説明

細胞試験用容器及びそれを用いた細胞試験方法

【課題】一定の実験条件で、細胞接着阻害性領域内においてムラを生じることなく電圧を印加することができる細胞試験用容器を提供することを目的とする。
【解決手段】少なくとも1つの凹部を有する基材と、前記凹部に対向して配置される蓋部材とを備えた細胞試験用容器であって、前記凹部の底面に電極を有し、前記電極上に、細胞接着性領域と、前記細胞接着性領域に隣接する細胞接着阻害性領域とが配置され、前記蓋部材には対向電極が固定され、前記細胞接着阻害性領域は、前記電極と前記対向電極との間に電圧を印加することによって細胞接着性に変化することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞試験用容器、及びその容器を用いて行う細胞試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、様々な動物や植物の細胞培養が行われており、また、新たな細胞の培養法が開発されている。細胞培養の技術は、細胞の生化学的現象や性質の解明、有用な物質の生産等の目的で利用されている。さらに、培養細胞を用いて、人工的に合成された薬剤の生理活性や毒性を調べる試みがなされている。
【0003】
一部の細胞(特に多くの動物細胞)は、何かに接着して生育する接着依存性を有しており、生体外の浮遊状態では長期間生存することができない。このような接着依存性を有した細胞の培養には、細胞が接着するための担体が必要であり、一般的には、コラーゲンやフィブロネクチン等の細胞接着性タンパク質を均一に塗布したプラスチック製の培養皿が用いられている。これらの細胞接着性タンパク質は、培養細胞に作用し、細胞の接着を容易にし、細胞の形態に影響を与えることが知られている。
【0004】
一方、細胞の遊走は免疫応答や受精後の胚形態形成、組織修復及び再生等の様々な段階に関与している。また、癌やアテローム動脈硬化症、関節炎等の疾患の進行においても極めて重要な役割を持つ。具体的には、血管内皮を通しての細胞の遊走は、炎症、アテローム性動脈硬化症、癌の転移といった状態の病態生理における重要な現象である。そのため、インビトロでの細胞遊走を測定する方法は、長年に渡って開発されてきた。
【0005】
細胞遊走アッセイに関して既に市販されている装置としては、古典的なボイデンチャンバ、細胞培養インサート、FluoroBlock(登録商標)(BD Biosciences)、Cell Motility HitKit(登録商標)(Cellomics)がある。しかし、こうした装置では、接着した細胞の遊走方向を制御して、定量的に細胞遊走をアッセイすることは困難である。
【0006】
(非特許文献1)には、パターニングされていない全面が導電性の基板上で、電圧の印加により、細胞の接着及び非接着を制御する技術が記載されている。しかし、この基板では、電圧の印加により基板上の全面の性質が変化してしまうため、基板上に細胞を接着させた後、特定の領域のみを細胞接着性に改変させて、その領域にのみ細胞を制御して遊走させることはできない。
【0007】
(非特許文献2)には、導電性領域と絶縁性領域とを有する基材に細胞接着阻害性の膜を形成し、特定の導電性領域に電圧を印加することによって細胞接着阻害性の膜を細胞接着性に改変させ、その領域にのみ細胞を接着させて培養する方法が記載されている。しかし、(非特許文献2)の基板の導電性領域上においては、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っていない。したがって、細胞接着性に改変した領域に細胞を接着させた後、別の導電性領域に電圧を印加して細胞接着性に改変させたとしても、既に接着した細胞を隣り合っていない別の細胞接着性の領域に遊走させてアッセイすることはできない。
【0008】
これに対し、本発明者らは、導電性領域と絶縁性領域とを有する基材、並びにその導電性領域上に形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とを備え、導電性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っている細胞試験用容器を開発し、既に特許出願を行っている(特願2010−232954)。この細胞試験用容器に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させ、導電性領域に電圧を印加して導電性領域上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させることにより、細胞接着性領域に接着している細胞の、細胞接着性に変化した細胞接着阻害性領域への遊走を観察することができる。
【0009】
しかし、上記技術においては、電極及び対向電極として機能する導電性領域を基材の同一面上に形成するか、あるいは細胞試験用容器上に適用した培養液中に対向電極が浸漬した状態(対向電極を差し込んだ状態)になるよう手で保持しつつ電圧を印加していた。したがって、前者の場合には、対向電極を面内に配置するため、電圧を印加可能な実効面積が限られたり各電極並びに細胞接着性領域及び細胞接着阻害性領域のパターニングに制約を生じる可能性がある。また、後者の場合には、実験中の対向電極の保持を人手で行うために実験条件を一定に維持することが困難であり、また電圧印加にムラを生じる原因ともなり得る。それゆえ、対向電極の構成についてはなお改良の余地があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Jiang X, Ferrigno R, Mrksich M, Whitesides GM. 2003. "Electrochemical desorption of self-assembled monolayers noninvasively releases patterned cells from geometrical confinements." J. Am. Chem. Soc. 125: 2366-7.
【非特許文献2】Sunny S. Shah, Ji Youn Lee, Stanislav Verkhoturov, Nazgul Tuleuova, Emile A.Schweikert, Erlan Ramanculov, and Alexander Revzin. 2008. "Exercising Spatiotemporal Control of Cell Attachment with Optically Transparent Microelectrodes." Langmuir 24: 6837-6844.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、一定の実験条件で、細胞接着阻害性領域内においてムラを生じることなく電圧を印加することができる細胞試験用容器、及びそれを用いた細胞試験方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、細胞接着性領域と、その細胞接着性領域に隣接する細胞接着阻害性領域とを備え、電圧印加により細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させるための細胞試験用容器において、蓋部材を用い、その蓋部材に対向電極を固定することによって上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)少なくとも1つの凹部を有する基材と、前記凹部に対向して配置される蓋部材とを備えた細胞試験用容器であって、
前記凹部の底面に電極を有し、
前記電極上に、細胞接着性領域と、前記細胞接着性領域に隣接する細胞接着阻害性領域とが配置され、
前記蓋部材には対向電極が固定され、
前記細胞接着阻害性領域は、前記電極と前記対向電極との間に電圧を印加することによって細胞接着性に変化する、前記細胞試験用容器。
(2)基材が複数の凹部を有し、蓋部材は前記複数の凹部に対向して配置され、各凹部に対応して複数の対向電極が固定されている上記(1)に記載の細胞試験用容器。
【0014】
(3)対向電極が、網状の電極である上記(1)又は(2)に記載の細胞試験用容器。
(4)対向電極が、平板状の電極である上記(1)又は(2)に記載の細胞試験用容器。
(5)対向電極が、蓋部材から基材の凹部へ向かって突設されている上記(1)又は(2)に記載の細胞試験用容器。
【0015】
(6)細胞遊走観察、細胞分化制御、細胞増殖制御又は細胞培養のために細胞を試験する方法であって、
(i)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の細胞試験用容器に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程と、
(ii)凹部に対向して蓋部材を配置する工程と、
(iii)凹部の底面の電極と対向電極との間に電圧を印加することにより、前記細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させる工程と、
を含む前記方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の細胞試験用容器によれば、蓋部材を凹部に対向させたときに対向電極が所定の位置に固定されるため、条件を一定にして実験を行うことができる。また、細胞接着阻害性領域内において印加される電圧にムラを生じないため、細胞の試験を高精度でかつ再現性良く行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1a】本発明の細胞試験用容器の一実施形態を示す横断面図である。
【図1b】本発明の細胞試験用容器の一実施形態を示す上面図である。
【図2a】電圧を印加する前の細胞試験用容器の断面を模式的に示す図である。
【図2b】電圧を印加して細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させた状態を模式的に示す図である。
【図2c】細胞接着性に変化した領域へ細胞が遊走した状態を模式的に示す図である。
【図3a】本発明の細胞試験用容器の別の実施形態を示す側面図である。
【図3b】本発明の細胞試験用容器の別の実施形態を示す上面図である。
【図4】本発明の細胞試験用容器のさらに別の実施形態を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の細胞試験用容器の一実施形態を、図1a〜図1b及び図2a〜図2cに基づき説明する。図1aの横断面図に示すように、この細胞試験用容器1は、少なくとも1つの凹部20を有する基材2と、凹部20に対向して配置される蓋部材3とを備え、凹部20の底面に電極21を有し、その電極21上に、細胞接着性領域と、細胞接着性領域に隣接する細胞接着阻害性領域とが配置され、蓋部材3には対向電極30が固定され、細胞接着阻害性領域は、電極21と対向電極30との間に電圧を印加することによって細胞接着性に変化することを特徴とするものである。
【0019】
本発明において細胞接着性とは、細胞が接着すること、又は細胞が接着しやすいことを意味する。細胞接着阻害性とは、細胞が接着しにくいこと又は細胞が接着しないことを意味する。したがって、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とがパターン化されて配置された電極上に細胞を播種すると、細胞接着性領域には細胞が接着するが、細胞接着阻害性領域には細胞が接着しないため、電極上には細胞がパターン状に配列されることになる。
【0020】
細胞接着性の程度は、接着させる細胞によって異なる場合もあるため、細胞接着性とは、ある種の細胞に対して細胞接着性であることを意味する。したがって、細胞試験用容器には、複数種の細胞に対する複数の細胞接着性領域が存在する場合、すなわち細胞接着性が異なる細胞接着性領域が2水準以上存在する場合もある。
【0021】
本発明の細胞試験用容器における、細胞接着性領域及び細胞接着阻害性領域の構造としては、例えば、以下の2つの形態が挙げられる。
【0022】
第一の形態は、細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理及び/又は分解処理を施して細胞接着性とした領域である形態である。この形態では、電極上に炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成し、次いで、細胞の接着が望まれる領域に対して酸化処理及び/又は分解処理を施すことにより当該領域に細胞接着性を付与して細胞接着性領域に改変する。前記処理を施さない部分は細胞接着阻害性領域である。
【0023】
第二の形態は、細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜で形成されている形態である。この形態は、炭素酸素結合を有する有機化合物を高密度で含む親水性膜が細胞接着阻害性を有するのに対して、前記化合物を低密度で含む親水性膜は細胞接着性を有することを利用したものである。電極上に前記化合物が結合しやすい第一領域と結合しにくい第二領域とを設け、該電極上に前記化合物の膜を形成すると、第一領域は細胞接着阻害性領域となり、第二領域は細胞接着性領域となる。
【0024】
さらに、本発明の細胞試験用容器においては、電極上の細胞接着阻害性領域が、電圧印加、好ましくは凹部底面の電極への正電圧の印加によって細胞接着性に変化する。電圧の印加によって細胞接着性に変化した領域は、上記のように炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理及び/又は分解処理を施して得られる細胞接着性領域とは、詳細な表面性状が異なる場合がある。
【0025】
(基材)
基材2は、少なくとも1つの凹部20を有している(図1aの例では1つの凹部)。この実施形態では、表面に電極21を形成した基材2に対し、貫通孔22が形成された凹部20の部材を接着等の手段により一体化させることによって、凹部20の底面における貫通孔22の位置に電極21が露出した状態となっている。なお、本発明は、図1aの例には限定されず、例えば、基材2と凹部20の部材とを別体ではなく一体に成形し、凹部が形成されている状態の基材を成形により作製し、その凹部の底面に電極を設けても良い。
【0026】
凹部20の形状、大きさ、深さ等の寸法は、凹部底面の電極21上に細胞を播種できるものであれば良く、特に限定はされない。凹部20の形状としては、図1aのような平底のもの以外に、丸底、円錐型等を適宜選択することができる。また、凹部20の深さは、蓋部材3を凹部20に対向して配置し、細胞を播種するために細胞を含む培養液を凹部20内に導入したときに、対向電極30が培養液中に十分に浸漬する程度の深さとすることが好ましい。
【0027】
細胞試験用容器に用いられる基材2としては、電極21を形成可能な材料から構成されるものであれば特に制限されない。絶縁性材料からなる基材上に電極21を形成することが好ましい。具体的には、ガラス、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミナ、サファイア、フォルステライト、感光性ガラス、セラミック、シリコン、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。その形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状、並びに表面に凹凸が形成された形状が挙げられる。フィルムを使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1〜1000μm、好ましくは1〜500μm、より好ましくは10〜200μmである。
【0028】
特に、細胞の大きさよりも小さい1nm〜10μm程度の微細な凹凸が表面に付加された基材を用い、電極上の細胞接着性領域も同様の形状となる場合には、接着した細胞の形状や挙動を制御して、試験を効果的に行うことが可能である。微細な凹凸とは例えば、ラインパターンの場合、深さ1nm〜10μm、ライン凸部の幅1nm〜10μm、ライン凹部の幅1nm〜10μmである凹凸を指す。
【0029】
絶縁性材料からなる基材上に電極を形成する場合、公知のパターニング技術を利用できる。公知のパターニング技術としては、例えば、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、オフセット印刷法、フレキソ印刷法及びコンタクトプリンティング法等の各種印刷法による方法、各種リソグラフィー法を用いる方法、並びにインクジェット法による方法、他に微細な溝を彫刻等する立体成型の手法等が挙げられる。具体的には、絶縁性材料からなる基材、例えばガラス基材に、電極材料、例えば金属膜又は金属酸化物膜を成膜し、これをフォトリソグラフィー技術等の公知の技術を用いてパターニングすることにより、所望のパターンの電極を形成することができる。
【0030】
基材上への電極材料の成膜は、公知の方法で行うことができる。例えば、マイクロ波プラズマCVD(Chemical vapor deposit)法、ECRCVD(Electric cyclotron resonance chemical vapor deposit)法、ICP(Inductive coupled plasma)法、直流スパッタリング法、ECR(Electric cyclotron resonance)、スパッタリング法、イオン化蒸着法、アーク式蒸着法、レーザー蒸着法、EB(Electron beam)蒸着法、抵抗加熱蒸着法等が挙げられる。成膜は、塗布により実施しても良い。スピンコートや各種の印刷方式も使用できる。
【0031】
電極を構成する材料として、金属又は金属酸化物、金属微粒子や導電性ナノファイバーが絶縁体に分散された膜、導電性の有機材料等が挙げられる。金属としては、銀、金、銅、白金等が挙げられ、金属酸化物としては、ITO(酸化インジウム錫)、IZO(酸化インジウム亜鉛)等が挙げられ、金属微粒子としては、銀、金、銅、白金等の微粒子、導電性ナノファイバーとしてはカーボンナノチューブ、導電性の有機材料としては、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)等が挙げられる。
【0032】
電極は、特に制限されないが、透明電極であることが好ましく、例えば、ITO、IZO、導電性高分子であるポリエチレンジオキシチオフェン等からなる電極が挙げられる。また、電圧印加後も透明であることが好ましい。本発明においては、ITOをスパッタリング法により基材上に成膜して、その後パターニングすることにより、電極を形成することが好ましい。透明な電極は、細胞の観察において有利である。
【0033】
電極の厚さは、通常、単分子膜〜100μm程度であり、好ましくは2nm〜1μm、より好ましくは5nm〜500nmである。
【0034】
上記のような電極のパターニングを行う場合は、具体的には、成膜した金属又は金属酸化物に対し、レジスト塗布、フォトマスクを介した露光、現像及びエッチングを行って実施することができる。
【0035】
(蓋部材)
そして、本発明の細胞試験用容器は、図1aに示すように、凹部20に対向して配置される蓋部材3を備えている。蓋部材3は、通常、取り外し可能に構成されているが、取り付けた状態のまま細胞の播種、観察等が可能である場合等には、凹部を有する基材に対して固定されていても良い。また、蓋部材3は、取り付けた状態では、図1aに示すように凹部20に嵌め合わせる等して凹部20に対し一定の相対位置に保持されることが好ましい。必要に応じて、蓋部材3と凹部20もしくは基材2とを固定するためのクリップ等の固定手段を設けても良い。
【0036】
蓋部材3の上面は、場合により、開放されているか、もしくは透明であるように構成することができる。上面が透明であると、蓋部材を配置した状態、すなわち対向電極を配置した状態で細胞を観察することができ有利である。
【0037】
また、蓋部材3には、電極21に対する対向電極30が固定され、例えば、リード33を通じて給電できるように構成されている。この実施形態においては、蓋部材3の内側に、ワイヤ状の対向電極30を上面から見て菱形となるように網状に張設している(図1b)。対向電極30は、図1aのように電極21の面に対して平行になるよう張設することが好ましいが、場合によっては、例えば周囲から電極21の中心部へ向かって下降する形状等、傾斜して設けることもできる。また、網状の対向電極30を設ける場合は、図1bに示すような菱形のみならず、格子状等、網の密度を任意に設定することができる。対向電極30が網状の電極であると、対向電極を配置した状態で、対向電極を通して細胞を観測することができ有利である。なお、対向電極30の材質等は、上述の電極21の場合と同様であるが、特に金、白金等が好ましく用いられる。
【0038】
(細胞接着阻害性領域)
細胞接着阻害性領域は、好ましくは、炭素酸素結合を有する有機化合物により形成される親水性膜からなる。当該親水性膜は、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を有する有機化合物を主原料とする薄膜であり、酸化される前は細胞接着阻害性を有し、酸化及び/又は分解された後は細胞接着性を有しているものであれば特に限定されない。
【0039】
本発明において炭素酸素結合とは、炭素と酸素との間に形成される結合を意味し、単結合に限らず二重結合であっても良い。炭素酸素結合としてはC−O結合、C(=O)−O結合、C=O結合が挙げられる。
【0040】
主原料としては、水溶性高分子、水溶性オリゴマー、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等が挙げられ、これらが相互に物理的又は化学的に架橋し、電極と物理的又は化学的に結合することにより親水性薄膜となる。
【0041】
具体的な水溶性高分子材料としては、ポリアルキレングリコール及びその誘導体、ポリアクリル酸及びその誘導体、ポリメタクリル酸及びその誘導体、ポリアクリルアミド及びその誘導体、ポリビニルアルコール及びその誘導体、双性イオン型高分子、多糖類等を挙げることができる。分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。より具体的には、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−ビニル−2−ピロリドン)、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーの共重合体、デキストラン、及びヘパリン等が挙げられるがこれらには限定されない。
【0042】
具体的な水溶性オリゴマー材料や水溶性低分子化合物としては、アルキレングリコールオリゴマー及びその誘導体、アクリル酸オリゴマー及びその誘導体、メタクリル酸オリゴマー及びその誘導体、アクリルアミドオリゴマー及びその誘導体、酢酸ビニルオリゴマーの鹸化物及びその誘導体、双性イオンモノマーからなるオリゴマー及びその誘導体、アクリル酸及びその誘導体、メタクリル酸及びその誘導体、アクリルアミド及びその誘導体、双性イオン化合物、水溶性シランカップリング剤、水溶性チオール化合物等を挙げることができる。より具体的には、エチレングリコールオリゴマー、(N−イソプロピルアクリルアミド)オリゴマー、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンオリゴマー、低分子量デキストラン、低分子量ヘパリン、オリゴエチレングリコールチオール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、2−〔メトキシ(ポリエチレンオキシ)プロピル〕トリメトキシシラン、及びトリエチレングリコール−ターミネーティッド−チオール等が挙げられるがこれらには限定されない。
【0043】
親水性膜は、処理前は高い細胞接着阻害性を有し、酸化処理及び/又は分解処理後は細胞接着性を示すものであることが望ましい。
【0044】
親水性膜の平均厚さは、0.8nm〜500μmが好ましく、0.8nm〜100μmがより好ましく、1nm〜10μmがより好ましく、1.5nm〜1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、タンパク質の吸着や細胞の接着において、基材もしくは電極表面の親水性薄膜で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。
【0045】
電極上への親水性膜の形成方法としては、電極へ親水性有機化合物を直接吸着させる方法、電極へ親水性有機化合物を直接コーティングする方法、電極へ親水性有機化合物をコーティングした後に架橋処理を施す方法、電極への密着性を高めるために多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、電極との密着性を高めるために電極の上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法、電極の表面に重合開始点を形成し、次いで親水性ポリマーブラシを重合する方法等を挙げることができる。
【0046】
上記成膜方法のうち特に好ましい方法としては、多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、並びに、電極との密着性を高めるために電極の上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法を挙げることができる。これらの方法を用いると、親水性有機化合物の電極への密着性を高めることが容易だからである。本明細書では「結合層」という用語を用いる。結合層とは、多段階式に親水性有機化合物の薄膜を形成する場合には最表面の親水性薄膜層と電極との間に存在する層を意味し、電極の表面に下地層を設け当該下地層の上に親水性薄膜層を形成する場合には当該下地層を意味する。結合層は、結合部分(リンカー)を有する材料を含む層であることが好ましい。リンカーとリンカーに結合させる材料の末端の官能基の組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN−ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれがリンカーであっても良い。これらの方法においては、親水性材料によるコーティングを行う前に、電極の上にリンカーを有する材料により結合層を形成する。結合層における前記材料の密度は結合力を規定する重要な因子である。前記密度は、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、エポキシ基を末端に有するシランカップリング剤(エポキシシラン)を例にとると、エポキシシランを付加した電極の表面の水接触角が典型的には45°以上、望ましくは47°以上であれば、次に酸触媒存在下エチレングリコール系材料等を付加することによって十分な細胞接着阻害性を有する領域を形成することができる。なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角を指す。
【0047】
(親水性膜の酸化処理及び/又は分解処理による細胞接着性領域の形成)
本発明では、細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理及び/又は分解処理を施して細胞接着性とした領域により形成されることが好ましい。
【0048】
本発明において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物が酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。
【0049】
本発明において「分解」とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。「分解処理」としては典型的には、酸化処理による分解、紫外線照射による分解等が挙げられるがこれらには限定されない。「分解処理」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解処理」と「酸化処理」とは同一の処理を指す。
【0050】
紫外線照射による分解とは、有機化合物が紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、有機化合物が、酸素を含む分子種(酸素、水等)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線が化合物に吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化して有機化合物と反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化により有機化合物が分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。
【0051】
以上のように「酸化処理」と「分解処理」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化処理及び/又は分解処理」という用語を使用する。
【0052】
酸化処理及び/又は分解処理の方法としては、親水性膜を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法等が挙げられる。本発明では、電極上に細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とをそれぞれ形成することから、親水性膜をパターン状に部分的に酸化処理及び/又は分解処理する。部分的に酸化処理及び/又は分解処理する場合は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いたりすると良い。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理及び/又は分解処理を施しても良い。
【0053】
紫外線照射処理の場合は、波長185nmや254nmの紫外線を出す水銀ランプや波長172nmの紫外線を出すエキシマランプ等のVUV領域からUV−C領域の紫外線を出すランプを光源として用いることが好ましい。光触媒処理する場合は、波長365nm以下の紫外線を出す光源を用いることが好ましく、波長254nm以下の紫外線を出す光源を用いることがより好ましい。光触媒としては、酸化チタン光触媒、金属イオンや金属コロイドで活性化された酸化チタン光触媒を用いるのが好ましい。酸化剤としては、有機酸や無機酸を特に制限なく用いることができるが、高濃度の酸は取り扱いが難しいので、10%以下の濃度に希釈して用いると良い。最適な紫外線処理時間、光触媒処理時間、酸化剤処理時間は、用いる光源の紫外線強度、光触媒の活性、酸化剤の酸化力や濃度等の諸条件に応じて適宜決定することができる。
【0054】
細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜により形成されていても良い。この態様では、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とは、ともに炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されている。2つの領域は前記有機化合物の密度が相違する。同密度が高いほど細胞は接着しにくくなる傾向がある。細胞接着性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低い。一方、細胞接着阻害性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できない程度に高い。
【0055】
親水性有機化合物の密度を制御する方法としては、親水性有機化合物の薄膜と電極表面との間に結合層を設け、当該結合層の親水性有機化合物との結合力を調整する方法が挙げられる。ここで「結合層」とは上記で定義した通りであり、上記で説明した好ましい材料から構成され得る。結合層の結合力は、結合層におけるリンカーを有する材料の密度が高いほど強くなり、同密度が低いほど弱くなる。結合層におけるリンカーを有する材料の密度は、上述の通り、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。
【0056】
この実施形態では、細胞接着性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は低い。細胞接着性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には、10°〜43°、望ましくは15°〜40°である。このような結合層を形成する方法としては、リンカーを有する材料の被膜(結合層)を電極表面に形成した後、当該結合層の表面を酸化処理及び/又は分解処理する方法が挙げられる。結合層表面を酸化処理及び/又は分解処理する方法としては、結合層表面を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法等が挙げられる。結合層表面の全面を酸化処理及び/又は分解処理しても良いし、部分的に処理しても良い。部分的な処理は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いることにより行うことができる。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理及び/又は分解処理を施しても良い。諸条件等についても、親水性膜の酸化処理及び/又は分解処理により細胞接着性領域を形成する方法の場合と同様の条件を適用できる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着性領域が形成できる。
【0057】
この実施形態では、細胞接着阻害性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は高い。細胞接着阻害性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、リンカーを有する材料の被膜を電極表面に形成することにより得られる。結合層表面を部分的に酸化処理及び/又は分解処理した場合には、処理を受けない残余の部分が前記水接触角を有する結合層となる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着阻害性領域が形成できる。
【0058】
(細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域との比較)
細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着性領域の炭素量が、細胞接着阻害性領域の炭素量に対して20〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「炭素量(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0059】
また、細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞接着阻害性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「酸素と結合している炭素の割合(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0060】
(親水性薄膜の評価方法)
本発明の親水性薄膜(結合層が存在する場合には結合層も含む)の評価手法としては、接触角測定、エリプソメトリー、原子間力顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、オージェ電子分光測定、X線光電子分光測定、各種質量分析法等を用いることができる。これらの手法の中で、最も定量性に優れているのはX線光電子分光測定(XPS/ESCA)である。この測定方法で求められるのは相対的定量値であり、一般的に元素濃度(atomic concentration、%)で算出される。以下、本発明におけるX線光電子分光分析方法を詳細に説明する。
【0061】
本発明において親水性薄膜の「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義される。また、本発明において親水性薄膜の「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。具体的な測定は、特開2007−312736号公報に記載される通りに実施できる。
【0062】
(パターンの形状)
本発明の細胞試験用容器では、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とがパターン化されて配置されていることが好ましい。パターンの形状は、二次元のパターンであれば特に制限されず、細胞の種類、形成させる組織等によって選択することができる。例えば、ライン状、ツリー状(樹状)、網目状、格子状、円形、四角形のパターン、円形及び四角形等の図形の内部が全て細胞接着性領域又は細胞接着阻害性領域となっているパターン等を形成することができる。
【0063】
細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域のパターンは、基材の電極上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣接するように形成される。電極上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っていることにより、まず細胞接着性領域に細胞を接着させた後、電極への電圧(好ましくは正電圧)の印加により細胞接着阻害性領域が細胞接着性に変化すると、その細胞接着性に変化した領域に細胞が遊走できるようになる。したがって、細胞接着性に変化する領域をパターニングにより予め決定して、細胞遊走観察等の試験において細胞を遊走させる領域及び方向を制御することができる。あるいは、細胞を共培養する試験等の場合には、共培養する他の細胞の領域の大きさ、形状を制御することができる。
【0064】
図1aに示すような細胞試験用容器1は、例えば次のようにして製造することができる。すなわち、電極21を有する基材2に、貫通孔22を備える凹部20を一体化する工程、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を電極21上に形成する工程、及び電極21上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合うように、親水膜をパターン状に酸化処理及び/又は分解処理して細胞接着性に改変させる工程を含む方法により製造できる。
【0065】
(細胞)
細胞試験用容器に播種する細胞としては、血球系細胞やリンパ系細胞等の浮遊細胞でも良いし接着性細胞でも良いが、本発明は、接着性を有する細胞に対して好適に使用される。また遊走する性質を有する細胞に対して好適に使用される。そのような細胞としては、例えば、肝癌細胞、グリオーマ細胞、結腸癌細胞、腎癌細胞、膵癌細胞、前立腺癌細胞、大腸癌細胞、乳癌細胞、肺癌細胞、卵巣癌細胞等の癌細胞、肝臓の実質細胞である肝細胞、クッパー細胞、血管内皮細胞や角膜内皮細胞等の内皮細胞、繊維芽細胞、骨芽細胞、砕骨細胞、歯根膜由来細胞、表皮角化細胞等の表皮細胞、気管上皮細胞、消化管上皮細胞、子宮頸部上皮細胞、角膜上皮細胞等の上皮細胞、乳腺細胞、ペリサイト、平滑筋細胞や心筋細胞等の筋細胞、腎細胞、膵ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞や視神経細胞等の神経細胞、軟骨細胞、骨細胞等が挙げられる。これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でも良く、あるいは、それらを何代か継代させたものでも良い。さらにこれらの細胞は、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞等の多能性幹細胞、単分化能を有する血管内皮前駆細胞等の単能性幹細胞、分化が終了した細胞の何れであっても良い。また、細胞は単一種を培養しても良いし二種以上の細胞を共培養しても良い。
【0066】
目的の細胞を含む試料は、予め、生体組織を細かくして液体中に分散させる分散処理や、生体組織中の目的の細胞以外の細胞その他細胞破片等の不純物質を除去する分離処理等を行っておくことが好ましい。
【0067】
細胞試験用容器への細胞の播種に先だって、目的とする細胞を含む試料を、予め、各種の培養方法で予備培養して、目的とする細胞を増やすことが好ましい。予備培養には、単層培養、コートディシュ培養、ゲル上培養等の通常の培養方法が採用できる。予備培養において、細胞を支持体表面に接着させて培養する方法の一つに、いわゆる単層培養法として既に知られている手段がある。具体的には、例えば、培養容器に目的の細胞を含む試料と培養液とを収容して一定の環境条件に維持しておくことにより、特定の生細胞のみが、培養容器等の支持体表面に接着した状態で増殖する。使用する装置や処理条件等は、通常の単層培養法等に準じて行う。細胞が接着して増殖する支持体表面の材料として、ポリリシン、ポリエチレンイミン、コラーゲン及びゼラチン等の細胞の接着や増殖が良好に行われる材料を選択したり、ガラスシャーレ、プラスチックシャーレ、スライドガラス、カバーガラス、プラスチックシート及びプラスチックフィルム等の支持体表面に、細胞の接着や増殖が良好に行われる化学物質、いわゆる細胞接着因子を塗布しておくことも行われる。
【0068】
予備培養後に、培養容器中の培養液を除去することで、試料中の、支持体表面に接着しない塊状や線維状の不純物等の不要成分が除去され、支持体表面に接着した生細胞のみを回収できる。支持体表面に接着した生細胞の回収には、EDTA−トリプシン処理等の手段が適用できる。
【0069】
上記のように予備培養した細胞を、細胞試験用容器上に播種する。細胞の播種方法や播種量については特に制限はなく、例えば、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術(1999年)」266〜270頁等に記載されている方法が使用できる。細胞を細胞試験用容器上で増殖させる必要がない程度に十分な量で、細胞が単層で接着するように播種することが好ましい。通常、培養液1ml当たり10〜10個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましく、また、電極1cm当たり10〜10個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましい。具体的には、400mm当たり2×10個程度で播種する。
【0070】
播種した細胞は、細胞接着性領域に接着させる。細胞の培養液としては、当技術分野で通常用いられる細胞培養用培地であれば特に制限なく用いることができる。例えば、用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DME培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地及びRPMI1640培地等、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術第三版」581頁に記載されているような基礎培地を用いることができる。さらに、基礎培地に血清(ウシ胎児血清等)、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸等を加えても良い。また、Gibco無血清培地(インビトロジェン社)等の市販の無血清培地等を用いることができる。
【0071】
(細胞の試験)
上記のように、本発明の細胞試験用容器上に細胞を播種し、好ましくは培養を行い、細胞接着性領域に細胞を接着させた後、電極と対向電極との間に電圧を印加し、電極上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させることを利用して、細胞遊走の観察等の様々な試験を行うことができる。すなわち、本発明の細胞試験方法は、
(i)細胞試験用容器に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程と、
(ii)凹部に対向して蓋部材を配置する工程と、
(iii)凹部の底面の電極と対向電極との間に電圧を印加することにより、細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させる工程と、
を含むことを特徴とするものである。
【0072】
以下、本発明の細胞試験方法の一つとして、細胞の遊走を観察する場合を図2a〜図2cに基づき説明する。
【0073】
まず、図2aに示すように、細胞Aを播種した後、好ましくは細胞培養を行い、細胞接着性領域23に細胞Aを接着させる。さらに、細胞試験用容器1を洗浄することにより、接着していない細胞Aを洗い流し、細胞接着性領域23にのみ細胞Aを接着させることが好ましい。
【0074】
続いて、図2bに示すように、凹部に対向して蓋部材を配置することにより、対向電極30を所定の位置に固定する。そして、電極21と対向電極30との間に電圧を印加することにより、細胞接着阻害性領域24を細胞接着性の領域25に変化させる。ここで、電極21に印加する電圧は、正電圧であることが好ましい。正電圧を印加することにより、細胞接着阻害性領域24を効果的に細胞接着性の領域25に改変できるとともに、特に電極21がITO膜からなる場合に黒変するのを防止することができ、細胞遊走の観察等を良好に実施できる。なお、図2bでは電圧を印加したことによる変化を明確に表現するために細胞接着阻害性領域24(例えば、親水性膜)が消失したように表現してあるが、実際には親水性膜の分解物等が残存していると推定される。また、図2aにおける細胞接着性領域23においても、親水性膜の酸化処理及び/又は分解処理等により生じる分解物等が残存していると推定される。
【0075】
印加する電圧は、電極が接している溶媒の種類や、電極の材質、電極の形状によって、適切な値が変わるが、通常、細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させることができる電圧以上で、細胞に悪影響を与えない程度の低い電圧を加えるのが良い。具体的には、通常1〜10V、好ましくは2〜5Vであり、印加する時間は、通常1秒〜60分間、好ましくは10秒〜10分間であるが、これに限定されるものではない。
【0076】
そして、図2cに示すように、細胞接着性領域23に接着していた細胞Aが、細胞接着性の領域25へ向かって遊走するため、この状態を顕微鏡等により観察することができる。細胞の挙動の観察には、例えば、細胞が遊走する速度の計測、並びに遊走方向、遊走時の細胞形態、細胞の分裂頻度及び周囲の細胞同士のコネクション等の観察が含まれる。細胞が遊走する速度は、細胞接着性に変化させた細胞接着阻害性領域を細胞が埋めていく面積や距離の計測、あるいは個々の細胞をトラッキングすることにより、計測することができる。
【0077】
本発明の細胞試験用容器は、上記の細胞遊走の観察以外にも、細胞分化制御、細胞増殖制御、細胞培養、異なる細胞の共培養等の様々な細胞の試験に利用することができる。例えば、細胞分化制御及び細胞増殖制御に関しては、分化能を有する細胞は、足場から受けるメカニカルストレスの影響によって分化の状態が変わることが知られているため、まず、所望の分化を誘導する形状及び/又は大きさの細胞接着性領域に細胞を播種して、細胞を分化させる。細胞が分化した後、細胞接着性領域に隣接する細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させることで、細胞を遊走させ増殖させる。すなわち、分化した細胞の遊走及び増殖が可能となるため、このような培養を繰り返すことにより、分化した細胞を大量に得ることができる。また、異なる細胞の共培養を行う場合には、例えば、まず、凹部内における、細胞接着性領域及び細胞接着阻害性領域が隣接する部位に第1の細胞を播種、培養を行い、第1の細胞を細胞接着性領域に十分に接着させた後、電圧を印加して細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させる。そして、この電圧印加の直後(あるいは直前)に、第2の細胞を播種する。これにより、第1の細胞が細胞接着性に変化した領域に遊走・増殖してこの領域を覆う前に、第2の細胞が細胞接着性に変化した領域に先に接着することになり、パターン化された領域における異なる細胞の共培養が可能となる。
【0078】
次に、本発明の細胞試験用容器の別の実施形態を図3a及び図3bに示す。この実施形態では、対向電極31が、平板状の電極からなる。平板状にすることにより、電極21との間に均一な電圧を印加することができるため好ましい。また、図1aの網状の対向電極と同様に、この平板状の電極も電極21と平行であることが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0079】
さらに、本発明の細胞試験用容器の別の実施形態を図4に示す。図4の実施形態では、基材2が複数の凹部20を有している(マルチウェル)。なお、図4では、便宜上、凹部(ウェル)の数を少なく描いているが、実際には96、384、1152等、多数の凹部を設けることができる。
【0080】
そして、この実施形態では、多数の対向電極32が固定された蓋部材3を備えている。蓋部材3の各々の対向電極32は、対向するそれぞれの凹部20に対応している。この蓋部材3を基材2上に配置することにより、それぞれの凹部20内の所定の位置に対向電極が配置され、電圧印加により各凹部の細胞接着阻害性領域を一度に細胞接着性に変化させることができるので、効率的な細胞の試験を行うことができる。あるいは、複数の凹部20における細胞接着阻害性領域を一度に細胞接着性に変化させるのではなく、任意の凹部について任意のタイミングで電圧印加することもできる。
【0081】
なお、図4の例では、対向電極32は、ピン又は針状に形成されているがこれに限定されるものではない。例えば、くさび状、円錐状、ドーム状等、蓋部材から基材の凹部へ向かって突設された形状とすることができる。無論、上述の実施形態のように、基材の電極と平行になるような対向電極を設けても良い。
【符号の説明】
【0082】
1 細胞試験用容器
2 基材
3 蓋部材
20 凹部
21 電極
22 貫通孔
23 細胞接着性領域
24 細胞接着阻害性領域
25 細胞接着性の領域
30 対向電極
31 対向電極
32 対向電極
33 リード
A 細胞

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つの凹部を有する基材と、前記凹部に対向して配置される蓋部材とを備えた細胞試験用容器であって、
前記凹部の底面に電極を有し、
前記電極上に、細胞接着性領域と、前記細胞接着性領域に隣接する細胞接着阻害性領域とが配置され、
前記蓋部材には対向電極が固定され、
前記細胞接着阻害性領域は、前記電極と前記対向電極との間に電圧を印加することによって細胞接着性に変化する、前記細胞試験用容器。
【請求項2】
基材が複数の凹部を有し、蓋部材は前記複数の凹部に対向して配置され、各凹部に対応して複数の対向電極が固定されている請求項1に記載の細胞試験用容器。
【請求項3】
対向電極が、網状の電極である請求項1又は2に記載の細胞試験用容器。
【請求項4】
対向電極が、平板状の電極である請求項1又は2に記載の細胞試験用容器。
【請求項5】
対向電極が、蓋部材から基材の凹部へ向かって突設されている請求項1又は2に記載の細胞試験用容器。
【請求項6】
細胞遊走観察、細胞分化制御、細胞増殖制御又は細胞培養のために細胞を試験する方法であって、
(i)請求項1〜5のいずれかに記載の細胞試験用容器に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程と、
(ii)凹部に対向して蓋部材を配置する工程と、
(iii)凹部の底面の電極と対向電極との間に電圧を印加することにより、前記細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させる工程と、
を含む前記方法。

【図1a】
image rotate

【図1b】
image rotate

【図2a】
image rotate

【図2b】
image rotate

【図2c】
image rotate

【図3a】
image rotate

【図3b】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−120452(P2012−120452A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−271713(P2010−271713)
【出願日】平成22年12月6日(2010.12.6)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】