説明

細胞培養/処理用製品、並びにそれらの製造及び使用方法

本発明は、細胞の接着及び増殖を防ぐために細胞培養及び/又は処理用表面をコーティングするための迅速で簡単なコーティング法に関する。本発明は、フェニルデキストランでコートした細胞培養/処理用製品並びにその製造及び使用方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞生物学の分野に属する。さらに具体的には、本発明は、フェニルデキストランをコーティングとして用いた、細胞培養及び/又は処理用製品並びに細胞培養/処理用製品の製造方法に関する。本発明は、これらの細胞培養/処理用製品の用途にも関する。
【背景技術】
【0002】
細胞の培養、処理(取扱い)及び保存に関して、細胞の付着又は接着を効率的に阻害する材料に対する大きな需要がある。細胞の増殖、取扱い、移動又は保存に際して、組織培養プレート/フラスコ、チューブ又はバッグのプラスチックへの非特異的な固着又は付着が大きな問題となりかねない。例えば、付着性細胞をマイクロキャリア上で培養すると、播種の際に、若干の細胞がコンパートメントの底に接着することがあり、マイクロキャリアが細胞でコンフルエントになると、マイクロキャリアが細胞培養用バッグにくっつくことがある。さらに、多くの未処理組織培養用プラスチックは、浮遊培養に用いると、間葉系幹細胞のような付着性細胞が付着してしまい、付着を避ける必要がある場合に問題となる。
【0003】
ポリエチレングリコール(PEG)及びデキストランが細胞接着抵抗性を有することが知られている。例えば、以下の文献参照。
1)Monchaux, E., and Vermette, P. (2008). Cell adhesion resistance mechanisms using arrays of dextran-derivative layers. J Biomed Mater Res A 85, 1052-1063。この報文には、カルボキシメチルデキストランを表面のコーティングに用いることが記載されている。カルボキシメチルデキストラン(CMD)は、ブロモ酢酸をデキストランと16時間反応させた後、透析(3×24時間)及び凍結乾燥を行うことによって合成されている。ホウケイ酸ガラスを一晩酸洗浄してから、プラズマ重合反応器でn−ヘプチルアミンで表面改質する。CMD溶液をEDC及びNHSで活性化し、表面改質した表面の上に流してから、一晩カップリング反応し、24時間洗浄する。この方法全体を実施するには1週間超を必要とする。
2)Massia, S. P., Stark, J., and Letbetter, D. S. (2000). Surface-immobilized dextran limits cell adhesion and spreading. Biomaterials 21, 2253-2261。この報文には、固定化デキストランを、細胞の接着及び伸展を防ぐために用いることが記載されている。デキストランを過ヨウ素酸ナトリウムとの24時間の反応で酸化した後、透析及び凍結乾燥する。PETカバーガラス及び微鏡用スライドガラスを6段階法で清浄化する。次いでPETカバーガラスをエチレンジアミンで表面改質し、顕微鏡用スライドガラスは3−アミノプロピルトリエオトキシシランで処理する。最後に、アミン改質表面を、酸化デキストラン溶液中に16時間浸漬する。デカントして、水素化ホウ素ナトリウム溶液中で2時間インキュベートした後、デキストランコート表面をリンスし、乾燥する。この方法全体を実施には約1週間を要する。
【0004】
このように、従来技術の方法は非常に複雑で時間がかかる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Monchaux, E., and Vermette, P. (2008). Cell adhesion resistance mechanisms using arrays of dextran-derivative layers. J Biomed Mater Res A 85, 1052-1063
【非特許文献2】Massia, S. P., Stark, J., and Letbetter, D. S. (2000). Surface-immobilized dextran limits cell adhesion and spreading. Biomaterials 21, 2253-2261
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、接着性の低い細胞培養及び処理用製品を低コストで得るための簡単で便利な方法を提供する。
【0007】
今回、本発明者らは、細胞培養用プラスチックのような疎水性表面への細胞の付着を低減するのための表面コーティングとしてフェニルデキストランを用いることができることを発見するに至った。さらに、本発明者らは、このコーティング法が迅速かつ簡単であり、所望の機能を達成するのに極めて低濃度のフェニルデキストランを使用できるという知見も得た。このコート製品は、任意の細胞型又は組織の培養又は取扱いに、それらの固有の特性に影響を与えずに、使用することができる。
【0008】
本発明は、細胞をマイクロキャリア又は足場材料(スキャフォールド)上で増殖させる際に、細胞培養用コンパートメントの底への非特異的な付着を防ぐのにも有用である。
【0009】
第1の態様では、本発明は、細胞培養及び/又は処理装置であって、当該装置が、細胞と接触する1以上の表面を有していて、該1以上の表面がフェニルデキストランでコートされている装置に関する。本装置は、細胞培養及び/又は処理用製品を含んでいてもよく、細胞培養及び/又は処理用製品は、細胞培養、細胞の取扱い、移動又は保存に適した任意の容器又は管でよい。好ましくは、かかる管又は容器の内表面は疎水性表面である。或いは、非疎水性の管又は容器を用いるが、フェニルデキストランの添加前に、疎水性表面とする。
【0010】
細胞培養及び/又は処理用製品は、例えば、培養プレート、培養フラスコ、マイクロタイタープレート、チューブ、ビーカー又はバッグであり、その1以上の内表面をフェニルデキストランでコーティングする。
【0011】
第2の態様では、本発明は、細胞培養/処理用製品の製造方法であって、疎水性表面に濃度0.1〜5mg/mlのフェニルデキストラン溶液をコーティングすることを含む方法に関する。
【0012】
第3の態様では、本発明は、細胞培養/処理用製品の表面への付着性細胞の細胞接着又は付着を防ぐ方法であって、上述の細胞培養及び/又は処理装置で細胞を培養することを含む方法に関する。
【0013】
好ましくは、細胞は、単一細胞、球状塊のような三次元構造体として維持された或いは担体(キャリア)、足場材料又はディスクのような二次構造体に接着した、付着性幹細胞、初代細胞又は株化細胞、組織/器官片又は浮遊細胞である、
その他の実施形態では、本発明は、細胞を増殖させるためのマイクロキャリアを添加することを含む方法に関する。細胞は、マイクロキャリア上で増殖するが、細胞培養用製品の表面には接着しない。
【0014】
第3の態様では、本発明は、細胞培養/処理用表面をコーティングして細胞接着を防ぐための、フェニルデキストランの使用に関する。好ましくは、フェニルデキストランは、0.1〜5mg/mlの濃度でコーティングされる。
【0015】
第4の態様では、本発明は、フェニルデキストラン溶液と細胞培養/処理容器を、容器の1以上の内表面への細胞の接着を防ぐため該表面を上記溶液でコーティングするための使用説明書と共に含むキットに関する。好ましくは、フェニルデキストラン溶液は、0.1〜5mg/mlの濃度である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】培養プレート上のフェニルデキストランコーティング及び培養プレートへの細胞(MSC)の添加を示す略図。
【図2】非コーティング表面上及び本発明のコーティング表面上で培養した間葉系幹細胞を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
材料及び方法
マイクロタイタープレート:
Nunc未処理ポリスチレンマイクロタイタープレートを、10mg/ml、1mg/ml及び0.1mg/mlの3通りの異なる濃度のフェニルデキストランでコートした。2種類の超低接着性の市販培養プレートである1)Nunc MPC処理プレート(注文番号:145383)及び2)Costar Ultra low attachmentプレート(注文番号:3473)を、比較のために用いた。
【0018】
フェニルデキストラン:
フェニルグリシジルエーテルで置換された平均分子量40000g/モルのフェニルデキストラン(Dextran T40、GE Healthcare Biosciences AB)。
【0019】
マイクロキャリア:
cytodex 1及びcytodex 3(GE Healthcare Biosciences AB)。
【0020】
細胞:
ヒト間葉系幹細胞(hMSC)を、マイクロキャリアでの試験には20000細胞/ウエルのプレーティングで、プレートへの付着試験には40000細胞/ウエルのプレーティングで使用した。
【実施例】
【0021】
マイクロタイタープレートのコーティング
Nunc未処理ポリスチレンマイクロタイタープレートを、10mg/ml、1mg/ml及び0.1mg/mlの3通りの異なる濃度のフェニルデキストランでコートした。図1に、基本手順の概要を示す。
【0022】
コーティング法:
・500μlのフェニルデキストラン溶液を加えて、プレート上で15分間放置する。
・溶液を捨てる。
・1000μlリン酸緩衝液(PBS)を各10分間×3回添加する。
【0023】
細胞培養には、500μlの基本培地を加えて、10分間放置する。しかる後に、完全培地と細胞を加える。
【0024】
デキストランのフェニル基が疎水性表面に吸着して、表面の親水性が高まる。このコーティング法は簡単で時間がかからない。
【0025】
細胞培養
本発明に従ってコーティングしたプレート及び比較用プレートに間葉系幹細胞(MSC)を40000細胞/ウエルで添加した。21時間培養した後に、細胞の付着を評価した。フェニルデキストランでコートしたプレート(すべての濃度で等しく良好に機能した)及びCostarプレートでは、組織培養プラスチックへの細胞の付着は観察されなかった。しかし、Nuncプレートでは、コーティングが不均一で、細胞がプレートの数箇所に付着した。
【0026】
フェニルデキストランでコートしたプラスチック上に細胞を播種すると、細胞は全く付着しなかった。代わりに、細胞は、自由に浮遊する球状細胞クラスターを形成した(図2参照)。
【0027】
細胞培養へのマイクロキャリアの添加
Costarプレート及びフェニルデキストランでコートしたプレートにCytodexマイクロキャリアを添加すると、すべての細胞(20000細胞/ウエル)がマイクロキャリアに付着し、マイクロタイタープレートのウエルの底に付着した細胞はなかった。フェニルデキストランでコートしたプレートのマイクロキャリアで培養すると、細胞は該キャリア上で良好に増殖し、細胞の形態になんらの差異も観察されず、フェニルデキストランが漏れ出してキャリアをコーティングすることもなければ、細胞に毒性を示すこともないことを示している。
【0028】
結果
フェニルデキストランでコートしたプレートは、付着性の評価に関しては、Nunc MPC処理プレートよりも優れており、Costar Ultra low attachmentプレートと同等であるが、コストは格段に低いという結果が得られた。
【0029】
本結果は、フェニルデキストランは、細胞の増殖、生存又は多分化能を変化させずに、細胞の付着を完全に阻害できることを示している。
【0030】
このコーティング法は、簡単、迅速で順応性があり、細胞の超低接着性を達成するため他のタイプの疎水性材料に適用することができる。
【0031】
本発明の適用例
培養皿、チューブ、バッグその他の材料への細胞/組織の付着を避けるべき機会は多い。例えば、1)細胞を、胚様体やニューロスフェアのような浮遊球状塊として増殖させる場合、2)三次元構造を維持する必要がある組織/器官片をインビトロで培養する場合、3)細胞を、組織培養プレート、フラスコ又はバッグ内の別の構造(例えば担体、足場材料その他の三次元生体材料)上で増殖させる場合、4)浮遊細胞或いはスピナーフラスコ又はバッグ(例えば、WAVE Bioreactor(商標))内の担体上で増殖する細胞を培養する場合、5)粘着性の細胞を、チューブその他の器具を通して移動させる場合、6)容器内での非特異的な接着を回避しながら、細胞を保存又は細胞を用いて研究する場合である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養及び/又は処理装置であって、当該装置が、細胞と接触する1以上の表面を有していて、該1以上の表面がフェニルデキストランでコートされている装置。
【請求項2】
前記1以上の表面が疎水性表面である、請求項1記載の装置。
【請求項3】
当該装置が、細胞培養用製品、細胞インキュベーター、細胞取扱い器具、例えば、培養プレート、培養フラスコ、マイクロタイタープレート、チューブ、ビーカー又はバッグであって、その1以上の内表面がフェニルデキストランでコートされている、請求項1又は請求項2記載の装置。
【請求項4】
細胞培養/処理用製品の製造方法であって、疎水性表面に濃度0.1〜5mg/mlのフェニルデキストラン溶液をコーティングすることを含む方法。
【請求項5】
細胞培養/処理用製品の表面への付着性細胞の細胞接着又は付着を防ぐ方法であって、請求項1乃至請求項3のいずれか1項記載の細胞培養及び/又は処理装置で細胞を培養することを含む方法。
【請求項6】
前記細胞が、単一細胞、球のような三次元構造体として維持された或いは担体、足場材料又はディスクのような二次構造体に接着した、付着性幹細胞、初代細胞又は株化細胞、組織/器官片又は浮遊細胞である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
細胞を増殖させるためのマイクロキャリアを添加することを含む、請求項5又は請求項6記載の方法。
【請求項8】
細胞培養/処理用表面をコーティングして細胞接着を防ぐための、フェニルデキストランの使用。
【請求項9】
フェニルデキストランが0.1〜5mg/mlの濃度でコーティングされる、請求項8記載の使用。
【請求項10】
フェニルデキストラン溶液と細胞培養/処理容器を、容器の1以上の内表面への細胞の接着を防ぐため該表面を上記溶液でコーティングするための使用説明書と共に含むキット。
【請求項11】
前記フェニルデキストラン溶液が0.1〜5mg/mlの濃度である、請求項10記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2013−507959(P2013−507959A)
【公表日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−535165(P2012−535165)
【出願日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際出願番号】PCT/SE2010/051138
【国際公開番号】WO2011/049524
【国際公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(597064713)ジーイー・ヘルスケア・バイオサイエンス・アクチボラグ (109)
【Fターム(参考)】