説明

細胞及び免疫誘導剤

【課題】 樹状細胞療法を施した腫瘍患者の治療効果を判定するための方法及びそのためのキットを提供する。
【解決手段】 II型炭酸脱水酵素(CA−II)タンパク質を含むキットにより、患者由来の血清中のII型炭酸脱水酵素(CA−II)抗体価を測定し、治療後血清での抗体値が治療前血清での抗体価と比較して上昇している場合に治療効果があると判定する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞及び該細胞を利用した免疫誘導剤に関する。
【背景技術】
【0002】
腫瘍免疫療法は、腫瘍関連抗原に対する患者の免疫反応を賦活し、腫瘍細胞を攻撃する方法であり、強力な抗腫瘍免疫を賦活する腫瘍関連抗原の同定は腫瘍免疫療法の進歩において重要なテーマである(非特許文献1〜3)。
【0003】
悪性黒色腫は免疫療法の対象として最も検討が進んでいる腫瘍の一つであり、この腫瘍における腫瘍関連抗原は一般に次のように分類されている。
[I]癌特異的な遺伝子変異を有するタンパク質(例えば、ベータ−カテニン(非特許文献4))
[II]癌や精巣に発現するいわゆる癌精巣抗原(例えば、HOM-MEL-40(非特許文献5)、NY-ESO-1(非特許文献6))
[III]メラノサイトに特異的に発現する分化抗原(例えば、チロシナーゼ(非特許文献7))
【0004】
これらの腫瘍関連抗原のうち、チロシナーゼ、MART-1、NY-ESO-1等のペプチドを利用した癌ワクチン治療が実施されているが、満足な結果を得ているとは言い難い(非特許文献8)。
【0005】
炭酸脱水酵素は、胃酸分泌、水性体液及び脳脊髄液形成、膵臓の重炭酸塩分泌、中間代謝、石灰化等の様々な生理的機能を有する8種類のイソ酵素(I〜VIII)が知られており、II型炭酸脱水酵素に対する抗体価は、ガン患者において有意に活性化され、この活性化は、一部の自己免疫疾患を除き、健康な患者の血清又はガン以外の他の疾患の患者の血清では観察されないことが知られている(特許文献1)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2001−524815号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Carter, P. Nat Rev Cancer, 1: 118-129, 2001.
【非特許文献2】Rammensee, H. G. et. al., Immunol Rev, 188: 164-176, 2002.
【非特許文献3】Finn, O. J. Nat Rev Immunol, 3: 630-641, 2003.
【非特許文献4】Robbins, P. F. et. al., J Exp Med, 183: 1185-1192, 1996.
【非特許文献5】Tureci, O. et. al., Cancer Res, 56: 4766-4772, 1996.
【非特許文献6】Chen, Y. T. et. al., Proc Natl Acad Sci U S A, 94: 1914-1918, 1997.
【非特許文献7】Brichard, V. et. al., J Exp Med, 178: 489-495, 1993.
【非特許文献8】Rosenberg, S. A. et. al., Nat Med, 10: 909-915, 2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者は、10名の悪性黒色腫患者に対して樹状細胞療法を施行し、2名の患者の複数の腫瘍において広範な壊死による消失又は縮小を認めたことを既に報告している(Morishita, M. et. al., Biotherapy, 16(3): 243-248, 2002 ; Nagayama, H. et. al., Melanoma Res, 13: 521-530, 2003.)。
【0009】
そこで、これらの患者で免疫反応を賦活した新たな腫瘍関連抗原を単離、同定し、この腫瘍関連抗原に対する患者の免疫反応を賦活することができる細胞、及び該細胞を利用した免疫誘導剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、II型炭酸脱水酵素に対する血清抗体の誘導と、樹状細胞療法の治療効果とに関連が認められることに基づき、免疫組織化学、RT−PCR等の詳細な検討を進めた結果、II型炭酸脱水酵素が腫瘍血管内皮細胞に高発現する腫瘍関連抗原であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
(1)正常血管内皮細胞をII型炭酸脱水酵素の発現が亢進する条件下で培養して得られる細胞。
(2)正常血管内皮細胞がヒト臍帯静脈内皮細胞である前記(1)記載の細胞。
(3)正常血管内皮細胞をpH3.0〜7.2及び酸素濃度0.01〜15%の条件下で培養する前記(1)又は(2)記載の細胞。
(4)正常血管内皮細胞を三次元培養する前記(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞。
(5)前記(1)〜(4)のいずれかに記載の細胞又はその溶解産物を有効成分として含有する免疫誘導剤。
(6)II型炭酸脱水酵素を有効成分として含有する免疫誘導剤。
【発明の効果】
【0012】
正常血管内皮細胞をII型炭酸脱水酵素の発現が亢進する条件下で培養して得られる細胞は、腫瘍血管内皮細胞と同様に、腫瘍関連抗原であるII型炭酸脱水酵素を高発現する腫瘍血管内皮細胞様細胞であり、該細胞を有効成分として含有する免疫誘導剤によれば、腫瘍血管内皮細胞様細胞に対する免疫を誘導することができ、これにより、対象動物の腫瘍に存在する腫瘍血管内皮細胞を免疫担当細胞が攻撃し、抗腫瘍作用が発揮されると考えられる。また、腫瘍血管内皮細胞に高発現する腫瘍関連抗原であるII型炭酸脱水酵素を有効成分として含有する免疫誘導剤によれば、II型炭酸脱水酵素に対する体液性免疫(例えば抗体)又は細胞性免疫を誘導することができ、これにより、対象動物の腫瘍に存在する腫瘍血管内皮細胞をII型炭酸脱水酵素に対する体液性免疫(例えば抗体)又は細胞性免疫が攻撃し、抗腫瘍作用が発揮されると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】患者9の腫瘍溶解液と、同患者の治療前後の血清を用いたウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図2A】赤血球細胞質タンパク質(10〜50kD分画)の二次元電気泳動のクマシー染色、及び患者血清を用いたウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図2B】精製II型炭酸脱水酵素と患者血清とのウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図3A】HeLa細胞タンパク質溶解液の二次元電気泳動のクマシー染色と患者血清とのウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図3B】精製アルファ−、ベータ−、ガンマ−エノラーゼタンパク質と患者血清とのウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図4】II型炭酸脱水酵素と各患者の治療前後の血清とを用いたウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図5】患者9における抗II型炭酸脱水酵素抗体を用いた免疫組織化学の結果を示す図であり、Aは患者9の正常腎組織のH&E染色、Bは患者9の正常腎組織の免疫組織化学、Cは患者9の腎転移腫瘍組織のH&E染色、Dは患者9の腎転移腫瘍組織の免疫組織化学を示す。
【図6】腫瘍血管内皮細胞のII型炭酸脱水酵素の発現に関する免疫組織化学の結果を示す図であり、Aは食道癌、Bは腎細胞癌、C及びDは肺癌を示す。
【図7】患者腫瘍組織及び悪性黒色腫細胞株におけるII型炭酸脱水酵素mRNAの発現を示す図である。
【図8】Aはヒト臍帯静脈内皮細胞(hUVEC)の二次元培養、Bは同細胞の三次元培養の結果を示す図である。
【図9】インビトロ血管新生モデルにおけるII型炭酸脱水酵素mRNAの発現を示す図である。
【図10】正常細胞(hPDMC(PL26,PL54c,PL232c))及び腫瘍細胞(HeLa細胞,PC3,HMV−1)における各種血管新生促進性サイトカインmRNAの発現を示す図である。
【図11】正常細胞(hPDMC(PL26,PL54c,PL232c))及び腫瘍細胞(HeLa細胞,PC3,HMV−1)における各種血管新生促進性サイトカインmRNAの発現を示す図である。
【図12】正常細胞(hPDMC(PL26,PL54c,PL232c))及び腫瘍細胞(HeLa細胞,PC3,HMV−1)における各種血管新生促進性サイトカインmRNAの発現を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の細胞は、正常血管内皮細胞をII型炭酸脱水酵素の発現が亢進する条件下で培養して得られる細胞である。
【0015】
培養対象である正常血管内皮細胞は、培養可能である限り特に限定されるものではないが、例えば、ヒト臍帯静脈内皮細胞(hUVEC)、ヒト大動脈内皮細胞(hAOEC)、ヒト皮膚微小血管内皮細胞(CADMEC)、ヒト肺動脈内皮細胞(hPAEC)、ヒト冠状脈内皮細胞(hCAEC)等が挙げられ、これらのうち、入手しやすい点及び培養により増殖させやすい点から、ヒト臍帯静脈内皮細胞が好ましい。
【0016】
正常血管内皮細胞の培養条件は、細胞内におけるII型炭酸脱水酵素の発現が亢進する条件である限り特に限定されるものではないが、例えば、pH3.0〜7.2及び酸素濃度0.01〜15%の条件が挙げられる。pHは、pH3.0〜7.2の範囲において適宜変更調節であるが、好ましくはpH4.0〜7.1、さらに好ましくは5.0〜7.0である。酸素濃度は、0.01〜15%の範囲において適宜変更調節であるが、好ましくは酸素濃度0.05〜13%、さらに好ましくは酸素濃度0.1〜10%である。なお、「pH」は培地のpHであり、培地のpHは例えば培養用炭酸ガス濃度の増減、培地の緩衝塩の増減等により調節することができる。また、「酸素濃度」は培養気相(例えばインキュベーター中の大気)の酸素濃度である。また、「II型炭素脱水酵素の発現が亢進する」には、II型炭酸脱水酵素をコードするDNAからmRNAへの転写が亢進する場合、II型炭酸脱水酵素をコードするmRNAからタンパク質への翻訳が亢進する場合等が含まれる。
【0017】
正常血管内皮細胞を培養する際の培地は、培養細胞の種類に応じて適宜変更可能であるが、通常、HCDB131培地、EBM培地等の公知の培地に種々の成長因子(例えば、アンギオポイエチン、FGF、HGF、CXCL12、VEGF等)を添加した培地が用いられる。成長因子としては、腫瘍細胞から産生される成長因子が主として添加される。アンギオポイエチン、FGF、HGF及びCXCL12の発現量は、正常細胞よりも腫瘍細胞の方が有意に少ないので、これらの成長因子の添加量を、正常細胞を培養する際の添加量よりも少なくすることにより、正常血管内皮細胞を効率よく腫瘍血管内皮細胞様細胞に分化させることができると考えられる。特に、アンギオポイエチン1添加量/アンギオポイエチン2添加量の比率を、正常細胞を培養する際の比率よりも小さくすることにより、正常血管内皮細胞を効率よく腫瘍血管内皮細胞様細胞に分化させることができると考えられる。なお、VEGF−A及びVEGF−Cの発現量は、正常細胞と腫瘍細胞とで有意な差が見られない。
【0018】
正常血管内皮細胞を培養する際の温度は、通常35〜38℃、好ましくは36〜37.5℃、さらに好ましくは36.5〜37℃、時間は、通常6〜120時間、好ましくは24〜84時間、さらに好ましくは48〜72時間である。
【0019】
正常血管内皮細胞の培養は、二次元培養により行ってもよいが、三次元培養により行うことが好ましい。正常血管内皮細胞を三次元培養することにより、正常血管内皮細胞を効率よく腫瘍血管内皮細胞様細胞に分化させることができる。
【0020】
二次元培養は、培養プレート、培養フラスコ、培養バッグ等を使用して常法に従って行うことができ、三次元培養は、マトリゲル、コラーゲンゲル、ヒアルロン酸ゲル等を使用して常法に従って行うことができる。
【0021】
正常血管内皮細胞をII型炭酸脱水酵素の発現が亢進する条件下で培養することにより、正常血管内皮細胞を腫瘍血管内皮細胞に類似する細胞(腫瘍血管内皮細胞様細胞)に分化させることができると考えられる。すなわち、腫瘍血管内皮細胞では、正常血管内皮細胞と比較して、II型炭酸脱水酵素が強く発現しており、II型炭酸脱水酵素の発現亢進は、正常血管内皮細胞の腫瘍血管内皮細胞様細胞への分化の指標となる。
【0022】
本発明の免疫誘導剤は、本発明の細胞又はその溶解産物、あるいはII型炭酸脱水酵素を有効成分として含有する。
【0023】
本発明の細胞の溶解産物は、本発明の細胞が有する腫瘍血管内皮細胞特異的抗原を含有する限り特に限定されるものではないが、本発明の細胞を例えば凍結融解、ソニケーション、表面活性剤等で処理して得られる溶解産物が挙げられる。
【0024】
本発明の免疫誘導剤は、本発明の細胞又はその溶解産物、あるいはII型炭酸脱水酵素のみから構成されていてもよいが、通常は医薬的に許容され得る1種以上の担体及び/又は添加剤とともに常法に従って製剤化する。II型炭酸脱水酵素としては、精製酵素を使用することが好ましい。
【0025】
本発明の免疫誘導剤の投与経路及び投与剤形は、治療に際して最も効果的なものを使用するのが望ましい。投与経路としては、例えば、皮内注射、皮下注射、静脈注射等の非経口投与が挙げられ、投与剤形としては、例えば、注射剤等が挙げられる。
【0026】
本発明の免疫誘導剤の投与量及び投与回数は、目的とする治療効果、投与方法、治療期間、年齢、体重等により異なるが、投与量は、本発明の細胞量に換算して成人1日当たり通常10〜10細胞の範囲から適宜選択することができ、II型炭酸脱水酵素量に換算して成人1日当たり通常1μg〜100mgの範囲から適宜選択することができ、投与回数は、1日1回から数回の範囲から適宜選択することができる。投与対象動物は特に限定されないが、例えば、ヒト等の哺乳動物が挙げられる。
【0027】
本発明の免疫誘導剤は、ヒト等の哺乳動物の体内に直接投与してもよいし、樹状細胞に一旦取り込ませた後、その樹状細胞をヒト等の哺乳動物の体内に投与してもよい。本発明の免疫誘導剤を直接投与する場合、アジュバンドとともに投与することが好ましいが、本発明の免疫誘導剤を取り込ませた樹状細胞を投与する場合、アジュバンドとともに投与する必要はない。
【0028】
本発明の免疫誘導剤が腫瘍血管内皮細胞様細胞又はその溶解産物を有効成分として含有する場合、本発明の免疫誘導剤を対象動物に直接投与することにより、又は本発明の免疫誘導剤を取り込ませた樹状細胞を対象動物に投与することにより、腫瘍血管内皮細胞様細胞に対する免疫を誘導することができる。これにより、対象動物の腫瘍に存在する腫瘍血管内皮細胞を免疫担当細胞が攻撃し、抗腫瘍作用が発揮されると考えられる。
【0029】
本発明の免疫誘導剤がII型炭酸脱水酵素を有効成分として含有する場合、本発明の免疫誘導剤を対象動物に直接投与することにより、又は本発明の免疫誘導剤を取り込ませた樹状細胞を対象動物に投与することにより、II型炭酸脱水酵素に対する体液性免疫(例えば抗体)又は細胞性免疫を誘導することができる。これにより、対象動物の腫瘍に存在する腫瘍血管内皮細胞を、II型炭酸脱水酵素に対する体液性免疫(例えば抗体)又は細胞性免疫が攻撃し、抗腫瘍作用が発揮されると考えられる。
【0030】
本発明の免疫誘導剤によって抗腫瘍作用が発揮される腫瘍は特に限定されるものではないが、例えば、悪性黒色腫等の皮膚癌;胃癌、大腸癌等の消化器癌;肺癌等の呼吸器癌等、腫瘍血管内皮細胞においてII型炭酸脱水酵素の発現が亢進している悪性腫瘍が挙げられる。
【実施例】
【0031】
〔実施例1〕
1.方法
(1)患者
10名の悪性黒色腫患者に対する樹状細胞療法が、2000年から2002年にかけて東京大学医科学研究所先端診療部において施行された。治療の詳細なプロトコール及び結果は、Nagayama, H.等の文献(Nagayama, H. et. al., Melanoma Res, 13: 521-530, 2003.)に公表されているが、以下に簡潔に記載する。
【0032】
患者の末梢血から採取した単球を、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子及びインターロイキン−4の存在下で培養した後、患者腫瘍溶解液及び腫瘍壊死因子(TNF)−アルファでパルスする方法により、樹状細胞を調製した。患者は、全員2002年のうちに死亡した。
【0033】
なお、世界保健機関が定める固形腫瘍における治療効果基準(Therasse, P. et. al., J Natl Cancer Inst, 92: 205-216, 2000.)による「完全反応」に該当する者はなかった。しかし、3名の患者である程度の抗腫瘍効果を認めた。すなわち、患者8及び9においては、複数の腫瘍が広範な壊死により消失又は縮小し、患者6においては、治療開始後4ヶ月間、腫瘍の進行が停止した。同診療部においては、6名の甲状腺癌患者に対する樹状細胞療法も施行され、このうち2例において腫瘍の進行が停止したが、広範な壊死を認めた者はなかった。
【0034】
腫瘍検体及び凍結血清は、それぞれ−80℃及び−20℃で保管された。治療前血清としては、治療開始前1ヶ月以内に採取されたものを使用し、治療後血清としては、患者の生存期間に応じて治療後2〜12ヶ月に採取されたものを使用した。正常者の血液は、健康な志願者より得た。各患者より、この研究への参加に対するインフォームドコンセントを取得し、検体の使用は、東京大学医科学研究所倫理委員会で承認された。
【0035】
(2)細胞株,薬剤,抗体
悪性黒色腫の細胞株5株(CRL1579,G361,HMV−I,HMV−II,SK−MEL−28)は、東北大学医用細胞資源センター(宮城県)より供与された。HeLa細胞は理化学研究所(つくば市)より、ヒト臍帯静脈内皮細胞株(hUVEC)はクロネティクス(アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴ)より購入した。培養液として、HMV−I、HMV−II及びHeLa細胞にはDMEM(インビトロゲン,カリフォルニア州カールスバッド)を、CRL1579とG361細胞にはRPMI−1640(インビトロゲン)を、SK−MEL−28にはイーグルMEM(インビトロゲン)を用いた。特に記載しない場合、10%牛胎児血清(テルモトレース,オーストラリア・メルボルン)を添加した。
【0036】
以下の精製タンパク質、すなわち、ヒトII型炭酸脱水酵素(シグマ,アメリカ・ミズーリ州セントルイス)、ヒトアルファ−エノラーゼ(バイオジェネシス,イギリス・プール)、ラビットベータ−エノラーゼ(シグマ)及びヒトガンマ−エノラーゼ(カルバイオケム,カリフォルニア州ラ・ホヤ)を購入した。
ラビット由来抗ヒトII型炭酸脱水酵素抗体は、ケミコン・インターナショナル(カリフォルニア州テメクラ)より購入した。
【0037】
(3)タンパク質溶解液の調製
凍結腫瘍切片は、プロテナーゼ阻害剤カクテル(コンプリートミニ:ロシュダイアグノティクス,ドイツ・マンハイム)及び5mM ヨードアセトアミドを添加したリン酸緩衝液中でポリトロンホモジェナイザーにより粉砕し、2000Gで10分間遠心した。ペレットを溶解緩衝液(20mM トリス−塩酸(pH8),140mM 塩化ナトリウム,2% トライトンX−100,1% デオキシコール酸ナトリウム,5mM ヨードアセトアミド,プロテナーゼ阻害剤カクテル)中、4℃で2時間インキュベートした。その後、4℃、18000Gで遠心し、上清を回収し、−80℃で保存した。
【0038】
赤血球細胞質タンパク質の調製は以下のように行った。血液は採取直後に5mM エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム(EDTA)を混和し、フィコールパークプラス(アマシャムバイオサイエンス,スウェーデン・ウプサラ)に重層し、遠心分離した。赤血球分画を回収し、5mM リン酸塩(pH8)で溶血後、細胞膜成分を遠心分離した(Fairbanks, G. et. al., Biochemistry, 10: 2606-2617., 1971.)。上清を50kDで分画する濾過膜(セントリプラス−50:ミリポア,マサチューセッツ州ベッドフォード)で濾過し、その濾過液を10kDで分画する濾過膜(セントリプラス−10)で濾過し、赤血球細胞質タンパク質の10〜50kDの分画を濃縮、回収した。
【0039】
(4)電気泳動法及びウェスタンブロット法
通常のSDS−PAGE(ドデシル硫酸ナトリウム加ポリアクリルアミドゲル電気泳動法)は、レムリ法(Laemmli, U. K. Nature, 227: 680-685., 1970.)に準拠した。タンパク質の電気泳動後、ゲルをニトロセルロース膜(プロトラン:シュライヒャーアンドシュエル,ドイツ・ダッセル)に転写し、ブロッキング液(5% スキムミルク添加TBS−T液(20mM トリス−塩酸(pH7.6),137mM 塩化ナトリウム,0.05% ツイーン20)中、室温で2時間インキュベートした。患者血清抗体を検出する時は、血清をブロッキング液で希釈し、室温で2時間反応させた。TBS−T液で洗浄後、2次抗体としてペルオキシダーゼ結合抗ヒトIgG Fc抗体(シグマ)を反応させた。陽性反応はECL化学発光システム(アマシャム,イギリス・バッキンガムシャー)で検出した。
【0040】
二次元電気泳動法は以下のように行った。サンプルは、8.5M 尿素、2% ノニデットP−40、2% アンフォライン(アマシャム)、5% 2−メルカプトエタノール(2−ME)に溶解した。等電点電気泳動は、固定化pH勾配チューブゲル(第一化学,東京都)を用いた。一次元目の泳動後、チューブゲルを平衡緩衝液(125mM トリス−塩酸(pH6.8),4.3% SDS,10% 2−ME,0.01% ブロモフェノルブルー,30% グリセロール)に浸潤した。次に、そのチューブゲルを直立したポリアクリルアミドスラブゲル(第一化学)の上端にアガロースで固定し、二次元目の泳動を行った。泳動後のスラブゲルは、クマシーブリリアントブルー(CBB)R−250(ICNバイオメディカルズ,アメリカ・オハイオ州オーロラ)で染色するか、又はニトロセルロース膜に転写し、ウェスタンブロットを行った。
【0041】
(5)質量分析法
ウェスタンブロット法による陽性スポットに一致する、クマシー染色ゲルのスポットを切り出し、次の処理をおこなった。50mM 炭酸水素アンモニウム添加50%メタノール溶液で脱色後、10mM ジチオスレイトール及び0.1M 炭酸水素アンモニウムの混合溶液で還元し、40mM ヨードアセトアミド及び0.1mM 炭酸水素アンモニウムの混合溶液でアルキル化した。その後、50nM トリプシンを用いて37℃で14時間ゲル内消化を行い、4700プロテオミクスアナライザー(アプライドバイオシステムズ,カリフォルニア州フォスターシティ)を使用し、マトリックス支援イオン化−タンデム飛行時間型質量分析(MALDI−タンデムTOF/MS)を行った。ペプチドの質量データからマスコットサーチシステム(マトリックスサイエンス,イギリス・ロンドン)を使用し、タンパク質を同定した。
【0042】
(6)免疫組織化学
抗CA−II抗体による組織切片の染色は次のように行った。ホルマリン固定パラフィン包埋切片を脱パラフィン後、10mM クエン酸緩衝液(pH7.0)中、95℃で30分間加熱し、抗原を賦活した。洗浄後、内因性ペルオキシダーゼを消去するために過酸化水素水で処理し、ブロッキング試薬(K5006,ダコ・ジャパン,京都府)で処理した。次に、4000倍に希釈した一次抗体を室温で45分間作用させた。その後、ダコ・エンビジョンシステム(エンビジョン・プラス;ペルオキシダーゼ標識:ダコ・ジャパン)を用いて染色した。
【0043】
(7)イン・ビトロ血管新生モデル
ヒト臍帯静脈内皮細胞(hUVEC)は、通常の方法に従い、2%牛胎児血清添加内皮増殖培地(クロネティクス)を用いて、37℃、5%二酸化炭素含有大気中で培養した。イン・ビトロ血管新生モデルの作製のために、6ウェル培養プレートのウェル底にマトリゲル基底膜基質(日本ベクトン・ディッキンソン,東京都)を重層し、その上に、hUVEC(1ウェルあたり2×10個)を播種し、18時間、種々の条件で培養した。培養後の細胞は、セルリカバリーソリューション(日本ベクトン・ディッキンソン)を用いて回収した。
【0044】
(8)定量的RT−PCR
総RNAを腫瘍又は培養細胞株より、トリゾール試薬(インビトロジェン,東京都)を用いて抽出した。総RNAより、第1鎖相補的DNA(cDNA)を逆転写酵素(iScript cDNA Syntheses Kit:バイオラッド,カリフォルニア州ヘルクルス)を用い作製した。次に、これを鋳型としてリアルタイムPCRをQuantiTect SYBER Green PCR Kit (キアゲン,東京都)及びPCR装置(iCycler:バイオラッド)を用いて行った。反応は、94℃で30秒、56℃で30秒、72℃で30秒の1サイクルを45サイクル行った。1μgの総RNAを用い、20μL溶液で逆転写反応を行い、そのうちの1μLをPCRに使用した。ヒトCA−II遺伝子を増幅するプライマーとしては、caatggtcatgctttcaacg(配列番号1)及びtccatcaagtgaaccccagt(配列番号2)を使用し、ヒトグリセロアルデヒド3リン酸(GAPDH)遺伝子を増幅するプライマーとしては、gctcatttcctggtatgacaac(配列番号3)及びttcctcttgtgctcttgctg(配列番号4)を使用した。
【0045】
(9)統計処理
2因子の相関の検定には、フィッシャーの正確確率検定を用い、有意水準をp<0.05とした。対応のない2群間の有意差の検定には、マンホイットニーのU検定を用い、有意水準をp<0.05とした。
【0046】
2.結果
(1)患者血清に抗体を惹起した29kDと47kDの腫瘍タンパク質
「1.方法」で述べたように、樹状細胞療法に反応して広範な腫瘍壊死を認めた患者9の治療前後に採取した血清、及び同患者の腫瘍タンパク質溶解液の反応をウェスタンブロット法で検討した結果、治療前血清には反応せず治療後血清に反応する29kDのタンパク質、及び治療前後の両血清に反応する47kDのタンパク質を認めた(図1)。なお、二次抗体としては、ペロキシダーゼ結合抗ヒトIgG Fc抗体を用いた。そこで、これらのタンパク質の単離、同定を開始した。まず、これらを含有するヒト細胞株、血液等をスクリーニングしたところ、29kDタンパク質は赤血球の細胞質、47kDタンパク質はHeLa細胞等に顕著な発現を認めたため、両タンパク質をそれぞれの溶解液から以下に述べるように単離した。
【0047】
(2)29kDタンパク質の単離及び同定
29kDタンパク質は、赤血球の細胞質より以下のように単離した。「1.方法」で述べたように、赤血球を低浸透圧液により溶血させ、細胞膜成分を遠心により除去した後、10〜50kD分画を採取、濃縮し、二次元電気泳動法で展開した。これにより大量のヘモグロビン4量体(68kD)を除去し、タンパク質変性下の電気泳動におけるヘモグロビンのコンタミネーションを防いだ。引き続いてウェスタンブロット法により、患者9の治療後血清と反応する3つのスポットを検出したため(図2A)、それぞれをゲルから切り出し、MALDI−タンデムTOF/MSで解析した。その結果、3つのスポットは同じタンパク質で、II型炭酸脱水酵素(CA−II)であった。スポット1の質量分析の結果を表1に示した(総MOWSEスコア=561)。3つのスポットにおけるpI値の相違の原因は不明であった。さらに、精製CA−IIタンパク質に対する血清の反応をウェスタンブロットで確認した。図2Bに示すように、1μgのCA−IIに対して、400倍希釈の患者血清が反応した。なお、図2Bは、1μgの精製CA−IIと、各希釈倍率の血清との反応を示し、400倍希釈までを陽性とした。
【0048】
【表1】

【0049】
(3)47kDタンパク質の単離及び同定
47kDタンパク質については、HeLa細胞の溶解液を用いて同様に二次元電気泳動及びウェスタンブロットを行った結果、2つのスポットを認めた(図3A)、それぞれをMALDI−タンデムTOF/MSで解析した結果、同じタンパク質で、アルファ−エノラーゼであった。スポット1の質量分析の結果を表2に示した(総MOWSEスコア=831,P*:Propionamide(C),O**:Oxidation(M))。2つのスポットにおけるpI値の相違の原因は不明であった。さらに、精製したアルファ−エノラーゼに対する血清の反応をウェスタンブロットで確認した。なお、血清は、ベータ−又はガンマ−エノラーゼには反応しなかった(図3B)。なお、図3Bは、図示した容量の各タンパク質と、100倍希釈血清との反応を示す。
【0050】
【表2】

【0051】
(4)治療効果及び抗II型炭酸脱水酵素抗体の関連
樹状細胞療法を受けた10名の悪性黒色腫患者及び6名の甲状腺癌患者において、治療前後の血清抗CA−II抗体をウェスタンブロットで検討した。100倍希釈の血清では、悪性黒色腫患者10名中6名が陽性であったが、甲状腺癌患者6名はすべて陰性であった。6名の陽性者について200倍希釈血清で検討した結果を含め、図4に示した。なお、図4中、「N」は正常血清、「1」は治療前血清、「2」は治療後血清を示す。10名の悪性黒色腫患者について樹状細胞療法の効果及び治療前後の血清抗CA−II抗体価を表3に要約した。なお、表3中、+は100倍血清希釈陽性、++は200倍血清希釈陽性、+++は400倍血清希釈陽性を示す。患者9において治療による顕著な抗体反応(治療前陰性より治療後400倍陽性)を認めたほか、患者6及び8で抗体反応(治療前100倍陽性より治療後200倍陽性)を認めた。患者1、3、7においては治療前に抗体陽性であったが治療による抗体価の上昇反応は認めなかった。10名の患者のうち、治療により腫瘍の増大が4ヶ月停止した患者6と、腫瘍の広範な壊死による消失、縮小をみた患者8及び9の3名を治療効果群、残りの7名は治療無効群として抗体誘導反応の有無との相関をフィッシャーの正確確率解析で検討した結果、治療効果及び抗体誘導反応は有意に相関した(p<0.05)。
【0052】
【表3】

【0053】
(5)治療効果及び抗アルファ−エノラーゼ抗体の関連
同様に患者血清の抗アルファ−エノラーゼ抗体を検討したところ、悪性黒色腫患者10名中7名で陽性(患者1、3、5、6、8、9、10)、甲状腺癌患者6名のうち4名で陽性であったが、どの患者も治療による抗体価の上昇反応は明らかでなかった。すなわち、抗CA−II抗体に認められたような樹状細胞療法の治療効果及び抗体誘導反応の関連は認めなかった。よって、本研究では以下CA−IIについて検討をすすめた。
【0054】
(6)免疫組織化学によるII型炭酸脱水酵素の腫瘍における発現
患者腫瘍におけるCA−IIの発現及び局在を検討するため、腫瘍切片の免疫組織染色をおこなった。既報(Spicer, S. S. et. al., J Histochem Cytochem, 30: 864-873, 1982.)の通り、腎臓においてCA−IIは尿細管上皮の細胞質に陽性であった(図5B)。患者9の腎臓転移腫瘍において、CA−IIは腫瘍血管内皮細胞膜に陽性であった(図5D)。特筆すべきは、正常腎臓組織の糸球体内皮や血管内皮はCA−II陰性であった(図5B矢印)。ただし、患者8の腫瘍切片においては腫瘍血管内皮細胞のCA−IIは陰性であった。CA−IIの腫瘍血管内皮細胞における発現が、悪性黒色腫以外の癌組織にも認められるかどうかを検討した結果、検討した範囲ですべてではないが、食道癌(図6A)、腎細胞癌(図6B)、肺癌(図6C,D)でも認められた。すなわち、CA−IIは正常組織の血管内皮には発現せず、悪性黒色腫を含む種々の腫瘍組織の血管内皮細胞に発現を認めた。
【0055】
(7)II型炭酸脱水酵素mRNAの腫瘍における発現
免疫組織化学でCA−IIの発現が患者9の腫瘍で腫瘍細胞には認められず血管内皮にのみ認められた結果を得たため、さらにmRNAの発現により検討をかさねた。すなわち患者腫瘍、悪性黒色腫細胞株におけるCA−II mRNAの発現を定量的RT−PCR法で検討した結果、患者9の腫瘍は、患者8の腫瘍やどの悪性黒色腫の細胞株よりも発現が高かった(図7)。これは、患者9の腫瘍内の腫瘍細胞以外の細胞でCA−IIが発現している可能性を示し、免疫組織化学の結果と矛盾しないと考えられた。なお、図7中、CA−II mRNAの発現は、グリセロアルデヒド3リン酸(GAPDH)mRNAに対する比で評価した。
【0056】
(8)イン・ビトロ血管新生モデルにおけるII型炭酸脱水酵素の発現
次に、ヒト臍帯静脈内皮細胞(hUVEC)をプラスティック培養プレートに培養(二次元;図8A)、又はマトリゲル上に培養(三次元;図8B)し、CA−IIの発現を定量的RT−PCRで検討した。通常条件(培地のpH:7.4,酸素濃度:20%)で18時間の培養したとき、二次元培養に比し三次元培養においてCA−IIの発現は有意に亢進した。腫瘍環境における血管新生をモデル化する目的で、三次元培養において培養条件を酸性培地(pH6.8)又は低酸素(2%酸素)に変更した。その結果、酸性培地かつ低酸素条件にした場合、hUVECのCA−IIの発現は通常条件に比し有意に亢進した(図9)。なお、図9中、CA−IIの発現は、各培養条件においてhUVECのRNAを抽出し、定量的RT−PCRを行い、グリセロアルデヒド3リン酸(GAPDH)mRNAに対する比で評価した。また、図9中、「2D」は二次元培養、「3D」は三次元培養、「N」は通常培養条件、「Acid」は酸性(pH6.8)培地、「Hypo」は低酸素(2%酸素)条件、*はp<0.05を示す。
【0057】
3.論考
本研究では、二次元電気泳動法及びウェスタンブロット法によるタンパク質の単離と、MALDI−タンデムTOF/MS法による解析により、腫瘍関連抗原としてII型炭酸脱水酵素(CA−II)及びアルファ−エノラーゼ(α−ENO)を同定した。このような血清反応及び質量分析によるタンパク質同定法で、これまで腎癌(Kellner, R. et. al., Proteomics, 2: 1743-1751., 2002. ; Lichtenfels, R. et. al, Biochim Biophys Acta, 1646: 21-31., 2003.14, 15)、神経芽細胞腫(Prasannan, L. et. al., Clin Cancer Res, 6: 3949-3956., 2000.)及び肺癌(Brichory, F. et. al., Cancer Res, 61: 7908-7912., 2001.)において腫瘍関連抗原が単離されており、このような方法は血清学的プロテオーム解析:SERPA(Klade, C. S. et. al, Proteomics, 1: 890-898., 2001.)、PROTEOMEX(Lichtenfels, R. et. al., Proteomics, 2: 561-570., 2002.)、SPEAR(Unwin, R. D. et. al., Proteomics, 3: 45-55., 2003.)等と呼ばれている。一方、患者血清と反応する腫瘍関連抗原を同定する方法に、大腸菌に発現したライブラリータンパク質及び血清を反応させて、陽性遺伝子をクローニングするSEREX法があり汎用されている(Li, G., Miles, A. et. al., Cancer Immunol Immunother, 53: 139-143, 2004.)。この研究では、予備実験のウェスタンブロットで患者血清に反応する患者腫瘍タンパク質を検出したため、それらを同定するためにプロテオミックな手法を用いた。
【0058】
腫瘍関連抗原のうちベータ−カテニンのように遺伝子変異を伴うものは個別の腫瘍に特異的で、ホストの免疫系に非自己と認識されると考えられる。しかし、ほとんどの腫瘍関連抗原に遺伝子変異は認められず正常組織にも発現されているものが多い。例えば、癌精巣抗原は正常精巣に、分化抗原は正常メラノサイトに発現している。さらに、広範な正常組織に発現する腫瘍関連抗原も報告されている。例えば、ATP6S1は細胞内小胞のプロトンポンプの補助タンパク質と考えられ、種々の正常細胞に発現しているが、液性免疫を賦活し、抗腫瘍免疫に関連していると報告されている(Hodi, F. S. et. al., Proc Natl Acad Sci U S A, 99: 6919-6924., 2002.)。よって、CA−IIやα−ENOが種々の正常組織に発現するタンパク質であるという理由で、それらが腫瘍関連抗原である可能性を否定されるものではないと考えられる。
【0059】
CA−IIは、患者9の血清を用いた検討で腫瘍関連抗原であることが同定されたが、樹状細胞療法を受けた10名の悪性黒色腫患者における血清抗CA−II抗体の検討により、「2.結果」に示したように治療効果の有無と抗体誘導反応の有無とに関連が認められた。よって、樹状細胞療法を施行した悪性黒色腫患者において血清抗CA−II抗体の経過は、治療効果の指標となる可能性がある。甲状腺癌患者については血清抗CA−II抗体の治療による誘導反応例もなかったが、治療効果を認めた例もなかったため、この仮説は甲状腺癌患者についても矛盾しない。一方、血清抗α−ENO抗体については、治療効果の有無と抗体反応の有無とには関連が見い出せなかったので、抗CA−II抗体の反応が全般的な免疫反応の亢進による非特異的なものだとは考えにくい。ただし、この問題は今後多数の症例で検討すべきである。
【0060】
CA−IIは赤血球、膵管上皮細胞、腎尿細管上皮細胞、消化管上皮細胞等の広範な正常組織で発現を認めるが、癌における発現は脳腫瘍(Parkkila, A. K. et. al., Histochem J, 27: 974-982, 1995.)や白血病(Leppilampi, M. et. al., Clin Cancer Res, 8: 2240-2245, 2002.)で報告されているにすぎない。今回の検討では、CA−IIは悪性黒色腫細胞には発現をみなかったが、悪性黒色腫、食道癌、腎癌及び肺癌組織において、腫瘍血管内皮に発現していることが示された。よって、CA−IIは腫瘍血管内皮細胞関連抗原であると考えられた。
【0061】
本研究では、免疫組織化学の検討で得られたCA−IIが正常組織の血管内皮ではなく腫瘍血管内皮に特異的に発現するという知見について、ヒト臍帯静脈内皮細胞(hUVEC)を用いたイン・ビトロ血管新生モデルで検討をかさねた。定量的RT−PCRによる検討で、GAPDHを対照としたCA−II mRNAの発現は二次元培養に比しマトリゲルを用いた三次元培養で有意に亢進したため、CA−IIは正常の血管新生においても必要なタンパク質であることが示唆された。さらに、腫瘍環境における遺伝子発現をみる目的で、培養条件を酸性培地(pH6.8)、低酸素(酸素濃度2%)にすることを考案した(Harris, A. L. Nat Rev Cancer, 2: 38-47, 2002. ; Fukumura, D., Xu, L. et. al., Cancer Res, 61: 6020-6024, 2001.)。その結果、三次元培養において、通常培養条件に比し酸性培地、低酸素条件で、CA−IIの発現が有意に亢進した。これは、腫瘍血管内皮にCA−IIが高発現することを支持すると考えられた。今回、複数の腫瘍組織を免疫組織化学で検討した結果、すべての腫瘍の腫瘍血管でCA−IIが陽性というわけではなかった。その理由として、CA−IIの発現が腫瘍の酸性度や低酸素の程度に依存している可能性や、CA−IIを発現する腫瘍血管が多様なフェノタイプを示す腫瘍血管の一部である可能性が考えられる。腫瘍血管内皮に特異的に発現する遺伝子は精力的に検索されているが(St Croix, B. et. al., Science, 289: 1197-1202, 2000.)、我々の知る範囲で、これまでにCA−IIは報告されていない。
【0062】
文献的に血清抗CA−II抗体は、全身性エリテマトーデス(陽性率24.1%)、シェグレン症候群(同20.0%)、進行性全身性硬化症(同16.7%)、皮膚筋炎(25.0%)(Ono, M., Watanabe, K. et. al, J Dermatol Sci, 21: 183-186., 1999.)のような膠原病のみならず、シェグレン関連慢性膵炎(61.9%)(Kino-Ohsaki, J. et. al., Gastroenterology, 110: 1579-1586., 1996.)、自己免疫性膵炎(58.8%)(Okazaki, K. et. al., Gastroenterology, 118: 573-581., 2000.)、原発性胆汁性肝硬変(PBC)(8%(Invernizzi, P. et. al., Clin Exp Immunol, 114: 448-454., 1998.)から18%(Ueno, Y. et. al., Hepatol Res, 20: 18-27, 2001.)、1型糖尿病(50.0%)(Taniguchi, T. et. al., Diabetes Care, 24: 1695-1696., 2001.)、潰瘍性大腸炎(UC)(27.8%)(Andoh, A. et. al., Int J Mol Med, 9: 499-502., 2002.)等の自己免疫性疾患で報告されている。しかし、抗体惹起の機構や、病因との関連等は不明とされている。今回の検討で樹状細胞療法前の悪性黒色腫患者の10名中5名で抗CA−II抗体が陽性であったが、その病理学的意義はやはり不明である。
【0063】
CA−IIは一般に細胞質に存在することが知られているので、腫瘍血管内皮の細胞質に発現するCA−IIを、ホストの免疫系がどのように認識するかは重要な問題である。膵癌細胞株による検討ではCA−IIは細胞膜の内側に付着しているとされる(Alvarez, L., Fanjul, M. et. al., J Histochem Cytochem, 49: 1045-1053, 2001.)。本研究での免疫組織化学では、腫瘍血管内皮の細胞膜が染色されたが細胞内外の判別はできなかった。しかし、マウスをCA−IIで免疫することにより唾液腺炎(Nishimori, I., Bratanova, T. et. al., J Immunol, 154: 4865-4873., 1995.)、胆管炎(Ueno, Y., Ishii, M. et. al., Lab Invest, 78: 629-637., 1998.)及び膵炎(Uchida, K. et. al., Lab Invest, 82: 411-424., 2002.)を誘導したとする報告があり、これらの結果は免疫系が各組織の上皮細胞に発現するCA−IIを標的にしていることを示唆している。よって、これらの細胞では、高発現するCA−IIが主要組織適合性抗原分子によって細胞外に提示されている可能性も考えられる。
【0064】
本研究で得られたCA−IIが腫瘍血管内皮に特異的に発現しているという知見は、あらたな癌治療法につながる可能性がある。なぜなら、CA−IIが腫瘍血管新生に重要な役割を果たしている可能性があり、もしそうであれば、炭酸脱水酵素阻害薬が腫瘍血管新生抑制に有効と考えられる。実際、炭酸脱水酵素阻害薬は、その作用機序は明らかでないが、悪性黒色腫を含む種々の癌において浸潤や転移を抑制することが報告されている(Scozzafava, A. et. al. Bioorg Med Chem Lett, 10: 1117-1120, 2000. ; Supuran, C. T. et. al., Bioorg Med Chem, 9: 703-714, 2001.)。
【0065】
本研究は、悪性黒色腫に対する樹状細胞療法において、患者6、8及び9のように治療効果のあった患者において治療の標的になった腫瘍関連抗原を同定することが目的であった。特に患者9では、治療中に複数の転移腫瘍において広範な壊死による消失又は縮小が散発的に急速な経過でみられ、何らか腫瘍血管の障害も疑われた。本研究の結果、CA−IIが患者9の腫瘍血管に高発現し、抗CA−II抗体も患者9で治療により強く惹起されていたことは興味深い。さらに、抗CA−II抗体は、他の治療有効例(患者6と8)でも誘導される一方、他の治療効果のみられなかった患者では誘導反応を認めないことより、樹状細胞療法の治療効果の指標となる可能性も示唆された。また、腫瘍特異的な血管内皮細胞のCA−IIの発現は、悪性黒色腫のみならず、食道癌、腎細胞癌、肺癌でも認められた。さらに、腫瘍環境を模したイン・ビトロ血管新生モデルを考案し、定量的RT−PCR法による検討により、腫瘍環境における血管新生でCA−II mRNAの発現が亢進することが示唆された。今後さらなる研究が必要であるが、CA−IIは腫瘍血管内皮細胞関連抗原であり、悪性黒色腫の樹状細胞療法による抗腫瘍効果に関連していると考えられた。
【0066】
〔実施例2〕
培養細胞よりTrizol(Invitrogen社)法でmRNAを抽出し、iScript cDNA Synthesis Kit(Bio−Rad社)で逆転写反応を行なった。アンギオポイエチン−1、アンギオポイエチン−2、bFGF、HGF、TGF−β、TNF−α、IL−1β、CXCL12、PDGF−A、PDGF−BのmRNAをQuantiTect SYBR Green PCR kit(Qiagen社)とiCycler(Bio−Rad社)を用いてReal−time PCRし、定量した。PCR反応は、94℃で30秒、56℃で30秒、72℃で30秒を45サイクル行なった。プライマーの塩基配列を表4に示す。0.4μgのtotal RNAを20μlの溶液中で逆転写し、そのうち1mlをReal−time PCRに用いた。サイトカインmRNAのコピー数はGAPDH mRNAコピー数との比で標準化して表示した。hPDMC(PL26、PL54c、PL232c)での血管新生促進性サイトカインmRNAの発現を腫瘍細胞(HeLa細胞、PC3、HMV−1)での発現と比較した。
【0067】
その結果、図10〜12に示すように、アンギオポイエチン、FGF、HGF及びCXCL12のmRNA発現量は、正常細胞よりも腫瘍細胞の方が有意に少なかった。また、アンギオポイエチン1のmRNA発現量/アンギオポイエチン2のmRNA発現量の比率は、正常細胞よりも腫瘍細胞の方が有意に少なかった。なお、図示しないが、VEGF−A及びVEGF−CのmRNA発現量は、正常細胞と腫瘍細胞とで有意な差が見られなかった。
【0068】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹状細胞療法を施した腫瘍患者の治療効果を判定するための方法であって、患者由来の血清中のII型炭酸脱水酵素(CA−II)抗体価を測定し、治療後血清での抗体値が治療前血清での抗体価と比較して上昇している場合に治療効果があると判定する方法。
【請求項2】
請求項1に記載の治療効果を判定するための方法において用いる治療効果判定用キットであって、II型炭酸脱水酵素(CA−II)タンパク質を含むキット。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−141283(P2011−141283A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−19097(P2011−19097)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【分割の表示】特願2005−205964(P2005−205964)の分割
【原出願日】平成17年7月14日(2005.7.14)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】