説明

細胞分離装置および酸素溶解装置

【課題】臓器から生きた状態の細胞群をより高い確率で分離して取り出すことが可能な細胞分離装置を提供すること。
【解決手段】臓器内の特定の細胞群を臓器から分離して取り出すための細胞分離装置1は、臓器を分解するための消化酵素入りの輸液が循環する循環路2と、循環路2内に配置され臓器が収納される臓器収納容器3と、循環路2内に配置され輸液に酸素を溶解させて輸液の溶存酸素量を増加させる酸素付与手段7とを備えている。酸素付与手段7は、輸液が通過する輸液通過部と、気体状の酸素が供給される酸素供給部と、酸素が透過する細孔径を有し輸液通過部と酸素供給部との間に配置される酸素透過膜とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臓器内の特定の細胞群を分離して取り出すための細胞分離装置、および、かかる細胞分離装置に注入される輸液に酸素を溶解させる酸素溶解装置に関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓からのインシュリン分泌がなくなってしまうインシュリン依存糖尿病(1型糖尿病)に対する治療法として、糖尿病患者に対して膵臓を移植する膵臓移植が行われている。この膵臓移植は大規模な手術であり、患者の体の負担が大きい。そこで、患者の体の負担を軽減するための治療法として、膵臓に含まれる膵島を取り出してこの膵島を移植する膵島移植が行われている(たとえば、非特許文献1参照)。
【0003】
【非特許文献1】後藤昌史、外4名、「ヨーロッパにおける膵島移植」、今日の移植、株式会社日本医学館、2005年6月、Vol.18、No.4、P401−408
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、膵臓から膵島を分離して取り出すためには、まず、心臓死あるいは脳死の患者から膵臓を摘出し、その後、消化酵素を含む溶液を用いて摘出した膵臓から膵島を分離して取り出す必要がある。そのため、従来は、膵臓から膵島を分離する際に、膵臓内の呼吸により酸素が消費され、酸素分圧が低下して、膵島細胞が死んでしまう確率が高く、膵島移植を行いたい場合であっても、必要数の膵島が確保できないといった問題が生じている。
【0005】
そこで、本発明の課題は、膵臓等の臓器から生きた状態の膵島等の細胞群をより高い確率で分離して取り出すことが可能な細胞分離装置を提供することにある。また、本発明の課題は、細胞分離装置に注入される輸液を、臓器から生きた状態の細胞群をより高い確率で分離して取り出すことが可能な輸液とするための酸素溶解装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するため、本願発明者は種々の検討を行った。その結果、消化酵素入りの輸液を用いて臓器から細胞群を分離する際に、輸液中の溶存酸素量を増やすことで、臓器から生きた状態の細胞群をより高い確率で分離して取り出すことが可能であることを知見するに至った。
【0007】
本発明はかかる新たな知見に基づくものであり、臓器内の特定の細胞群を臓器から分離して取り出すための細胞分離装置であって、臓器を分解するための消化酵素入りの輸液が循環する循環路と、循環路内に配置され臓器が収納される臓器収納容器と、循環路内に配置され輸液に酸素を溶解させて輸液の溶存酸素量を増加させる酸素付与手段とを備え、酸素付与手段は、輸液が通過する輸液通過部と、気体状の酸素が供給される酸素供給部と、酸素が透過する細孔径を有し輸液通過部と酸素供給部との間に配置される酸素透過膜とを備えることを特徴とする。
【0008】
本発明の細胞分離装置では、循環路内に配置される酸素付与手段が、輸液が通過する輸液通過部と、気体状の酸素が供給される酸素供給部と、酸素が透過する細孔径を有し輸液通過部と酸素供給部との間に配置される酸素透過膜とを備えている。そのため、酸素供給部に供給される気体状の酸素は酸素透過膜を透過して輸液通過部で輸液に接触する。したがって、輸液に酸素を溶解させて輸液の溶存酸素量を増加させることができる。その結果、臓器から生きた状態の細胞群をより高い確率で分離して取り出すことが可能となる。
【0009】
本発明において、酸素透過膜は、疎水性材料で形成されていることが好ましい。このように構成すると、輸液通過部を通過する輸液が酸素透過膜を透過して酸素供給部へ漏れ出すのを防止することが可能になる。
【0010】
本発明において、細孔径の径は、0.005μm〜1μmであることが好ましい。このように構成すると、酸素供給部から輸液通過部に向かって細菌が酸素透過膜を透過するのを抑制することができ、輸液への細菌の混入を抑制することができる。また、輸液通過部から酸素供給部への輸液の漏れ出しを防止できる。
【0011】
本発明において、細胞分離装置は、循環路内に配置され循環路で輸液を循環させるために輸液を吐出するポンプを備え、酸素付与手段は、ポンプの吐出側に配置されていることが好ましい。このように構成すると、輸液通過部内の輸液の圧力を高めることができる。そのため、酸素供給部から酸素透過膜を透過して輸液に混入しうる気泡(酸素の微小泡)の混入を防止することが可能になる。その結果、輸液を用いた適切な臓器の分解が可能になる。
【0012】
本発明において、酸素透過膜は中空糸膜であり、中空糸膜の内部が輸液通過部となっていることが好ましい。このように構成すると、分離される細胞群が輸液とともに中空糸膜の内部を通過するため、分離される細胞群が中空糸膜の外部を通過する場合と比較して、分離される細胞群の回収が容易になる。
【0013】
本発明において、たとえば、臓器は膵臓であり、細胞群は膵島である。この場合には、膵臓から生きた状態の膵島をより高い確率で分離して取り出すことが可能になる。
【0014】
また、本発明の酸素溶解装置は、上述の新たな知見に基づくものであり、臓器内の特定の細胞群を臓器から分離して取り出すための細胞分離装置に注入される輸液が循環する輸液循環路と、輸液循環路内に配置され輸液に酸素を溶解させて輸液の溶存酸素量を増加させる酸素付与手段とを備え、酸素付与手段は、輸液が通過する輸液通過部と、気体状の酸素が供給される酸素供給部と、酸素が透過する細孔径を有し輸液通過部と酸素供給部との間に配置される酸素透過膜とを備えることを特徴とする。
【0015】
本発明の酸素溶解装置では、輸液循環路内に配置される酸素付与手段が、輸液通過部と、酸素供給部と、輸液通過部と酸素供給部との間に配置される酸素透過膜とを備えている。そのため、酸素供給部に供給される気体状の酸素は酸素透過膜を透過して輸液通過部で輸液に接触する。したがって、輸液に酸素を溶解させて輸液の溶存酸素量を増加させることができる。その結果、細胞分離装置に注入される輸液を、臓器から生きた状態の細胞群をより高い確率で分離して取り出すことが可能な輸液とすることができる。
【発明の効果】
【0016】
以上のように、本発明にかかる細胞分離装置では、臓器から生きた状態の細胞群をより高い確率で分離して取り出すことが可能になる。また、本発明にかかる酸素溶解装置では、細胞分離装置に注入される輸液を、臓器から生きた状態の細胞群をより高い確率で分離して取り出すことが可能な輸液とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0018】
(膵島の分離手順)
図1は、本発明の実施の形態にかかる膵島の分離手順を説明するための図である。
【0019】
本形態では、臓器としての膵臓から細胞群としての膵島が分離されて取り出される。すなわち、後述する本形態の細胞分離装置1は、膵臓から膵島を分離して取り出すための膵島分離装置である。したがって、以下では、本形態の細胞分離装置1を「膵島分離装置1」と表記する。
【0020】
膵臓からの膵島の分離は、図1に示す手順で行われる。すなわち、まず、心臓死または脳死の患者の体内から膵臓を摘出し、膵島の分離が行われる所定の場所まで摘出された膵臓を運搬する。その後、膵管に逆行性に、たとえばコラゲナーゼ等の消化酵素(具体的には、消化酵素入りの消化溶液)を注入する。膵管に消化酵素を注入することで、膵臓全体に消化酵素を行き渡らせることができる。
【0021】
その後、後述の膵島分離装置1で、輸液を用いて膵臓の分解(消化)を行う。そして、膵臓を分解した後の輸液に対して、遠心分離処理等の処理を行うことで、膵島と他の細胞とを分離する(すなわち、膵島を純化する。)。
【0022】
以下、膵臓の分解を行うための膵島分離装置1の構成を説明する。
【0023】
(膵島分離装置の構成)
図2は、本発明の実施の形態にかかる膵島分離装置1の概略構成を示す概念図である。
【0024】
本形態の膵島分離装置1は、膵臓から膵島を分離して取り出すための装置である。この膵島分離装置1は、図2に示すように、膵臓を分解するための消化酵素入りの輸液が循環する循環路2と、消化酵素が注入された後の膵臓が収納される臓器収納容器としてのチャンバー3と、循環路2に輸液を注入し、また、循環路2から輸液を取り出すための輸液交換用口4と、輸液交換用口4から注入された輸液がたまる輸液バッグ5と、循環路2で輸液を循環させるために輸液を吐出するポンプ6と、輸液に酸素を溶解させて輸液の溶存酸素量を増加させる酸素付与手段としての中空糸膜モジュール7と、チャンバー3内の温度を検出する温度センサ8と、温度センサ8での検出結果に基づいてチャンバー3内の輸液の温度を所定の温度に維持するための熱交換器9とを備えている。
【0025】
なお、本形態の膵島分離装置1で使用される輸液はたとえば、ナトリウム、カリウム、カルシウムおよび塩素等を含有するアセテートリンゲル液である。
【0026】
循環路2は、複数の可撓性の管状部材(たとえば、シリコンゴム製のチューブ)によって構成されている。また、チャンバー3を基準とすると、循環路2内には、図2に示すように、チャンバー3、輸液交換用口4、輸液バッグ5、ポンプ6、中空糸膜モジュール7および熱交換器9がこの順番で配置されている。すなわち、チャンバー3と輸液交換用口4、輸液交換用口4と輸液バッグ5、輸液バッグ5とポンプ6、ポンプ6と中空糸膜モジュール7、中空糸膜モジュール7と熱交換器9、および、熱交換器9とチャンバー3との間にはそれぞれ、循環路2を構成する管状部材が配置されている。
【0027】
上述のように、消化酵素が注入された後の膵臓がチャンバー3に収納され、輸液交換用口4から循環路2に輸液が注入される。そのため、消化酵素入りの輸液が循環路2を循環する。
【0028】
チャンバー3は、たとえば、容器本体と蓋とからなる金属製の密閉容器である。このチャンバー3には、熱交換器9からの輸液が流入し、また、チャンバー3から輸液交換用口4に向かって輸液が流出する。
【0029】
輸液交換用口4は、T型の継手である。この輸液交換用口4には、循環路2に輸液を注入する際、輸液が収納された輸液容器(図示省略)が接続される。また、輸液交換用口4には、循環路2から輸液を取り出す際、輸液を回収するための回収容器が接続される。
【0030】
輸液バッグ5は、たとえば、プラスチック製の容器である。輸液交換用口4と輸液バッグ5とを接続する管状部材の端部、および、輸液バッグ5とポンプ6とを接続する管状部材の端部は、輸液バッグ5内にたまった輸液の中に配置されている。また、輸液バッグ5の口には、輸液バッグ5の内部と外気との接触を防止するための蓋(たとえば、ゴム製の蓋)が取り付けられている。
【0031】
ポンプ6は、たとえば、ローラーポンプである。本形態では、輸液バッグ5からポンプ6に向かって輸液が流入し、ポンプ6は、中空糸膜モジュール7に向かって輸液を吐出する。すなわち、本形態では、ポンプ6の吐出側に、中空糸膜モジュール7が配置されている。
【0032】
中空糸膜モジュール7には、ポンプ6からの輸液が流入し、また、中空糸膜モジュール7から熱交換器9に向かって輸液が流出する。この中空糸膜モジュール7には、酸素ボンベ等からなる酸素供給源11が接続されており、酸素供給源11から中空糸膜モジュール7に気体状の酸素が供給される。この中空糸膜モジュール7の詳細な構成については後述する。
【0033】
熱交換器9は、所定の液体で満たされた容器12と、容器12に入っている液体内に配置される管部13と、容器12内の液体を加熱するためのヒータ(図示省略)とを備えている。管部13の一端には、中空糸膜モジュール7と熱交換器9とをつなぐ管状部材が接続され、管部13の他端には、熱交換器9とチャンバー3とをつなぐ管状部材が接続されている。この熱交換器9では、温度センサ8での検出結果に基づいて、ヒータがオンまたはオフし、容器12内の液体の温度を制御することで、管部13を通過する輸液の温度を調整する。また、管部13を通過する輸液の温度を調整することで、チャンバー3内の輸液の温度を所定の温度に維持する。
【0034】
(中空糸膜モジュールの構成)
図3は、図2に示す中空糸膜モジュール7の断面を説明するための概略図であり、(A)は図2のE−E断面に相当する断面を示し、(B)は(A)のF−F断面を示す。
【0035】
中空糸膜モジュール7は、図3に示すように、略円筒状に形成されたハウジング15と、ハウジング15の内部に配置された複数の中空糸膜16とを備えている。本形態では、中空糸膜16の内部を輸液が通過し、ハウジング15の内部かつ中空糸膜16の外部に酸素供給源11から気体状の酸素が供給される。すなわち、本形態では、中空糸膜16の内部は、輸液が通過する輸液通過部17であり、また、ハウジング15の内部かつ中空糸膜16の外部は、気体状の酸素が供給される酸素供給部18である。なお、本形態では、中空糸膜16は、輸液通過部17と酸素供給部18との間に配置される酸素透過膜となっている。
【0036】
ハウジング15には、酸素供給部18に連通する酸素の供給孔15aおよび排出孔15bが形成されている。供給孔15aには酸素供給源11が接続されており、酸素供給源11から供給される気体状の酸素は、供給孔15aを通過して酸素供給部18に流入する。
【0037】
中空糸膜16は、酸素が透過する細孔径(図示省略)を備えている。この中空糸膜16の細孔径の径は、たとえば、0.01μm〜1μmである。本形態では、中空糸膜16の細孔径の径は、0.1〜0.2μmとなっている。また、中空糸膜16の内径D1(すなわち、輸液通過部17の径)は、たとえば、1mm以上である。本形態では、分離される膵島が輸液とともに通過可能となるように、中空糸膜16の内径D1は、1.8mmとなっている。また、本形態の中空糸膜16の外径は、2.7mmである。さらに、本形態では、中空糸膜モジュール7が有する中空糸膜16の有効膜面積(すなわち、中空糸膜16の内径側の表面積)の総和は、2500cmとなっている。
【0038】
また、中空糸膜16は、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)あるいはポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の疎水性材料で形成されている。本形態の中空糸膜16は、PPで形成されている。
【0039】
図3(B)の左右方向における酸素供給部18の両端部には、酸素供給部18に流入する酸素の漏れを防止するためのシール部材19が配置されている。そのため、供給孔15aを通過して酸素供給部18に流入する酸素は、排出孔15bを通過して酸素供給部18から流出する。
【0040】
このように構成された中空糸膜モジュール7では、酸素供給部18に供給される気体状の酸素が中空糸膜16を透過して、中空糸膜16の内周面で輸液通過部17を通過する輸液に接触する。そのため、輸液通過部17を通過する輸液に酸素が溶解し、輸液の溶存酸素量が増加する。
【0041】
(本形態の主な効果)
以上説明したように、本形態の膵島分離装置1では、循環路2内に配置される中空糸膜モジュール7が、輸液通過部17と、酸素供給部18と、輸液通過部17と酸素供給部18との間に配置される中空糸膜16とを備えている。そのため、上述のように、輸液通過部17を通過する輸液に酸素を溶解させて輸液の溶存酸素量を増加させることができる。その結果、膵臓から生きた状態の膵島をより高い確率で分離して取り出すことが可能になる。
【0042】
また、一般に細菌の大きさは一番小さいものでも0.2μm程度であるが、本形態の中空糸膜16の細孔径の径は、0.1μm〜0.2μmとなっており、かつ、中空糸膜16は、所定の膜厚を有する。そのため、酸素供給部18から輸液通過部17に向かって細菌が中空糸膜16を透過するのを防止することができる。したがって、輸液への細菌の混入を防止でき、細菌の混入に起因する輸液の汚染を防止できる。
【0043】
特に、本形態では、中空糸膜16が疎水性材料で形成され、中空糸膜16の細孔径の径が0.1〜0.2μmとなっているため、輸液通過部17を通過する輸液が中空糸膜16を透過して酸素供給部18へ漏れ出すのを防止することができる。また、本形態では、中空糸膜モジュール7がポンプ6の吐出側に配置されているため、輸液通過部17内の輸液の圧力を高めることができ、酸素供給部18から中空糸膜16を透過して輸液に混入しうる気泡(酸素の微小泡)の混入を防止することが可能になる。また、本形態では、中空糸膜16の内部が輸液通過部17となっており、分離される膵島は輸液とともに中空糸膜16の内部を通過するため、分離される膵島の回収が容易になる。このように、本形態の膵島分離装置1では、輸液を用いて適切かつ容易に膵臓を分解して膵島を取り出すことができる。
【0044】
以上の本形態の効果を、豚の膵臓から膵島を分離する膵島の分離実験のデータに基づいてより詳細に説明する。図4は、図2に示す循環路2での輸液の循環時間と輸液の溶存酸素量との関係を示す実験データである。
【0045】
まず、実験条件について説明する。
【0046】
膵島の分離実験では、まず、消化酵素が注入、充填された後の豚の膵臓をチャンバー3内に収納する。その後、輸液交換用口4から1000mlの輸液を注入し、ポンプ6を起動して、循環路2で輸液を循環させる。膵島分離装置1から所定の間隔で輸液のサンプリングを行い、チャンバー3内の膵臓の消化状態が十分だと思われた時点で、輸液交換用口4から膵臓消化液(輸液)を回収する。より多くの膵島細胞を回収するために、輸液交換用口4から1000mlの新たな輸液を注入しながら引き続き回収を継続する。1000mlの新たな輸液が循環路2を循環するのに要する時間は5分である。チャンバー3内が十分に希釈され、膵臓消化産物が回収できなくなるまでこの作業を継続する。通常、この作業に要する時間は、40〜70分位である。このように輸液を交換しながら、膵臓を分解し、回収された膵臓消化液に対して、遠心分離処理を行って、膵島と他の細胞とを分離する。
【0047】
なお、この実験で、豚の膵臓に注入された消化酵素は、リベラーゼ(具体的には、Liberase Hi(ロシュ・ダイアグノスティックス社製))であり、循環路2で循環する輸液は、アセテートリンゲル液である。また、この実験では、温度センサ8と熱交換器9とによって、チャンバー3内の輸液の温度を37℃に保っている。
【0048】
この分離実験では、ポンプ6を起動して、循環路2で輸液を循環させる際に、酸素供給源11から気体状の酸素を酸素供給部18に供給する。具体的には、酸素供給源11から濃度99.5%の酸素を酸素供給部18に供給する。酸素供給部18に酸素が供給されると、循環路2内の輸液の溶存酸素量が増加する。具体的には、図4に示すように、循環路2に注入された直後は8mg/lであった輸液の溶存酸素量は、循環時間とともに次第に増加し、5分後には、30mg/lを超え、10分を経過すると、33〜34mg/lに収束した。
【0049】
なお、この分離実験で使用された中空糸膜16の細孔径の径は0.1〜0.2μmであり、中空糸膜16の内径D1は、1.8mmであり、中空糸膜16の外径は2.7mmである。また、中空糸膜モジュール7全体の有効膜面積は2500cmである。
【0050】
このような条件で膵島細胞の分離を行い、分離された膵島細胞を24時間培養した後に、膵島細胞の、アドシン二燐酸(ADP)とアドシン三燐酸(ATP)との比であるADP/ATPの値を測定した。その結果、膵島細胞のADP/ATPの値は0.019であった。一方、比較のため、中空糸膜モジュール7を使用せずに(すなわち、輸液の中に酸素を溶解させずに)、かつ、その他の条件を同じにして膵島細胞を分離し、分離された膵島細胞を24時間培養した後に、その膵島細胞のADP/ATPの値を測定すると、その値は0.078であった。なお、これらの測定では、測定装置として、Promega社製の「GloMax20/20nLuminometer」を使用するとともに、ADPおよびATP測定キット「ApoGlowAssaykit」を使用した。
【0051】
ここで、ADP/ATPは、本願発明者である後藤昌史らによって提案されている指標であり、このADP/ATPの値と膵島の機能との関係については、後藤昌史ら他3名著の「American Journal of Transplanatation 2006;6:P2483−2487」に詳しく記載されている。このADP/ATPの値が小さいと、分離後の膵島の機能が維持されていることを意味しており、本形態の膵島分離装置1を用いると、分離後の膵島の機能が大幅に維持されていることがわかる。なお、通常、ADP/ATPの値が0.1より大きいとその膵島は膵島移植に不適とされている。
【0052】
以上のように、本形態の膵島分離装置1を用いると、膵臓から生きた状態の膵島をより高い確率で分離して取り出すことが可能になる。また、インシュリン発生能力の高い膵島を分離して取り出すことが可能になる。なお、膵臓から生きた状態の膵島をより高い確率で分離して取り出すために、膵島の分離時に、輸液の溶存酸素量を増加させるという構成は、本願の先願となる特願2006−14026号においても、本願発明者によって提案されている。
【0053】
(他の実施の形態)
上述した形態は、本発明の好適な形態の一例ではあるが、これに限定されるものではなく本発明の要旨を変更しない範囲において種々変形実施が可能である。
【0054】
上述した形態では、膵島分離装置1が中空糸膜モジュール7を備え、循環路2で輸液を循環させながら、輸液に酸素を溶解させている。この他にもたとえば、膵島分離装置1での中空糸膜モジュール7の配置を省略するとともに、輸液交換用口4から膵島分離装置1に注入される輸液に予め酸素を溶解し、膵島分離装置1に注入される輸液の溶存酸素量を予め高めておいても良い。この場合には、たとえば、図5に示す酸素溶解装置31を用いて、膵島分離装置1に注入される輸液に予め酸素を溶解させれば良い。以下、酸素溶解装置31の構成を簡単に説明する。なお、図5では、上述した形態と共通する構成については同一の符号を付している。
【0055】
酸素溶解装置31は、膵島分離装置1に注入される輸液が収納された輸液容器35と、酸素溶解装置31内で輸液が循環する輸液循環路32と、輸液循環路32内に配置され輸液に酸素を溶解させて輸液の溶存酸素量を増加させる酸素付与手段としての中空糸膜モジュール7とを備えている。また、中空糸膜モジュール7には、酸素供給源11が接続されている。
【0056】
輸液循環路32は、循環路2と同様に、複数の可撓性の管状部材によって構成されている。また、輸液容器35を基準とすると、輸液循環路32内には、図5に示すように、輸液容器35、ポンプ6および中空糸膜モジュール7がこの順番で配置されている。また、中空糸膜モジュール7は、ポンプ6の吐出側に配置されている。
【0057】
輸液容器35は、たとえば、プラスチック製の容器である。中空糸膜モジュール7と輸液容器35とを接続する管状部材の端部、および、輸液容器35とポンプ6とを接続する管状部材の端部は、輸液容器35内にたまった輸液の中に配置されている。また、輸液容器35の口には、輸液容器35の内部と外気との接触を防止するための蓋が取り付けられている。
【0058】
このように構成された酸素溶解装置31を用いて、膵島分離装置1に注入される輸液に予め酸素を溶解させる場合にも、上述した形態と同様の効果を得ることができる。すなわち、この場合にも、溶存酸素量の多い輸液を用いて、膵臓から生きた状態の膵島をより高い確率で分離して取り出すことが可能になる。また、輸液への細菌の混入を防止でき、細菌の混入に起因する輸液の汚染を防止できる。さらに、輸液を用いて適切かつ容易に膵臓を分解して膵島を取り出すことができる。なお、酸素溶解装置31を用いて、輸液に予め酸素を溶解させる場合には、中空糸膜16の内部を分離される膵島が通過することがないため、中空糸膜16の内径D1を小さくすることができる。
【0059】
上述した形態では、酸素付与手段として、中空糸膜モジュール7が使用されているが、酸素付与手段は、中空糸膜モジュール7には限定されない。たとえば、酸素付与手段は、図6に示すように、酸素透過膜としての平膜46を備える平膜モジュール37であっても良い。なお、図6(A)は、平膜モジュール37の、輸液の通過方向に直交する方向の断面を図示し、図6(B)は、図6(A)のG−G断面を図示している。
【0060】
この平膜モジュール37では、ハウジング45の内部に平面状またはシート状の平膜46が配置され、ハウジング45の内部が平膜46によって上下方向に仕切られている。図6に示す例では、ハウジング45の内部であってかつ平膜46の上側は、輸液が通過する輸液通過部47となっており、ハウジング45の内部であってかつ平膜46の下側は、気体状の酸素が供給される酸素供給部48となっている。また、ハウジング45には、酸素供給部48に連通する酸素の供給孔45aおよび排出孔45bが形成されており、供給孔15aには、酸素供給源11が接続されている。また、図6(B)の左右方向における酸素供給部48の両端部には、酸素供給部48に流入する酸素の漏れを防止するためのシール部材49が配置されている。
【0061】
また、酸素付与手段は、中空糸膜16や平膜46以外の精密ろ過膜(たとえば、中空糸膜16よりも太い管状ろ過膜)を酸素透過膜として備える膜モジュールであっても良い。また、酸素付与手段は、シリコンゴム等で形成された酸素透過膜を備える膜モジュールであっても良い。
【0062】
上述した形態では、中空糸膜16の内部が輸液通過部17となり、ハウジング15の内部かつ中空糸膜16の外部が酸素供給部18となっている。この他にもたとえば、中空糸膜16の内部が酸素供給部となり、ハウジング15の内部かつ中空糸膜16の外部が輸液通過部となっても良い。
【0063】
上述した形態では、中空糸膜モジュール7は、ポンプ6の吐出側に配置されているが、中空糸膜モジュール7は、ポンプ6の流入側に配置されても良い。また、上述した形態では、チャンバー3を基準とすると、循環路2内には、チャンバー3、輸液交換用口4、輸液バッグ5、ポンプ6、中空糸膜モジュール7および熱交換器9がこの順番で配置されているが、これらの構成の配置順序は、必要に応じて入れ替えても良い。
【0064】
上述した形態では、膵臓内から膵島を分離して取り出す膵島分離装置1を例に本発明の実施の形態にかかる細胞分離装置を説明しているが、他の臓器から所定の細胞群を分離して取り出すために、膵島分離装置1と同様の構成を備える細胞分離装置を用いても良い。たとえば、肝臓から肝臓内の所定の細胞群を分離して取り出すために、膵島分離装置1と同様の構成を備える細胞分離装置を用いても良い。また、他の臓器から所定の細胞群を分離して取り出すための細胞分離装置に注入される輸液の溶存酸素量を予め高めておくために、酸素溶解装置31を用いても良い。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の実施の形態にかかる膵島の分離手順を説明するための図である。
【図2】本発明の実施の形態にかかる膵島分離装置の概略構成を示す概念図である。
【図3】図2に示す中空糸膜モジュールの断面を説明するための概略図であり、(A)は図2のE−E断面に相当する断面を示し、(B)は(A)のF−F断面を示す。
【図4】図2に示す循環路での輸液の循環時間と輸液の溶存酸素量との関係を示す実験データである。
【図5】本発明の実施の形態にかかる酸素溶解装置の概略構成を示す概念図である。
【図6】本発明の他の実施の形態にかかる酸素付与手段としての平膜モジュールの断面を説明するための概略図であり、(A)は輸液の通過方向に直交する方向の断面を示し、(B)は(A)のG−G断面を示す。
【符号の説明】
【0066】
1 膵島分離装置(細胞分離装置)
2 循環路
3 チャンバー(臓器収納容器)
6 ポンプ
7 中空糸膜モジュール(酸素付与手段)
16 中空糸膜(酸素透過膜)
17、47 輸液通過部
18、48 酸素供給部
31 酸素溶解装置
32 輸液循環路
37 平膜モジュール(酸素付与手段)
46 平膜(酸素透過膜)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
臓器内の特定の細胞群を上記臓器から分離して取り出すための細胞分離装置であって、
上記臓器を分解するための消化酵素入りの輸液が循環する循環路と、上記循環路内に配置され上記臓器が収納される臓器収納容器と、上記循環路内に配置され上記輸液に酸素を溶解させて上記輸液の溶存酸素量を増加させる酸素付与手段とを備え、
上記酸素付与手段は、上記輸液が通過する輸液通過部と、気体状の酸素が供給される酸素供給部と、酸素が透過する細孔径を有し上記輸液通過部と上記酸素供給部との間に配置される酸素透過膜とを備えることを特徴とする細胞分離装置。
【請求項2】
前記酸素透過膜は、疎水性材料で形成されていることを特徴とする請求項1記載の細胞分離装置。
【請求項3】
前記細孔径の径は、0.005μm〜1μmであることを特徴とする請求項1または2記載の細胞分離装置。
【請求項4】
前記循環路内に配置され、前記循環路で前記輸液を循環させるために前記輸液を吐出するポンプを備え、
前記酸素付与手段は、上記ポンプの吐出側に配置されていることを特徴とする請求項1から3いずれかに記載の細胞分離装置。
【請求項5】
前記酸素透過膜は中空糸膜であり、上記中空糸膜の内部が前記輸液通過部となっていることを特徴とする請求項1から4いずれかに記載の細胞分離装置。
【請求項6】
前記臓器は膵臓であり、前記細胞群は膵島であることを特徴とする請求項1から5いずれかに記載の細胞分離装置。
【請求項7】
臓器内の特定の細胞群を上記臓器から分離して取り出すための細胞分離装置に注入される輸液が循環する輸液循環路と、上記輸液循環路内に配置され上記輸液に酸素を溶解させて上記輸液の溶存酸素量を増加させる酸素付与手段とを備え、
上記酸素付与手段は、上記輸液が通過する輸液通過部と、気体状の酸素が供給される酸素供給部と、酸素が透過する細孔径を有し上記輸液通過部と上記酸素供給部との間に配置される酸素透過膜とを備えることを特徴とする酸素溶解装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate