説明

細胞損傷および炎症から保護し、かつ星状細胞増殖を促進する、プロテインキナーゼC−δ阻害剤

本発明は、脳損傷、特に外傷性脳損傷(TBI)を治療するためのδPKC阻害剤ペプチドの使用に関する。1つの態様において、δPKCを特異的に阻害するペプチドは、星状細胞増殖を促進することによって神経学的組織を保護するのに使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2007年10月27日に出願された米国特許仮出願第60/968,283号からの優先権を主張する。この文献の内容全体は、参照により本明細書に組み入れられる。
【0002】
技術分野
本発明は、脳損傷、特に外傷性脳損傷(TBI)を治療するためのδPKC阻害剤ペプチドの使用に関する。1つの態様において、δPKC阻害剤ペプチドは、星状細胞増殖を促進することによって神経学的組織を保護するのに使用される。
【背景技術】
【0003】
星状細胞は、保護的役割も果たし、なおかついくつかの疾患状態に関連付けられてもいる。例えば、星状細胞は、神経膠腫の発生源と考えられている細胞型の内の1つである。星状細胞は、神経系機能を支援するために脳中の特殊な単位(毛細血管-星状細胞-神経細胞の単位)を与える神経系中の不可欠な細胞である。星状細胞は、損傷の重症度と関連して段階的に起こる変化した遺伝子発現、肥大、および増殖によって、外傷性脳損傷(TBI)に応答する。有益な影響と不利益な影響の両方が、反応性星状細胞に帰されている。研究により、中程度の局所性脳損傷後に神経組織を維持する際および炎症を制限する際に、反応性星状細胞が不可欠な役割を果たすことが示されている。(例えば、Myer et al., Brain (2006) 129:2761-2772(非特許文献1)およびKernie, et al., J. Neurosci-Res. (2001) 66(3): 317-26(非特許文献2)を参照されたい)。
【0004】
神経幹細胞が成人期まで存続することは、近年熱心に調査されている分野である。研究により、損傷部位の近位および遠位の両方の領域で、外傷性脳損傷に応答して神経前駆体が有意に増殖することが実証されている。近位の増殖の結果、損傷後60日目にはほとんど星状細胞のみとなり、新しく生じた細胞が星状細胞グリオーシス瘢痕の多くを占めることが実証される。これらのデータから、外傷性脳損傷の後に起こるリモデリングにおいて神経増殖が重要な役割を果たすことが実証され、外傷性脳損傷後の機能回復が、損傷それ自体のかなり後に起こり続ける方法に関するメカニズムが示唆される。
【0005】
外傷性脳損傷(TBI)の場合に脳浮腫が脳腫脹をもたらすことは、重大な意味を持つ問題のままである。炎症反応は、頭部損傷後の脳腫脹において、根本にかかわる役割を果たし得る。これらの研究から、初期の浮腫形成を伴う重度の頭部外傷に対する急性応答が、活性化小膠細胞および浸潤リンパ球によって誘発される場合がある炎症性事象に関連している可能性が高いことが示唆される。免疫抑制薬物療法による早期かつ標的化した治療を重度の頭部損傷患者に施すと、はるかに良好な転帰をもたらし得るため、これらの観察結果の臨床的有意性を過大評価することは難しい。
【0006】
プロテインキナーゼC(「PKC」)は、細胞増殖、遺伝子発現の調節、およびイオンチャネル活性を含む様々な細胞機能に関与するシグナル伝達において重要な酵素である。アイソザイムのPKCファミリーは、少なくとも11種の異なるプロテインキナーゼを含み、それらの相同性および活性化因子に対する感受性に基づいて少なくとも3つのサブファミリーにこれらを分類することができる。各アイソザイムは、アイソザイム独自(「可変」または「V」)ドメインが散在するいくつかの相同(「保存」または「C」)ドメインを含む。「在来型」または「cPKC」サブファミリーのメンバーであるαPKC、βIPKC、βIIPKC、およびγPKCは、4つの相同ドメイン(C1、C2、C3、およびC4)を含み、活性化のためにカルシウム、ホスファチジルセリン、およびジアシルグリセロールエステルまたはホルボールエステルを必要とする。「新型」または「nPKC」サブファミリーのメンバーであるδPKC、εPKC、ηPKC、およびθPKCは、C2相同ドメインを欠き、活性化のためにカルシウムを必要としない。最後に、「非典型」または「αPKC」サブファミリーのメンバーであるζPKCおよびλ/iPKCは、両方のC2相同ドメインおよび片方のC1相同ドメインを欠き、ジアシルグリセロール、ホルボールエステル、およびカルシウムに非感受性である。
【0007】
PKCが星状細胞の動員および増殖において果たす役割は十分に理解されていない。1つのグループが、δPKCが星状細胞移動において役割を果たすことを報告した。Renault-Mihara et al. Mole. Bio. Cell. (2006) 17:5141-5152(非特許文献3)。しかしながら、使用されたδPKC阻害剤(例えばロットレリン)がδアイソザイムに特異的ではなかったことを主な理由として、この研究にはいくつかの欠陥があり、その結論は十分には裏付けられていない。Soltoffは、ロットレリンはδPKCの不適切かつ無効な阻害剤であると報告した。Trends Pharmacol Sci. (2007) 28(9):453-8(非特許文献4)。さらに、Miharaらは、星状細胞が、成人期の主な未分化脳腫瘍である神経膠腫の発生源である細胞型の内の1つであることに注目している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Myer et al., Brain (2006) 129:2761-2772
【非特許文献2】Kernie, et al., J. Neurosci-Res. (2001) 66(3): 317-26
【非特許文献3】Renault-Mihara et al. Mole. Bio. Cell. (2006) 17:5141-5152
【非特許文献4】Soltoff, Trends Pharmacol Sci. (2007) 28(9):453-8
【発明の概要】
【0009】
開示される本発明は、δPKCを特異的に阻害して外傷性脳損傷(TBI)を治療する化合物の使用に関する。好ましくは、これらの化合物は、δPKCを特異的に阻害するペプチドである。
【0010】
開示される本発明の1つの態様は、外傷性脳損傷を治療する方法に関し、この方法は、外傷性脳損傷(TBI)症状の存在を特定することによってTBIに罹患している対象を特定する段階、およびδPKC活性を特異的に阻害する治療的有効量のペプチドを投与し、それによって星状細胞活性を増大させ、TBIの1種または複数種の症状を軽減する段階を含む。投与する段階は、TBIから1〜5時間以内に行ってよく、これは、δPKCの1番目の可変領域の残基4〜25個を含むペプチドを含んでよい。あるいは、このペプチドは、δPKCの5番目の可変領域の残基4〜25個を含んでもよい。この態様の別の局面は、細胞膜を横断する輸送を促進するのに効果的な部分に連結されたδPKCペプチド拮抗物質を投与することを含む。適切な部分の例は、Tat由来ペプチド、アンテナペディアキャリアペプチド、およびポリアルギニンペプチドからなる群より選択され得る。好ましい態様において、ペプチドはKAI-9803である。本発明の別の局面において、これらの症状は、グルコース利用の増加、エネルギー依存性膜脱分極、または脳代謝率の変化を含む。
【0011】
開示される本発明の別の態様は、星状細胞活性を刺激する方法に関し、この方法は、星状細胞集団に治療的有効量のδPKC阻害ペプチドを提供し、それによって、δPKC阻害ペプチドを提供されていない星状細胞集団と比べて星状細胞増殖を増加させる段階を含む。1つの局面において、このペプチドは、δPKCの1番目の可変領域の残基4〜25個を含む。好ましい態様において、投与されるペプチドはKAI-9803である。別の局面において、このペプチドは、δPKCの5番目の可変領域の残基4〜25個を含む。別の局面において、投与する段階は、細胞膜を横断する輸送を促進するのに効果的な部分に連結されたδPKCペプチド拮抗物質を投与することを含む。本発明のさらに別の局面において、この部分は、Tat由来ペプチド、アンテナペディアキャリアペプチド、およびポリアルギニンペプチドからなる群より選択される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、MCAOモデルを作製するための外科的手技の概略図を示す。RCCA:右頸動脈(right carotid artery);LECA:左外頸動脈(left external carotid artery);LICA:左内頸動脈(left internal carotid artery)。
【図2】図2は、細胞を計算するためのペナンブラ領域の概略図を示す。灰色は、虚血中心領域を示す。赤い線を伴う白色は、ペナンブラを示す。1〜5の番号は、細胞計数および計算のための画像領域を示す。
【図3】図3は、ラットtMCAOに対するKAI9803の効果を示す棒グラフを示す。*p<0.01、各時点の生理食塩水に対する。
【図4】図4は、ペナンブラ中の神経細胞損傷に対するKAI-9803の保護効果を示す線グラフを示す。S-N-C:生理食塩水群の対側の神経細胞/星状細胞の密度(皮質);S-N-i:生理食塩水群のペナンブラ中の同側神経細胞の密度;K-N-i:KAI-9803群のペナンブラ中の同側神経細胞の密度。
【図5】図5は、ペナンブラ中の星状細胞損傷に対するKAI-9803の保護効果を示す線グラフを示す。S-N-C:生理食塩水群の対側の神経細胞/星状細胞の密度(皮質);S-N-i:生理食塩水群のペナンブラ中の同側星状細胞の密度;K-N-i:KAI-9803群のペナンブラ中の同側星状細胞の密度。
【図6】図6は、虚血中心における毛細血管損傷からの保護にKAI-9803が与える影響を示す線グラフを示す。
【図7】図7は、ペナンブラ中の毛細血管損傷からの保護にKAI-9803が与える影響を示す線グラフを示す。
【図8】図8は、ペナンブラ中のマクロファージ浸潤からの保護にKAI-9803が与える影響を示す線グラフを示す。
【図9】図9は、ペナンブラ中の星状細胞増殖の増大に与えるKAI-9803処置の影響を示す線グラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
発明の詳細な説明
開示される本発明は、外傷性脳損傷(TBI)を治療するための、δPKCを特異的に阻害する化合物の使用に関する。好ましい態様において、阻害化合物は、δPKCを特異的に阻害するペプチドである。「δPKC阻害剤」は、低分子およびペプチドを含む任意の化合物であり、δPKCアイソザイムの酵素活性および他の機能活性を阻害することができる。特異的δPKC阻害剤は、別のアイソザイムより優先して(over)δPKCアイソザイムを測定可能な程度に阻害する任意の化合物である。本発明の特定の局面は、星状細胞活性に対するδPKC阻害化合物の調節的影響に関する。「星状細胞活性」という用語は、星状細胞代謝、星状細胞移動(例えば、ある部位への浸潤)、ならびに星状細胞増殖という構成要素を含む。好ましい態様において、説明する方法によって治療されるTBIは、脳卒中に起因するものではない。別段の指定が無い限り、下記に考察するTBIは、脳卒中に起因するものではない。開示される本発明はさらに、星状細胞活性のモニタリングを介した脳損傷の診断的測定およびTBIの治療も企図する。
【0014】
特定の理論に拘泥するものではないが、ここに開示される本発明の好ましい態様は、TBIに罹患している対象の脳において星状細胞活性を増大させることに関する。星状細胞は、脳中のグリア細胞である。星状細胞は、脳においていくつかの異なる役割を果たす。例えば、星状細胞は、血液脳関門の部分を形成することにより、脳の物理的構造の一部分を含む。星状細胞は、例えば神経細胞に栄養素を提供することによって、神経組織に栄養を与える。また、星状細胞は、神経伝達物質の再取込みおよび放出においても役割を果たすことが報告されている。星状細胞は、間質空間内のイオン濃度を調節し、血流を調節すると考えられている。おそらく最も重要なことには、星状細胞は脳の損傷を修復する際に役割を果たすと考えられている。例えば、脳の梗塞または外傷および損傷部位での壊死組織の発生の後に、星状細胞および他の細胞は損傷場所にコロニーを形成し、損傷した領域を安定させ、その修復を促進すると考えられている。δPKC阻害ペプチドの使用は、星状細胞および他の細胞がTBIに応答して果たす修復役割を刺激すると考えられている。1つの態様において、δPKC阻害ペプチドは、それを必要とする対象において星状細胞の増殖または外傷性脳損傷に対する浸潤を誘導するために使用される。
【0015】
損傷のメカニズム
下記の損傷のメカニズムは、TBIの最も一般的な原因である。これらのメカニズムには、開放性頭部損傷、閉鎖性頭部損傷、減速損傷、化学物質/毒性、低酸素症、腫瘍、感染症、および脳卒中が含まれる。下記のメカニズムは、例示を目的として提供され、これらのメカニズムの説明は、特許請求の範囲を限定することを意図しない。
【0016】
射創のような創傷および他の頭蓋骨貫通に起因する開放性頭部外傷は、TBIの主要原因である。転倒、自動車の衝突、および爆発が原因で生じる脳震盪に起因する閉鎖性頭部損傷、鈍力による外傷、または他の外力は、TBIの別の主要原因である。減速損傷(びまん性軸索損傷)は、頭蓋骨で包まれた脳が急速で運動し続ける間に、空間中で運動する頭蓋骨が減速する場合に起こる。頭蓋骨および脳の示差的な移動は、剪断、挫傷、および脳腫脹をもたらし得る。この剪断は、軸索を損傷し、神経細胞死を招き得る。脳を様々な化学物質に曝露すると、TBI、ならびに低酸素症、腫瘍、感染症、および脳卒中を引き起こす場合がある。
【0017】
TBIの症状には、損傷後の最初の30分以内に起こるグルコース利用の有意な増加が含まれ、この後、グルコース取込みは減少し、その後、約5〜10日間、低いままである。TBIはまた、膜透過性および連続的浮腫形成を増大させることも報告されている。ATP貯蔵は枯渇し、エネルギー依存性膜脱分極の不全が認められる。解糖障害に加えて、TBIはまた、脳外傷後に酸化代謝の機能障害も招き得る。例えば、重度の頭部損傷患者は、脳乳酸アシドーシスをしばしば示す。脳の血行動態は損傷後に有意に変化し、これらの変化のパターンは損傷のタイプおよびその重症度に依存する。TBIはまた、中枢神経系の主な興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の急速な放出を引き起こすことも報告されている。(MadiliansおよびGiza, Indian Journal of Neurotrama (2006) 3:9-17を参照されたい)。脳の血行動態および代謝は、Yamaki et al. J. Nucl. Med. (1996) 37(7): 1170-2において論じられているように、陽電子放射断層撮影法(PET)を用いて測定することができる。代謝測定値には、局所脳血流量(rCBF)、局所酸素摂取率(rOEF)、局所脳血液量(rCBV)、局所脳酸素代謝率(rCMRO2)、局所脳グルコース代謝率(rCMRglc)、および局所脳代謝率(rCMRO2/rCMRglc)が含まれる。グラスゴーコーマスケールのスコアおよびコンピューター断層撮影法(CT)の使用もまた、TBIを診断するために使用され得る。
【0018】
δPKC阻害剤
本発明は、δPKC活性を阻害する低分子およびペプチドなどの化合物を含む。PKCの低分子阻害剤は、米国特許第5,141,957号、同第5,204,370号、同第5,216,014号、同第5,270,310号、同第5,292,737号、同第5,344,841号、同第5,360,818号、同第5,432,198号、同第5,380,746号、および同第5,489,608号、(欧州特許第0,434,057号)に記載されており、これらの文献はすべて、その全体が参照により本明細書に組み入れられる。これらの分子は、次のクラスに属する:N,N'-ビス-(スルホンアミド)-2-アミノ-4-イミノナフタレン-1-オン;N,N'-ビス-(アミド)-2-アミノ-4-イミノナフタレン-1-オン;ビシナル置換型(vicinal-substituted)炭素環;1,3-ジオキサン誘導体;1,4-ビス-(アミノ-ヒドロキシアルキルアミノ)-アントラキノン;フロ(furo)-クマリンスルホンアミド;ビス-(ヒドロキシアルキルアミノ)-アントラキノン;およびN-アミノアルキルアミド、2-[1-(3-アミノプロピル)-1H-インドール-3-イル]-3-(1H-インドール-3-イル)マレイミド、2-[1-[2-(1-メチルピロリジノ)エチル]-1H-インドール-3-イル]-3-(1H-インドール-3-イル)マレイミド、Go7874。PKCの他の公知の低分子阻害剤は、次の刊行物に記載されており(Fabre, S., et al. 1993. Bioorg. Med. Chem. 1, 193、Toullec, D., et al. 1991. J. Biol.Chem. 266, 15771、Gschwendt, M., et al. 1996. FEBS Lett. 392, 77, Merritt, J.E., et al. 1997. Cell Signal 9, 53.、Birchall, A.M., et al. 1994. J. Pharmacol. Exp. Ther. 268, 922.、Wilkinson, S.E., et al. 1993. Biochem. J. 294, 335.、Davis, P.D., et al. 1992. J. Med. Chem. 35, 994)、かつ次のクラス:2,3-ビス(1H-インドール-3-イル)マレイミド(ビスインドリルマレイミドIV);2-[1-(3-ジメチルアミノプロピル)-5-メトキシインドール-3-イル]-3-(1H-インドール-3-イル)マレイミド(Go6983);2-{8-[(ジメチルアミノ)メチル]-6,7,8,9-テトラヒドロピリド[1,2-a]インドール-3-イル}-3-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)マレイミド(Ro-32-0432);2-[8-(アミノメチル)-6,7,8,9-テトラヒドロピリド[1,2-a]インドール-3-イル]-3-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)マレイミド(Ro-31-8425);および3-[1-[3-(アミジノチオ)プロピル-1H-インドール-3-イル]-3-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)マレイミドビスインドリルマレイミドIX、メタンスルホン酸(Ro-31-8220)に属し、これらもまたすべて、その全体が参照により本明細書に組み入れられる。
【0019】
本発明はまた、δPKCを阻害するのに有効であり、かつ星状細胞の増殖またはTBI部位浸潤を刺激することができるペプチドの使用も企図する。本明細書において考察するように、阻害ペプチドは「カーゴ」ペプチドとしばしば呼ばれる。すべて参照により本明細書に組み入れられる米国特許第6,855,693号、米国特許出願公開第20050215483号、ならびに米国特許仮出願第60/881,419号および同第60/945,285号に記載されているもののような様々なδPKC阻害ペプチドが当技術分野において説明されている。
【0020】
δPKC阻害ペプチドは、δPKCの移動阻害剤として作用し、これは処置された細胞におけるδPKC活性を低減させる働きをする。阻害ペプチドは、天然の形態で使用してよく、またはδPKC阻害ペプチドの細胞取込みを促進するキャリアに結合させることによって改変してもよいことが認識されるであろう。ペプチドの改変の例は、米国特許仮出願第60/881,419号および同第60/945,285号において見出すことができ、両方ともその全体が参照により本明細書に組み入れられる。例えば、キャリアペプチドとカーゴペプチドがジスルフィド結合によって連結される場合、ホモCys残基がCysの代わりに使用され得る。さらに、参照される出願において十分に説明されているように、カーゴペプチド、キャリアペプチド、または両方のペプチドのアミノ末端およびカルボキシ末端をキャッピングすることも企図される。
【0021】
酵素の第1の可変領域および第5の可変領域に由来するペプチドは、本明細書において説明する方法と共に阻害ペプチドとして使用するために企図される。これらのペプチドは、好ましくは4〜25残基長、より好ましくは6〜25残基長、およびさらにより好ましくは6〜12残基長である。別の好ましい態様は、カーゴ配列とキャリア配列を結合するのに使用される残基、例えば、Gly-Glyダイマー、またはジスルフィド結合を形成するための1つもしくは複数のCys残基を除いて、6〜8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、または25残基長のペプチドの使用を企図する。
【0022】
天然の配列に相同なペプチドならびに保存的アミノ酸置換および/または保存的アミノ酸並置(juxtaposition)を有するペプチド、ならびに活性を保持した断片は、企図されるペプチドの範囲内であることが認識されるであろう。例えば、1つまたは複数のアミノ酸(好ましくは2つ以下)を置換して、RとKの間;V、L、I、R、およびDの間;ならびに/またはG、A、P、およびNの間で交換してよい。したがって、「δPKC阻害ペプチド」という用語は、天然の配列、ならびに所望の活性を保持しているその改変体、誘導体、断片、組合せ、およびハイブリッドすべてを企図する。
【0023】
下記の配列は、δPKCのV1ドメインおよびV5ドメイン、ならびにそれらに由来する例示的な断片に対応する。また、いくつかの例示的な改変ペプチドも後述し、その際、置換を小文字で示す。すべての場合において、本明細書において明確に示すものに由来し、相同である配列(例えば、他の種に由来する極めて相同な配列)が企図されることが認識される。本明細書において説明するペプチドはすべて、当技術分野において公知の自動または手動いずれかの固相合成技術を用いて、化学合成によって調製することができる。また、これらのペプチドは、当技術分野において公知の技術を用いて組換えによって調製することもできる。
【0024】
好ましいδPKC V1阻害ペプチドの表を下記に提供する。
【0025】
(表1)例示的なδPKC V1阻害ペプチド



【0026】
KAI-9803は、δPKC活性の有効な阻害剤であることが示された選択的δPKC阻害剤である。したがって、このペプチド構築物は、好ましい態様である。「KAI-9803」という用語は、Cys-Cysジスルフィド結合を介してHIV Tat由来のトランスポーターペプチドに結合された、δPKCの第1の可変領域に由来するペプチドを意味し、次のように表すことができる:

【0027】
阻害ペプチドのさらなる態様を以下に提供する:


【0028】
KAI-9803が利益を示した前臨床モデルには、ラットにおけるインビトロでの全心虚血および再灌流(Inagaki K., et al., Circulation 2003 pp:869)、ブタにおけるインビボでの局所的な左冠動脈前下行枝(LAD)の閉塞および再灌流(Inagaki K., et al., Circulation 2003 pp:2304)、およびラットにおけるインビボでの中大脳動脈閉塞(MCAO) (Bright R., et al., J.Neuroscience 2004)が含まれる。KAI-9803が再灌流障害の前臨床モデルにおいて有望な有効性を示したため、KAI Pharmaceuticalsは、δPKCの発生の阻害もまた、虚血-再灌流によって誘導される損傷から脳を保護する際に有効であるか判定するために、静脈内ボーラスまたは輸注投与を用いて、虚血性脳卒中の動物モデルにおいてKAI-9803の効果をさらに調査した。虚血性脳卒中の一過性および持続性の中大脳閉塞(middle cerebral occlusion)(MCAO)ラットモデルの両方を用いて、KAI-9803の用量応答能力および有効性を試験した。
【0029】
δPKCアイソザイムのV5ドメインは、アミノ酸配列:

を有する。例示的なペプチドには、アミノ酸残基624〜631から得られるVKSPRDYS (SEQ ID NO: 121)、PKVKSPRDY SN(SEQ ID NO: 122)、ならびに改変ペプチドVKSPcRDYS (SEQ ID NO: 123)およびiKSPR1YS (SEQ ID NO: 124)が含まれる。
【0030】
キャリアペプチド
「キャリア」という用語は、細胞取込みを促進する部分、例えば、ポリリジン、ポリアルギニン、アンテナペディア由来ペプチド、およびHIV Tat由来ペプチドなどを含むカチオンポリマー、ペプチド、および抗体配列を意味し、例えば、米国特許および公報第4,847,240号、第5,888,762号、第5,747,641号、第6,316,003号、第6,593,292号、US2003/0104622、US2003/0199677、およびUS2003/0206900に記載されている。別の周知のキャリアペプチド配列は、「ポリArg」配列である。例えば、同様にその全体が参照により本明細書に組み入れられる米国特許第6,306,993号を参照されたい。キャリア部分の例は「キャリアペプチド」であり、これは、トランスポーターペプチドと化学的に結び付いたまたは結合したδPKC阻害ペプチドの細胞取込みを促進するペプチドである。
【0031】
多くの場合、キャリアペプチドとカーゴペプチドを連結するのにジスルフィド結合が使用されて、治療用ペプチド構築物を生じる。このような態様において、カーゴペプチドとキャリアペプチドはCysジスルフィド結合によって連結されている。Cys残基はこれらのペプチドのN末端、C末端、または内部に配置されてよい。ペプチド組成物の安定性を改善する別の戦略は、ジスルフィド結合によるペプチド連結とは対照的に、カーゴペプチドおよびキャリアペプチドを連結して単一のペプチドにすることを含む。例示的なキャリアペプチドはYGRKKRRQRRR (SEQ ID NO: 125)である。ジスルフィド結合および他の連結戦略の改変の例は、米国特許仮出願第60/881,419および同第60/945,285号において論じられており、両方ともその全体が参照により本明細書に組み入れられる。
【0032】
投与
ペプチドは、薬学的に許容される担体または希釈剤と混合することによって投与用に調製される。したがって、本発明のさらなる局面は、対象に投与するための剤形の、本発明のペプチドを含む薬学的組成物を提供する。このような剤形には、限定されるわけではないが、経口投与用の錠剤、カプセル剤、懸濁剤、シロップ剤が含まれ、その際、適切な薬学的担体には、マンニトール、グルコース、デンプン、ラクトース、タルク、ステアリン酸マグネシウム、水溶液、および油-水乳濁液などが含まれる。他の剤形には、くも膜下腔内、静脈内、筋肉内、皮下用のものが含まれ、適切な薬学的担体には、緩衝化した水性または非水性の媒体が含まれる。例示的な製剤は、その全体が参照により本明細書に組み入れられる米国特許第7,265,092号において見出すことができる。ペプチドは、例えば、局所適用、皮内注射、または薬物送達カテーテルによって、局所的に(例えば、炎症または末梢神経損傷の部位の近くに)投与され得る。
【0033】
組成物中のペプチドの量は、適切な用量が得られ、治療的効果が実現されるように変更してよい。投薬量は、投与経路、治療期間、患者の大きさおよび身体状態、ペプチドの効力、および患者の応答などいくつかの因子に依存すると考えられる。ペプチドの有効量は、本明細書において説明するものを含む当技術分野において公知の1種または複数種のモデルにおいてペプチドを試験することによって決定することができる。
【0034】
ペプチドは、必要に応じて、毎時、1日に数回、毎日、または患者が疼痛を感じる度に、もしくは患者の医師が適切とみなす頻度で投与してよい。ペプチドは、慢性の徴候を処置するために継続的に投与してよく、または急性の徴候の前もしくは後に短期間投与してもよい。
【0035】
本発明のペプチドは、単独で投与するか、またはTatキャリアペプチドのようなキャリアペプチドに連結してよい。他の適切なキャリアペプチドは公知であり、企図され、例えば、ショウジョウバエアンテナペディアホメオドメイン(Theodore, L., et at. J. Neurosci. 15:7158 (1995); Johnson, J. A., et al., Circ. Res. 79:1086 (1996b))があり、PKCペプチドはN末端Cys-Cys結合を介してアンテナペディアキャリアに架橋される。ポリアルギニンは、別の例示的なキャリアペプチドである (Mitchell et al., J. Peptide Res., 56:318-325 (2000); Rothbard et al., Nature Med., 6:1253-1257 (2000))。
【0036】
使用方法
いかなる特定の作用様式にも限定されないが、本発明のペプチドは、δPKCの移動阻害剤として作用して、外傷性脳損傷に起因する細胞損傷を予防すると考えられている。
【0037】
これらのペプチドは、天然の形態で使用してよく、または前述したもののようなキャリアに結合させることによって改変してもよいことが認識されるであろう。あるいは、これらの配列に由来する1つまたは2つのアミノ酸を置換または欠失させることもでき、各ペプチドの例示的な改変体および誘導体ならびに断片を下記に示す。
【0038】
ペプチドが結合体の一部分である場合、ペプチドは典型的にはキャリアペプチド、例えば、Tat由来の輸送ポリペプチド、ポリアルギニン、またはアンテナペディアペプチドにCys-Cys結合によって結合される。別の一般的な態様において、これらのペプチドは、リポソームを介した送達におけるリポソームのような運搬体(carrier)またはカプセル材料を用いて、細胞、組織、または器官全体に導入することができる。
【0039】
ペプチドは、(i)化学合成されてもよく、または(ii)例えば、該ペプチドをコードするポリヌクレオチド断片を含み、このポリヌクレオチド断片が宿主細胞中の断片に由来するmRNAを発現できるプロモーターに機能的に連結された発現ベクターを用いて、宿主細胞中で組換えによって作製してもよい。
【0040】
別の局面において、本発明は、外傷性脳損傷を軽減させる方法を含み、好ましい態様において、外傷性脳損傷は、脳卒中に起因するTBIを含まない。この方法は、治療的有効量のアイソザイム特異的δPKC拮抗物質、または前述したこれらのペプチドの改変体、誘導体、および断片のいずれかを導入する段階を含む。δPKC拮抗物質はδPKCを阻害して、TBIを軽減することによって脳の細胞、組織、または器官全体を保護する。TBIの軽減は、δPKC拮抗物質ペプチドによる処置を受けなかった対応する脳の細胞、組織、または器官全体が経験する損傷と比べて測定される。
【0041】
投与されるペプチドの用量は、対象の条件、投与時期(すなわち、ペプチドが、TBIを誘導する事象の前、最中、または後に投与されるかどうか)に応じて変化する。当業者は、例えば、本明細書において説明する器官全体試験および動物試験で使用される投薬量を用いて、適切な投薬量を決定することができる。
【0042】
この方法は、様々な中枢神経系(CNS)細胞(例えば、神経細胞、グリア細胞)を用いて実践することができる。
【0043】
ペプチドは、インビトロ、インビボ、またはエクスビボで細胞、組織、または器官全体に投与することができる。静脈内、非経口、皮下、吸入、鼻腔内、舌下、粘膜、および経皮を含む、あらゆる投与様式が企図される。好ましい投与様式は、動脈を介した標的器官への輸注または再灌流による。
【0044】
以下の実施例は、本発明を例示するために提供するが、限定するためには提供しない。
【0045】
実施例1
脳卒中TBIに対するδPKC阻害剤の影響
以前の研究から、選択的KAI-9803により、再灌流24時間目に評価した一過性中大脳動脈閉塞(MCAO)脳卒中ラットモデルにおける脳梗塞サイズが縮小されることが示されていた。この研究の目標は、静脈内(IV)ボーラス注射を介した13.4mg/kgの用量のKAI-9803による短期間の処置が、7日間の回復の間に一過性MCAOラットモデルにおける細胞損傷もしくは炎症反応を抑制することにより、または星状細胞増殖を促進することにより、持続性の保護効果を提供する能力を評価することである。
【0046】
KAI-9803による短期間の処置により、再灌流24時間目に梗塞サイズは31%縮小した(処置群36.7%に対して生理食塩水群53.2%、p<0.01)。梗塞サイズのさらなる縮小が、KAI-9803処置群では再灌流3日目および7日目に観察されたが、生理食塩水群では観察されなかった(3日目の梗塞サイズは32.9%対50.2%、7日目の梗塞サイズは25.3%対50.0%、p<0.01)。KAI-9803処置は、ペナンブラ中の神経細胞損傷および星状細胞損傷から保護することが、再灌流1日目に観察された(神経細胞の場合は303±25/mm2対105±12/mm2、星状細胞の場合は132±21/mm2対78±8/mm2、p<0.01)。虚血中心およびペナンブラ中でのマクロファージ浸潤は、1日の再灌流後に起こり、再灌流7日目まで顕著に増加した。KAI-9803処置により、7日間のペナンブラ中のマクロファージ浸潤が50%減少した。KAI-9803は、再灌流1日目に虚血中心およびペナンブラ中の虚血再灌流障害に起因する毛細血管損傷から保護し、7日間の再灌流の間に毛細血管密度の回復を促進した(enhanced reverse)(再灌流3日目の毛細血管密度:ペナンブラでは269±10/mm2対178±6/mm2、虚血中心では375±26/mm2対248±15/mm2)。3日間の再灌流後のペナンブラ中の星状細胞増殖(Ki67陽性星状細胞)は、生理食塩水対照よりもKAI-9803処置群において有意に多かった(p<0.01)。データから、KAI-9803は、再灌流1日目にペナンブラ中の脳細胞損傷、毛細血管損傷、およびマクロファージ浸潤を低減させるだけでなく、虚血中心およびペナンブラの両方において星状細胞増殖を促進し、虚血中心およびペナンブラ中の毛細血管密度の回復を促進し、これが、壊死脳組織の治癒に寄与し、虚血性脳卒中に対するKAI-9803の持続性保護効果を示し得ることが実証された。
【0047】
材料および方法
1.試験化合物
KAI-9803 API(ロット番号U0703AI、ペプチド含有量80%)をAmerican Peptide Companyから入手し、-20℃に設定した医用冷凍庫で保存した。
【0048】
2.動物
雄のスプラーグドーリーラットをCharles River Laboratoriesから購入した(要望した購入重量は250〜275g)。自然な12時間明期/12時間暗期の一定周期の恒温環境で、十分な食物および水を常に与えて、動物を維持した。動物を用いた実験手順はすべて、AKI動物研究施設のIACUCガイドラインに従って実施した。
【0049】
3.手術手技
動物麻酔
酸素と共に2.5%イソフルランを吸入させることによって全身麻酔を導入し、手術手技の間一貫して、酸素含有2.5%イソフルランを維持した。
【0050】
中大脳動脈閉塞
頸部の腹側中央の皮膚を切開し、筋系を分離し引っ張って、左頸動脈を露出させた。外科用顕微鏡の助けを借りて、左頸動脈の外枝および内枝を可視化した。外頸動脈を二重に結紮した。分岐部の近位側の左総頸動脈を結紮し、結紮の遠位側で動脈切開を実施した。モノフィラメントの先が左中大脳動脈の起始部に配置され、左中大脳動脈中への動脈血流を閉塞するように、閉塞用3-0モノフィラメント糸を左内頸動脈洞枝中に送り込んだ(図1)。血管を閉塞させるのに適当な位置に、閉塞用の糸を縫合した。縫合は、計画した実験によって、恒久的または一時的であった。引っ張っていたのを元に戻し(Retraction was removed)、筋肉群を元の状態に似せ(approximated)、皮膚切開部を2-0絹縫合糸で閉じた。一時的な虚血(再灌流モデル)のために、2時間虚血させた後に閉塞用の3-0モノフィラメントを除去し、再灌流モデルを作り出した。体温(36〜38℃)および呼吸速度を含む生理学的パラメーターをモニターし、虚血期間の間、ヒートブランケットおよび/または麻酔薬調整によって維持した。
【0051】
術後の管理
手術後、切開部を縫合し、ラットの毛を湿ったガーゼで拭いて血液を除去し、注意深く乾かした。ラットを待機場に戻し、水および食物と共に少なくとも4時間、単独でケージに入れた。手術から回復するまでラットを綿密に観察し、次いで、実験期間中、他のラットと一緒のケージに移した。
【0052】
4.薬物投与
試験物質を生理食塩水に溶解し、尾静脈を介した静脈内(IV)ボーラス注射によって投与した。動物の体積の状態に与える影響を制限するために、注射体積は1.0mLとした。
【0053】
5.実験群
この研究のために2つの群を設計した。群1には、一過性MCAOモデルにおいて再灌流開始時に尾静脈を介して生理食塩水の静脈内ボーラス投与を行った。動物全体をランダムに3群(1日、3日、および7日間の再灌流)に分けた。群2には、一過性MCAOモデルにおいて再灌流開始時に尾静脈を介して用量13.4mg/kgのKAI-9803の静脈内ボーラス投与を行った。動物全体をランダムに3群(1日、3日、および7日間の再灌流)に分けた。
【0054】
6.動物の屠殺および脳試料調製
実験の最後に、深麻酔(5%イソフルラン)下で開胸し、それによって呼吸および心臓の停止を誘導することによって、再灌流を1日行った生理食塩水群およびKAI-9803処置群の両方の動物を屠殺した。脳を注意深く取り出し、厚さの等しい5つの細片(厚さ2.5mm;ラベル付き薄片1〜5。薄片1番は脳の前部に対応し、5番は脳の後部に対応する)に薄く切った。写真画像および組織像の研究のために、エクスビボにおいて、室温で10分間、すべての薄片を2%2,3,5-トリフェニルテトラゾリウムクロリド(TTC)で染色し、0.1mol/Lリン酸緩衝液(pH7.4)溶液に溶かした4%パラホルムアルデヒド(PFA)中、室温(20℃)で保存した。
【0055】
再灌流を3日間および7日間行った生理食塩水群およびKAI-9803処置群の両方の動物に、屠殺する1時間前に、BrdU(50mg/kg)を腹腔内注射した。次いで、過量のペントバルビタールを腹腔内注射(100mg/kg)することによって動物を屠殺し、室温(20℃)で10分間、4%PFA溶液を用いた灌流固定を実施した。固定後、脳を注意深く取り出し、厚さの等しい5つの細片(厚さ2.5mm)に薄く切った。すべての薄片を写真画像および組織像の研究のために処理した。
【0056】
7.組織化学的染色および免疫組織化学的染色
すべての脳組織をパラフィンブロックのために処理し、厚さ8〜10μmの切片を作った。常用的なヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色およびトルイジンブルー染色を実施した。星状細胞(GFAP)、マクロファージ(ED1)、および毛細血管(CE31)に関する免疫組織化学的(IHC)染色、細胞増殖(Ki67およびBrdU)に関するIHCを実施した。星状細胞増殖の評価のために、二重染色Ki67/GFAPおよびBrdU/GFAPを実施した。
【0057】
8.データ解析
梗塞サイズの計算
再灌流24時間目の梗塞サイズ:本発明者らが以前に行ったのと同じ方法によって(脳卒中の報告を参照されたい)、同側脳半球の梗塞サイズのデータ解析を行った。
【0058】
再灌流3日目および7日目の梗塞サイズ:ヘマトキシリン・エオシンで染色した脳切片(5片、厚さ10μm)をスキャンし(HP Scanjet;モデル3970;画素数1200)、フォトショップ(Photoshop)イメージとして保存した。本発明者らが以前に行ったのと同じ方法によって(脳卒中の報告を参照されたい)、同側脳半球の梗塞サイズのデータ解析を行った。
【0059】
細胞の計算
細胞の計算は、皮質領域を重点的に取り扱った(図2)。
【0060】
ペナンブラ中の神経細胞および星状細胞の密度:計算のために、トルイジンブルーで染色した切片からペナンブラの5つの異なる領域を選択した(高倍率、×400;0.08mm2)。
【0061】
生存神経細胞の評価
正常に見える神経細胞の数を手作業で計数した。正常な神経細胞は、黒ずんだ細胞質を有するかどうかは問わず、青白い核を有する神経細胞と定義した。黒ずんだ細胞質および核を示す神経細胞は、核濃縮があろうがあるまいが、損傷した神経細胞であると解釈し、除外した。生存神経細胞は、脳組織1mm2当たりの神経細胞の数と定義した。
【0062】
生存星状細胞の評価
正常に見える星状細胞の数を手作業で計数した。正常な星状細胞は、ヘテロクロマチンの細い縁を有する楕円形に見える核および目立たない細胞質と定義した。星状細胞は、脳組織1mm2当たりの星状細胞の数と定義した。
【0063】
虚血中心およびペナンブラ中の毛細血管の密度の評価
計算のために、CD31でIHC染色した切片から虚血中心およびペナンブラの5つの異なる領域を選択した(高倍率、×400;0.08mm2)。CD31陽性の染色された毛細血管の数を手作業で計数した。毛細血管は、脳組織1mm2当たりのCD31陽性毛細血管の数と定義した。
【0064】
ペナンブラ中のマクロファージ浸潤の評価
計算のために、ED1でIHC染色した切片からペナンブラの5つの異なる領域を選択した(高倍率、×400;0.08mm2)。ED1陽性の染色された細胞の数を手作業で計数した。マクロファージは、脳組織1mm2当たりのED1陽性細胞の数と定義した。
【0065】
星状細胞増殖
ペナンブラ中の星状細胞増殖の評価:計算のために、Ki67/GFAPおよびBrdU/GFAPでIHC二重染色した切片からペナンブラの5つの異なる領域を選択した(高倍率、×400;0.08mm2)。
【0066】
Ki-67陽性の染色された星状細胞の数を手作業で計数した。増殖性の星状細胞は、脳組織1mm2当たりのKi-67/GFAP陽性細胞の数と定義した。
【0067】
BrdU陽性の染色された星状細胞の数を手作業で計数した。インサイチューの増殖性の星状細胞は、脳組織1mm2当たりのBrdU/GFAP陽性細胞の数と定義した。
【0068】
9.除外
手術期間または再灌流期間の間に動物が死亡した場合、または梗塞サイズが非常に小さく(<10%)、閉塞(虚血)が有効ではないことが示唆される場合は、動物を解析から除外した。
【0069】
10.統計学的解析
各群のデータを平均し、標準偏差および平均値の標準誤差(=stdev/sqrt(n))を決定する。事後のダネット検定を用いて一元配置ANOVAによって、投薬群を対照群と比較した。P<0.05を統計学的に有意とみなした。
【0070】
結果
一過性MCAOモデルにおける静脈内ボーラス投与としての用量13.4mg/kgでのKAI-9803処置の影響
2時間の左MCAOとそれに続く1日の再灌流に供したラットを、再灌流開始時に尾静脈を介したボーラス注射をすることによってKAI-9803で処置した。13.4mg/kgのKAI-9803で処置したラットは、再灌流24時間目に生理食塩水対照と比べて統計学的に有意な梗塞サイズの縮小を示した(36.7%対53.2%、p<0.01)。また、梗塞サイズのさらなる縮小が、KAI-9803処置群では再灌流後3日目および7日目に観察されたが、生理食塩水群では観察されなかった(3日目の梗塞サイズは32.9%対50.2%、7日目の梗塞サイズは25.3%対50.0%、p<0.01)ことから、再灌流開始時に静脈内ボーラス投与として投与した場合のKAI-9803の神経組織保護効果が実証された(図3)。
【0071】
ペナンブラ中の神経細胞および星状細胞の損傷からの保護に対するKAI-9803の影響
ペナンブラにおけるKAI-9803処置による神経細胞保護を再灌流1日目に観察したところ、生存神経細胞の密度は、処置群では、生理食塩水で処置した群の105±12/mm2より多い303±25/mm2を示した(p<0.01)(図4)。処置群の神経細胞密度は、再灌流7日目に少し増加した。これは、損傷した脳組織の治癒に起因する可能性がある。同様に、星状細胞保護も観察したところ、再灌流1日目の生理食塩水群の78±8/mm2に対して処置群では132±21/mm2であった(p<0.01)(図5)。3日間の再灌流後に、ペナンブラ中の星状細胞の密度は、処置群および生理食塩水対照群の両方で有意に増加しており、処置群の方が生理食塩水群よりはるかに有意な増加を示した(3日目では177±18/mm2対110±11/mm2、p<0.01;7日目では194±9/mm2対127±6/mm2、p<0.01)。
【0072】
虚血中心およびペナンブラ中の毛細血管の損傷からの保護に対するKAI-9803の影響
虚血-再灌流によって誘発される、虚血中心およびペナンブラ中の毛細血管損傷は、KAI-9803処置によって有意に制限された。虚血-再灌流障害により、虚血中心において顕著な毛細血管損傷が生じ、生理食塩水群において虚血前は419±7/mm2、24時間の再灌流後は145±15/mm2を示した。KAI-9803処置により、虚血中心の毛細血管損傷が軽減された(虚血前は431±11/mm2、24時間の再灌流後は272±17/mm2)。虚血中心の毛細血管密度は、KAI-9803処置により、再灌流3日目および7日目に、虚血前レベルにほぼ戻った。しかしながら、この回復は、生理食塩水群では遅く、程度が低かった(図6)。ペナンブラ中の毛細血管密度は、虚血中心の場合と同様の変化を示したが、回復の程度は低かった(図7)。これらのデータから、虚血中心の毛細血管密度が高いのは、その領域の血管新生が多いことに起因し得ることが示唆された。損傷の初期の毛細血管保護およびその後の血管新生は、その後の損傷治癒に、特に虚血中心の治癒の際に寄与するはずである。
【0073】
ペナンブラ中のマクロファージ浸潤からの保護に対するKAI-9803の影響
再灌流1日目に、虚血中心およびペナンブラにおいてマクロファージ浸潤が認識された。3日間の再灌流後、虚血中心およびペナンブラの縁(board)に、顕著なマクロファージ浸潤が現れた。これらは、回復期間の間に虚血中心へと遊走していた。KAI-9803処置群と比べた場合、生理食塩水群の方が、ペナンブラにおけるマクロファージ浸潤が広範囲に現れた。KAI-9803処置により、7日間の再灌流の間にマクロファージ浸潤が50%減少した(図8)。
【0074】
KAI-9803処置によるペナンブラ中の星状細胞増殖の亢進
ペナンブラ中のKi67陽性細胞は、虚血再灌流障害後に細胞増殖を示し、これらの細胞は主に星状細胞および他のグリア細胞であった。ペナンブラ組織をKAI-9803で処置した場合、生理食塩水群と比べて多いKi67陽性細胞が7日間の再灌流の間に生じた(図9)。星状細胞増殖の指標を理解するために、二重IHC染色のKi67/GFAPおよびBrdU/GFAPを実施した。
【0075】
参考文献
1)Inagaki K., et al. Circulation 108:869-875 (2003)
2)Inagaki K., et al. Circulation 108:2304-2307 (2003)
3)Bright R., et al. Neuroscience 24(31) :6880-6888 (2004)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外傷性脳損傷(TBI)症状の存在を特定することによってTBIに罹患している対象を特定する段階、および
δPKC活性を特異的に阻害する治療的有効量のペプチドを投与する段階であって、それによって星状細胞活性が増大し、TBIの1種または複数種の症状が軽減される、段階
を含む、外傷性脳損傷を治療するための方法。
【請求項2】
投与する段階をTBIから1〜5時間以内に行う、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記ペプチドが、δPKCの1番目の可変領域の残基4〜25個を含む、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記ペプチドが、δPKCの1番目の可変領域の残基6〜25個を含む、請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記ペプチドが、δPKCの5番目の可変領域の残基6〜25個を含む、請求項1記載の方法。
【請求項6】
投与する段階が、細胞膜を横断する輸送を促進するのに効果的な部分に連結されたδPKCペプチド拮抗物質を投与することを含む、請求項1記載の方法。
【請求項7】
前記部分が、Tat由来ペプチド、アンテナペディアキャリアペプチド、およびポリアルギニンペプチドからなる群より選択される、請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記ペプチドがKAI-9803である、請求項6記載の方法。
【請求項9】
前記症状が、グルコース利用の増加、エネルギー依存性膜脱分極、または脳代謝率の変化を含む、請求項1記載の方法。
【請求項10】
星状細胞集団に治療的有効量のδPKC阻害ペプチドを提供する段階であって、それによって、該δPKC阻害ペプチドを提供されていない星状細胞集団と比べて星状細胞増殖が増加する、段階
を含む、星状細胞活性を刺激する方法。
【請求項11】
前記ペプチドが、δPKCの1番目の可変領域の残基4〜25個を含む、請求項10記載の方法。
【請求項12】
前記ペプチドがKAI-9803である、請求項10記載の方法。
【請求項13】
前記ペプチドが、δPKCの5番目の可変領域の残基4〜25個を含む、請求項10記載の方法。
【請求項14】
投与する段階が、細胞膜を横断する輸送を促進するのに効果的な部分に連結されたδPKCペプチド拮抗物質を投与することを含む、請求項10記載の方法。
【請求項15】
前記部分が、Tat由来ペプチド、アンテナペディアキャリアペプチド、およびポリアルギニンペプチドからなる群より選択される、請求項14記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2010−538006(P2010−538006A)
【公表日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−523118(P2010−523118)
【出願日】平成20年8月27日(2008.8.27)
【国際出願番号】PCT/US2008/074509
【国際公開番号】WO2009/029678
【国際公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(508083415)カイ ファーマシューティカルズ インコーポレーティッド (7)
【Fターム(参考)】