説明

組織片挟持装置及び培養キット

【課題】組織片や培養組織を取り扱う際の操作性を良好にする。
【解決手段】培養バッグ20のジッパ22を開いた状態で、オペレータがアーム40の操作ボタン43を一本の指で押下する。すると、板バネ50の付勢力に抗して押さえ部49がピン42を中心として培養面32から上方向に離間するようにアーム40が揺動する力が働く。この結果、延出部52の先端52aは板バネ50の付勢に抗して所定位置まで上昇する。このとき、培養バッグ20の下面20aはベース31に押さえられ、上面20bは延出部52の先端52aにより上方に持ち上げられるため、培養バッグ20の開口部24は大きく開くことになる。また、ベース31の横幅よりもアーム40の横幅が小さいため、培養面32の上方空間をアーム40が占有してしまうことがなく、培養バッグ20の中での作業スペースが十分広くなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織片挟持装置及びその組織片挟持装置を組み込んだ培養キットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療に培養組織や培養細胞懸濁液が利用されつつあることから、培養組織や培養細胞懸濁液を得るのに適した培養キットの開発が進められている。例えば、特許文献1には、組織片培養において好ましい培養状態を早期かつ容易に形成できる培養キットが提案されている。この培養キットは、培養面とその培養面に密着可能なメッシュシートとの間に組織片を挟み込む組織片挟持装置を培養バッグの中に配置したものである。培養バッグは、気体透過性かつ液体不透過性であり、液密に閉鎖可能な開口部を有し、開口部の両端から中央へ向かって外力を加えると開口部が開放されると共に培養面とメッシュシートとの間が開き、その外力を解除すると開口部が自身の復元力により閉鎖されると共に培養面にメッシュシートが密着するようになっている。このため、組織片を培養するには、まず、開口部の両端から中央へ向かって外力を加えて開口部を開放すると共に培養面とメッシュシートとの間を開き、組織片を開口部から挿入して培養面に載置し、次いで、加えていた外力を解除して開口部を閉鎖すると共に培養面にメッシュシートを密着させる。これにより、組織片は培養面とメッシュシートとの間に挟持される。続いて、液体培地を培養バッグ内へ注入すると共に培養バッグ内の気体を抜く。その後、この培養バッグをインキュベータに入れて組織片の培養を行う。このとき、培養バッグはガス透過性のため、インキュベータ内の気体成分は培養バッグ内の液体培地に溶存して組織片に供給される。また、特許文献2には回転培養法で利用される固定具が開示されている。これは、ガラス板に係止されたフォーク状の帯板によってガラス板上に載置された組織片を固定する固定具であって、回転培養機に供される。
【特許文献1】特開2005−87029
【特許文献2】特開2003−61640
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1の培養キットでは、培養面とメッシュシートとの間を開くときに培養バッグの開口部の両端から中央へ向かって外力を加える必要があったため、操作性がよくないという問題があった。また、特許文献2の固定具では、フォーク状の帯板がガラス板を抱え込むようにスライド式に係止されているが、この帯板は揺動可能ではないので、フォーク状の帯板の先端部下で組織片を押さえることが困難であり、操作性に問題があった。
【0004】
本発明はこのような問題を解決するためになされたものであり、組織片や培養組織を取り扱う際の操作性が良好な組織片挟持装置を提供することを目的の一つとする。また、そのような組織片挟持装置を組み込んだ培養キットを提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上述の目的の少なくとも一つを達成するために以下の手段を採った。
【0006】
本発明の組織片挟持装置は、
培養チャンバーの中に配置可能な組織片挟持装置であって、
組織片を載置する培養面を持つベースと、
前記ベースに揺動可能に取り付けられたアームと、
前記アームのうち前記培養面に載置される組織片を押さえることが可能な位置に設けられた押さえ部材と、
を備えたものである。
【0007】
この組織片挟持装置では、培養面に組織片を載置する際には、培養面から押さえ部材が離れるようにアームを揺動させ、その状態で培養面のうち押さえ部材と対向する位置に組織片を載置する。また、組織片が培養された後の培養組織を取り出す際にも、培養面から押さえ部材が離れるようにアームを揺動させ、その状態で培養面から培養組織を取り出す。このように、培養面と押さえ部材との間を開けるときには、アームを揺動させればよいため、従来のように培養バッグの開口部の両端から中央へ向かって外力を加える場合に比べて操作性が良好となる。
【0008】
ここで、培養チャンバーとは、培養キャビティを具備し、当該培養キャビティに組織片挟持装置を包含可能な構成のものであればどのような形態のものでもよく、例えば、シャーレ、フラスコ、バッグ等が挙げられる。好ましくは、可撓性を有する培養バッグである。培養面としては、組織片を構成する細胞を培養することができるものであれば特に限定されないが、例えば、ポリスチレン等の合成樹脂から構成されたものが挙げられる。また、これらの表面を処理して親水性を付加したり、コラーゲンやフィブリンなどの細胞接着性材料を被覆したりしたものでもよい。押さえ部材としては、組織片を押さえることができれば、どのような形態及び材質でもよいが、細胞が接着しにくい表層を有していることが好ましい。このような表層としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、フッ素樹脂、ポリテトラフルオロエチレン、ポリカーボネート、ポリエステルなどが挙げられる。更に、組織片としては、生体組織から採取可能な上皮組織、結合組織、筋組織、神経組織などが好ましく、具体的には、皮膚(表皮、真皮)、軟骨、角膜、網膜、骨膜、骨、神経、筋肉、粘膜、歯周組織、血管、脂肪または心臓、肝臓、すい臓、腎臓もしくは膀胱などの臓器の一部が挙げられる。また、細胞を培養して得られる細胞シートや足場(Scaffold)に細胞を播種した培養組織なども、本発明の組織片として利用することができる。このような細胞としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ニワトリ、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、サル等の温血動物から採取された種々の細胞が挙げられる。この温血動物の細胞としては、例えば、角化細胞、脾細胞、神経細胞、グリア細胞、膵臓β細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、内皮細胞、線維芽細胞、繊維細胞、筋細胞、脂肪細胞、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨膜細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞、肝細胞若しくは間質細胞、又はこれら細胞の前駆細胞、幹細胞若しくは接着依存性のガン細胞が挙げられる。また、胚性肝細胞を使用することもできる。或いは、エリスロポエチン、成長ホルモン、顆粒球コロニー刺激因子、インスリン、インターフェロン、血液凝固第VIII因子等の血液凝固因子、グルカゴン、組織プラスミノーゲンアクチゲーター、ドーパミン、ガン遺伝子、ガン抑制遺伝子等をコードする外来遺伝子を前記細胞に導入し、それらの遺伝子を種々のプロモータを用いて強制的に又は特定の条件下で発現させるように構成した形質転換細胞を使用してもよい。また、細胞外マトリックスとしては、例えば、インテグリン、コラーゲン、エラスチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、糖タンパク質等が挙げられる。
【0009】
本発明の組織片挟持装置において、前記アームは、横幅を前記ベースの横幅より小さくしてもよい。こうすれば、培養面の上方空間をアームが占有してしまうことがなく、培養チャンバーの中での作業スペースを広く確保することができる。したがって、組織片や培養組織を取り扱う際の作業性が良好になる。
【0010】
本発明の組織片挟持装置は、更に、前記押さえ部材を前記培養面に向かって付勢する付勢部材と、前記アームのうち該アームが揺動するときの揺動軸を挟んで前記押さえ部材とは反対側に設けられ、外力によって押下されたときに前記付勢部材に抗して前記押さえ部材を前記培養面から離すアーム操作部材と、を備えていてもよい。この場合、組織片を挟持するには、外力を加えてアーム操作部材を押下することにより押さえ部材を培養面の上方に離間させ、続いてその状態で組織片を培養面に載置し、その後アーム操作部材に加えていた外力をなくすことにより付勢部材に付勢された押さえ部材で培養面に載置された組織片を押さえる。一方、組織片を培養したあとの培養組織を取り出すときにも、外力を加えてアーム操作部材を押下することにより押さえ部材を培養面の上方に離間させ、続いてその状態で培養組織を取り出す。このように、組織片の培養時には付勢部材に付勢された押さえ部材により組織片は培養面に押さえつけられるため、組織片が培養面に接着して増殖しやすくすることができる。また、アームの動きを容易に操作することができる。殊に、培養チャンバーに可撓性の培養バッグを使用した場合には、培養バッグの外側から操作することができるので、コンタミネーションを防止することができる。この態様を採用した本発明の組織片挟持装置において、前記付勢部材は、前記アームと一体成形されていてもよい。こうすれば、付勢部材とアームとを別部材とする場合に比べて部品点数が少なくなり、組付工程が簡略化される。
【0011】
本発明の組織片挟持装置は、該アームが揺動するときの揺動軸とは反対方向に前記アームのうち前記押さえ部材の位置から延び出した延出部材を備えていてもよい。こうすれば、作業性がより良好になる。例えば、可撓性の培養バッグ内に組織片挟持装置を配置して使用する場合には、培養バッグの中での作業スペースが、培養面から押さえ部材が離れるように揺動したアームによって培養バッグの内部を押し広げられて確保される。ここで、培養面から押さえ部材が離れるようにアームが揺動したとき、揺動軸から押さえ部材までの距離よりも揺動軸から延出部材の先端までの距離の方が長いため、アーム操作部材の押下げ量が同じであっても、延出部材があることによって、ない場合に比べて作業スペースが一層広くなり、作業性がより良好になる。この態様を採用した本発明の組織片挟持装置において、前記ベースは、前記延出部材の先端側の下面と接触可能な位置に該延出部材が前記アームの揺動軸を中心として所定範囲以上に下方に回転するのを阻止する支持部材を有していてもよい。こうすれば、不意に延出部材を上から押す力が加わったとしても、アームの押さえ部材が強く培養面を押圧するのを防止できる。すなわち、ベースが支持部材を有していない場合には、不意に延出部材を上から押す力が加わると、押さえ部材が培養面を強く押圧して組織片にダメージを与えるおそれがあるのに対して、ベースが支持部材を有している場合には、支持部材が延出部材を下方から支持するため、押さえ部材が培養面を強く押圧することがない。また、前記支持部材は、前記押さえ部材の真正面からずれた位置に設けられていることが好ましい。こうすれば、押さえ部材の真下に組織片を載置するときなどに支持部材が邪魔になることがない。さらに、延出部材又はアームから下方に伸延する支持部材を設け、当該支持部材がベースの培養面に当接することによって、それ以上の下方への回転を阻止するように構成してもよい。
【0012】
本発明の組織片挟持装置において、前記押さえ部材は、前記培養面に載置される組織片と点接触又は線接触する形状に形成されていてもよい。こうすれば、押さえ部材が組織片と面接触する形状に形成されている場合に比べて、組織片を培養面に確実に固定することができ、組織片への培地の浸透性(浸達性)が良好になる。
【0013】
本発明の組織片挟持装置において、前記ベースは、前記培養面の周囲の少なくとも一部に突起状物を有していてもよい。こうすれば、可撓性の培養バッグ内に組織片挟持装置を配置して使用する場合において、培地交換時などのように培養バッグ内から培地が抜かれて培養バッグがしぼむような場合でも、培養バッグと組織片とが接触するのを突起によって防止することができる。なお、突起は、例えば培養面の周囲のすべて囲む壁や柵としてもよいし、培養面の周囲を部分的に囲む壁や柵としてもよい。
【0014】
本発明の組織片挟持装置において、押さえ部材は、ベースから取外し可能に取り付けられていてもよい。こうすれば、培養組織等を作成した後に押さえ部材を取り外すことによって、培養面上の作業スペースが広く確保されるので、培養組織を容易に取り扱うことができる。
【0015】
本発明の培養キットは、
組織片を挿入可能な開口部を持つ培養チャンバーと、
前記アームのうち揺動軸とは反対側の端部が前記開口部の方向を向くように前記培養チャンバー内に配置された上述のいずれかの組織片挟持装置と
を備えたものである。
殊に、上述の培養キットにおいて、培養チャンバーは、液密に閉鎖可能な可撓性の培養バッグであることが好ましい。
【0016】
この培養キットでは、上述したいずれかの組織片挟持装置が培養バッグ内に配置されており、アームのうち揺動軸とは反対側の端部が前記開口部の方向を向くように配置されている。このため、培養面から押さえ部材が離れるように揺動したアームが培養バッグの内部を押し広げることにより、培養面に組織片を載置したり組織片を培養した後の培養組織を取り出したりするときの作業スペースが確保されると共に開口部の開口面積を大きくすることができる。また、培養キットは上述したいずれかの組織片挟持装置を備えているため、上述したいずれかの組織片挟持装置と同様の効果が得られる。
【0017】
本発明の培養キットにおいて、前記培養バッグは、気体透過性と液体不透過性を有することが好ましい。こうすれば、培養バッグ内の液体培地を漏出させることなく周囲の気体成分を培養バッグ内に取り込むことが可能となるため、良好に培養を行うことができる。ここで、気体透過性かつ液体不透過性の材料としては、特に限定されるものではないが、ポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素樹脂やシリコン樹脂などが挙げられ、これらは充実体であってもよいが微細孔(例えば数〜数十μmの径の孔)が形成されていてもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を図面を用いて詳しく説明する。図1は本発明の一実施形態の培養キット10を所定方向から見たときの概略斜視図、図2は組織片挟持装置30を所定方向から見たときの概略斜視図、図3は組織片挟持装置30を別の方向から見たときの概略斜視図、図4は組織片挟持装置30を前方からみたときの説明図、図5は図2のA−A断面図、図6はベース31の裏面の概略斜視図である。
【0019】
本実施形態の培養キット10は、図1に示すように、細胞や組織片の培養が可能な培養バッグ20と、その培養バッグ20の中に配置される組織片挟持装置30とを備えている。なお、図1では、組織片挟持装置30は培養バッグ20の内部に配置されているため本来であれば隠れ線(点線)で表記すべきだが、便宜上、実線で表記した。
【0020】
培養バッグ20は、気体透過性かつ液体不透過性をもつ白色半透明なフッ素樹脂製の下面20aと上面20bとを重ねた状態で周囲の3辺を熱溶着したものであり、ジッパ22により液密に閉鎖可能な開口部24を有している。この培養バッグ20は、開口部24とは反対側にシリンジ挿入部26を有している。シリンジ挿入部26は、培養バッグ20の内外を連通する筒状の穴にゴム栓を液密に嵌め込んだものであり、培養バッグ20に対して液体培地の供給や排出を行うときにシリンジ60のニードル62が挿入される。また、シリンジ挿入部26に挿入されたニードル62が抜き取られた後の穴はゴムの復元力により塞がれるため、シリンジ挿入部26は再び液密な状態を維持する。なお、開口部24をジッパ22により液密に閉鎖するのに代えて又は加えて、ヒートシール等で液密に封鎖してもよい。
【0021】
組織片挟持装置30は、図2〜図5に示すように、数mm角の組織片T(図2参照)を載置する培養面32を持つベース31と、このベース31に揺動可能に取り付けられたアーム40とを備えている。
【0022】
ベース31は、半透明の合成樹脂を四角形状に成型したものであり、プラズマ処理により親水性を付加した培養面32を備えている。このように培養面32は親水性を具備しているので、接着依存性細胞や組織片が接着しやすくなっている。また、ベース31は、左右両側に培養面32を取り囲む突起としての横壁33を備えている。この横壁33は、培養バッグ20の上面20bを内側から支えて培養面32上の培養組織に培養バッグ20が接触するのを防止する役割を果たす。更に、ベース31は、前方に前壁34(本発明の支持部材に相当)を備えると共に後方にアーム40の揺動軸となるピン42を支持するステー35を備えている。更にまた、前壁34の下方には、アーム40のフック54と係止可能な線状突起36が設けられている。一方、ベース31の裏面には、図6に示すように、補強用リブ37が設けられている。この補強用リブ37は、裏面の全周に形成されているほか、ステー35の周囲や培養面32のうち組織片Tが載置される載置エリアを補強するために形成されているが、本実施形態ではこの載置エリアの中心C(図2及び図6参照)の裏側で補強用リブ37が交差している。ここで、ベース31は白色半透明の合成樹脂製であるため、培養面32を上から見たときに補強用リブ37の交差位置が透けて見える。この交差位置が載置エリアの中心C(培養面における押さえ部材の位置)を示すことになるので、組織片Tを載置するときの目安となる。
【0023】
アーム40は、図2〜図5に示すように、アーム40の後方部分にあたる幅広の基端部41と、この基端部41から前方に延び出した中程度の幅を持つ中間部48と、この中間部48から更に前方に延び出した最も幅の狭い延出部52とを有し、これらの部分はポリエチレン、ポリプロピレン又はポリカーボネートなどの合成樹脂により一体成形されている。このアーム40は、いずれの部分においても左右の幅がベース31の幅よりも小さい。なお、本明細書で「幅」とは、図2の左右方向の長さを意味する。
【0024】
基端部41は、左右両側に突出したピン42と、このピン42の後方上側に設けられた操作ボタン43(本発明のアーム操作部材に相当)と、ピン42の後方に延び出すように形成された一対の脚部44とを備えている。このうち、ピン42は培養面32に立設されたステー35に支持されており、これによりアーム40はこのピン42を軸として揺動可能となっている。操作ボタン43は、アーム40を操作するときにオペレータが押下するボタンであり、ピン42を挟んで押さえ部49とは反対側に設けられている。また、一対の脚部44は、操作ボタン43と切り込み45を介して繋がっており、脚部44を内方向に移動する(つまむ)ことによってピン42がステー35から外れ、アーム40をベース31から取り外すことができる。更に、基端部41の略中央には、上下方向に貫通する角穴46が設けられている。
【0025】
中間部48は、培養面32に載置される組織片Tを押さえることが可能な位置に設けられた押さえ部49と、基端部41の角穴46を通過して培養面32に当接する板バネ50(本発明の付勢部材に相当)とを備えている。このうち、押さえ部49は、組織片Tと点接触するように下方に向かって細く尖った形状に形成されている。板バネ50は、アーム40と一体成形されており、アーム40のピン42がステー35に支持されていないフリーの状態では、図5の上段に示すように山型に湾曲した形状を呈するが、ピン42がステー35に支持されている状態では、図5の下段に示すように山型に湾曲した形状を上方から押し広げられているため、押さえ部49を培養面32に向かって付勢することになる。
【0026】
延出部52は、図2に示すように、中間部48の押さえ部49の付近から斜め前方に延びたあと真っ直ぐ前方に延び出し、その先端52aに屈曲片53を有している。この屈曲片53は、延出部52を下方に略直角に屈曲することにより形成されている。また、屈曲片53の先端には、ベース31に設けた線状突起36と係止可能なフック54が設けられている。そして、フック54が線状突起36に係止されている状態では、ベース31に設けた前壁34の上端が延出部52の下面と略接触するようになっている。また、組織片挟持装置30は、図1に示すように、アーム40のうち延出部52の先端52aが培養バッグ20の開口部24の方向を向くように配置されている。
【0027】
次に、本実施形態の培養キット10の使用例について図7及び図8を用いて説明する。図7及び図8は、それぞれ操作ボタン43を押下したときの様子を表す縦断面図及び横断面図である。
【0028】
まず、オペレータは、図1に示す培養キット10を組織片挟持装置30のベース31がほぼ水平になるように作業台に置き、培養バッグ20のジッパ22が開いた状態でアーム40の操作ボタン43を一本の指で押下する。すると、図7及び図8に示すように、板バネ50の付勢力に抗して押さえ部49がピン42を中心として培養面32から上方向に離間するようにアーム40が揺動する力が働き、延出部52の先端52aは板バネ50の付勢に抗して所定位置まで上昇する。この所定位置は、操作ボタン43の下方への移動量やピン42から延出部52の先端52aまでの長さ等により決まる。このとき、培養バッグ20の下面20aはベース31に押さえられ、上面20bは延出部52の先端52aにより上方に持ち上げられるため、培養バッグ20の開口部24は大きく開くことになる。また、ベース31の横幅よりもアーム40の横幅が小さいため、培養面32の上方空間をアーム40が占有してしまうことがなく、培養バッグ20の中での作業スペースが十分広くなる。
【0029】
次いで、操作ボタン43を押下したまま、オペレータは組織片T(ここでは数mm角の骨膜組織片)を載置エリアの中心Cに載置する。このとき、ベース31の補強用リブ37の交差位置は載置エリアの中心Cを示しているが、この交差位置がベース31の上から透けて見えるため、オペレータは組織片Tを載置エリアの中心Cに確実に載置することができる。また、前壁34は組織片載置エリアの中心Cの正面からずれた位置に設けられているため、組織片Tを載置するときに前壁34が邪魔になることもない。
【0030】
続いて、オペレータは操作ボタン43の押下を解除する。すると、板バネ50の付勢力によりアーム40の押さえ部49が培養面32に載置された組織片Tを押圧する。このとき、押さえ部49は下方に向かって細く尖った形状をしているため、組織片Tと点接触することになり、面接触の場合に比べてしっかりと培養面32に固定することができる。そして、オペレータはアーム40のフック54が線状突起36と係止するように延出部52の先端52aを軽く押下する(但し、板バネ50の付勢力によってアーム40のフック54が線状突起36に係止する場合には、この操作は不要となる)。こうすることにより、操作ボタン43を押下する方向(押さえ部が上方に移動する方向)に若干の力が不意に加わったとしても、フック54が線状突起36に係止しているため、押さえ部49が培養面32から上方に離間して、組織片が剥がれるのを阻止することができる。また、延出部52を押下する方向に若干の力が不意に加わったとしても、前壁34が延出部52の下方への移動を阻止するため、押さえ部49が培養面32を強く押圧してしまうことを防止できる。その後、オペレータは培養バッグ20の開口部24のジッパ22を閉める。すると、培養バッグ20の内部は液密な状態となる。
【0031】
続いて、オペレータは図1に示すシリンジ60のニードル62をシリンジ挿入部26に突き刺し、十分な量の液体培地を注入する。
【0032】
続いて、オペレータはシリンジ60のニードル62をシリンジ挿入部26から引き抜く。すると、シリンジ挿入部26はゴムの復元力によりニードル62を刺したときに生じた穴が封鎖されるため、培養バッグ20の内部は液密な状態が維持される。その後、この培養バッグ20を図示しない炭酸ガスインキュベータに入れ、組織片培養を開始する。炭酸ガスインキュベータ内の成分調整がなされた気体は、培養バッグ20が気体透過性を持つことから培養バッグ20の内部に浸透して液体培地に溶存し、組織片Tに供給される。また、組織片Tは、押さえ部49に点接触で押圧されているため、培地の浸透が良好である。培養中、必要に応じて培地交換を行うが、その場合には前出のシリンジ60を用いて使用済みの液体培地の排出し、新しい液体培地の注入を行う。
【0033】
培養終了後、前出のシリンジ60を用いて使用済みの液体培地を排出したあと、ジッパ22を開き、組織片挟持装置を培養バッグ20から取り出す。洗浄液で洗浄した後、脚部44をつまむことによってアーム40をベース31から取り外す。そして、培養組織を回収する。このようにアーム40をベース31から取り外すことによって、培養面に形成された培養組織に容易にアクセスすることができ、作業性が良好である。
【0034】
なお、組織片挟持装置を培養バッグから取り出すことなく、培養バッグ20のジッパ22を開き、操作ボタン43を押下して押さえ部49を培養面32から離間させ、培養組織を培養面32から培養バッグ20の外へと取り出してもよい。この場合、培養終了後、前出のシリンジ60を用いて使用済みの液体培地を排出したあと、同じくシリンジ60を用いて洗浄液を注入する。そして、洗浄液の排出及び注入を数回繰り返したあと、洗浄液を排出した状態で培養バッグ20のジッパ22を開き、操作ボタン43を押下して押さえ部49を培養面32から離間させる。これにより、培養バッグ20の開口部24が大きく開くため、組織片Tが培養された後の培養組織を培養面32から培養バッグ20の外へと取り出す。この場合、ベース31の横幅よりもアーム40の横幅が小さいため、培養面32の上方空間をアーム40が占有してしまうことがなく、培養バッグ20の中での作業スペースが十分広くなる。
【0035】
また、培養細胞懸濁液として回収したい場合には、次の手順を踏めば容易に回収することができる。すなわち、培養終了後、前出のシリンジ60を用いて使用済みの液体培地を排出したあと、同じくシリンジ60を用いて洗浄液を注入する。そして、洗浄液の排出及び注入を数回繰り返したあと、シリンジ60を用いて細胞分散液を培養バッグ20に注入する。所定時間経過した後、シリンジ60を用いて細胞分散の停止剤を注入し、これらの溶液とともに分散された細胞をシリンジ60に吸引することで培養細胞懸濁液として回収することができる。
【0036】
以上詳述した本実施形態によれば、培養面32と押さえ部49との間を開くときにはアーム40を揺動させればよいため、操作性が良好となる。また、アーム40の横幅がベース31の横幅より小さいため、組織片挟持装置30に組織片Tを挟持したり組織片Tを培養したあとの培養組織を組織片挟持装置30から取り出したりするときの作業スペースが十分広くなり、作業性が良好になる。また、組織片Tの培養時には板バネ50に付勢された押さえ部49により組織片Tは培養面32に押さえつけられるため、組織片Tが培養面32に接着して増殖しやすくなる。また、培養バッグ20の外側からアーム40の動きを容易に操作することができる。更に、板バネ50は、アーム40と一体成形されているため、これらを別部材とする場合に比べて部品点数が少なくなり、組付工程が簡略化される。更にまた、培養中は押さえ部49が組織片Tを培養面32に押しつけた状態になっているが、このとき不意に延出部52を上から押す力が加わったとしても、延出部52が下方に移動するのを前壁34が阻止するため、押さえ部49が組織片Tを培養面32に強く押圧しすぎることがない。そしてまた、前壁34は、押さえ部49の真正面からずれた位置に設けられているため、押さえ部49の真下に組織片Tを載置するときなどに前壁34が邪魔になることがない。そして更に、押さえ部49は組織片Tと点接触するため、組織片Tと面接触する形状に形成されている場合に比べて、組織片Tを培養面32に確実に固定することができ、組織片Tへの培地の浸透性(侵達性)が良好になる。そして更にまた、横壁33が培養面32の周囲を囲んでいるため、培地交換時などのように培養バッグ20内から培地が抜かれて培養バッグ20がしぼむような場合でも、培養バッグ20の上面20bと組織片Tとが接触するのを横壁33によって防止することができる。
【0037】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【0038】
例えば、上述した実施形態では、アーム40に延出部52を設けたが、この延出部52を省略してもよい。この場合には、アーム40のうち押さえ部49の上方で培養バッグ20を持ち上げることになるため、培養バッグ20を持ち上げるリフト量は上述した実施形態に比べて小さくなるものの、上述した実施形態とほぼ同様の効果が得られる。
【0039】
上述した実施形態では、板バネ50がアーム40の押さえ部49を培養面32に向かって付勢するようにしたが、図9に示すように、アーム40と一体成形された板バネ150が押さえ部49を培養面32から離間するように付勢してもよい。なお、図9では、上述した実施形態と同じ構成要素については同じ符号を付した。この場合、オペレータが操作ボタン43を操作していない状態では、図9の一点鎖線で示すように押さえ部49が培養面32から上方に離間しているため、上述した実施形態で操作ボタン43を押下している状態(図7参照)と同様、培養バッグ20の開口部24を大きく開けることができ、組織片Tを押さえ部49の直下に載置したり組織片Tを培養したあとの培養組織を押さえ部49の直下から取り出したりするときの作業スペースを十分広くとることができる。一方、組織片Tを押さえ部49により培養面32に固定するには、オペレータは操作ボタン43を押し上げるか、中央部48及び延出部52を押し下げることによりベース31の線状突起36にアーム40のフック54を係止させ、図9の実線で示すように押さえ部49により組織片Tを培養面32に押し付ける。この場合、線状突起36とフック54との係止は板バネ150の付勢力のみでは解除されないように設計されている。なお、再び押さえ部49を培養面32の上方に離間させるには、オペレータが操作ボタン43を押下するかフック54を線状突起36から外す。こうした図9の構成を採用した場合でも、上述した実施形態とほぼ同様の効果が得られる。
【0040】
上述した実施形態では、本発明の係止部材として屈曲片53にフック54を設け、被係止部材としてベース31に線状突起36を設けたが、フック54がベース31の底面に引っかかるようにして線状突起36を省略してもよい。あるいは、屈曲片53にフック54の代わりに略半球状の突部を設け、ベース31に線状突起36の代わりにその突部が嵌り込む穴を設けてもよい。あるいは、その逆、つまりベース31に略半球状の突部を設け、屈曲片53にその突部が嵌り込む穴を設けてもよい。このように係脱可能に係止される構造であれば、特にどのような構造であっても構わない。
【0041】
上述した実施形態では、押さえ部49を下方に向かって細く尖った形状として押さえ部49が組織片Tと点接触するようにしたが、押さえ部49が組織片Tと線接触するような形状にしてもよく、この場合も、組織片Tと面接触する形状に形成されている場合に比べて、組織片Tを培養面32に確実に固定することができるし組織片Tへの培地の浸透性が良好になる。但し、本発明は押さえ部49が組織片Tと面接触するような形状を排除するものではない。
【0042】
上述した実施形態では、培養キット10は培養バッグ20と組織片挟持装置30とで構成されるものとしたが、図1のシリンジ60や培養に必要な液体培地を培養キット10の構成に加えてもよい。
【0043】
上述した実施形態では、培養面32には親水性が付与されているものとして説明したが、これに限定されるものではない。たとえば、細胞に磁性微粒子を取り込ませることによって非接着性の培養面においても接着依存性細胞を培養することもできる(特開2004−254519号公報参照)ため、培養面は必ずしも親水性を具備していなくてもよい。また、培養面32を温度感応性ポリマーで構成することによって温度制御により親水性と疎水性を切り替え、細胞の接着性を制御してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、例えば再生医療の分野に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】培養キット10を所定方向から見たときの概略斜視図である。
【図2】組織片挟持装置30を所定方向から見たときの概略斜視図である。
【図3】組織片挟持装置30を別の方向から見たときの概略斜視図である。
【図4】組織片挟持装置30を前方からみたときの説明図である。
【図5】図2のA−A断面図である。
【図6】ベース31の裏面の概略斜視図である。
【図7】培養キット10の使用状態を表す縦断面図である。
【図8】培養キット10の使用状態を表す横断面図である。
【図9】他の組織片挟持装置の縦断面図である。
【符号の説明】
【0046】
10 培養キット、20 培養バッグ、20a 下面、20b 上面、22 ジッパ、24 開口部、26 シリンジ挿入部、30 組織片挟持装置、31 ベース、32 培養面、33 横壁、34 前壁、35 ステー、36 線状突起、37 補強用リブ、40 アーム、41 基端部、42 ピン、43 操作ボタン、44 脚部、45 切り込み、46 角穴、48 中間部、49 押さえ部、50 板バネ、52 延出部、52a 先端、53 屈曲片、54 フック、60 シリンジ、62 ニードル、150 板バネ、C 載置エリアの中心、T 組織片。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養チャンバーの中に配置可能な組織片挟持装置であって、
組織片を載置する培養面を持つベースと、
前記ベースに揺動可能に取り付けられたアームと、
前記アームのうち前記培養面に載置される組織片を押さえることが可能な位置に設けられた押さえ部材と、
を備えた組織片挟持装置。
【請求項2】
前記アームは、横幅が前記ベースの横幅よりも小さい、
請求項1に記載の組織片挟持装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の組織片挟持装置であって、
前記押さえ部材を前記培養面に向かって付勢する付勢部材と、
前記アームのうち該アームが揺動するときの揺動軸を挟んで前記押さえ部材とは反対側に設けられ、外力によって押下されたときに前記付勢部材に抗して前記押さえ部材を前記培養面から離すアーム操作部材と、
を備えた組織片挟持装置。
【請求項4】
前記付勢部材は、前記アームと一体成形されている、
請求項3に記載の組織片挟持装置。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の組織片挟持装置であって、
更に該アームが揺動するときの揺動軸とは反対方向に前記アームのうち前記押さえ部材の位置から延び出した延出部材
を備えた組織片挟持装置。
【請求項6】
前記ベースは、前記延出部材の先端側の下面と接触可能な位置に該延出部材が前記アームの揺動軸を中心として所定範囲以上に下方に回転するのを阻止する支持部材を有する、
請求項5に記載の組織片挟持装置。
【請求項7】
前記支持部材は、前記押さえ部材の真正面からずれた位置に設けられている、
請求項6に記載の組織片挟持装置。
【請求項8】
前記押さえ部材は、前記培養面に載置される組織片と点接触又は線接触する形状に形成されている、
請求項1〜7のいずれかに記載の組織片挟持装置。
【請求項9】
前記ベースは、前記培養面の周囲の少なくとも一部に突起状物を有する、
請求項1〜8のいずれかに記載の組織片挟持装置。
【請求項10】
前記押さえ部材は、前記ベースから取外し可能に取り付けられている請求項1〜9のいずれかに記載の組織片挟持装置。
【請求項11】
組織片を挿入可能な開口部を持つ培養チャンバーと、
前記アームのうち揺動軸とは反対側の端部が前記開口部の方向を向くように前記培養チャンバー内に配置された請求項1〜9のいずれかに記載の組織片挟持装置と
を備えた培養キット。
【請求項12】
前記培養チャンバーは、液密に閉鎖可能な可撓性の培養バッグである請求項11に記載の培養キット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2008−125399(P2008−125399A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−312136(P2006−312136)
【出願日】平成18年11月17日(2006.11.17)
【出願人】(399051858)株式会社 ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング (21)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】