説明

細胞膜破壊装置

【課題】細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ抽出する。
【解決手段】所定の濃度の電解質と、所定の濃度の細胞とを含む溶液中に、互いに対向して配置された、板電極2Aと、板電極2Aよりも表面積が小さい針状電極3Aとを備え、板電極2Aおよび針状電極3A間に存在する溶液中に、電解質が電離した電解質イオンの移動による電流を発生させて、板電極2Aおよび針状電極3A間を通電状態とする通電部6を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中に含まれる細胞の細胞膜を破壊する細胞膜破壊装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、薬品や超音波などを用いることなく電気的手法を用いて溶液中に含まれる細胞の細胞膜を破壊(殺菌)する技術として、高電圧パルス、水中放電、もしくは、水中に発生する衝撃波を利用するものがある。
【0003】
また、電気的手法を用いて細胞膜を破壊し、細胞内の生体物質(内容物)を抽出する技術としては、特許文献1に開示された生体物質を抽出する方法がある。
【0004】
この方法では、細胞内の生体物質を抽出するために、容積がμl(マイクロ・リットル)程度のチャンバの外側に電極を設けて1V(ボルト)〜100V程度の交流電場を、比較的長時間、連続的に試料に印加している。
【0005】
その他、電気的手法を用いて細胞の細胞膜を破壊する技術としては、特許文献2に開示された流路基板がある。
【0006】
この流路基板では、流路の一部を局部的に1つの細胞のサイズよりも狭くした狭窄部とし、該狭窄部で細胞を補足して、細胞破砕電圧を印加している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開2005/083078号明細書(2005年09月09日国際公開)
【特許文献2】特開2008−259491号公報(2008年10月30日公開)
【特許文献3】特開2007−174901(2007年7月12日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前記高電圧パルス、水中放電、もしくは、水中に発生する衝撃波を利用する技術では、高電圧の印加、もしくは、放電や衝撃波による物理的衝撃のため、細胞内の内容物が損傷してしまうという問題点があった。
【0009】
前記特許文献1に開示された方法では、1回の電圧印加処理では、容積がμl程度の小さなチャンバの容積に応じた溶液しか処理できないので、1つのチャンバでは、多量の溶液を迅速に処理できないという問題点があった。また、1V〜100V程度の交流電場を、比較的長時間、連続的に試料に印加しているので、細胞内の内容物が損傷してしまう可能性もある。
【0010】
さらに、前記特許文献2に開示された流路基板では、細胞の1つ1つを、1つの細胞のサイズよりも狭い狭窄部で補足して破壊しているので、細胞内の内容物を迅速に効率良く抽出できないという問題点があった。
【0011】
本発明は、前記従来の問題点に鑑みなされたものであって、その目的は、細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ抽出することができる細胞膜破壊装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の細胞膜破壊装置は、前記課題を解決するために、所定の濃度の電解質と、所定の濃度の細胞とを含む溶液中に、互いに対向して配置された、陽極と、前記陽極よりも表面積が小さい針状電極である陰極とを備え、前記陽極および前記陰極間に存在する溶液中に、前記電解質が電離した電解質イオンの移動による電流を発生させて、前記陽極および前記陰極間を通電状態とする通電手段を備えることを特徴とする。
【0013】
前記構成によれば、通電手段は、陽極および陰極間に存在する溶液中に、電解質が電離した電解質イオンの移動による電流(非ファラデー電流)を発生させて、陽極および前記陰極間を(瞬間的に)通電状態とする。
【0014】
ここで、非ファラデー電流が流れる時間は、電解質イオンの移動が開始されてから陽極および陰極の周りに電気二重層が形成されるまでの時間であり、約10ms(ミリ秒)程度であることが知られている。よって、このとき、陽極および陰極間に存在する溶液中のいたるところ(厳密には電解質イオンの流れが存在しているところ)で、瞬間的に局所的な電位差(電圧)が生じる。
【0015】
また、陽極および陰極を同一の構成材料とすれば、陽極および陰極の溶出を抑制することができ、また、非ファラデー電流が流れた後は、陽極および陰極間の溶液中は、電気的に中性となって、電位差もほとんどない電解液バルクが形成される。
【0016】
これにより、陽極および陰極間の存在する溶液中のいたるところに存在する細胞は、約10ms程度の間のみ、前記瞬間的な電圧に晒されることになる。
【0017】
また、前記瞬間的な電圧の大きさが、非ファラデー電流が流れる時間、常に約1V以上であれば、細胞の細胞膜は、非可逆的に破壊される。このため、単一若しくは複数の細胞からなる微生物、すなわち、単細胞微生物や多細胞微生物などを死滅させる(殺菌する)ことが可能となる。また、これにより、細胞内の内容物を抽出することも可能となる。
【0018】
よって、以上の構成によれば、前記特許文献1の方法と比較して、細胞が長時間、電圧に晒されることがないので、細胞内の内容物の損傷を抑制しつつ、細胞膜を非可逆的に破壊し、細胞内の内容物を抽出することができる。
【0019】
以上より、細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ抽出することができる。
【0020】
また、前記構成では、陰極は、陽極よりも表面積が小さい針状電極である。これにより、陽極および陰極間に印加される電圧の大きさが多少小さくても、広範囲に亘って溶液を通電させることができる。よって、細胞の細胞膜を、迅速かつ高効率に破壊することができる。これにより、単細胞微生物や多細胞微生物などを迅速かつ高効率に死滅させる(殺菌する)ことが可能となる。また、細胞内の内容物を、迅速かつ高効率に抽出することができる。
【0021】
以上より、本発明の細胞膜破壊装置によれば、溶液中の細胞、または、単一若しくは複数の細胞からなる微生物を迅速かつ高効率に死滅させ、細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ迅速かつ高効率に抽出することができる。
【0022】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、前記課題を解決するために、所定の濃度の電解質と、所定の濃度の細胞とを含む溶液中に、互いに対向して配置された、陽極と、陰極とを備え、前記陽極および前記陰極間に存在する溶液中に、前記電解質が電離した電解質イオンの移動による電流を発生させて、前記陽極および前記陰極間を通電状態とする通電手段を備えることを特徴とする。
【0023】
前記構成によれば、通電手段は、陽極および陰極間に存在する溶液中に、非ファラデー電流を発生させて、陽極および前記陰極間を(瞬間的に)通電状態とする。
【0024】
ここで、上記のように、非ファラデー電流が流れる時間は、電解質イオンの移動が開始されてから陽極および陰極の周りに電気二重層が形成されるまでの時間であり、約10ms程度である。よって、このとき、陽極および陰極間に存在する溶液中のいたるところで、瞬間的に局所的な電位差が生じる。
【0025】
また、陽極および陰極を同一の構成材料とすれば、陽極および陰極の溶出を抑制することができ、また、非ファラデー電流が流れた後は、陽極および陰極間の溶液中は、電気的に中性となって、電位差もほとんどない電解液バルクが形成される。
【0026】
これにより、陽極および陰極間の存在する溶液中のいたるところに存在する細胞は、約10ms程度の間のみ、前記瞬間的な電圧に晒されることになる。
【0027】
また、前記瞬間的な電圧の大きさが、非ファラデー電流が流れる時間、常に約1V以上であれば、細胞の細胞膜は、非可逆的に破壊される。このため、単一若しくは複数の細胞からなる微生物、すなわち、単細胞微生物や多細胞微生物などを死滅させる(殺菌する)ことが可能となる。また、これにより、細胞内の内容物を抽出することも可能となる。
【0028】
よって、以上の構成によれば、前記特許文献1の方法と比較して、細胞が長時間、電圧に晒されることがないので、細胞内の内容物の損傷を抑制しつつ、細胞膜を非可逆的に破壊し、細胞内の内容物を抽出することができる。
【0029】
以上より、細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ抽出することができる。
【0030】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、前記構成に加えて、前記陽極は、筒形状の筒状電極であり、前記筒状電極の一方の開口は、前記陰極が存在する方向に開放されていても良い。
【0031】
前記構成によれば、筒状電極の一方の開口は、陰極が存在する方向に開放されている。これにより、筒状電極と、針状電極との間で、広範囲に亘って溶液を通電させることができる。
【0032】
また、溶液が流れる方向を、筒状電極の中心軸の方向と一致させることで、溶液が、その流れを妨げられることなく、筒状電極を通過する。よって、溶液中の細胞、または、単一若しくは複数の細胞からなる微生物を迅速かつ高効率に死滅させ、細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ迅速かつ高効率に抽出することができる。
【0033】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、前記構成に加えて、前記陽極は、平板状の板電極であっても良い。
【0034】
前記構成によれば、板電極と針状電極との配置を調整することで、板電極と、針状電極との間で、広範囲に亘って溶液を通電させることができる。よって、溶液中の細胞、または、単一若しくは複数の細胞からなる微生物を迅速かつ高効率に死滅させ、細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ迅速かつ高効率に抽出することができる。
【0035】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、前記構成に加えて、前記通電手段は、前記陽極および前記陰極間に放電が生じない程度の振幅を有するパルス電圧を少なくとも1回、印加することで、前記電解質イオンの移動による電流(非ファラデー電流)を溶液中に発生させても良い。
【0036】
ここで、陽極および陰極間に、一定電圧を印加することなく、パルス電圧を印加するのは、溶液中に長時間、電流が流れないようにして、細胞内の内容物の損傷を抑制するためである。
【0037】
また、パルス電圧の印加回数は、1回でも良いが、パルス電圧の印加回数を大きくする程、単細胞微生物や多細胞微生物などを高効率に死滅させ(殺菌し)、細胞内の内容物を、高効率に抽出することができる。
【0038】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、前記構成に加えて、電荷を蓄積することが可能なコンデンサを備え、前記通電手段は、前記コンデンサに蓄えられた電荷を放電させることにより発生する、前記陽極および前記陰極間に放電が生じない程度の大きさで過渡的に減少する過渡電圧を、少なくとも1回、印加することで、前記電解質イオンの移動による電流(非ファラデー電流)を溶液中に発生させても良い。
【0039】
ここで、陽極および陰極間に、一定電圧を印加することなく、過渡電圧を印加するのは、溶液中に長時間、電流が流れないようにして、細胞内の内容物の損傷を抑制するためである。
【0040】
また、過渡電圧の印加回数は、1回でも良いが、過渡電圧の印加回数を大きくする程、単細胞微生物や多細胞微生物などを高効率に死滅させ(殺菌し)、細胞内の内容物を、高効率に抽出することができる。
【0041】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、前記構成に加えて、流路幅が局部的に狭くなっている狭窄部を有し、該狭窄部における流路幅が複数の細胞が通過できる程度の幅となっている流路を備え、前記陽極および前記陰極が、前記狭窄部の近傍において、溶液の流れる方向に沿って、前記流路の内部に並列配置されていても良い。
【0042】
前記構成によれば、通電状態とする領域を、狭窄部の近傍とすることができるので、電気抵抗が大きな溶液であっても陽極および陰極間を通電させることができる。
【0043】
また、前記構成では、狭窄部における流路幅が複数の細胞が通過できる程度の幅なので、前記特許文献2に記載された流路基板と比較して、単細胞微生物や多細胞微生物などを迅速かつ高効率に死滅させ(殺菌し)、細胞内の内容物を、迅速かつ高効率に抽出することができる。
【発明の効果】
【0044】
本発明の細胞膜破壊装置は、以上のように、所定の濃度の電解質と、所定の濃度の細胞とを含む溶液中に、互いに対向して配置された、陽極と、前記陽極よりも表面積が小さい針状電極である陰極とを備え、前記陽極および前記陰極間に存在する溶液中に、前記電解質が電離した電解質イオンの移動による電流を発生させて、前記陽極および前記陰極間を通電状態とする通電手段を備える構成である。
【0045】
本発明の細胞膜破壊装置は、以上のように、所定の濃度の電解質と、所定の濃度の細胞とを含む溶液中に、互いに対向して配置された、陽極と、陰極とを備え、前記陽極および前記陰極間に存在する溶液中に、前記電解質が電離した電解質イオンの移動による電流を発生させて、前記陽極および前記陰極間を通電状態とする通電手段を備える構成である。
【0046】
それゆえ、細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ抽出することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の一実施形態である細胞膜破壊装置の概要構成を示す模式図である。
【図2】(a)は、前記細胞膜破壊装置による処理前の溶液の様子を示す図であり、(b)は、処理後の溶液の様子を示す図であり、(c)は、処理回数と、溶液内の海水中微生物の生存率との関係を示すグラフである。
【図3】本発明の他の実施形態である細胞膜破壊装置の概要構成を示す模式図である。
【図4】前記細胞膜破壊装置に関し、筒状電極と針状電極の配置方法の一例を示す模式図である。
【図5】(a)は、前記細胞膜破壊装置の一実施例の構成を示す図であり、(b)は、前記実施例に関し、プローブ電極間に局所的に生じた電位差の時間的変化を示すグラフである。
【図6】前記実施例による処理前(実験開始直後)の溶液中のプランクトンの観察結果を示す図である。
【図7】(a)は、前記実施例による処理前(実験開始直後)の溶液中のプランクトンの観察結果を示す図であり、(b)は、対照実験のために別に用意した前記実施例による処理が行われていない溶液中のプランクトン(実験終了後)の観察結果を示す図である。
【図8】板電極および針状電極(針電極)間で、溶液中に電流が実際に流れている様子を実験的に示す図である。
【図9】パルス処理を行うための測定装置の構成を示す回路図と、板電極および針状電極(針電極)間に印加されるパルス電圧のパルス波形(5Hz,5V)を示すグラフである。
【図10】処理用容器の概要構成を示す図である。
【図11】パルス電圧を印加したとき(5Hz,5V,1000回)、および、パルス電圧を印加していないとき、における波長とO.D.(Optical Density)との関係を示すグラフである。
【図12】波長615nmにおけるO.D.の周波数依存性を示すグラフである。
【図13】波長615nmにおけるO.D.の処理時間依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0048】
本発明の一実施形態について図1〜図13に基づいて説明すれば、次の通りである。以下の特定の項目で説明すること以外の構成は、必要に応じて説明を省略する場合があるが、他の項目で説明する構成と同じである。また、説明の便宜上、各項目に示した部材と同一の機能を有する部材については、同一の符号を付し、適宜その説明を省略する。
【0049】
〔1.細胞膜破壊装置10について〕
まず、図1および図2(a)〜(c)に基づき、本発明の一実施形態である細胞膜破壊装置10について説明する。図1は、細胞膜破壊装置10の概要構成を示す模式図である。
【0050】
図1に示すように、細胞膜破壊装置10は、水槽1、板電極(陽極)2A、針状電極(陰極)3A、セラミックチューブ4L、4R、接続配線5L、5R、通電部(通電手段)6、接続端子7L、Rを備える。
【0051】
細胞膜破壊装置10は、液体試料(溶液)中に含まれる細胞(または、微生物に含まれる複数の細胞)の細胞膜を破壊して、単一または複数の細胞からなる微生物、すなわち、単細胞微生物または多細胞微生物を死滅させ(殺菌し)、細胞内の内容物を抽出するものである。
【0052】
ここで、抽出は、少なくとも1つ以上の細胞内の内容物を解放することであり、細胞の内容物が周囲の液体中に拡散されるように、細胞壁または細胞バリアを開放または破裂させることである。
【0053】
水槽1には、本実施形態では、液体試料としてバラスト水(微生物を含む海水)が注入されるが、このような液体試料に限定されない。なお、海水中に含まれる食塩(電解質)の濃度は、通常、0.7M(Mは、mol/l:モル/リットル)程度である。
【0054】
上述のように、微生物は、単一の細胞からなる単細胞微生物であっても良いし、複数の細胞からなる多細胞微生物であっても良い。また、微生物は、古細菌微生物、真性細菌微生物、および真核細胞微生物などであれば良く、例えば、細菌、細菌胞子、ウィルス、真菌、および真菌胞子などである。
【0055】
真核細胞は、例えば、植物細胞、植物胞子、動物細胞、および哺乳動物細胞などである。哺乳動物細胞は、例えば、ヒト細胞、白血球、および有核赤血球などである。
【0056】
細胞内の内容物は、細胞小器官、遺伝物質、およびタンパク質などを含む。遺伝物質は、染色体、デオキシリボ核酸(DNA)、プラスミドDNA、任意のタイプのリボ核酸(RNA:例えば、mRNA、tRNA)などを含む。
【0057】
タンパク質は、酵素、構造タンパク質、輸送タンパク質、イオンチャネル、毒素、ホルモン、および受容体などを含む。
【0058】
また、液体試料は、綿棒で採取された皮膚試料、脳脊髄液、血液、唾液、気管支-肺胞洗浄物、気管支吸引物、肺組織および尿などの生体試料であっても良い。
【0059】
また、液体試料は、核酸増幅を実施するのに必要とされる1種又は2種以上の試薬を含んでいても良い。
【0060】
さらに、液体試料は、プライマー、核酸、デオキシヌクレオシド三リン酸、および核酸ポリメラーゼなどの試薬を含んでよい。
【0061】
次に、板電極2Aおよび針状電極3Aは、図1に示すように、板電極2Aの表面積が大きい方の表面に対して、針状電極3Aの長手方向が垂直となるように、互いに対向して配置される。なお、板電極2Aおよび針状電極3Aの配置方法は、これに限られず、例えば、板電極2Aの表面積が大きい方の表面に対して、針状電極3Aの長手方向が平行となるように、互いに対向して配置されていても良い。
【0062】
板電極2Aは、陽極で、本実施形態では、表面積が大きい方の表面が、縦3cm、横3cmの矩形である平板状の板電極であるが、その寸法、および、形状は、これに限られない。また、板電極2Aの構成材料は、本実施形態では、タングステンであるが、これに限定されない。
【0063】
一方、本実施形態の針状電極3Aは、陰極で、板電極2Aよりも表面積が小さい針状(または棒状)の電極であり、その構成材料は、本実施形態では、タングステンであるが、その寸法、形状および構成材料はこれらに限定されない。なお、板電極2Aおよび針状電極3Aの構成材料は、上述したタングステンの他、白金、金、炭素、銀、銅などを用いても良い。
【0064】
また、以下で説明するように、板電極2Aおよび針状電極3Aの溶出を抑制するため、板電極2Aおよび針状電極3Aを同一の構成材料で構成することが好ましい。
【0065】
また、針状電極3Aの短手方向の断面の直径は、約1mmである。このとき、針状電極3Aと板電極2Aとの対向表面積比は、1:1146である。
【0066】
なお、通電状態となる範囲をできるだけ広くするためには、針状電極3Aに対する板電極2Aの対向表面積比は、できるだけ大きくなるように設計することが好ましい。
【0067】
また、針状電極3Aと板電極2Aの電極間距離は、本実施形態では、約11cmであるが、これに限られない。
【0068】
なお、板電極2Aは、水槽1に設けられた嵌挿孔(不図示)に絶縁体であるセラミックチューブ4Lを介して嵌挿され、接続端子7Lと電気的に接続されている。一方、針状電極3Aは、水槽1に設けられた嵌挿孔(不図示)に絶縁体であるセラミックチューブ4Rを介して嵌挿され、接続端子7Rと電気的に接続されている。
【0069】
以上の構成によれば、板電極2Aと針状電極3Aとの配置を調整することで、後述する通電部6により、板電極2Aと、針状電極3Aとの間で、広範囲に亘って溶液を(瞬間的に)通電させることができる。
【0070】
通電部6は、板電極2Aおよび針状電極3A間に存在する溶液中に、電解質が電離した電解質イオン(海水の場合は、ナトリウムイオンと、塩素イオンなど)の移動による非ファラデー電流を発生させて、板電極2Aおよび針状電極3A間を(瞬間的に)通電状態とする。
【0071】
また、通電部6は、静電容量が750μFのコンデンサ(不図示)を備え、約50Vの電圧をコンデンサに印加して蓄えられた電荷を放電させることにより発生する、過渡的に減少する過渡電圧を少なくとも1回、印加している。なお、この過渡電圧により、板電極2Aおよび針状電極3A間には、放電は生じない。
【0072】
なお、本実施形態の細胞膜破壊装置10における上記コンデンサの静電容量は、数μF程度〜数千μF程度であり、従来手法でのコンデンサの静電容量である数nF程度と比較して圧倒的に大きい。例えば、本実施形態の細胞膜破壊装置10におけるコンデンサの静電容量は、10μF以上、9000μ以下とすることが好ましい。
【0073】
ここで、板電極2Aおよび針状電極3A間に、一定電圧を印加することなく、過渡電圧を印加するのは、溶液中に長時間、電流が流れないようにして、細胞内の内容物の損傷を抑制するためである。
【0074】
次に、非ファラデー電流が流れる時間は、電解質イオンの移動が開始されてから板電極2Aおよび針状電極3Aの周りに電気二重層が形成されるまでの時間であり、約10ms(ミリ秒)程度であることが知られている。よって、このとき、板電極2Aおよび針状電極3A間に存在する溶液中のいたるところ(厳密には電解質イオンの流れが存在しているところ)で、瞬間的に局所的な電位差(電圧)が生じる。
【0075】
また、本実施形態では、板電極2Aおよび針状電極3Aを同一の構成材料とすれば、板電極2Aおよび針状電極3Aの溶出を抑制することができ、また、非ファラデー電流が流れた後は、陽極および陰極間の溶液中は、電気的に中性となって、電位差もほとんどない電解液バルクが形成される。
【0076】
これにより、板電極2Aおよび針状電極3A間の存在する溶液中のいたるところに存在する細胞は、約10ms程度の間のみ、前記瞬間的な電圧に晒されることになる。
【0077】
ここで、溶液中の細胞の細胞膜が、どの程度の時間、どの程度の大きさの電圧に晒されると非可逆的に破壊されるかについて検討する。
【0078】
仮に、半径aの細胞に一様な電界Eを時刻t=0においてステップ状に印加した時、細胞膜にかかる膜電圧V(θ)の時間変化は、
【0079】
【数1】

【0080】
【数2】

【0081】
で与えられる(特許文献3参照)。
【0082】
ただし、θは、電界Eの方向をθ=0ととった時の、細胞中心を原点とする極座標の天頂角、τは、時定数、Cは、細胞膜の単位面積あたりの静電容量、ρin、ρoutは、それぞれ、細胞内液および外液の抵抗率である。
【0083】
しかしながら、式(1)は、球形の完全な膜が存在する時の膜電圧を与えるもので、電圧の印加により膜の一点にポアが形成された場合は、膜電圧の分布がこの式から大きく異なることになる。
【0084】
すなわち、式(1)は、細胞膜にかかる電圧の大きさは、電気力線の最上流側(北極:θ=0)の位置および最下流側(南極:θ=π)の位置で最大となることを示しているので、電圧を印加した場合、まず、このいずれかの位置にポアが形成されることが予想される。
【0085】
すると、ここを通して電流が流れ、他方の極の充電がさらにすすみ、ここには、式(1)で与えられる以上の過大な電圧がかかることになり、この位置が非可逆的に破壊されると考えられる。このようにして、いわば将棋倒しのように細胞膜の別の位置に過電圧が伝搬する現象により、細胞が破壊される。
【0086】
ここで、細胞膜の単位面積あたりの静電容量Cは、細胞種によらず1μF/cm(マイクロ・ファラッド/平方センチメートル)程度であることが知られている。よって、式(2)の細胞膜の充電の時定数τは、例えば、半径a=5μm(マイクロメートル)の細胞に対して、周囲の媒質が生理食塩水濃度1.54mM程度の溶液である場合には、時定数τ=40ns(ナノ秒)程度、周囲の媒質が1mM程度の低濃度の食塩溶液である場合には、時定数τ=2μs(マイクロ秒)程度である。
【0087】
従って、細胞膜に不可逆的破壊を起こすためには、これより長い時間、約1V以上の電圧が細胞に印加されれば良いことになる。
【0088】
上述した時定数τ=40ns程度、および時定数τ=2μs程度の値のいずれも、非ファラデー電流が流れる時間である約10msよりもかなり小さい。
【0089】
すなわち、前記瞬間的な電圧の大きさが、非ファラデー電流が流れる時間、常に約1V以上であれば、細胞の細胞膜は、非可逆的に破壊されると考えられる。
【0090】
よって、以上の構成によれば、前記特許文献1の方法と比較して、細胞が長時間、電圧に晒されることがないので、細胞内の内容物の損傷を抑制しつつ、細胞膜を非可逆的に破壊することができる。すなわち、単細胞微生物や多細胞微生物などを死滅させる(殺菌する)ことができる。また、これにより、細胞内の内容物を抽出することも可能となる。
【0091】
例えば、図2(a)は、細胞膜破壊装置10による処理前に、水槽1内の溶液の一部を取り出して観察したときの様子である。一方、図2(b)は、細胞膜破壊装置10による処理後に、水槽1内の溶液の一部を取り出して観察したときの様子である。
【0092】
図2(b)に示すように、細胞膜破壊装置10により処理の後は、溶液中の細胞の細胞膜が非可逆的に破壊されていることが分かる。
【0093】
また、前記構成では、針状電極3Aは、板電極2Aよりも表面積が小さい針状電極である。これにより、板電極2Aおよび針状電極3A間に印加される電圧の大きさが多少小さくても、広範囲に亘って溶液を通電させることができる。よって、溶液中の細胞、または、単一若しくは複数の細胞からなる微生物を高効率に死滅させ、細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ高効率に抽出することができる。
【0094】
以上より、細胞膜破壊装置10によれば、溶液中の細胞、または、単一若しくは複数の細胞からなる微生物を迅速かつ高効率に死滅させ、細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ迅速かつ高効率に抽出することができる。
【0095】
また、細胞膜破壊装置10は、非常に簡単な構成なので、バラスト水処理装置として使用すれば、大型、小型のいずれの船舶への搭載も可能である。また、処理用の薬剤などを添加することなく微生物の処理が可能であり、排水時に二次処理を行う必要がない。また、バラスト水処理装置として小規模な装置の実現が可能であり、配管系に設置することも可能である。
【0096】
次に、上述した通電部6が、板電極2Aおよび針状電極3A間に印加する過渡電圧の印加回数は、1回でも良いが、過渡電圧の印加回数を大きくする程、細胞内の内容物を、高効率に抽出することができる。
【0097】
例えば、図2(c)のグラフに示すように、実際に、細胞膜破壊装置10による処理回数が少ないときは、細胞の生存率は、38%程度であったものが、処理回数を多くすることにより、生存率は、0%となった。
【0098】
なお、本実施形態では、通電部6は、コンデンサの放電現象を利用したものを採用したが、通電部6の構成は、これに限定されない。
【0099】
例えば、通電部6としてパルス電圧発生器(不図示)を用い、板電極2Aおよび針状電極3A間に放電が生じない程度の振幅を有するパルス電圧を少なくとも1回、印加することで、前記非ファラデー電流を溶液中に発生させても良い。
【0100】
なお、パルス電圧のパルス幅(時間)は、時定数τよりも大きいことが好ましいが、細胞の内容物の損傷を抑制するには、できるだけ短い方が好ましい。
【0101】
また、パルス電圧の大きさは、上述したコンデンサによる放電を参考に約50Vとすることが考えられるが、これに限られない(以下の4.パルス処理の実験結果について参照)。
【0102】
また、パルス電流は、極性反転を起こさない、いわゆる、単極性のパルスであることが好ましいが、必要に応じて両極性のパルスとしても良い。
【0103】
ここで、板電極2Aおよび針状電極3A間に、一定電圧を印加することなく、パルス電圧を印加するのは、溶液中に長時間、電流が流れないようにして、細胞内の内容物の損傷を抑制するためである。
【0104】
また、パルス電圧の印加回数は、1回でも良いが、パルス電圧の印加回数を大きくする程、単細胞微生物や多細胞微生物などを高効率に死滅させ(殺菌し)、細胞内の内容物を、高効率に抽出することができる。
【0105】
〔2.細胞膜破壊装置20について〕
次に、図3および図4に基づき、本発明の他の実施形態である細胞膜破壊装置20の構成について説明する。図3は、細胞膜破壊装置20の概要構成を示す模式図である。
【0106】
図3に示すように、細胞膜破壊装置20が、上述した細胞膜破壊装置10と異なっている点は、以下のとおりである。
【0107】
(1)水槽1に替えて、サンプル流入路(流路)1L、狭窄部(流路)1C、サンプル流出路(流路)1Rからなる流路を用いている点。
【0108】
(2)板電極2Aおよび針状電極3Aの組合せに替えて、筒状電極2B(陽極)および針状電極(陰極)3Bの組合せを用いている点。
【0109】
なお、上記(1)および(2)以外の構成については、以上で説明したことと同じなので、ここでは、説明を省略する。
【0110】
まず、図3に示すように、本実施形態の細胞膜破壊装置20は、流路幅が局部的に狭くなっている狭窄部1Cを有し、狭窄部1Cにおける流路幅が複数の細胞が通過できる程度の幅となっている流路(サンプル流入路1L、狭窄部1Cおよびサンプル流出路1R)を備える。
【0111】
サンプル流入路1Lは、液体試料(サンプル)を流入させる流入路である。一方、サンプル流出路1Rは、液体試料を流出させる流出路である。
【0112】
すなわち、本実施形態の細胞膜破壊装置20は、所定の流速でサンプルを流路に流しつつ、単細胞微生物や多細胞微生物などを迅速かつ高効率に死滅させ(殺菌し)、また、迅速かつ高効率に細胞内の内容物を抽出できる構成となっている。
【0113】
なお、狭窄部1Cの幅は、1つの細胞の直径が約10μmなので、少なくとも、2つの細胞が通過できる20μm以上であれば良い。
【0114】
また、筒状電極2Bおよび針状電極3Bは、狭窄部1Cの近傍において、溶液の流れる方向に沿って、前記流路の内部に並列配置されている。
【0115】
これにより、非ファラデー電流により通電状態とする領域を、狭窄部1Cの近傍とすることができるので、電気抵抗が大きな溶液であっても筒状電極2Bおよび針状電極3B間を通電させることができる。
【0116】
また、前記構成では、狭窄部1Cにおける流路幅が複数の細胞が通過できる程度の幅なので、前記特許文献2に記載された流路基板と比較して、細胞内の内容物を、迅速かつ高効率に抽出することができる。
【0117】
次に、図4に基づき、筒状電極2Bおよび針状電極3Bの配置方法の一例について説明する。
【0118】
図4に示すように、筒状電極2B(本実施形態では、円筒形であるが、これに限定されない)には、円形の左開口OL、円形の右開口(一方の開口)ORが存在しており、筒状電極2Bの右開口ORは、針状電極3Bが存在する方向に開放されていることが好ましい。
【0119】
これにより、筒状電極2Bと、針状電極3Bとの間で、広範囲に亘って溶液を通電させることができる。
【0120】
例えば、筒状電極2Bの左開口OLおよび右開口OR間の距離d1が、3cmであり、右開口OR又は左開口OLの半径を1.5cmとし、筒状電極2Bの内側面のすべてが、針状電極3B(ほぼ、円柱とし、円の直径を1mmとする)と対向(半円柱の表面が対向)しているとすると、針状電極3Bと筒状電極2Bの対向表面積比は、1:60となる。
【0121】
なお、筒状電極2Bおよび針状電極3Bの配置方法は、これに限られず、例えば、筒状電極2Bの中心軸の方向と、針状電極3Bの長手方向とが一致するように配置しても良い。
【0122】
なお、筒状電極2Bおよび針状電極3B間の距離d2(左開口OLの開口中心Cと、針状電極3B間の距離)は、板電極2Aおよび針状電極3Aの組合せと同様に約11cmとしても良いが、これに限定されない。
【0123】
また、図4に示すように、溶液が流れる方向を、筒状電極2Bの中心軸(右開口ORおよび左開口OLの開口中心Cを通る軸)の方向と一致させることで、溶液が、その流れを妨げられることなく、筒状電極2Bを通過する。よって、単細胞微生物や多細胞微生物などを迅速かつ高効率に死滅させ(殺菌し)、細胞内の内容物を、迅速かつ高効率に抽出することができる。
【0124】
なお、以上の説明では、細胞膜破壊装置20の筒状電極2Bおよび針状電極3Bの寸法や、電極間の距離を、細胞膜破壊装置10の板電極2Aおよび針状電極3Aの寸法と同程度とした。
【0125】
しかしながら、前記寸法は、本実施形態と比較して非常に小さくても良く、サンプル流入路1L、狭窄部1Cおよびサンプル流出路1Rを、マイクロメートルオーダのマイクロ流路とする場合には、前記寸法もマイクロメートルオーダとなり得る。
【0126】
以上の構成によれば、単細胞微生物や多細胞微生物などを迅速かつ高効率に死滅させ(殺菌し)、細胞内の内容物を、その損傷を抑制しつつ迅速かつ高効率に抽出することができる。また、食品衛生や環境衛生等の検査において、検査対象となる有害菌類の細胞内の内容物を後の検査に影響を与えず、迅速かつ効率的に取り出すことができる。
【0127】
また、通電部6が印加する電圧の振幅を調節することにより、細胞内の内容物の変性を抑えることができる。さらに、細胞膜を破砕する際に薬品等を添加せず処理が可能で、薬品による細胞内の内容物の変性や、薬品による後の検査への影響を抑えることができる。
【0128】
〔3.細胞膜破壊装置10の効果試験について〕
次に、図5(a)〜図7(b)に基づき、上述した細胞膜破壊装置10を試作し(以下、単に「実施例」という)効果試験を行った結果について説明する。
【0129】
図5(a)は、試作した実施例の構成を示す図である。また、図5(a)に示す実施例では、水槽1の中央付近に生じる局所的な電位差を観測するためのプローブ電極を設置した。次に、上記効果試験の実施手順(1〜4)について説明する。
【0130】
(実施手順1:使用プランクトンの調整)
まず、海水1L(またはl:リットル)に植物性プランクトン(以下プランクトン)培養液10ml(10mlに含まれるプランクトン数は、約8.7×10個)入れて入念に撹拌したものを実験に使用した。溶液中の微生物は、アカシオヒゲムシ(Heterosigma akashiwo)<プランクトン>である。
【0131】
(実施手順2:染色液の調整)
プランクトンの観察を容易に行うため、Neutral Red(C15H17ClN4)を染色液として使用した。この染色液の特徴は、生きているプランクトンが赤く染まり、死んだプランクトンは染まらない点にある。Neutral Redはあらかじめ純水に溶かし、1%(重量%)溶液を調製した。
【0132】
(実施手順3:過渡電圧の印加処理)
電極は、上述した板電極2Aおよび針状電極3Aを使用した。また、板電極2Aおよび針状電極3A間には、上述した過渡電圧を印加した。水槽1にプランクトンを含む海水を約500ml入れて処理を行った。処理回数は複数回行う。今回は40回処理を行い、その処理に必要な時間は約40秒であった。
【0133】
(実施手順4:プランクトンの染色操作および観察)
染色処理は、プランクトンを含む海水10mlに対し、Neutral Red、1%(重量%)溶液を5μl添加した。また、染色後、3000rpmで10分間、遠心分離し、上澄みを9ml捨てた。
【0134】
以上のような染色処理を行った後、プランクトンの観察を顕微鏡で行った。
【0135】
次に、図5(b)〜図7(b)に基づき、上記効果試験の結果について説明する。
【0136】
まず、図5(b)は、実施例に関し、プローブ電極間に局所的に生じた電位差の時間的変化を示すグラフである。
【0137】
図5(b)に示すように、プローブ電極間は、ステップ関数的に約30Vの電位差が瞬間的に生じ、その後、指数関数的(過渡的)にその電位差が減少している。
【0138】
また、図5(b)では、ステップ関数的に約30Vの電位差が生じてから、9ms(ミリ秒)までの経過が示されている。
【0139】
以上より、約10msの間、1V以上の電位差を局所的に生じさせることが可能であることが分かった。
【0140】
次に、図6は、前記実施例による処理前(実験開始直後)の溶液中のプランクトンの観察結果を示す図である。
【0141】
図6に示すように、実施例による処理前では、プランクトンの形状がはっきりしており、染色液により赤く染まっていることから生きていることがわかる。
【0142】
次に、図7(a)は、前記実施例による処理前(実験開始直後)の溶液中のプランクトンの観察結果を示す図である。
【0143】
図7(a)に示すように、プランクトンの形状はわからなくなっており、プランクトンの残骸状のものが観察された。このことからプランクトンの膜が破壊され、内容物が出ていると考えられる。
【0144】
次に、図7(b)は、対照実験のために別に用意した前記実施例による処理が行われていない溶液中のプランクトン(実験終了後)の観察結果を示す図である。
【0145】
図7(b)に示すように、プランクトンの形状がはっきりしており、染色液により赤く染まっていることから、プランクトンが生きていることがわかる。また、細胞膜破壊装置10の処理後のプランクトンと比較すると、図7(a)では、プランクトンが経時変化により膜が壊れたのではないことが分かる。
【0146】
次に、図8に基づき、細胞膜破壊装置10の板電極2Aおよび針状電極(針電極)3A間で、溶液中に電流が実際に流れるか否かについて実験した結果を説明する。
【0147】
図8は、細胞膜破壊装置10で、LED(light emitting diode)の電極の両端を海水の中に沈め、板電極2Aおよび針状電極3A間に50Vの過渡電圧を印加したときの様子を示している。
【0148】
LEDの電極の向きによって、LEDは一瞬点灯した。なお、以上より、海水中にプラズマ放電や物理的衝撃を生まないほどの電流を流すことができることが分かる。
【0149】
〔4.パルス処理の実験結果について〕
ところで、細胞を用いた抗体医薬製造が行われ、細胞から機能を保持したまま、簡便、かつ、効率的に生体分子を抽出する前処理方法が従来から求められている。このような前処理方法としては、界面活性剤の利用、超音波細胞破砕法やパルス電界法などが考えられるが、特にパルス電界法は、時間や印加電圧等の制御できるパラメータが多い。
【0150】
しかしながら、パルス電界法では外部電圧に〜10kV程度(数kV〜数十kV)の高電圧印加がなされ、安全性の確保や高価な装置を必要とする点からも改善の余地がある。
【0151】
一方、上述したように、大腸菌などの原核細胞において、細胞膜自体に約1Vを越える電圧を印加すると、電気穿孔の修復ができず膜の破壊に至る。
【0152】
そこで、本願発明者らは、大腸菌内部からの酵素抽出を目的に、数V程度の極めて低電圧の電圧パルス印加により細胞膜を破砕する本実施形態の前処理方法について実験を行った。また、大腸菌内部に存在するβ-glucuronidaseと5-Bromo-4-chloro-3-indolyl-β-D-glucuronideの活性を利用した高感度な検出手段である発色酵素基質法を用いて、その吸光度から酵素活性を評価し、本実施形態の前処理方法と上記検出法の一連のプロセスの有効性を確認した。
【0153】
実験では、使用菌株として大腸菌(Escherichia coli : DH5α, 東洋紡)を用い、LB液体培地(Difco: Tryptone 10g/L, Yeast extract 5g/L, NaCl 10g/L)で37℃、12時間以上振とう培養した(TAITEC,BR−40LF)。
【0154】
培養液用比色計(WPA,CO8000 Biowave)で培養液のO.D.を測定し、LB液体培地を加えO.D.=0.4±0.05に調整した後、試料溶液とした(約10 cfu/mL)。なお、「O.D.」は、Optical Density(光学濃度または光学密度)の略であり、以降、単にO.D.という。また、「cfu」は、Colony Forming Unit(コロニーフォーミングユニット)の略である。
【0155】
次にコンデンサ容量3000μF(マイクロ・ファラッド)、信号発生器(NF, 1915)、多出力直流安定化電源(TEXICO, PW36−1.5AD)を用いて、パルス電源を構築し、出力パルスはデジタルオシロスコープ(Tektronix, TDS1001B)で観察した。
【0156】
図9に実験で使用したパルス出力系の概略図(回路図)とパルス形状の一例を示す。処理槽(円筒形、内径20mm)にはタングステン電極を用い、針電極を負、平板電極を正とし、電極間は2mmに固定した。試料溶液を処理槽に4mL分注し、平板電極下に設置したスタラーで攪拌しつつパルス電圧で処理した。
【0157】
また、検査試薬の調整のため、5-Bromo-4-chloro-3-indolyl-β-D-glucuronide Cyclohexylammonium Saltを、N,N-dimethylformamide(DMF)溶媒で19.2mMに調整し(共に和光純薬工業)、200mMのNaHPO水溶液と200mMのNaHPO水溶液を3.3:6.7(体積:体積)で混合したリン酸緩衝液を用いて9倍量で希釈し、基質溶液とした。パルス電圧印加後の各サンプルを分注し、基質溶液と1:1で混合した後、37℃、16時間以上酵素反応させ、紫外可視分光光度計(日本分光, V−550)でO.D.の波長分布を計測した。
【0158】
従来から、大腸菌や大腸菌群の確認は、簡便・迅速さを目的に、蛍光や発色により判断できる酵素基質法や抗原抗体法が提案されている。特に大腸菌や大腸菌群に特異的に存在する酵素β-glucuronidaseまたはβ-galactosidaseに着目し、5-Bromo-4-chloro-3-indolyl-β-D-glucuronide(X‐gluc)や5-Bromo-4-chloro-3-indolyl-β-D-galactopyranoside(X‐gal)を用いている。
【0159】
また、菌の濃度が低い場合においても、分光光度計を用いたO.D.から評価できる。本明細書では、低電圧による電圧パルス処理後の、内容物をより効率的に取り出す指針(パルス条件)を得るため、寒天培地上ではなく感度が高い分光光度計を用いて評価した。
【0160】
図11に大腸菌培養液とパルス処理後(5Hz,5V,パルス回数1000回)のO.D.を示す。500〜750nmの範囲でO.D.の上昇が、パルス処理の有無に関係なく共に観測されたが、パルス処理を施した際、O.D.より大きく増加する結果が得られた。
【0161】
次に、パルス形状(周波数と電圧)に対する、波長615nmにおけるO.D.依存性を確認した。図12に、1Hz,5Hz,10Hz各々の周波数で、パルス処理回数を1000回に固定し、1V,5V,10Vの電圧を印加した結果を示す。
【0162】
この時、波長615nmに対して波長750nmのO.D.をバックグラウンドとして実測値から補正した(Abs615−Abs750)。
【0163】
5Vと10Vのパルス処理時には、未処理に比べてO.D.の変化が観測されたが、1V時は、パルス処理を行わない場合に比べて有意な差は認められなかった。さらに、5Hzを測定条件として固定し、処理時間に対するO.D.を測定した結果を図13に示す(パルス処理時間500,1000,1500sec)。
【0164】
定性的には処理時間に伴うO.D.の増加がみられ、処理時間が増加するに従ってO.D.が飽和した後、減少する傾向が5Vで観測された。一方、10Vの場合は処理時間(500,1000,1500sec)に関わらず同程度のO.D.を示し、この条件ではパルス処理によるβ-glucuronidaseの検出は困難であった。
【0165】
以上より、数V程度の極めて低電圧の電圧パルスによって細胞内に含まれる酵素を高効率に細胞外へ取り出せることが示された。よって、本実施形態の前処理方法(細胞膜破壊装置10および20)によれば、低電圧で、かつ細胞膜破壊の効率が高い細胞膜破壊装置10を提供することが可能となる。例えば、本実施形態のパルス電圧の振幅は、1V以上、100V以下であることが好ましい。
【0166】
なお、本発明は、以下のように表現することもできる。
【0167】
すなわち、本発明の細胞膜破壊装置は、放電による衝撃を生まない程度の低電圧によるパルス電流を海水中に効率よく広範囲に流しても良い。
【0168】
これにより、海水中微生物から細胞内の内容物を、その損傷を回避しつつ、効率良く抽出することができる。
【0169】
また、簡単な構成でも、抽出処理の処理速度が速く、小規模の装置を構成できるので、船舶への搭載も可能な細胞膜破壊装置を提供できる。
【0170】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、放電による衝撃を生まない程度の低電圧によるパルス電流をサンプルに流しても良い。これにより、細胞膜を迅速かつ高効率に破壊できる。
【0171】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、パルス電流を細胞膜破砕処理用の流路に流し、流路を流れるサンプルに複数回パルス電流を流しても良い。これにより、サンプル中に含まれる有害細菌類の細胞膜を破壊することができる。
【0172】
さらに、以上の構成によれば、食品衛生や環境衛生等の検査において、検査対象となる有害菌類の細胞内の内容物を後の検査に影響を与えず、迅速かつ効率的に取り出す手法を提供することができる。
【0173】
また、本発明は、以下のように表現することもできる。
【0174】
すなわち、本発明の細胞膜破壊装置は、プラズマ放電や物理的衝撃を生まない程度の低電圧によるパルス電流を複数回流しても良い。これにより、効率よく海水中微生物を処理することができる。
【0175】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、正電極に比べ、表面積の小さな負電極の構造を持たせても良い。これにより、低電圧であっても広範囲かつ高速に処理できる。
【0176】
以上の構成によれば、処理用の薬剤などを添加することなく微生物処理が可能であり、排水時に二次処理を行う必要がない。また、小規模な装置が見込まれ、配管系に設置することも可能である。
【0177】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、プラズマ放電や物理的衝撃を生まない程度の低電圧によるパルス電流を複数回流しても良い。これにより、細胞膜を破砕し、高効率に細胞内の内容物を取り出すことができる。
【0178】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、細胞膜破砕用の流路はパルス電流を流す構造を複数個有しても良い。
【0179】
また、本発明の細胞膜破壊装置は、パルス電流が流れる部分は局部的に流路が絞られていても良い。これにより、電気抵抗が大きなサンプルであってもパルス電流を通電させることができる。
【0180】
〔付記事項〕
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組合せて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0181】
本発明は、大腸菌、レジオネラ菌、O‐157、サルモネラ菌などの有害細菌を効率的に死滅させる殺菌装置、細胞内の内容物を効率的に抽出する抽出装置、細胞内の内容物を効率的に抽出すると共に、抽出した内容物の分析を行う分析装置などに広く適用することができる。
【符号の説明】
【0182】
1 水槽
1L サンプル流入路(流路)
1R サンプル流出路(流路)
1C 狭窄部(流路)
2A 板電極(陽極)
2B 筒状電極(陽極)
3A、3B 針状電極(陰極)
4L、4R セラミックチューブ
5L、5R 接続配線
6 通電部(通電手段)
7L、7R 接続端子
10 細胞膜破壊装置
20 細胞膜破壊装置
C 開口中心
OL 左開口
OR 右開口(一方の開口)
d1、d2 距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の濃度の電解質と、所定の濃度の細胞とを含む溶液中に、互いに対向して配置された、陽極と、前記陽極よりも表面積が小さい針状電極である陰極とを備え、
前記陽極および前記陰極間に存在する溶液中に、前記電解質が電離した電解質イオンの移動による電流を発生させて、前記陽極および前記陰極間を通電状態とする通電手段を備えることを特徴とする細胞膜破壊装置。
【請求項2】
前記陽極は、筒形状の筒状電極であり、
前記筒状電極の一方の開口は、前記陰極が存在する方向に開放されていることを特徴とする請求項1に記載の細胞膜破壊装置。
【請求項3】
前記陽極は、平板状の板電極であることを特徴とする請求項1に記載の細胞膜破壊装置。
【請求項4】
前記通電手段は、前記陽極および前記陰極間に放電が生じない程度の振幅を有するパルス電圧を少なくとも1回、印加することで、前記電解質イオンの移動による電流を溶液中に発生させることを特徴とする請求項1から3までのいずれか1項に記載の細胞膜破壊装置。
【請求項5】
電荷を蓄積することが可能なコンデンサを備え、
前記通電手段は、前記コンデンサに蓄えられた電荷を放電させることにより発生する、前記陽極および前記陰極間に放電が生じない程度の大きさで過渡的に減少する過渡電圧を少なくとも1回、印加することで、前記電解質イオンの移動による電流を溶液中に発生させることを特徴とする請求項1から3までのいずれか1項に記載の細胞膜破壊装置。
【請求項6】
流路幅が局部的に狭くなっている狭窄部を有し、該狭窄部における流路幅が複数の細胞が通過できる程度の幅となっている流路を備え、
前記陽極および前記陰極が、前記狭窄部の近傍において、溶液の流れる方向に沿って、前記流路の内部に並列配置されていることを特徴とする請求項1から5までのいずれか1項に記載の細胞膜破壊装置。
【請求項7】
所定の濃度の電解質と、所定の濃度の細胞とを含む溶液中に、互いに対向して配置された、陽極と、陰極とを備え、
前記陽極および前記陰極間に存在する溶液中に、前記電解質が電離した電解質イオンの移動による電流を発生させて、前記陽極および前記陰極間を通電状態とする通電手段を備えることを特徴とする細胞膜破壊装置。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−100652(P2012−100652A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−224934(P2011−224934)
【出願日】平成23年10月12日(2011.10.12)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】