説明

細胞融合性リポソーム及び該リポソームを利用した物質導入方法

【課題】 新規な細胞融合性リポソーム及びそれを用いた細胞導入方法を提供する。
【解決手段】 リポソーム1000に、該リポソームに親水性物質1010を介して、細胞膜結合性を有する疎水性物質1020を結合させて、細胞融合性リポソーム1050とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞融合性を備えたリポソーム、該リポソームを用いた細胞への物質導入方法、リポソーム固定化基板、及び細胞固定化基板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞生物学や細胞工学の発展に伴い、細胞内の分子挙動を観察するために細胞内分子プローブや、様々な試薬を細胞内に導入する技術の重要性が高まってきている。
【0003】
また、細胞内のタンパク質を網羅的に発見する機能的プロテオーム解析技術の発展により、数多くの病気の原因タンパク質や、診断マーカーの候補として挙げられる細胞内タンパク質が発見されてきている。
【0004】
しかし、これらの発見されたタンパク質は、細胞内での機能自体が不明であることが多く、タンパク質の機能を、細胞内で調べる技術が必要とされており、この点からも、細胞内分子プローブ等の技術が必要とされ始めている。
【0005】
さらに、機能が明らかとなった病気の原因タンパク質に対しても、分子標的薬開発におけるスクリーニングや、バリデーション等の創薬技術にも細胞内物質導入技術は必要とされている。また、さらに細胞内物質の異常を調べる細胞診断技術にも細胞内物質導入技術は必要とされている。
【0006】
一方、これまでのタンパク質などの物質を導入する手法としては、プロテイントランスダクションドメインを使った方法(非特許文献1)や、ウイルスを利用した導入方法(特許文献1)が知られている。
【0007】
しかしながら、これらの導入方法は、導入に成功する確率が一般的には低く、細胞の種類によって導入のし易さが異なることが指摘されている。
【0008】
また、物理的に細胞膜に穿孔を開ける方法として、エレクトロポレーション法あるいは超音波やレーザーを利用した様々な方法が開発されてきているが、当該方法は、細胞傷害性が大きいことが指摘されている。
【特許文献1】国際公開第03/014338号パンフレット
【非特許文献1】James E.Hansen,Richard H.Weisbart and Robert N.Nishimura,Antibody−Mediated Transduction of Therapeutic Proteins into Living Cells,The Scientific WorldJournal (2005),Vol.5,pp.782−788
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
細胞膜への物質導入に関しては、細胞傷害性を勘案すると、化学的導入方法やウイルスを利用した導入方法が実用化する上では好ましいと考えられる。
【0010】
しかしながら、細胞毒性の観点、あるいはウイルスを使用することに伴い内在する危険性の点からは、新規な物質導入方法の確立が求められる。
【0011】
そこで、本発明は新規な物質導入方法、及びそれに使用される新規な細胞融合性リポソーム、当該リポソームを利用した物質導入方法、リポソーム固定化基板、及び細胞固定化基板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
第1の本発明は、細胞融合性リポソームに関し、リポソームに親水性物質を介して、細胞膜結合性を有する疎水性物質が結合していることを特徴とする。
【0013】
第2の本発明は、細胞への物質導入方法に関する。まず、脂質二重層の内側に内包物を有し、且つ親水性物質を介して、細胞膜結合性を有する疎水性物質が結合されている細胞融合性リポソームを用意する。そして、前記細胞融合性リポソームと細胞とを融合させて、該細胞に前記内包物を導入することを特徴とする。
【0014】
第3の本発明は、細胞への物質導入方法に関する。まず、基板に固定化されており、且つ内包物を有する前記第1あるいは第2の本発明に記載の細胞融合性リポソームを用意し、該細胞融合性リポソームと細胞とを融合させる。そして、該細胞に前記内包物を導入するとともに、該細胞を前記基板に固定化することを特徴とする。
【0015】
第4の本発明は、リポソーム固定化基板に関し、前記第1の本発明に記載されている細胞融合性リポソームが、架橋剤を介して、基板に固定化されていることを特徴とする。
【0016】
第5の本発明は、細胞固定化基板に関し、前記第3の本発明に記載の物質導入方法により、前記細胞が前記基板に固定化されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、新規な細胞融合性リポソーム、及びそれを用いた細胞への物質導入方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(第1の実施形態:細胞融合性リポソーム)
まず、図1を用いて、本実施形態に斯かる細胞融合性リポソームに関して説明する。
【0019】
1050は、細胞融合性リポソームであり、1000が、脂質2重層と呼ばれるものである。本実施形態においては、この脂質2重層1000に、親水性物質1010を介して、細胞膜結合性を有する疎水性物質1020が結合している。
【0020】
A)親水性物質
本発明に用いられる親水性物質としては、以下の群の中から選択される少なくとも一種である。ポリエチレングリコール、タンパク質、オリゴペプチド、ポリペプチド、ポリアミド、オリゴヌクレオチド、多糖類、グリコール酸、乳酸、及びこれらの誘導体である。勿論、前記親水性物質が、上述した群を構成する材料からなる重合体、あるいは共重合体であってもよい。なかでもポリエチレングリコール(PEG)は好ましいものの一例である。
【0021】
上記リポソーム表面に結合した融合剤(細胞膜結合性を有する前記疎水物質と前記親水性物質をあわせたもの)における前記疎水物質は、その疎水性のために、水中では、当該疎水物質同士が凝集したりする。その結果、前記疎水性物資は、外部の細胞膜にアクセスすることができにくい。
【0022】
しかしながら、PEG等の親水性物質を介して、前記疎水性物質を配置すると、当該疎水物質は水中で凝集が妨げられ、その結果、この疎水物質が細胞膜に結合することができる。つまり、PEG等の親水性物質は、前記疎水物質の細胞膜結合を助ける役割がある。
【0023】
なお、PEG等の親水性ポリマーが存在することにより、リポソーム表面上の前記疎水物質は、リポソーム膜から遠く離れることができるので、前記疎水物質の細胞膜への結合を容易にすることができる。
【0024】
B)細胞膜結合性を有する疎水性物質
本発明に用いられる疎水性物質としては、飽和または不飽和の炭化水素鎖、細胞膜を構成する脂質及び複合脂質鎖からなる群より選択される。好ましくは炭素数8から22の範囲の飽和または不飽和の炭化水素から選択されることを特徴とする物質である。例えれば、脂質と呼ばれるものである。
【0025】
具体的には、オレイル基、ステアリル基、パルミトイル基、あるいはミリストイル基であるが、これらに限定されるものではない。尚、複合脂質とは分子中に糖やリン酸を含む脂質のことであり、代表的なものとして細胞膜構成成分であるリン脂質が挙げられる。なお、疎水性物質として上述した群を構成する材料が置換基を有していてもよい。すなわち、前記した炭化水素鎖等が置換基を備えている場合も、本実施形態に係る発明に包含される。
【0026】
C)脂質2重層
本発明に用いられる脂質2重層としては、いわゆるリポソーム膜のことであり、これは細胞膜の成分であるリン脂質を主成分として、水溶液中で自己集合してできる脂質二重膜からなる小胞のことである。なお、脂質2重層であれば、必ずしも、リン脂質2重層でなくてもよい。
【0027】
また、細胞融合性を有する小胞であれば、いわゆるミセルと呼ばれる構造体やリソソームなども、本発明に適用可能である。
【0028】
図2は、図1を部分的に拡大した模式図であり、2000は脂質2重層を、2010は親水性物質、2020は細胞結合性を有する疎水性物質である。2050は、脂質2重層の内側領域(内包物が存在する領域)を示している。
【0029】
図2に記載しているように、親水性物質2010と脂質2重層2000とは、当該脂質2重層を構成する脂質にPEG等の親水性物質が化学的に結合して構成されている。
【0030】
親水性物質2010と脂質2重層2000と結合部において、結合部にあたるアミノ基(NH−CO)が、当該脂質2重層に由来するものか、或は、親水性物質2010側に由来するものかの判別は難しい。つまり、細胞融合性リポソーム自体からは、いずれに由来するものであるかの判別は難しいが、本実施形態に係る発明は、いずれの場合をも含むものである。
【0031】
例えば、図3は、リポソームに対して外来性の脂質分子3090と末端に官能基、たとえばアミノ基、を持つ親水性物質3010からなる分子、すなわち脂質−PEG−アミノ基をリポソーム膜に結合させている。その後、親水性物質3010の端部官能基に、細胞結合性を有する疎水性物質(図は省略している)を結合させる。
【0032】
あるいは、図4のように、脂質−PEG−NHS(図中3088)を結合させる。
【0033】
どちらの場合においても、最終的な構成はリポソーム膜(脂質)5000−PEG5010−脂質5020(図5)になる。PEGは、あくまで親水性物質の例であるが、リポソーム由来の脂質あるいは外部から挿入した脂質のどちらに結合してもよい。
【0034】
D)細胞融合性リポソームの作り方
以下に本実施形態に係る細胞融合性リポソームの作り方に関して、その一例を実施例1の記載した。
【0035】
E)その他
なお、本実施形態に係る発明に適用される親水性物質及び、細胞結合性があり疎水性物質である脂質を有する材料としては、以下のものを採用できる。
【0036】
即ち細胞膜修飾剤であるBAM(Bio Compatible Anchor forMembrane)と呼ばれる材料である。例えば、日本油脂株式会社のSUNBRIGHT(商標) OE−020CSを利用できる。BAMは、一般的には、細胞膜へのアンカーとして脂質オレイル基(本発明における疎水性物質)と、親水性物質であるために物質の水溶性を高めることができるポリエチレングリコール(PEG)とからなる。そして、生理活性物質や材料表面に結合させるために、PEG鎖末端に各種の反応性基を導入した構造を有する場合もある。
【0037】
以上、説明した本実施形態に係る細胞融合性リポソームを用いれば、リポソーム外周にPEGなどの親水性物質が結合しているだけのものに比べて、前記疎水性物質の存在により、細胞膜に結合して融合し易くなる。
【0038】
ここでいう前記疎水性物質とは、前記親水性物質のリポソームと反対側の端部に位置するもののことである。
【0039】
なお、本実施形態に係る細胞融合性リポソームを基板に固定化すれば、基板固定化融合性リポソームを得ることができる。固定化の手法については、実施形態3あるいは後述の実施例2において説明している。
【0040】
以下、別の実施形態に係る発明について説明するが、本実施形態において説明した技術事項は、以下の実施形態に係る発明においても、矛盾しない限り、適用できる。
【0041】
(第2の実施形態:物質導入方法)
図6から図10を用いて、本実施形態に係る物質導入方法に関する発明について説明する。なお、これらの図において上段の(a)では、上述の実施形態1に係るリポソーム6500と、細胞6900との全体像を模式的に示している。そして、下段(b)では、リポソームと細胞とが結合し、融合する箇所を拡大した様子を示している。
【0042】
まず、図6(a)、(b)に示すように、以下に示すリポソームを用意する。
脂質二重層6000の内側に内包物(図は省略している。)を有し、且つ親水性物質6010を介して、疎水性物質6020が結合されている細胞融合性リポソーム6500を用意する。そして、融合対象となる細胞6900と、このリポソーム6500とを溶液中に共存させる。なお、6960は、細胞膜の拡大図である。
【0043】
図7は、細胞とリポソームとの結合過程を示している。
【0044】
図7(a)に示すように、リポソーム6500と細胞6900とが徐々に近づき、まず、リポソーム6000の外縁に、親水性物質を介して結合している細胞結合性の疎水性物質6020が細胞膜内に入り込む。斯かる状態では、疎水性物質6020がリポソーム側に由来するのか、細胞膜に由来するのかは、区別がつかない場合が多い。なお、図6と同一のものを指す場合には、図6と同一の番号を付している。
【0045】
図8は、リポソーム6500と細胞6900との距離が更に縮まる接近過程である。細胞膜6960内に、アンカーとして埋め込まれた疎水性物質6020により、細胞6900とリポソーム6500とが接近する。この場合、親水性物質6010が両者間に複雑に絡み合うことになる。
【0046】
図9は、リポソーム6500と細胞6900とが実際に融合し始める融合過程を示している。図8(b)における両者の接触部分を中心に細胞膜6960が分断し、リポソーム6500を細胞内に取り込むように、両者が融合していく。なお、リポソームの内包物自体は図6(b)から図10(b)では省略して、図示していない。
【0047】
所定の時間を経て、リポソームが細胞内に融合した、新たな融合細胞6995が誕生する(図10(b))。図10(b)の7000は、融合細胞6995の細胞膜の拡大図であり、7050は、その細胞膜の内側の位置を示している。
【0048】
こうして、リポソームおよび、その内包物を、所望の細胞へ導入することが可能となる。
【0049】
このような導入方法は、物質導入に際して、細胞にダメージを与え難く、リポソームの内包物全体が導入されることになるので、内包物を一定量にしておけば、細胞へ導入する物質も一定量にすることが可能となる。
【0050】
更に、内包物として、多種類の試薬を含有させておけば、それらを一括して細胞内へ導入することが可能となる。
【0051】
F)内包物
前記内包物には、何らかの目的のために導入しようとする導入物質と共に、実際には溶媒も含まれている。導入物質は、水溶性であれば特に制限されるものではない。
【0052】
この導入物質の一例としては、細胞内のシグナル分子の挙動を調べるために、細胞内に導入され、且つ該細胞内の分子と結合し得る蛍光分子プローブが挙げられる。
【0053】
また、リン酸緩衝液生理食塩水に溶解した次の物質なども前記導入物質の例として挙げられる。抗体や酵素等のタンパク質、cDNAやRNAiなどの核酸、単糖、オリゴ糖や糖鎖など糖類、有機化合物、無機化合物、また、これらの複合性物質等である。
【0054】
なお、細胞内へ導入しようとする物質が、分子全体あるいは一部分が疎水性の場合であっても、以下のような理由で細胞内への導入が可能である。細胞内への導入物質が分子全体あるいは一部分が疎水性の場合には、当該物質をリポソーム膜自体の内部に取り込める。すなわち、図6の6000で示される膜自体の内部である。この状態で、上述した細胞融合過程を経ると、結果的には、細胞内に物質を導入できる。この場合、リポソームを構成する脂質2重層の内側には、内包物として溶媒のみにしておくこともできる。
【0055】
すなわち、本実施形態に係る発明には、リポソームの所謂内包物を細胞内へ導入することのみならず、リポソーム膜の内部に導入されている物質を、細胞融合過程を通して、細胞膜へ導入することも含まれる。
【0056】
また、更に、リポソームに膜タンパク質を組み込んで、細胞膜へ導入すると、細胞膜に膜タンパクを移植(導入)できることになる。この膜タンパク質は、親水性−疎水性−親水性の構成からなり、疎水性部分が細胞膜中にあって、両端の親水性部分は細胞膜の内側と外側に飛び出ている。膜タンパク質は、疎水性部分があるので、水溶液中では凝集して溶けないが、このように膜タンパク質をリポソームに組み込み、そして細胞膜に融合させることによって、細胞膜自体に膜タンパク質を導入することができるようになる。膜タンパク質には、レセプターと呼ばれる、細胞の内外の情報を交換するインターフェースとなっている非常に重要なタンパク質があり、この細胞融合の技術は極めて有用である。
【0057】
また、細胞内に導入したい所望の物質を、前記融合性リポソームに内包させておき、該融合性リポソームが細胞膜に結合し融合することで、内包した物質を細胞内へ導入することができる。さらに、この融合性リポソームを固定化することで、リポソームの固定化位置として定義された位置に細胞を物質導入と同時に固定化することができる。なお、この種々物質を内包した融合性リポソームを基板上にアレイ状に固定化することで細胞内に種々物質を効率よく導入できる。また、どの細胞にどんな物質が導入されているのかにつき、その固定化位置情報より知ることもできる。
【0058】
(第3の実施形態:固定化)
次に、本実施形態に係る発明について、図11を用いて説明する。
【0059】
まず、基板1100に固定化された、細胞融合性リポソーム1050を用意する。図11において、1020は、細胞融合性を有する疎水性物質(例えば、脂質である。)であり、1010は、PEG等の親水性物質である。そして、基板には、必要に応じて、1105コーティング材でコートしておくのがよい。1106は、架橋剤であり、基板へのリポソームの固定化に際して、必要に応じて用いられる。1256は内包物の一部である導入物質を示している。
【0060】
このように、基板に固定化されているリポソームを用いて、上述の実施形態2において説明した、細胞融合過程を経ることによって、基板に固定化されたままの状態で、細胞融合が実現する。その結果、融合細胞自体も基板に固定化されていることになり、換言すれば、位置情報と当該位置に存在する融合細胞が何であるかの情報の2つが取得できる。そのため、複数の内包物をそれぞれ内包した複数個の固定化融合性リポソームを用いると以下のような利点がある。複数の細胞にそれぞれ、このリポソームを導入した場合、これら融合性リポソームを特定の位置に固定化すれば、導入によって得られる固定化細胞にどの内包物が導入したかを特定できる。つまり、複数の内包物を、それぞれ細胞内へ導入し、それぞれの内包物の効果を細胞内で試験する場合、導入された内包物が明らかな細胞が同時に多数得られる。そのため、効率よく試験を進めたい場合に、本実施形態に係る発明を利用することは、極めて有効である。
【0061】
なお、細胞融合性のリポソームを基板に固定化する方法については、実施例2において詳述している。
【0062】
G)基板
石英や硝子やプラスチックなどの基板が好ましいが、例えば可視光に対して、透明な固体材料からなるものであれば好適に利用できる。なお、ガラス基板上にアミノ基を付加するために、タンパク質を硝子表面に物理吸着させて使用することも可能である。
【0063】
H)コーティング材
例えば、架橋剤を基板表面に結合させるために、基板表面にアミノ基等の官能基を必要とする場合、コーティング材としてアルブミン、グロブリンやカゼインなどのタンパク質やポリリジンあるいはアミノシランなどを利用できる。そして、これらを基板表面にコートして、該基板表面にアミノ基を提供することができる。架橋剤の種類によってコーティング材は適当な材料を選択すればよい。また必ずしもコーティング材は必要としない。
【0064】
I)架橋剤
架橋剤は、反応基(官能基に反応性を持った基である、例えば、NHS基やマレイミド基に代表される。)を2つ持った化合物が挙げられる。PEGの両端に反応基をもったものを架橋剤として利用することもできる。なお、架橋剤は、あらかじめ基板上に結合させてから、リポソームを固定化することもできるし、リポソームに架橋剤を結合させてから基板に結合させることもできる。また、その他の方法でも結合させることができる。
【0065】
また、架橋剤は、リポソーム由来の脂質に化学結合させることもできるし、リポソーム膜に結合させるための外来性の脂質に化学結合させることもできる。更に、「脂質−PEG−反応基」で構成される架橋剤を、その脂質部分でリポソーム膜に挿入して結合させて、他方の反応基で基板表面と結合させて、リポソームを基板に固定化するために用いることもできる。
【0066】
本実施形態に係る発明によれば、融合細胞が、前記基板に固定化されている細胞固定化基板を実現することができる。
【実施例】
【0067】
(実施例1:細胞融合性リポソームの作製方法)
精製緑色蛍光タンパク質(クロンテック社製)(以後GFPと呼ぶ)をリン酸緩衝液食塩水(pH7.4)(以下、PBSという。)で希釈して10μM溶液を調製する。この溶液を、以下GFP溶液と呼ぶ。
【0068】
バイアルに入った正電荷エンプティーリポソームEL−01−C(日本油脂株式会社製)に、GFP溶液2ml添加したのち混和する。室温で30分間静置した後、この懸濁液にSUNBRIGHT(登録商標) DSPE−020PA(日本油脂株式会社製)を終濃度0.1mMになるように添加する。室温10分間静置した後、このリポソームの懸濁液に48mlのPBSを混和し、750×gで5分間室温で遠心する。この液の沈殿を回収し、1mlのPBSで懸濁する。この懸濁液をリポソーム懸濁液という。
【0069】
このリポソーム懸濁液に、SUNBRIGHT(登録商標) OE−020CS(日本油脂株式会社製)を、終濃度0.1mMになるように添加し、室温で30分間反応させると図1で示した融合性リポソームが調製できる。また、リポソーム懸濁液中のリポソームは基板上に架橋剤を使って固定化してからSUNBRIGHT(登録商標) OE−020CSを反応させてもよい。この場合、図11で示した基板上に固定化した融合性リポソームが調製でき、下記実施例2に詳細な調製法を記載した。しかし、融合性リポソームの固定化は融合性リポソームを調製した後に固定化してもよい。
【0070】
ここで記載した調製手順は一例であり、リポソーム外側表面に親水性物質を介して疎水性物質が結合しているものが調製できれば、その調整方法は限定されるものではない。
【0071】
(実施例2:融合細胞固定化基板の作製方法)
作製方法の一例を図12(a)から(f)に示した。
(a)1205はウシ血清アルブミン(シグマ社製)であり、PBSに溶解して0.1%溶液を調製し、この溶液を0.22マイクロメーター孔を持つ膜でろ過する。これをBSA液と呼ぶ。直径5mmのウエルを12個もつ高撥水性印刷スライドグラス(松浪硝子工業株式会社製)1200を用い、1ウエルにBSA液を0.03ml滴下し、乾燥を避けて室温で16時間静置する。このスライドグラスをミリQ水(以後、水と表記)で洗浄し、風乾する。これをBSAコートウエルと呼ぶ。
(b)1206は二価性架橋剤BS(ピアス社製)であり、ジメチルスルホキシドで溶解し10mM溶液を調製する。この溶液をPBSで50倍希釈する。この液をBS溶液と呼ぶ。BSAコートウエルにBS溶液を0.03ml滴下し、室温で20分間静置する。水でそのウエル表面を洗浄し、窒素ガスを吹きつけて迅速にウエル表面を乾燥させる。
(c)そのウエルに上記実施例1に記載したリポソーム懸濁液を0.03ml滴下し、乾燥を避けて、1時間室温で静置する。このウエルをPBSで穏やかに洗浄する。このウエルをリポソーム固定化ウエル(リポソーム固定化基板)と呼ぶ。1221はリポソーム表面のアミノ基(SUNBRIGHT(登録商標) DSPE−020PA由来)を、1255は固定化されたリポソームを、1256は内包物の一部である導入物質を示している。
(d)SUNBRIGHT(登録商標) OE−020CS(日本油脂株式会社製)を、ジメチルスルホキシドに溶解して10mM溶液を調製する。この液をPBSで希釈して100μM溶液を調製する。この溶液を融合剤液と呼ぶ。リポソーム固定化ウエルに融合剤液を0.03ml滴下し、室温で1時間静置する。このウエルをPBSで穏やかに洗浄する。このウエルを融合性リポソーム固定化ウエルと呼ぶ。1250は固定化された融合性リポソーム、1010は親水性物質、1020は細胞膜に結合するための疎水性物質を示している。
(e)6900で示されているヒト白血病細胞K562をPBSで洗浄した後、PBSで細胞を懸濁し、1×10個/mlの細胞密度の細胞懸濁液を調製する。融合性リポソーム固定化ウエルに細胞懸濁液を0.03ml滴下し、37度で30分間乾燥を避けて加温する。
(f)このウエルをPBSで穏やかに洗浄すると6995で示されている固定化GFP導入細胞が得られる。GFP導入細胞が固定化されたウエルにPBS0.01ml滴下し、倒立型蛍光顕微鏡でこのウエル上に固定化された細胞の蛍光を観察する。
【0072】
(実施例3)
作製方法の別の一例を図13(a)から(f)に示した。
(a)1205に示したウシ血清アルブミン(シグマ社製)を、PBSに溶解して0.1%溶液を調製し、この溶液を0.22マイクロメーターの孔を持つ膜でろ過する。これをBSA液と呼ぶ。1200としてスライドグラス(松浪硝子工業株式会社製)を用い、BSA液にスライドグラスを浸漬し、室温で16時間静置する。このスライドグラスをミリQ水(以後、水と表記)で洗浄し、風乾する。これをBSAコートスライドと呼ぶ。
(b)1300で示される直径1mmの穴があいた厚さ2mmのシリコンゴムをBSAコートスライド上に貼り付ける。1306は二価性架橋剤BS(ピアス社製)であり、ジメチルスルホキシドで溶解し10mM溶液を調製する。この溶液をPBSで50倍希釈する。この液をBS溶液と呼ぶ。BSAコートスライド上のシリコンゴムの穴の中にBS溶液を0.005ml注入滴下し、乾燥を避けて室温で20分間静置する。水でそのウエル表面を洗浄し、窒素ガスを吹きつけて迅速にウエル表面を乾燥させる。
(c)そのウエルに上記実施例1に記載したリポソーム懸濁液を0.005ml滴下し、乾燥を避けて、1時間室温で静置する。このウエルをPBSで穏やかに洗浄する。このウエルをリポソーム固定化ウエルと呼ぶ。1321はリポソーム表面のアミノ基(SUNBRIGHT(登録商標) DSPE−020PA由来)、1355は固定化されたリポソームを示している。また、1356は内包物、1306は架橋剤、1200は基板、1205はコーティング材、1300はシリコンゴムを示している。
(d)SUNBRIGHT(登録商標) OE−020CS(日本油脂株式会社製)を、ジメチルスルホキシドに溶解して10mM溶液を調製する。この液をPBSで希釈して100μM溶液を調製する。この溶液を融合剤液と呼ぶ。リポソーム固定化ウエルに融合剤液を0.005ml滴下し、室温で1時間静置する。このウエルをPBSで穏やかに洗浄する。このウエルを融合性リポソーム固定化ウエルと呼ぶ。1010は親水性物質、1020は細胞膜に結合するための疎水性物質を示している。
(e)6900で示されているヒト白血病細胞K562をPBSで洗浄した後、PBSで細胞を懸濁し、1×10個/mlの細胞密度の細胞懸濁液を調製する。融合性リポソーム固定化ウエルに細胞懸濁液を0.005ml滴下し、37度で30分間乾燥を避けて加温する。
(f)このウエルをPBSで穏やかに洗浄すると6995で示されている固定化GFP導入細胞が得られる。固定化GFP導入細胞スライドをPBSが10ml入った10cm培養皿の中に浸漬し、倒立型蛍光顕微鏡でこのスライドを観察する。こうして、シリコンゴムの穴の位置で定義された場所だけに固定化された融合性リポソームの内包物であるGFPが導入された細胞が観察できる。固定化リポソームの固定化位置を決めるためにこの例ではシリコンゴムを使用しているが、リポソームが所望の位置に固定化できればどんな方法を使ってもよい。
【0073】
(実施例4)
上記の実施例1から3において、融合性リポソームが固体基板上に固定化されている実施例を示した。本実施例に示すように可動部に融合性リポソームを保持させることでGFP導入細胞を作成することもできる。本実施例における手法を用いることで、細胞に対して穿孔のための外力を与えることのない物質導入が可能になると同時に細胞−融合性リポソーム間の距離を接近させることで所望の細胞との選択的融合を促すこともできる。以下に作製方法の一例を図14(a)から(c)に示した。
(a)倒立蛍光顕微鏡に取り付けたマイクロマニピュレータを用いて、上記実施例1の手順に従って調整した融合性リポソームをホールディングピペットに保持させる。融合性リポソームの保持は倒立蛍光顕微鏡により確認する。
(b)倒立蛍光顕微鏡下で上記融合性リポソームを所望の細胞に接近させる。
(c)ホールディングピペットを介して融合性リポソームと細胞表面とを接触させることにより6995で示されている固定化GFP導入細胞が得られる。融合の確認およびリポソーム内包物の観察は倒立蛍光顕微鏡により観察を行なう。
【0074】
また、公知の方法で所望の細胞を基板上に予め固定しておけば、GFPが導入された固定化細胞を得ることができる。細胞と融合性リポソームとの融合過程を促すために可動部を利用して両者の距離を縮めるだけでなく、物理的あるいは化学的な外力をさらに加える工程を含んでもよい。
【0075】
本実施例の手法は細胞に対して所望の内包物を導入することができると同時に、観察を行ないながら目的の細胞内に内包物を投入する順番や投入の瞬間からの経時変化を追うことによる細胞ダイナミクス観察に対して適用することができる。
【0076】
以上、本発明に係る実施例について説明した。
【0077】
細胞内にタンパク質などの物質を導入するために、本発明に係る融合性リポソームは、表面に親水性物質でつながれた疎水性物質を持ち、該疎水性物質が細胞膜に結合する性質を利用して、リポソームを細胞膜に結合させるものである。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、細胞内のシグナル分子の挙動を調べるために、蛍光標識付きの抗体などに代表される分子プローブを細胞内へ導入できる技術である。そして、細胞内のシグナル分子の観察により、各種疾患の原因究明のための測定システムに利用できる。また、創薬のための細胞内での物質挙動のバリデーションシステムや病気の診断のための細胞診断装置の基本技術としての利用が期待できる。更にまた、本発明に係る細胞融合性リポソームは、導入物質として医薬をいれておけば、いわゆるドラッグデリバリーシステムなどにも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明に係る細胞融合性リポソームを概念的に示したものである。
【図2】本発明に係る細胞融合性リポソームを概念的に示したものである。
【図3】本発明に係る細胞融合性リポソームを概念的に示したものである。
【図4】本発明に係る細胞融合性リポソームを概念的に示したものである。
【図5】本発明に係る細胞融合性リポソームを概念的に示したものである。
【図6】本発明に係る細胞融合性リポソームと細胞との融合過程を概念的に示した図である。
【図7】本発明に係る細胞融合性リポソームと細胞との融合過程を概念的に示した図である。
【図8】本発明に係る細胞融合性リポソームと細胞との融合過程を概念的に示した図である。
【図9】本発明に係る細胞融合性リポソームと細胞との融合過程を概念的に示した図である。
【図10】本発明に係る細胞融合性リポソームと細胞との融合過程を概念的に示した図である。
【図11】本発明に係る基板に固定化されている細胞融合性リポソームの概念図である。
【図12】実施例2を説明するための図である。
【図13】実施例3を説明するための図である。
【図14】実施例4を説明するための図である。
【符号の説明】
【0080】
1000 脂質2重層
1010 親水性物質
1020 細胞結合性を有する疎水性物質
1050 融合性リポソーム
1100 基板
1105 コーティング材
1106 架橋剤
1200 基板
1205 コーティング材
1206 架橋剤
1221 リポソーム表面のアミノ基
1250 固定化された融合性リポソーム
1255 固定化されたリポソーム
1256 内包物
1300 ブロッキング材
1306 所望の位置に修飾された架橋剤
1321 リポソーム表面のアミノ基
1355 所望の位置に固定化されたリポソーム
1356 内包物
2000 リポソームの脂質2重層
2010 親水性物質
2020 疎水性物質
2050 リポソームの内側
3000 リポソームの脂質2重層
3010 親水性物質
3090 脂質
3088 脂質−PEG−反応基からなる試薬
5000 リポソームの脂質2重層
5010 親水性物質
5020 疎水性物質
6000 リポソームの脂質2重層
6010 親水性物質
6020 疎水性物質
6960 細胞膜
6500 融合性リポソーム
6900 細胞
6995 融合性リポソームの内包物が導入された細胞
7000 リポソームが融合した後の細胞膜
7050 細胞の内部
1400 可動部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リポソームに親水性物質を介して、細胞膜結合性を有する疎水性物質が結合していることを特徴とする細胞融合性リポソーム。
【請求項2】
前記親水性物質は、ポリエチレングリコール、タンパク質、オリゴペプチド、ポリペプチド、ポリアミド、オリゴヌクレオチド、多糖類、グリコール酸、乳酸、及びこれらの誘導体からなる群より選択される少なくとも一種を含むことを特徴とする請求項1に記載の細胞融合性リポソーム。
【請求項3】
前記疎水性物質は、飽和または不飽和の炭化水素鎖、脂質鎖、あるいは複合脂質鎖を含むことを特徴とする請求項1あるいは2に記載の細胞融合性リポソーム。
【請求項4】
前記炭化水素鎖、脂質鎖、複合脂質鎖は、置換基を有する請求項3に記載の細胞融合性リポソーム。
【請求項5】
前記疎水性物質は、炭素数8から22である飽和または不飽和の炭化水素であることを特徴とする請求項3に記載の細胞融合性リポソーム。
【請求項6】
脂質二重層の内側に内包物を有し、且つ親水性物質を介して、疎水性物質が結合されている細胞融合性リポソームを用意し、前記細胞融合性リポソームと細胞とを融合させて、該細胞に前記内包物を導入することを特徴とする物質導入方法。
【請求項7】
前記親水性物質がポリエチレングリコール、あるいはその誘導体を含み構成され、前記疎水性物質が炭素数8から22の範囲の飽和または不飽和の炭化水素を含むことを特徴とする請求項6記載の物質導入方法。
【請求項8】
基板に固定化されており、且つ内包物を有する請求項1から5のいずれか1項に記載の細胞融合性リポソームを用意し、該細胞融合性リポソームと細胞とを融合させて、該細胞に前記内包物を導入するとともに、該細胞を前記基板に固定化することを特徴とする細胞への物質導入方法。
【請求項9】
請求項1から5のいずれか1項に記載の細胞融合性リポソームを可動部に保持し、細胞に近接あるいは接触させることで、該細胞融合性リポソームと細胞とを融合させて該細胞に前記内包物を導入することを特徴とする細胞への物質導入法。
【請求項10】
前記細胞内に導入され、且つ該細胞内の分子と結合し得る蛍光分子プローブが、前記内包物か、あるいは前記脂質2重層の内部に含まれることを特徴とする請求項6から9に記載の細胞への物質導入方法。
【請求項11】
請求項1から5のいずれか1項に記載の細胞融合性リポソームが、架橋剤を介して、基板に固定化されていることを特徴とするリポソーム固定化基板。
【請求項12】
請求項8から9に記載の物質導入方法によって、前記内包物が導入されている前記細胞が、前記基板に固定化されていることを特徴とする細胞固定化基板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2008−81486(P2008−81486A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−320246(P2006−320246)
【出願日】平成18年11月28日(2006.11.28)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】