP ES 細胞 (SK7 ES細胞)は、Pdx1/GFP発現細胞に分化する(緑)。(B)胚体内胚葉または膵臓前駆細胞を定量するために、SK7 ES細胞および抗E-カドヘリン抗体または抗Cxcr4抗体を使用してFCM分析を行った。上パネル中の数は、E-カドヘリン+/Cxcr4+胚体内胚葉細胞の割合を示し、下パネル中の数は、胚体内胚葉集団内のPdx1/GFP+細胞の百分率を表す。
【図3】図3は、ES細胞由来のPdx1+細胞は、成熟膵臓内分泌細胞、成熟膵臓外分泌細胞、および成熟膵臓管細胞にさらに発達することを示す。(A、B)20日間sNFマトリックス上で成長させた分化SK7 ES細胞中のインスリン陽性細胞の免疫細胞化学的分析(A)、及び20日間sNFマトリックス上で成長させた分化Ins1/GFP ES細胞(ING ES細胞) 中のインスリンまたはグルカゴン発現細胞(B)を示す。(C)20日間sNFマトリックス上で成長させた分化Ins1/GFP ES細胞の遺伝子発現レベルをRT-PCRによって解分析した。比較として未分化ES細胞を用いた。
【図4】図4は、sNFマトリックス上のES細胞の膵臓系譜への分化を示す。A)使用した培地の略図。マウスES細胞(SK7 ES細胞またはING ES細胞)は0日目(d0)にsNFマトリックス上に播種した。培地1はd1〜d7に使用し、培地2はd7〜d11に使用した。これらの培地は2日ごとに交換した(d3、5、7、および9)。さらに2日ごとに交換した(d11、13、および15)。細胞分化の効率は、インスリン/GFPの観察またはインスリン免疫細胞化学によって分析した。B)分化中のSK7 ES細胞の遺伝子発現レベルを定量的RT-PCRによって分析した。C)SK7 ES細胞において、Pdx1/GFP発現はd9に検出可能になったが、d11に検出不可能になった。次いで、GFP発現は、d13に再び検出可能になり、d16に再び増加した。D)GFP発現細胞は、d16に、Ins1/GFP ES細胞中で検出可能となった。E)d16のSK7 ES細胞中のPdx1/GFP発現および/またはIns1発現を免疫細胞化学によって検出した。F)sNFマトリックスによる膵臓へのES細胞の分化誘導の促進薬物のスクリーニング系としての有効性を示す。sNFマトリックス上で成長させ分化させたマウスING ES細胞中のインスリン発現量を解析した結果を示す。図4Aの方法で分化させたマウスING ES細胞に、D11-20の期間に図に示した各種液成因子および阻害薬を加えて、膵臓分化に関与する因子の探索を行った。
【図5】図5は合成sNFマトリックス上でのヒトES細胞の膵臓PDX1発現細胞への分化を示す。(A)ヒトES細胞についての段階的な分化手順の略図を示す。このプロトコールは複数の工程に分けられる。培地の日数および期間、成長因子、化学物質、及び他の添加物を示す。ヒトES細胞は、sNFマトリックス上で平面培養し、80〜90%のコンフルエントまで培養した(d0)。ES細胞は、SOX17陽性胚体内胚葉を経由してPDX1陽性膵臓前駆細胞に分化した。Act A;アクチビンA, RA;チノイン酸, Cyc;KAADシクロパミン, ILV;インドラクタムV, ITS;インスリン、トランスフェリン、セレンおよび2000mg/Lグルコースを含有するDMEM。(B、C)免疫染色は、d5の分化ヒトES細胞は、SOX17陽性(赤)(B)であり、d13にPDX1陽性となった(赤)(C)ことを示した。SOX17染色は、cytospin細胞遠心機によってスライドグラス上に接着させた細胞を用いて実施した。PDX1染色は、ホールマウント免疫細胞化学によって行った。PDX1蛋白の産生は、単層中に観察され、核中に局在した(青;DAPI)。(D)RT-PCR分析は、SOX17転写物およびPDX1転写物がd13(d13)に分化ES細胞中で発現するが、未分化ES細胞(ES)中で発現しないことを示した。
【図6】図6は、sNFマトリックス上で成長させたマウスES細胞の肝臓分化を示す。(A)分化細胞は、d12に、アルブミン転写物を生産し始め、アルブミンタンパク質は、d16に最初に検出された。アルブミン発現およびアルブミン分泌のレベルは、d20頃にプラトーに達した。(B)24日間、sNFマトリックス上で成長させた分化細胞および他の基質上で成長させた分化細胞間のアルブミン転写物レベルの比較。アルブミン発現の誘導作用は、sNFマトリックス>M15>マトリゲル>コラーゲンIの順となる。アルブミンの転写物レベルは、β-アクチンの転写物レベルを用いて標準化した。値は胎児肝臓を用いて標準化し、グラフは、胎児肝臓のレベルを100とした場合における相対的な遺伝子発現レベルを表す。(C)sNFマトリックスまたは他の基層上で成長させたES由来肝細胞からのアルブミン分泌の時間的経過。新しい培地に交換して24時間後に、培地中に分泌されたアルブミン量を測定した。sNFマトリックス上で成長させた細胞からのアルブミン分泌はどの計測点においても、他のものよりも有意に高かった。(D)それぞれの基質上で培養した分化ES細胞のCYP活性および誘導剤に対する感受性。それぞれのマトリックス上の分化細胞は、CYP1Aの誘導のために3-メチルコラントレンを用いて48時間処理し、CYP2Cおよび3Aの誘導のためにデキサメタゾンを用いて48時間処理した。細胞に、CYP1Aを検出するためにルシフェリン-CEE、CYP2Cについてはルシフェリン-H、およびCYP3Aにはルシフェリン-PFBEを添加した。値はsNFマトリックス上で成長させた生細胞のATP活性を用いて細胞数を標準化した。グラフは、sNFマトリックス上で培養した細胞の薬剤非添加時のレベルを1とした場合における相対的な各CYP活性の誘導レベルを表す。(E)培養24日目での分化細胞のPAS染色。細胞質中のマゼンタは肝細胞機能の一つであるグリコーゲン貯蔵を反映する。 (F)肝細胞機能分析としてのインドシアニングリーン(ICG)試験。d24に、分化細胞は37℃で30分間ICGを用いて処理した。マトリゲルまたはコラーゲンI上で成長させた細胞と比較して、sNFマトリックス上で成長させた分化細胞は、ICGの取り込みを有する細胞が多く見られた。
【図7】図7は、肝臓マーカー遺伝子の転写物をリアルタイムPCR分析によって定量した結果を示す。ヒトES細胞におけるM15細胞を用いた分化については、アクチビンおよびbFGF、FBS、ならびに4500mg/Lグルコースを添加した培地中で10日間培養した。d10〜d20に、添加物は、DexおよびHGF、10%KSR、ならびに2000mg/Lグルコースに切り替えた。sNFマトリックスを用いた分化については、ヒトES細胞をsNFマトリックス上で平面培養し、80〜90%のコンフルエントまで培養した(d0)。次いで、アクチビンおよびbFGF、ITS、ならびに4500mg/Lグルコースを添加した培地中でd0〜d5に培養した。d5〜d20に、DexおよびHGF、10%KSR、ならびに2000mg/Lグルコースに添加した培地に切り替えた。転写レベルは、GAPDHの転写レベルを用いて細胞数を標準化した。グラフの値は、ヒト胎児肝臓(FL)のレベルを100とした場合における相対的な遺伝子発現レベルを表す。
【図8】図8は、sNFマトリックスプレートを使用したES細胞の中胚葉、外胚葉細胞系譜への分化を示す。A)沿軸中胚葉を定量するためにSSEA1-/PDGFRα+を使用したFCM分析。数字は、全ES細胞培養物内のそれぞれの画分の割合を示す。ES細胞は、FBS含有分化培地(左パネル)またはITS含有培地(右パネル)上で培養した。B)神経の分化を確認するためのβIIIチューブリン抗体を使用する免疫細胞化学的分析。ES細胞は、5日間、KSRおよびレチノイン酸を添加した培地下で分化させた。
【図9】図9は、UpCellを用いたES細胞の分化誘導実験の結果を示す。
【図10】図10は、RepCellを用いたES細胞の分化誘導実験の結果を示す。
【図11】図11は、BD PureCoat Amine plateを用いたES細胞の分化誘導実験の結果を示す。
【図12】図12は、各種ナノファイバーを用いたES細胞の分化誘導実験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態についてさらに詳細に説明する。
本発明においては、フィーダー細胞を使用することなくES細胞を分化させる手法を
確立することを目的として合成ナノ繊維(sNF)マトリックスを使用した。sNFマトリッ
クスを使用することにより、ES細胞またはiPS細胞からのインスリン陽性細胞の誘導
効率が改善された。また、sNFマトリックスは、ES細胞からのインスリン発現細胞へ
の分化を促進する薬剤のハイコンテンツスクリーニングに応用することができる。さ
らに、セルシードから販売されているUpCellとRepCell、並びにBD PureCoat Amine
plateを用いた場合においても、ES細胞からインスリン陽性細胞を誘導することがで
きた。
【0013】
膵臓への分化以外に、ES/iPS細胞から肝臓への分化も、sNFマトリックス上でES細
胞を培養することによって誘導することができた。膵臓系譜と同様に、高割合のマウ
スES細胞がアルブミン産生細胞に分化する。そのアルブミン転写物のレベルはE12.5
胎児肝臓の約8倍まで増加する。ES細胞由来の肝細胞は、薬剤誘導物質に応答してCy
p1A1、Cyp2C9、およびCyp3Aの代謝活性の増加を示した。
【0014】
さらに、sNFが他の胚葉への分化のためにも使用できるかどうかを調べた結果、内
胚葉細胞だけではなく神経外胚葉細胞および中胚葉細胞も分化誘導できることを見出
した。即ち、sNFを使用する本発明の細胞の分化誘導方法は、ES/iPS細胞から神経外
胚葉系譜、中胚葉系譜、および内胚葉系譜の発生に適用することができる。
【0015】
本発明においては、合成ナノ繊維(sNF)マトリックスを用いる方法により、ES細胞
又はiPS細胞から、内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞を分化誘導するこ
とができる。従来の方法では支持細胞であるM15細胞を用いる方法により、ES細胞か
ら肝臓又は膵臓への分化誘導を行ってきたが、本発明によれば、フィーダー細胞(支
持細胞)を用いることなく分化誘導が可能になった。
【0016】
本発明は、ES細胞又はiPS細胞から内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞
へと分化誘導する方法であって、合成ナノ繊維(sNF)マトリックス上で哺乳動物由来
のES細胞又はiPS細胞を培養することを特徴とする方法である。ES細胞又はiPS細胞の
培養は、好ましくは、増殖因子の存在下で培養することができる。
【0017】
本発明の分化誘導方法では、支持細胞を用いることなく合成ナノ繊維(sNF)マトリ
ックス上においてES細胞又はiPS細胞から肝臓又は膵臓などの内胚葉に由来のする消
化器の細胞、並びに中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞を分化誘導することができる。本
発明では、合成ナノ繊維(sNF)マトリックス上において培養することによって、ES細
胞又はiPS細胞は分化誘導しやすい状態にある。そのため、特定の成長増殖因子を添
加すると、さらに分化誘導が促進される。従って、本発明の方法は、未知の分化誘導
因子のスクリーニングとしても利用できる。
【0018】
本発明で用いるES 細胞は、哺乳動物由来のES細胞であればよく、その種類などは
特に限定されず、例えば、マウス、サル又はヒト由来のES細胞などを使用することが
できる。ES細胞としては、例えば、その分化の程度の確認を容易とするために、Pdx
1遺伝子付近にレポーター遺伝子を導入した細胞を用いることができる。例えば、Pd
x1座にLacZ遺伝子を組み込んだ129/Sv由来ES細胞株又は、Pdx1プロモーター制御下の
GFPレポータートランスジーンをもつES細胞SK7株などを使用することができる。ある
いは、Hnf3β内胚葉特異的エンハンサー断片制御下のmRFP1レポータートランスジー
ン及びPdx1プロモーター制御下のGFPレポータートランスジーンを有するES細胞PH3株
を使用することもできる。
【0019】
哺乳動物由来のES細胞の培養方法は常法により行うことができ、例えば、必要によ
りフィーダー細胞としてマイトマイシンC処理マウス胚線維芽細胞(MEF)の存在下に
おいて、1000ユニット/ml白血病抑制因子(LIF;Chemicon)、15%ノックアウト血清リプ
レースメント(KSR;Gibco)、1%ウシ胎児血清(FBS;Hyclone)、100μM非必須アミノ酸(
NEAA;Invitrogen)、2mM L-グルタミン(L-Gln;Invitrogen)、1mMピルビン酸ナトリウ
ム(Invitrogen)、50ユニット/mlペニシリンおよび50μg/mlストレプトマイシン(PS;
Invitrogen)、及び100μM β-メルカプトエタノール(β-ME;Sigma)を含むグラスゴー
最小必須培地(Invitrogen)中で維持することができる。
【0020】
iPS細胞(人工多能性幹細胞:induced pluripotent stem cell)とは、体細胞を初
期化することによって得られる多能性を有する細胞である。人工多能性幹細胞の作製
は、京都大学の山中伸弥教授らのグループ、マサチューセッツ工科大学のルドルフ・
ヤニッシュ(Rudolf Jaenisch)らのグループ、ウイスコンシン大学のジェームス・ト
ムソン(James Thomson)らのグループ、ハーバード大学のコンラッド・ホッケドリ
ンガー(Konrad Hochedlinger)らのグループなどを含む複数のグループが成功して
いる。人工多能性幹細胞は、拒絶反応や倫理的問題のない理想的な多能性細胞として
大きな期待を集めている。例えば、国際公開WO2007/069666号公報には
、Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、及びMycファミリー遺伝子の遺伝子
産物を含む体細胞の核初期化因子、並びにOctファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝
子、Soxファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初
期化因子が記載されており、さらに体細胞に上記核初期化因子を接触させる工程を含
む、体細胞の核初期化により誘導多能性幹細胞を製造する方法が記載されている。
【0021】
本発明で用いるiPS細胞は、体細胞を初期化することにより製造することができる
。ここで用いる体細胞の種類は特に限定されず、任意の体細胞を用いることができる
。即ち、本発明で言う体細胞とは、生体を構成する細胞の内生殖細胞以外の全ての細
胞を包含し、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。体細胞の由来は
、哺乳動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよく特に限定されないが、好ま
しくは哺乳動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、またはヒトなどの霊長類)であり
、特に好ましくはマウス又はヒトである。また、ヒトの体細胞を用いる場合、胎児、
新生児又は成人の何れの体細胞を用いてもよい。
【0022】
本発明で言うiPS細胞は、所定の培養条件下(例えば、ES細胞を培養する条件下
)において長期にわたって自己複製能を有し、また所定の分化誘導条件下において外
胚葉、中胚葉及び内胚葉への多分化能を有する幹細胞のことを言う。また、本発明に
おける人工多能性幹細胞はマウスなどの試験動物に移植した場合にテラトーマを形成
する能力を有する幹細胞でもよい。
【0023】
体細胞からiPS細胞を製造するためには、まず、少なくとも1種類以上の初期化遺
伝子を体細胞に導入する。初期化遺伝子とは、体細胞を初期化してiPS細胞とする作
用を有する初期化因子をコードする遺伝子である。初期化遺伝子の組み合わせの具体
例としては、以下の組み合わせをあげることができるが、これらに限定されるもので
はない。
(i)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子
(ii)Oct遺伝子、Sox遺伝子、NANOG遺伝子、LIN28遺伝子
(iii)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子、hTERT遺伝子、SV40 large
T遺伝子
(iv)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子
【0024】
本発明では、ES細胞又はiPS細胞を、合成ナノ繊維マトリックス上で培養する。本発明で用いる合成ナノ繊維(sNF)マトリックスとしては、ES細胞又はiPS細胞を内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導できるものであれば、特に限定されない。合成ナノ繊維マトリックスの平均直径は200〜400nmであることが好ましく、合成ナノ繊維マトリックスのポアサイズは500nm〜1000nmであることが好ましい。合成ナノ繊維マトリックスを構成するポリマーの種類は特に限定されず、例えば、ポリアミドポリマー、ポリ乳酸、ポリ(乳酸−グリコール酸)(PLGA),ポリカプロラクトン、ポリブリ連サクシネート、あるいはタンパク質(ポリペプチド):ゼラチン、コラーゲン、水溶性ポリマー:ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリ(N-ビニルピロリドン)、ナフィオン。汎用ポリマー:ポリスチレン、ポリ(メタクリル酸メチル)(PMMA)などを特定の比率で混合して作成するすることができる。好ましくは、少なくとも1種類以上のポリアミドポリマーを使用することができる。
【0025】
合成ナノ繊維の作製方法は特に限定されないが、例えば、エレクトロスピニングに
よって作製することができる。例えば、合成ナノ繊維(sNF)マトリックスは、30kVの
電界強度を用いて工業用エレクトロスピニングプロセスを使用してエレクトロスピニ
ングにより作製することができる。
【0026】
合成ナノ繊維(sNF)マトリックス上で哺乳動物由来のES細胞又はiPS細胞を培養する
方法は特に限定されない。例えば、未分化のES細胞又はiPS細胞をトリプシンで解離
させ、合成ナノ繊維(sNF)マトリックス上に播種し、分化培地中で生育させる。以下
、数日間培養することにより、内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分
化誘導を行うことができる。
【0027】
本発明の分化誘導方法においては、合成ナノ繊維(sNF)マトリックス上においてES
細胞又はiPS細胞を培養する際に、増殖因子を添加して、培養することができる。
【0028】
本発明による合成ナノ繊維(sNF)マトリックス上でのES細胞又はiPS細胞の分化誘導
方法によれば、ES細胞又はiPS細胞から、未分化な内胚葉の前駆細胞、内胚葉由来器
官の未熟な細胞、又は内胚葉由来器官の成熟細胞の何れかへと分化誘導することがで
きる。内胚葉由来器官としては、膵臓、肝臓などが挙げられるが、これらに限定され
るものではない。なお、ES細胞から内胚葉系細胞への分化は、内胚葉に特異的なマー
カーの発現量を測定することにより確認することができる。
【0029】
さらに本発明によれば、合成ナノ繊維(sNF)マトリックス上において哺乳動物由来
のES細胞又はiPS細胞を培養することによって、ES細胞又はiPS細胞から内胚葉系細胞
、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導する際に、被験物質の存在下でES細胞
又はiPS細胞を培養し、被験物質の非存在下でES細胞又はiPS細胞を培養した場合にお
ける内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞への分化誘導の程度と被験物質の
存在下でES細胞を培養した場合における内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細
胞への分化誘導の程度とを比較することを含む、ES細胞又はiPS細胞から内胚葉系細
胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導を促進又は阻害する物質をスクリー
ニングする方法が提供される。被験物質としては、成長因子又は低分子化合物などを
使用することができる。この際、内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞で発
現するマーカーの転写産物や蛋白量を指標として、内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は
外胚葉系細胞へと分化誘導の程度を測定することが可能である。
【0030】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって
限定されるものではない。
【実施例】
【0031】
実施例1:
(方法)
(1)ES細胞株
2つのES細胞株を使用した。一方は、インスリン1プロモーターの制御下でGFPを発
現し、INGと命名される細胞である[Hara M, Wang X, Kawamura T, et al. Transgen
ic mice with green fluorescent protein-labeled pancreatic beta -cells. Am J
Physiol Endocrinol Metab. 2003;284:E177-183]。他方は、Pdx1プロモーターの制
御下で緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現し、SK7と命名される細胞である[Shiraki N,
Yoshida T, Araki K, et al. Guided differentiation of embryonic stem cells
into Pdx1-expressing regional-specific definitive endoderm. Stem Cells. 200
8;26:874-885]。両細胞株は、1000ユニット/ml白血病抑制因子(LIF;Chemicon)、15%
ノックアウト血清リプレースメント(KSR;Gibco)、1%ウシ胎児血清(FBS;Hyclone)、1
00μM非必須アミノ酸(NEAA;Invitrogen)、2mM L-グルタミン(L-Gln;Invitrogen)、1
mMピルビン酸ナトリウム(Invitrogen)、50ユニット/mlペニシリンおよび50μg/mlス
トレプトマイシン(PS;Invitrogen)、及び100μM β-メルカプトエタノール(β-ME;S
igma)を含むグラスゴー最小必須培地(Invitrogen)中のマウス胚線維芽細胞(MEF)フィ
ーダー上で維持した。
【0032】
(2)エレクトロスピニングによる合成ナノ繊維の作製
合成ナノ繊維(sNF)マトリックスは、30kVの電界強度を用いて、工業用エレクトロ
スピニングプロセスを使用してエレクトロスピニングによって作製した。sNFマトリ
ックスは、酸触媒の存在下で架橋結合された2種類のポリアミドポリマー1A(C28O4N4H
47)nおよびB(C28O4.4N4H47)nからなる。sNFマトリックスは、直径200〜400nmを有し、平均
直径は280nmである。ポアサイズは約700nmであり、これは細胞の基底膜に類似してい
る。
【0033】
(3)sNFマトリックス上でのES細胞の膵臓系譜への分化
分化試験のために、ES細胞を、sNFマトリックスをコートした96ウェルプレート中
でウェル当たり5,000細胞で平面培養した(Ultra-Web Synthetic Polyamine Surface
(#3873XX1、Corning Coster、Cambridge、MS)。細胞は、4500mg/Lグルコースを含有
し、NEAA、L-Gln、PS、β-ME、10μg/mlインスリン(Sigma-Aldrich)、5.5μg/mlトラ
ンスフェリン(Sigma-Aldrich)、6.7pg/mlセレン(Sigma-Aldrich)、および0.25%Albm
ax(Invitrogen)、10ng/mL組み換えヒトアクチビン-A(R&D Systems、Minneapolis、M
N)、5ng/mL;組み換えヒトbFGFを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM:Invitrogen
、Glasgow、UK)中で7日間培養した(培地1、図4A)。次いで、培地は、2000mg/Lグルコ
ース(Sigma、St Louis、MO)、1μMレチノイン酸(Sigma-Aldrich)、50ng/mlヒト組み
換え線維芽細胞成長因子-10(Peprotech、Rocky Hill、NJ)、B27 SUPPLEMENT(Invitr
ogen)、および0.25μM 3-ケト-N-(アミノエチル-アミノカプロイル-ジヒドロシンナ
モイル)シクロパミンShhシグナル伝達アンタゴニストII(Calbiochem、San Diego、C
A)を含有するRPMI 1640培地(Invitrogen)にd7〜d11に交換した(培地2、図4A)。最終
的に、培地は、1000mg/Lグルコースを含有し、NEAA、L-Gln、PS、β-ME、10μg/mlイ
ンスリン(Sigma-Aldrich)、5.5μg/mlトランスフェリン(Sigma-Aldrich)、6.7pg/ml
セレン(Sigma-Aldrich)、0.25%Albmax(Invitrogen)、および10mMニコチン酸アミド(
Sigma-Aldrich)を含むDMEMにd11〜d15に切り替えた(培地3、図4A)。培地は、d15まで
、新しい培地および成長因子を用いて2日ごとに交換した。
【0034】
(4)ナノファイバー分化誘導系を用いたES細胞の膵臓分化に関与する因子のスクリ
ーニング
マウスES細胞(Ins1/GFP ES細胞)を、sNFマトリックスをコートした96ウェルプレ
ート中でウェル当たり5,000細胞で平面培養した(Ultra-Web Synthetic Polyamine S
urface(#3873XX1、Corning Coster、Cambridge、MS)。細胞は、4500mg/Lグルコース
を含有し、NEAA、L-Gln、PS、β-ME、10μg/mlインスリン(Sigma-Aldrich)、5.5μg
/mlトランスフェリン(Sigma-Aldrich)、6.7pg/mlセレン(Sigma-Aldrich)、および0.
25%Albmax(Invitrogen)、10ng/mL組み換えヒトアクチビン-A(R&D Systems、Minneap
olis、MN)、5ng/mL;組み換えヒトbFGFを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM:Inv
itrogen、Glasgow、UK)中で7日間培養した(培地1、図4A)。次いで、培地は、2000mg
/Lグルコース(Sigma、St Louis、MO)、1μMレチノイン酸(Sigma-Aldrich)、50ng/ml
ヒト組み換え線維芽細胞成長因子-10(Peprotech、Rocky Hill、NJ)、B27 SUPPLEMEN
T(Invitrogen)、および0.25μM 3-ケト-N-(アミノエチル-アミノカプロイル-ジヒド
ロシンナモイル)シクロパミンShhシグナル伝達アンタゴニストII(Calbiochem、San
Diego、CA)を含有するRPMI 1640培地(Invitrogen)にd7〜d11に交換した(培地2、図4
A)。最終的に、培地は、1000mg/Lグルコースを含有し、NEAA、L-Gln、PS、β-ME、1
0μg/mlインスリン(Sigma-Aldrich)、5.5μg/mlトランスフェリン(Sigma-Aldrich)、
6.7pg/mlセレン(Sigma-Aldrich)、0.25%Albmax(Invitrogen)、および10mMニコチン酸
アミド(Sigma-Aldrich)を含むDMEMにd11〜d15に切り替えた(培地3、図4A)。培地はd
20まで、新しい培地および成長因子を用いて2日ごとに交換した。D11-20の期間に図
4Fに示した各種液成因子および阻害薬を加えて、膵臓分化に関与する因子の探索を
行った。評価は20日目にリアルタイムPCR法で行った。各サンプルにおけるインスリ
ン1の発現量をβアクチンの発現量で補正した。値は、胎生12.5日目の膵臓における
インスリン1の発現量を100とした場合の相対値を示している。
【0035】
1. Control
2. Metastin(Sigma) 50ng/ml
3. GDNF (Peprotech) 50ng/ml
4. VEGF (Peprotech) 20ng/ml
5. DAPT (Peptide) 10μg/ml
6. SB203580 (Calbiochem) 10μg/ml
7. Activin A (R&D) 20ng/ml
8. SB431542 (Sigma) 1μg/ml
9. BMP4 (プライミューン) 25ng/ml
10. Noggin (R&D) 100ng/ml
11. Dorsomophin (Sigma) 0.2μg/ml
12. Retinoic acid (RA) (Sigma) 1μg/ml
13. LE540 (WAKO) 1μg/ml
14. BIO (Calbiochem) 5μg/ml
15. SU5402 (Calbiochem) 10μg/ml
16. HB-EGF (R&D systems) 10ng/ml
17. Exndin4 (Sigma) 1ng/ml
18. Betacellulin (Wako) 1ng/ml
19. IgfII (R&D systems) 25ng/ml
20. Smothened Antagonist (Calbiochem) 0.3μg/ml
【0036】
(5)ヒトES細胞の膵臓系譜への分化
ヒトES細胞(KhES-3)は、N.Nakatsuji博士およびH.Suemori博士(Kyoto University
、Kyoto、Japan)から寄贈された。ES細胞は、20%KSR、NEAA、L-Gln、PS、βME、5ng
/ml bFGFを含むDMEM/F12(Sigma)中のMEFフィーダー細胞上で培養した。細胞は、0.2
5%トリプシンおよび0.1mg/mlコラゲナーゼIVによって、3〜4dごとに、1:2〜1:3の比
で継代培養した。
【0037】
分化させるために、ヒトES細胞はマトリゲルを薄相コートしたsNFマトリックスプ
レート中でウェル当たり20,000〜40,000細胞で平面培養した。細胞は、80〜90%のコ
ンフルエントまで培養した。膵臓集団を発生させるために、細胞は、100ng/mLアクチ
ビンA、NEAA、L-Gln、PS、βMEを含むRPMI 1640培地中で1日間培養し、次いで、100
mg/mlアクチビンA、NEAA、L-Gln、PS、βME、および0.2%FBSを含むRPMI 1640中でさ
らに2日間培養した。次いで、培地は、2000mg/Lグルコースを含有し、NEAA、L-Gln、
PS、β-ME、10μg/mlインスリン、5.5μg/mlトランスフェリン、6.7pg/mlセレン、お
よび0.25%Albmax、20ng/mLアクチビンA、50ng/mL bFGFを含むDMEMにさらに2日間交換
した。次いで、培地は、2000mg/Lグルコースを含有し、1μM RA、0.25μM KAAD cyc
、50ng/ml FGF10、NEAA、L-gln、およびPS、βME、B27を含むDMEMにさらなる4日間交
換した。最後に、培地は、2000mg/Lグルコースを含有し、300nMインドラクタムV[Ch
en S, Borowiak M, Fox JL, et al. A small molecule that directs differentiat
ion of human ESCs into the pancreatic lineage. Nat Chem Biol. 2009;5:258-26
5]、50ng/ml Fgf10、NEAA L-gln、PS、NEAA、B27を含むDMEMにさらなる4日間交換し
た。成長因子を有する培地は、d13まで毎日交換した。
【0038】
(6)NF上でのマウスES細胞(またはiPS細胞)の肝臓系譜への分化
分化試験のために、ES細胞は、sNFマトリックスを有するCorning96ウェルプレート
中でウェル当たり5,000細胞で平面培養した(Ultra-Web Synthetic Polyamine Surfa
ce #3873XX1、Corning Coster、Cambridge、MS)。次いで、細胞は、4500mg/Lグルコ
ースを含有し、NEAA、L-Gln、PS、β-ME、10mg/mlインスリン(Sigma-Aldrich)、5.5
mg/mlトランスフェリン(Sigma-Aldrich)、6.7pg/mlセレン(Sigma-Aldrich)、0.25%A
lbmax(Invitrogen)、10ng/mL組み換えヒトアクチビン-A(R&D Systems、Minneapolis
、MN)、5ng/mL;組み換えヒトbFGFを含有するダルベッコ改変イーグル培地(DMEM:Inv
itrogen、Glasgow、UK)中で培養し、9日間培養した。d9に、培地は、2000mg/Lグルコ
ース(Sigma、St Louis、MO)10%KSR、10ng/ml組み換えヒト肝細胞成長因子(Peprotec
)、10μMデキサメタゾン(Sigma-Aldrich)を含有するDME培地に変更し、d11まで培養
した。最終的に、上記の培地に、10mMニコチン酸アミド(Sigma-Aldrich)、1%ジメチ
ルスルホキシドを追加し、KSRを除去した。培地は、d24まで、新しい培地および成長
因子を用いて2日ごとに交換した。
【0039】
(7)sNFマトリックス上でのマウスES細胞の神経外胚葉系譜および中胚葉系譜への
分化
神経細胞への分化のために、SK7 ES細胞を10%KSRおよび1μMレチノイン酸(Sigma-
Aldrich)を含んだ分化培地中で培養した。中胚葉の分化については、ES細胞を、10%
FBSを含んだ分化培地中で培養した。
【0040】
(8)分化ESC中での肝細胞機能アッセイ
(過ヨウ素酸シッフ染色)
分化細胞中のグリコーゲン貯蔵の検出については、過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色キ
ット(Muto Pure Chemicals、Tokyo、Japan)を使用した。24日間培養した細胞を10分
間3.3%ホルマリン中で固定し、染色した。
【0041】
(アルブミン分泌アッセイ)
培地は2日毎に新しい培地と交換し、上清を24時間後に収集した。上清中に分泌さ
れたマウス(ヒト)アルブミンは、マウス(ヒト)ELISA定量キット(Bethyl社)によって
測定した。
【0042】
(インドシアニングリーン(ICG)試験)
インドシアニングリーン(Daiichi-sankyo pharm.Tokyo、Japan)は上記培地を用い
て希釈して最終濃度1mg/dlにした。ICG試験溶液を24日間培養した分化ES細胞に添加
し、未分化ES細胞をコントロールとして使用し、30分間37℃でインキュベートした。
次いで、リン酸緩衝食塩水(PBS)を用いて3回洗浄した後に、ICGの細胞の取り込みを
顕微鏡によって調べた。
【0043】
(9)CYP誘導
誘導物質に応答したシトクロムP450活性の誘導能を確認するために、P450-Glo(商
標)CYPアッセイキット(Promega、Madison、WI)を使用した。分化ES細胞を、CYP1A1の
誘導物質として、5μM 3-メチルコラントレンを用いた。CYP2C9、CYP3A4の誘導物質
として、50μMデキサメタゾンを用いた。誘導物質を含有する各培地は24時間ごとに
交換した。48時間誘導後に、発光CYP基質(たとえばCYP1Aについてはルシフェリン-C
EE、CYP2C9についてはルシフェリン-H、CYP3A4についてはルシフェリン-PFBE)を含む
培地に変更した。細胞は、3時間37℃でインキュベートし、次いで、上清をメーカー
の指示に従って等量の検出試薬と混合した。GloMax96マイクロプレートルミノメータ
ー(Promega社)を使用して発光を測定した。CellTiter-Glo発光細胞生存率アッセイ(
Promega社)を使用して細胞数を計算し、P450-Gloアッセイ値を細胞数に対して標準化
した。
【0044】
(10)免疫細胞化学
15日間の細胞培養後、分化ES細胞を室温で30分間、4%パラホルムアルデヒドPBS溶
液で固定し、PBSで数回すすいだ。次に、細胞を加湿チャンバー中で、PBST(PBS中0.
1%Tween-20)で5倍希釈したBlocking One(Nacalai tesque、Tokyo、Japan)を用いて
希釈した一次抗体を添加し、4℃で一晩インキュベートした。PBST中で細胞を洗浄し
た後に、暗中、室温で2時間、20%Blocking Oneで希釈した二次抗体と共に細胞をイン
キュベートした。PBST中で二次抗体を洗い流した後に、6-ジアミジノ-2-フェニルイ
ンドール(DAPI)(Roche Diagnostics、 Basel、Switzerland)を用いて細胞核を対比染
色した。以下の抗体を一次抗体として使用した;ウサギ抗GFP(MBL International C
orp、Woburn、MA)、マウス抗インスリン(Sigma)、マウス抗グルカゴン(Sigma)、マウ
ス抗βIII-チューブリン(Sigma-Aldrich):使用した二次抗体は、Alexa568結合抗体
およびAlexa488結合抗体(Invitrogen)とした。
【0045】
ヒトES細胞培養については、ヤギ抗ヒトSOX17およびヤギ抗ヒトPDX1(R&D systems
)を一次抗体として使用した。d5に、細胞は、0.25%トリプシンを用いて単一細胞に分
離し、次いで、20000〜50000細胞を、Cytospin3細胞遠心機(Shandon)を使用してスラ
イドグラス上に接着させ、その後、上記の通り、固定、洗浄及び免疫染色を行った。
【0046】
(11)フローサイトメトリー
以下の抗体を使用した:ビオチン結合抗E-カドヘリンモノクローナル抗体(mAb)ECC
D2、フィコエリトリン(PE)結合抗Cxcr4 mAb(BD)、ビオチン結合抗PDGFRα mAb(BD)、
PE結合抗SSEA1(R&D)、およびストレプトアビジン-アロフィコシアニン(BD)。染色細
胞は、FACS Canto(BD)を用いて分析した。データは、BD FACS Divaソフトウェアプロ
グラム(BD)を用いて記録し、Flowjoプログラム(Tree Star)を使用して分析した。
【0047】
(12)RT-PCR解析
RNAは、RNeasyミニキット(Qiagen)を使用してES細胞またはマウス膵臓および肝臓
から抽出し、次いで、DNase(Qiagen)を用いて処理した。逆転写反応については、3μ
gのRNAをReverTra Ace(Toyobo)およびオリゴdTプライマー(Toyobo)を使用して逆転写
した。1μlの5倍希釈cDNA(RT産物の1%)をPCR分析に使用した。各プライマーセットの
プライマー配列を表1に示す。リアルタイムPCR分析については、mRNA発現は、ABI
7500サーマルサイクラー(Applied Biosystems)上のSyberGreenを用いて定量した。P
CR条件は以下の通りとした: 95℃で15秒間の変性、および60℃で60秒間のアニーリン
グ及び伸長を40サイクルまで。それぞれの測定値は、平均のβ-アクチン(マウス)Ct
値およびGapdh(ヒト)Ct値(閾値サイクル)を、平均の各遺伝子Ct値から減算して、Ct
値を求めることによって、各サンプルについて、β-アクチン(マウス)およびGapdh(
ヒト)に対して標準化した。任意単位として表される各標的mRNAレベルは、標準曲線
法によって決定した。
【0048】
【表1】

【0049】
(結果)
(1)合成ナノ繊維マトリックス上で成長させたES細胞は、膵臓の胚体内胚葉細胞系
譜に分化誘導された。
ES細胞の分化の開始は、アクチビン及びbFGFを含んだITSベースの培地中において
sNFマトリックスでコーティングしたプレート上でES細胞を培養することによって行
なった。次に、フローサイトメトリー(FCM)による経時的分析を行って、E-カドヘリ
ン+/Cxcr4+胚体内胚葉細胞の生成またはE-カドヘリン+/SSEA1+ES細胞の減少の時間的
経過を調べた(図1)。FCM分析では、胚体内胚葉がd5に最初に検出可能となり(2.08%
、図1B)、d7に増加した(11.36%)し、E-カドヘリン+/SSEA1+集団は同時に減少する(8
1.33%から30.26%)ことが明らかになった。d9に、E-カドヘリン+/SSEA1+ES細胞はほぼ
消滅した(5.21%)のに対して、胚体内胚葉細胞は、プラトー(41.40%)に達した。これ
らの結果から、sNFマトリックス上で成長させたES細胞がこの培養条件下で胚体内胚
葉細胞に効率的に誘導されることが示された。
【0050】
次いで、マウスES細胞の膵臓の分化に対するsNFマトリックスの効果を調べるため
に、FCM分析を行なった(図2)。Pdx1/GFPの発現はd7に最初に現われた。Pdx1/GFP+細
胞は、d10に最大値を示し(E-カドヘリン+/Cxcr4+細胞内の23.5%)、その後、減少した
。これにより、sNFマトリックスがES細胞からのPdx1陽性膵臓前駆細胞の発生を支持
することができることが実証された。
【0051】
sNFマトリックス上で成長させた分化細胞について、インスリン発現膵臓β細胞な
どの成熟膵臓細胞への分化について試験した(図3)。sNFマトリックス上でマウスPd
x1/GFP(SK7)ES細胞株またはマウスIns1/GFP(ING)ES細胞株を培養することによって、
ES細胞は分化でき、分化のd20にインスリンまたはグルカゴンを発現できるようにな
る。Pdx1/GFPES細胞株の場合、インスリン発現は、Pdx1/GFP発現と重複することが分
かる(図3A)。Ins1/GFP ES細胞を使用する場合、グルカゴン陽性染色ではなくインス
リン陽性染色がGFP陽性細胞中で検出される(図3B)。RT-PCR分析は、インスリン1(In
s1)、グルカゴン(Gcg)、膵臓ポリペプチド(Ppy)、ソマトスタチン(Sst)、およびサイ
トケラチン19(Krt19)の転写物が、分化ES細胞中で発現されることを明らかになった
(図3C)。以上の結果から、sNFマトリックス上で成長させたES細胞は、Pdx1/GFP陽性
細胞に分化し、次いで、全膵臓系譜、すなわち内分泌細胞、外分泌細胞、および管細
胞に分化することができることが示された。
【0052】
(2)インスリン発現細胞へのES細胞の分化を促進する薬剤のハイコンテンツ化合物
スクリーニング。
再現可能な結果がハイスループットアッセイで得られるように培養条件を改変した
。アッセイ手順の概略を図4Aに示す。SK7 Pdx1/GFP ES細胞またはING Ins1/GFP ES細
胞を使用した。ES細胞を、0日目(d0)にsNF上に接種する。d0〜d7、d7〜d11、d11〜1
5に使用した培地は、Pdx1/GFP陽性細胞、Ins1/GFP陽性細胞の観察、または抗インス
リン抗体を使用する免疫染色によって最適化した。SOX17転写物の発現は、d7〜d11に
実質的なレベルで検出され、d13以降に減少する(図4B)。インスリン1転写物は、d13
に検出可能となり、d15に、実質的なレベルに増加した(図4B)。
【0053】
Pdx1/GFP発現は、二相性であることが分かった。Pdx1/GFP陽性細胞は、d9に最初に
観察され、次いで、ダウンレギュレートし、再びd16にアップレギュレートする(図4
C)。Ins1/GFP発現はd16に検出可能となった(図4D)。抗GFPによって検出されるd16の
Pdx1/GFP ES細胞中の陽性シグナルの一部分は、抗インスリン抗体による陽性シグナ
ルと重複した。従って、インスリン陽性はPdx1/GFP陽性細胞から現われるようである
。これらの結果から、本アッセイ系がPdx1/GFP陽性細胞およびIns1/GFP陽性細胞の検
出に使用することができることが示された。
【0054】
マウスES細胞(Ins1/GFP ES細胞)を、sNFマトリックスをコートした96ウェルプレ
ート中でウェル当たり5,000細胞で平面培養し、D11-20の期間に図4Fに示した各種
液成因子および阻害薬を加えて、膵臓分化に関与する因子の探索を行った。評価は2
0日目にリアルタイムPCR法で行った。各サンプルにおけるインスリン1の発現量をβ
アクチンの発現量で補正した。値は、胎生12.5日目の膵臓におけるインスリン1の発
現量を100とした場合の相対値を示している。その結果、ともにBMPシグナルを阻害す
るNoggin (#10), Dorsomophin (#11) を添加した場合にインスリンの発現量が増加し
たことから、本評価系がハイコンテンツスクリーニングに使用可能であることが示唆
された。
【0055】
(3)sNFで成長させたヒトES細胞も膵臓系譜にも誘導される。
ヒトES細胞から膵臓への分化誘導を試験した。分化手順の略図を図5Aに示す。Kh
ES-3ヒトES細胞をマトリゲルで薄相コートしたsNFマトリックス上に接種し、80〜90
%のコンフルエントまで培養した(d0)。最適な培養条件は、RT-PCR分析または抗SOX1
7抗体もしくは抗PDX1抗体を使用した免疫染色によって試験した。
図5Aに示される13日間の分化後に、胚体内胚葉に由来する膵臓が発生した(図5B
、C、D)。5日間の培養後に、SOX17陽性細胞が検出された(図5B)。次に、PDX1陽性細
胞がd13に現われた(図5C)。SOX17およびPDX1の転写物はRT-PCR分析によってもd13に
検出された(図5D)。
【0056】
(4)sNFマトリックス上で成長させたマウスES細胞は、肝細胞に分化し、アルブミ
ンを産生する。
上記のES細胞の分化手順について、肝臓への分化誘導について調べた。Pdx1/GFP
ES細胞をsNFマトリックスまたはM15上に直接播種し、d24まで分化させた。図6Aは、
sNFマトリックス上で分化させたES細胞が、6日間の培養の後にアルブミン転写物を発
現し始め、アルブミンタンパク質の分泌が、転写物の発現に比例して増加したことを
示す。上清に分泌されたアルブミンタンパク質は16日目に検出可能になった。 (図6
A)。
【0057】
sNFマトリックス上で培養した分化細胞中のアルブミンの転写物およびタンパク質
を、M15細胞、コラーゲンI、マトリゲルの場合と比較した。アルブミン分泌量をd18
〜d24まで2日ごとに測定した(図6C)。何れの時点でも、他の基質よりも、sNFマトリ
ックスにおいて、分化細胞の動態が早期に現われるだけではなく、これらの細胞から
分泌されたアルブミンタンパク質の量も高かった。
【0058】
(5)マウスES細胞からの分化細胞は、肝細胞の特異的な機能を有する。
分化細胞は、CYP1A1、2C9、3A4の誘導物質として知られている3-メチルコラントレ
ン、デキサメタゾンを用いてd24〜26に48時間処理した。これらの薬剤での誘導後に
、発光基質を添加して3時間インキュベートした。P450酵素によって代謝される基質
の産物であるルシフェリンは培養液中に拡散するため、上清の一定分量をルシフェリ
ン検出試薬にて測定した。図6Dから分かるように、sNFマトリックス上ではコラーゲ
ンIおよびマトリゲル上で培養された分化細胞よりも、非誘導時においても高活性で
、さらには誘導物質に対する高い応答能を示した。特に、コラーゲンIまたはマトリ
ゲル上の分化細胞のCyp2C9活性は、デキサメタゾンによって誘導されなかったが、唯
一sNFマトリックスだけがデキサメタゾンに応答するような分化細胞を生成できた(図
6D)。
【0059】
グリコーゲン貯蔵についての過ヨウ素酸シッフ染色及び細胞の取り込み能について
のインドシアニングリーン(ICG)試験を行って、肝細胞機能を確認した。グリコーゲ
ン貯蔵は、分化細胞の細胞質中のマゼンタ染色の蓄積として観察された(図6E)。コ
ラーゲンまたはマトリゲル上の細胞は、sNFマトリックス上の細胞よりも陽性細胞の
集団は少なかった。ICG試験では、その傾向が顕著であった(図6F)。
【0060】
(6)sNFマトリックスを使用する肝臓系譜へのヒトES細胞の分化。
上記培養手順をヒトES細胞に適用するために、KhES-3をsNFマトリックス上で培養
した。KhES-3は、AFP発現細胞およびアルブミン発現細胞になった(図7)。AFPの発現
レベルは胎児肝臓よりも高かったが、アルブミン転写物のレベルは低かった。この結
果はマウスと比してやや多くの培養日数を必要とするものの、ヒトES細胞由来の肝細
胞が肝臓に分化できたことを示す。
【0061】
(7)sNFマトリックス上で成長させたマウスES細胞は3つの胚葉に分化する。
sNFマトリックスを用いて、ES細胞を神経外胚葉および中胚葉に分化させることが
できるかどうかについて試験した。神経細胞へ分化させるために、細胞をレチノイン
酸およびKSRを含有する培地上で培養した。上記の培養手順によって生成した神経外
胚葉細胞を同定するために、免疫細胞化学的分析を実施した(図8B)。βIIIチュー
ブリン陽性の神経細胞は5日目に現われた。中胚葉へ分化させるために、細胞をFBSを
含む分化培地中で培養した。中胚葉細胞を同定するために、フローサイトメトリー分
析を行って沿軸中胚葉マーカーPDGFRαの発現を調べた(図8A)。FBS含有培地上で
5日間培養することによって、全細胞の約40%がPDGFRa+/SSEA1-沿軸中胚葉細胞に分化
した。これらの結果から、sNFマトリックスを用いてES細胞を内胚葉細胞だけではな
く神経外胚葉および中胚葉細胞へと分化できることが示された。
【0062】
(まとめ)
本実施例では、sNFマトリックスを用いてES細胞を分化できるかどうかを調べた。
その結果、sNFマトリックスを用いてES細胞を培養することにより、胚体内胚葉由来
組織(即ち、膵臓および肝臓)、並びに神経外胚葉組織および中胚葉組織に分化させ
ることができることが判明した。ヒトESについても、sNFマトリックスはフィーダー
細胞の代わりの基質として有用であることが実証され、ヒトES細胞を膵臓へと分化さ
せることができた。また、本実施例では、sNFマトリックスが、低分子化合物のスク
リーニングのためのアッセイ系として有用なことが示された。また、ES細胞からアル
ブミン分泌肝細胞への分化について、sNFマトリックス上でES細胞を培養することに
よって促進した。
【0063】
実施例2:
セルシードから販売されているUpCellとRepCellは、細胞シート回収用温度応答性
細胞培養皿であり、ナノ表面設計により温度応答性ポリマー(PIPAAm)を器材表面
に固定化されている。器材表面は32℃を境に可逆的に疎水性(細胞接着表面)親水性
(細胞遊離表面)に変化し、トリプシン等、細胞に損傷を与える酵素を用いることな
く、温度を20〜25℃にして10〜30分程度待つだけで、無傷な細胞がシート状に回収で
きる培養皿である。微細レベルでは20−70nm の繊維状あるいは粒子が敷き詰め
てある構造を取っている(Akiyama Y, Kushida A, Yamato M, Kikuchi A, Okano T.
Surface characterization of poly(N-isopropylacrylamide) grafted tissue cul
ture polystyrene by electron beam irradiation, using atomic force microscop
y, and X-ray photoelectron spectroscopy. SurJ Nanosci Nanotechnol. 2007 Mar
;7(3):796-802.)
【0064】
一方、BD PureCoat Amine plateは、BDが販売しているアニマルフリーの細胞培養
表面のプレートで、ポジティブに表面をチャージしたplate であり、通常の細胞培養
用処理表面より細胞接着と細胞増殖においてパフォーマンスが改善されることが実証
されている。
【0065】
(1)UpCell
マウスES細胞(Ins1/GFP ES細胞)をUpCell 24well plateの1wellあたり2x10^4ce
ll播種した。播種後は、以下の培養液で培養した。培養液は1日おきに交換した。培
養0-7日目はActivin (10ng/ml), bFGF(5ng/ml)を含んだ無血清培地(high glucose D
MEM + ITS + 2.5mg/ml AlbumaxII),培養7-9日目はRetinoic Acid (10^-6M) Activin
(10ng/ml), bFGF(5ng/ml)を含んだ無血清培地(high glucose DMEM + ITS + 2.5mg/
ml AlbumaxII), 培養9日目以降はGLP1(10nM), Nicotinamide(10mM)を含んだ無血清培
地(low glucose DMEM + ITS + 2.5mg/ml AlbumaxII)で培養した。培養の結果を図9
に示す。培養15日目からinsulin/GFP陽性細胞が確認でき、その数は培養が進むにつ
れて増加した。
【0066】
(2)RepCell
マウスES細胞(Ins1/GFP ES細胞)をRepCell 60mm dishの1枚あたり5x10^5cell播
種した。播種後は、以下の培養液で培養した。培養8日までは、培養液は1日おきに
交換し、8日目以降は、毎日交換した。培養0-7日目はActivin (10ng/ml), bFGF(5n
g/ml)を含んだ無血清培地(high glucose DMEM + ITS + 2.5mg/ml AlbumaxII),培養7
-8日目はRetinoic Acid (10^-6M) Activin (10ng/ml), bFGF(5ng/ml)を含んだ無血清
培地(high glucose DMEM + ITS + 2.5mg/ml AlbumaxII), 培養8日目以降はHGF(10ng
/ml), GLP1(10nM), Nicotinamide(10mM)を含んだ無血清培地(low glucose DMEM + I
TS + 2.5mg/ml AlbumaxII)で培養した。培養の結果を図10に示す。培養16日目にi
nsulin/GFP陽性細胞が確認でき、それらはグリッド・ウォール近くにクラスターを形
成して存在した。
【0067】
(3)BD PureCoat Amine plate
マウスES細胞(Ins1/GFP ES細胞)をBD purecoat amine plateの1wellあたり5x10
^4cell播種した。播種後は、以下の培養液で培養した。培養8日までは、培養液は1
日おきに交換し、8日目以降は、毎日交換した。培養0-7日目はActivin (10ng/ml),
bFGF(5ng/ml)を含んだ無血清培地(high glucose DMEM + ITS + 2.5mg/ml AlbumaxI
I),培養7-8日目はRetinoic Acid (10^-6M) Activin (10ng/ml), bFGF(5ng/ml)を含ん
だ無血清培地(high glucose DMEM + ITS + 2.5mg/ml AlbumaxII), 培養8日目以降は
GLP1(10nM), Nicotinamide(10mM)を含んだ無血清培地(low glucose DMEM + ITS + 2
.5mg/ml AlbumaxII)で培養した。培養の結果を図11に示す。培養16日目にinsulin
/GFP陽性細胞が確認できた。
【0068】
実施例3:
以下のナノファイバーを用いて、ES細胞の分化誘導実験を行った。
(1)Ultraweb (corning):96ウェルプレート、ポリアミド、直径200−400n
m、薄い
(2)ポリ酢酸ナノファイバー(薄い、帝人株式会社試作品)
(3)ナノファイバー:ゼラチン、ゼラチン;ポリ酢酸=1:1、及びポリ酢酸の3種類
、直径100-2000nm。(厚紙程度の厚さ。大阪大学宇山研究室試作品)
【0069】
マウスES細胞(Pdx1/GFP ES細胞)を上記(2)および(3)NF(24 well相当)に1
wellあたり5x10^4cell播種した。播種後は、以下の培養液で培養した。培養液は1日
おきに交換した。培養0-7日目はActivin (10ng/ml), bFGF(5ng/ml)を含んだ無血清培
地(high glucose DMEM + ITS + 2.5mg/ml AlbumaxII),培養7-11日目はRetinoic Aci
d (10^-6M) Fgf10, KAAD-cyclopamine を含んだ無血清培地(RPMI+B27), 培養11日目
以降はGLP1(10nM), Nicotinamide(10mM)を含んだ無血清培地(low glucose DMEM + I
TS + 2.5mg/ml AlbumaxII)で培養した。RT-PCR解析の結果を図12に示す。(1)の
Corning社のUltrawebと比較しても同等以上の分化誘導補助効果があることが明らか
になった。厚い材質のナノファイバーを用いた場合、高いインスリン1転写産物が検
出された。薄い材質では、直径を低く抑えたほうがよいが、直径が大きい場合、ある
程度の厚みが必要であると推測された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノサイズの繊維又は粒子からなるマトリックス又は正に帯電したマトリックス上で哺乳動物由来のES細胞又はiPS細胞を培養することを含む、ES細胞又はiPS細胞から、内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導する方法。
【請求項2】
ナノサイズの繊維又は粒子からなるマトリックスが、合成ナノ繊維マトリックスである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
合成ナノ繊維マトリックスの平均直径が200〜400nmであり、ポアサイズが500nm〜1000nmである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
合成ナノ繊維マトリックスが、少なくとも1種類以上のポリアミドポリマーからなるものである、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
ナノサイズの繊維又は粒子からなるマトリックス又は正に帯電したマトリックス上で増殖因子の存在下において哺乳動物由来のES細胞又はiPS細胞を培養することにより、ES細胞又はiPS細胞から内胚葉系細胞へと分化誘導させる、請求項1から4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
内胚葉系細胞が、膵臓系又は肝臓系細胞である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
哺乳動物由来のES細胞又はiPS細胞が、マウス又はヒト由来のES細胞又はiPS細胞である、請求項1から6の何れかに記載の方法。
【請求項8】
請求項1から7の何れかに記載の方法により得られる、ES細胞又はiPS細胞から分化誘導された内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞。
【請求項9】
請求項1から7の何れかに記載の方法によってES細胞又はiPS細胞から内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導する際に、被験物質の存在下でES細胞又はiPS細胞を培養し、被験物質の非存在下でES細胞又はiPS細胞を培養した場合における内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞への分化誘導の程度と、被験物質の存在下でES細胞又はiPS細胞を培養した場合における内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞への分化誘導の程度とを比較することを含む、ES細胞又はiPS細胞から内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導を促進又は阻害する物質をスクリーニングする方法。
【請求項10】
被験物質が成長因子又は低分子化合物である、請求項9に記載のスクリーニング方法。
【請求項11】
内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞で発現するマーカー転写産物の量もしくは蛋白量、またはその両方を指標として、内胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は外胚葉系細胞へと分化誘導の程度を測定する、請求項9又は10に記載のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−115161(P2011−115161A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−248665(P2010−248665)
【出願日】平成22年11月5日(2010.11.5)
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【Fターム(参考)】